南總里見八犬傳第二輯卷之四第十八回
東都 曲亭主人 編次
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牝を追ふて紀二郎糠助が屋棟に挑む」「犬塚番作」「しの」「ぬか助」
簸川原に紀二郞命を隕す
村長宅に與四郞疵を被る
應仁は二年にして、文明と改元せらる。文明二年、信乃十一歲、母なくなりて三年以來、父に事てます〳〵孝なり。さらぬだに番作は、行步不自由なるものゝ、はやく鰥夫となりしより、年々に氣力衰へ、齡五十に滿ずして、齒は脫、頭白くなりつ、病煩ふ日の多かるに、なほ手習子等を集合ては、いと囂しとて手本をとらせず。「さはれ年來衆人の、扶助によりて親子三人、餓ず凍ずありけるに、その子孫に敎ずして、只わが餘命を貪らば、人はたこれをよしといはんや。かゝれば鄕に利を遺して、彼等が恩義に報んには」、と豫てより思ひしかば、病の間あるをり折に、水旱の准備、荒年の夫食、すべて農家日用の事をのみ述しるして、是を一卷とし、里老等に贈りしかば、僉これを見て嘆賞し、「犬塚生は手迹美事に、武藝をよくすと思ひしに、農業蠶養のうへまでも、人のしらざる所を得たり。この書は不益の賜なり。寫し傳へて祕藏せよ。寔に可惜士を、埋木にすることよ」、といはざるものはなかりけり。
さる程に蟇六は、件の事を傳へ聞て、妬き事いふべうもあらず、はやくその書を閱せんとて、乞求ることしば〳〵なれ共、里老等はこれを出さず、「けふは某乙が寫してをり、寫し果るをまたせ給へ」、といはるゝにすべもなく、日を歷て人を遺せば、「先より先へ枝貸して、ある所しれず」といふ。蟇六ます〳〵腹たてゝ、「よし〳〵その書見ずもありなん。一村の長うけ給はる程のものが、さばかりの事しらざらんや。番作はわかきより、田畝の中に浮浪すれども、蛭兒に劣る腰ぬけなれば、鍬鞆とりし事なくて、耕作の利をなでふしるべき。傍いたき事也」、と辭を極て訾しかば、里人等はその口を憎みて、卒にかの書を見せざりけり。すべて蟇六龜篠は、親族他人の差別なく、能を妬むの病あり、愛惜ふかく心僻て、とにかく人を譏れども、素より己に見識なければ、人眞似をする事もおほかり。
されば番作が犬與四郞は、この年十二になりしかば、里に稀なる老犬なれども、齒竝毛の澤衰ず、氣力ます〳〵健なれば、一村の群犬、これが爲に威服せられて、絕て頭を出し得ず。蟇六これをも妬く思ひて、年來とり替牽かえて、幾頭となく犬を養ひしに、みな與四郞に囓伏られ、或は卽死するもあり、或は疵を被りて、廢犬となるもあれば、蟇六怨み憤りて、豫て小厮にこゝろを得させ、與四郞を見るときは、主從棒を閃し、左右より打んとするに、與四郞は飛鳥の如く、飛退き、走り過て、一トたびも打るゝことなし。逼て打ば郤、啖著んず勢ひなれば、小厮等は竊におそれて、後々は與四郞が出しを見ても主にはつげず。蟇六も根勞して、遂に又犬を畜はず、是より詣來る人に對ひて、「犬は門を戍るとて、家每に養ふ物なれども、今の犬は物だにくるれば、主を吠て盜兒に、尾を掉て狎るゝもあるべし。門戍る役には得たゝずして、家の四邊に糞ちらして、人に踏するのみぞかし。されば畜べきものは猫なり。わきて農家は穀物に、鼠を防ぐを第一とす。猫なくはいかにせん。よりてわれは犬を愛せず、猫を養んと思ふかし。逸物あらば得させ給へ」、と來る人每に乞しかば、ある人雉毛の肥たる牡猫を、蟇六に贈けり。わが物となるときは、愛惜ふかき性なれば、蟇六はいふもさらなり、龜篠濱路これを愛して、眞紅の頸環かけさせて、迭代に膝にうち載、或は抱き、或は懷にして、半晌も地には置ず。