◎滝沢馬琴・内田魯庵抄訳南総里見八犬伝(003)
南總里見八犬傳 第三 古那屋の卷
瀧澤(曲亭)馬琴・內田魯庵抄譯
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一 古那屋文五兵衞
こゝに行德の入江橋の橋詰に古那屋といふ旅籠屋があつた。主人の文五兵衞といふは先年妻に先立たれた今年五十五六の男鰥であつた。信乃の鄕里の幼馴染の糠助(第二輯參照)が國を追はれて母親の無い孩兒を脊負ひて旅に勞れつゝ、詮方盡きて入水の覺悟をしたのはこの入江橋の上、(第三輯卷二參照)で、通りがかりの犬飼見兵衞に助けられ、方金二顆を惠まれて足手纏ひの子を引取つて貰つたのを見兵衞と知合ひの緣で預かつたのは古那屋であった。女房が產をしたばかりて、乳が剩ってゐたので同じ乳房を含ませたが、このアワヤ父と共に餓ゑるか水に溺れようとした孩兒が後の芳流閣の勇士犬飼見八であつた。
同じ乳房にブラ下ってゐた古那屋の總領息子の小文吾も今年は二十歲になる。身の丈け五尺九寸、筋骨逞ましく力飽くまでも强く、武藝拳法一と通り究めざるは無く、相撲を取らしたらこの土地切つての名人で、土地相撲の大關と立てられてゐた。妹のお沼藺は今年十九歲、十六の年市川の舟長山林房八に嫁入りして夫婦の閒に今年四歲になる大八といふ男の子を儲けた。この房八が亦武藝に長じ、相撲が上手で、任侠を賣出してゐた。
丁度牛頭天王の祭禮で、浦も里も神輿の渡御で賑つてゐた。親仁の文五兵衞は商賣がら晝閒は徒然であるし、好い齡をして若い者の仲閒入りをしてお祭り騷ぎでもあるまいと、好きな釣をしに入江へ行つた。小鯊一つの獲物も無かつたが、好きな道とて夏の暑さを忘れて日暮しをした。丁度七つ下りの引汐時、蘆の葉風のソヨ〳〵と吹く夕暮近く、潮に引かれて川上から漂うて來た小舟が水零木に堰かれて流れ着かうとした。船中には二人の武士、一人は袴の裾を羽折つた麻上下、一人は鎖惟子肱盾臑盾で、各〻淺痍を負うて悶絕してゐた。流れ着かれては土地の迷惑と、竿で衝いて中流へ押出さうとして只見ると、鎖惟子を着たのは右の頬先の黑痣が特徵の犬飼見八であつた。物々しい扮裝といひ各〻淺痍を負つてるのは常尋ならぬ事件と思つたが、知人の見八を棄ても措かれず、竿にて舟を引寄せて飛移つて見八を抱起し、呼活かさうと聲高に呼んだが息を吹返さなかつた。肌の溫味がマダ有るので、急いで藥を取つて來ようと周章てゝ陸へ飛上らうとした機に最一人の武士の脾腹をシタヽカに蹴つけると、死活の法に恊つたと見えて忽ちウンと蘇生つた。
『お武家樣、お氣が付かれたか。』
と蘇生つたものを棄てゝも措かれないので、文五兵衞はマメ〳〵しく介抱し。
『呼活かさうと思つたものは蘇生らないで、粗忽で蹴つたお手前樣が過失の功名で生返らしやつたといふのも何かの因緣でござらう。下拙事は此の行德で旅籠渡世を致す古那屋文五兵衞、釣に參つて計らずもお助けするのは不思議な御緣、こゝに倒れてござるのは下拙熟懇の滸我殿の御內の犬飼見八といふ仁……』
二人は氣絕したまゝ芳流閣の水際から押流されて來たので、早くも息を吹返した信乃はこゝをドコとも辨へず、四方を不思議さうに見廻してゐたが、犬飼見八といふ名が耳に入ると、
『犬飼見八?』
と喫驚して見八の顏を穴の明くほど瞶め、
『この黑痣に氣が付かなかつた。』
と思はず吻と嘆息した。
『お武家樣には、犬飼どのを御存じでござらっしやるか。』
と文五兵衞は怪訝な顏をした。
『犬飼氏とは會ふは今が初めてだが深い緣がある。』
と信乃は再び太い嘆息をして、
『再生の恩人に僞はるのは本意で無いから先づそれがしの身の上からつゝまずお話して萬事をお任せしよう。それがしは武州大塚の些か由緖ある鄕士犬塚信乃と申すもの。』
と素性來歷から此度亡父の遺志を果しに滸我殿へ寶刀獻上に罷越したのが意外の齟齬を生じて間者の嫌疑を受け、重圍に陷って最後に犬飼見八と芳流閣上に組討して、引組んだまゝ三層樓の屋根から水際に繋いだ小舟の中に轉がり落ちて悶絕したまでの槪略を語つた。
『が、芳流閣の勇士が犬飼氏とは知らなかつたので、』
と信乃は更に言葉を次ぎ、
『犬飼氏とは實は舊緣がござる…』
と見八の實父糠助との關係、糠助が臨終間際の遺言、靈玉と牡丹の花の形した黑痣とで繋がる過世の因緣を語つて、滸我へ參らば糠助から聞いた頬さきの黑痣を目あてに尋ね搜して實父との舊緣を吿げ、過世の因緣の兄弟の名乘合ひをもする心算であつたのが、互ひに顏を合はしながら必死の場合で直ぐ目に着く筈の顏の黑痣が氣が付かないで、兵器持つて互ひに鎬を削つたのみならず、切めて相討ちして同じ舟に死にでもする事か、自分ばかりが助かつて犬飼氏を殺しては糠助阿爺の位牌に合はす顏が無い。救はれたのを怨むでは無いが、犬飼氏を死なして自分ばかりが生きてはゐられない。所詮武運に見離されたそれがし、亡父が護持しでそれがしに傳へた先君遺物の寶刀を摺換へられた不忠不孝は死んで言譯する外は無いから、せめては犬飼氏の佩料で自刃するのが糠助阿爺に對する申譯にもなると、見八の差副拔いてアワヤ腹へ突立てようとした。
『犬塚氏、早まり給ふな。』
と聲を掛けつゝ見八はムツクと起上つて、
