南総里見八犬伝(020)

南總里見八犬傳第二輯卷之五第十九回
東都 曲亭主人 編次
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龜篠奸計糠助かめさゝかんけいぬかすけすか
番作遠謀孤兒ばんさくゑんぼうみなしごたく


番作ばんさく遺訓いくんしてよるその村雨むらさめ太刀たちゆづる」「しの」「犬塚番作」「帶雨南离楚知春北入燕」「つるき大刀さやかに出る月のまへに/雲きれて行むら雨の空 玄同」

 卻說莊客糠助かくてひやくせうぬかすけは、なまじい信乃しのたすけて、犬を蟇六ひきろく背門せどに追入れ、計りし事は齟齬くひちがひて、犬を失ふのみならず、咎餘とばしりわが身に係らん、と思へばはやくにげかへりて、妻孥やから緣由ことのよしつげ、「もし庄官せうくわんより人來てとはば、らずと答へよ」、といひあへず、奧まりたる處に隱れて、衣引被きぬひきかつぎふして見つ、おきても心安からで、「いかに〳〵」と思ふ程に、果して蟇六ひきろくが小こもの來て、「糠助ぬかすけぬし宿所にありや。我內政わがうちがたよばせ給ふに、とく〳〵」といそがすを、しばしは「在らず」とあざむく物から、使つかひくしの齒をく如く、ふたゝたびに及びしかば、今はのがるゝ路もなし。「さはれ內うちがたよりとかいへば、そのことならじ」、と思へども、思ひかねつゝいでかぬるを、女房にいさめられ、小厮使こものづかひ引立ひきたてられて、やむことを得ず使とゝもに、蟇六が宿所へゆきけり。

 當下龜篠そのときかめさゝは、子舍こざしきに、糠助を呼人よびいれて、生平つねにはあらぬにこやかに、ほとり近く招きつゝ、まづその安否をとひしかば、糠助はすこしおちゐて、いとあをみたる顏の色、稍淺葱やゝあさぎにぞかへりける。しばらくして龜篠は、かたへなる人を遠ざけて、かたちを改め聲を低うし、「俄頃にはかにそなたを招くこと、定めてこゝろにおぼえあるべし。いかなれば蒙稚わらべたすけて、番作が猘犬やまいぬを、村長むらをさ宅地やしきへ追入れ、人をはませんとはかりしぞ。そなたと信乃がばうひき背門せどよりにげかへりしを、小厮等こものらに見られしかば、ちんするにことばなかるべし。加旃彼犬しかのみならずかのいぬは、この子舍こざしきへ走り入り、これ見給へ」、とやぶれたる、一通の書狀をいだして、おしひらきつゝつきつけて、「かゝるちんをしいだしたり。鐮倉の成氏朝臣なりうぢあそん許我こがおちさせ給ひしのち、この地の陣代ぢんだい大石ぬしも、兩管領りやくうくわんれいに從ひて、身は鐮倉にをはすれば、兵粮ひやうらうの事などは、わが良人つまに命ぜらる。これらはそなたのよく知るところ、改めていふにあらねども、此度こだみ又鐮倉より、許我のしろぜめあるべしとて、こゝへも兵粮ひやうらう催促せられ、管領家くわんれいけ御敎書みぎやうしよに、陣代ぢんだい下知狀くだしぶみそえ給はり、けふしも飛脚到著ひきやくとうちやくせり。これによりてわが良人つまは、この子舍こざしきちりはらはし、御書拜見ごしよはいけんの折もをり、くだんの犬が走り入り、四足しそくにかけてかくの如く、ばらりずんと踏裂ふみさいたり。のがすべきものならねば、犬にはつひやりつけて、數个所すかしよきずおはせたれども、たけくしてなほ死なず、板屏いたへいすそ突破りて、外面とのかたにげたるが、みちにてたふれしよしをきかねば、ぬしの家にやかへりつらん。御敎書破卻は謀反むほんひとし。畜生法度ちくせうはつとをしらずといふとも、そのぬしは罪科とがのがれかたし。いはんや犬を追入れたる、そなたと信乃はいかなるべき。百遍大赦もゝたびたいしやの時にあふとも、たすかりがたき命ならずや。もとより覺期かくごありての所爲欤わざか。番作は年來としころより、中わろければ子に分付いひつけて、まさなごとをすればとて、そなたは何等なにらうらみありて、身の滅亡めつぼうを見かへらず、よしなしびと荷擔かたんして、をさたふさんとするやらん。憎き人かな」、とゑんずれば、糠助ぬかすけおどろおそれて、つめたき汗を流すのみ、今更にいふ所をしらず。しばらくしてかうべもたげ、「ゆくりなき越度をちどによりて、おのが命をめされん事、まぬかるべうも候はず。くだんの犬の事につきては、をさわろかれとて、追入れたるに候はず。さりとても如此々々しか〳〵、と陳じてゆるさるべきにあらねば、大慈大悲だいじだいひを仰ぐのみ。願ふは令政捉撕かみざまとりもちて、吾儕わなみばかりは救ひ給へ。助け給へ」、といふ聲も、枯野かれのの蟲の鳴音なくねより、心細こゝろほそげに口說くどきけり。

