南総里見八犬伝(019)

南總里見八犬傳第二輯卷之四第十八回
東都 曲亭主人 編次
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牝めを追おふて紀二郎きじらう糠助ぬかすけが屋棟やねに挑いどむ」「犬塚番作」「しの」「ぬか助」

簸川原ひのかはらに紀二郞きじらう命いのちを隕おとす
村長宅むらおさやしきに與四郞疵よしらうきずを被かうふる

 應仁おふにんは二年にして、文明ぶんめいと改元せらる。文明二年、信乃しの十一歲、母なくなりて三年みとせ以來このかた、父に事つかへてます〳〵孝なり。さらぬだに番作ばんさくは、行步ぎやうぶ不自由なるものゝ、はやく鰥夫やもをとなりしより、年々とし〳〵に氣力衰おとろへ、齡五十よはひいそぢに滿みたずして、齒は脫ぬけ、頭かうべ白くなりつ、病煩やみわづらふ日の多かるに、なほ手習子等てらこらを集合つどへては、いと囂かしがましとて手本をとらせず。「さはれ年來としころ衆人もろひとの、扶助たすけによりて親子三人みたり、餓うへず凍こゝへずありけるに、その子孫こうまごに敎をしえずして、只たゞわが餘命を貪むさぼらば、人はたこれをよしといはんや。かゝれば鄕さとに利を遺のこして、彼等が恩義に報むくはんには」、と豫かねてより思ひしかば、病やまひの間ひまあるをり折をりに、水旱すいかんの准備てあて、荒年くわうねんの夫食ぶしき、すべて農家日用の事をのみ述のべしるして、是を一卷ひとまきとし、里老等さとのおきならに贈りしかば、僉みなこれを見て嘆賞し、「犬塚生いぬつかうぢは手迹美事しゆせきみごとに、武藝ぶけいをよくすと思ひしに、農業蠶養こがひのうへまでも、人のしらざる所を得たり。この書は不益ふゑきの賜たまものなり。寫し傳へて祕藏ひざうせよ。寔まことに可惜士あたらさむらひを、埋木もれきにすることよ」、といはざるものはなかりけり。

 さる程に蟇六ひきろくは、件くだんの事を傳へ聞きゝて、妬ねたき事いふべうもあらず、はやくその書しよを閱けみせんとて、乞求こひもとむることしば〳〵なれ共、里老等さとのおきならはこれを出いださず、「けふは某乙なにがしが寫してをり、寫し果はつるをまたせ給へ」、といはるゝにすべもなく、日を歷へて人を遺つかはせば、「先より先へ枝貸またがしして、ある所しれず」といふ。蟇六ます〳〵腹たてゝ、「よし〳〵その書見ずもありなん。一村ひとむらの長おさうけ給はる程のものが、さばかりの事しらざらんや。番作はわかきより、田畝でんほの中うちに浮浪ふらうすれども、蛭兒ひるこに劣る腰ぬけなれば、鍬鞆くわがらとりし事なくて、耕作の利をなでふしるべき。傍かたはらいたき事也」、と辭ことばを極きわめて訾そしりしかば、里人等さとひとらはその口を憎みて、卒つひにかの書を見せざりけり。すべて蟇六龜篠かめさゝは、親族他人の差別なく、能のうを妬ねたむの病やまひあり、愛惜あいじやくふかく心僻ひがみて、とにかく人を譏そしれども、素もとより己おのれに見識なければ、人ひと眞似まねをする事もおほかり。

