南総里見八犬伝(017)

南總里見八犬傳第二輯卷之三第十六回
東都 曲亭主人 編次
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「山院さんいんに宿しゆくして番作ばんさく手束たつかを疑うたがふ」「菴主蚊牛」「たつか」「大塚番作」

白刃はくじんの下もとに鸞鳳良緣らんほうりやうえんを結むすぶ
天女てんによの廟やしろに夫妻一子ふさいいつしを祈いのる

 卻說大塚番作かくておほつかばんさくは、淺痍あさでなれども一晝夜いちちうや、夥あまたの程みちを來にければ、疲勞つかれとともにその痍きず痛みて、通宵よもすがらいもねられず、枕まくらにかよふ松の聲、溪澗たにかはの音さわがしく、ぬるとはなしに目睡まどろみけん、紙門隔ふすまこしにうち譚かたらふ、聲するに驚覺おどろきさめ、枕を欹そばたてて熟聽つら〳〵きけば、老およつけたる男の聲也。「されば菴主あんしゆはかへりけん。渠何事かれなにことをいふにかあらん」、と耳を澄すまして聞く程に、忽地女子たちまちをなこの泣聲なきこゑして、「そは聞きゝわきなし、むじんなり。衆生濟度しゆぜうさいどは佛のをしえ、よしそれまでに及およばずとも、心を穢けがす破戒はかいの罪、法衣ころもに愧はぢず刃やいばもて、殺ころさんとは情なさけなし」、といふは正まさしく宿貸やどかして、吾われをとゞめし女子をなこなり。「原來菴主さてはあんしゆは破戒の惡僧あくそう、妍かはよき少女をとめを妻にして、彼奴かやつを餌ゑばに旅人りよじんをとゞめ、竊ひそかに殺して物をとる、山賊さんぞくに究きわまれり。たま〳〵君父くんふの怨うらみを復かへし、恥を雪きよめ、危難を脫のがれて、こゝまで來つるに阿容々々おめ〳〵と、われ山賊の手に死しなんや。先さきにすれば人を征せいす。こなたより擊うつて出いで、鏖みなころしにすべけれ」、と思ひ決さだめて些ちつとも騷さわがず、竊ひそかに起おきて帶引締ひきしめ、刀を腰に、かゝぐりかゝぐり、紙門ふすまのほとりへ潛しのびよりて、開闔たてつけの間準ひずみより、縡ことの容やうを闕窺かいまみるに、その年四十あまりの惡僧、手に一挺いつてうの菜刀なかたなをふり揚あげて、女子をなこに對むかひて威おどしつ賺すかしつ、いふこと定さだかに聞えね共、われを擊うたんず面魂つらたましひ、女子をなこはこれを禁とゞめあへず、髮かみふり紊みだしてよゝと泣なく。害心既に顯然げんぜんたる、爲體ていたらくに番作は、聊いさゝかも疑はず、紙門ふすまを丁ちやうと蹴けひらきて、庖湢くりやのかたへ跳出おどりいで、「山賊われを殺さん欤か。われまづ汝なんぢを殺すべし」、と罵のゝしりあへず飛とびかゝれば、惡僧大おはきにうち驚き、拿もつたる刃やいばを閃ひらめかして、斬きらんとする拳こぶしの下を、潛くゞり脫ぬけつゝ足を飛とばして、腰眼ゐのめのあたりを磤はたと蹴ける。蹴られて前へひよろ〳〵と、五六步いつあしむあし走り出いだして、やうやくに踏駐ふみとゞまり、ふりかへつて突つきかくるを、右へ流し、左へ、辷すべらし、數回あまたゝびかけ、惱なやまして、疲勞つかるゝ處をつけ入りて、竟つひに刃やいはをうち落せば、惡僧いよ〳〵こゝろ慌あはてて、迯にげんとすれば、番作は、莱刀なかたな手ばやくとり揚あげて、「賊僧天罰思ひしれ」、と罵のゝしる聲ともろ共ともに、あびせかけたる刃の電光いなつま、脊條せすぢをふかく劈つんざいたり。灸所きうしよの痛痍いたでに、霎時しばしも得堪えたへず、惡僧は「苦あつ」と叫びて、仆たふるゝ胸膈むなさき、とゞめの刀尖きつさき、刺さしつらぬきて引拔ひきぬく莱刀、血を揮ふりたらして、刃を拭ぬぐひ、𥉉あはて〚目+條〛惑まどひて迯にげも得ず、伏沈ふししづみたる女子をなこに對むかひて、眼まなこを瞪いからし聲をふり立たて、「汝なんぢは甲夜よひに飯いひを惠めぐみて、一碗いちわんの恩あるに似たり。又賊僧がかへり來て、われを殺さんとするを禁とゞめし、こは側隱そくいんの心なれども、この賊僧が妻となりて、是これまでいくその人を殺せし、是これも亦またしるべからず。されば脫のがれぬ天の誅せめ、速すみやかに首伏はくでうして、刃やいばを受うけよ。いかにぞや」、と問とはれて僅はつかに頭かうべを擧あげ、「その疑ひは情由わけしらぬ、おん身が心の惑まよひにこそ。わらはは固もとより然さるものならず」、といはせもあへず冷笑あざわらひ、「淺くも言ことを左右によせて、時を移して小賊等こぬすびとらが、かへるをまちて夫をとこのために、怨うらみを復かへさんと思ふ汝なんぢが胸中きやうちう、われかばかりの倆伎たくみに乘のらんや。吿つげずはこれもていはせん」、と打晃うちひらめかす菜刀なかたなの光と共に飛とび退しりぞき、「やよ俟まち給へ、いふことあり」、といへ共聽ゆるさぬ怒いかりの刀尖きつさき、何處いづこまでもと夤緣つけまはす、刃頭はさきに盾たてもなよ竹の、雪に折をれなん風情ふぜいにて、右手めてを伸のばし、左手ゆんでを衝つき、片膝立かたひざたてて身を反そらし、後うしろざまに迯遶にげめぐるを、番作はなほ逃のがさじ、と擊うてばひらき、拂へば沈み、立たゝんとすれば頂いだゞきの上に閃ひらめく氷の刃やいば、脫のがれかた手を懷ふところへ、さし入るゝ間ひまもなく、斬きら*んと進む目前まなさきへ、とり出いだす一通つきつけて、「これ見て疑ひ散はらし給へ。聞きゝわきなや」、と兩の手に、引延ひきのばしたる命毛いのちげの、筆ふでに示せしその身の素姓すせう、番作得とくと透すかし見て、思はず刃をとり直し、「こゝろ得かたき書狀しよでうの名印ないん。梵妻賊婦ぼんさいぞくふが艷書欤ゑんじよか、と思ふには似ず勇士の遺書かきおき。やうこそあらめ、その情由わけ語れ」、と身をひらかし、刃を席薦たゝみに突立つきたてて、膝折敷ひざをりしきて目守まもりてをり。
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南総里見八犬伝(016)

