読書ざんまいよせい(075)

◎滝沢馬琴・内田魯庵抄訳南総里見八犬伝(003)

南總里見八犬傳 第三 古那屋の卷
瀧澤(曲亭)馬琴・內田魯庵抄譯
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 古那屋文五兵衞

 こゝに行德ぎやうとく入江橋いりえばし橋詰はしづめに古那屋といふ旅籠屋はたごやがあつた。主人の文五兵衞といふは先年つま先立さきだたれた今年ことし五十五六の男鰥をとこやもめであつた。信乃しのの鄕里の幼馴染をさななじみの糠助(第二輯參照)が國を追はれて母親の無い孩兒みどりごを脊負ひて旅につかれつゝ、詮方せんかた盡きて入水の覺悟をしたのはこの入江橋の上、(第三輯卷二參照)で、通りがかりの犬飼見兵衞いぬかひけんぺゑに助けられ、方金はうきん二顆を惠まれて足手纏あしでまとひの子を引取つて貰つたのを見兵衞と知合しりあひの緣で預かつたのは古那屋こなやであった。女房が產をしたばかりて、乳があまってゐたので同じ乳房を含ませたが、このアワヤ父と共に餓ゑるか水に溺れようとした孩兒みどりごのちの芳流閣の勇士犬飼見八であつた。

 同じ乳房ちぶさにブラさがってゐた古那屋の總領息子の小文吾も今年ことし二十歲はたちになる。身の丈け五尺九寸、筋骨逞ましく力飽くまでも强く、武藝拳法一と通り究めざるは無く、相撲を取らしたらこの土地切つての名人で、土地相撲の大關と立てられてゐた。妹のお沼藺ぬゐ今年ことし十九歲、十六のとし市川の舟長ふなおさ山林房八に嫁入りして夫婦の閒に今年四歲ことしよつつになる大八といふ男の子を儲けた。この房八が亦武藝に長じ、相撲が上手で、任侠をとこを賣出してゐた。

 丁度牛頭ごづ天王てんわうの祭禮で、うらさと神輿みこし渡御とぎよで賑つてゐた。親仁おやぢの文五兵衞は商賣がら晝閒ひるま徒然つれ〴〵であるし、としをして若い者の仲閒入りをしてお祭り騷ぎでもあるまいと、きなつりをしに入江いりえへ行つた。小鯊はぜ一つの獲物えものも無かつたが、好きな道とて夏の暑さを忘れて日暮しをした。丁度七つさがりの引汐時、蘆の葉風のソヨ〳〵と吹く夕暮近く、しほに引かれて川上かはかみからたゞようて來た小舟こぶね水零みをかれて流れ着かうとした。船中には二人ふたりの武士、一人は袴のすそを羽折つた麻上下あさかみしも、一人は鎖惟子くさりかたびら肱盾臑盾こてすねあてで、各〻淺痍あさでを負うて悶絕もんぜつしてゐた。流れ着かれては土地の迷惑と、竿さをいて中流かはなかへ押出さうとして只見とみると、鎖惟子くさりかたびらを着たのは右の頬先ほゝさきの黑痣が特徵の犬飼見八であつた。物々しい扮裝いでたちといひ各〻淺あさでを負つてるのは常尋たゞならぬ事件と思つたが、知人しりびとの見八を棄ても措かれず、竿さをにて舟を引寄せて飛移つて見八を抱起だきおこし、呼活よびいかさうと聲高こわだかに呼んだが息を吹返さなかつた。はだ溫味ぬくみがマダ有るので、急いで藥を取つて來ようと周章あわてゝをかへ飛上らうとしたはずみ最一人もひとりの武士の脾腹ひばらをシタヽカにつけると、死活しくわつの法にかなつたと見えて忽ちウンと蘇生よみがへつた。

『お武家樣ぶけさま、お氣が付かれたか。』

 蘇生よみがへつたものを棄てゝも措かれないので、文五兵衞はマメ〳〵しく介抱し。

呼活よびいかさうと思つたものは蘇生よみがへらないで、粗忽そさうで蹴つたお手前樣が過失あやまちの功名で生返いきかへらしやつたといふのも何かの因緣でござらう。下拙事てまへことは此の行德で旅籠はたご渡世とせいを致す古那屋文五兵衞、釣に參つて計らずもお助けするのは不思議な御緣、こゝに倒れてござるのは下拙てまへ熟懇じゆくこん滸我殿こがどの御內みうちの犬飼見八といふじん……』

 二人は氣絕したまゝ芳流閣の水際みぎはから押流されて來たので、早くも息を吹返した信乃しのはこゝをドコともわきまへず、四方あたりを不思議さうに見廻してゐたが、犬飼見八といふ名が耳にはひると、

『犬飼見八?』

 喫驚びつくりして見八の顏を穴の明くほどみつめ、

『この黑痣に氣が付かなかつた。』

 と思はずほつ嘆息ためいきした。

『お武家樣には、犬飼どのを御存じでござらっしやるか。』

 と文五兵衞は怪訝けげんな顏をした。

『犬飼氏とは會ふは今が初めてだが深いえにしがある。』

と信乃は再び太い嘆息ためいきをして、

『再生の恩人に僞はるのは本意で無いから先づそれがしの身の上からつゝまずお話して萬事をお任せしよう。それがしは武州大塚のいさゝ由緖ゆゐしよある鄕士犬塚信乃と申すもの。』

 と素性來歷から此度亡父の遺志をはたしに滸我殿へ寶刀獻上に罷越したのが意外の齟齬そごを生じて間者かんじやの嫌疑を受け、重圍に陷って最後に犬飼見八と芳流閣上に組討して、引組んだまゝ三層樓そうらうの屋根から水際みぎはに繋いだ小舟の中にころがり落ちて悶絕もんぜつしたまでの槪略あらましを語つた。

『が、芳流閣の勇士が犬飼氏とは知らなかつたので、』

 と信乃は更に言葉を次ぎ、

『犬飼氏とは實は舊緣がござる…』

と見八の實父糠助との關係、糠助が臨終りんじゆう間際まぎはの遺言、靈玉と牡丹の花の形した黑痣とで繋がる過世すぐせの因緣を語つて、滸我こがへ參らば糠助から聞いた頬さきの黑痣を目あてに尋ね搜して實父との舊緣を吿げ、過世すぐせの因緣の兄弟の名乘合ひをもする心算であつたのが、互ひに顏を合はしながら必死の場合で直ぐ目に着く筈の顏の黑痣が氣が付かないで、兵器うちもの持つて互ひにしのぎを削つたのみならず、めて相討あひうちして同じ舟に死にでもする事か、自分ばかりが助かつて犬飼氏を殺しては糠助阿爺ぬかすけおぢの位牌に合はす顏が無い。救はれたのを怨むでは無いが、犬飼氏を死なして自分ばかりが生きてはゐられない。所詮武運に見離されたそれがし、亡父が護持ごぢしでそれがしに傳へた先君遺物せんくんかたみの寶刀を摺換すりかへられた不忠不孝は死んで言譯いひわけする外は無いから、せめては犬飼氏の佩料さしりやうで自刃するのが糠助阿爺ぬかすけおぢに對する申譯にもなると、見八の差副さしぞへ拔いてアワヤ腹へ突立てようとした。

『犬塚氏、早まり給ふな。』

 と聲を掛けつゝ見八はムツクと起上つて、

『實は最前から氣が付いて夢現ゆめうつゝのやうに聞いた犬塚氏の素性、それがしの實父との舊緣、未生以前からのしき因緣、誠に以て夢に夢見る心地。彼程の忠孝の武士とも又斯程かほどの深い因緣ある關係とも知らずに、君命とは云へ不淨の十手を揮つてたち向つたのは今更面目無い。犬塚氏の武勇がそれがしらの及ぶところで無かつたのが幸ひ、萬に一つ誤まつてそれがしの不淨の十手が犬塚氏に蚯蚓みゝずばれほどのきずでも負はしたなら、實父の舊恩を仇で返す犬侍いぬざむらひとなるところ。危うし、危うし……』

 と實父の糠助が受けた舊恩をねんごろに謝したのち交互かたみに靈玉と牡丹の形の黑痣とを示し合はして過世すぐせの奇しき因緣を感嘆した。

 信乃はた額藏の話をした。大塚の里なる莊官許しやうくわんがり小厮こものであるが素性は云々しか〴〵斯々かく〳〵と額藏の身のうへばなしをして、この男が「義」の文字ある靈玉を授かり身柱〚#入力者注「ぼんのくぼ」のこと]〛ちりけもとから肩へ掛けて牡丹の形した黑痣があると語つた。額藏と見八と信乃と三人痣を同じうして各〻靈玉を授かつてるは必ず過世すぐせの因緣があらう。且靈玉の文字が各〻八行の一字であつて見ると、異姓の兄弟は恐らく八人であらうと推斷した。

