南総里見八犬伝(019)

南總里見八犬傳第二輯卷之四第十八回
東都 曲亭主人 編次
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ふて紀二郎きじらう糠助ぬかすけ屋棟やねいどむ」「犬塚番作」「しの」「ぬか助」

簸川原ひのかはら紀二郞きじらういのちおと
村長宅むらおさやしき與四郞疵よしらうきずかうふ

 應仁おふにんは二年にして、文明ぶんめいと改元せらる。文明二年、信乃しの十一歲、母なくなりて三年みとせ以來このかた、父につかへてます〳〵孝なり。さらぬだに番作ばんさくは、行步ぎやうぶ不自由なるものゝ、はやく鰥夫やもをとなりしより、年々とし〳〵に氣力おとろへ、齡五十よはひいそぢ滿みたずして、齒はぬけかうべ白くなりつ、病煩やみわづらふ日の多かるに、なほ手習子等てらこら集合つどへては、いとかしがましとて手本をとらせず。「さはれ年來としころ衆人もろひとの、扶助たすけによりて親子三人みたりうへこゝへずありけるに、その子孫こうまごをしえずして、たゞわが餘命をむさぼらば、人はたこれをよしといはんや。かゝればさとに利をのこして、彼等が恩義にむくはんには」、とかねてより思ひしかば、やまひひまあるをりをりに、水旱すいかん准備てあて荒年くわうねん夫食ぶしき、すべて農家日用の事をのみのべしるして、是を一卷ひとまきとし、里老等さとのおきならに贈りしかば、みなこれを見て嘆賞し、「犬塚生いぬつかうぢ手迹美事しゆせきみごとに、武藝ぶけいをよくすと思ひしに、農業蠶養こがひのうへまでも、人のしらざる所を得たり。この書は不益ふゑきたまものなり。寫し傳へて祕藏ひざうせよ。まこと可惜士あたらさむらひを、埋木もれきにすることよ」、といはざるものはなかりけり。

 さる程に蟇六ひきろくは、くだんの事を傳へきゝて、ねたき事いふべうもあらず、はやくそのしよけみせんとて、乞求こひもとむることしば〳〵なれ共、里老等さとのおきならはこれをいださず、「けふは某乙なにがしが寫してをり、寫しはつるをまたせ給へ」、といはるゝにすべもなく、日をて人をつかはせば、「先より先へ枝貸またがしして、ある所しれず」といふ。蟇六ます〳〵腹たてゝ、「よし〳〵その書見ずもありなん。一村ひとむらおさうけ給はる程のものが、さばかりの事しらざらんや。番作はわかきより、田畝でんほうち浮浪ふらうすれども、蛭兒ひるこに劣る腰ぬけなれば、鍬鞆くわがらとりし事なくて、耕作の利をなでふしるべき。かたはらいたき事也」、とことばきわめそしりしかば、里人等さとひとらはその口を憎みて、つひにかの書を見せざりけり。すべて蟇六龜篠かめさゝは、親族他人の差別なく、のうねたむのやまひあり、愛惜あいじやくふかく心ひがみて、とにかく人をそしれども、もとよりおのれに見識なければ、ひと眞似まねをする事もおほかり。