 されば番作が犬與四郞よしらうは、この年十二になりしかば、里に稀まれなる老犬ふるいぬなれども、齒竝はなみ毛の澤衰つやおとろへず、氣力ます〳〵健すくよかなれば、一村ひとむらの群犬ぐんけん、これが爲に威服いふくせられて、絕たえて頭かうべを出いだし得ず。蟇六これをも妬ねたく思ひて、年來としころとり替牽かえひきかえて、幾頭いくひきとなく犬を養ひしに、みな與四郞に囓伏かみふせられ、或あるひは卽死するもあり、或あるひは疵きずを被かうむりて、廢犬かたはいぬとなるもあれば、蟇六怨うらみ憤いきとほりて、豫かねて小厮こものにこゝろを得させ、與四郞を見るときは、主從棒しゆう〴〵ぼうを閃ひらめかし、左右より打うたんとするに、與四郞は飛鳥ひちやうの如く、飛退とびしりぞき、走り過すぎて、一トたびも打うたるゝことなし。逼せまりて打うたば郤なか〳〵に、啖著くらひつかんず勢ひなれば、小厮等こものらは竊ひそかにおそれて、後々のち〳〵は與四郞が出いでしを見ても主しゆうにはつげず。蟇六ひきろくも根勞こんつからして、遂つひに又犬を畜かはず、是より詣來まうくる人に對むかひて、「犬は門かどを戍まもるとて、家每いへごとに養かふ物なれども、今の犬は物だにくるれば、主しゆうを吠ほえて盜兒ぬすびとに、尾を掉ふりて狎なるゝもあるべし。門戍かどもる役には得えたゝずして、家の四邊めぐりに糞はこしちらして、人に踏ふまするのみぞかし。されば畜かふべきものは猫ねこなり。わきて農家は穀物たなつものに、鼠ねずみを防ぐを第一とす。猫なくはいかにせん。よりてわれは犬を愛せず、猫を養かはんと思ふかし。逸物いちもつあらば得えさせ給へ」、と來る人每ごとに乞こひしかば、ある人雉毛きじけの肥こえたる牡猫をねこを、蟇六に贈おくりけり。わが物となるときは、愛惜あいじゃくふかき性さがなれば、蟇六はいふもさらなり、龜篠濱路かめさゝはまぢこれを愛して、眞紅しんくの頸環くびたまかけさせて、迭代かたみかはりに膝ひざにうち載のせ、或あるひは抱いだき、或あるひは懷ふところにして、半晌かたときも地したには置おかず。蟇六は猫の名を、「何なんと呼よぶべき」、と決さだめかねつゝ、もの識人しるひとに問とひしかば、その人答こたへて、「むかし一條院いちでふのいんのおん猫は、命婦めうぶのおとゞと召めされたり。翁丸おきなまろといふ犬が件くだんの猫を逐おひしかば、敕勘蒙ちよくかんかうむりし事もあり。この外ほかに猫のよび名を、物に記しるせしを見ざる也。主しゆうの隨意まに〳〵名つけ給へ。故事こじも相性あいせうもいることかは」、といはれて蟇六竊ひそかに歡よろこび、走り還かへりて龜篠にいふやう、「猫は犬より貴たつときものなり。昔一條院のおん時には、猫に敍爵かうぶり給はりて、命婦めうぶのおとゞと召めされしとぞ。尒しかりとて平人たゞうどは、主尙爵位しゆうすらくらゐなきものなれば、又命婦とは呼よびがたし。わが猫は雉子毛きじけ也。番作が犬は四足白よつしろなり。四白よしろなる故ゆゑに、與四郞とよぶとかいへば、わが猫は雉子きじなる故に、紀二郞きじらうと名つくべし。けふより奴稗ぬひにもこゝろ得させて、この名を呼よばせ給へ」といへば、龜篠聞きゝて、笑坪えつぼに入いり、「吁あなめでた、佳名よきな也。濱路も如右しかこゝろ得よ。紀二郞は何處いづこにをる。紀二郞々々々」と呼立よびたてて、ます〳〵寵愛ちゃうあいする程に、比ころは如月きさらぎのすゑなれば、牝戀盛つまこひさかる友猫ともねこのよび聲に浮うかされて、彼かの紀二郞は尻もおちゐず、屋棟やねより屋棟やねを傳ひあるきて、或あるは群猫むれねこと挑いどみ㗲うなりて、亭主いへぬしが長竿ながさをに追走おひはしらかされ、或あるは餓うへて常には疎うとき、他ひとの宿所に夜よをあかし、三日四日みかよかがほど家にしも還かへらず。