『實は最前から氣が付いて夢現のやうに聞いた犬塚氏の素性、それがしの實父との舊緣、未生以前からの奇しき因緣、誠に以て夢に夢見る心地。彼程の忠孝の武士とも又斯程の深い因緣ある關係とも知らずに、君命とは云へ不淨の十手を揮つて立向つたのは今更面目無い。犬塚氏の武勇がそれがしらの及ぶところで無かつたのが幸ひ、萬に一つ誤まつてそれがしの不淨の十手が犬塚氏に蚯蚓腫ほどの痍でも負はしたなら、實父の舊恩を仇で返す犬侍となるところ。危うし、危うし……』
と實父の糠助が受けた舊恩を慇に謝した後、交互に靈玉と牡丹の形の黑痣とを示し合はして過世の奇しき因緣を感嘆した。
信乃は復た額藏の話をした。大塚の里なる莊官許の小厮であるが素性は云々斯々と額藏の身の上咄をして、この男が「義」の文字ある靈玉を授かり身柱〚#入力者注「ぼんのくぼ」のこと]〛元から肩へ掛けて牡丹の形した黑痣があると語つた。額藏と見八と信乃と三人痣を同じうして各〻靈玉を授かつてるは必ず過世の因緣があらう。且靈玉の文字が各〻八行の一字であつて見ると、異姓の兄弟は恐らく八人であらうと推斷した。
文五兵衞は頻りに耳を傾けてゐたが、
『見八どの』
と犬飼を呼掛けて、
『俺ン許の小文吾も其の八人のうちぢや有るめエか?』
と、信乃に向つて小文吾も亦見八と似て喰初めの小豆飯の中から轉がり出した「悌」といふ字の現はれた玉を祕藏し、十五の時相撲を取つて尻餠突いた痕が牡丹の形した黑痣になつたといふ咄をした。
信乃は愈〻奇遇を感嘆し、異姓の兄弟が四人となつたのを見八と歡び合つて、こゝで見八は「見」に玉偏をつけて現八と改めた。
かゝる處へ小文吾は蘆を掻分け現はれて、
『壁に耳あり、蘆に敵あり。立聽きされ肴咎められたらどうする?』
と袱包をポンと投出し、
『實は最前、親仁どのを搜しに來てお二人さんの咄を立聽きし、コンナ處で長咄をするのは險呑と、急いで歸つて奉公人を祭りを見て來いと暇をやり、家をカラ空にして今着換の用意をして引返して來たところ。幸ひ一人の泊り客の修驗者は今夜は歸らぬと出掛けたから家中はカラ空で、ドンナ相談でも大びらに出來る。客人、御挨拶は家でする。急いて着物を換へて父さんと一緖に……さツ、父さん、お前は客人を案內して一と足さきへ歸んなせエ。オイラは舟の處理をして直ぐ跡から歸る。』
『では小文吾、一と足先へ行く。』
と文五兵衞は二人を嚮導して行く。そのあとで小文吾は、二人の脫殼〚#底本は、殼-殳〛を急いで風呂敷へ包んで引抱へ、小舟を中流へ押出して何處とも川下へ流れて行くを目送しつゝ率ざ歸らうとすると、暗まぎれから現はれ出た一人の曲者が刀の鐺をムヅと握んで引戾さうとした。無言で振りもぎると、直ぐまた帶際を引掴んで引留める。拳を揮つて暗やみの默鬪を二三合したが、面倒臭いと當身を吳れて曲者がタヂ〳〵として引下つた閒に袱包を急いで結び直して足早に逃げた。逃がすもんかと曲者が追駈けようとした爪先に、引掛つたのは小文吾が落して行つた麻衣で、周章てゝ拾つた曲者は莞爾と笑つてふ懷へ捻込みながら暗に紛れて何處ともなく。
二 小文吾と山林房八
古那屋の小文吾は此の土地切つての無雙の大力で、蝮蛇のやうに嫌はれた力自腹の破落戶の犬太を一拳で取拉いだのが評判となつて、犬太を殺した小文吾と渾名されたのがイツしか「イヌタ小文吾」の通稱となつた。妹婿の山林房八も界隈に列ぶものが無い手取の名人で、二人が土地相撲の兩大關であつた。ツイ此頃鐮倉の修驗者念玉、觀得といふ兩人が大先達の職を爭つて訴訟した結果が相撲で勝負を決する事となつて、念玉は小文吾を、觀得は房八を傭つて八幡の社頭で相撲を取らしたところが、小文吾は見事に房八を投げて首尾よく念玉の勝利となり、大先達を贏得て今だに古那屋の奧座敷に滯留してゐた。觀得も亦房八を引張廻して、それ以來二人の閒は兎角に面白く無かつた。
信乃と現八とが舟から古那屋へ戾つた晚も、三人が三ツ鼎になつて語り合ふ話半ばに小文吾と房八との子分が神輿洗ひで喧嘩をオツ初めたと小文吾を迎へに來た。其晚は文五兵衞が代つて丑滿頃まで話したが、翌る朝シラ〳〵明けから信乃は俄に發熱し、創口が腫れ、節々から全身の筋肉が堪へ難いまで痛み出した。テツキリ破傷風に違ひなかつたが、小文吾は前夜から歸つて來ないし、現八と文五兵衞とが額を鳩めて相談したが、邊土のこのあたりには良醫は無いし、落人の人目を憚る身の上では良醫があつても招ばれないので當惑した。
文五兵衞はもと安房の神餘(肇揖卷一參照)の忠臣那古七郞の實弟である。神餘が逆臣定包に亡ぼされ、七郞も亦義民の杣木朴平に擊たれて君に殉じたので、當時部屋住の文五兵衞は亡命して行德で旅籠渡世を創め、那古を逆に古那屋と家名を附けたのである。この那古の家傳に七郞から口傳された破傷風の奇方がある。若い男女の鮮血を等分に合はして傷口を沃ぎ洗へば卽時に惞衝が去つて平癒するといふので、文五兵衞は直ぐ胸に泛んだが、試して見たくも金錢づくでは得られない。そのうちに武州志婆浦に破傷風の妙藥があつて、往來する人が試して奇效があつたのを現八は不斗憶出した、志婆浦なら五里か六里、此頃の日永なら一日掛けで歸つて來られる。信乃には內々で買つて來ようと文五兵衞に看護を賴んでコツソり出掛けた。