 されば番作が犬與四郞よしらうは、この年十二になりしかば、里にまれなる老犬ふるいぬなれども、齒竝はなみ毛の澤衰つやおとろへず、氣力ます〳〵すくよかなれば、一村ひとむら群犬ぐんけん、これが爲に威服いふくせられて、たえかうべいだし得ず。蟇六これをもねたく思ひて、年來としころとり替牽かえひきかえて、幾頭いくひきとなく犬を養ひしに、みな與四郞に囓伏かみふせられ、あるひは卽死するもあり、あるひきずかうむりて、廢犬かたはいぬとなるもあれば、蟇六うらいきとほりて、かね小厮こものにこゝろを得させ、與四郞を見るときは、主從棒しゆう〴〵ぼうひらめかし、左右よりうたんとするに、與四郞は飛鳥ひちやうの如く、飛退とびしりぞき、走りすぎて、一たびもうたるゝことなし。せまりうたなか〳〵に啖著くらひつかんず勢ひなれば、小厮等こものらひそかにおそれて、後々のち〳〵は與四郞がいでしを見てもしゆうにはつげず。蟇六ひきろく根勞こんつからして、つひに又犬をはず、是より詣來まうくる人にむかひて、「犬はかどまもるとて、家每いへごとふ物なれども、今の犬は物だにくるれば、しゆうほえ盜兒ぬすびとに、尾をふりるゝもあるべし。門戍かどもる役にはたゝずして、家の四邊めぐりはこしちらして、人にふまするのみぞかし。さればかふべきものはねこなり。わきて農家は穀物たなつものに、ねずみを防ぐを第一とす。猫なくはいかにせん。よりてわれは犬を愛せず、猫をかはんと思ふかし。逸物いちもつあらばさせ給へ」、と來る人ごとこひしかば、ある人雉毛きじけこえたる牡猫をねこを、蟇六におくりけり。わが物となるときは、愛惜あいじゃくふかきさがなれば、蟇六はいふもさらなり、龜篠濱路かめさゝはまぢこれを愛して、眞紅しんく頸環くびたまかけさせて、迭代かたみかはりひざにうちのせあるひいだき、あるひふところにして、半晌かたときしたにはおかず。蟇六は猫の名を、「なんよぶべき」、とさだめかねつゝ、もの識人しるひととひしかば、その人こたへて、「むかし一條院いちでふのいんのおん猫は、命婦めうぶのおとゞとめされたり。翁丸おきなまろといふ犬がくだんの猫をおひしかば、敕勘蒙ちよくかんかうむりし事もあり。このほかに猫のよび名を、物にしるせしを見ざる也。しゆう隨意まに〳〵名つけ給へ。故事こじ相性あいせうもいることかは」、といはれて蟇六ひそかよろこび、走りかへりて龜篠にいふやう、「猫は犬よりたつときものなり。昔一條院のおん時には、猫に敍爵かうぶり給はりて、命婦めうぶのおとゞとめされしとぞ。しかりとて平人たゞうどは、主尙爵位しゆうすらくらゐなきものなれば、又命婦とはよびがたし。わが猫は雉子毛きじけ也。番作が犬は四足白よつしろなり。四白よしろなるゆゑに、與四郞とよぶとかいへば、わが猫は雉子きじなる故に、紀二郞きじらうと名つくべし。けふより奴稗ぬひにもこゝろ得させて、この名をよばせ給へ」といへば、龜篠きゝて、笑坪えつぼり、「あなめでた、佳名よきな也。濱路も如右しかこゝろ得よ。紀二郞は何處いづこにをる。紀二郞々々々」と呼立よびたてて、ます〳〵寵愛ちゃうあいする程に、ころ如月きさらぎのすゑなれば、牝戀盛つまこひさか友猫ともねこのよび聲にうかされて、かの紀二郞は尻もおちゐず、屋棟やねより屋棟やねを傳ひあるきて、ある群猫むれねこいどうなりて、亭主いへぬし長竿ながさを追走おひはしらかされ、あるうへて常にはうとき、ひとの宿所にをあかし、三日四日みかよかがほど家にしもかへらず。