 一日件あるひくだんの紀二郞は、番作ばんさくが背門せど近き、莊客糠助ひやくせうぬかすけが厠かはやの屋棟やねに、友猫と挑いどみてをり。その聲遠く聞えしかば、龜篠かめさゝ耳を側立そはだてて、忙いそがはしく小厮こものを呼び立たて、「南向みなみむかひに聲するは、紀二郞にやあらんずらん。とく出いでて見よ」といへば、小厮等こものらはこゝろ得て、一人はやがて番作が前栽ぜんさいのかたに赴おもむき、一人は糠助が宿所のかたへ、聲をしるべにゆく程に、彼紀二郞かのきじらうは友猫に、いたく噬かまれて堪たへざりけん、滾々ころ〳〵と輾まろびつゝ、厠かはやのほとりへ撲地はたと落おつ。時に番作が犬與四郞よしらうは、葡匐伏はらばひふして背門せどにをり、今紀二郞が落おつるを見て、身を起し走り來て、噬仆かみたふさんと近つけば、紀二郞は驚きながら、爪つめを張はりつゝ與四郞が、鼻柱はなはしらを掻傷かきやぶらん、と前足を閃ひらめかすを、物ともせず飛とびかゝりて、左の耳を引銜ひきくはえ、一揮ひとふりふれば紀二郞は、耳根みゝもとより啖斷かみきられ、命限りと逃走にげはしれば、與四郞はなほ脫のがさじ、と驀直まつしくらに追蒐おつかけたり。蟇六ひきろくが小厮等こものらは、三丈許みつゑばかりあなたより、この好景ありさまを見て、驚き騷さわぎ、「吐嗟あなや」と叫びて、與四郞が、趾あとを慕ひて|喘々あへぎ〳〵、何處いづこまでもと追ふ程に、城堭うぢかみ廟のやしろのほとりに、一條ひとすぢの小川あり、こゝに至いたりて紀二郞は、途窮みちきわまりて慌忙あはてふためき、引ひきかへして迯にげんとするに、與四郞はやく跳おどりかゝりて、猫の項うなぢを含禺がんぐとくはえて、只一當なぜひとあてにぞ嚼殺かみころす。當下小厮等そのときこものら近つきて、「彼あれよ〳〵」と叫ぶのみ、手に一條ひとすぢの棒を拿もたねば、小石を把とりて打うちかけ〳〵、走り著つかんとするを見て、與四郞はやくも途みちを橫きり、何地いづちとはなく失うせにけり。

 縡ことの騷動大かたならねば、彼かの糠助も背あとより來つ。蟇六は緣由ことのよしを、聞くとそがまゝ棒を引提ひきさげ、額藏がくざうといふ小厮こものの、年十一二になるを將いて、後走おくれはせに來つれども、紀二郞ははや噬かみ殺ころされ、猫の仇あたなる犬はをらず。縡ことの趣おもむきを尋たつぬるに、「番作が犬與四郞が所爲わざ也」、と小厮等こものら詳つばらに吿つげしかば、蟇六は潸然さめさめと、圓つぶらなる目に淚を流して、小厮こものが救得すくひえざるを憾うらみ、且怒かついかり且罵かつのゝしりて、棒もて地上ちせうをうち敲たゝき、「いかなれば彼廢人かのかたはもの、かくまでわれを侮あなどれる。彼奴かやつが姉はわが妻つまなり。われは嫡家ちやくかを續つぐのみならず、便是村長すなはちこれむらおさ也。彼奴かやつが不禮ぶれいをいへばさらなり、そが養犬かひいぬまで主しゆうに做ならふて、わが愛猫まなねこを殺害せつがいし、飽あくまでわれを辱はづかしむ。もし眼前まのあたりに犬を殺して、紀二が怨うらみを雪きよめずは、この熱腸ねつちやうを冷さましがたし。汝等二人ふたりは糠助もろとも、番作が宿所に赴き、彼畜生かのちくせうを牽ひきずり來きたれ。その口狀こうでうは箇樣々々かやう〳〵」、と巨細つまびらかに說示ときしめせば、先に來きたりし兩個ふたりの小厮こものは、こゝろ得果えはてて遽あはたゝしく、糠助ぬかすけを誘引いざなひつゝ、番作許がり赴けば、蟇六ひきろくは額藏に、猫の亡骸なきからをかき抱いだかせ、なほ諄々ぐと〳〵と途みちすがら、罵止のゝしりやまで還かへりけり。今このわたりに掛れる橋を、簸川ひかはの猫俣橋ねこまたばしといふとぞ。紀二きじが故事に因よるなるべし。

