読書ざんまいよせい(094)

巖窟王(下 その7)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

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Youtube 【朗読】モンテ・クリスト伯(巌窟王) 79「レモネード」

巖窟王 : 二〇八 彼の仕業

ノルマンデーから急ぎ歸ツて、伯爵と右左に分れた野西武之助は、直ぐ其足で新聞記者猛田猛の許をふた、訪ふて猛の出て來るを待つ間さへももどかしい、自分の父野西子爵が再び賣國奴と疑はれるに到つた迄は猛の手紙で知つて居るけれど、其後が何う成つたか、一刻も早く聞知り度い、其れも新聞紙を買つて讀めば分るけれど、新聞紙を讀むのが恐ろしい、又忌々しい、慈悲も無く情も知らず唯だ事實の有り儘を冷酷に報道する新聞記者の筆から我父の舊惡を知らされるのは子として實に忍び難い所である。

彼は應接のに在つて殆ど地團太を踏まぬ許りである、全體何者が斯も執念深く我父我一家を傷けやうと企むだらう、父に賣國の振舞が有つた事はさきに猛がヤミナ迄出張して調て來た所で分ツては居るけれど、其罪惡を十年餘の今と爲つてあばき立てるとは實に憎むにも餘りある憎さである、父に愛想の盡きたことは無論だけれど、其れが爲に此敵を許して置く事は出來ぬ、此敵 假令たとひ社會の何の樣な隅に隱れて居やうとも必ず探し出して目に物を見せて呉れねば成らぬと、獨り悔しさの數々を心の中に呼起しては自分の肝へ刻み附る樣に繰返して居た、其處へ漸く猛田猛は出て來た。

彼は氣の毒さに堪へぬ状で、容易には口を開かなんだが、切に武之助より促されて遂に委員會の一部始終を語り初めた、勿論一たび口を開く以上は少しも隱し又は飾る可きで無い、彼が新聞記者として委員の人々や其議長などから聞集めた所を事細に話し出したので、彼の委員會の景状ありさまが手に取る如く武之助に分ツた、我父野西子爵が何の樣にして自ら辯護し、何の樣にして鞆繪姫の現はれ出たのに對し、又何の樣に言葉窮して何の樣に會場から逃出したか、父の一擧一動から委員の其時其時の顏色まで悉く目に見える樣に感じた。

聞終つて彼は悔し涙の雨の如く降り來るを制し得ぬ「猛田さん、猛田さん、最う私は何處へ行つても賣國奴の息子です、廣い此巴里に、猶ほ私を友人と思ツて呉れる者は、貴方や出部嶺でぶれいや心の廣い巖窟島伯爵の外に幾人も有りますまい、し有ツたとて何の顏さげて巴里の市中を徘徊しませう、私は直ぐに此國を去り世界の果てへ身を埋めて了ひます、ですが其前に此敵を探し出して仇をかへさねば成りません、仇を復すと云つても決鬪する外は無く、若し其決鬪で殺さるれば其れ迄ゆゑ外國へ隱れに行く面倒も無くて濟みます、若し勝てば幾分の恨も消ゆると云ふ者、何うか貴方は私の心を察し、此敵の分る樣にして下さい、全體何者が私の父の事を新聞紙に出したのでせう、貴方の手紙にはヤミナ州から澤山の證據書類を持つた人が故々わざ〳〵出て來て各新聞社を廻ツたと有りましたけれど、必ず此巴里に住んで居る人の中に、張本人が有りませう、最初に貴方の新聞紙へ唯だ彿國の士官次郎と云ふ短いアノ記事を出させたなどは決してヤミナから來た人では有りません、此人が即ち今度の記事をも出る樣に仕組んだ事は、考へる迄も無く分つて居ますから、即ち此人が誰で有るか、少しでも貴方に心當りが有れば、何うか私へお知らせ下さい、眞に一生のお願ひとは此事です」

他事も無い願ひに猛田は默然として考へたが「イヤ少しも心當りは無いのです、けれど外ならぬ貴方ゆゑ、私は自分の聊か異樣に感じた事實だけを申ますが、イヤ之を責任の有る言葉の樣に思はれては困りますよ、單に貴方の參考の一つに供して下さい」武之助は熱心に「ハイ決して貴方に責任を持たせる樣な事は仕ません、何の樣な事實です、何の樣な」猛「イヤ事實と云ふには足りませんが、實は先日私がヤミナへ行つた時、同地の有名な銀行者に就て聞きました、其箇條はヤミナ城の沒落に次第と、爾して其事件は何か彿國の士官で次郎と云ふ者が關係が有るだらうかと云ふ二點でしたが、之を聞いて銀行者は眉を顰め、實に妙な事が有る者だ、先逹ても巴里かれ其れと同じ事の問ひ合せを受けたと云ひました」武之助「エヽ、貴方より猶ほ前に巴里から其事を問ひ合せた者が有ると云ふのですか、其者こそ――」猛「ハイ私も其者こそは新聞紙の出所に多少關係の有る人だらうと思ひ、其れは誰だと聞きました」武之助「聞いたら誰でした」猛「イヤ聞いて聊か案外な思ひをしました、巴里の取引銀行の頭取段倉男爵だと答へました」

武之助は殆ど飛び上ツて「イヤ段倉男爵、其れは決して案外では有りません、彼です彼です、彼の仕業です、第一彼は夕蝉孃を皮春小侯爵へ縁付ける爲に私との縁を切る必要が有つたのです、ナニ私の方は此方こちらから縁を切る樣に仕向けた程ゆゑ、向ふで何も其樣な面倒な手數を取るには及びませんけれど、唯だ私の父は熱心に此縁談を實行する決心で有りましたから、段倉男が父に對して破談の口實を作る可き必要が有つたのです、爾です其れで益々分りました、先日父が段倉へ催促に行きました所、彼は異樣に答へ、何だか父の名譽が遠からず地に落つるかの樣に云ふた相です、是れは父から聞きました、爾して其翌日か翌翌日に次郎の賣國奴と云ふ事が貴方の紙上に出たのです、是で見ると其時から既に段倉氏は新聞にの記事の出る事を知つて居たのです、彼が自分で記事の種を出したので無くば何で前以て其樣な事を知つて居ませう」

殆ど星を指す程に明白には聞えるけれど眞逆まさかに巴里第一の銀行家とも云はるゝ者が、爾う陰險な手段を取らうとも思はれぬ、猛「御尤もの樣にも聞えますが、單に貴方と夕蝉孃の縁談を破る爲ならば餘り狂言が大き過ぎるでは有りませんか、其に今では其縁談も破れて居ますから、しや第一囘の記事は彼から出たとしても此度の第二囘の記事は」武之助「サア其邊は少しも私には合點が行きませんけれど、兎に角彼は昔から私の父と、名譽と財産とで競爭して來たのです、財産の方では彼が勝つたでせうけれど名譽の方では父の方が勝ちましたから、彼は決して父の名譽を傷つけるに躊躇せぬ男です、何でも彼が此事件に關係が有るに違ひ無いのです、爾無くば何でヤミナ銀行へ其樣な事を問合せますか、何が何でも私の敵は段倉です、是れから直に彼の許へ行き、私は詰問します、其結果に從つては無論決鬪です、何うか貴方も私と同行して下さい、其れが出來ずば貴方も最う私の敵に組した者と見る外は有りません」殆ど氣も顛倒したかと思はるゝ状である、此樣な事に成りはせぬかと思つたればこそ猛は前以て責任を負はぬよしを斷ツたのである、併し斯う成ツては今更引くにも引かれぬ「致し方が有りません、同道して私がヤミナの銀行で聞いたと云ふ事だけは證言しませう」武之助は殆ど血眼で茲を出た、爾して猛田猛の手を引立て引立て、段倉の家を指して急いだ。
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読書ざんまいよせい(093)

巖窟王(下 その6)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯


Youtube 【朗読】モンテ・クリスト伯(巌窟王) 77「ハイデ」

巖窟王 : 一九九 一册の始末書

法師の囁いた此人の姓、此人の名に、毛太郎次は、忽ち何も彼も思ひ出した、是が驚かずに居られやうか、無實の罪にとくの昔死んだとのみ思ふた其人が、イヤ死んだとより外思ふ道の無い其人が柳田卿と爲り暮内法師と爲つて今は我が目の前に居る、眞に神のわざ、神の業としても猶ほ合點の行かぬ程である、彼は力盡きて最う聲も出ぬ程の咽喉で叫んだ「エヽ貴方が彼の、次郎や段倉に密告せられて行方も知れぬ事に成ツた――」法師「爾よ、爾して今は巖窟島伯爵と云はれるのだ」巖窟島伯爵と聞いて彼の驚きが又加はツた「世界一の大金持、爾です、爾です、巖窟島伯爵と云ふ貴方の姿は、幾度いくたびも見て知つて居ます、成るほど其面影が、昔の彼――に違ひが無い、アヽ神の業、神の業、此樣な神の力を信ぜずに今が今まで道ならぬ事ばかりして居たのは恐ろしい、恐ろしい」全く彼は死際に神の力を信ずる事が出來た、法師は言葉を柔げて「神の證據を合點する事が出來たなら幸だ、遲くは無いから罪の亡ぶる樣神に祈つて、心易く往生を遂げよ、己も汝の爲めに祈つて遣る」と云ひ眞に法師が死際の人の爲めに神の救ひを求める樣に祈りを捧げた、毛太郎次は幾度いくたびも口の中で「彼の友太郎が――あの暮内法師――不思議だ――恐ろしい」など唱へて絶命した。