南總里見八犬傳第二輯卷之三第十五回
東都 曲亭主人 編次
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「怨うらみを報むくひて番作ばんさく君父くんふの首級くびをかくす」「大塚番作」「にしごり頓二」「牡蛎崎小二郎」

金蓮寺きんれんじに番作讐ばんさくあたを擊うつ
拈華庵ねんげあんに手束客たつかたびゝとを留とゞむ

前卷既に說訖ときをはる、伏姬富山ふせひめとやまへ入いりにし比ころは、十六歲さいのときにして、長祿元年ちやうろくぐわんねんの秋なるべし。又金碗入道かなまりにうどうヽ大坊ちゆだいぼうは、嘉吉元年かきつぐわんねんの秋、父孝吉ちゝたかよしが自殺せしとき、既に五歲になりければ、長祿二年富山にて、伏姬自殺の憂うれひに係かゝり、猛にはかに出家入道しゆつけにうどうして、躬みを雲水うんすいに任まかしつゝ、斗藪行脚とそうあんぎやの首途かどいでせし、このとき廿二歲になりぬ。伏姬は年はつかに、十七にて身まかりたまへば、ヽ大坊はかの姬より、その年才とし五ッの兄なりけり。かくて長祿は三年にして、寬正くわんせうにあらたまり、又六年にして、文正ぶんせうと改元せらる。さはれ元年のみにして、又應仁おふにんと改めらる。これも僅はづかに二年にして、文明ぶんめいと改元ありけり。應仁の內亂治りて、戎馬じうばの蹄ひつめ、址あとを掃はらひ、名のみなりける華はなの洛みやこは、舊もとの春邊はるべに立たちかへり、稍長閑やゝのどやかになりぬるも、この比ころの事なれば、(文明五年春三月、宗全病そうぜんやみて卒みまかり。五月に至りて勝元も亦病またやみて卒みまかりにき。こゝにおいてその徒との合戰、征せずして寢やみにけり。是これを應仁の兵亂ひやうらんといふ)この年號のみ長久とこしなへに、十八年まで續きけり。こゝに年序ねんじよを僂かゞなふれば、伏姬の事ありて、ヽ大が行脚あんぎやの啓行かしまたちせし、前卷長祿二年より、今文明の季年すゑに至いたりて、無慮すべて二十餘年に及べり。この間あはひに犬塚信乃いめづかしのが、未生みせう已前いぜんの事を述のぶ。この卷亦復またまた嘉吉に起おこりて、文明の比ころに至れり。

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日本人と漢詩(127)

◎ 李白と私

まずは、七言絶句から…

Huáng hè lóu sòng mèng hào rán zhī guǎng líng Táng Lǐ bái
黄 鶴 樓 送 孟 浩 然 之 廣 陵   唐 ・ 李 白
Gù rén xī cí huáng hè lóu
故 人 西 辭 黄 鶴 樓
Yān huā sān yuè xià yáng zhōu
煙 花 三 月 下 揚 州
Gū fān yuǎn yǐng bì kōng jìn
孤 帆 遠 影 碧 空 盡
Wéi jiàn cháng jiāng tiān jì liú
惟 見 長 江 天 際 流