 卻說かくて蟇六が兩個ふたりの小厮こものは、糠助とゝもに、犬塚が宿所に赴き、番作に對面して、紀二きじ猫ねこが最期さいごの顛末てんまつ、與四郞犬が殘害の爲體ていたらくを演說えんせつし、「主人蟇六この年來としごろ、夥あまたの犬を畜かふといへども、貴所きしよの犬に傷きずつけられ、或あるひは卽死しつるもあり。しかれども蟇六は、なほ穩便おんびんの義を存ぞんじて、一トたびも恨うらみを述のべず、迭かたみに畜犬かひいぬあればこそ、爭ひの端はしとはなれ、寔まことに能のうなきことなり、と思ひかへして犬を畜かはず、婦幼をんなわらべの愛めづる隨まゝに、ちかき比ころより猫を養かひしに、これ又貴所の犬の爲に、一朝いつちやうに失はる。友犬ともいぬの戰ふは、いづれをわろしと定めがたし。猫は犬と爭はず、見ればおそれて避さくるもの也。しかるをなほこれを追ひ、これを殺すは犬に罪あり。件くだんの犬を給はりて、猫の仇あたを報ふべし。縡ことの起おこりは糠助男ぬかすけをとこが、宿所のほとりにての事なれば、證人として將いて參きたれり。吾儕わなみに犬を遞與わたし給へ。主人の口狀こうでうかくの如し」、と辭齊ことばひとしく述訖のべをはれば、糠助は我身わがみひとり、困こうじ果はてたるおもゝちにて、番作にうち對むかひ、「とかく村には事なかれ、と生平つねにも人のいふことながら、怪有けうなることにかゝづらひて、心くるしく思ふかし。穩便おんびんの返答なくは、吾儕わなみもほと〳〵難義に及およばん。よろしき挨拶聞きかまほし」、といふに番作うち笑ひ、「かばかりの事いかにして、和殿わどのの難義に及ぶべき。使者の口狀こうでうその意を得ず。いはるゝ所理あるに似たれど、そは人倫じんりんのうへにして、畜生は五常をしらず、絕たえて法度はつとを辨わきまへず。弱きは强きに征せられ、小は大に服せらる。されば猫ねこは鼠ねずみを食くらへど、犬には絕たえて勝かつことなし。犬は猫に傷きずつくれども、豺狼おほかみと戰ふことかなはず。みな是これ力の足たらざる所、形の小大によるもの也。もし犬を猫の仇あたとせば、猫を鼠の仇あたとせん。そを仇あたとして死を貲つくなふは、倫人じんりんのうへにあり。畜生の爲に律りつをたづね、報ふく讐しう死刑の制度さたあるよしは、わがしらざる所也。且かつ猫は畜かはれて席上せきせうにあり。今そのところを失ふて、漫そゞろに地上ちせうを奔走ほんさうし、犬の爲に命を隕おとすは、みづから死地に入るにあらずや。又犬は畜かはれて地上ちせうにあり。亦またその所を失ひて、席上せきせうに起居おきふしせば、人見て是を許さんや。わが犬足下そくかの宅地やしきに赴き、座席に到ることあらば、打殺さるゝとも怨うらみなし。猫の死を貲つくなふ爲には、つや〳〵犬を遞與わたしがたし。たち歸かへりてこれらのよしを、よろしく長おさに傳へ給へ。使大義つかひたいぎ」、と鷹揚おふように、辨舌べんぜつ水の流るゝ如く、理ことわり逼せめたる返答に、兩個ふたりの小厮こものは「唯々あい〳〵」、と猫に袋を被かぶせしごとく、尻しりを卬たかくし、頭かうべを低さげ、逡巡あとしさりして退しけぞけば、糠助ぬかすけは阽あやぶみながら、番作に辭し別れ、小厮こものとゝもに退出まかでけり。