 一日件あるひくだんの紀二郞は、番作ばんさく背門せど近き、莊客糠助ひやくせうぬかすけかはや屋棟やねに、友猫といどみてをり。その聲遠く聞えしかば、龜篠かめさゝ耳を側立そはだてて、いそがはしく小厮こものを呼びたて、「南向みなみむかひに聲するは、紀二郞にやあらんずらん。とくいでて見よ」といへば、小厮等こものらはこゝろ得て、一人はやがて番作が前栽ぜんさいのかたにおもむき、一人は糠助が宿所のかたへ、聲をしるべにゆく程に、彼紀二郞かのきじらうは友猫に、いたくかまれてたへざりけん、滾々ころ〳〵まろびつゝ、かはやのほとりへ撲地はたおつ。時に番作が犬與四郞よしらうは、葡匐伏はらばひふし背門せどにをり、今紀二郞がおつるを見て、身を起し走り來て、噬仆かみたふさんと近つけば、紀二郞は驚きながら、つめはりつゝ與四郞が、鼻柱はなはしら掻傷かきやぶらん、と前足をひらめかすを、物ともせずとびかゝりて、左の耳を引銜ひきくはえ一揮ひとふりふれば紀二郞は、耳根みゝもとより啖斷かみきられ、命限りと逃走にげはしれば、與四郞はなほのがさじ、と驀直まつしくら追蒐おつかけたり。蟇六ひきろく小厮等こものらは、三丈許みつゑばかりあなたより、この好景ありさまを見て、驚きさわぎ、「吐嗟あなや」と叫びて、與四郞が、あとを慕ひて|喘々あへぎ〳〵何處いづこまでもと追ふ程に、城堭うぢかみのやしろのほとりに、一條ひとすぢの小川あり、こゝにいたりて紀二郞は、途窮みちきわまりて慌忙あはてふためき、ひきかへしてにげんとするに、與四郞はやくおどりかゝりて、猫のうなぢ含禺がんぐとくはえて、只一當なぜひとあてにぞ嚼かみころす。當下小厮そのときこものら近つきて、「あれよ〳〵」と叫ぶのみ、手に一ひとすぢの棒をもたねば、小石をとりうちかけ〳〵、走りつかんとするを見て、與四郞はやくもみちを橫きり、何地いづちとはなくうせにけり。

 ことの騷動大かたならねば、かの糠助もあとより來つ。蟇六は緣由ことのよしを、聞くとそがまゝ棒を引提ひきさげ額藏がくざうといふ小厮こものの、年十一二になるをて、後走おくれはせに來つれども、紀二郞ははやかみころされ、猫のあたなる犬はをらず。ことおもむきたつぬるに、「番作が犬與四郞が所爲わざ也」、と小厮等こものらつばらつげしかば、蟇六は潸然さめさめと、つぶらなる目に淚を流して、小厮こもの救得すくひえざるをうらみ、且怒かついか且罵かつのゝしりて、棒もて地上ちせうをうちたゝき、「いかなれば彼廢人かのかたはもの、かくまでわれをあなどれる。彼奴かやつが姉はわがつまなり。われは嫡家ちやくかつぐのみならず、便是村長すなはちこれむらおさ也。彼奴かやつ不禮ぶれいをいへばさらなり、そが養犬かひいぬまでしゆうならふて、わが愛猫まなねこ殺害せつがいし、あくまでわれをはづかしむ。もし眼前まのあたりに犬を殺して、紀二がうらみきよめずは、この熱腸ねつちやうさましがたし。汝等二人ふたりは糠助もろとも、番作が宿所に赴き、彼畜生かのちくせうひきずりきたれ。その口狀こうでう箇樣々々かやう〳〵」、と巨細つまびらか說示ときしめせば、先にきたりし兩個ふたり小厮こものは、こゝろ得果えはてあはたゝしく、糠助ぬかすけ誘引いざなひつゝ、番作がり赴けば、蟇六ひきろくは額藏に、猫の亡骸なきからをかきいだかせ、なほ諄々ぐと〳〵みちすがら、罵止のゝしりやまでかへりけり。今このわたりに掛れる橋を、簸川ひかは猫俣橋ねこまたばしといふとぞ。紀二きじが故事によるなるべし。