そのあとで文五兵衞は信乃の枕邊へ來て藥を買ひに現八が志婆浦へ行つた話をし、白粥を薦め風藥の振出しを服ませつゝ、晚には現八が妙藥を持つて歸るから決して心配したまふ勿とマメ〳〵しく世話をしながら慰めた。かゝる折から走便ひが門口から聲高に、古那屋の旦那、庄官屋敷から火急の御用と呼ばはつた。
臑に傷持つ文五兵衞、庄官屋敷は鬼門であるが去り氣ない顏を作つて聲を忍ばし、犬塚樣、庄官屋敷はここから半途チヨと一と走りして來ます。追つつけ程なく小文吾も戾りませうから、ちと淋しからうが暫らくの御辛抱と、故と元氣に口輕く言殘しつゝ出て行つた。
神輿洗ひの捫着の裁きに行つた小文吾は昨宵出たきり歸らなかつた。雙方穩便に無事に圓めて手を打つツモリて市川の若い者頭の房八を呼びにやつたが來なかつたので、市川方の負傷者は手厚く手當をして若い者を附けて駕籠で市川へ送らせた。そんな騷ぎで夜を徹かし、今朝方再び使者を出したが、ドコへか出掛けて出先も解らず、歸りの時刻もハツキりしないといふので、到頭一日持ち呆け、七ツ下りに家路を指して歸ると跡から房八か追蒐けて來た。
『和主は能くも片手打な裁判をしたナ、』
と房八はノツケから喧嘩腰で、
『女房の兄に怕れて引込んだと云はれちや、この房八の男が立たぬ。』
と柄の無いところへ柄を篏げて、喧嘩を賣りに突ツかゝつて來た。が、小文吾ば犬太を拉いだ以來、浦人には評判されたが親には苦い顏をされて短氣を固く戒められてゐた。昨宵椚着の裁きに出掛けた時も、喧嘩を賣られても買つてはならぬと嚴しく言渡されでゐたから、理を非に曲げる房八の惡口雜言も胸を撫つて對手にならなかつた。打たれても蹴られても、土足で肩を蹂躙られても房八の仕たい三昧に自由になつてゐたから、賣つた喧嘩の買はれない手持無沙汰に房八は、
『犬田、これではマダ濟まぬぞ、今晚行くから寢刀を合はして待つてゐな。』
と棄臺詞を殘しつゝ、喧嘩半ばに樹蔭から現はれ心地よげに見物してゐた觀得坊と兩聲合はして冷笑ひつつ連れ立つた。
小文吾は無念を堪へて二人の後影を目送りつゝやがて塵打拂ひて暫らく行くと、藁塚の蔭から組子が七八人、御用々々とひしめいた。何事ぞと飽氣に取られてゐると、莊官干鞆檀內を先立たした一人の武士、滸我殿の御內新織帆太夫と名乘つて滸我御所を騷がした信乃、現八の捕方に向つた由を吿げ、昨夜來古那屋に怪しの武士兩名宿泊する趣內報あり、今朝文五兵衞を召出し取調べのところ答辨甚だ胡亂であるによつて古邪屋を家搜しに參る途中、其方を看知るものがあつたのて呼留めた次第と嚴かに糺問した。見ると文五兵衞は犇々と縛められて組子に牽立てられてるので小文吾は胸潰れ、親共は御覽の通りの老人、一向何事も辨へませぬからシドロモドロの申立をしたでござらうが、手前共は竪いのを看板にして胡亂の客なとは一切泊めませぬ、但し旅籠渡世のものが一々泊客の身許調べを致しましたら客商賣は出來ませぬ、手前は昨晚から町へ參つてをりましたからドンナ客が泊りましたかは存じませぬが、これから戾つて萬一怪しい曲者が泊つてをりましたら上のお手數を掛けるまでもなく引括つてお渡し致しませう……が、唯今承はるところでは曲者は萬夫無當の勇士の由、滸我御所を騷がして御所と疎からぬ千葉殿の御支配の當地に泊り込むといふは容易ならぬ豪膽者にて、正面から向へば怪我人を出すのみならず取逃がさないとも限りませんから、愈〻曲者と定つたら欺くらかして寢首を掻くが一番と存じます。下拙も草相撲の一つも取るもの、眞劍で立合ったら及びませんでも、寢首くらゐなら取つて御覽に入れる……とコロリと一杯啗はせて、信乃の首と文五兵衞とを釣換へにする約束をして別れた。
が、小文吾は成算があるのではない。一寸遁れの出鱈目を列べて、親文五兵衞を心配しなからも出たとこ勝負で怎うにかならうと思つて歸つて見ると、信乃は病苦に呻吟してゐて現八は藥を買ひに行つたと聞いて途胸を突いた。肝腎の相談對手の現八は容易に歸りさうもなし、恁ういふ時の片腕とも思ふ房八とは妙なイキサツから仲違ひになつてるし、親は人質に取られてるし、千人力の小文吾も腕をこまぬいて途方に暮れてしまつた。
かゝる處へ房八の母の妙眞は嫁のお沼藺と兒供の大八を駕籠で送つて來た。
『兄御、文五兵衞どのはドコへ行きやつた。親御が不在では便無いが、兄御、沼藺を去つたから親御の代りに請取つて下んせ。』と、妙眞は術無げに眼を伏せて、
『罪も無い嫁を去るのは鬼より酷い姑と思はツしやらうが、去ぬる日の相撲以來、房八は矢鱈と肝癪起して誰彼れの見界なく當り散らすその腹立が、マダ癒えないところへ昨宵の椚着、兄御の裁判が惡いといふのぢや無からうが、房八の蟲のゐどころが宜うないので益〻立腹、女房去つて白い黑いを分けると何と云つても諾かず。何でもかんでも今晚中に古那屋へ送り返せといふ難題、子まて生した仲を兄御との確執で去るといふは理不盡のやうぢやが、口外したからにや跡へは引かぬのが房八の一徹の氣性。忰の橫車を押通させるぢやないが、また取濟す機會も有らうから、暫らく沼藺を預かつて下んせ。』
『氣の毒だがお母さん、』と小文吾は膠もなく、
『生憎親仁が留守で、俺の一了簡ぢや取計らへませんや。今夜は連れて戾つてまた今度、親仁の在る時連れてごんせ。』と愛想氣もなく拒斥ねた。