 文五兵衞は頻りに耳を傾けてゐたが、

『見八どの』

 と犬飼を呼掛けて、

わしとこの小文吾も其の八人のうちぢや有るめエか?』

 と、信乃に向つて小文吾も亦見八と似て喰初くひそめの小豆飯あづきめしの中から轉がり出した「悌」といふ字の現はれた玉を祕藏し、十五の時相撲を取つて尻餠突いた痕が牡丹の形した黑痣になつたといふはなしをした。

 信乃は愈〻奇遇を感嘆し、異姓の兄弟が四人となつたのを見八と歡び合つて、こゝで見八は「見」に玉偏をつけて現八と改めた。

 かゝる處へ小文吾はあし掻分かきわけ現はれて、

『壁に耳あり、蘆に敵あり。立聽たちぎきされ肴咎みとがめられたらどうする?』

 袱包ふろしきづつみをポンと投出し、

『實は最前、親仁どのを搜しに來てお二人さんのはなしを立聽きし、コンナ處で長咄ながばなしをするのは險呑けんのんと、急いで歸つて奉公人を祭りを見て來いとひまをやり、家をカラあきにして今着換きがへの用意をして引返して來たところ。幸ひ一人の泊り客の修驗者しゆげんじやは今夜は歸らぬと出掛けたから家中いへぢうはカラあきで、ドンナ相談でも大びらに出來る。客人、御挨拶はうちでする。急いて着物きものを換へて父さんと一緖に……さツ、父さん、お前は客人を案內してと足さきへ歸んなせエ。オイラは舟の處理しまつをして直ぐ跡から歸る。』

『では小文吾、足先さきへ行く。』

 と文五兵衞は二人を嚮導しるべして行く。そのあとで小文吾は、二人の脫殼ぬぎから〚#底本は、殼-殳〛を急いで風呂敷へ包んで引抱ひつかゝへ、小舟を中流へ押出して何處いづことも川下かはしもへ流れて行くを目送みおくりしつゝざ歸らうとすると、くらまぎれから現はれ出た一人ひとり曲者くせものが刀のこじりをムヅとつかんで引戾さうとした。無言で振りもぎると、直ぐまた帶際おびぎは引掴ひつつかんで引留める。こぶしを揮つてくらやみの默鬪だんまりを二三合したが、面倒臭いと當身あてみを吳れて曲者くせものがタヂ〳〵として引下ひきさがつたひま袱包ふろしきづゝみを急いで結び直して足早に逃げた。逃がすもんかと曲者が追駈けようとした爪先つまさきに、引掛つたのは小文吾が落して行つた麻衣で、周章あわてゝ拾つた曲者は莞爾につこと笑つてふふところ捻込ねじこみながらやみに紛れて何處いづこともなく。

 小文吾と山林房八

 古那屋の小文吾は此の土地切つての無雙の大力で、蝮蛇まむしのやうに嫌はれた力自腹ちからじまん破落戶ならずもの犬太いぬたを一拳で取拉とりひしいだのが評判となつて、犬太を殺した小文吾と渾名あだなされたのがイツしか「イヌタ小文吾」の通稱となつた。妹婿の山林房八ふさはち界隈かいわいならぶものが無い手取てとりの名人で、二人が土地相撲の兩大關であつた。ツイ此頃鐮倉の修驗者念玉ねんぎよく觀得くわんとくといふ兩人ふたり大先達だいせんだつの職を爭つて訴訟した結果が相撲で勝負を決する事となつて、念玉は小文吾を、觀得は房八をやとつて八幡やはたの社頭で相撲を取らしたところが、小文吾は見事に房八を投げて首尾よく念玉の勝利となり、大先達を贏得かちえて今だに古那屋の奧座敷に滯留してゐた。觀得も亦房八を引張廻して、それ以來二人の閒は兎角に面白く無かつた。

 信乃と現八とが舟から古那屋へ戾つた晚も、三人が三ツかなへになつて語り合ふ話なかばに小文吾と房八との子分こぶん神輿洗みこしあらひで喧嘩をオツぱじめたと小文吾を迎へに來た。其晚は文五兵衞が代つて丑滿頃うしみつごろまで話したが、あくる朝シラ〳〵けから信乃は俄に發熱し、創口きずぐちれ、ふし/〝\から全身の筋肉が堪へ難いまで痛み出した。テツキリ破傷風に違ひなかつたが、小文吾は前夜から歸つて來ないし、現八と文五兵衞とがひたひあつめて相談したが、邊土のこのあたりには良醫は無いし、落人おちうど人目ひとめを憚る身の上では良醫があつてもばれないので當惑した。

 文五兵衞はもと安房の神餘じんよ(肇揖卷一參照)の忠臣那古なこ七郞の實弟である。神餘が逆臣定包さだかねほろぼされ、七郞も亦義民ぎみん杣木そまき朴平ぼくへいに擊たれて君に殉じたので、當時部屋住へやずみの文五兵衞は亡命して行德で旅籠渡世はたごとせいを創め、那古をさかさまに古那屋と家名を附けたのである。この那古の家傳に七郞から口傳くでんされた破傷風の奇方きはうがある。若い男女の鮮血なまちを等分に合はして傷口きずぐちそゝぎ洗へば卽時に惞衝きんしやうが去つて平癒するといふので、文五兵衞は直ぐ胸にうかんだが、ためして見たくも金錢づくでは得られない。そのうちに武州志婆浦しばうらに破傷風の妙藥があつて、往來する人がためして奇效があつたのを現八は不斗ふと憶出した、志婆浦なら五里か六里、此頃の日永なら一日けで歸つて來られる。信乃には內々で買つて來ようと文五兵衞に看護を賴んでコツソり出掛けた。

 そのあとで文五兵衞は信乃の枕邊へ來て藥を買ひに現八が志婆浦へ行つた話をし、白粥をすヽめ風藥の振出ふりだしを服ませつゝ、晚には現八が妙藥を持つて歸るから決して心配したまふとマメ〳〵しく世話をしながら慰めた。かゝる折から走便はしりづかひが門口かどぐちから聲高こわだかに、古那屋の旦那、庄官屋敷から火急の御用と呼ばはつた。

 すね傷持きずもつ文五兵衞、庄官屋敷は鬼門きもんであるが去り氣ない顏を作つて聲を忍ばし、犬塚樣、庄官屋敷はここから半途はんみちチヨとと走りして來ます。追つつけ程なく小文吾も戾りませうから、ちと淋しからうが暫らくの御辛抱と、わざと元氣に口輕く言殘しつゝ出て行つた。

 神輿洗みこしあらひの捫着もんちやくの裁きに行つた小文吾は昨宵ゆうべ出たきり歸らなかつた。雙方穩便に無事に圓めて手を打つツモリて市川のわか者頭ものがしらの房八を呼びにやつたが來なかつたので、市川方の負傷者は手厚てあつ手當てあてをして若い者を附けて駕籠で市川へ送らせた。そんな騷ぎで夜をかし、今朝方けさがた再び使者つかひを出したが、ドコへか出掛けて出先でさきも解らず、歸りの時刻もハツキりしないといふので、到頭一日持ちぼうけ、なゝさがりに家路を指して歸ると跡から房八か追蒐けて來た。

和主わぬしくも片手打な裁判をしたナ、』

 と房八はノツケから喧嘩腰で、

『女房の兄におそれて引込んだと云はれちや、この房八の男が立たぬ。』

 の無いところへ柄をげて、喧嘩を賣りにツかゝつて來た。が、小文吾ば犬太をひしいだ以來、浦人うらびとには評判されたが親にはにがい顏をされて短氣を固く戒められてゐた。昨宵椚着ゆうべもんちやくの裁きに出掛けた時も、喧嘩を賣られても買つてはならぬときびしく言渡されでゐたから、理を非に曲げる房八の惡口雜言も胸をさすつて對手あひてにならなかつた。打たれても蹴られても、土足で肩を蹂躙ふみにじられても房八のたい三昧に自由になつてゐたから、賣つた喧嘩の買はれない手持無沙汰に房八は、