 卻說かくて蟇六が兩個ふたり小厮こものは、糠助とゝもに、犬塚が宿所に赴き、番作に對面して、紀二きじねこ最期さいご顛末てんまつ、與四郞犬が殘害の爲體ていたらく演說えんせつし、「主人蟇六この年としごろあまたの犬をかふといへども、貴所きしよの犬にきずつけられ、あるひは卽死しつるもあり。しかれども蟇六は、なほ穩便おんびんの義をぞんじて、一たびもうらみのべず、かたみ畜犬かひいぬあればこそ、爭ひのはしとはなれ、まことのうなきことなり、と思ひかへして犬をかはず、婦幼をんなわらべめづまゝに、ちかきころより猫をかひしに、これ又貴所の犬の爲に、一朝いつちやうに失はる。友犬ともいぬの戰ふは、いづれをわろしと定めがたし。猫は犬と爭はず、見ればおそれてさくるもの也。しかるをなほこれを追ひ、これを殺すは犬に罪あり。くだんの犬を給はりて、猫のあたを報ふべし。ことおこり糠助男ぬかすけをとこが、宿所のほとりにての事なれば、證人としてきたれり。吾儕わなみに犬を遞與わたし給へ。主人の口狀こうでうかくの如し」、と辭齊ことばひとしく述訖のべをはれば、糠助は我身わがみひとり、こうはてたるおもゝちにて、番作にうちむかひ、「とかく村には事なかれ、と生平つねにも人のいふことながら、怪有けうなることにかゝづらひて、心くるしく思ふかし。穩便おんびんの返答なくは、吾儕わなみもほと〳〵難義におよばん。よろしき挨拶きかまほし」、といふに番作うち笑ひ、「かばかりの事いかにして、和殿わどのの難義に及ぶべき。使者の口狀こうでうその意を得ず。いはるゝ所理あるに似たれど、そは人倫じんりんのうへにして、畜生は五常をしらず、たえ法度はつとわきまへず。弱きは强きに征せられ、小は大に服せらる。さればねこねずみくらへど、犬にはたえかつことなし。犬は猫にきずつくれども、豺狼おほかみと戰ふことかなはず。みなこれ力のたらざる所、形の小大によるもの也。もし犬を猫のあたとせば、猫を鼠のあたとせん。そをあたとして死をつくなふは、倫人じんりんのうへにあり。畜生の爲にりつをたづね、ふくしう死刑の制度さたあるよしは、わがしらざる所也。かつ猫はかはれて席上せきせうにあり。今そのところを失ふて、そゞろ地上ちせう奔走ほんさうし、犬の爲に命をおとすは、みづから死地に入るにあらずや。又犬はかはれて地上ちせうにあり。またその所を失ひて、席上せきせう起居おきふしせば、人見て是を許さんや。わが犬足下そくか宅地やしきに赴き、座席に到ることあらば、打殺さるゝともうらみなし。猫の死をつくなふ爲には、つや〳〵犬を遞與わたしがたし。たちかへりてこれらのよしを、よろしくおさに傳へ給へ。使大義つかひたいぎ」、と鷹揚おふように、辨舌べんぜつ水の流るゝ如く、ことわせめたる返答に、兩個ふたり小厮こものは「唯々あい〳〵」、と猫に袋をかぶせしごとく、しりたかくし、かうべさげ逡巡あとしさりして退しけぞけば、糠助ぬかすけあやぶみながら、番作に辭し別れ、小厮こものとゝもに退まかでけり。