蟇六は猫の名を、「何と呼べき」、と決めかねつゝ、もの識人に問しかば、その人答て、「むかし一條院のおん猫は、命婦のおとゞと召れたり。翁丸といふ犬が件の猫を逐しかば、敕勘蒙りし事もあり。この外に猫のよび名を、物に記せしを見ざる也。主の隨意名つけ給へ。故事も相性もいることかは」、といはれて蟇六竊に歡び、走り還て龜篠にいふやう、「猫は犬より貴きものなり。昔一條院のおん時には、猫に敍爵給はりて、命婦のおとゞと召れしとぞ。尒りとて平人は、主尙爵位なきものなれば、又命婦とは呼がたし。わが猫は雉子毛也。番作が犬は四足白なり。四白なる故に、與四郞とよぶとかいへば、わが猫は雉子なる故に、紀二郞と名つくべし。けふより奴稗にもこゝろ得させて、この名を呼せ給へ」といへば、龜篠聞て、笑坪に入り、「吁めでた、佳名也。濱路も如右こゝろ得よ。紀二郞は何處にをる。紀二郞々々々」と呼立て、ます〳〵寵愛する程に、比は如月のすゑなれば、牝戀盛る友猫のよび聲に浮されて、彼紀二郞は尻もおちゐず、屋棟より屋棟を傳ひあるきて、或は群猫と挑み㗲りて、亭主が長竿に追走かされ、或は餓て常には疎き、他の宿所に夜をあかし、三日四日がほど家にしも還らず。
一日件の紀二郞は、番作が背門近き、莊客糠助が厠の屋棟に、友猫と挑てをり。その聲遠く聞えしかば、龜篠耳を側立て、忙しく小厮を呼び立、「南向に聲するは、紀二郞にやあらんずらん。とく出て見よ」といへば、小厮等はこゝろ得て、一人はやがて番作が前栽のかたに赴き、一人は糠助が宿所のかたへ、聲をしるべにゆく程に、彼紀二郞は友猫に、いたく噬れて堪ざりけん、滾々と輾びつゝ、厠のほとりへ撲地と落。時に番作が犬與四郞は、葡匐伏て背門にをり、今紀二郞が落るを見て、身を起し走り來て、噬仆さんと近つけば、紀二郞は驚きながら、爪を張つゝ與四郞が、鼻柱を掻傷ん、と前足を閃すを、物ともせず飛かゝりて、左の耳を引銜、一揮ふれば紀二郞は、耳根より啖斷られ、命限りと逃走れば、與四郞はなほ脫さじ、と驀直に追蒐たり。蟇六が小厮等は、三丈許あなたより、この好景を見て、驚き騷ぎ、「吐嗟」と叫びて、與四郞が、趾を慕ひて|喘々、何處までもと追ふ程に、城堭廟のほとりに、一條の小川あり、こゝに至て紀二郞は、途窮りて慌忙き、引かへして迯んとするに、與四郞はやく跳かゝりて、猫の項を含禺とくはえて、只一當にぞ嚼殺す。當下小厮等近つきて、「彼よ〳〵」と叫ぶのみ、手に一條の棒を拿ねば、小石を把て打かけ〳〵、走り著んとするを見て、與四郞はやくも途を橫きり、何地とはなく失にけり。
縡の騷動大かたならねば、彼糠助も背より來つ。蟇六は緣由を、聞くとそがまゝ棒を引提、額藏といふ小厮の、年十一二になるを將て、後走に來つれども、紀二郞ははや噬殺され、猫の仇なる犬はをらず。縡の趣を尋るに、「番作が犬與四郞が所爲也」、と小厮等詳に吿しかば、蟇六は潸然と、圓なる目に淚を流して、小厮が救得ざるを憾み、且怒り且罵て、棒もて地上をうち敲き、「いかなれば彼廢人、かくまでわれを侮れる。彼奴が姉はわが妻なり。われは嫡家を續のみならず、便是村長也。彼奴が不禮をいへばさらなり、そが養犬まで主に做ふて、わが愛猫を殺害し、飽までわれを辱しむ。もし眼前に犬を殺して、紀二が怨を雪めずは、この熱腸を冷がたし。汝等二人は糠助もろとも、番作が宿所に赴き、彼畜生を牽ずり來れ。その口狀は箇樣々々」、と巨細に說示せば、先に來りし兩個の小厮は、こゝろ得果て遽しく、糠助を誘引つゝ、番作許赴けば、蟇六は額藏に、猫の亡骸をかき抱せ、なほ諄々と途すがら、罵止まで還りけり。今このわたりに掛れる橋を、簸川の猫俣橋といふとぞ。紀二が故事に因なるべし。