『犬田、これではマダ濟まぬぞ、今晚行くから寢刀ねたばを合はして待つてゐな。』

 と棄臺詞を殘しつゝ、喧嘩半ばに樹蔭こかげから現はれ心地よげに見物してゐた觀得坊と兩聲もろごゑ合はして冷笑あざわらひつつ連れ立つた。

 小文吾は無念を堪へて二人の後影うしかげ目送みおくりつゝやがて塵打拂ひて暫らく行くと、藁塚の蔭から組子が七八人、御用々々とひしめいた。何事ぞと飽氣あつけに取られてゐると、莊官干鞆檀內ちともだんないを先立たした一人の武士、滸我殿こがどの御內みうち新織帆太夫にゐおりほだいふと名乘つて滸我御所を騷がした信乃、現八の捕方とりかたに向つた由を吿げ、昨夜來古那屋に怪しの武士兩名宿泊するおもむき內報あり、今朝文五兵衞を召出し取調べのところ答辨甚だ胡亂うろんであるによつて古邪屋を家搜やさかしに參る途中、其方を看知るものがあつたのて呼留めた次第とおごそかかに糺問した。見ると文五兵衞はひし〳〵いましめられて組子に牽立ひきたてられてるので小文吾は胸つふれ、親共は御覽の通りの老人、一向何事もわきまへませぬからシドロモドロの申立をしたでござらうが、手前共は竪いのを看板にして胡亂うろんの客なとは一切めませぬ、但し旅籠はたご渡世のものが一々泊客とまりきやく身許調みもとしらべを致しましたら客商賣は出來ませぬ、手前は昨晚から町へ參つてをりましたからドンナ客が泊りましたかは存じませぬが、これから戾つて萬一怪しい曲者くせものとまつてをりましたらかみのお手數を掛けるまでもなく引括ひつくゝつてお渡し致しませう……が、唯今承はるところでは曲者は萬夫無當の勇士の由、滸我御所こがごしよを騷がして御所とうとからぬ千葉殿の御支配の當地に泊り込むといふは容易ならぬ豪膽者にて、正面から向へば怪我人を出すのみならず取逃がさないとも限りませんから、愈〻曲者ときまつたらだまくらかして寢首ねくびを掻くが一番と存じます。下拙てまへも草相くさくずまふの一つも取るもの、眞劍で立合ったら及びませんでも、寢首くらゐなら取つて御覽に入れる……とコロリと一杯はせて、信乃しのくびと文五兵衞とを釣換つりかへにする約束をして別れた。

 が、小文吾は成算があるのではない。一寸のがれの出鱈でたら目をならべて、おや文五兵衞を心配しなからもたとこ勝負でうにかならうと思つて歸つて見ると、信乃は病苦に呻吟してゐて現八は藥を買ひに行つたと聞いてむねいた。肝腎かんじんの相談對手あひての現八は容易に歸りさうもなし、ういふ時の片腕かたうでとも思ふ房八とは妙なイキサツから仲違なかたがひになつてるし、親は人質に取られてるし、千人りきの小文吾も腕をこまぬいて途方に暮れてしまつた。

 かゝる處へ房八の母の妙眞は嫁のお沼藺ぬゐと兒供の大八を駕籠で送つて來た。

兄御あにご、文五兵衞どのはドコへ行きやつた。親御が不在るすでは便無びんないが、兄御、沼藺ぬゐを去つたから親御の代りに請取つて下んせ。』と、妙眞はじ沼ゆつ無げに眼を伏せて、

『罪も無い嫁を去るのは鬼よりひどしうとめと思はツしやらうが、去ぬる日の相撲すまふ以來このかた、房八は矢鱈と肝癪起して誰彼れの見界みさかひなく當り散らすその腹立はらだちが、マダえないところへ昨宵ゆうべの椚着、兄御の裁判さばきが惡いといふのぢや無からうが、房八の蟲のゐどころがうないので益〻立腹、女房去つて白い黑いを分けると何と云つてもかず。何でもかんでも今晚中に古那屋へ送り返せといふ難題、子まてした仲を兄御あにごとの確執でいりで去るといふは理不盡のやうぢやが、口外したからにや跡へは引かぬのが房八の一徹の氣性。忰の橫車よこぐるまを押通させるぢやないが、また取濟とりなす機會も有らうから、暫らく沼藺を預かつて下んせ。』

『氣の毒だがおふくろさん、』と小文吾はにべもなく、

『生憎親仁おやぢが留守で、あつしの一了簡ぢや取計らへませんや。今夜は連れて戾つてまた今度、親仁のる時連れてごんせ。』と愛想氣あいそげもなく拒斥つつぱねた。

『そりや道理もつともぢやけれど』と妙眞はヤンワリと、

『親御が留守を附け込むぢや無いが、下世話にも親が無いときア兄が親と申すぢやござらんかい。親御が留守なりや兄御が代理で取計らへないこたア無い。』

『外のツたア違ふ。親仁の留守では引取れない。今夜は溫和おとなしく連れて歸つて貫ひませう。』

『兄御、そりやあま聞分きゝわけが無い。若い女子をなご頑是ぐあんぜないをこの夜更よふけに市川まで連れて戾られうかい。』

『そんなら去狀さりじやうを貰はうワイ。』

『去狀を?、オホヽヽツ!』と妙眞は打笑みて、

『去狀を用意しなくてうしよう。』

 と云ひつゝ帶の閒から取出した一片ひとひらの紙を、小文吾請取つて開いて見ると、は如何に、離緣狀とは思ひの外なる信乃の姿繪すがたゑであつた。

 小文吾は思はずギヨツとして顏色變かほいろかへたを見て取る妙眞、この姿繪の本人を隱匿かくまふものは一家一族皆同罪と市川邊までも觸れを廻して嚴しい穿議せんぎ女房を去つた房八も萬更理不盡でもござんすまいと窮所に針を打つたので、有繋さすがの小文吾も暫らくもくごもつて沈吟しあんした。

ウ解つた』と小文吾はわざと大きく合點うなづいて、

『房八が心體漸しんていやうやつと合點がてんか參つた。勘辨出來ないところだが、こゝは一番おふくろさんの顏を立てゝ今晚だけは沼藺ぬゐ兒供こどもも預かつて進ぜよう。が、萬事は親仁おやぢが戾つてからだぞエ。』

『それでマア我が身の役目も濟んだ』と妙眞もほついきついて、

で突いたほどの罪も無い嫁を去るといふも過世すぐせの約束。去られるものよりも、去るものの辛さを少しはんて下んせ。』

 と、暇乞いとまごひさへソコ〳〵に樞戶明くゞりどけてトツカワと。

 跡にはお沼藺、飽きも飽かれもせぬ夫婦中ふうふなかをヒヨンな事から去られた悲しさにせぐる淚を抑へ〳〵ても留まらばこそ、膝に抱かれて餘念なく眠る兒供を抱上げて、父さんの戾つてござるまで納戶なんどで寢かして貫ひませうと、案內知つた奧座敷へ行かうとすると小文吾は周章あわてゝつて立塞がつた。

『今夜は庚申待、奧では齋戒ものいみ足踏あしぶみしてはならんぞ』と、小文吾は聲あららげて叱りつけた。

『兄さんの平生いつに無い氣疎けうとい叱りやう。』とお沼藺は怪訝けげんな顏をして、

齋戒ものいみなとと巧い事を云つて、ドコかのうつくしいほとけさまでも連れて來たのぢやこざんせぬかい。』

 と戲れ交りに怨ずると、小文吾かついかつて、尾陋な推量をする飛んでも無いやつだ、うちへは置けぬ、出て行け、出て行けと、母子諸侶もろともわしづかみにして追出さうとした途端、戶外おもて容子ようすを窺ふ房八、つつと飛込んで、ヤイ小文吾、女房を去つたからは兄でも無い弟でも如い、赤の他人となつて白い黑いを分けに來た。和主おぬしの妹の衣類諸道具、明日あす返さうと思つたが、和主おぬしの欲しがる大切だいじのものだけ今持つて來た。さア請取れと投出したのは若い女の色衣いろぎぬならで、思ひの外なる血染ちぞめの麻衣。

『扨ては昨宵よんべ曲者くせものは?われか?』

『房八の眼は闇でも光る。見咎められたが和玉おぬしの因果で、小脇こわきに抱へたふろしきの中から落ちた麻衣を、拾はれたのが百年目と、さツ、往生して此の麻衣のぬしを出せ!』

われア感違ひをしてるナ。われが睨んでるやうな怪しいものは古那屋の家にはゐないワイ。』

『白ばツくれて吠面和主おぬしや滸我の役人に何と云つた。庄官屋敷にめられてる親爺おやぢの繩目をとかしたきや、滸我から追はれた無宿犬やどなしいぬちつとも早く引渡せ。たつて四の五のかすなら奧へ踏込み、無宿犬の首根くびねを押へて吳れるぞ。』