 さる程に蟇六ひきろくが宿所には、龜篠濱路等かめさゝはまぢら、紀二郞猫きじらうねこが、死骸しがいを抱いだきて泣叫なきさけび、犬を罵のゝしり、番作を、怨うらみつゝ時移るまで、「今もや仇あたを牽ひきもて來る欤か」、と小厮こものが音おとつれをまつ程に、兩個ふたりの使は糠助もろ共、手を空むなしうして歸り來つ、番作が返答を、おちもなく吿つけしかば、龜篠聞きゝて怒いかりに得堪えたへず、「姉を姉とも思はざる、番作が偏僻かたゐぢは、今にはじめぬことなれども、勸解わびらるゝ口をもちながら、嘲あざけり誇る非法の返答、この度たびは堪たへかたし。汝等なんぢら再び彼處かしこに赴おもむき、有無うむをいはせずその犬に、荒繩あらなはかけて牽ひきもて來こよ。あな手ぬるし」、と敦圉いきまけば、蟇六急に推禁おしとゞめ、「番作は足蹙あしなえたれども、武藝ぶげいにおいて侮あなどりがたし。われ一鄕いちごうの長をさとして、只一頭たゞいつひきの猫ゆゑに、この爭ひを、惹出ひきいだし、左右方傷さうほうきずつく事あらば、理ありといふとも越度をちどとせられん。公おほやけの沙汰さた心もとなし。こは此このまゝに閣さしおくとも、恥を雪きよむる術すべありなん。渠かれ既にみづからいはずや。彼犬かのいぬもしわが宿所に入らば、打殺すとも恨うらみなし、と口走らせしぞ幸さいはひなる。謀はかりて犬を敷地へ誘引いざなひ、竹鎗たけやりをもて刺留しとめなん。僉みな竹鎗の准備ようゐをせよ」、とほこりかに說示ときしめせば、龜篠やうやくおもひかへしつ、小厮等こものらを、と見かう見て、「糠助は汝達なんたちと、共に來つると思ひしが、竹鎗の事聞きかずや」、と問とへば小厮こものは後方あとべを見かへり、「今まで是處ここに候ひし、還かへるをば見ず候き」、といふに龜篠眉まゆうち顰ひそめ、「彼かの糠助は番作が、背門せどのこなたに住居すまゐすなれば、固より親したしきものとぞ聞く。わが良人つまの謀はかりこと、彼が口より洩もれもやせん。拔ぬかりにけり」、と舌うち鳴ならして、後悔すれば、蟇六は、心つきて小膝こひざを拍うち、「嗚呼あゝ悞あやまてり悞あやまちぬ。謀はかりことは密なるを、よしとすといふものを、わろき奴に聞きかれたり。遠くはゆかじ、追留おひとめよ。童わらべは足いと早きもの也。額藏がくざうゆきね」、といそがせば、應いらへもあへず外面とのかたへ、裳もすそを褰かゝげて走去はせさりけり。尒しかるにこの額藏は、年に似げなく才長さえたけて、その才さえをあらはさず、志氣こゝろざしあるものなれば、月ごろ主しゆうの物妬ものねたみを、傍かたはらいたく思ふ物ものから、陽うへにはその意に悖さからはず。この日も件くだんの計較もくろみを、「いと嗚呼をこなり」、と心には、思はざるにあらねども、いはるゝまゝに遽いそがはしく、走り出いでしが、遠くはゆかず、且しばらくしてかへり來つ、「途みちにて追おひつき候はねば、彼かの宿所までいゆきて見しに、糠助ぬしは宿やどへも還かへらず。彼人かのひとは去年こぞの秋の、貢みつぎの債おひめありとか聞きけり。いかでか村長むらをさを敵にして、自滅を招き候べき。拾すておかし給ふとも、口利くちきくことは候はじ、と心つき候へば、先々さき〳〵までは索たづね候はず。なほ索たづぬべうもや」、と眞まことしやかにこしらゆれば、蟇六聞きゝてうち點頭うなつき、「現げに汝がいふごとく、渠かれは債おひめあるもの也。さればその身を愛せずに、わが爲わろき事はえいはじ。よしやいふとも洩もらすとも、彼犬かのいぬには四足しそくあり。主しゆうの番作には似るべうもあらず。霎時しばしはこれを繋つなぎおくとも、日を歷へなば出いであるかん。そのとき敷地へ呼び入れて、刺殺つきころさんこと易やすかるべし。竹鎗たけやりの准備ようゐ懈おこたるな」、とその手配てくばりを傳へさせ、與四郞犬がいで來るを、これより日に〳〵俟まつなるべし。

 卻說莊客かくてひやくせう糠助は、蟇六が計校もくろみを、番作にしらせん、と思へば別わかれを吿つげずして、遽いそがはしく走り出いで、犬塚が宿所へいゆきて、蟇六夫婦がいひつることを、潛しのびやかに報知つげしらせ、「斯かういへば仂はしたなく、中言なかごとするに似たれども、某村長それがしむらをさには債おひめあり。彼人かのひとわろかれとて吿つぐるにあらず。縱たとひ義絕の親類ともいへ、長をさの內室ないしつはおん身の姉也。畜生の事によりて、ます〳〵怨うらみを結むすばんこと、好よしとは絕たえていひがたし。かゝれば彼かの與四郞を、近鄕きんごうへ遣つかはし給へ。犬だにこゝにをらずならば、人の怨うらみも自然と解とけなん。この議はいかに」、と密語さゝやけば、番作聞きゝて沈吟うちあんじ、「今にはじめぬ和殿わとのが親切、歡よろこびこれにますことなし。然さりながら、蟇六闔宅やうちの智嚢ちのうを拂ふるつて、謀はかりことをめぐらすとも、われ露ばかりもこれをおそれず。せんすべは又いくらもあるべし。只恨たゞうらむらくはわが足蹙あしなへて、近來きんらいます〳〵多病也。理ありといふとも爭ひを好まず。且かつ畜生は智ありて智なし。安危あんきをしらざるものなれば、欺あざむかれて彼處かしこにおもむき、打殺されなばわが羞はぢなり。和殿わどのよろしく計はからひて、犬を遠離とほざけ給はるべし」、とやうやくに諾うけひしかば、糠助大おほきに歡びて、信乃にも緣由ことのよしを吿つげ、與四郞に物夥食あまたくはして、その夜よ瀧の川へ牽ひきもてゆき、彼處かしこの寺へ關あづけつるに、犬は糠助ぬかすけより先にかへりて、はや番作が門かどにをり。「こは途みちの近き故ゆゑなり。河を涉わたさば得えかへらじ」とて、次つぐの日は、東南たつみのかたへ牽ひき出いだし、宮戶川みやとかはをうちわたして、牛嶋うししまに棄すてたるに、其處そこにもをらでかへり來つ。かくの如くすること兩三度、五六日を費ついやせども、勞してその功なかりしかば、糠助は呆あきれ果はてて、遂つひに又彼かの犬を棄すてず。