是より約半時の後、醫師も來た、大檢事蛭峰も來た、けれど唯死骸の傍に暮内法師が殊勝氣に祈つて居るのを見るのみで何の活劇の跡をも認め得なんだ、但し蛭峰大檢事は職掌柄として、法師に種々の事を問ふた、法師は之に答へた、自分が今夜巖窟島伯爵の留守へ來て、其書齋に入つて、徹夜して古い教書を調べて居る所へ此者が忍び込んだ故、不心得を悟して追返した所、此塀を下る所へ他の曲者が待伏して居て御覽の通り此者を殺したのだと、爾して打明けられるだけの事は打明けて最後に毛太郎次の彼の口供こうきようを出して示した、蛭峰は受取ツて開き讀み「アヽ毛太郎次確二十年前 馬港まるせーゆに在職した頃聞いた事の在る名前だ」と云ひ更に辨太郎の名をも讀んでハテな「此樣な脱走囚なら外にも惡事が有らうから直に捕へる事が出來やう」とは呟いたけれど、此辨太郎が目下皮春小侯爵と云つて段倉家に出入りして居る貴公子とは思ひ寄る筈が無かツた、殊に父母不明と故々わざ〳〵書いて有る、其分らぬ父母が誰であるらうと云ふ事などは微塵も心に浮ばなんだ。

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是より凡そ一週日の間は、巴里到る處に此曲者の事が噂に上ツた、何しろ巖窟島伯爵の一擧一動は悉く新聞紙に報ぜらるゝ程の状だから、伯爵の家に入つた曲者と云ひ、曲者が又曲者に殺されると云ふ椿事は國家の大問題か何ぞの樣に言囃された、中には尋常たゞの窃盜では無く巖窟島伯爵を暗殺する爲に忍び込んだ刺客だけれど、伯爵が其夜偶然にオーチウルの別莊で泊つたのは伯爵の幸運祝す可しだなどと、死んだ曲者から直接に聞取ツたかの如く書いた新聞紙も有ツた、從ツては伯爵の許へ追從 かた〴〵見舞に來る人も多く、其中の段倉男爵などは、矢張り蛭峰と同じく昔 馬まるせーゆに同じ名の惡人が有つたなどと二三の人に明言した、けれど其惡人が、或る仕事の時には自分と相棒も同樣であツたなどの事は胴忘どうわすれしたと見えおくびにも出さなんだ。

毛太郎次の噂に連れて、第二の曲者辨太郎が何者かと云ふ事も仲々噂がさかんで有ツた、取分けて蛭峰大檢事は、此辨太郎を捕へて糺問きうもんせば或は自分の調べて居る巖窟島伯爵の本性が分る緒口いとぐちに成りはせぬかとの念を浮かべ、今まで熱心に調べて居た古い書類の詮索は二の次に廻し、一意の辨太郎の捕縛に力を集めた、之が爲に凡そ巴里中の窃盜や前科者は、大抵嫌疑を以て捕へられ、爾して現場審問を施す爲に一々巖窟島伯爵の邸へ連れて來られて綿密に蛭峰大檢事から尋問せられた、獨り巖窟島伯爵のみは何故に大檢事が斯うまで熱心であるかを察し、人知れず頬笑んで居た。

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かはつて、さても小侯爵皮春永太郎に自分の許嫁夕蝉孃を讓つてホツと安心した野西武之助は一つ叶へば又一つとやら、自分の父野西子爵が新聞の記事でヤミナ事件の賣國奴とのゝしられ其記者猛田猛に決鬪を言込んで以來、約束の三週間の猶豫をもどかしく思ひ、只管ひたすらに指を折つて其の期限の盡くるを待つて居たが、待つ身には長くとも三週間は終に盡きて、廿二日目の日とは成つた、今日こそは猛田猛に紙上で謝罪せしむるかた介添人を差向くるか二つに一つの定まる日なれと早朝に起きて衣服も莊重にし、猛の監督する新聞社へ又も行つた、猛は何とやら氣の無い顏で出迎へたが、來意は勿論分ツて居るから、直に自分の方から口を開き「イヤ今日は私からお返辭に參上する積りでした」武之助は皆まで聞かず「其返事は事實無根として紙上に取消を掲ぐるに在るのですか、其れとも決鬪の武噐を通知する爲ですか」猛「イヤ前者でも後者でも有りません」武之助「取消でも無く決鬪でも無いとすれば、アヽ分ツた又も口先で瞞過ごまかすお積りですね」猛「イヤ其れでも有りません」武「では――」猛「先づお返辭する前に、私が猶豫の三週日を何の樣に費したかを申し上げます」云ひつゝ旅行劵や所々の關所の通過檢印を出して示し「私は事實取調の爲に、自分で希臘のヤミナ州まで出張して來たのです、餘り責任の重い譯ですから」ヤミナ州まで出張したとは成程責任を重んじた仕方である、表面無責任の樣に見る新聞社も實は斯まで責任を盡す者かと、武之助は聊か意外に思ひ、多少は猛田猛に對し尊敬の念を深くした。

猛は語を繼ぎヤミナ州へ行くのに一週間掛りました、之より早く行かれません、彼の地へ着いて檢疫の爲め四日間遮斷せられました、爾して滯在取調の日數が三日、歸り途が又一週間、都合で廿一日掛つて昨夜歸り着いたのです」武之助「實地を取調べていよ〳〵無根と分ツたでせう」猛は氣の毒に堪へぬと云ふ状である「イヤ野西さん、私は實に此結果を貴方へ打明けるに忍びません、私を友人と思ふなら貴方は何にも言はずに私を助けて下さい」實に異樣な言分である、武「出來ません」猛は暫し無言と爲り、深く考へた上「アヽ止むを得ん、野西さん、私の取調の結果は此書類に明瞭です」と云ひ一册の始末書を卓子てーぶるの上を擴げた、中には何の樣な事を書いてある。
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読書ざんまいよせい(092)

巖窟王(下 その5)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

Youtube 【朗読】モンテ・クリスト伯(巌窟王) 76「若きカヴァルカンティの出世」

巖窟王 : 一九三 其實、本統の父

小侯爵皮春永太郎には好運が向いて居たと見える、彼が縁談の話の緒口いとぐちを切ると段倉の方では其緒口をらへて引出す樣に迎へた、スラスラと事も無く話が進んだ。

永太郎は云ふた「斯樣な大事な相談に巖窟島伯爵が贊成して下さらぬのが誠に殘念で、定めし貴方の方でも私の言葉丈では不安心にお思ひでせう、けれど伯爵は野西家に對する義理合で何うも私の方へ加擔する譯に行かぬと仰有います」段倉は其事情を充分察して居る容子で、而も嘲笑ふた、「ナニ伯爵は野西が賣國奴と云ふ事を未だ御存じ無いから彼へ義理立するのです、今に野西の舊惡がもつと能く分ツて來れば必ず伯爵は彼に義理立したのを後悔なされますよ」段倉の眼中には唯だ皮春家の身代が有る許りだ、此身代と自分の娘とを結び附けるには誰が贊成して呉れずとも構はぬのだ、永太郎は充分其邊の心意氣を見て取つて、開いた段倉の口へ牡丹餠ぼたもちを投込む樣に「でも伯爵は私が妻を持つと云ふ事には贊成です、私の母折葉姫の遺産を二百萬圓だけ誰だか伯爵の知人しりびとが預かツて監督して居ます相で、私が婚禮すると同時に是だけは私へ呉れると云ひます」段倉「其れは伯爵の知人が預ツて居るのでは無く多分伯爵自身が預かツて居るのでせう」永太郎も實は爾思ふて居る、けれどわざと兒供らしく「イヽエ伯爵は確に自分の知人だと云ひました、其上に又私の父へ勸告し、差當り五百萬圓の財産を分け與へる樣にするから其財産に年々十五萬の利子を産ませる樣にして其れで夫婦の經濟を支へよと云はれました、貴方は銀行家だから此邊の事情は御存じでせうが、二口併せて七百萬圓から十五萬圓の歳入を得る事は出來ませうねえ」段倉「其れは私の手腕で年に廿萬圓の利子は容易に産ませて上げます」三朱に足らぬ利子だもの、抛つて置いたとて産まれて來るのだ、手腕も何も要る者では無い、永太郎は安心の風を示し「其れでやつと重荷が卸りた樣な氣が仕ます、では直に、婚禮が濟むと同時に七百萬圓は貴方へ預ける事に致しませう」