 と房八は踏込まうとして起ちけた。

われら何をする、無禮者ぶれいもの。』

 と小文吾は脇差掴んで納戶の口に立塞がつた。

 沼藺ぬゐは、をつとと兄との閒に挾まつてハラ〳〵した。昨日きのふ今日けふから俄の葛藤いきさつ、親文五兵衞がドコへか行つて戾つて來ない理由わけ朧氣おばろげながら解つて、オロ〳〵聲でをつとに縋り兄をなだめても、血氣にはやる二人の水火と激する爭ひは、泣いても口說くどいても、仲裁とりさへやうが無かつた。其そのうちに房八が邪魔ひろぐあせつてはたと蹴る爪尖つまさきが誤まつてお沼藺の抱いた子の脇腹を蹴つけるとウンとも云はず息が絕えたので、お沼藺はアツと聲もえあげず、子供を抱いて周章あわてゝ退くと、房八は躍蒐をどりかゝつて小文吾目掛けで丁と擊つた。しつたりと小文吾はヒラリとかはして、プツリと指の紙索こよりを切つて、丁々發矢と切結んだ。

 をつと大事だいじ、兄も大事と、お沼藺氣絕した子をオツポリ出してころがるやうに白刃しらはの中へ飛び入つた。

『危ない!』

『側杖喰ふ!』

 と二人は聲を掛けてもお沼藺はもう一生懸命、半狂亂で房八の袂に縋りつけば、房八は眼をいからしお沼藺を蹴倒し躍り込まうとした時、お沼藺は倒されながら房八の足にシッカと噛りついたので、えいッとをめいて眞向まつかうから振下ふりおろした房八のこぶしは狂ってお沼藺の乳の下を切尖きつさき深く切込んだ。アツと思はず躊躇たぢろいだに小文吾の銳どい大刀風たちかぜは電光石火、躍をどりかゝつて房八の肩先かたさきをバラリズンと切りげた。有繋さすがの房八尻居しりゐどうと倒れたのを再び振りかぶつて眞向から擊下うちおろさうとしたやいばの下、

『待て、犬田、暫く待て。』

 と房八は忙しく留めて左の手を突きかうべを上げ、

『云ふ事がある、暫らく待て。』

 深痍ふかで苦痛くるしみに喘ぎ〳〵血汐の湧出る肩先を片手で押へて、

『犬田、こゝを縛つてくれ。』

 小文吾は不思議に思つたが、仔細が有らうと、いふまゝに單衣ひとへの片袖をちぎつてシツカと肩先の創口きずぐちを結んでやると、

『兄貴、勘辨してくれ。』

 と房八は苦痛を忍び〳〵力無げに手を下げて、

栞崎しをりざき和主おぬし足蹴あしげにしたのは、喧嘩を賣つて和主に刀を拔かせようとしたので、本心からでは無い。藪から棒に話したのでは合點が行くまいが、實は和主おぬしの刀の錆となつて死ぬのがかねての念願で、喧嘩を賣つて和主につて貰はうと心にも無い惡體雜言ざふごんをしても、辛抱强い和主おぬしがトンと對手になつて吳れないのを本意なく思つでゐたが、やつと今念願ねんぐわんが屆いて和玉おぬしに斫られて死ぬのは本望。死出の旅路たびぢの別れ際に、今までの確執いきさつは水に流して安心して目をつふらして吳れ。和主おぬしは知るまいが、實は和主の家とはういふ混錯いりくんだ關係があるんだ。』

 と、先年房八の父が物故した臨終りんじふの枕邊に房八母子おやこを呼んで打明けた一伍一什いちぶしじふを話した。

 房八の父といふは、もとは安房の神餘の領民で、逆臣山下定包の詭計に欺かれて誤まつて主君神餘光弘を弑した杣木朴平(肇揖卷一參照)であつた。義民とは云へ弑逆しひぎやくの大罪を犯したのだから、定包の筋書通り其場を去らせず捕へられて刑せられたのて、朴平の子は國をのがれて市川に漂泊さすらひ、里人さとびとあはれまれて、犬江屋(山林の屋號)に奉公し、先代の氣に入つて婿養子となり、家附娘の戶山(卽ち妙眞)との閒に生れたのが房八であつた。然るに房八が長じて行德の古那屋と緣組して暫らく經ってから、古那屋の文五兵衞も亦神餘じんよの舊臣で、主君の遭難のとき刺客と鬪つて朴平の刀に掛つた那古七郞の實弟である事がわかつた。これがもし早くわかつてゐたら文五兵衞も娘を嫁に吳れなかつたらうが、今更仇同志かたきどうしと解つたからつて子までした夫婦仲がかれるものではないと、房八の父は始終この問題になやまされてゐたので、愈〻の臨終りんじふきはに此の關係を妻子に打明け、機會があつたら古那屋のために一命を投げ出し、祖父の朴平が忠義の那古七郞を刀に掛けた罪亡ばしをしろと房八に遺言ゆゐごんした。それ以來房八はとく罪の機會を待つてゐたので、八幡の相撲すまふに負けたのを房八が恨んでるといふは世閒の有らぬ噂で、房八は初めから負けるが望み、わざちからも劣つてはゐるが怪我けがにも勝つては濟まぬと思ひ、念願通りに土俵から投飛なげとばされたのを喜んでゐた。

 ところが昨宵ゆうべ神輿みこし洗ひを見物旁〻古那屋を尋ねようとして入江橋を通りかゝつた時、不斗文五兵衞が蘆分あしわけふねの中で怪しい風躰ふうてい二人ふたりの若い武士とヒソ〳〵語るを蘆閒に隱れて洩れ聽いて、靈玉と牡丹の形する黑痣とで繋がれる過世すぐせしき因緣いんねんや、犬飼犬塚二犬士の忠魂義膽に感激した。が、滸我と親しい千葉の領內では滸我の追手のかゝるは必定、旅籠はたご渡世の古那屋では出入が繁くて感づかれる。何卒どうかして二人ふたりを他領に落して古那屋の嶽父おぢの義侠をも全うし迷惑も掛らないやうに左樣右樣とさまかうさま苦慮するうちに、二人は嶽父おぢに伴はれて一と足先きに出掛けたあとから和主おぬしは船を流して血つきの脫棄ぬぎすてをかゝへて行きかけたので、自分の心も打明けて相談しようと引留めたのが齟齬くひちがつて宵闇よいやみ暗鬪だんまりとなり、和主おぬしが落した血つきの着きものを餘人に拾はれたら一大事と拾つて歸つたその晚にもう繪姿が廻つてゐて、その翌る朝は嶽おぢが召捕られたといて喫びっくりした。

 う迅速に手が廻つたのでは嚴しい穿議せんぎのがれるのは容易でないと、昨宵ゆうべ一と晚考へたすゑ、不斗憶出したのは黃昏時たそがれどきの薄明りに垣閒見かいまみた信乃の面差おもざしが他人の空似そらにで自分と瓜二つなので、信乃の身代りに死んで追手の眼をくらまし警戒の手をゆるめようと決心した。その翌日栞崎しをりざき邂逅であつたのを幸ひ、うと打明けたら義を重んずる和主がとても承知しさうも無いから、わざと惡口雜言して足蹴あしげにまでしたが、それでも和主おぬしが手出しをしないので、仕方が無しに立別れ、觀得坊が酒を飮まうと誘つたのをあしさきへやつて引返すと、和主は追手に圍まれてるので、稻叢いなむらの蔭へかくれて容子ようすを覗つてると、愈〻今宵こよひに迫つた大事。折角の心盡しも今宵を過ごせば水の泡と、豫て覺悟を承知の阿母おふくろの妙眞と打合はし、和主の勘忍袋の緖を切らさせようとたくんで、薮から棒にお沼藺ぬゐ阿母おふくろに送らせて無理難題の言掛いひがかりをつけて緣を切り、途中で拾つた信乃の姿繪を去り狀代りに叩きつけて和主を思ふ存分に煽立あふりたてた。阿母は納得なつとくづくて心を鬼にしたのだが、不便ふびんなはお沼藺である。夫大事をつとだいじ姑大事しうとだいじと貞節を盡して何咎なにとがも無いのに寢耳ねみゝに水で實家さとへ返され、兄とをつとの刃の下をくゞて身を楯にして非業にたふれたのはいぢらしいともむごたらしいとも言ひやうの無い薄命。剩つさへ可憐いたいけの大八までも非業に死なしたといふは、矢張祖父朴平のつくつた罪の報ひであらう……と、房八は深痍ふかでの苦痛を忍び〳〵逐一を物語つて、

『さういふわけで、和主の嶽父の無念を晴らし、せめてもの申譯はこの房八の首を切つて犬塚氏のと言拵いひこしらへて滸我こが追手おつてに渡し、今宵に迫る和主の難儀を助けたかつたのだ。忠勇無二の犬塚氏の身代りとなるは、死花しにばな咲く身の果報……さツ、兄貴、時刻は移る。』と起直つて小文吾の介錯をうながした。

