南總里見八犬傳第二輯卷之五第十九回
東都 曲亭主人 編次
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龜篠奸計糠助を賺す
番作遠謀孤兒を托す
「番作遺訓して夜その子に村雨の太刀を授」「しの」「犬塚番作」「帶雨南离楚知春北入燕」「つるき大刀さやかに出る月のまへに/雲きれて行むら雨の空 玄同」
卻說莊客糠助は、憖に信乃を副けて、犬を蟇六が背門に追入れ、計りし事は齟齬ひて、犬を失ふのみならず、咎餘わが身に係らん欤、と思へばはやく逃かへりて、妻孥に緣由を吿、「もし庄官より人來て問ば、在らずと答へよ」、といひあへず、奧まりたる處に隱れて、衣引被て臥て見つ、起ても心安からで、「いかに〳〵」と思ふ程に、果して蟇六が小厮來て、「糠助ぬし宿所にありや。我內政の呼せ給ふに、とく〳〵」といそがすを、しばしは「在らず」と欺く物から、使は櫛の齒を挽く如く、再び三たびに及びしかば、今は脫るゝ路もなし。「さはれ內政よりとかいへば、そのことならじ」、と思へども、思ひかねつゝ出かぬるを、女房に諫られ、小厮使に引立られて、已ことを得ず使とゝもに、蟇六が宿所へゆきけり。
當下龜篠は、子舍に、糠助を呼人れて、生平にはあらぬ莞やかに、ほとり近く招きつゝ、まづその安否を訊しかば、糠助は些おちゐて、いと蒼みたる顏の色、稍淺葱にぞ復りける。且して龜篠は、傍なる人を遠ざけて、貌を改め聲を低うし、「俄頃にそなたを招くこと、定めてこゝろに覺あるべし。いかなれば蒙稚を副て、番作が猘犬を、村長の宅地へ追入れ、人を食せんと謀りしぞ。そなたと信乃が棒を曳、背門より迯て還りしを、小厮等に見られしかば、陳するに辭なかるべし。加旃彼犬は、この子舍へ走り入り、是見給へ」、と敗れたる、一通の書狀を出して、推ひらきつゝつき著て、「かゝる珍事をしいだしたり。鐮倉の成氏朝臣、許我へ落させ給ひし後、この地の陣代大石ぬしも、兩管領に從ひて、身は鐮倉にをはすれば、兵粮の事などは、わが良人に命ぜらる。これらはそなたのよく知るところ、改めていふにあらねども、此度又鐮倉より、許我の城攻あるべしとて、こゝへも兵粮催促せられ、管領家の御敎書に、陣代の下知狀を添給はり、けふしも飛脚到著せり。これによりてわが良人は、この子舍の塵を掃し、御書拜見の折もをり、件の犬が走り入り、四足にかけてかくの如く、ばらりずんと踏裂たり。脫すべきものならねば、犬には遂に鎗つけて、數个所の庇を負せたれども、猛してなほ死なず、板屏の下突破りて、外面へ迯たるが、途にて斃れしよしを聞ねば、主の家にやかへりつらん。御敎書破卻は謀反に等し。畜生法度をしらずといふとも、そのぬしは罪科脫れかたし。いはんや犬を追入れたる、そなたと信乃はいかなるべき。百遍大赦の時にあふとも、助りがたき命ならずや。固より覺期ありての所爲欤。番作は年來より、中わろければ子に分付て、まさな事をすればとて、そなたは何等の怨ありて、身の滅亡を見かへらず、よしなし人に荷擔して、長を倒さんとするやらん。憎き人かな」、と怨ずれば、糠助は駭き怕れて、冷き汗を流すのみ、今更にいふ所をしらず。且して頭を擡、「ゆくりなき越度によりて、おのが命を召れん事、脫るべうも候はず。件の犬の事に就ては、長わろかれとて、追入れたるに候はず。然とても如此々々、と陳じて免さるべきにあらねば、大慈大悲を仰ぐのみ。願ふは令政捉撕て、吾儕ばかりは救ひ給へ。助け給へ」、といふ聲も、枯野の蟲の鳴音より、心細げに口說けり。
龜篠聞て嘆息し、「人の頭たるものばかり、よにこゝろ憂きものはなし。好も歹きも公の道もてすれば郤に、憎むは人の私にて、人を惠めば職に缺、職を立れば邪慳に似たり。縡一トすぢにするならば、そなたはさらなり番作親子を、犇々と揇捕、鐮倉へ牽べけれども、可愛や親の偏僻にて、言一言もかけさせぬ、信乃は現在わらはが甥なり。憎しと思へど番作は、蔓延む弟なり。そを一朝に罪なはし、快愉とするときは、人たるものゝこゝろにあらず。いと痛しく悲しくて、怒れる夫の袂に携り、泣つゝ勸解てけふ一チ日の、追捕の沙汰をとゞめたり。とばかりにしてその罪を、貲ずは脫れがたし。いかで救ん方もがな、と人しらぬ胸を苦しめ、いと淺はかなる女子の智惠には、及ぬ事をかへす〳〵、念じて僅に便りを得たり。番作が祕藏せる、村雨といふ一刀は、持氏朝臣のおん佩刀にて、春王君へ讓せ給ひし、源家數代の重寶なれば、管領家もよく知食、得まほしと思召よし、豫てその聞えあり。今彼寶刀を鐮倉へ獻り、件の罪科を勸解奉らば、そなたのうへに恙なく、番作親子も赦されなん。それ將弟が我を折て、蟇六どのに手を卑ずは、誰か又この願望を、鐮倉へ申上べき。かくまで思ふわらはが誠を、なほ僻心に疑ひて、自滅をとらばせんすべなし。そなたも覺期し給へかし。これらのよしを吿んとて、かくは竊に招きし」、と眞しやかに說示せば、糠助魂われにかへりて、思はず太き息を吻き、「言うけ給はり候ひぬ。飮食には他人集り、憂苦には親族聚ふ、世常言はこれあるかな。年來は庇を摺せ給へど、姉ならず弟ならずは、何人かこの危窮を救ん。君を思ふも身を思ふ、糠助かくて候へは、舌の根のあらん限り、富婁那とやらんが辨をもて、犬塚ぬしのこゝろを和げ、縡よくとゝのへ候ひなん。そのときには第一番に、僕を赦させ給へ。善は急げといふことあり。はや退らん」、と立あがれば、龜篠「霎時」と引とゞめ、「いふまでにはあらねども、成もならぬもけふ一ト日ぞや。長僉議に時を移して、夜あけて後悔し給ふな」、といへば頻にうち點頭、「其處は勿論女才なし。こゝろ得て候」、と應もあへず隔亮を、逆手にとりて遽しく、引開んとして推外し、倒れかゝるを見かへらず、迯るがごとく外面へ、身を橫にして出しかば、龜篠「吐嗟」と身を起して、倒るゝ隔亮を受とゞめ、「さても麁忽の人かな」、と呟きながら立著れば、次の閒に竊聞せる、蟇六は杉戶を開きて、夫婦目と目を注しつゝ、莞尒と笑て、「龜篠欤」、「わが伕はことよく聞給ふや。思ふにまして首尾よし」、といふ聲に目や覺しけん、臺子のあなたに茶を挽かけて、睡臥たる額藏が、又挽いだす臼の音に、驚さるゝあるじ夫婦は、夕立雨の雷に、旅人いそぐ心地して、密語あへずもろ共に、納戶のかたへ隱れけり。
「自殺を决て信乃與四郎を砍る」「番作」「しの」「亀さゝ」「ひき六」