立派な家筋と爵位の上に七百萬圓の身許金まで供へて、其れで銀行家から縁談を斷られるなら世は逆樣さかさまに成るのだ、幸にして此場合には世が逆さかさまに成らずに濟んだ、平たく云へば縁談が纒ツた、永太郎は段倉の承諾を得た上で夕蝉姫の承諾も得た、爾して點燈時ひともしの後に及んで笑崩れた顏で此家を辭し去ツた、玄關まで送つて出た段倉の顏も劣らぬほど笑崩れて居た、後の事は兎も角も是だけの所は先づ目出度いと云はねば成らぬ。

けれど永太郎が宿へ歸つて見ると、彼の顏から其笑をむしり取る樣な事が出來て居た、其れは卓子てーぶるの上に横はツて彼の歸りを待つて居る一通の手紙で有る、差出人が彼の毛太郎次である事は筆跡で分ツて居る、其文句は「親しき辨太郎よ、御身の前途が益々目出度く喜ばしき事は、御身自ら知れるだけ餘も知れり、餘は段倉男爵の他人に非ず、今若男爵の許へ餘が舊交を言ひ立てゝ顏を出さば、御身は餘り有難く思はぬならん、御身若し餘が段倉男爵の耳へ、御身の本名を細語さゝやくことを止め度く思ふならば直に餘が宿に來れ」とある、何たる邪慳な書き方だらう、けれど仕方が無い、之に從ふ一方である、永太郎は悔しげに拳を固め此手紙を二度三度叩き伏せた、爾して餘り人目に立たぬ着物に着替へて又宿を出た、指て行く先はモンタン街の靜かな下宿屋である。

此下宿屋に毛太郎次は、公債證書の利子で暮す有福な商人の隱居と云ふ積りで、月々永太郎から貰ふ事に成つて居る口留の手當錢で日を暮して居る、彼は先づ不機嫌な永太郎の顏を見て「今日はほゞ縁談が旨く行つた筈だのに何で陰氣な顏をするのだ、コレ辯や、夕蝉孃が何と云つた、其話でもして、手前の身の上をのみ心配して居る此親切なおやぢに安心させて呉れ」早や此樣な事をまで知つて居るとすれば、此惡人絶間も無く此身の擧動を見張つて居るに違ひ無いと永太郎は荒肝あらぎもを拔かれて了つた、爾して腹立しげに「何でお前は、私の身の上などを心配するのだ、心配せられて迷惑だよ」仲々是くらゐの叱りに驚く相手では無い「ア爾う怒るなよ、お前がつまづけばおれも倒れる樣な者だから、丁度親が子を思ふ樣に心配するのさ、爾よ、心配すればこそおれは先逹てお前に逢つて以來、色々とお前の身の上を考へ、お前の行く所へは大抵見え隱れに護衞して行く樣にして居るが――」永太郎「ナニが護衞だ、止めて呉れ、止めて呉れ、お前の樣な者が附纒ふて居ると分れば大事の仕事が皆潰れて了ふのだよ」毛太郎次「爾で無い、其れが爲にお前の氣の附かぬ事までおれが氣が附いてチヤンと考へて居る、お前アノ巖窟島伯爵を何と思ふ」永太郎「大きにお世話だ」毛太郎次「おれは樣々に考へたが、の人が其實お前の本統に父では有るまいかと思ふ」是には永太郎の氣が移つた、此頃自分の疑ひ初めた所と一つである「エ、エ、何でお前は其樣に思ふのか」と我れ知らず其 かうべを突出した。
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読書ざんまいよせい(091)

巖窟王(下 その4)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯


Youtube 【朗読】モンテ・クリスト伯(巌窟王) 72「サン=メラン夫人」

巖窟王 : 一八〇 未熟な男で無い

全身不具の老英雄野々内參上に果して何の樣な竒略があるか、其は「蛭峰家(七)」以下の記事と共に暫く後に讓り、話頭は段倉家に移る。

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世に手堅い樣で其實極めて危いのは銀行の身代である、少し評判が宣くなれば、世の人先を爭ふて取引を開く爲め、世間の金が集まつて來る状にもなれど、其代り一朝宣からぬ評判でも立てられて、少し信用が傾く日には、直に預け金を取付けに來る人が門前に市を爲し、同業者の取引や融通も忽ち止まりて、昨日まで全國の財權を一手に握るかと見えし者が今日は早や戸を閉ぢて身代限りの間際まで推寄せるためしも、隨分今まであつた事だ、其れと此れとは事 かはれど、さても段倉銀行の頭取男爵段倉喜平次は、先頃電報の間違ひのため西班公債で一夜に四百圓の損をした上巨額の貸越と爲て居るマンフレダイ銀行の支拂停止に遭ひ是にも百萬以上の損失は逃れ難く見える場合とは爲り、今まで絶えて損と云ふ事に出會でつくはした覺えの無い身だけに、内心甚く落膽して我が妻にまで其損失の幾分を割附けんとさへあせつて居たが、幸に是だけの事では未だ信用が傾くと云ふ程には成らず、多少の取付けには逢つたけれど、上部うはべだけは平然と澄ます事が出來て居た所、日頃の運の神が彼を見捨てたのか、彼の野西家の夜會の翌日又フロレンス商會が破産したと云ふ知らせを受けた、此商會は段倉が伊國鐵道の企業の爲に、見込を立てゝ餘ほどの資本を注込んであつたのだから、其損失は殆ど前の二口の損失を合せたよりも多い程である、そもそも此商會を破産させたのは誰の仕業しわざか知らぬけれど伊いたりやの大株主が何か意見の違ひの爲に手を引いて其株劵が暴落した爲めとの事で如何とも仕方が無い、幾等段倉銀行が盛大でも斯う一ひとつきと經ぬ間に引續いて彼れ此れ一千萬からの損失を受けては信用に關せぬと云ふ保證は出來ぬ、既に巴里の同業者中には其れと無く段倉銀行に對して手をめた向も有り、又手をめねば成るまいとて密々相談する者も出來たとやら噂される程にも至ツた。

頭取たる身に取つては、何れほどか辛い事だらう、彼段倉は晝頃から自分の居間に閉籠り、帳面を開いては嘆息し、嘆息しては又帳面を繰返しなどして居たが、最早や氣も盡きたと見え、かうべを擧げて暫く前額ひたひに手を當てた、此時は午後の六時頃で、妻の居間には親しい來客が有ると見え、先ほどから談笑の聲も起り、時々は音樂のさへ聞えて居た、唯だ段倉の煩悶した耳へのみは入らなんだが、何うした拍子かフト彼は聞附けた、爾して其方に振向いて「何だなア、騷々しい、實に――所をつとの心配も知らずに、面白さうに」と呟いたが忽ち思ひ直し「イヤの音樂は、妻で無い、娘だ、アヽ娘夕蝉が小侯爵と合奏して居るのだ」とて直に顏のおもてを柔げた「旨い、旨い、此向きではの小侯爵が愈々近日の中縁談を言込んで來る、フム小侯爵皮春永太郎か、姓名も何と無く貴族的だ、父の歳入が一年五十萬圓と云ふのだから、其身代は二千萬圓からの身代だ、己などならナニ千萬圓以下の金を以ても五十萬圓の歳入を得る事は容易だけれど、金儲けを知らぬ伊國いたりやの貴族だから財産總體を皆働かせると云ふ事は出來ず、其れに古金を集て地の底へ埋て置いたり、珠玉を倉に仕舞つて置のを誇たり不生産的な事ばかりして喜んで居るのだから事に依ると五千萬からの身代かも知れぬ、之を縁組が出來れば、ナニ幾等でも見捨た譯では無いな、夕蝉と野西武之助との縁談を急がずに置いて好い事をした、彼等兩人は幼い頃からの許嫁とは云へ、何も其後改めて武之助の父次郎が愈々婚禮させると言ひ込んで來た譯では無し、今斷つて破談にするのは譯も無い事だ、爾々其破談の口實は先日巖窟島伯爵の言葉から思ひ付いて希臘のヤミナ銀行へ問合せて置いた、其返事が來さへすれば必ず次郎の舊惡がイヤ新惡が分るから其れを利用すれば好い、何事も旨く運ぶワ」漸く思ひ直して破顏一笑する所へ、書記が手紙を以て來た、見ればヤミナ銀行から出たものである。

「來た、來た」と段倉は書記の退く姿を見送りつゝ嬉しげに呟き、直に封を切つて讀下したが、仲々長い手紙である、けれど彼は呼吸いきをも繼がずに讀終ツた、餘ほど彼に取つて都合の好い事を書いてあると見え、彼は其笑を顏中に推廣げ「驚いたなア、次郎奴此樣な惡事をして居やがる、是では希臘で大身代を作ツて歸つた筈だ、ヤミナ城を敵の土耳古とるこ國王へ賣渡して、イヤ是くらゐの惡事は仕兼ぬ奴だよ、其上に城主の妻、城主の娘まで」と言ひ掛けて猶ほ終らぬ所へ「ヤア段倉さん今日は令夫人をお尋ねに來ましたが、ついでに貴方へお知らせ申す事が有ますよ」言ひつゝ入つて來たのは巖窟島伯爵である。