『そりや道理ぢやけれど』と妙眞はヤンワリと、
『親御が留守を附け込むぢや無いが、下世話にも親が無い時ア兄が親と申すぢやござらんかい。親御が留守なりや兄御が代理で取計らへない事ア無い。』
『外の事ツたア違ふ。親仁の留守では引取れない。今夜は溫和しく連れて歸つて貫ひませう。』
『兄御、そりや餘り聞分けが無い。若い女子と頑是ない子をこの夜更けに市川まで連れて戾られうかい。』
『そんなら去狀を貰はうワイ。』
『去狀を?、オホヽヽツ!』と妙眞は打笑みて、
『去狀を用意しなくて怎うしよう。』
と云ひつゝ帶の閒から取出した一片の紙を、小文吾請取つて開いて見ると、是は如何に、離緣狀とは思ひの外なる信乃の姿繪であつた。
小文吾は思はずギヨツとして顏色變へたを見て取る妙眞、この姿繪の本人を隱匿ふものは一家一族皆同罪と市川邊までも觸れを廻して嚴しい穿議女房を去つた房八も萬更理不盡でもござんすまいと窮所に針を打つたので、有繋の小文吾も暫らくも吶つて沈吟した。
『能ウ解つた』と小文吾は故と大きく合點いて、
『房八が心體漸つと合點か參つた。勘辨出來ないところだが、こゝは一番お母さんの顏を立てゝ今晚だけは沼藺も兒供も預かつて進ぜよう。が、萬事は親仁が戾つてからだぞエ。』
『それでマア我が身の役目も濟んだ』と妙眞も吻と一と息ついて、
『兎の毛で突いたほどの罪も無い嫁を去るといふも過世の約束。去られるものよりも、去るものの辛さを少しは酌んて下んせ。』
と、暇乞さへソコ〳〵に樞戶明けてトツカワと。
跡にはお沼藺、飽きも飽かれもせぬ夫婦中をヒヨンな事から去られた悲しさに迫り來る淚を抑へ〳〵ても留まらばこそ、膝に抱かれて餘念なく眠る兒供を抱上げて、父さんの戾つてござるまで納戶で寢かして貫ひませうと、案內知つた奧座敷へ行かうとすると小文吾は周章てゝ起つて立塞がつた。
『今夜は庚申待、奧では齋戒、足踏みしてはならんぞ』と、小文吾は聲厲らげて叱りつけた。
『兄さんの平生に無い氣疎い叱りやう。』とお沼藺は怪訝な顏をして、
『齋戒なとと巧い事を云つて、ドコかの美しい佛さまでも連れて來たのぢやこざんせぬかい。』
と戲れ交りに怨ずると、小文吾赫と怒つて、尾陋な推量をする飛んでも無い奴だ、家へは置けぬ、出て行け、出て行けと、母子諸侶鷲づかみにして追出さうとした途端、戶外に容子を窺ふ房八、突と飛込んで、ヤイ小文吾、女房を去つたからは兄でも無い弟でも如い、赤の他人となつて白い黑いを分けに來た。和主の妹の衣類諸道具、明日返さうと思つたが、和主の欲しがる大切のものだけ今持つて來た。さア請取れと投出したのは若い女の色衣ならで、思ひの外なる血染の麻衣。
『扨ては昨宵の曲者は?汝か?』
『房八の眼は闇でも光る。見咎められたが和玉の因果で、小脇に抱へた袱の中から落ちた麻衣を、拾はれたのが百年目と、さツ、往生して此の麻衣の主を出せ!』
『汝ア感違ひをしてるナ。汝が睨んでるやうな怪しいものは古那屋の家にはゐない哩。』
『白ばツくれて吠面掻く勿。和主や滸我の役人に何と云つた。庄官屋敷に留められてる親爺の繩目を解したきや、滸我から追はれた無宿犬を少とも早く引渡せ。達て四の五の吐かすなら奧へ踏込み、無宿犬の首根ッ子を押へて吳れるぞ。』
と房八は踏込まうとして起ち掛けた。
『汝ら何をする、無禮者奴。』
と小文吾は脇差掴んで納戶の口に立塞がつた。
お沼藺は、夫と兄との閒に挾まつてハラ〳〵した。昨日今日から俄の葛藤、親文五兵衞がドコへか行つて戾つて來ない理由も朧氣ながら解つて、オロ〳〵聲で夫に縋り兄を和めても、血氣に逸る二人の水火と激する爭ひは、泣いても口說いても、仲裁へやうが無かつた。其中に房八が邪魔ひろぐ勿と焦つて礑と蹴る爪尖が誤まつてお沼藺の抱いた子の脇腹を蹴つけるとウンとも云はず息が絕えたので、お沼藺はアツと聲もえあげず、子供を抱いて周章てゝ退くと、房八は躍蒐つて小文吾目掛けで丁と擊つた。左しつたりと小文吾はヒラリとかはして、プツリと指の紙索を切つて、丁々發矢と切結んだ。
夫も大事、兄も大事と、お沼藺氣絕した子をオツポリ出して轉がるやうに白刃の中へ飛び入つた。
『危ない!』
『側杖喰ふ勿!』
と二人は聲を掛けてもお沼藺はもう一生懸命、半狂亂で房八の袂に縋りつけば、房八は眼を瞋らしお沼藺を蹴倒し躍り込まうとした時、お沼藺は倒されながら房八の足にシッカと噛りついたので、曳ッと喚いて眞向から振下した房八の拳は狂ってお沼藺の乳の下を切尖深く切込んだ。アツと思はず躊躇いだ間に小文吾の銳どい大刀風は電光石火、躍蒐つて房八の肩先をバラリズンと切りげた。有繋の房八尻居に摚と倒れたのを再び振りかぶつて眞向から擊下さうとした刃の下、
『待て、犬田、暫く待て。』
と房八は忙しく留めて左の手を突き頭を上げ、
『云ふ事がある、暫らく待て。』
と深痍の苦痛に喘ぎ〳〵血汐の湧出る肩先を片手で押へて、
『犬田、こゝを縛つてくれ。』
小文吾は不思議に思つたが、仔細が有らうと、いふまゝに單衣の片袖を斷つてシツカと肩先の創口を結んでやると、
『兄貴、勘辨してくれ。』
と房八は苦痛を忍び〳〵力無げに手を下げて、