 さる程に蟇六ひきろくが宿所には、龜篠濱路等かめさゝはまぢら紀二郞猫きじらうねこが、死骸しがいいだきて泣叫なきさけび、犬をのゝしり、番作を、うらみつゝ時移るまで、「今もやあたひきもて來る」、と小厮こものおとつれをまつ程に、兩個ふたりの使は糠助もろ共、手をむなしうして歸り來つ、番作が返答を、おちもなくつけしかば、龜篠きゝいかり得堪えたへず、「姉を姉とも思はざる、番作が偏僻かたゐぢは、今にはじめぬことなれども、勸解わびらるゝ口をもちながら、あざけり誇る非法の返答、このたびたへかたし。汝なんぢら再び彼處かしこおもむき、有無うむをいはせずその犬に、荒繩あらなはかけてひきもてよ。あな手ぬるし」、と敦圉いきまけば、蟇六急に推禁おしとゞめ、「番作は足蹙あしなえたれども、武藝ぶげいにおいてあなどりがたし。われ一鄕いちごうをさとして、只一頭たゞいつひきの猫ゆゑに、この爭ひを、惹出ひきいだし、左右方傷さうほうきずつく事あらば、理ありといふとも越度をちどとせられん。おほやけ沙汰さた心もとなし。こはこのまゝにさしおくとも、恥をきよむすべありなん。かれ既にみづからいはずや。彼犬かのいぬもしわが宿所に入らば、打殺すともうらみなし、と口走らせしぞさいはひなる。はかりて犬を敷地へ誘引いざなひ、竹鎗たけやりをもて刺留しとめなん。みな竹鎗の准備ようゐをせよ」、とほこりかに說示ときしめせば、龜篠やうやくおもひかへしつ、小厮等こものらを、と見かう見て、「糠助は汝達なんたちと、共に來つると思ひしが、竹鎗の事きかずや」、ととへ小厮こもの後方あとべを見かへり、「今まで是處ここに候ひし、かへるをば見ず候き」、といふに龜篠まゆうちひそめ、「かの糠助は番作が、背門せどのこなたに住居すまゐすなれば、固よりしたしきものとぞ聞く。わが良人つまはかりこと、彼が口よりもれもやせん。ぬかりにけり」、と舌うちならして、後悔すれば、蟇六は、心つきて小こひざうち、「嗚呼あゝあやまてあやまちぬ。はかりことは密なるを、よしとすといふものを、わろき奴にきかれたり。遠くはゆかじ、追留おひとめよ。わらべは足いと早きもの也。額藏がくざうゆきね」、といそがせば、いらへもあへず外面とのかたへ、もすそかゝげて走はせさりけり。しかるにこの額藏は、年に似げなく才長さえたけて、そのさえをあらはさず、志こゝろざしあるものなれば、月ごろしゆう物妬ものねたみを、かたはらいたく思ふものから、うへにはその意にさからはず。この日もくだん計較もくろみを、「いと嗚呼をこなり」、と心には、思はざるにあらねども、いはるゝまゝにいそがはしく、走りいでしが、遠くはゆかず、しばらくしてかへり來つ、「みちにておひつき候はねば、かの宿所までいゆきて見しに、糠助ぬしは宿やどへもかへらず。彼人かのひと去年こぞの秋の、みつぎおひめありとかきけり。いかでか村長むらをさを敵にして、自滅を招き候べき。すておかし給ふとも、口利くちきくことは候はじ、と心つき候へば、先々さき〳〵まではたづね候はず。なほたづぬべうもや」、とまことしやかにこしらゆれば、蟇六きゝてうち點頭うなつき、「げに汝がいふごとく、かれおひめあるもの也。さればその身を愛せずに、わが爲わろき事はえいはじ。よしやいふとももらすとも、彼犬かのいぬには四足しそくあり。しゆうの番作には似るべうもあらず。霎時しばしはこれをつなぎおくとも、日をなばいであるかん。そのとき敷地へ呼び入れて、刺殺つきころさんことやすかるべし。竹たけやり准備ようゐおこたるな」、とその手配てくばりを傳へさせ、與四郞犬がいで來るを、これより日に〳〵まつなるべし。

 卻說莊客かくてひやくせう糠助は、蟇六が計校もくろみを、番作にしらせん、と思へばわかれつげずして、いそがはしく走りいで、犬塚が宿所へいゆきて、蟇六夫婦がいひつることを、しのびやかに報知つげしらせ、「かういへばはしたなく、中言なかごとするに似たれども、某村長それがしむらをさにはおひめあり。彼人かのひとわろかれとてつぐるにあらず。たとひ義絕の親類ともいへ、をさ內室ないしつはおん身の姉也。畜生の事によりて、ます〳〵うらみむすばんこと、よしとはたえていひがたし。かゝればかの與四郞を、近鄕きんごうつかはし給へ。犬だにこゝにをらずならば、人のうらみも自然ととけなん。この議はいかに」、と密語さゝやけば、番作きゝ沈吟うちあんじ、「今にはじめぬ和殿わとのが親切、よろこびこれにますことなし。さりながら、蟇六闔宅やうち智嚢ちのうふるつて、はかりことをめぐらすとも、われ露ばかりもこれをおそれず。せんすべは又いくらもあるべし。只恨たゞうらむらくはわが足蹙あしなへて、近來きんらいます〳〵多病也。理ありといふとも爭ひを好まず。かつ畜生は智ありて智なし。安危あんきをしらざるものなれば、あざむかれて彼處かしこにおもむき、打殺されなばわがはぢなり。和殿わどのよろしくはからひて、犬を遠離とほざけ給はるべし」、とやうやくにうけひしかば、糠助おほきに歡びて、信乃にも緣由ことのよしつげ、與四郞に物夥食あまたくはして、その瀧の川へひきもてゆき、彼處かしこの寺へあづけつるに、犬は糠助ぬかすけより先にかへりて、はや番作がかどにをり。「こはみちの近きゆゑなり。河をわたさばかへらじ」とて、つぐの日は、東南たつみのかたへひきいだし、宮戶川みやとかはをうちわたして、牛嶋うししますてたるに、其處そこにもをらでかへり來つ。かくの如くすること兩三度、五六日をついやせども、勞してその功なかりしかば、糠助はあきはてて、つひに又かの犬をすてず。