段倉はあわてゝ手紙を推隱し、懷かしげに迎へた伯爵「フロレンス商會が破産しました」段倉は我財政上の弱點を人に悟られる樣な未熟な男では無い、何の利害をも感ぜぬていで「爾ですか」と輕く答へた伯爵「でも貴方は大株主では有りませんか」段倉「ナニわづか數百萬圓ですよ」とは伯爵の口調を學び得た者と見える、伯爵「イヤ貴方が爾う輕く觀て居れば私も安心ですよ、若し御心配でも有れば多少は御用立やうかと思ひました、ドレ是から夫人の御機嫌を伺ツて來ませう」と何氣無く伯爵は奧の間を指して立ツた、段倉は又 あわてゝ引止め、小聲になツて「ですが伯爵、何うか奧に居る皮春侯爵へは此破産事件を話さぬ樣に願ひます」とは咄嗟の間にも仲々用意が綿密である、伯爵は含首うなづいたまゝ奧へ行ツた、直に其後へ野西次郎と其息子武之助が入ツて來た、來る時には來るものだ、斯と見て段倉は、さては縁談の爲では無いか無いかと、破談の口實を持ちながらも、先を越され相な心配にギクリとした。
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読書ざんまいよせい(090)

巖窟王(下 その3)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

巖窟王 : 一六一 濃い覆面の一婦人

夫段倉が伯爵を尋ねんとて家を出た後、果して妻張子は蛭峰をはん爲に家を出た。

雙方ともに此物語の大なる波瀾を捲き起す紀元とはなツた。

但し伯爵との面會は表面極めて平穩無事で有ツた。唯だ其平穩無事の中に、一つの黒點が籠つて居る、他日天一面に擴がる陰惡な雲とは爲ツたのだ、先づ夫の方より記して行かう。

段倉は伯爵家の接見室で十四五分待たされた[、]其中に外から、法師姿の老人が入ツて來て、段倉に默禮したまゝズツと奧へ通ツて了ツた、ては餘ほど伯爵と懇親な老僧と見える、此樣な客が有つて若し話が長ければ又出直して來やうと聊か考へ込む所へ「イヤ來客の爲に大にお待たせ申しました」と機嫌能く伯爵は出て來た[、] 段倉「ハイ御來客の有る事は唯だ今茲を通られた老僧でも分つて居ます」伯爵はと輕く「アヽれですか、れは何に、暮内法師とて伊國いたりやでは有名な方ですけれど、多年別懇の仲ですから幾等待たせても構ひません」とは云ふけれど、自ら言葉の中に長居は迷惑との意味が見える、段倉は其れと察し「イヤ私は事務家ですから極手取早く申しますが、昨夜お目に掛つた皮春侯爵の巴里滯在の眞の目的はいづれに在るのでせう」と前置も無く問出した、伯爵はわざと賤しむ樣に「息子を交際社會へ出し、嫁を得させたいと云ふので、私へも頼むなどと云はれましたけれど、何しろ吝嗇とも云ふ可き程の儉約家ですから、私は先づ嫁を搜すよりは金を使ふ事を稽古せよと云ひました、金さへ使へば隨分嫁の候補者も出來ませうけれど、爾無くば -- 」段倉は短兵急に「イヤ貴方は爾お思ひでせうが、私の如き實業家は却つて其儉約な所を見込むのです、金を使はぬのがの方の値打だと思ひます」伯爵「爾う仰有ると何だか貴方が嫁の候補でも持つて居る樣に思はれますが」段倉「其通りです、實は私はの方の氣質に感じましたから」金力に感じましたとは云はぬ「娘夕蝉を小侯爵の妻としては何うかと思ひ、既に妻とも相談して其贊成をも得て居るのです」伯爵は打笑ツて「成る程貴方は手取早い、其れで無くば、第一流の實業家には成れぬ筈です」襃める樣に云ひ、やがて又眉をひそめ「イヤ段倉さん、其れはお止めなさい、貴方の樣な華美はでは方と、の陰氣な侯爵とは肌の合ふ筈が有りません、親類に成つて長く附き合へば必ず喧嘩する事になります」伯爵は斯う妨げる方が却て益々段倉の熱心を増す事を見拔いて居る、段倉「イヤ肌の合はぬは私の心の持ち樣に在る事ですから、其點は御安心の上、成る可く侯爵父子の心の動く樣に貴方の御加勢を願ひ度いのですよ」伯爵「其れは出來ません、今云ふ通り私は此縁組を贊成し無いのですから、ハイ贊成の出來ぬ理由が二個ふたつ有ります」段倉「二個ふたつとは」伯爵「第一は今云ふ通り貴方と侯爵とは未だ懇意が淺い、從つて他日深く知合ば喧嘩する恐れが有る」段倉「其理由は理由に成ません」伯爵「第二には夕蝉孃と野西次郎の息子武之助との間に縁談が始まつて居ると聞ます、野西父子も私の友人ですから」段倉「成る程野西父子に對しても贊成が出來ぬ、此理由は分りました、併し伯爵、武之助と夕蝉とは當人同志が互に厭がツて居るのです」伯爵「其れにしても同じ事です」段倉「のみならず、私は野西次郎が先年希臘へ援軍に行き非常な大金を作つて歸國した事に就て聊か疑ひが有ります、貴方は始終希臘から伊國いたりやの邊にお住ひ成さツた容子ですから、多少其邊の事を聞込では有りますまいか、イイエ、是は私の外にも薄々怪しんで若しや彼野西は何か不義の金でも得たでは有るまいかなどと其頃噂した人も有りました、果して其樣な事ならば私は不義で出世した金持と縁者と成る事は好みません」不義を憎む樣な言葉が段倉の口から出るとは眞に口は調法である、勿論伯爵は野西次郎の大金を得た次第を能く知つて居る、實は之を知るが爲に曾て莫大の辛苦を費したのだ、けれど爾は云はぬ「イヤ私は能く知りませんが、ヤミナ州に在るヤミナ銀行へ問合せば分りませう、何でもの頃ヤミナ銀行が軍用金を取扱ツて居ましたから」唯だ此ヤミナ銀行へ問合せと云ふ一語が、穩やな青天に一點現はれる雲の種とも云ふ可き者であツた、一點の雲の種が、他日何の樣に廣がツて、何の樣な風雷を引起すかは誰とても豫想が出來ぬ。

併し段倉は此言葉を聞いて喜んだ、皮春侯爵との縁組に付き伯爵の贊成を得ぬのは殘念だけれど、若しやヤミナ銀行へ問合せて野西との縁談を破る口實でも得れば其殘念は埋合はすには足るのだ、彼は猶ほ一言二言話した上、全く手取早くヤミナ銀行へ問合せの手紙を出す爲に伯爵に分れを告げて去つた。

* * * * * * *

是れとほゞ同じ刻限である、濃い覆面に顏を隱した一婦人が司法省に出頭し、官房の戸を叩いた、取次の男は兼て長官の命でも含んで待つて居たかの樣に「貴方は蛭峰大檢事へ、裁判上の參考になる材料をお告げ申す爲めに來た方ですか」と問ひ、夫人が點首うなづくが否や、直に戸を開いて内に入れた。
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南総里見八犬伝(025)

南總里見八犬傳第三輯卷之一第二十四回
東都 曲亭主人 編次
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岩波文庫「南総里見八犬伝」(二)から
【挿絵説明】「苦肉くにくはかりこと蟇六ひきろく神宮河かにはかはぼつす」「左母二郞」「土太郞」「ひき六」「信乃」

軍木媒ぬるでなかたちして莊官せうくわん
蟇六僞ひきろくいつはりて神宮かにはすなとり

 卻說かくて陣代簸上宮六ぢんだいひかみきうろくは、さきに莊官蟇六が女兒濱路むすめはまぢ眷憐みそめてより、戀々れん〳〵慾火禁よくくわとゞめかたくて、さめてもてもわすられず、「媒妁なかたちもがな」、と思ふ氣色けしきの、そゞろあらはれたりければ、こび勢利せいりむねとする、そが屬役軍木五倍二したつかさぬるでごばいじかたへに人なき折を見て、宮六にいふやう、「人思ひあれば色に出づ。色にいづれば人もしるなり。某屬者それがしちかころ尊公そんこう氣色けしきによりて、既にその意を察したり。そはかならず蟇六が女むすめなる、濱路とやらんが事なるべし。槐門貴族くわいもんきぞくひめうへならば、及びかたき事もあるべし。尊公そんこう配下の一莊官いつせうくわん、そが女兒むすめのうへならば、なでふこゝろを勞し給ふにおよばん。もしめとり給はんとならば、某媒妁それがしなかたち仕らん。一たびことを傳へなば、蟇六よろこびて承引うけひくべし。尊意如何そんゐいかに」、と密語さゝやけば、宮六莞然につことうちゑみて、「まこと和殿わとの察知さつちの如し。さばれ濱路は、蟇六が一女ひとりむすめなり。且壻かつむこがねもありと聞けば、たやすくは承引うけひくべからず。われこのゆゑに思へ共、思ひかねつゝ思はずに、和殿に怪しめられし也」、といへば五倍二小膝こひざを進め、「それは尊公遠慮にすぎたり。蟇六は配下の莊官、たふさんともおこさんとも、公のこゝろひとつにあらん。しからばむこがねありといふとも、忽地たちまちへんかいして、こだみの婚緣こんえんを結ぶべし。かれもし遲々ちゝして迷ひを取らば、これ自滅を招くなり。それがしこれらの利害によりて、說かばかならず從はん。こゝろやすく思ひたまへ」、と誇㒵ほこりかうけがふにぞ、宮六なゝめならずよろこびて、次の日種々くさ〳〵聘物おくりものを、七八人奴隸しもべかゝして、軍木五倍二を媒妁なかたちとし、ひそか蟇六ひきろくが宿所につかはしけり。