卻說蟇六が兩個の小厮は、糠助とゝもに、犬塚が宿所に赴き、番作に對面して、紀二猫が最期の顛末、與四郞犬が殘害の爲體を演說し、「主人蟇六この年來、夥の犬を畜といへども、貴所の犬に傷られ、或は卽死しつるもあり。しかれども蟇六は、なほ穩便の義を存じて、一トたびも恨を述ず、迭に畜犬あればこそ、爭ひの端とはなれ、寔に能なきことなり、と思ひかへして犬を畜ず、婦幼の愛る隨に、ちかき比より猫を養しに、これ又貴所の犬の爲に、一朝に失はる。友犬の戰ふは、いづれをわろしと定めがたし。猫は犬と爭はず、見ればおそれて避るもの也。しかるをなほこれを追ひ、これを殺すは犬に罪あり。件の犬を給はりて、猫の仇を報ふべし。縡の起は糠助男が、宿所のほとりにての事なれば、證人として將て參れり。吾儕に犬を遞與給へ。主人の口狀かくの如し」、と辭齊しく述訖れば、糠助は我身ひとり、困じ果たるおもゝちにて、番作にうち對ひ、「とかく村には事なかれ、と生平にも人のいふことながら、怪有なることにかゝづらひて、心くるしく思ふかし。穩便の返答なくは、吾儕もほと〳〵難義に及ん。よろしき挨拶聞まほし」、といふに番作うち笑ひ、「かばかりの事いかにして、和殿の難義に及ぶべき。使者の口狀その意を得ず。いはるゝ所理あるに似たれど、そは人倫のうへにして、畜生は五常をしらず、絕て法度を辨へず。弱きは强きに征せられ、小は大に服せらる。されば猫は鼠を食へど、犬には絕て勝ことなし。犬は猫に傷れども、豺狼と戰ふことかなはず。みな是力の足ざる所、形の小大によるもの也。もし犬を猫の仇とせば、猫を鼠の仇とせん。そを仇として死を貲ふは、倫人のうへにあり。畜生の爲に律をたづね、報讐死刑の制度あるよしは、わがしらざる所也。且猫は畜れて席上にあり。今そのところを失ふて、漫に地上を奔走し、犬の爲に命を隕すは、みづから死地に入るにあらずや。又犬は畜れて地上にあり。亦その所を失ひて、席上に起居せば、人見て是を許さんや。わが犬足下の宅地に赴き、座席に到ることあらば、打殺さるゝとも怨なし。猫の死を貲ふ爲には、つや〳〵犬を遞與がたし。たち歸てこれらのよしを、よろしく長に傳へ給へ。使大義」、と鷹揚に、辨舌水の流るゝ如く、理り逼たる返答に、兩個の小厮は「唯々」、と猫に袋を被せしごとく、尻を卬くし、頭を低、逡巡して退けば、糠助は阽みながら、番作に辭し別れ、小厮とゝもに退出けり。
さる程に蟇六が宿所には、龜篠濱路等、紀二郞猫が、死骸を抱きて泣叫び、犬を罵り、番作を、怨つゝ時移るまで、「今もや仇を牽もて來る欤」、と小厮が音つれをまつ程に、兩個の使は糠助もろ共、手を空して歸り來つ、番作が返答を、おちもなく吿しかば、龜篠聞て怒に得堪ず、「姉を姉とも思はざる、番作が偏僻は、今にはじめぬことなれども、勸解らるゝ口をもちながら、嘲り誇る非法の返答、この度は堪かたし。汝等再び彼處に赴き、有無をいはせずその犬に、荒繩かけて牽もて來よ。あな手ぬるし」、と敦圉ば、蟇六急に推禁め、「番作は足蹙たれども、武藝において侮りがたし。われ一鄕の長として、只一頭の猫ゆゑに、この爭ひを、惹出し、左右方傷く事あらば、理ありといふとも越度とせられん。公の沙汰心もとなし。こは此まゝに閣とも、恥を雪る術ありなん。渠既にみづからいはずや。彼犬もしわが宿所に入らば、打殺すとも恨なし、と口走らせしぞ幸ひなる。謀りて犬を敷地へ誘引ひ、竹鎗をもて刺留なん。