 當下信乃そのときしの思ふやう、「與四郞よしらうしゆうを慕ふて、身にわざはひの及ぶをしらず。この犬はたして殺されなば、父の怒りはなはだしく、いかなる事もやいでなん。いとこゝろ憂き事なりかし。願ふは與四郞も殺されず、わが伯母夫婦のうらみはれて、無異ぶゐにおさまるはかりこと、なからずやは」、としのび〳〵に、肺肝はいかんくだきつゝ、はつかひとつはかりごとおもひいだし、「父につげてはその事成らじ。糠助男ぬかすけをとこ相譚かたらはばや」、と思へばやがていでて、くだんのをとこをたづめるに、はたをかへして草野のらにをり。かたへに耕すものなければ、「折こそよけれ」、と彼處かしこに赴き、云云しか〳〵にせばやと思ふ、意中ゐちうの機密を說示ときしめし、「所詮彼しよせんかの與四郞を、伯母夫をばむこ宅地やしき近くひきもてゆき、犬にむかひのゝしりいはん。『この畜生よしもなく、をさが愛する猫を殺して、親族うらみかさぬるのわざはひ惹出ひきいだせり。よりてしば〳〵すてたれ共、なほこりずまにかへり來て、みづから死地に入るをしらず。今はしもせんすべなし。なんぢを殺してわが伯母夫婦の、うらみとかんと思ふのみ。覺期かくごせよ』、と罵りて、しもとをあげて犬をうたば、犬は必逃走かならずにげはしらん。にぐるを追ふて打走うちはしらし、あとを慕ふて宿所にかへり、しばらく犬をつなおかば、わが伯母夫婦、その聲をきゝ、その好景ありさまを見てかならずおもはん、『番作その子に犬をうたして、猫を殺せる罪をしやせり』、と了解せばうらみはれて、犬を殺すのおもひたちなん。與四郞が必死を救はゞ、わが父に恥あることなく、親族うらみかさぬるのなげきなし。この事なにとか思ひ給ふ」、ととへば糠助一議いちぎに及ばず、「呼賢哉々々あゝさかしいかな〳〵和子わこはつかに十一才、その智はむかしの楠公くすのきにひとし。かつそのはかところ親の爲、伯母を思ふの孝也義也。われも共もろともにゆくべきに、とく〳〵」といそがせば、信乃は既にたすけを得て、こゝろます〳〵勇みあり、いそがはしく走りかへりて、わがかどにをる與四郞を、いざ引立なひたてて糠助もろ共、蟇六がかどてゆきつ、謀りしごとく聲をふりたて云云しか〳〵罵責のゝしりせめて、ぼう揚杖あげしもととりて、與四郞をはたうつ。うたれて犬はこゝろを得ず、生平つねにはあらで糠助さへ、われをうつこと大かたならねば、驚き𥉉あはて〚目+條〛てを失ひ、もとの路へはにげもかへらで、蟇六ひきろく宅地やしきめぐりて、背門せどのかたへぞ走りける。信乃糠助はこれを見て、「あな便びんなし。そなたにあらず、こなたへにげよ」、といはぬばかりに、みちをひらきて左右にわかれ、しもとあげ追蒐おつかくれば、犬はいよ〳〵狼うろたへさわぎて、走りぬけんとしつれ共、このところひさごのごとく、口一方くちいつほうにして、前面むかひに路なし。やむことを得ず蟇六が、背せどより裡面うちへ走り入り、いきほひまかしつゝ、左邊ゆんでなる子こざしきへ、身をおどらして飛込とびこんだり。「すはや」、と騷ぐ蟇六が小厮等こものら手配てくばりして、後門せど歬門かなどはたたて、「是首ここよ、彼首かしこよ」、と散動聲どよめくこゑかしましきまで聞えしかば、糠助は𥉉あはて〚目+條〛まどひて、信乃がたもとひきとゞめ、「毛を吹疵ふききずもとめたり。もし虛々うか〳〵とこゝにをらば、忽地たちまち不虞ふぐ危殃わざはひあらん。とく逃給へ」、といひもあへず、もつたる棒を隱さんとて、ふところ插入さしいれつゝ、走りさけんとする程に、あごにつかへ、あしにからまり、睾丸きんたまさへに推痛おしいためて、うつぶし跌倒つまつきたふれ、「吐嗟あなや」とさけびて、棒をすて、やうやくに身を起せば、ひざ破れ衂血はなぢ流るゝを、見かへるにいとまあらず、つらしはめ、ひざなで、足をひきつゝ逃亡にげうせけり。