『栞崎で和主を足蹴にしたのは、喧嘩を賣つて和主に刀を拔かせようとしたので、本心からでは無い。藪から棒に話したのでは合點が行くまいが、實は和主の刀の錆となつて死ぬのが豫ての念願で、喧嘩を賣つて和主に斫つて貰はうと心にも無い惡體雜言をしても、辛抱强い和主がトンと對手になつて吳れないのを本意なく思つでゐたが、やつと今念願が屆いて和玉に斫られて死ぬのは本望。死出の旅路の別れ際に、今までの確執は水に流して安心して目を瞑らして吳れ。和主は知るまいが、實は和主の家とは恁ういふ混錯んだ關係があるんだ。』
と、先年房八の父が物故した臨終の枕邊に房八母子を呼んで打明けた一伍一什を話した。
房八の父といふは、もとは安房の神餘の領民で、逆臣山下定包の詭計に欺かれて誤まつて主君神餘光弘を弑した杣木朴平(肇揖卷一參照)であつた。義民とは云へ弑逆の大罪を犯したのだから、定包の筋書通り其場を去らせず捕へられて刑せられたのて、朴平の子は國を遁れて市川に漂泊ひ、里人に愍まれて、犬江屋(山林の屋號)に奉公し、先代の氣に入つて婿養子となり、家附娘の戶山(卽ち妙眞)との閒に生れたのが房八であつた。然るに房八が長じて行德の古那屋と緣組して暫らく經ってから、古那屋の文五兵衞も亦神餘の舊臣で、主君の遭難のとき刺客と鬪つて朴平の刀に掛つた那古七郞の實弟である事がわかつた。これがもし早く解つてゐたら文五兵衞も娘を嫁に吳れなかつたらうが、今更仇同志と解つたからつて子まで生した夫婦仲が割かれるものではないと、房八の父は始終この問題に難まされてゐたので、愈〻の臨終の際に此の關係を妻子に打明け、機會があつたら古那屋のために一命を投げ出し、祖父の朴平が忠義の那古七郞を刀に掛けた罪亡ばしをしろと房八に遺言した。それ以來房八は贖罪の機會を待つてゐたので、八幡の相撲に負けたのを房八が恨んでるといふは世閒の有らぬ噂で、房八は初めから負けるが望み、技も力も劣つてはゐるが怪我にも勝つては濟まぬと思ひ、念願通りに土俵から投飛ばされたのを喜んでゐた。
ところが昨宵、神輿洗ひを見物旁〻古那屋を尋ねようとして入江橋を通りかゝつた時、不斗文五兵衞が蘆分舟の中で怪しい風躰の二人の若い武士とヒソ〳〵語るを蘆閒に隱れて洩れ聽いて、靈玉と牡丹の形する黑痣とで繋がれる過世の奇しき因緣や、犬飼犬塚二犬士の忠魂義膽に感激した。が、滸我と親しい千葉の領內では滸我の追手のかゝるは必定、旅籠渡世の古那屋では出入が繁くて感づかれる。何卒して二人を他領に落して古那屋の嶽父の義侠をも全うし迷惑も掛らないやうに左樣右樣苦慮するうちに、二人は嶽父に伴はれて一と足先きに出掛けたあとから和主は船を流して血つきの脫棄てを抱へて行きかけたので、自分の心も打明けて相談しようと引留めたのが齟齬つて宵闇の暗鬪となり、和主が落した血つきの着物を餘人に拾はれたら一大事と拾つて歸つたその晚にもう繪姿が廻つてゐて、その翌る朝は嶽父御が召捕られたと聽いて喫驚した。
恁う迅速に手が廻つたのでは嚴しい穿議を免れるのは容易でないと、昨宵一と晚考へた末、不斗憶出したのは黃昏時の薄明りに垣閒見た信乃の面差が他人の空似で自分と瓜二つなので、信乃の身代りに死んで追手の眼を晦まし警戒の手を緩めようと決心した。その翌日栞崎で邂逅つたのを幸ひ、恁うと打明けたら義を重んずる和主がとても承知しさうも無いから、わざと惡口雜言して足蹴にまでしたが、それでも和主が手出しをしないので、仕方が無しに立別れ、觀得坊が酒を飮まうと誘つたのを一と足さきへやつて引返すと、和主は追手に圍まれてるので、稻叢の蔭へ匿れて容子を覗つてると、愈〻今宵に迫つた大事。折角の心盡しも今宵を過ごせば水の泡と、豫て覺悟を承知の阿母の妙眞と打合はし、和主の勘忍袋の緖を切らさせようと企んで、薮から棒にお沼藺を阿母に送らせて無理難題の言掛りをつけて緣を切り、途中で拾つた信乃の姿繪を去り狀代りに叩きつけて和主を思ふ存分に煽立てた。阿母は納得づくて心を鬼にしたのだが、不便なはお沼藺である。夫大事、姑大事と貞節を盡して何咎も無いのに寢耳に水で實家へ返され、兄と夫の刃の下を潛て身を楯にして非業に殪れたのは慘らしいとも酷たらしいとも言ひやうの無い薄命。剩つさへ可憐の大八までも非業に死なしたといふは、矢張祖父朴平のつくつた罪の報ひであらう……と、房八は深痍の苦痛を忍び〳〵逐一を物語つて、
『さういふわけで、和主の嶽父の無念を晴らし、せめてもの申譯はこの房八の首を切つて犬塚氏のと言拵へて滸我の追手に渡し、今宵に迫る和主の難儀を助けたかつたのだ。忠勇無二の犬塚氏の身代りとなるは、死花咲く身の果報……さツ、兄貴、時刻は移る。』と起直つて小文吾の介錯を促がした。
小文吾は聽く事每に感激して、類ひ稀なる房八の義心に溢ふるゝ淚を禁めあへず、
『然ういふ心とは知らなかつた。房八、何にも云はない、汝の芳志は忝なく受けるぞ。』と淚に聲を曇らしつゝ
『お沼藺が非業に殪れたのは不便だつたが、これも亦決して犬死にはならない。』
と、信乃が重い破傷風に罹つた事、那古が家傳に若い男女の鮮血を合はして創口を洗ふといふ破傷風の奇方があるが、金で調へられない藥であるに當惑してゐた事を話し、