僉竹鎗の准備をせよ」、とほこりかに說示せば、龜篠やうやくおもひかへしつ、小厮等を、と見かう見て、「糠助は汝達と、共に來つると思ひしが、竹鎗の事聞ずや」、と問ば小厮は後方を見かへり、「今まで是處に候ひし、還るをば見ず候き」、といふに龜篠眉うち顰め、「彼糠助は番作が、背門のこなたに住居すなれば、固より親きものとぞ聞く。わが良人の謀、彼が口より洩もやせん。拔りにけり」、と舌うち鳴して、後悔すれば、蟇六は、心つきて小膝を拍、「嗚呼悞り悞ぬ。謀は密なるを、よしとすといふものを、わろき奴に聞れたり。遠くはゆかじ、追留よ。童は足いと早きもの也。額藏ゆきね」、といそがせば、應もあへず外面へ、裳を褰て走去けり。尒るにこの額藏は、年に似げなく才長て、その才をあらはさず、志氣あるものなれば、月ごろ主の物妬を、傍いたく思ふ物から、陽にはその意に悖はず。この日も件の計較を、「いと嗚呼なり」、と心には、思はざるにあらねども、いはるゝまゝに遽しく、走り出しが、遠くはゆかず、且してかへり來つ、「途にて追つき候はねば、彼宿所までいゆきて見しに、糠助ぬしは宿へも還らず。彼人は去年の秋の、貢の債ありとか聞り。いかでか村長を敵にして、自滅を招き候べき。拾おかし給ふとも、口利ことは候はじ、と心つき候へば、先々までは索候はず。なほ索ぬべうもや」、と眞しやかにこしらゆれば、蟇六聞てうち點頭、「現汝がいふごとく、渠は債あるもの也。さればその身を愛せずに、わが爲わろき事はえいはじ。よしやいふとも洩すとも、彼犬には四足あり。主の番作には似るべうもあらず。霎時はこれを繋ぎおくとも、日を歷なば出あるかん。そのとき敷地へ呼び入れて、刺殺さんこと易かるべし。竹鎗の准備懈るな」、とその手配を傳へさせ、與四郞犬がいで來るを、これより日に〳〵俟なるべし。
卻說莊客糠助は、蟇六が計校を、番作にしらせん、と思へば別を吿ずして、遽しく走り出、犬塚が宿所へいゆきて、蟇六夫婦がいひつることを、潛やかに報知せ、「斯いへば仂なく、中言するに似たれども、某村長には債あり。彼人わろかれとて吿るにあらず。縱義絕の親類ともいへ、長の內室はおん身の姉也。畜生の事によりて、ます〳〵怨を結んこと、好とは絕ていひがたし。かゝれば彼與四郞を、近鄕へ遣し給へ。犬だにこゝにをらずならば、人の怨も自然と解なん。この議はいかに」、と密語ば、番作聞て沈吟じ、「今にはじめぬ和殿が親切、歡びこれにますことなし。然ながら、蟇六闔宅の智嚢を拂て、謀をめぐらすとも、われ露ばかりもこれをおそれず。せんすべは又いくらもあるべし。只恨らくはわが足蹙て、近來ます〳〵多病也。理ありといふとも爭ひを好まず。且畜生は智ありて智なし。安危をしらざるものなれば、欺れて彼處におもむき、打殺されなばわが羞なり。和殿よろしく計ひて、犬を遠離給はるべし」、とやうやくに諾ひしかば、糠助大に歡びて、信乃にも緣由を吿、與四郞に物夥食して、その夜瀧の川へ牽もてゆき、彼處の寺へ關つるに、犬は糠助より先にかへりて、はや番作が門にをり。「こは途の近き故なり。河を涉さば得かへらじ」とて、次の日は、東南のかたへ牽出し、宮戶川をうちわたして、牛嶋に棄たるに、其處にもをらでかへり來つ。かくの如くすること兩三度、五六日を費せども、勞してその功なかりしかば、糠助は呆れ果て、遂に又彼犬を棄ず。