 小文吾は聽く事每に感激して、たぐまれなる房八の義心に溢ふるゝ淚をとゞめあへず、

『然ういふ心とは知らなかつた。房八、何にも云はない、われ芳志こゝろざしは忝なく受けるぞ。』と淚に聲を曇らしつゝ

『お沼ぬゐが非ひごうたふれたのは不便だつたが、これも亦決して犬死にはならない。』

 と、信乃が重い破傷風に罹つた事、那古が家傳に若い男女の鮮血を合はして創口きずぐちを洗ふといふ破傷風の奇方があるが、金で調とゝのへられない藥であるに當惑してゐた事を話し、

『折角汝が身代りとなつても、當の犬塚氏の病氣が重つたら、われ芳志こゝろざしも無になるところだつたが、お沼藺の血汐が役に立つなら此上の幸福は無い。』

 といふのを聽いて房八は破顏し、マダ溫味ぬくみえないうちに急ぎ二人の鮮血を取つてくれと賴んだ。

 小文吾四邊あたりを見廻すと、泊り客の念玉坊が最前濱から買つて來た法螺貝が置忘れてあつたのを幸ひ、小文吾はマダ息のあるお沼藺を抱起すと共に創口へ貝を當てると、途端にサツとほとばしつたのを受け留め、房八の血をも合はして信乃の病間びやうまへ持つて行かうとした。最前からの太刀音に眼をました信乃は襖の外までゐざり來て、房八の長物語を立聽きして病苦を餘所よそに感激して淚に咽んでゐたが、病苦に弱つて再び臥ふしどへ戾る力も無く居縮ゐすくまつてるところを、かくとも知らぬ小文吾は、カラリと明けて氣のくまゝに信乃がゐるとも知らずに躓いた。あつといふ閒に法螺貝を落して血汐をザシプリ信乃の全身に帶びせると、アツと叫んで信乃は俯反のけぞりかへつて悶絕してしまつた。小文吾あわてゝやせんくやせんと、今少し前から房八夫婦へ別れに來てゐた戶山の妙眞と共に介抱するうちに、血汐が單衣を透して全身の創口きずぐちそゝいだ奇特が現れて、信乃は忽ち息を吹返して細き眼をあき、夢の醒めたやうにほついきくと共に面色冴え〳〵とし、見る閒に創口は癒え、熱氣は去つて氣も輕々と心地すが〳〵とし、元氣卻て日頃に數倍した。小文吾も妙眞も目前の奇特に呆れ、呼吸次第に細りゆく房八も歡喜に輝いて微笑した。

 戾八の最後  遺子犬江親兵衞

 かゝる折からおくに人の氣合や物の音が聞えたのて、不斗ふと氣付いたは念玉坊である。素性得知れぬ修驗者がこの場のようす子を知つて、もし拔出して滸我方へ密吿でもしたら一大事と、小文吾刀を引提ひつさげでおく指して行かうとすると、障子の彼方から聲掛けつゝ颯と開いて現れたは、墨染の法衣ころも錫杖しやくぢやう網代笠あじろがさ頭陀袋づだぶくろ行脚扮裝あんぎやいでたちの念玉坊と、麻衣野袴に朱鞘の大小の旅侍たびさむらいの觀得坊とであつた。人々驚き呆れるを尻目に掛けつつ上座に着き、愚僧はもと里見の家臣金碗大輔孝德かなまりだいすけたかのり、法體の名はヽ大ちゆだい、それなるは同しく甲見の臣蜑崎あまざき十一郞照文と名乘つて扨て曰く、愚僧は故あつて出家したが、甲見家に由緖ゆいしよある仁義八行の文字の現れたる八くわの靈玉が仔細あつて散逸したを搜し求めるため六十餘州を廻國すること二十年であつた。この頃鐮倉にて竹馬の友なる蜑崎十一郞氏が主命によつて賢良の勇士を召抱へるため關東諸國を遊歷するに邂逅であひ、不斗行德に犬田小文吾なる勇士あつて臀部ゐしきに牡丹の黑痣あるを聽き、いさゝか思當る事があつて蜑崎氏と申合はせ、愚僧は念玉坊、蜑崎氏は觀得坊と修驗者に姿を變へ、大先達の訴訟に事托ことよせて犬田山林兩人に相撲を取らせたのば兩人の膂力ちからを試さんばかりでなく、一つは犬田の黑痣を見んためであつた。犬田の怪力が聞きしにまさるは勿論、山林の力量早業も非凡なるを見屆け、迚もの事に人物素行をも見究めたく思ひ、名を見物に借りて逗留してをつた。然るに昨夜更けて戾ると、表口おもてぐちざされてゐたので脊戶せどへ廻ると奧の間から人聲が洩れるので、竊かに戶の隙から覗いて耳引立てると、當家の老主人と犬田、犬飼、犬塚三人が額をあつめての物語、靈玉と黑痣とで繋がるしき因緣、武州大塚の里にも又一人犬川莊助といふ義兄弟がゐるといふ咄。二十年來搜しあぐんでゐた八顆の靈玉のうちの四顆を一時に搜し當てた歡喜、餓鬼が地藏の寶珠を見るに勝つた心地した。早速蜑崎氏の旅宿を尋ねてこの奇遇を話し、萬事を牒し合はして今晚再び戾つたところが降つて湧いたやうな意外な珍事。山林夫婦の義侠貞順には世棄人よすてびとの行脚の僧も感激して袖をうるほした。この上は犬田山林兩家と緣ある身の上を明かし、たぐひ稀れなる義烈忠魂を弔ふ導師ともならうと、修驗者の衣を脫いで行脚僧にかへつて蜑崎氏と共に各〻方に對面する次第と、それから里見家の事、伏姬の事、八房の事、役行者えんのぎやうぢやから授かつた珠數の事、伏姬自刃の時に八顆の數へ玉虛空こくうに散亂したことを逐一物語つて、牡丹の黑痣は八房の八處やところの黑斑の擬似であつて、この念珠の玉とこの牡丹の黑痣を持つものは、取りも直さず他人の胎內を借りて再生した伏姬君の御子おんこであつて、生れぬ以前から里見家に結ばれてゐるといふ話をした。更にまた房八の祖父杣木そまき朴平はもと金碗かなまリの家の子で、ヽ大ちゆだいの父の金碗八郞から拳法武術を敎へられたのが仇となって主を弑し、また文五兵衞の兄なる忠臣那古七郞を害する不思議な罪を作つた事まて、因果を說いて聞かしたので、無明の夢のめたる心地し、取分け妙眞房八の母子は、ヽ大を伏拜みて感淚にむせんだ。

 その時、ヽ大は妙眞の傍に轉がる大八の遺骸を見て、

『ハテナ、悶絕してからモウ大分時が經つが血色が變らない、生きてゐるやうだ。』

 と云ひつゝ抱上げで脉を取ると、俄にワツと聲を上げた。あまつさへ生れて以來固く握緊めてひらかなかつた左のこぷしをワツと叫んだ聲と一緖にけたのを見ると、信乃や小文吾が持つのと同じ「仁」といふ字の現はれた玉を握つてゐた。加之のみならず、父房八に蹴られた脇腹の痕が牡丹の花の形した黑痣となつてゐた。正しく犬八は幼ないながらも里見の犬士の一人である事が明白になつたので、滿座はこの不思議な奇特に歡暮し 取別けて妙眞は歡びあまる淚を拭うて小文吾諸侶もろとも、はや臨終にの近いお沼藺の耳の端近く、お沼藺よ、大八は蘇生よみがへつたぞ、そちが氣にしてゐた左の拳も開いた。「仁」といふ字の靈玉を握つてゐたので、牡丹の黑痣の奇瑞も現はれ、里見の犬士の一人であることが解つた、い子を產んだぞ、そち手柄てがらぞと聲高く呼ばはつた。お沼藺は細い眼を開いて嬉しげに大八を見つゝ、莞爾につこと笑つたかと思ふとガツクリ息を引取つてしまつた。

 小文吾は端なくも兒供の時に小耳に入れた昔咄を憶出して話した。小文吾がマダ物心ものごゝろもハツキリ覺えない頃だつたさうだ、入江がはに夜な〳〵怪しい光をはなつ個處があるので、日頃から釣漁すなどり好きの父文五兵衞は或る晚光り物のする場所へバツサリ網を打つたところか何度打つても獲物が無いので、翌日佛曉失望して歸つて網を干さうとすると小さな玉がコロ〳〵と轉がり出した。丁度|二才ふたつになるお沼藺がチヨロ〳〵と這出して來たかと思ふと、その玉を口へ入れてしまつた。周章あわてゝ指を突込んで吐出させようとしたが咽喉へもつかへずに嚥下のみくだしてしまつたらしかつた。その後は光物もなく、お沼藺も何のさはりも無かつたが、大八が左の拳に握つて生れたのは多分この玉であらうと話した。