 當下信乃そのときしの思ふやう、「與四郞よしらうは主しゆうを慕ふて、身に禍わざはひの及ぶをしらず。この犬果はたして殺されなば、父の怒り甚はなはだしく、いかなる事もやいで來きなん。いとこゝろ憂き事なりかし。願ふは與四郞も殺されず、わが伯母夫婦の恨うらみも散はれて、無異ぶゐにおさまる謀はかりこと、なからずやは」、としのび〳〵に、肺肝はいかんを摧くだきつゝ、僅はつかに一ひとつの計はかりごとを生おもひいだし、「父に吿つげてはその事成らじ。糠助男ぬかすけをとこに相譚かたらはばや」、と思へばやがて外とに出いでて、件くだんのをとこを索たづめるに、畑はたをかへして草野のらにをり。側かたへに耕すものなければ、「折こそよけれ」、と彼處かしこに赴き、云云しか〳〵にせばやと思ふ、意中ゐちうの機密を說示ときしめし、「所詮彼しよせんかの與四郞を、伯母夫をばむこの宅地やしき近く牽ひきもてゆき、犬に對むかひて罵のゝしりいはん。『この畜生よしもなく、長をさが愛する猫を殺して、親族怨うらみを重かさぬるの禍わざはひを惹出ひきいだせり。よりてしば〳〵棄すてたれ共、なほこりずまにかへり來て、みづから死地に入るをしらず。今はしもせんすべなし。汝なんぢを殺してわが伯母夫婦の、怨うらみを解とかんと思ふのみ。覺期かくごせよ』、と罵りて、杖しもとをあげて犬を打うたば、犬は必逃走かならずにげはしらん。逃にぐるを追ふて打走うちはしらし、趾あとを慕ふて宿所にかへり、且しばらく犬を繋つなぎ置おかば、わが伯母夫婦、その聲を聞きゝ、その好景ありさまを見て必かならずおもはん、『番作その子に犬を打うたして、猫を殺せる罪を謝しやせり』、と了解せば怨うらみも散はれて、犬を殺すの念おもひを絕たちなん。與四郞が必死を救はゞ、わが父に恥あることなく、親族怨うらみを重かさぬるの欺なげきなし。この事何なにとか思ひ給ふ」、と問とへば糠助一議いちぎに及ばず、「呼賢哉々々あゝさかしいかな〳〵。和子わこは僅はつかに十一才、その智はむかしの楠公くすのきにひとし。且かつその謀はかる所ところ親の爲、伯母を思ふの孝也義也。われも共侶もろともにゆくべきに、とく〳〵」といそがせば、信乃は既に翼たすけを得て、こゝろます〳〵勇みあり、遽いそがはしく走りかへりて、わが門かどにをる與四郞を、誘いざ引立なひたてて糠助もろ共、蟇六が門かどに將いてゆきつ、謀りしごとく聲をふり立たて、云云しか〳〵と罵責のゝしりせめて、棒ぼうを揚杖あげしもとを採とりて、與四郞を磤はたと打うつ。うたれて犬はこゝろを得ず、生平つねにはあらで糠助さへ、われを打うつこと大かたならねば、驚き𥉉あはて〚目+條〛て途どを失ひ、舊もとの路へは逃にげもかへらで、蟇六ひきろくが宅地やしきを遶めぐりて、背門せどのかたへぞ走りける。信乃糠助はこれを見て、「あな便びんなし。そなたにあらず、こなたへ逃にげよ」、といはぬばかりに、途みちをひらきて左右にわかれ、杖しもとを揚あげて追蒐おつかくれば、犬はいよ〳〵狼狽うろたへさわぎて、走り脫ぬけんとしつれ共、この處ところは瓢ひさごのごとく、口一方くちいつほうにして、前面むかひに路なし。已やむことを得ず蟇六が、背門せどより裡面うちへ走り入り、勢いきほひに乘まかしつゝ、左邊ゆんでなる子舍こざしきへ、身を跳おどらして飛込とびこんだり。「すはや」、と騷ぐ蟇六が小厮等こものらは手配てくばりして、後門せども歬門かなども磤はたと閉たて、「是首ここよ、彼首かしこよ」、と散動聲どよめくこゑ、囂かしましきまで聞えしかば、糠助は𥉉あはて〚目+條〛惑まどひて、信乃が袂たもとを引ひきとゞめ、「毛を吹疵ふききずを求もとめたり。もし虛々うか〳〵とこゝにをらば、忽地たちまち不虞ふぐの危殃わざはひあらん。とく逃給へ」、といひもあへず、拿もつたる棒を隱さんとて、懷ふところへ插入さしいれつゝ、走り避さけんとする程に、腮あごにつかへ、脚あしにからまり、睾丸きんたまさへに推痛おしいためて、俯うつぶしに跌倒つまつきたふれ、「吐嗟あなや」と叫さけびて、棒を繰くり捨すて、やうやくに身を起せば、膝ひざ破れ衂血はなぢ流るゝを、見かへるに遑いとまあらず、面つらを皺しはめ、膝ひざを拊なで、足を引ひきつゝ逃亡にげうせけり。