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日本人と漢詩(137)

◎ 蘇軾「後赤壁の賦」

Hòu chìbìfù  Běi Sòng Sū Shì
后 赤 壁 赋 北 宋 苏 轼

Shìsuì shíyuè zhī wàng bù zì xuětáng jiāngguī yú língāo
是 岁 十 月 之 望 步 自 雪 堂 将 归 于 临 皋
Èrkè cóngyú guò huángní zhī bǎn
二 客 从 予 过 黄 泥 之 坂
Shuānglù jì jiàng mùyè jìn tuō rényǐng zài dìyǎng jiàn míng yuè gù ér lè zhī xínggē xiāngdá
霜 露 既 降 木 叶 尽 脱 人影在地, 仰见 明月 , 顾 而乐之 , 行歌相答 。
Yǐ ér tàn yuē yǒukè wújiǔ yǒujiǔ wúyáo yuèbái fēngqīng rúcǐ liángyè hé
已 而 叹 曰 “有 客 无 酒 有 酒 无 肴 月 白 风 清 如 此 良 夜 何!”
Kè yuē jīn zhě bó mù jǔwǎng dé yú jù kǒu xì lín zhuàng rú sōng jiāng zhī lú
客 曰: “ 今者薄暮 , 举 网 得 鱼 , 巨 口 细 鳞,状 如 松 江 之 鲈。
Gùān suǒde jiǔ hū guī ér móu zhūfù
顾 安 所 得 酒 乎? ” 归 而 谋 诸 妇。
Fù yuē wǒ yǒudǒu jiǔ cángzhī jiǔ yǐ yǐdài zǐ bùshí zhī xū
妇 曰 : “我 有 斗 酒, 藏 之 久 矣, 以 待 子 不 时 之 需。
Yú shì xié jiǔ yǔ yú fù yóu yú chì bì zhī xià
”于 是 携 酒 与 鱼, 复 游 于 赤 壁 之 下。
Jiāngliú yǒushēng duànàn qiānchǐ
江 流 有 声, 断 岸千 尺;
Shān gāo yuè xiǎo shuǐ luò shí chū
山 高 月 小, 水 落 石 出。
Céng rìyuè zhī jǐ hé ér jiāngshān bùkě fù shíyǐ
曾 日 月 之 几 何, 而 江 山 不 可 复 识 矣。
Yú nǎi shèyī ér shàng lǚ chán yán pī méng róng jù hǔbào dēng qiúlóng
予 乃 摄 衣 而 上, 履 巉 岩, 披 蒙 茸, 踞 虎 豹, 登 虬 龙,
pān qī hú zhī wēi cháo fǔ píng yí zhī yōu gōng
攀 栖 鹘 之 危 巢, 俯 冯 夷 之 幽 宫。
Gài èrkè bùnéng cóng yān
盖 二 客 不 能 焉 从。
Huà rán cháng xiào cǎomù zhèndòng shānmíng gǔyìng fēngqǐ shuǐyǒng
划 然 长 啸, 草 木 震 动, 山 鸣 谷 应, 风 起 水 涌。
Yú yì qiǎorán ér bēi sùrán ér kǒng lǐn hū qí bùkě liú yě
予 亦 悄 然 而 悲, 肃 然 而 恐, 凛 乎 其 不 可 留 也。
Fǎn ér dēng zhōu fàng hū zhōngliú tīng qísuǒ zhǐ ér xiū yān
反 而 登 舟, 放 乎 中 流, 听 其 所 止 而 休 焉。
Shí yè jiāng bàn sìgù jìliáo
时 夜 将 半, 四 顾 寂 寥。
Shì yǒu gū hè héng jiāng dōng lái
适 有 孤 鹤, 横 江 东 来。
Chì rú chēlún xuáncháng gǎoyī jiá rán cháng míng lüè yú zhōu ér xī yě
翅 如 车 轮, 玄 裳 缟 衣, 戛 然 长 鸣, 掠 予 舟 而 西 也。

Xūyú kèqù yú yì jiùshuì
须 臾 客 去 , 予 亦 就 睡。
Mèng yīdàoshì yǔyī piánxiān guò língāo zhī xià yī yú ér yányuē chìbì zhī yóulè hū
梦 一 道 士, 羽 衣 蹁 跹, 过 临 皋 之 下, 揖 予 而 言 曰: “赤 壁 之 游 乐 乎 ?”
Wèn qí xìngmíng fǔ ér bù dá
问 其 姓 名, 俯 而 不 答。
Wūhū yī xī wǒ zhī zhī yǐ
“呜 呼! 噫 嘻! 我 知 之 矣。
Chóuxī zhī yè fēimíng ér guò wǒ zhě fēi zǐ yě yé
畴 昔 之 夜, 飞 鸣 而 过 我 者,非 子 也 邪?”
Dàoshì gùxiào yú yì jīngwù
道 士 顾 笑, 予 亦 惊 寤。
Kāihù shì zhī bù jiàn qíchù
开 户 视 之, 不 见 其 处。

訓読、解説は、
古代文化研究所:第2室 蘇軾:後赤壁賦(一) 後赤壁賦(二) 後赤壁賦(三) を参考のこと。

 「後赤壁の賦」は、「前」から三ヶ月ほどたった、旧暦十月、季節も過ぎ、情景も大きく変わっている。また、「前」は対話する客は一人、今回は二人となっている。「後」は「前」に比して、三分の二くらいだが、妻が酒と魚など、日頃から準備するところなど写実てきな描写がある一方、赤壁を登攀しようとしたり(私は、到底実際に行ったとは思えない)鶴を仙人に見立てたり、フィクション的な要素もあり、とても興味深く読むことができる。

南総里見八犬伝(024)

南總里見八犬傳第三輯卷之一第二十三回
東都 曲亭主人 編次

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【挿絵説明】「糠助ぬかすけ懺悔さんげ物語ものかたり窮客きうするたびゝと稚兒をさなこいだきてなげんとす」
岩波文庫「南総里見八犬伝」(二)から

犬塚いぬつか義遺託ぎゐたくうけひ
網乾あぼし謾歌曲そゞろにかきよく

 犬塚信乃戍孝いぬつかしのもりたかは、伯母夫大塚蟇六をばむこおほつかひきろくいへ移居うつりすまひしより、嫌忌けんきうちに日をわたり、年を送れば、里人さとひとなどには、親しくも物いはず。たゞ彼百姓糠助かのひやくせうぬかすけのみ、舊馴染ふるきなじみと、伯母も許して、信乃がゆゑに疑はず。その性愚直さがぐちよくなればなり。げにこの老人おきなは、信乃が爲に、言葉敵ことばかたきになるものならねど、おろかなる隨僞まゝいつはらず、よろづに實意まごゝろあるものなれば、信乃はその木ぼくとつの、じんにちかきを愛しつゝ、その門邊かどべよぎる日は、たちながら安否あんひを問ひ、はじめにかはらず交參まじらひけり。かゝりし程に、糠助が女房にようばうは、去歲こぞの秋身まかりつ。長き病著いたつきなりけるに、きはめ寒家まづしきくらしにあなれば、はて藥價くすりのしろ續かず。このとき信乃は糠助に、圓金一兩こばんいちりやう贈與おくりあたへて、藥料やくりやうたすけにしたり。しかれども、蟇六龜篠等ひきろくかめさゝらはこれをしらず。されば信乃が今にして、これらの貯祿たくはへあるよしは、父番作ばんさくのこせる也。番作貧まづしかりしかど、身まかりしのちに見れば、鎧櫃よろひびつの底に、圓金こばん十兩あり。「このかね三ッが一ッもて、わがほうむりの事にみてよ。そのひそかに腰につけて、身の爲また友の爲に、肝要かんえうの事あらば、用ひよ」、と書遺かきのこしたり。亦是後またこれのちのちまでを、おもひはかりし親の恩、いたゞかねも湯とわかん、淚と共に袖にかくして、龜篠等にはこれをつげず、「貯祿たくはへありや」、ととはれしとき、そのかね三兩をいだして、棺槨墓碑くわんくわくぼひの料としつ。又父の三十五日をひけるに、また一兩を伯母に遞與わたして、法筵酒食はうえんしゆしよくの料とせり。蟇六も龜篠も、これらの金にはをりて、「なほ有りや」、ととひしとき、「これのみ也」とこたへしかば、「さならん」、と思ひつゝ、そののちとはざりけり。「かくてこの七八年、伯母夫婦と同居すなれば、彼番作田かのばんさくたは名のみにて、わが爲にはえならず。われには舊衣ふるきをのみせて、不自由ならずといふ事なけれど、美味美服をねがはざれば、親の遣財いざいを減らすことなし。しかれどもかの糠助は、わが犬、與四郞よしらうが事につきて、うれひともにせし日もありけり。その艱難かんなんを救はずは、我只彼われたゞかれそむく也」、とこゝろひとつに思ひとりて、ひそかに金をおくりしかば、糠助夫婦は、感淚かんるいとゞめあへず、只管ひたすら信乃を伏拜ふしおがみて、その信義を賞嘆し、藥劑くすりもとめて用ひしかども、定業じやうごうなればにや、その妻はなくなりにき。
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読書ざんまいよせい(089)