當下信乃思ふやう、「與四郞は主を慕ふて、身に禍の及ぶをしらず。この犬果して殺されなば、父の怒り甚しく、いかなる事もやいで來なん。いとこゝろ憂き事なりかし。願ふは與四郞も殺されず、わが伯母夫婦の恨も散て、無異におさまる謀、なからずやは」、としのび〳〵に、肺肝を摧きつゝ、僅に一の計を生し、「父に吿てはその事成らじ。糠助男に相譚ばや」、と思へばやがて外に出て、件のをとこを索るに、畑をかへして草野にをり。側に耕すものなければ、「折こそよけれ」、と彼處に赴き、云云にせばやと思ふ、意中の機密を說示し、「所詮彼與四郞を、伯母夫の宅地近く牽もてゆき、犬に對て罵りいはん。『この畜生よしもなく、長が愛する猫を殺して、親族怨を重るの禍を惹出せり。よりてしば〳〵棄たれ共、なほこりずまにかへり來て、みづから死地に入るをしらず。今はしもせんすべなし。汝を殺してわが伯母夫婦の、怨を解んと思ふのみ。覺期せよ』、と罵りて、杖をあげて犬を打ば、犬は必逃走らん。逃るを追ふて打走らし、趾を慕ふて宿所にかへり、且く犬を繋ぎ置ば、わが伯母夫婦、その聲を聞、その好景を見て必おもはん、『番作その子に犬を打して、猫を殺せる罪を謝せり』、と了解せば怨も散て、犬を殺すの念を絕なん。與四郞が必死を救はゞ、わが父に恥あることなく、親族怨を重るの欺きなし。この事何とか思ひ給ふ」、と問ば糠助一議に及ばず、「呼賢哉々々。和子は僅に十一才、その智はむかしの楠公にひとし。且その謀る所親の爲、伯母を思ふの孝也義也。われも共侶にゆくべきに、とく〳〵」といそがせば、信乃は既に翼を得て、こゝろます〳〵勇みあり、遽しく走りかへりて、わが門にをる與四郞を、誘引立て糠助もろ共、蟇六が門に將てゆきつ、謀りしごとく聲をふり立、云云と罵責て、棒を揚杖を採て、與四郞を磤と打。うたれて犬はこゝろを得ず、生平にはあらで糠助さへ、われを打こと大かたならねば、驚き𥉉〚目+條〛て途を失ひ、舊の路へは逃もかへらで、蟇六が宅地を遶りて、背門のかたへぞ走りける。信乃糠助はこれを見て、「あな便なし。そなたにあらず、こなたへ逃よ」、といはぬばかりに、途をひらきて左右にわかれ、杖を揚て追蒐れば、犬はいよ〳〵狼狽さわぎて、走り脫んとしつれ共、この處は瓢のごとく、口一方にして、前面に路なし。已ことを得ず蟇六が、背門より裡面へ走り入り、勢に乘しつゝ、左邊なる子舍へ、身を跳して飛込だり。「すはや」、と騷ぐ蟇六が小厮等は手配して、後門も歬門も磤と閉、「是首よ、彼首よ」、と散動聲、囂しきまで聞えしかば、糠助は𥉉〚目+條〛惑て、信乃が袂を引とゞめ、「毛を吹疵を求たり。もし虛々とこゝにをらば、忽地不虞の危殃あらん。とく逃給へ」、といひもあへず、拿たる棒を隱さんとて、懷へ插入れつゝ、走り避んとする程に、腮につかへ、脚にからまり、睾丸さへに推痛めて、俯に跌倒れ、「吐嗟」と叫て、棒を繰り捨、やうやくに身を起せば、膝破れ衂血流るゝを、見かへるに遑あらず、面を皺め、膝を拊、足を引つゝ逃亡けり。
怨をかへして蟇六小ものを勞ふ」「庄官ひき六」「かめさゝ」「小ものがく蔵」
かくても信乃は退かず、「よしなき所行をしつるかな」、と百遍悔、千遍悔ども、 又せんすべはなきものから、隙もあらば與四郞を、救ひとらんと思ひしかば、彼此に立遶りて、犬の出るを待といヘども、門の扇を鎖されたれば、絕て出べき路もなし。犬はいと苦しげに、吠㗲く聲聞えにければ、「嗚呼與四郞は殺されなん。いとをしき事してけり」、とひとりごちつゝ杖に携て、なほ背門のこなたにをり。かくてあるべきにあらざれば、「今は救ふによしなし」、と思ひ絕て宿所に還り、已ことを得ず云云、と匿まず父に吿しかば、番作怒れる氣色なく、つく〳〵と聞て嘆息し、「汝總角たりといへども、人にましたる才學あり。その智によって不覺をとりしは、人をしらざるの失也。わが姉はこゝろ僻り。蟇六は能を媢む小人なり。汝謀りて犬を打とも、渠豈それに嗛りて、憤を解ものならんや。しかれどもこなたより、犬を追入れて擊せしは、不覺に似て不覺にあらず。