 妙眞は又、大八といふは本名ではないので、生れ落ちてから左の拳を振つたまゝ開かなかつたのて、片輪車といふ謎から誰云ふとなく呼馴らした渾名あだなであると云つた。かういふ因果な子が生れたといふのも祖父朴平が領主を弑し、忠臣を害し、故主にまでも迷惑を掛けた過世すぐせ業報ごふはううらんでゐたのが思ひきや家を興すの宿緣ある靈玉を握つてゐやうとは誠に思ひがけない微妙いみじき果報、大八の實名は眞平であつて、山林といふも房八の父が本姓の杣木の杣の木偏を取つて下字に移したかりの名で、養家の本姓は犬江であるからと云つて、ヽ大ちゆだい法師を名附親なづけおやとして大八を改めて犬江親兵衞まさしと命名した。

 その時觀得坊の蜑崎照文は、瀕死の苦痛をこらへ〳〵最前からの我が子の奇瑞を感嘆してゐた强氣の山林房八に向ひ、犬士に非されども義勇おさ〳〵犬士に劣らざる汝を里見の家臣に取立つべしと豫て用意の召狀を出して房八に戴かせ、汝不幸にして非業ひごふに終るとも死を以て犬塚を救ふは取りも直さず我が君公への忠勤の一端である、且一子親兵衞汝の後をけて君臣二世の因緣深し、身後の榮え安心して瞑目せよとねんごろに慰めた。房八は莞爾につことして、身は賤しき舟長ふなをさの子と生れても武家にされて死するは一期の面目、剩つさへ祖父朴平の主筋なる金碗かなまり氏の出なる尊い聖の化導を受けるは冥加至極、この上は最早思殘すことは無い、阿舅あにき、介錯賴むと、目をつふつて合掌して首を伸べた。所詮刻々に細りゆく末期の苦痛をイツまでも忍ばせるは武士のなさけでは無いと、小文吾はヤヲラ身を起して房八の背後うしろに立ち、はふり落つる淚を拂いつゝ屹と身構へして秋水一揮、無殘や一代の豪侠兒、脆くも身首を異にして空骸むくろは摚と橫さまに倒れた。

 かゝるところへ現八は志婆浦から歸つて來た。暫らくは戶外おもてに容子を覗つて義人貞婦の斷末魔に時雨しぐれの袂を絞つてゐたが、折から緣の下から這出す曲者くせもの三人、贋首にせくび魂膽こんたん莊官許しやうくわんがりへ注進に駈出したのを現八は取つて押へて叩きつけ、あたまの腦天を滅茶々々にぐうもなく叩き伏せた。志婆浦の藥賣は鐮倉へ引越して無駄足になつたが、それにもした奇方の奇特で信乃の難症が卽座に癒えたを交互かたみに喜びつゝも今更に惜まれる房八夫婦の義勇節義を感嘆して止まなかつた。が、勇士は亡びてもその血をけた遺子わすれがたみの犬江親兵衞が乳房に縋る幼子をさなごではあるが、同じ義兄弟の一人であるを聞いて父にもまさる行末を賴もしく思つた。

 兎角するほどに早や東明しのゝめ近く、新織帆太夫に約束した刻限が迫つたので、かれこれ時を遲らして討手を向けられては面倒と、小文吾は房八の首級しるしを信乃の血着ちつきの兩袖に包んで右手に掻込んで、信乃現八らにあと處理しまつを賴んで庄官屋敷へと出掛けて行つた。

 惡漢は天罰を受け親兵衞は神隱しとなる

 斯くて犬塚犬飼の兩義士は三個みたり惡棍わるものの死骸を脊戶の河原へ持出し、おもりの石をつけて水底深く沈めてから房八夫婦の遺骸むくろ兩個ふたつ葛篭つゞらをさめて旅荷物の如く拵へ、入江橋の畔から古那屋の舟へ載せ、ヽ大ちゆだい一人ひとり殘して一同附添ひ、簑笠みのかさを着た照文が櫓櫂ろかいあやつつて漕出した。

 幸ひ空がマダ明けきれない上に朝靄あさもやが深く立罩たてこめて、滸我の遠見とほみの眼にも留らず、船路安けくさはることもなく海上を走つて市川なる犬江屋いぬえやの門邊へと着いた。

 丁度折よく篙工かこらは昨宵ゆうぺから遠く舟を出して、耳の遠い飯炊婆めしたきばゝが一人で留守してゐるぎりなので、犬塚犬飼等は心きなく、二個ふたつ葛篭つゞらを奧へ運んで、持佛堂ぢぶつだうの傍へ据ゑ、その日は一同香花を手向たむけて看經して暮した。

 夕方小文吾は、ヽ大ちゆだいと連れ立つて來た。房八の贋首にせくびで首尾よく新織帆大夫を欺瞞たばかつて、おや文五兵衞を引取つて來た顛末を語つた。父には家へ歸つてから、その日に起つた悲喜哀歡の一伍一什を掻摘んで話して、今宵の埋葬に間に合ふやうにと、導師と賴むヽ大ちゆだい法師のともをして來たと云つた。遠出した篙工かこらが幸ひにマダ歸つて來ないので誰憚るもの無くねんごろに念佛回向ゑかうして後、初夜過ぐる頃小文吾と現八とは各〻葛籠つゞらを脊負ひ、照文は忍張燈しのびちやうちんも下げてさきへ進み、ヽ大ちゆだいは導師としてそのあとき、信乃は熟うまいする大八を橫抱きにして喪主として殿しんがりをし、脊戶口から出て幾程も無い犬江屋の菩提所ぼだいしよの墓地へ着いた。小文吾と現八とは豫て用意した鋤鍬で先代眞兵衞の墓の鄰りを七八尺掘つて二人の葛籠を埋め、ヽ大法師の引導で忍びやかなる葬儀を濟ました。

 斯くて一同は再び犬江屋へ引返してひと過世すぐせの憶出をしめやかに語つた。が、房八の義侠で一時の難儀は免れても、滸我はこゝから遠くはないから、夫婦の失踪が近所鄰りの問題となつて萬一聞えては一大事と、みちこの土地を退くにしても近所の手前をつくろふために房八は所要があつて鐮倉へ、お沼藺ぬゐは仔細あつて暫らく實家さとへ預けた事に話口はなしぐちを合はせるやうにしめし合はした。それに就けても多勢大江屋にイツまでも顏を揃へてるのは、近所の疑ひを增すやうなものだから今夜のうちに大塚犬飼は大塚へ發足し、犬田も二人ふたりを送り旁〻未見の義兄弟の額藏に會ふため同行することに決定した。

 其時照文は豫て用意の五包の砂金を出して、先づ三包を扇子へ載せて犬塚犬飼犬田の三士に薦めた。こゝに封入したは僅かに三十金であるが、君公からのお召に路銀の一部として賜ふものであるからげて受納されよと云つた。一應は辭退したが、ヽ大ちゆだいも傍から口を添へるので只管君恩の厚きを押して難有く受納めた。照文はた一包を扇子へ載せて妙眞を招き、これなるは山〚#底本は小林と誤記〛林房八の香花料として君公より親兵衞に賜ふものであると薦めた。餘りに冥加に過ぎて恐懼すると只管ひたすら辭退したが、ヽ大をはじめ犬士の口添で妙眞は數度あまたたび押戴おしいたゞいて拜受した。照文は更に殘りの一包を三士に薦め、これなるは額藏事犬川莊助に給ふの賜金、各〻方に事托ことづけるによつで犬川氏に渡されよと、額藏はこの席に居合はさぬし各自の恩賜を分與するからと固く辭するをヽ大ちゆだいの口添にて强て取らした。

 彼是れするうち、東の空が徐々そろ〳〵白んで來た。三士は暇乞ひもソコ〳〵にヽ大照文らに送られつゝ門邊かどぺから直ぐ舟で出發した。照文は犬士に邂逅めぐりあつた初めから、一人でも二人でも、一日も早く安房へ伴つて君の見參に入れたかつたのだが、君臣の約束は結んでも一人先んじて君寵をわたくしするに忍びないからといふが、三士の異口同音の辭退で、これも亦道理であるからその意にまかし、せめては親兵衞一人でも召伴めしつれて君の御感に入らうと妙眞を說得して、跡に殘つて初七日の日を待つてゐた。ヽ大は又新佛にひぼとけを控へて初七日の回向もしないで旅立つては法師の役目が濟まないと、照文諸共もろとも犬江屋に逗留してゐた。どの道、小文吾が歸つてからで、犬塚犬飼兩士はく小文吾は啻だ額藏に會ひに行つたのだがら、遲くも三四泊で歸つて來る筈と頚を長くして待つてゐたが、三四泊は措いて七日を過ぎても歸らなかつた。必定何事てつきりなにごとか不測な異變があつたに違ひない、宜しくこゝで物を思はんよりは彼かしこへ赴いて小文吾をて歸らんと、初七忌の翌る朝、ヽ大ちゆだいは大塚へ發足した。