巖窟王(下 その2)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

写真は、モンテ・クリスト島(Wikipedia から)

巖窟王 : 一五一 愈よ土曜日

愈々土曜日の夕、晩餐會の時は來た、場所は樣々の因縁の有る吹上小路廿八番邸、嗚呼此會を眞に巖窟島伯爵の大仕事の序開じよびらきとすれば、何の樣に始まツて何の樣に終るのだらう。

昔ドアンチン公爵は國王 路易るい十四世の目障りになると云ふが爲に一夜の中に大木の林を切平げ芝生の庭に造り替へて了ツたとの話がある、古來土木の工事で是れほど早く行つた仕事は無い、併し伯爵が此廿八番邸に手入を加へた早さも殆ど其れに匹敵する、門口かどぐちから玄關から庭木から室室の造作まで唯だ三日許りの間に悉く取替て誰が見ても今までの廿八番邸とは認め得ぬ程にした、書齋も出來た、盆栽室も出來た、球突場たまつきばも出來た、凡そ贅澤な紳士の別莊として一點の非難を加へる事が無い、併し唯だ二ヶ所だけ少しも手を着けぬ所がある。其れは昔H・N男爵夫人と云ふ素性の知れぬ未亡人が寢ねまとして居た一室から裏庭へ降りる階段までの總體と、蛭峰の手で私生兒を埋めたと云ふ裏庭の其の部分とである、イヤ實は此二ヶ所へも手を着けた、着けたけれども少し變更を加へぬのだ、昔 戸帳とばりの掛ツて居た所へ、其通りの戸帳とばりを掛け、昔芝草の茂ツて居た所へ其通りの芝草を植るなど、若し昔此 寢間ねまと此庭とを知つて居た人が今此の所へ來たならば、其頃の事を思ひ出さずには居られぬ樣に拵へたのだ。

ついでに記して置くが、此等の仕事一切を任せられて監督したのは家扶かふの春田路良助である、彼れは伯爵から渡された明細の差圖書を以て三日前に茲へ來た、其れだから此前々日に侯爵皮春博人と小侯爵皮春永太郎とがエリシー街の伯爵の本邸で父子の對面を遂げた時も彼れは伯爵の許に居なんだ、今以て彼の父子の事は知らぬ、のみならず顏さへも見た事が無いのだ、其れから此別邸へ來て以來、伯爵の差圖書と首ツ引をする樣にして綿密に監督し、到々豫定の時間通りに豫定の仕事を仕上げて其の他晩餐に就ての一切の準備をも調へ了ツて爾して伯爵のお出を待つて居た。

午後の五時半に伯爵は茲へ來た、爾して彼を從へて一切の設備を見廻ツた、實に彼れが伯爵に對するは犬が飼主に對するよりは猶ほ忠順である、伯爵の見廻る間、若しや茲が惡いとか彼所かしこ不可いけぬとか小言を云はれはせぬかと眞に戰々兢々の状であツた、やがて總體を見終ツて伯爵が「アヽ能く出來た」と下した一語に彼れは初めて重荷を取卸された樣に、ホツト安心の息をいた。

六時近くなると玄關に荒々しい馬の足音が聞えた、伯爵は直に出迎へて見ると來客の一人森江大尉である、大尉は打解けた言葉で「伯爵、先日貴方に戴いた此馬は天下の逸物ですよ、今來る道で、一時間に六哩を走ると云ふ段倉男爵夫婦の馬車を追拔き、續いて官房長出部嶺の馬をも拔きました、出部嶺は總理大臣が急使に用ふると云ふ名馬を借てゐますけれど此馬の樣な輕足は出ないのです」と滿面に嬉しさを湛へて居る、そもそも此馬に就ても一場の竒談がある、餘事ながら是もついでゆゑに茲に記して置くが、此時より一週間ほど前に催された競馬倶樂部の秋期競爭に誰の持馬とも知れぬ馬が出た、番組には「鬼小僧」と云ふ名が附いて居たけれど、何處の牧場で産し、何の樣な快速力を持つて居るか巴里中の博勞にさへ一人も知る者が無い、見物は勿論審判者までも怪しんで居るうち、愈々出場と爲ると、十六七の男裝した女では無いかと疑はれる華奢な騎手が之に乘り、名高い駿馬のみの一列を追拔いて、金牌を初めとして、當日第一等の名譽ある大賞品を占斷した、滿場の驚きは云ふ迄も無かツたが、見物の中に一人、最も尊敬せられる某貴婦人が居て、深く贔屓の心をおこされ特に「鬼小僧」の騎手に逢ひ度いと所望された、けれど騎手は馬と共に掻消す如く姿を隱し、更に尋ねるよしも無かツた、所が其夜、其貴婦人がやしきへ歸られて見ると、彼の馬の得た金牌が、呈上品として其許に屆いて居た、實に合點の行かぬ爾して面白い事柄なので、其後此話が上流社會の一の佳話かわとして口から口に傳はツた、けれど翌日になると大抵の人が此事を目下名高い巖窟島伯爵の好謔いたづらだらうと言囃す事になつた、伯爵で無くて誰が此樣な名馬を持ち得た賞牌を惜氣も無く人に與へなどするものか、殊に一人、確に伯爵の仕業しわざと見破り得た者がある、其れは外でも無い彼の野西武之助なのだ、彼れは初めて鬼小僧の名を聞いた時、忽ち羅馬の山賊を思ひおこし伯爵の馬と氣附き、爾して更に華奢な騎手のりての顏を見て其身が戒食節かあにばるの終後の夜に美人と思ふて馬車に同乘し、胸のあたりへ短銃ぴすとるを差し附けられた其の少年である事を知つたのだ、此の一條の事件の爲にも伯爵の名が高く爲つたは勿論であるが更に本統の事を云へば此の武之助の推量さへも未だ事實を盡しては居ぬ、實は巖窟島伯爵が自分の大仕事の運動の爲に駿足の馬を幾頭も要するので兼て鬼小僧へ馬の周旋を命じて有る、即ち此馬も彼が伯爵へ遣ひ物として寄越したのだが、丁度競馬の前日に此の巴里へ着いた爲め、彼れは幸ひに其の駿足な事を事實の上に證明して伯爵のお目に留まらせて樣と思ひ、假りに「鬼小僧」と名を附けて競馬に出したのだ、伯爵自身は其時までも知らなんだのだ、併し此樣にして得たものを喜んで我物としては鬼小僧の出過ぎた振舞を奬勵する樣にも當るから、金牌は此馬の勝利を喜ばれた貴婦人に贈り、馬は兼て駿足の得難いことを嘆じて居る森江大尉に遣つて了ツた。

其れは扨置さておき、森江の嬉しげに云ふ言葉を聞き伯爵は、「フム其れでは出部嶺や、段倉夫妻も程無く來ますね、シタガ蛭峰氏には遭ひませんでしたか」と問返した。
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読書ざんまいよせい(088)

巖窟王(下 その1)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯
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2004年 10月 28日初配布
2004年 11月 07日第02刷
2026年 6月 22日第03刷(全面的に UTF 化とルビ文字化)

【リソースサイト】
http://www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/ (現在は、リンク切れ)

【著作権表示】
私訳(元編集者 osawa さん)のテキスト
 私訳のテキストの配付・再利用は自由です。扱いは プロジェクト杉田玄白 方式に準じます。(中略)
著作権が切れたテキスト
(中略)著作権が切れたテキストは、自由に配布していただいてかまいません。ただし誤植チェックに関してはまだ不十分です
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【テキスト中に現れる記号について】