読み下しと語釈は、 Wikibooks 参照のこと

Zǎo fā bái dì chéng Xià jiāng líng Táng Lǐ bái
早 發 白 帝 城 ( 下 江 陵 ) 唐 ・ 李 白
Zhāo cí bái dì cǎi yún jiān
朝 辭 白 帝 彩 雲 間
Qiān lǐ jiāng líng yī rì huán
千 里 江 陵 一 日 還
Liǎng àn yuán shēng tí bú zhù
兩 岸 猿 聲 啼 不 住
Qīng zhōu yǐ guò wàn chóng shān
輕 舟 已 過 萬 重 山

読み下しと語釈は、 Wikipedia 参照のこと

続いて、五言古詩…

Xià zhōng nán shān guò hú sī shān rén sù zhì jiǔ Táng Lǐ bái
下 終 南 山 過 斛 斯 山 人 宿 置 酒   唐 ・ 李 白
Mù cóng bì shān xià        Shān yuè suí rén guī
暮 從 碧 山 下            山 月 隨 人 歸
Què gù suǒ lái jìng        Cāng cāng héng cuì wēi
卻 顧 所 來 徑            蒼 蒼 橫 翠 微
Xiāng xié jí tián jiā         Tóng zhì kāi jīng fēi
相 攜 及 田 家          童 稚 開 荊 扉
Lǜ zhú rù yōu jìng         Qīng luó fú xíng yī
綠 竹 入 幽 徑          青 蘿 拂 行 衣
Huān yán dé suǒ qì        Měi jiǔ liáo gòng huī
歡 言 得 所 憩          美 酒 聊 共 揮
Cháng gē yín sōng fēng  Qǔ jjìn hé xīng xī
長 歌 吟 松 風          曲 盡 河 星 稀
Wǒ zuì jūn fù lè   Táo rán gòng wàng jī
我 醉 君 復 樂          陶 然 共 忘 機

読み下しと語釈は、 Uni 参照のこと

Yuè xià dú zhuó sì shǒu qí yī Táng Lǐ bái
月 下 獨 酌   四 首   其 一   唐 ・ 李 白
Huā jiān yī kǔn jiǔ      Dú zhuó wú xiāng qīn
花 閒 一 壼 酒            獨 酌 無 相 親
Jǔ bēi yāo míng yuè       Duì yǐng chéng sān rén
擧 杯 邀 明 月            對 影 成 三 人
Yuè jì bù jiě yìn                   Yǐng tú suí wǒ shēn
月 既 不 解 飮            影 徒 隨 我 身
Zàn bàn yuè jiāng yǐng   Xíng lè xū jí chūn
暫 伴 月 將 影            行 樂 須 及 春
Wǒ gē yuè pái huái         Wǒ wǔ yǐng líng luàn
我 歌 月 徘 徊            我 舞 影 零 亂
Xǐng shí tóng jiao huān  Zuì hòu gè fēn sàn
醒 時 同 交 歡             醉 後 各 分 散
Yǒng jié wú qíng yóu      Xiāng qī miǎo yún
永 結 無 情 遊            相 期 邈 雲 漢

読み下しと語釈は、 厂碧山 参照のこと

Chūn sī Táng Lǐ bái
春 思   唐 ・ 李 白
Yàn cǎo rú bì sī         Qín sāng dī lǜ zhī
燕 草 如 碧 絲            秦 桑 低 綠 枝
Dāng jūn huái guī rì        Shì qiè duàn cháng shí
當 君 懷 歸 日            是 妾 斷 腸 時
Chūn fēng bù xiāng shí  Hé shì rù luo wéi
春 風 不 相 識            何 事 入 羅 幃

読み下しと語釈は、 詩詞世界 参照のこと

 李白は「詩仙」とも言われ、ともすれば「浮き世離れ」した詩趣が持ち味のようだが、彼の現実世界の捉え方は、三層構造になっていたようだ。「俗世間」「女性や友人関係」「自己の内面世界」の三つであるが、それに安住することなく、互いに行き来することに特徴がある。その意味で、その意味で、トータルとして「世界内存在」といえば大げさになるが、「生存する」そのままの形でのとしての彼の本質があるように思われ、彼が意外と身近に感じられる。こんな話を、ピンインを習いながら講師と話しをした。深いなあ(笑)。

南総里見八犬伝(015)

南總里見八犬傳第二輯卷之二第十四回
東都 曲亭主人 編次
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「使女つかひめの急訟はやうち夜よる水みづを渉わたす」「堀内貞行」