怨うらみをかへして蟇六ひきろく小こものを勞ねぎらふ」「庄官ひき六」「かめさゝ」「小ものがく蔵」

 かくても信乃は退しりぞかず、「よしなき所行わざをしつるかな」、と百遍悔もゝたびくひ、千遍悔ちたびくへども、 又せんすべはなきものから、隙ひまもあらば與四郞を、救ひとらんと思ひしかば、彼此をちこちに立遶たちめぐりて、犬の出いづるを待まつといヘども、門かどの扇とびらを鎖さされたれば、絕たえて出いづべき路もなし。犬はいと苦しげに、吠㗲ほえうめく聲聞えにければ、「嗚呼ああ與四郞は殺されなん。いとをしき事してけり」、とひとりごちつゝ杖しもとに携すがりて、なほ背門せどのこなたにをり。かくてあるべきにあらざれば、「今は救ふによしなし」、と思ひ絕たえて宿所に還かへり、已やむことを得ず云云しか〳〵、と匿つゝまず父に吿つげしかば、番作怒いかれる氣色けしきなく、つく〳〵と聞きゝて嘆息し、「汝總角なんぢあげまきたりといへども、人にましたる才學さいかくあり。その智によって不覺ふかくをとりしは、人をしらざるの失あやまち也。わが姉はこゝろ僻ひがめり。蟇六は能を媢ねたむ小人せうじんなり。汝謀りて犬を打うつとも、渠豈かれあにそれに嗛あきたりて、憤いきどほりを解とくものならんや。しかれどもこなたより、犬を追入れて擊うたせしは、不覺に似て不覺にあらず。彼より犬を呼入よびいれられて、殺されなばいかばかり、われは悔くやしく思はなん。與四郞が死は不便ふびんなれども、惜をしみて今さら詮せんなきことなり。なほ風聲ふうぶんを聽定きゝさだめよ」、といふ言葉いまだ訖をはらず、件くだんの犬は血に塗まみれ、起おきつ轉ころびつ庭門にはくちより、踉々ひよろ〳〵と走りかへりて、そがまゝ撲地はたと臥ふししかば、信乃ははやくも見かへりて、「あな痛いたまし。與四郞が還かへりり候は」、といひあへず、走りをりて勦いたはれば、番作は遽いそがはしく、柱に携すがりて身を起し、緣類えんがはに出いでて、とくと見て、「斯鎗痍かうやりきずを受うけながら、其處そこにて斃たふれず還かへりしは、老おいても逸物いちもつなれば也。雖然生さりとてもいきがたし。日蔭ひかげへ牽入ひきいれ得えさせよ」、といふに信乃はこゝろ得て、緣頬えんがはの下もとに藁菰布わらこもしきて、痍負ておへる犬を扶臥たすけふさせ、「阿あ、與四郞よ、苦しき欤か。汝なんぢに危殃わざはひあらせじとて、われ如此々々しか〳〵に謀はかりしかど、汝なは脫路にげみちをとり失ひ、怨うらめる人の背門せどより入て、かくは命を隕おとすめり。それ將吾儕はたわなみの愆あやまちなり。よしなかりき」、と身を責せめて、水を口に沃そゝぎ入いれ、藥を痍きずに揮ふりかけて、こゝろを竭つくして勦いたはれども、又生いくべうは見えざりけり。