ルビ
(例)巖窟島いわやじま

〳〵, 〴〵: 踊り字
複数文字の繰り返しを意味する。
(例)思ひ〳〵=思ひ思ひ。其れ〴〵=其れ(それ)其れ(ぞれ)。

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巖窟王 : 目次

「巖窟王」下卷について
「巖窟王」上卷 梗概
下卷 主要人物
一三三 華子さん、華子さん
一三四 垣の此方と彼方
一三五 一條の約束
一三六 彼です彼です
一三七 其片割のH・N夫人
一三八 侯爵と小侯爵
一三九 半老人
一四〇 尚々書
一四一 一攫の砂
一四二 上には上が
一四三 ソツと次の室
一四四 親子の對面
一四五 被害者の資格
一四六 心得ました
一四七 空前の竒觀
一四八 公證人
一四九 婚姻政略
一五〇 運の神、福の神
一五一 愈よ土曜日
一五二 掌中から何か紙切
一五三 荊の路、針の蓆
一五四 食堂
一五五 罪の深い或品物
一五六 此伯爵は大變者
一五七 乞食
一五八 年金とは幾等
一五九 妻の室に飛で行つた
一六〇 二ケ條の宣告
一六一 濃い覆面の一婦人
一六二 證據が有ります
一六三 聞かせて下さい
一六四 紋の片割
一六五 油斷の出來ぬ強敵
一六六 警視總監から
一六七 特務巡査
一六八 僞りの動物
一六九 其記念が鮮かです
一七〇 肝腎の記憶の筋
一七一 死、生、疑
一七二 廿餘年前の彼は
一七三 盆栽架
一七四 氣味惡く聞える節
一七五 蛭峰家 二
一七六 蛭峰家 三
一七七 蛭峰家 四
一七八 蛭峰家 五
一七九 蛭峰家 六
一八〇 未熟な男で無い
一八一 言葉は明々白々
一八二 賣國奴の一項
一八三 歌牌が出來ました
一八四 一城の主の姫君
一八五 決鬪の條件
一八六 蛭峰家 七
一八七 蛭峰家 八
一八八 蛭峰家 九
一八九 蛭峰家 十
一九〇 蛭峰家 十一
一九一 蛭峰家 十二
一九二 蛭峰家 十三
一九三 其實、本統の父
一九四 最う一ヶ月ぐらゐ
一九五 曲者 一
一九六 曲者 二
一九七 曲者 三
一九八 曲者 四
一九九 一册の始末書
二〇〇 大活劇の幕開
二〇一 議場空前の光景
二〇二 總身の剛ばツた樣に
二〇三 委員會 一
二〇四 委員會 二
二〇五 委員會 三
二〇六 委員會 四
二〇七 翌日の午後
二〇八 彼の仕業
二〇九 伯爵だ伯爵だ
二一〇 母への孝行
二一一 眞に潛々と
二一二 母の情
二一三 お相手に成りませう
二一四 命と命の取換
二一五 友太郎とお露 一
二一六 友太郎とお露 二
二一七 友太郎とお露 三
二一八 友太郎とお露 四
二一九 友太郎とお露 五
二二〇 死の前夜 一
二二一 死の前夜 二
二二二 死の前夜 三
二二三 決鬪場 一
二二四 決鬪場 二
二二五 決鬪場 三
二二六 一家離散の時
二二七 父將軍は何處へ行つた
二二八 我家からの落人
二二九 將軍と伯爵 一
二三〇 將軍と伯爵 二
二三一 將軍と伯爵 三
二三二 又も蛭峰家 一
二三三 又も蛭峰家 二
二三四 又も蛭峰家 三
二三五 段倉家 一
二三六 段倉家 二
二三七 段倉家 三
二三八 段倉家 四
二三九 段倉家 五
二四〇 段倉家 六
二四一 落人 一
二四二 落人 二
二四三 落人 三
二四四 落人 四
二四五 誰の身の祕密が
二四六 華子 一
二四七 華子 二
二四八 華子 三
二四九 華子 四
二五〇 段倉の笑顏 一
二五一 段倉の笑顏 二
二五二 大尉と伯爵 一
二五三 大尉と伯爵 二
二五四 大尉と伯爵 三
二五五 十月五日まで
二五六 獅子の穴 一
二五七 獅子の穴 二
二五八 死刑臺か毒藥か
二五九 裁判 一
二六〇 裁判 二
二六一 裁判 三
二六二 裁判 四
二六三 裁判 五
二六四 裁判 六
二六五 斷末魔 一
二六六 斷末魔 二
二六七 斷末魔 三
二六八 斷末魔 四
二六九 結末 一
二七〇 結末 二
二七一 結末 三
二七二 結末 四
二七三 結末 五
二七四 結末 六
二七五 結末 七
二七六 結末 八
二七七 結末 九
二七八 結末 十
二七九 結末 十一
二八〇 大團圓

巖窟王 : 「巖窟王」下卷について

主人公 巖窟島いわやじま伯爵の復讐は、これよりいよ〳〵大アレキサンデル・デュマの眞に驚嘆すべき構想のもとに着々と實現されて行きます。

蛭峰の祕密を握る春路田辨太郎の其後。又蛭峰夫人の毒物學への異樣な興味は今後如何なる運命を捲起すことでせう。

眞太郎との戀のため、毛脛けすね安雄との婚約に惱む華子に、野々内彈正が示した彼の父毛脛將軍怪死の眞相。又着々と進行する野西將軍への復讐に、遂に武之助と決鬪を餘儀なくされた伯爵に對し、初めて一日として忘れ得なかつた昔懷しい『友さん』の呼び名を叫んで命乞する露子夫人の切々胸を打つ言葉は、讀者諸君をどんなにか深い感動にみちびくことでせう!

そして眞に此の作者の天馬空を行く想像力と、千變萬化を極むる構想力。それに譯者涙香の流るゝ如き麗筆の魅力には思はず驚嘆の叫びを擧げられることでせう。是非共下卷を御期待下さい。

巖窟王 : 「巖窟王」上卷 梗概

まだナポレオンがエルバ島に幽閉されてゐた一八一五年二月二十四日、土地の有力者森江氏の持船巴丸が永い航海を終へてマルセーユに入港した。この船の船長代理をつとめてゐた團友太郎は、懷しい父親、そして美しい婚約者お露の待つ故國の土を胸躍る思ひで踏んだのである。

友太郎の歸りを待ちわびるお露にかねて戀してゐた彼女の從兄の次郎は、友太郎に船長の地位をうばはれた古參の船員段倉と共に彼の幸福が妬ましくてならなかつた。その夜、段倉は水夫逹の集まる酒場に次郎を誘ひ、二人共謀して友太郎がエルバ島からナポレオンの密書を携えて來てゐるとの密告の手紙を書いて投凾した。

マルセーユの若い檢事補蛭峰は皇帝からの密書が彼の父野々内彈正宛になつてゐたのでひどく驚き、父を助ける爲と自からの出世の爲、その手紙を燒き捨てさせ、婚約祝ひの席から逮捕した友太郎を永久に陽の目の見られぬデイフ要塞に幽閉してしまつた。

岩の牢獄に絶望の幾年かゞ過去つた或る日のことである。彼は獄の奧から聞えるかすかな物音に氣がついた。これは同じく無實の罪で幽閉された梁谷法師の破獄の音であつた。かくて彼は伊國獨立運動の先驅者であり博學多才な法師と相知ることゝなり、二人は共力して新たに破獄の計畫を進めることゝなつた。

二人の親交は日に日に深まつて行つた。法師は彼の持てる智識のすべてを愛する友太郎に授けることに全力を盡すことゝなつた。しかしこの破獄の計畫も遂に法師の持病の再發によつて中止の止むなきに至つたが、この悲しむべき出來事の中に見出した友太郎の眞情に、法師は初めてモンテ・クリスト島にかくされた財寶の祕密を打明け、再度の發病に死んで行つた。悲しみに打ちのめされた友太郎は、フト思ひ着いたまゝ法師の死體の身代りとなつて袋に入り、獄卒の手で海中深く投込まれた。しかし幸ひにも附近を航行する密輸入船に救はれ、かくて待望のモンテ・クリスト島に上陸する日が廻り來たつた。

法師の云ひ殘した祕密は眞實であつた。彼は遂に島の洞窟の中に巨億の財寶を見出したのである。思ひもよらなぬ幸運の惠まれ、今は何者をも恐れるもののなくなつた彼は、この永い年月自分を苦しめた人々への復讐を固く心に誓つたのである。

かくて自由の身となつた彼は先づ、僧侶に身を變えて、毛太郎次の營む旅宿に現はれ、彼の口から父の死の眞相、そして次郎がお露と結婚し今は時めく伯爵野西將軍となつてゐること、又段倉が巴里の金融界を一手に握る大銀行家となつてゐることなどを聞き出した。そして昔し深い恩を受けた森江氏が零落し破産に瀕してゐるのを知り、これを助け、大なる計畫の準備のため東方の旅へと姿を消した。

又して數年の月日流れ去つた。この時、突如としてローマの社交界に巖窟島伯と名乘る一紳士が現はれた。彼れこそ友太郎の復讐の準備成つた再生の姿であつた。彼は巧妙な計畫に依り野西將軍の一人息子武之助の命の恩人となる機會を掴んだ。そして武之助の感謝の招きに應じ遂に待望の舞臺巴里にその姿を現はすことゝなつた。息子の紹介に初めて相見る伯爵とお露。お露は流石に伯爵の中にかつての婚約者であり一日として忘れ得なかつた友太郎の面影を見出して蒼白となつた。

巴里到着第一日にして野西家の深い信任を得た伯爵は、その持てる無限の財力を自在に用ひて第二日目には舊敵段倉一家とも親交を結ぶことが出來た。そしてその三日目にはかつてのマルセーユの若き檢事補、今は時めく巴里の檢事總長蛭峰家との交際が初められた。果して彼はこれ等の交際の中に何を計畫してゐることであらう。

復讐の機は刻々と近づきつゝある!