轎のりものを飛とばして使女溪澗つかひめたにかはを涉わたす
錫しやくを鳴ならしてヽ大記總ちゆだいずゞたまを索たづぬ

 かたはらに侍りたる、貞行等さだゆきらは伏姬ふせひめの自殺を禁とゞめあへなくも、插頭かざしの花を散ちらせしごとく、遺感いかんやるかたなかりけり。そが中なかに孝德たかのりは、男子をのこにもます姬君ひめきみの末期まつごの一句に激はげまされて、身を措おくところなかりけん、亡骸なきからのほとりにおちたる、血刀ちかたなを手はやく取て、ふたゝび腹を切らんとす。そのとき義實よしさね聲をふり立たて、「やをれ大輔狼狽だいすけうろたへたる欤か。その身に大罪だいざいありながら、君命くんめいを俟またずして、自害せんとは奇怪きくわいなり。伏姬一旦甦生そせいしたれば、罪つみ一等いつとうを宥なだむるとも、この山に入るものは、頭かうベを刎はねんと掟おきてしものを、法度はつとを枉まげておのがまに〳〵、腹切ることを聽ゆるさんや。觀念せよ」、と進みよりて、刃やいばを引提ひきさげ立給へば、「願ふところ」、と孝德は、居ゐなほりて合掌がつせうし、項うなぢを延のばす程もなく、上に晃きらめく刃の稻妻いなつま、丁ちやうと打うつたる大刀風たちかぜに、思ひかけなく孝德が髻弗もとゞりふつと載捨きりすて給へば、「是これは」、と見かへる罪人つみひとも、諫いさめかねたる貞行も、驚き思ふ仁君じんくんの、恩義にいとゞ畏かしこまる。義實は氷なす、刃やいばをやをら𩋡さやに納おさめて、泛たゝえる淚をふり拂ひ、「見よや藏人くらんど、わが手つから、罪人つみひとを刑罰せり。法度はつとは君の制する所、君又これを破るといふ、古人こじんの金言宜きんげんむべなるかな。われもし民ともろ共ともに、けふこの山に登りなば、大輔だいすけに咎とがなかるべし。頭かうべに代かえたる髻もとゞりは、渠かれが亡父ぼうふへ寸志なり。渠かれが穉をさなき時よりして、名を大輔と喚做よびなせしは、大國輔佐たいこくほさの臣たれ、とその久後ゆくすゑを祝しゆくせしに、わが官職つかさもやうやく進みて、治部大輔ぢぶのたいふと大輔だいすけと、その國訓よみこゑは異ことなれ共、文字もんじはかはらぬ主從同名しゆう〴〵どうめい、かゝる故ゆゑにや主しゆうのうへに、あるべき崇たゝりを身に受うけけん、可惜あたらしき壯佼わかうどが、よに埋木うもれきとならん事、かへす〳〵も不便ふびん也。親八郞は大功あり。大輔も忠なきにあらず。その親といひ、その子といひ、勳功くんこうあれども賞を獲えず、その死に臨み、その罪に、陷るに及びては、主尙しゆうすら救ふによしなき事、わが子にまして哀傷あいしやうの淚はこゝに禁とゞめかたし。やよ大輔よ、孝德よ。わが此このこゝろをよくも知らば、亡親なきおやの爲、姬ひめが爲に、命いのちをたもち、身を愛し、佛ほとけにつかへ苦行くぎやうして、高僧知識の名を揚あげよ。こゝろ得たりや」、と叮嚀ねんころに、諭さとし給へば孝德たかのりは、辱かたじけなさにはふり落おつる、淚に哽むせび地に伏ふして、應いらへかねつゝ聲を咽のむ。理ことわりなれば貞行は、鼻はなうちかみて進み出いで、「今にはじめぬ君の仁心じんしん、姬うへの御最期ごさいごには、喞かごとがましき事もなく、家臣のうへをかくまでに、聞えさせ給ふ事、大輔和殿わとのが身にとりては、一郡いちぐんの守護、萬貫まんぐわんの、祿ろくにもまして滿足ならん」、といはれてやうやく頭かうべを擡もたげ、「某寔それがしまことに不肖ふせうなれども、如是畜生によぜちくせうだも菩提ぼだいに入いれり。今より日本廻國につほんくわいこくして、灵山灵社れいさんれいしやを巡禮し、伏姬君ふせひめきみの後世ごせを弔とふらひ、わが君御父子ごふしの武運を祈らん。姬うへの落命も、又某それがしが祝髮しゆくはつも、みな八房の犬ゆゑなれば、犬といふ字を二ッに釐さき、犬にも及ばぬ大輔が、大の一字をそがまゝに、ヽ大ちゆだいと法名仕ほうめうつかまつらん」、と申上れば義實朝臣よしさねあそん、「遖あはれいしくも申シたり。件くだんの犬は全身みのうちに、黑白八こくびやくやつの斑毛ぶちあれば、八房と名つけしが、今さら思へば八房の、二字は則一戶八方すなはちひとりのしかばねはつはうに至るの義なり。加旃しかのみならず伏姬が自殺の今果いまはに痍口きずくちより、一道の白氣はくきたな引びき、仁義八行じんぎはつこうの文字顯もんじあらはれたる、百八の珠閃たまひらめき沖のぼり、文字もじなき珠は地に墮おちて、その餘の八やつは光明ひかりをはなち、八方へ散亂さんらんして、遂つひに跡なくなりし事、其所以そのゆゑなくはあるベからず。後々のちのちに至りなば、思ひあはする事もやあらん。菩提ぼだいの首途かどでの餞別はなむけには、只たゞこの珠數ずゞにますものあらじ。努祕藏ゆめひさうせよ入道にうどう」、と諭さとして軈やがて賜たびければ、孝德は手に受うけて、再三ふたゝびみたびうち戴いたゞき、「こは有ありかたき君の賜たまもの、今より諸國を編歷へんれきして、飛去とびさりたる八やつの珠たまの落おちたる所を索たづねもとめ、はじめのごとく繋つなぎとめんに、一百八いつひやくはちの數かずに滿みたずは、又當國たうごくへ立たちかへりて、見參げんざんに入いり候はじ。年を歷ふるとも音耗おとづれなくは、旅たびより行たびに野ざらしの、骸からは餓うへたる犬の腹を、肥こやしにけりと思召おぼしめされよ。是これぞ寔まことに今生こんぜうのおん別わかれに候べし」、と思ひ切きつてぞ申ける。
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読書ざんまいよせい(075)