『折角汝が身代りとなつても、當の犬塚氏の病氣が重つたら、汝の芳志も無になるところだつたが、お沼藺の血汐が役に立つなら此上の幸福は無い。』
といふのを聽いて房八は破顏し、マダ溫味の冷えないうちに急ぎ二人の鮮血を取つてくれと賴んだ。
小文吾四邊を見廻すと、泊り客の念玉坊が最前濱から買つて來た法螺貝が置忘れてあつたのを幸ひ、小文吾はマダ息のあるお沼藺を抱起すと共に創口へ貝を當てると、途端にサツと濆つたのを受け留め、房八の血をも合はして信乃の病間へ持つて行かうとした。最前からの太刀音に眼を撹ました信乃は襖の外までゐざり來て、房八の長物語を立聽きして病苦を餘所に感激して淚に咽んでゐたが、病苦に弱つて再び臥床へ戾る力も無く居縮まつてるところを、かくとも知らぬ小文吾は、カラリと明けて氣の急くまゝに信乃がゐるとも知らずに躓いた。あつといふ閒に法螺貝を落して血汐をザシプリ信乃の全身に帶びせると、アツと叫んで信乃は俯反返つて悶絕してしまつた。小文吾あわてゝ兎やせん恁くやせんと、今少し前から房八夫婦へ別れに來てゐた戶山の妙眞と共に介抱するうちに、血汐が單衣を透して全身の創口に沃いだ奇特が現れて、信乃は忽ち息を吹返して細き眼をあき、夢の醒めたやうに吻と息を吐くと共に面色冴え〳〵とし、見る閒に創口は癒え、熱氣は去つて氣も輕々と心地すが〳〵とし、元氣卻て日頃に數倍した。小文吾も妙眞も目前の奇特に呆れ、呼吸次第に細りゆく房八も歡喜に輝いて微笑した。
三 戾八の最後 附 遺子犬江親兵衞
かゝる折から奧の間に人の氣合や物の音が聞えたのて、不斗氣付いたは念玉坊である。素性得知れぬ修驗者がこの場の容子を知つて、もし拔出して滸我方へ密吿でもしたら一大事と、小文吾刀を引提げで奧の間指して行かうとすると、障子の彼方から聲掛けつゝ颯と開いて現れたは、墨染の法衣に錫杖網代笠頭陀袋の行脚扮裝の念玉坊と、麻衣野袴に朱鞘の大小の旅侍の觀得坊とであつた。人々驚き呆れるを尻目に掛けつつ上座に着き、愚僧はもと里見の家臣金碗大輔孝德、法體の名はヽ大、それなるは同しく甲見の臣蜑崎十一郞照文と名乘つて扨て曰く、愚僧は故あつて出家したが、甲見家に由緖ある仁義八行の文字の現れたる八顆の靈玉が仔細あつて散逸したを搜し求めるため六十餘州を廻國すること二十年であつた。この頃鐮倉にて竹馬の友なる蜑崎十一郞氏が主命によつて賢良の勇士を召抱へるため關東諸國を遊歷するに邂逅ひ、不斗行德に犬田小文吾なる勇士あつて臀部に牡丹の黑痣あるを聽き、些か思當る事があつて蜑崎氏と申合はせ、愚僧は念玉坊、蜑崎氏は觀得坊と修驗者に姿を變へ、大先達の訴訟に事托せて犬田山林兩人に相撲を取らせたのば兩人の膂力を試さんばかりでなく、一つは犬田の黑痣を見んためであつた。犬田の怪力が聞きしに勝るは勿論、山林の力量早業も非凡なるを見屆け、迚もの事に人物素行をも見究めたく思ひ、名を見物に借りて逗留してをつた。然るに昨夜更闌けて戾ると、表口が鎖ざされてゐたので脊戶へ廻ると奧の間から人聲が洩れるので、竊かに戶の隙から覗いて耳引立てると、當家の老主人と犬田、犬飼、犬塚三人が額を鳩めての物語、靈玉と黑痣とで繋がる奇しき因緣、武州大塚の里にも又一人犬川莊助といふ義兄弟がゐるといふ咄。二十年來搜しあぐんでゐた八顆の靈玉のうちの四顆を一時に搜し當てた歡喜、餓鬼が地藏の寶珠を見るに勝つた心地した。早速蜑崎氏の旅宿を尋ねてこの奇遇を話し、萬事を牒し合はして今晚再び戾つたところが降つて湧いたやうな意外な珍事。山林夫婦の義侠貞順には世棄人の行脚の僧も感激して袖を霑ほした。この上は犬田山林兩家と緣ある身の上を明かし、類ひ稀れなる義烈忠魂を弔ふ導師ともならうと、修驗者の衣を脫いで行脚僧に復つて蜑崎氏と共に各〻方に對面する次第と、それから里見家の事、伏姬の事、八房の事、役行者から授かつた珠數の事、伏姬自刃の時に八顆の數へ玉虛空に散亂したことを逐一物語つて、牡丹の黑痣は八房の八處の黑斑の擬似であつて、この念珠の玉とこの牡丹の黑痣を持つものは、取りも直さず他人の胎內を借りて再生した伏姬君の御子であつて、生れぬ以前から里見家に結ばれてゐるといふ話をした。更にまた房八の祖父杣木朴平はもと金碗の家の子で、ヽ大の父の金碗八郞から拳法武術を敎へられたのが仇となって主を弑し、また文五兵衞の兄なる忠臣那古七郞を害する不思議な罪を作つた事まて、因果を說いて聞かしたので、無明の夢の覺めたる心地し、取分け妙眞房八の母子は、ヽ大を伏拜みて感淚に咽んだ。
その時、ヽ大は妙眞の傍に轉がる大八の遺骸を見て、
『ハテナ、悶絕してからモウ大分時が經つが血色が變らない、生きてゐるやうだ。』
と云ひつゝ抱上げで脉を取ると、俄にワツと聲を上げた。剩つさへ生れて以來固く握緊めて開かなかつた左の拳をワツと叫んだ聲と一緖に開けたのを見ると、信乃や小文吾が持つのと同じ「仁」といふ字の現はれた玉を握つてゐた。加之ならず、父房八に蹴られた脇腹の痕が牡丹の花の形した黑痣となつてゐた。正しく犬八は幼ないながらも里見の犬士の一人である事が明白になつたので、滿座はこの不思議な奇特に歡暮し 取別けて妙眞は歡びあまる淚を拭うて小文吾諸侶、はや臨終に間の近いお沼藺の耳の端近く、お沼藺よ、大八は蘇生つたぞ、汝が氣にしてゐた左の拳も開いた。「仁」といふ字の靈玉を握つてゐたので、牡丹の黑痣の奇瑞も現はれ、里見の犬士の一人であることが解つた、好い子を產んだぞ、汝の手柄ぞと聲高く呼ばはつた。お沼藺は細い眼を開いて嬉しげに大八を見つゝ、莞爾と笑つたかと思ふとガツクリ息を引取つてしまつた。