 然るに翌る日は小文吾をて歸らんと云つたヽ大ちゆだいも二日經つても三日經つても影を見せなかつた。待草臥まちくたびれた照文は、犬江屋の奧座敷に頚を長くしてばかりはゐられなかつた。事によつたら行德へ歸つてゐるのかも解らんが、若し法師だも猶ほ歸らないなら尋常なみ〳〵ならぬ異變があるに相違ないから、文五兵衞とも相談して容子を探りに大塚へ行かねばならない。昨宵ゆうぺあたりは二人ふたりのうちのドチラか一人ひとり歸つてゐさうなものと、照文は妙眞と打合はして古那屋へ出掛けた。

 跡には一人ひとり妙眞が取殘されて、淋しさに房八夫婦の在りし日を憶出しつゝしめやかに念佛唱名してゐる最中さいちう門口かどぐちから濁聲だみごゑ高く、

阿母おふくろ在宿うちにゐる?』

 と呼ばはつて遠慮氣もなくノコ〳〵と這入つて來たのは、眼圓まなこつぶらに鼻大きく、色赤黑く胡麻鬚汚ごまひげむさくくろしい五十近くの憎躰男こくていをとこ暴風あかしま舵九郞かぢくらうとて近所に聞えた名代なだいわる。柱にもたれて高胡床たかあぐら手近てぢか團扇うちはをわが物顏に取上げで胸毛の黑いえリをはだけてバタ〳〵煽ぎ、

あにいは留守か、媳御よめごはドウした?』

『房八は用事があつて鐮倉へ、嫁は暫らく實家さとへ歸したからゐないよ。』

 と妙眞は善くないやつが來たと迷惑さうな顏をして、

『お前は何か用があるのかい?』

『何にも用はエが、無沙汰をしたから久しぶりで和主の顏を拜みに來た。』

 と舵九郞はニヤ〳〵しながら妙眞の顏を見て、

『和主は人魚でも喰つたか、イツ見ても瑞々みづ〳〵しい。女孀をんなやもめに花が咲くツてが、一日增しに若くなる。うタツプリしてゐちやア床淋とこさみしいのは無理はエ。コウ阿母おふくろ和主おぬしイヽ入夫むこを世話せうか……」

『何馬鹿を云ふぞい。』と妙眞は怫然むつとして、

『女一人ひとりとこへ來て、あだいやらしい……』

『へッヘッ、かたさうなつらをしてゐたつて、種子たねが上つてるんだぜ。ちゆうチヨイ〳〵泊つて行く坊主と田舍侍ゐなかざむれいは、あれア何だい?兩天秤りやうてんびんに色の遣分つけエわをして口を拭いてましたつらをしてござる。外見みかけによらねエ和主はイヽ腕を持つてるナ!』

『あれア古那屋のお客だよ。房八もお心易くしてゐるから、泊つて行かれたのに不思議があるかい。馬鹿もイヽ加減にしてトットと歸つて貰ひませう。』

『さうプリ〳〵しなさん。』と舵九郞はニヤ〳〵笑ひながら、

う見えて俺は同情さつしがあるから、和主が坊主を引摺込まうと田舍侍ゐなかざむれエを客に取らうと野暮を云はねエ。イクツになるか知らねエが、後家にして置くのは勿體ねエ標致きりやうで、その瑞々みづ〳〵した色氣盛りぢや男の欲しいのは無理はエ。そこで物は相談だが、何と阿母おふくろ、坊主や田舍侍ゐなかざむれエをコツソリ引摺込むよりやア、この鼻さまを天下晴れて入婿いリむこにしたらドウだ?』

『何云はんす、汚らはしい!』と妙眞は疊を叩いて、

『さア、けエつて貰ひませう。』

『さう網からあがつた海老えびのやうにピン〳〵ねる事はエ。けえれツてならけえるがネ……』と舵九郞は憎さげに底氣味惡く笑ひながら、

『時に阿母おふくろ、妙な事がある。今朝けさ俺は和主の旦那寺の墓場を通り過ぎて妙なものを見た。和主の亭主の墓の鄰りがモツコリ掘起されてたが、和主のところに新佛しんぼとけエ筈だ。あれア一てい誰を埋めたんだ。房八のあにイは鐮倉へ行つたツていふし、媳御よめごは行德へ預けたつていふし、和主のところにや埋める佛さまは無エ筈だ。それに俺は妙な噂も小耳に挾んだから、實は和主の迷惑にならねエやうに相談對手にならうと思つて來だんだが、けエれツてならけエる。歸りしなに莊官屋敷へ寄つて、犬江屋の墓場に新佛しんぼとけが埋めてあるが、犬を埋めたか、猫を埋めたか、いて見べエ。堀返ほりけえされて妙なものでも出て來たら、コイツア阿母おふくろ、坊主田舍侍ゐなかざむれエを手玉に取るやうなわけにや行かねエぜ。』

『餘計な世話をお燒きで無い。』

 と妙眞は有繋さすがにギヨツとしたが、弱味を見せまいとわざと平氣な顏をして、

『犬を埋めようと猫を埋めようと餘計なお節介だよ。ツマラヌ言掛りをつけて貰ひたく無い。』

大分强でえぷつえエ事を云ふナ。犬を埋めたつて猫を埋めたつて、お恐れながらと出るところへ出りや面倒臭くなる。けえれ〳〵と邪魔にするなら、ドリヤ、歸りがけに莊官屋敷へ寄つて行くべエか……』と、わざいやがらせの歸り支度をした。

アお待ち……』

『それッ見ねエ……』舵九郞は仕たり顏に冷笑せゝらわゐひつゝ、

『俺に冠を曲げられたら和主おぬしも困るだらう。だが、和主がアンマリ俺を嘗めて掛るからツイ冠を曲げたくなるが、俺は性得しやうとく慈悲じひぶけエから拜まれりやア直ぐ淚ツぽろくなる。別して女にはやさしいのろい男で、尻に敷かれてもかゝあ大明神とあがめて隨分女房孝行をするほとけさま見てエな結構人けつこうじんだ。和主の長火鉢の傍へすわらして見ろ、つらはマヅクても氣立きだては柔しくてうでぷしつゑエ賴み甲斐げいのある男だ。コンナ親切者を袖にしちやア罰があたるぜ、なア、オイ、』と徐そろ〳〵そばにじり寄つて、

しなびた白瓜しろうり古漬ふるづけ茄子なす見てエな坊主や田舍侍ゐなかざむれエと違つたこの舵九郞のピチ〳〵したきのイヽところを、なア阿母おふくろ、チヨツピリ賞翫して見なせエ。』とイキナリ妙眞の手を握つてむりに引寄せた。

『何をする?』

 と妙眞は引摺られた手を振放しざま、力一杯舵九郞の頬桁ほゝげたをピシヤリと引叩ひつぱたいた。

 舵九郞は顏をしかめながら妙眞に飛蒐つて橫ざまに抱轉だきころがして伸し掛、らうとするを、はさせじと妙眞は突退つきの跳退はねのけ逃げるを背後うしろから引抱ひつかゝへて一緖に倒れ、ドタンバタンと爭ふ危いところへ照文が文五兵衞諸侶もろとも行德から戾つて來た。見ると忽ち妙眞を抱宿だきすくめてアワヤ狼籍に及ぼうとした舵九郞の襟上えりがみつて緣から下へ投げ飛ばした。不意をくらつた舵九郞は、

おのれ!」と起上らうとして照文を見ると喫驚ぴつくりしたが、さむらひに出られては迚もかなはぬと見て、

『うぬ……うぬ……覺えてろ、』

 と棄臺詞を殘しつゝ腰をさすり〳〵逃出した。

 妙眞は掻亂れた着物の裾を直しつゝポウツと顏を染めて、舵九郞が祕密を齅出かぎだして弱味に附け込んで無體の振舞に及ぼうとした逐一を物語つた。照文は喫驚ぴつくりして、

『祕密の大事を氣取けどつたやつと知つたら活かして歸すのでは無かつたが、タヾ癡漢と思つて取逃がしたのは失敗ぬかつた。』

と、足摺あしずりして殘念がつた。が、恁うなつたら依違ぐづ〳〵してはゐられない。渠奴きやつ必ず訴人をするに相違無いから、當家と古那屋へ間もなく討手が向けられやう。片時かたときも猶豫は出來ない。文五兵衞どのは早速歸つて跡始末をして大塚へ赴き、小文吾どのを初め三犬士に事の仔細を話されよ。阿母おふくろどのも直ぐ支度して親兵衞どのをれてそれがしと一緖に安房へ立退かれよと、足元から鳥の立つやうに照文が指揮して旅の準備よういをした。幸ひ大塚まで犬士を舟で送つた篙工かこ依介よりすけが歸つて來たので、依介に幇助てつだはして着換への衣類、先祖の位牌、家の舊記といふやうな大切だいじなものと當座の必用品とを集めてと風呂敷を拵へた。照文を先に立たせ、文五兵衞に大八の親兵衞とおぶつて貰つて妙眞はそのあとき、依介に包を脊負はし、聾の飯炊婆めしたきばゝに留守を賴んで落延びた。