◎滝沢馬琴・内田魯庵抄訳南総里見八犬伝(003)

南總里見八犬傳 第三 古那屋の卷
瀧澤(曲亭)馬琴・內田魯庵抄譯
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一 古那屋文五兵衞

 こゝに行德ぎやうとくの入江橋いりえばしの橋詰はしづめに古那屋といふ旅籠屋はたごやがあつた。主人の文五兵衞といふは先年妻つまに先立さきだたれた今年ことし五十五六の男鰥をとこやもめであつた。信乃しのの鄕里の幼馴染をさななじみの糠助(第二輯參照)が國を追はれて母親の無い孩兒みどりごを脊負ひて旅に勞つかれつゝ、詮方せんかた盡きて入水の覺悟をしたのはこの入江橋の上、(第三輯卷二參照)で、通りがかりの犬飼見兵衞いぬかひけんぺゑに助けられ、方金はうきん二顆を惠まれて足手纏あしでまとひの子を引取つて貰つたのを見兵衞と知合しりあひの緣で預かつたのは古那屋こなやであった。女房が產をしたばかりて、乳が剩あまってゐたので同じ乳房を含ませたが、このアワヤ父と共に餓ゑるか水に溺れようとした孩兒みどりごが後のちの芳流閣の勇士犬飼見八であつた。
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南総里見八犬伝(014)

南總里見八犬傳第二輯卷之二第十三回
東都 曲亭主人 編次
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【外題】
里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯だいにしゆう巻之二

【本文】
南總里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯(だいにしゆう巻之二
東都 曲亭主人編次


「妙經めうきやうの功徳くどく煩惱ぼんなうの雲霧うんむを披ひらく」「金まり大すけ」「玉つさ」「神変大菩薩」

尺素ふみを遺のこして因果いんぐわみづから訟うつたふ
雲霧うんむを拂はらつて妖孽あやしみはじめて休やむ

 伏姬ふせひめは思ひかけなく、奇しき童わらべに說諭ときさとされて、無明むめうの眠覺ねむりさめながら、夢かとぞおもふ跡あととめぬ、人の言葉のあやしきに、なほ疑ひははれ間まなき、淚の雨に敷妙しきたへの、袖そでは物かは腸はらわたを、絞しぼるばかりに哽むせかへり、歎なげき沈しづませ給ひけり。しかはあれども心操こゝろばえ、人なみ〳〵に立たちまさる、日來雄ひころを々ゝしき姬うへなれば、うち騷さわぐ胸をおし鎭しづめ、顏にかゝれる黑髮くろかみを、掻かきあげて目を拭ぬぐひ、「うたてやな前世さきつよに、造りし罪は秤成はかりなす、おもさ輕かろさはしらねども、遂つひにこの身に報むくひ來きて、かくまで物を思はする、人のうらみのしうねさよ。遮莫さもあらばあれ親のうへに、かゝる崇たゝりを負おひにき、と聞きゝては後のちのその後のちの世まで、捺落ならくの底に沈むとも、悔くやしと思ふべうもあらず。只たゞはづかしく悲しきは、親の爲、又人の爲に、蓬きたなき心もたなくに、何なにを種たねなる畜生ちくせうの、その氣を受うけて八やつの子を、身に宿やどしなばいかにせん。そもこの山に入りにし日より、鶴つるの林のしげきをわき、鷲わしの嶺たかねの高きを仰あふぐ、一念不退讀經いちねんふたいどきやうの外ほかは、よに他事あだしごとなきものから、佛もこゝに救ひ給はず、神さへ助け給はずて、有身みこもれる事實じつならば、よしや臥房ふしどを共にせずとも、それいひ解とかん證据あかしはなし。わがうへのみかは親の恥はぢ、九こゝのつの世を換かゆるとも、竟つひに雪きよむる時しあらで、只畜生たゞちくせうの妻といはれん。生いきての恥辱、死してのうらみ、喩たとふるに物あるべしや。斯かうとは兎の毛の末におく、露つゆばかりだもしらずして、曩さきに瀧田にをりしとき、犬を殺してもろともに、得死えしなざるこそ悔くやしけれ。死しすべき折をりはありながら、死しにおくれしも業因欤ごういんか。されば善巧方便ぜんこうほうべんとて、說ときおかせ給ふなる、佛の書ふみにも有ありがたき、因果いんぐわといふもあまりあり。よしやこの子の生うまるゝ故ゆゑに、親同胞おやはらからに幸さちありて、家の榮さかえをませばとて、こよなき恥にやはかえん。悲しきかな」、と聲立たてて、傍かたへの人にものいふごとく、思ひ凝こつてはなか〳〵に、賢さかしき心も亂れつゝ、忍ぶに堪たへぬ繁薄しのすゝき、尾花をばなが下にふし給ふ。

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人生は台詞、全てこの世は舞台(004)