 さる程に蟇六ひきろくは、憎しと思ふ與四郞が、はからず背門せどより走り入いりて、子舍こざしきへ登のぼりしかば、やがて小厮こものに門戶もんこを鎖さゝせ、主從しゆう〴〵すべて五六人、准備ようゐの竹鎗挾たけやりわきばさみ、追ひ出いだし、駈立かりたてて、刺留しとめんとしつれ共、件くだんの犬は足はやくて、鎗下やりしたを潛くゞり脫ぬけ、路を求めて出いでんとするに、前後の門を鎖さしたれば、進退既に究きわまりて、數个所すかしよの疵きずを受うけながら、吼たけり狂ひて伏ふしも斃たふれず、板屏いたべいの下突破すそつきやぶりて、外面とのかたへ出いでしかば、「彼迯あれにがすな」、と蟇六主從、門扉とびらを開きて追蒐おつかけしが、「さのみは」とて引ひきかへす。當下そのとき蟇六意氣揚々いきよう〳〵と、小厮等こものらを勞ねぎらひて、「けふの働き拔群ばつくん也。恨うらむらくは犬を刺留しとめず、さはれ深痍ふかでを負おはせしかば、必途かならずみちにて斃たふれなん。さはあらずや」、と誇貌ほこりかに、鎗やりを庇ひさしに立たてかけて、緣類えんがはに尻しりをかくれば、龜篠は背うしろより、扇あふぎをひらきてあふぎ立たて、「けふといふけふ紀二郞きじらうが、讐あたをやうやく復かへしたり。思ひしにます彼畜生かのちくせうは、猛たけくもこゝに死しなざりし。汝達なんたちは怪我けがせずや」、と問とへば小厮等こものら袒はだを收いれ、「いな何なにともつかまつらず。宣のたまふ如く猛たけき犬にて、吾們われ〳〵が手に及のらざりしを、主しゆうの光りで、とやらかうやら、痛いた痍てを負おはし候」、といふに蟇六「さもこそ」、と鼻高やかにをこめかし、軈やがて裡面うちにぞ入にける。そが中なかに額藏のみ、小厮等こものらと共侶もろともに、立たちさわぐのみ、犬をば追はず、畜生に傷きずつけしとて、妻子に誇る主しゆうの貌かほ*を、つく〴〵と目送みおくりて、冷笑あざわらひつゝ退しりぞきぬ。

 且しばらくして蟇六ひきろくは、龜篠かめさゝを一室ひとまに招き、蒸襖引立むしふすまひきたてさせて、額ひたひを合あはし、聲を潛ひそめ、「今小厮こもの等らがいふを聞くに、番作が犬がゆくりなく、背門せどより走り入りつるは、信乃が追入れたればなり。そのとき件くだんの小孩兒こせがれが、犬を責せめて云云しか〴〵、と罵のゝしれるを聞きゝしものあり。そは信乃一人ひとりが所爲わざならで、糠助ぬかすけも共侶もろともに、彼犬かのいぬを打うちしといへば、その故ゆゑなくはあるべからず。今そのこゝろを猜すいするに、番作陽うへには剛氣ごうきを示せど、みづから爭ひがたきをしりて、さてぞその子に分付いひつけて、犬をこなたへ送りしならん。この勢ひを脫ぬかずして、うまく謀はからば招まねかずして、番作に歸伏きぶくさせ、彼村雨かのむらさめの一刀ひとこしも、遂つひにわが手に入ることあるべし。われ大塚おほつかの遺蹟いせきたれ共、家譜かふも傳へず、舊記もなし。匠作せうさくぬしの長女たる、そなたの夫むこといふのみ也。爾しかるに鐮倉の成氏朝臣なりうぢあそんは、顯定あきさだ、定正さだまさの兩管領りやうくわんれいと、中なかわろくなり給ひて、曩さきに鐮倉を追落おひおとされ、許我こがの城に籠こもらせ給ひて、合戰かつせん今に絕たゆる隙ひまなし。これによりて當所の陣ぢん代だい、大石氏おほいしうぢも早晚いつしかに、鐮倉へ出仕して、兩管領に從したがひ給へり。われは成氏のおん兄せうと、春王安王しゆんわうやすわうの傅かしつきたりし、大塚氏うぢの後のちなれば、兩管領へ大かたならぬ、志こゝろざしをあらはさずは、さは」とて小厮こものを呼よびよせて、「糠助召ぬかすけよべ」とて遣つかはしけり。

 畢竟龜篠ひつきやうかめさゝ糠助に、いかなる事を說出ときいだせる。そは又次の卷にて解とかなん。

里見八犬傳第二輯卷之四終

南総里見八犬伝現代語訳サイト(第十八回)

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