巖窟王 : 下卷 主要人物

巖窟島いはやじま伯爵(モンテ・クリスト伯)
  本名 團友太郎(エドモン・ダンテス)數竒の運命とたゝかいぬく本篇の主人公。
野西のにし將軍(モルセール將軍)舊名 次郎(フエルナン)
  スペイン村の漁師出。後西班牙戰爭の功あつて野西子爵となる。
野西夫人お露(メルセデス)
  かつての友太郎の許婚者、友太郎の入獄後次郎と結婚す。
野西 武之助たけのすけ(アルベール・ド・モルセール)
  次郎とお露の間に生れた一人息子。若き子爵。
段倉だんぐら 喜平次きへいじ(ダングラール)
  かつては森江氏持船巴丸の會計主任。後次郎と共に西班牙戰爭で巨利を博し大銀行家[と?]なる。
蛭峰ひるみね重輔しげすけ(ヴイルフオール)
  かつてはマルセーユに於ける檢事補。後累進して現在檢事總長。
野々内ののうち彈正だんじやう(ノワルテイエ)
  蛭峰の實父、かつてはナポレオン黨の有力な鬪士[。]現在は全身不隨となり華子の看護を受けてゐる。
華子(・アランテイーヌ)
  蛭峰夫妻の娘。森江眞太郎。と相思の間にあり、毛脛安雄との縁談に惱んでゐる。
森江もりえ眞太郎(マクシミリヤン・モレル)
  友太郎の舊主森江氏の長男にて陸軍大尉。
毛脛けすね安雄(フランツ・デビネー)
  かつてナポレオン黨に暗殺せられた毛脛將軍(ケネル將軍)の一子。若き男爵。
鞆繪姫ともゑひめ(エデ)
  ギリシヤ、ヤミナ城主 有井宗隣アリ・テブランの娘。奴隸に賣られてゐたのを巖窟島伯爵により買戻さる。
皮春かわはる永太郎(アンドレ・カ・ルカンテイ)本名 辨太郎(ベネデツト)
  蛭峰若き日の不義の子。巖窟島伯爵の復讐の手段に使はれ、この名稱をつけらる。
春田路はるたじ良助(ベルツツチオ)
  コルシカ生れにて密輸入等を業としてゐた。辨太郎の育ての親、後巖窟島伯爵に救はれ家扶となる。
粕場かすば毛太郎次けたろうじ(カドルツス)
  かつては友太郎の友人、後旅宿尾長屋の主人となつてゐたが、殺人其他の罪を犯し幾度か入獄す。

巖窟王 : 一三三 華子さん、華子さん

大なる仕事の爲め幾年幾月、身を練り膽を鍛へ、石心鐡腸の人と爲つた巖窟島伯爵の如きが、わづかに森江良造の死際に團友太郎の事を云つたと聞いて、落る涙を止め得ぬとは、其人其境遇に似合しからぬ愚痴と云ふものではあるまいか。

然し愚痴と云へば愚痴でもあらう、併し人情は總て愚痴である、愚痴を離れては人情は無い、假令たとへ伯爵は石心鐡腸であるにしても、實は人情の凝り固まツた人である、善く悲しみ善く怒り善く愁ひ善く喜べばこそ、大なる復讐をも企てるのだ、人情に離れたでは無く、人情と同化したのだ。一意唯だ人情に驅られて、止むに止まれぬ事になツたと云ふ可きだ、殊に伯爵の今の身は此世に一人も友が無く身寄も無く、單に森江良造をのみ後にも先にも無い只一人の恩人と思ひ、無情極まる此世界に其一家をのみ唯情の有る温かい家と思ひ、絶えて人を慕ひ又は人を懷かしむと云ふ事の無い心の底に、只一點の懷かしさを此一族に寄せて居るのだもの、此一族の其主人其恩人が、死ぬる今果いまはに誰も覺えぬ我が本名を呼んで呉れたと聞いて人一倍情に迫り、堪へ難く感じたのが無理か、決して無理では無い當然である。

けれど茲で泣いてはならぬ、若しも此人が何か團友太郎に縁故でも有る身かと疑はれては大變である、落る涙を漸くに紛らせて「イヤ父を失ふた悲しみは私も能く知つて居ます、ツイ貴方のお話しで其事を思ひ出しました」と言ふた、成程其爲に泣いたのかと、一同は合點したが、誠に涙ほど人と人との間を打解けさせる者は無い、仁吉も夫人も眞太郎も此伯爵が一方ひとかたならず情にもろい人だと見て、更に同情を深くして、是からは一入ひとしほ打明けた話と爲り、猶も樣樣の方面から彼の富村銀行の事をも聞いた、けれど伯爵の返事は一つである、唯だ銀行として取引するのみゆゑ其他の事は何も知らぬと云ふに在ツた。爾して伯爵の最後の言葉は「イヤ此世の事は何も彼も時ですから。氣永く正直に待つ中には、又合點の行く時も來ませう」と云ふのであツた。

何うやら謎らしくも聞えるけれど誰も其の謎を解き得なんだ、斯て伯爵の立去ツた後に、三人は自分々々の感じを語り出て比べたが、仁吉は「イヤの伯爵は眞の善人で、餘ほど苦勞した方と見える」と云ひ、夫人は「何だか彼の方の聲は昔聞いた事でも有る樣に、時々私の腹の底へまで浸透りました」と云ひ、眞太郎は「何うも此家の阿父おとうさんを知つて居た人の樣にも思はれる」と云ツた。

* * * * * * *

此家を出て伯爵は、此家と背中合せの見當に當ツて居るオノレ街に馬車をげた、茲にはと立派な蛭峰の邸がある、併し是には入らず、唯だ其の門を眺め「アヽ茲だ、明日の午後、彼の外出すた時間に尋ねて來やう」と云ひ其の儘立去ツた、何故に主人の留守を計ツて尋ねるのだ、多分は其の夫人にのみ逢ふ可き用事でも有るのだらう。

其翌日の午後である、此家の裏庭と生垣一重を隔てた荒地に、鍬を持つた一人の男が立つて居る、是れは森江眞太郎なのだ、そもそも此荒地は昨日伯爵が見た通り江馬仁吉の屋敷の横手から續いて居るので、實は市區改正の豫定線路に當る爲め廢ツた樣な状態ありさまを存するのだ、茲へ何故眞太郎が來て居るのか、彼は昨日も此の荒地から出て伯爵を迎へたが草花をでも作る爲かと見れば爾でも無い、鍬を杖についた儘頻りに蛭峰の裏庭をのぞき、時々に溜息を洩らして居る、若し戀の爲でゞも無ければ陸軍大尉たる人には不似合の所業しわざである、やがて彼は堪へ兼た状で更に生垣に寄添ひ、葉や枝の聊かまばらな所に顏を當て又餘念も無くのぞき初めた、暫くすると、蛭峰家の裏庭の一方に在る隱居所らしい離れ家から年頃十八九と見える一女子が現はれた、眞太郎は此姿を見て、嬉しさに何事をも忘れた樣に、持てる鍬をまで投捨てたが、女子は物思はしげに徐々しづ〳〵と歩みつゝ、眞太郎の目の前に在る茂つた槐樹ゑんじゆの木蔭に立留つた「華子さん、華子さん」と眞太郎は低い聲で而かも熱心に呼んだ、華子とは、我先妻の娘であると昨日蛭峰が伯爵に語つたのが即ち此の女子なんだ、呼ばれた聲に華子は痛く驚いて顏を上げ「又貴方は茲へ」と云ひ、更らに「毎日茲で話などして居ては蛭峰夫人に叱られますよ」蛭峰夫人と云つて阿母おかあさんと云はぬのは、餘り親しむ情の無い繼まゝはゝ繼子まゝこの間が分る[、]眞太郎「でも彼の事が氣になつて、早く樣子を聞かなければ」華子は逃て去らうともせぬ。却つて一歩ひとあし生垣に寄り同じ聲を潛めて「益々六かしい事になりましたの」
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