◎モリエール・辰野隆訳「孤客(ミザントロープ)」

 モリエールの「笑い」は一筋縄ではいかない。ことに、後年の作品ではそうだ。「ミザントロープ(人間嫌い)」の青年アルセストが、やや世間ずれした女性セリメエヌに恋してしまう。それも、数ある恋敵と競ってである。こんな人物設定で、劇は進行する。
 辰野隆は、それなりの理由があったのだろう、タイトルを「孤客」としたが、一般的な名称「人間ぎらい」のほうが、しっくり来るのも否めない。ただし辰野隆訳文は、名訳と思われる。Amazon の、Kindle 本にいくつかあるうち、セリフを大阪弁にモディファイしたものがあったが、どうも中途半端だったので、前半のセリフは、「大阪弁変換」の助けも借りながら、辰野隆訳を変えてみた。後半は、辰野隆訳の部分引用である。

アルセスト:いいや、隅から隅までや。ワイはあらゆる人間を憎むんや。ある者は不善にして有害せやさかい憎んだる。ある者は不善の徒にえゝ顔しくさって、いやしくも君子たる者が彼らに対して抱かねばならぬ強い憎悪を持たへんから憎むねん。現にワイのお白州の相手やけど、はっきりしとるあの悪党に対する世間の度すぎた弱腰は、なんぼのものじゃい。なんぼ猫を被っても、彼奴はしたたかやし、そんげなことはわかりきってま。どこへ行かはっても、彼奴のこんじょは知れ渡っとるで。あの眼つきや猫撫で声は素人はんしかききめがないんや。いてもうたろかなと思うがな、あの下司下郎がどんなきたない手使こうて世間にのさばり出しよったか、そいでもってブイブイいわすはぶりはそこらじゅうで怒らしやがって、徳の持ったはる君子はんを辱しめとるかは世間はんが承知や。あっちいってもこっちいってもや、悪口言うても、誰一人かて、あいつの悪徳をえろう褒めはるもんはおまへんで!。そやけど、ぺてん師と呼ぼうが、ばけもんと呼ぼうが、恥知らずの悪もんと呼ぼうが、誰も彼も賛成で、異議を唱える者もありゃしまへんで。それにもかかわらずや、あいつのやることはじぇんぶ、どないなときでも歓迎されて、世間の奴らは彼奴に手をさしのべたり、ええ顔を観せたりして、彼奴はいたるところで人に取り入っとるんや。ほんで、どんな官位でもあいつと競争したら無二の君子さえしてやられるわ。いまいましいがな!悪徳に対してこれほど世間がわるう言えへんのに、ワイはごっつう傷つけられたか知れへんで。ちょいちょいワイはむらむらとなって、そやからどっかえろう離れた沙漠の中にでも逃げたろ、そいで持って人間交際を断ち切ろうと思うねん。

アルセスト:
 ところがねえ!そんなことができるでしょうか? この愛情を制えきれるものだろうか? いかに憎もうと焦あせっても、この心が即座に言うことをきくでしょうか?
 (エリアントとフィラントに)意気地のない恋愛というものはごらんのとおりです。あなた方二人には僕の弱味はお目にかけたが、正直なところ、まだまだこれどころではないのです。この弱味がどん底までゆくのをお目にかけるでしょうし、我々を賢人呼ばわりするのがそもそも誤りで、誰の心の裡うちにも常にいくぶんかの人間がいるということも、お目にかけるでしょう。
 (セリメエヌに)実は、僕は貴女の邪よこしまの行ないを忘れたいと思う。心の中では、その悪事のいろいろな現われ方を釈明して、時代の弱点に染そんだ若気の過ちという名目でそれを庇うことにしましょう。その代りに、あらゆる人間を捨てる僕の企図くわだてに賛成して頂いて、僕が暮したいと思う沙漠の中に、時を移さず、一緒に行く決心をして下さい。それでこそ、僅かに罪の手紙があらゆる人に犯したところを贖うぐない得るし、君子が眉をひそめるような噂が立った後でも、なお貴女を愛し得ると思うのです。

 さて、二人の恋の結末は、いかがなものになろうか?通常の喜劇ならハッピーエンドで終わるのが常識だが…
 ジャン・ジャック・ルソーに「演劇について――ダランベールへの手紙――」という論説がある。この中で、「人間ぎらい」について、まとまった批評があるが、次々回にでも紹介したい。

人生は台詞、全てこの世は舞台(003)

◎ シェイクスピア・坪内逍遥訳「マクベス」(01) 第一幕


* 登場人物
* 第一幕 第一場
* 第一幕 第二場
* 第一幕 第三場
* 第一幕 第四場
* 第一幕 第五場
* 第一幕 第六場
* 第一幕 第七場
* 第ニ幕 第一場
* 第ニ幕 第二場
* 第ニ幕 第三場
* 第ニ幕 第四場
* 第三幕 第一場
* 第三幕 第二場
* 第三幕 第三場
* 第三幕 第四場
* 第三幕 第五場
* 第三幕 第六場
* 第四幕 第一場
* 第四幕 第二場
* 第四幕 第三場
* 第五幕 第一場
* 第五幕 第二場
* 第五幕 第三場
* 第五幕 第四場
* 第五幕 第五場
* 第五幕 第六場
* 第五幕 第七場
* 第五幕 第八場