 やがて市川の町を離れて上總街道を松原通りへ差掛ると、一叢茂ひとむらしげつた松蔭からヌウツと現れたのは暴風あかしまの舵九郞、腰に一口の短刀を帶び、右手めてに八九尺の長櫂ながかい手狹たばさみ、酒氣芬々たる濁聲だみごゑ高く、

『三ピン、待つた!』と呼ばはつた。

『ヤイ三ピン、先刻さつきくも恥掻かしたナ、』と舵九郞は聲厲々あら〳〵しく言葉を繼ぎ、

『風をくらつてズラからうたつてうぬらに出し拔かれる此方等こちとらぢやア無エ。この舵九郞の天眼通で睨んで張つた待網まちあみを、さア、逃げられるなら逃げて見ろ。武士冥利さむれエみやうりにジタバタしねエで往生して、女を渡して消えツちまやがれ!…….ヤイ、みんな出て來い、出て來い!』

と呼ばはると、そこらこゝらの物蔭から三人五人と一味の惡黨、蝗蟲いなごの如くに飛出して、各自てんで得物えもの引提ひつさげて照文妙眞らをオツ取圍んで罵りをめいた。

おの命知いのちしらずが……』と照文は舵九郞をハッタと睨んで、

性懲しやうこりもなく復た狼籍するか。にツくいやつだ。刀の汚れであるが、のそみまかしてなますにして吳れる。』

 とキラリと刀を引拔いて、一とふるひすると前後左右でバタリ〳〵と倒れた。

手剛てごはエのは一人ひとりだぞ、八九人一度に掛つて疊んでしまへ!』と舵九郞は聲を限りに、

『それツ、背後うしろから……橫から……足を拂へ……つぶてを投げろ!』と號令した。

 文五兵衞は大八の親兵衞を妙眞に渡し、女兒供をんなこどもは險呑だから側杖喰そばづゑくつて怪我せぬやうに依介をて今來た道を市川へ引返されよといふ折から、突然現れた新手の一隊がどつとをめいて擊つて掛つたので、文五兵衞は是非なく妙眞を背後に圍うて道中差を引拔いて渡り合つた。町人とは云へもとは武士、暫らく武術に遠ざかつてゐたがむかし取つた杵柄きねづかで、擊つ大刀筋は法に恊つて、見る間に二三人斫倒きりたふした。依介は文五兵衞とならんでゐたが、助太刀すけだちしたくも刃物はものが無いので妙眞が捨てた杖を拾つて渡り合ひ、力限り腕限り必死になつて鬪つたが、多勢に無勢で二人とも數ケ處の淺痍あさでを負ひ、次第々々に後退あとじさりして呼吸も亂れて危くなつた。

 妙眞は親兵衞をシツカと抱いてドウなる事かとオド〳〵してゐたが、イツとなく照文とも文五兵衞とも遠く離れて心細くも息を潛めてゐるところを、覗ひ寄つた舵九郞、跫音あしあと忍ばし背後うしろから親兵衞ぐるみに無圖むづ抱緊だきしめて羽掻絞はがいじめにした。不意を襲はれ妙眞は喫驚して聲を揚げても救ひに來る者も無かつたので、早速さそくに思付いて釵子かんざしを拔くより早く舵九郞のかいなを骨まで通れと突刺つきさした。裏掻うらかくまでは無かつたが、有繋さすがいたみに舵九郞、身をふるはしていだめたる雙手もろてを解けば、妙眞は敏捷すばやく親兵衞を脊負うて.バタ〳〵と逃出した。逃がすもんかと舵九郞、飛蒐つて親兵衞を肩先かたさきから丁と掴んで引抱へ、章駄天走りに駈出した。妙眞はアット聲揚げ、轉がるやうに追駈けて行くを振返り〳〵あざみ笑ひつゝ舵九郞は時折は佇立たちどまつては又走り、走つては又休んでやがて妙眞がや追付かうとした時、親兵衞を手玉に取つて空に抛げ、大地に落ちて魂消たまぎるやうにワツと泣くのを膝頭ひざがしらで押へ付けた。

『さア、あま、何とでも返事をしろ、』と舵九郞は身悶えして慄へる妙眞をめつけて、

孩兒がきの生命はうぬの返事次第だ。』

『舵九卽さん、ソリヤあんまりだ』と妙眞はオロ〳〵して、

『兒供には何の罪は無い。お前の云ふ通りにならないからツて、玩是ない子をソンナむごたらしい目に會はして……』

孩兒がきの生命が助けたきや、これから市川へ歸つて三々九度、この舵九郞さまのお內儀さんになつたら孩兒がきめ大切でいじに乳母日傘で榮耀ええうもちの皮を剥かせてやる。嫌だと吐しや……』

 と手頃の石を掴んで振上げて、唯一と打に親兵衞を撲殺ぶちころさうとする見幕をせた。

 照文と文五兵衞はイツカ多數に距てられて妙眞を見喪みうしなつたので、必死になつて鬪ひながらも四邊あたりに目をくばるうち、この場の尋常たゞならぬ容子が遠くの方から見えたから、文五兵衞|諸侶もろとも一散に飛んで來て唯だ一刀に斬棄てようと刀を振上げたが、何しろ人質ひとじちを取られてるので手が出せず、ドウして吳れうと齒噛はがみをしながらにらまへるばかりだつた。

『さア、斬るなら斬れ、』と舵九郞は振上げたこぶしゆるめず照文を見て、

『一寸でも動いたら孩兒奴がきめ生命いのちば微塵になるぞ。さアヽ斬れ、斬れ、腰拔侍こしぬけざむれエ鉛刀武士なまくらぷしうぬらの刀では筋金すじがね入りの舵九郞は斬れめエ。うぬらはユツクリ鮪庖丁まぐろぼうちやうでブツ〳〵ぎりにして吳れるから、先づ孩兒がきめを料理するのを見物してゐろ。』

 つたる石を振上げて親兵衞の胸を目掛けて一と擊に微塵になれと打下うちおろした拳は狂うて大地を打ち、力が餘つて手を突いたのをた振上げようとした途端、舵九郞の腕は俄かにしぴれて我にもあらず惘然とした。

 不思議やその時、一朶の叢雲むらくも舞下まひさがつて電光凄まじく、一陣の風は颯と音して石を卷き砂を飛ばし、天地鳴動して黑雲愈〻舞下つて親兵衞の身體からだを包むと見えたが忽ち中空なかぞら高く卷上げた。舵九郞は我に歸つて兩手を揚げて親兵衞をらじと跳り狂ふと、イツシカ足はそらざまになつて身は大地を離れ、雲中に物あつて引揚げるが如くに逆さになつて卷上げられたが、暫らくして鮮血なまちが滴たつて舵九郞はまたから鳩尾みそおちあたりまで眞二つに引裂かれて大地へ摚と振落ふりおとされた。

 この凄まじい目前の不思議に舵九郞の一味の破落戶あぶれものどもは猶ほも懲りずまに得物を揮つて押寄せたが、臆病風が俄に吹いで、照文文五兵衞の愈〻勇氣を增した大刀風に斫靡かされて散り〳〵になつて逃失せた。

 斯くて親兵衞は神隱しに會つたかして、それぎり姿が見えなくなつて尋ねやうも無かつた。妙眞は悲み欺いて一度は自害して親兵衞の跡を追はんとも思ひ、又神明佛陀の加護によつて無事であるなら、尼ともなつて踪跡を搜しに廻國しようとも云つた。が、照文に慰められてくもと九死に一生を得た依介を具して一先ひとまづ安房へと志ざした。文五兵衞は一端市川へ歸つて、犬江屋の留守居の容子を見屆けてから直ぐ夜を冒して大塚へと發足した。

印刷:1927年2月5日昭和二年二月五日
發行:1927年2月8日昭和二年二月八日
底本:日本名著全集 江戶文藝之部 南總里見八犬傳 
發行所:日本名著全集刊行會

入力:松本修治

入力  2003年11月18日

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