彼より犬を呼入られて、殺されなばいかばかり、われは悔しく思はなん。與四郞が死は不便なれども、惜て今さら詮なきことなり。なほ風聲を聽定めよ」、といふ言葉いまだ訖らず、件の犬は血に塗れ、起つ轉つ庭門より、踉々と走りかへりて、そがまゝ撲地と臥しかば、信乃ははやくも見かへりて、「あな痛まし。與四郞が還り候は」、といひあへず、走りをりて勦れば、番作は遽しく、柱に携りて身を起し、緣類に出て、とくと見て、「斯鎗痍を受ながら、其處にて斃れず還りしは、老ても逸物なれば也。雖然生がたし。日蔭へ牽入れ得させよ」、といふに信乃はこゝろ得て、緣頬の下に藁菰布て、痍負る犬を扶臥させ、「阿、與四郞よ、苦しき欤。汝に危殃あらせじとて、われ如此々々に謀しかど、汝は脫路をとり失ひ、怨る人の背門より入て、かくは命を隕すめり。それ將吾儕の愆なり。よしなかりき」、と身を責て、水を口に沃ぎ入れ、藥を痍に揮かけて、こゝろを竭して勦れども、又生べうは見えざりけり。
さる程に蟇六は、憎しと思ふ與四郞が、はからず背門より走り入て、子舍へ登しかば、やがて小厮に門戶を鎖せ、主從すべて五六人、准備の竹鎗挾み、追ひ出し、駈立て、刺留んとしつれ共、件の犬は足はやくて、鎗下を潛り脫、路を求めて出んとするに、前後の門を鎖たれば、進退既に究りて、數个所の疵を受ながら、吼り狂ひて伏も斃れず、板屏の下突破りて、外面へ出しかば、「彼迯すな」、と蟇六主從、門扉を開きて追蒐しが、「さのみは」とて引かへす。當下蟇六意氣揚々と、小厮等を勞ひて、「けふの働き拔群也。恨くは犬を刺留ず、さはれ深痍を負せしかば、必途にて斃れなん。さはあらずや」、と誇貌に、鎗を庇に立かけて、緣類に尻をかくれば、龜篠は背より、扇をひらきてあふぎ立、「けふといふけふ紀二郞が、讐をやうやく復したり。思ひしにます彼畜生は、猛くもこゝに死ざりし。汝達は怪我せずや」、と問ば小厮等袒を收、「いな何ともつかまつらず。宣ふ如く猛き犬にて、吾們が手に及ざりしを、主の光りで、とやらかうやら、痛痍を負し候」、といふに蟇六「さもこそ」、と鼻高やかにをこめかし、軈て裡面にぞ入にける。そが中に額藏のみ、小厮等と共侶に、立さわぐのみ、犬をば追はず、畜生に傷けしとて、妻子に誇る主の貌を、つく〴〵と目送りて、冷笑ひつゝ退きぬ。
且して蟇六は、龜篠を一室に招き、蒸襖引立させて、額を合し、聲を潛め、「今小厮等がいふを聞くに、番作が犬がゆくりなく、背門より走り入りつるは、信乃が追入れたればなり。そのとき件の小孩兒が、犬を責て云云、と罵れるを聞しものあり。そは信乃一人が所爲ならで、糠助も共侶に、彼犬を打しといへば、その故なくはあるべからず。今そのこゝろを猜するに、番作陽には剛氣を示せど、みづから爭ひがたきをしりて、さてぞその子に分付て、犬をこなたへ送りしならん。この勢ひを脫ずして、うまく謀らば招ずして、番作に歸伏させ、彼村雨の一刀も、遂にわが手に入ることあるべし。われ大塚の遺蹟たれ共、家譜も傳へず、舊記もなし。匠作ぬしの長女たる、そなたの夫といふのみ也。爾るに鐮倉の成氏朝臣は、顯定、定正の兩管領と、中わろくなり給ひて、曩に鐮倉を追落され、許我の城に籠せ給ひて、合戰今に絕る隙なし。これによりて當所の陣代、大石氏も早晚に、鐮倉へ出仕して、兩管領に從給へり。われは成氏のおん兄、春王安王の傅たりし、大塚氏の後なれば、兩管領へ大かたならぬ、志をあらはさずは、さは」とて小厮を呼よせて、「糠助召」とて遣しけり。
畢竟龜篠糠助に、いかなる事を說出せる。そは又次の卷にて解なん。
里見八犬傳第二輯卷之四終