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登場人物

* ダンカン、スコットランドの王。
* マルコム、其王子。
* ドナルベイン、其王子。
* マクベス(王の從兄弟)、王軍の將。
* バンクヲー、王軍の將。
* マクダッフ、スコットランドの貴族。
* レノックス、スコットランドの貴族。
* ロッス、スコットランドの貴族。
* メンチース、スコットランドの貴族。
* アンガス、スコットランドの貴族。
* ケイスネス、スコットランドの貴族。
* フリーアンス、バンクヲーの一子。
* シーワード、ノーサムバランド伯、英軍の將。
* 少シーワード、其息。
* シートン、マクベスに仕ふる一士官。
* 少年、マクダッフの子。
* イギリス王の侍醫。
* スコットランド王の侍醫。
* 一武官。
* 一門衞。
* 一老人。
* マクベス夫人。
* マクダッフ夫人。
* 一侍女、マクベス夫人に仕ふる女。

* ヘカチー(或ひはヘケート)、女魔神。
* 三妖巫。
* 幻像。

貴族、紳士、士官、兵士、刺客、侍者役及び使者役。

場所

スコットランド及びイングランド。

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マクベス:第一幕 第一場
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第一幕

第一場 荒れ地。

雷鳴電光。三人の妖巫ヰッチ

妖の一
 いつ又三人が一しょにならう、鳴る時か、光る時か、降る時かに?
妖の二
 騷動ごたくさが終すんだ時分に、勝敗かちまけの決った時分に。
妖の三
 そいつァ日沒ひのいり前だらうよ。
妖の一
 場處は何處で?
妖の二
 例いつもの荒れ地で。
妖の三
 彼處あそこでマクベスを待ちうけやう。

此時、あちこちで此妖巫ヰッチらの使役する魔物の鳴く聲が聞える。

妖の一
 今往くよ、灰毛猫グレーモルキン!
妖の二
 蟇ひきが呼んでるよ。
妖の三
 あいよ、今直すぐ。

三人が手を取合って、踊りながら歌ふ。

三人

清美きれいは醜穢きたない、
醜穢きたないは清美きれい、
狹霧や穢きたない空氣ン中を翔ばう。

三人ともに入る。
(惡魔の使徒である妖巫ヰッチらは、常に人間の災禍わざはひの下るのを希望してゐるから、 其自然觀は人間のそれとは逆である。人間の善、美、清淨、愉快、便利とするものは、彼等の惡、 醜、汚穢、不愉快、不便利とするものであり、而して其反對が彼等の善、美、清淨、愉快、便利なのである。 天候とても同斷。晴朗は彼等の忌む所、陰鬱な瘴烟や、毒霧が彼等の得意の舞臺なのである。 風雨、雷電を喜ぶのも同じ理由。以上は當時の民間信仰にもとづいた説。)

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読書ざんまいよせい、改め、人生は台詞、全てこの世は舞台(002)

◎ シェイクスピア・坪内逍遥訳「リア王」(07) 第五幕

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リヤ王:第五幕 第一場
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第五幕

第一場 ドーワ゛ーに近きブリテン軍の陣營。

鼓手、旗手をひきゐてエドマンド、リーガン、士官ら、兵士ら出る。

エドマ
 (士官に)公爵の許ところへ往って、承知うけたまはってまゐれ、先般の御案通りであるか、 又は其後何等かの理由で方針を變へられたかどうかを。自分自身でしたことを非難して、 始終變へてばかりをられる。確定したところを承知うけたまはって參れ。

命を受けて一士官入る。

リガン
 姉上の家來は、何か(途中で)間違ひが生じたのに相違ない。
エドマ
 さうかも知れません。
リガン
 (うちとけて)エドマンドさん、 貴下あなたはわたしが貴下あなたに對して好意を有ってることはごぞんじでせう。 おっしゃいよ……眞實ほんたうの事を……事實そのまゝでなくては不可いけませんよ。…… 貴下あなたはわたしの姉を愛していらっしゃるの?
エドマ
 さ、姉上として、愛してゐます。
リガン
 兄上でなくっては入られない處へお入りなすったことはなくって?
エドマ
 とんでもない事をおっしゃる。
リガン
 わたしは心配でなりません、貴下あなたは殆ほとんど夫婦めをとと呼んでよいほどに、 姉と同心一體ぢゃァないかと思って。
エドマ
 決してそんなことはありません。
リガン
 わたしは決してそんな眞似を姉にさせてはおきません。貴下あなた、姉とは親しんで下さいますな。
エドマ
 大丈夫です。……(奧を見て)お姉上とおつれあひの公爵!