 龜篠聞かめさゝきゝて嘆息し、「人のかみたるものばかり、よにこゝろ憂きものはなし。よきわろきもおほやけの道もてすればなか〳〵に、憎むは人のわたくしにて、人を惠めばつとめかけつとめたつれば邪慳じやけんに似たり。こと一トすぢにするならば、そなたはさらなり番作親子を、犇々ひし〳〵揇捕からめとり、鐮倉へひくべけれども、可愛かわいや親の偏僻かたゐぢにて、言一言ことひとこともかけさせぬ、信乃は現在わらはがおひ*なり。憎しと思へど番作は、蔓延はしをりからおとゝなり。そを一朝いちちやうに罪なはし、快愉こゝろよしとするときは、人たるものゝこゝろにあらず。いといたましく悲しくて、いかれる夫のたもとすがり、なきつゝ勸解わびてけふ一日の、追捕ついほ沙汰さたをとゞめたり。とばかりにしてその罪を、あがなはずはまぬかれがたし。いかですくはみちもがな、と人しらぬ胸を苦しめ、いと淺はかなる女子をなご智惠ちゑには、およばぬ事をかへす〳〵、念じてはつかに便りを得たり。番作が祕藏ひさうせる、村雨むらさめといふ一刀ひとこしは、持氏もちうぢ朝臣あそんのおん佩刀はかせにて、春王君しゆんわうぎみゆづらせ給ひし、源家數代げんけすだい重寶ちやうほうなれば、管領家くわんれいけもよく知食しろしめし、得まほしと思召おぼしめすよし、かねてその聞えあり。今彼寶刀かのみたちを鐮倉へたてまつり、くだん罪科とが勸解わび奉らば、そなたのうへにつゝがなく、番作親子もゆるされなん。それ將弟はたおとゝをりて、蟇六ひきろくどのに手をさげずは、たれか又この願望ねきごとを、鐮倉へ申上べき。かくまで思ふわらはがまことを、なほひがこゝろに疑ひて、自滅をとらばせんすべなし。そなたも覺期かくごし給へかし。これらのよしをつげんとて、かくはひそかに招きし」、とまことしやかに說示ときしめせば、糠助たましひわれにかへりて、思はず太き息をき、「ことうけ給はり候ひぬ。飮食のみくひには他人あつまり、憂苦うきことには親族つどふ、世常言よのことわざはこれあるかな。年來としごろすらせ給へど、姉ならずおとゝならずは、何人なにひとかこの危窮ききうすくはん。君を思ふも身を思ふ、糠助かくて候へは、したの根のあらん限り、富婁那ふるなとやらんがべんをもて、犬塚いぬつかぬしのこゝろをやわらげ、ことよくとゝのへ候ひなん。そのときには第一番に、やつがれゆるさせ給へ。善は急げといふことあり。はや退まからん」、とたちあがれば、龜篠かめさゝ霎時しばし」とひきとゞめ、「いふまでにはあらねども、なるもならぬもけふ一ト日ぞや。長僉議ながせんぎに時を移して、あけて後悔し給ふな」、といへばしきりにうち點頭うなつき、「其處そこ勿論女才ちちろんぢよさいなし。こゝろ得て候」、といらへもあへず隔亮からかみを、逆手さかてにとりていそがはしく、引開ひきあけんとして推外おしはづし、たふれかゝるを見かへらず、にぐるがごとく外面とのかたへ、身を橫にしていでしかば、龜篠「吐嗟あなや」と身を起して、たふるゝ隔亮からかみうけとゞめ、「さても麁忽そこつの人かな」、とつぶやきながら立著たてつくれば、次の閒に竊聞たちきゝせる、蟇六ひきろく杉戶すぎとを開きて、夫婦目と目をあはしつゝ、莞尒につこえみて、「龜篠」、「わがはことよく聞給ふや。思ふにまして首尾しゆびよし」、といふ聲に目やさましけん、臺子だいすのあなたに茶をひきかけて、睡臥ねふりこけたる額藏がくぞうが、又ひきいだすうすの音に、おどろかさるゝあるじ夫婦は、夕立雨ゆふたつあめかみなりに、旅人いそぐ心地こゝちして、密語さゝやきあへずもろ共に、納戶なんどのかたへかくれけり。


自殺じさつきわめ信乃しの與四郎よしらうる」「番作」「しの」「亀さゝ」「ひき六」

南総里見八犬伝現代語訳サイト(第十九回)

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