小文吾は端なくも兒供の時に小耳に入れた昔咄を憶出して話した。小文吾がマダ物心もハツキリ覺えない頃だつたさうだ、入江河に夜な〳〵怪しい光を發つ個處があるので、日頃から釣漁好きの父文五兵衞は或る晚光り物のする場所へバツサリ網を打つたところか何度打つても獲物が無いので、翌日佛曉失望して歸つて網を干さうとすると小さな玉がコロ〳〵と轉がり出した。丁度|二才になるお沼藺がチヨロ〳〵と這出して來たかと思ふと、その玉を口へ入れてしまつた。周章てゝ指を突込んで吐出させようとしたが咽喉へも痞へずに嚥下してしまつたらしかつた。その後は光物もなく、お沼藺も何の障りも無かつたが、大八が左の拳に握つて生れたのは多分この玉であらうと話した。
妙眞は又、大八といふは本名ではないので、生れ落ちてから左の拳を振つたまゝ開かなかつたのて、片輪車といふ謎から誰云ふとなく呼馴らした渾名であると云つた。かういふ因果な子が生れたといふのも祖父朴平が領主を弑し、忠臣を害し、故主にまでも迷惑を掛けた過世の業報と憾んでゐたのが思ひきや家を興すの宿緣ある靈玉を握つてゐやうとは誠に思ひがけない微妙じき果報、大八の實名は眞平であつて、山林といふも房八の父が本姓の杣木の杣の木偏を取つて下字に移した假の名で、養家の本姓は犬江であるからと云つて、ヽ大法師を名附親として大八を改めて犬江親兵衞仁と命名した。
その時觀得坊の蜑崎照文は、瀕死の苦痛を堪へ〳〵最前からの我が子の奇瑞を感嘆してゐた强氣の山林房八に向ひ、犬士に非されども義勇おさ〳〵犬士に劣らざる汝を里見の家臣に取立つべしと豫て用意の召狀を出して房八に戴かせ、汝不幸にして非業に終るとも死を以て犬塚を救ふは取りも直さず我が君公への忠勤の一端である、且一子親兵衞汝の後を承けて君臣二世の因緣深し、身後の榮え安心して瞑目せよと懇に慰めた。房八は莞爾として、身は賤しき舟長の子と生れても武家に徵されて死するは一期の面目、剩つさへ祖父朴平の主筋なる金碗氏の出なる尊い聖の化導を受けるは冥加至極、この上は最早思殘すことは無い、阿舅、介錯賴むと、目を瞑つて合掌して首を伸べた。所詮刻々に細りゆく末期の苦痛をイツまでも忍ばせるは武士の情では無いと、小文吾はヤヲラ身を起して房八の背後に立ち、はふり落つる淚を拂いつゝ屹と身構へして秋水一揮、無殘や一代の豪侠兒、脆くも身首を異にして空骸は摚と橫さまに倒れた。
かゝるところへ現八は志婆浦から歸つて來た。暫らくは戶外に容子を覗つて義人貞婦の斷末魔に時雨の袂を絞つてゐたが、折から緣の下から這出す曲者三人、贋首の魂膽を莊官許へ注進に駈出したのを現八は取つて押へて叩きつけ、頭の腦天を滅茶々々に喁の音もなく叩き伏せた。志婆浦の藥賣は鐮倉へ引越して無駄足になつたが、それにも勝した奇方の奇特で信乃の難症が卽座に癒えたを交互に喜びつゝも今更に惜まれる房八夫婦の義勇節義を感嘆して止まなかつた。が、勇士は亡びてもその血を承けた遺子の犬江親兵衞が乳房に縋る幼子ではあるが、同じ義兄弟の一人であるを聞いて父にも勝る行末を賴もしく思つた。
兎角するほどに早や東明近く、新織帆太夫に約束した刻限が迫つたので、かれこれ時を遲らして討手を向けられては面倒と、小文吾は房八の首級を信乃の血着きの兩袖に包んで右手に掻込んで、信乃現八らに後の處理を賴んで庄官屋敷へと出掛けて行つた。
四 惡漢は天罰を受け親兵衞は神隱しとなる
斯くて犬塚犬飼の兩義士は三個の惡棍の死骸を脊戶の河原へ持出し、錘の石をつけて水底深く沈めてから房八夫婦の遺骸を兩個の葛篭へ歛めて旅荷物の如く拵へ、入江橋の畔から古那屋の舟へ載せ、ヽ大を一人殘して一同附添ひ、簑笠を着た照文が櫓櫂を操つて漕出した。
幸ひ空がマダ明けきれない上に朝靄が深く立罩めて、滸我の遠見の眼にも留らず、船路安けく障ることもなく海上を走つて市川なる犬江屋の門邊へと着いた。
丁度折よく篙工らは昨宵から遠く舟を出して、耳の遠い飯炊婆が一人で留守してゐるぎりなので、犬塚犬飼等は心措きなく、二個の葛篭を奧へ運んで、持佛堂の傍へ据ゑ、その日は一同香花を手向けて看經して暮した。
夕方小文吾は、ヽ大と連れ立つて來た。房八の贋首で首尾よく新織帆大夫を欺瞞つて、親文五兵衞を引取つて來た顛末を語つた。父には家へ歸つてから、その日に起つた悲喜哀歡の一伍一什を掻摘んで話して、今宵の埋葬に間に合ふやうにと、導師と賴むヽ大法師の伴をして來たと云つた。遠出した篙工らが幸ひにマダ歸つて來ないので誰憚るもの無く慇ろに念佛回向して後、初夜過ぐる頃小文吾と現八とは各〻葛籠を脊負ひ、照文は忍張燈も下げて先へ進み、ヽ大は導師としてその跡に隨き、信乃は熟睡する大八を橫抱きにして喪主として殿をし、脊戶口から出て幾程も無い犬江屋の菩提所の墓地へ着いた。小文吾と現八とは豫て用意した鋤鍬で先代眞兵衞の墓の鄰りを七八尺掘つて二人の葛籠を埋め、ヽ大法師の引導で忍びやかなる葬儀を濟ました。