鼓手、旗手をひきゐてオルバニー、ゴナリル、及び兵士ら出る。

ゴナリ
 (二人の樣子を目早く見て、傍白)妹めに、あの人との仲を邪魔されるくらゐなら、 今度の軍いくさに負けたはうがよい。
オルバ
 リーガンどの、めでたうお目にかゝりまする。……(エドマンドに)うけたまはれば、 王は我が苛政に憤激せる不平黨に擁せられて、其女むすめコーディーリャ方へ赴おもむかれたとの事だ。 正義と信ずるに至らんうちは、勇斷を致しかねるのが吾等の性質もちまへですが、此度このたびの事は、 フランス王が、王を助くるのを本意とはせずして、敢て我が國を侵掠しようと企てるのであるから、 棄て置かれません。王及び其黨與に至っては、正當な且つ重大な理由があって干戈を動かされたのであるから、 これに刄向かふことは……
エドマ
 (冷笑して)いや、實に公明正大なお考へです。
リガン
 そんな事ァ如何どうでもいゝぢゃありませんか?
ゴナリ
 只協力して敵を防げばいゝのですよ。内部うちはの、個人に關することは當面の問題ぢゃありません。
オルバ
 では、老功の者を輯めて、會戰の手續きを定めませう。
エドマ
 すぐさま御陣所へ參りませう。
リガン
 姉上、いらっしゃいませんか?
ゴナリ
 いゝえ。
リガン
 いらっしゃったはうが都合がようございますから、どうぞ一しょにいらっしゃって。
ゴナリ
 (傍白)おほう、其謎は解ってますよ。……參りますよ。

一同が入らうとする時、假裝したエドガーが出る。最もおくれて入らうとするオルバニーに對って

エドガ
 かやうな賤しい者にもお目を賜はりまするならば、一言申し上げたいことがございます。

オルバニーは、立止まって、先きに立ってゐる人々に

オルバ
 ぢき追ひ附きますよ。……

皆々入る。オルバニーとエドガーだけが殘る。

申せ。
エドガ
 御開戰以前に、此書面を御覽下さい。若し御勝利でございましたら、 喇叭を以て此書を持參しました私てまへをお呼び出し下されたい。 見るかげもない私てまへでございますが、書中に誓ちかひおきましたる事程は、 見事に劍を以て證明して御覽に入れまする。萬一にも御敗軍となりますれば、此世に關する御能事は終り、 隨って陰謀たくみごとも止みまする。御幸運に渡らせられまするやう!
オルバ
 此書を讀み了るまで待ってをれ。
エドガ
 それは相叶ひません。其時刻となりましたら、傳令使に命じてお呼び立て下されませ、 すれば再びお目にかゝりまする。
オルバ
 では、きげんやう。書面は讀みおくであらう。

エドガー入る。
エドマンドが出る。

エドマ
 敵は迫りましたぞ。備へをお立てなされ。勤勉な斥候の此報告で、敵軍の兵力其他確實な事が分ります。 (書面を渡す。)お急ぎを願ひます。
オルバ
 勇んで出陣しませう。

とオルバニー入る。

エドマ
 (皮肉な笑ひを浮べて)姉にも妹にも夫婦約束をしておいたので、互ひに危み疑ってゐる、 一度さゝれた者が蝮まむしをあやぶむやうに。どッちを取ったものか?兩方ながらか? かた~か?どちらも止すか?兩方を生しておきゃ、どちらも此方こツちの有ものにゃならん。 未亡人ごけのはうを取りゃァ姉のゴナリルが憤激して狂人のやうになる。かと言って、 所天ていしゆが生きてゐて見れば、此方こツちの手もまづしと。まづ、ともかくも、 戰爭中はあの男の助けを利用することにして、戰ひが濟んだら、夫を邪魔物にしてゐるあの女に工夫させて、 手早く押方附けることにしよう。あの男は、リヤやコーディーリャに慈悲を施さうとしてゐるが、…… 戰爭が濟んで、あいつらが捕虜となった曉にゃァ……赦免なんぞさせるこッちゃない。 おれの今の境遇は礪行れいかうが肝腎だ、ぐづ~考へてゐべきぢゃァない。

エドマンド入る。

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南総里見八犬伝(013)

南總里見八犬傳第二輯卷之一第十二回
東都 曲亭主人 編
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「草花さうくわをたづねて伏姫ふせひめ神童かんわらはにあふ」「伏姫」

富山とやまの洞ほらに畜生菩提心ちくせうぼだいしんを發おこす
流水ながれに泝さかのぼりて神童未來果じんどうみらいくわを說とく

 濁世煩惱色欲界ぢよくせぼんなうしきよくかい、誰たれか五塵ごぢんの火宅くわたくを脫のがれん。祇園精舍ぎおんせうしやの鐘かねの聲こゑは、諸行无常しよぎやうむじゃうの響ひゞきあれども、飽あくまで色を好むものは、後朝きぬぎぬの別れを惜をしむが故ゆゑに、只たゞこれをしも讐あたとし憎にくめり。沙羅雙樹さらそうじゆの花の色は、盛者必衰しやうじゃひつすいの理ことわりを顯あらはせども、徒いたづらに香かを愛めづるものは、風雨ふううの過すぎなんことを妬ねたむが故ゆゑに、偏ひとへに延年ゑんねんの春を契ちぎれり。觀くわんずれば夢の世、觀ぜざるも亦また夢の世に、孰いづれか幻まぼろしならざりける。思ひ內うちにあるものは、龍華りうげの三會さんゑに値あふといへども、凡夫出離ぼんぶしゆつりの直路ちよくろをしらず。覺さめて復悟またさとるものは、虎穴龍潭こけつりうたんに在ありといへども、瑜伽成就ゆかじやうじゆの快樂けらく多かり。斯かくまでに世を思ひ捨すてて、富山とやまの奧に二ふたとせの、春とし秋を送るかな。
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