うらみをかへして蟇六ひきろくものをねぎらふ」「庄官ひき六」「かめさゝ」「小ものがく蔵」

 かくても信乃は退しりぞかず、「よしなき所行わざをしつるかな」、と百遍悔もゝたびくひ千遍悔ちたびくへども、 又せんすべはなきものから、ひまもあらば與四郞を、救ひとらんと思ひしかば、彼此をちこち立遶たちめぐりて、犬のいづるをまつといヘども、かどとびらされたれば、たえいづべき路もなし。犬はいと苦しげに、吠㗲ほえうめく聲聞えにければ、「嗚呼ああ與四郞は殺されなん。いとをしき事してけり」、とひとりごちつゝしもとすがりて、なほ背門せどのこなたにをり。かくてあるべきにあらざれば、「今は救ふによしなし」、と思ひたえて宿所にかへり、やむことを得ず云云しか〳〵、とつゝまず父につげしかば、番作いかれる氣色けしきなく、つく〳〵ときゝて嘆息し、「汝總角なんぢあげまきたりといへども、人にましたる才學さいかくあり。その智によって不覺ふかくをとりしは、人をしらざるのあやまち也。わが姉はこゝろひがめり。蟇六は能をねた小人せうじんなり。汝謀りて犬をうつとも、渠豈かれあにそれにあきたりて、いきどほりとくものならんや。しかれどもこなたより、犬を追入れてうたせしは、不覺に似て不覺にあらず。彼より犬を呼入よびいれられて、殺されなばいかばかり、われはくやしく思はなん。與四郞が死は不便ふびんなれども、をしみて今さらせんなきことなり。なほ風聲ふうぶん聽定きゝさだめよ」、といふ言葉いまだをはらず、くだんの犬は血にまみれ、おきころび庭門にはくちより、踉々ひよろ〳〵と走りかへりて、そがまゝ撲地はたふししかば、信乃ははやくも見かへりて、「あないたまし。與四郞がかへりり候は」、といひあへず、走りをりていたはれば、番作はいそがはしく、柱にすがりて身を起し、緣類えんがはいでて、とくと見て、「斯鎗痍かうやりきずうけながら、其處そこにてたふれずかへりしは、おいても逸物いちもつなれば也。雖然生さりとてもいきがたし。日蔭ひかげ牽入ひきいさせよ」、といふに信乃はこゝろ得て、緣頬えんがはもと藁菰布わらこもしきて、痍負ておへる犬を扶臥たすけふさせ、「、與四郞よ、苦しきなんぢ危殃わざはひあらせじとて、われ如此々々しか〳〵はかりしかど、脫路にげみちをとり失ひ、うらめる人の背門せどより入て、かくは命をおとすめり。それ將吾儕はたわなみあやまちなり。よしなかりき」、と身をせめて、水を口にそゝれ、藥をきずふりかけて、こゝろをつくしていたはれども、又いくべうは見えざりけり。

 さる程に蟇六ひきろくは、憎しと思ふ與四郞が、はからず背門せどより走りいりて、子舍こざしきのぼりしかば、やがて小厮こもの門戶もんこさゝせ、主從しゆう〴〵すべて五六人、准備ようゐ竹鎗挾たけやりわきばさみ、追ひいだし、駈立かりたてて、刺留しとめんとしつれ共、くだんの犬は足はやくて、鎗下やりしたくゞぬけ、路を求めていでんとするに、前後の門をさしたれば、進退既にきわまりて、數个所すかしよきずうけながら、たけり狂ひてふしたふれず、板屏いたべい下突破すそつきやぶりて、外面とのかたいでしかば、「彼迯あれにがすな」、と蟇六主從、門扉とびらを開きて追蒐おつかけしが、「さのみは」とてひきかへす。當下そのとき蟇六意氣揚々いきよう〳〵と、小厮等こものらねぎらひて、「けふの働き拔群ばつくん也。うらむらくは犬を刺留しとめず、さはれ深痍ふかでおはせしかば、必かならずみちにてたふれなん。さはあらずや」、と誇貌ほこりかに、やりひさしたてかけて、緣類えんがはしりをかくれば、龜篠はうしろより、あふぎをひらきてあふぎたて、「けふといふけふ紀二郞きじらうが、あたをやうやくかへしたり。思ひしにます彼畜生かのちくせうは、たけくもこゝにしなざりし。汝達なんたち怪我けがせずや」、ととへ小厮等こものらはだいれ、「いななにともつかまつらず。のたまふ如くたけき犬にて、吾們われ〳〵が手にのらざりしを、しゆうの光りで、とやらかうやら、いたおはし候」、といふに蟇六「さもこそ」、と鼻高やかにをこめかし、やが裡面うちにぞ入にける。そがなかに額藏のみ、小厮等こものら共侶もろともに、たちさわぐのみ、犬をば追はず、畜生にきずつけしとて、妻子に誇るしゆうかほ*を、つく〴〵と目送みおくりて、冷笑あざわらひつゝ退しりぞきぬ。

 しばらくして蟇六ひきろくは、龜篠かめさゝ一室ひとまに招き、蒸襖引立むしふすまひきたてさせて、ひたひあはし、聲をひそめ、「今小厮こものがいふを聞くに、番作が犬がゆくりなく、背門せどより走り入りつるは、信乃が追入れたればなり。そのときくだん小孩兒こせがれが、犬をせめ云云しか〴〵、とのゝしれるをきゝしものあり。そは信乃一人ひとり所爲わざならで、糠助ぬかすけ共侶もろともに、彼犬かのいぬうちしといへば、そのゆゑなくはあるべからず。今そのこゝろをすいするに、番作うへには剛氣ごうきを示せど、みづから爭ひがたきをしりて、さてぞその子に分付いひつけて、犬をこなたへ送りしならん。この勢ひをぬかずして、うまくはからばまねかずして、番作に歸伏きぶくさせ、彼村雨かのむらさめ一刀ひとこしも、つひにわが手に入ることあるべし。われ大塚おほつか遺蹟いせきたれ共、家譜かふも傳へず、舊記もなし。匠作せうさくぬしの長女たる、そなたのむこといふのみ也。しかるに鐮倉の成氏朝臣なりうぢあそんは、顯定あきさだ定正さだまさ兩管領りやうくわんれいと、なかわろくなり給ひて、さきに鐮倉を追落おひおとされ、許我こがの城にこもらせ給ひて、合戰かつせん今にたゆひまなし。これによりて當所のぢんだい大石氏おほいしうぢ早晚いつしかに、鐮倉へ出仕して、兩管領にしたがひ給へり。われは成氏のおんせうと春王安王しゆんわうやすわうかしつきたりし、大塚うぢのちなれば、兩管領へ大かたならぬ、こゝろざしをあらはさずは、さは」とて小厮こものよびよせて、「糠助召ぬかすけよべ」とてつかはしけり。

 畢竟龜篠ひつきやうかめさゝ糠助に、いかなる事を說出ときいだせる。そは又次の卷にてとかなん。

里見八犬傳第二輯卷之四終

南総里見八犬伝現代語訳サイト(第十八回)

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