斯くて一同は再び犬江屋へ引返して亡き人の過世の憶出を濕やかに語つた。が、房八の義侠で一時の難儀は免れても、滸我はこゝから遠くはないから、夫婦の失踪が近所鄰りの問題となつて萬一聞えては一大事と、何の道この土地を退くにしても近所の手前を繕ふために房八は所要があつて鐮倉へ、お沼藺は仔細あつて暫らく實家へ預けた事に話口を合はせるやうに牒し合はした。それに就けても多勢大江屋にイツまでも顏を揃へてるのは、近所の疑ひを增すやうなものだから今夜のうちに大塚犬飼は大塚へ發足し、犬田も二人を送り旁〻未見の義兄弟の額藏に會ふため同行することに決定した。
其時照文は豫て用意の五包の砂金を出して、先づ三包を扇子へ載せて犬塚犬飼犬田の三士に薦めた。こゝに封入したは僅かに三十金であるが、君公からのお召に路銀の一部として賜ふものであるから枉げて受納されよと云つた。一應は辭退したが、ヽ大も傍から口を添へるので只管君恩の厚きを押して難有く受納めた。照文は復た一包を扇子へ載せて妙眞を招き、これなるは山〚#底本は小林と誤記〛林房八の香花料として君公より親兵衞に賜ふものであると薦めた。餘りに冥加に過ぎて恐懼すると只管辭退したが、ヽ大をはじめ犬士の口添で妙眞は數度押戴いて拜受した。照文は更に殘りの一包を三士に薦め、これなるは額藏事犬川莊助に給ふの賜金、各〻方に事托けるによつで犬川氏に渡されよと、額藏はこの席に居合はさぬし各自の恩賜を分與するからと固く辭するをヽ大の口添にて强て取らした。
彼是れするうち、東の空が徐々白んで來た。三士は暇乞ひもソコ〳〵にヽ大照文らに送られつゝ門邊から直ぐ舟で出發した。照文は犬士に邂逅つた初めから、一人でも二人でも、一日も早く安房へ伴つて君の見參に入れたかつたのだが、君臣の約束は結んでも一人先んじて君寵を私するに忍びないからといふが、三士の異口同音の辭退で、これも亦道理であるからその意に任し、せめては親兵衞一人でも召伴れて君の御感に入らうと妙眞を說得して、跡に殘つて初七日の日を待つてゐた。ヽ大は又新佛を控へて初七日の回向もしないで旅立つては法師の役目が濟まないと、照文諸共犬江屋に逗留してゐた。どの道、小文吾が歸つてからで、犬塚犬飼兩士は左に右く小文吾は啻だ額藏に會ひに行つたのだがら、遲くも三四泊で歸つて來る筈と頚を長くして待つてゐたが、三四泊は措いて七日を過ぎても歸らなかつた。必定何事か不測な異變があつたに違ひない、宜しくこゝで物を思はんよりは彼處へ赴いて小文吾を將て歸らんと、初七忌の翌る朝、ヽ大は大塚へ發足した。
然るに翌る日は小文吾を將て歸らんと云つたヽ大も二日經つても三日經つても影を見せなかつた。待草臥れた照文は、犬江屋の奧座敷に頚を長くしてばかりはゐられなかつた。事によつたら行德へ歸つてゐるのかも解らんが、若し法師だも猶ほ歸らないなら尋常ならぬ異變があるに相違ないから、文五兵衞とも相談して容子を探りに大塚へ行かねばならない。昨宵あたりは二人のうちのドチラか一人歸つてゐさうなものと、照文は妙眞と打合はして古那屋へ出掛けた。
跡には一人妙眞が取殘されて、淋しさに房八夫婦の在りし日を憶出しつゝ濕やかに念佛唱名してゐる最中、門口から濁聲高く、
『阿母、在宿にゐる?』
と呼ばはつて遠慮氣もなくノコ〳〵と這入つて來たのは、眼圓に鼻大きく、色赤黑く胡麻鬚汚くろしい五十近くの憎躰男、暴風の舵九郞とて近所に聞えた名代の惡。柱に凭れて高胡床、手近の團扇をわが物顏に取上げで胸毛の黑い衿をはだけてバタ〳〵煽ぎ、
『兄いは留守か、媳御はドウした?』
『房八は用事があつて鐮倉へ、嫁は暫らく實家へ歸したからゐないよ。』
と妙眞は善くない奴が來たと迷惑さうな顏をして、
『お前は何か用があるのかい?』
『何にも用は無エが、無沙汰をしたから久し振で和主の顏を拜みに來た。』
と舵九郞はニヤ〳〵しながら妙眞の顏を見て、
『和主は人魚でも喰つたか、イツ見ても瑞々しい。女孀に花が咲くツてが、一日增しに若くなる。然うタツプリしてゐちやア床淋しいのは無理は無エ。コウ阿母和主イヽ入夫を世話せうか……」
『何馬鹿を云ふぞい。』と妙眞は怫然として、
『女一人の許へ來て、あだ猥らしい……』
『へッヘッ、固さうな面をしてゐたつて、種子が上つてるんだぜ。此ン中チヨイ〳〵泊つて行く坊主と田舍侍は、あれア何だい?兩天秤に色の遣分をして口を拭いて冷ました面をしてござる。外見によらねエ和主はイヽ腕を持つてるナ!』
『あれア古那屋のお客だよ。房八もお心易くしてゐるから、泊つて行かれたのに不思議があるかい。馬鹿もイヽ加減にしてトットと歸つて貰ひませう。』
『さうプリ〳〵しなさん勿。』と舵九郞はニヤ〳〵笑ひながら、
『恁う見えて俺は同情があるから、和主が坊主を引摺込まうと田舍侍を客に取らうと野暮を云はねエ。イクツになるか知らねエが、後家にして置くのは勿體ねエ標致で、その瑞々した色氣盛りぢや男の欲しいのは無理は無エ。そこで物は相談だが、何と阿母、坊主や田舍侍をコツソリ引摺込むよりやア、この鼻さまを天下晴れて入婿にしたらドウだ?』
『何云はんす、汚らはしい!』と妙眞は疊を叩いて、
『さア、歸つて貰ひませう。』
『さう網から上つた海老のやうにピン〳〵跳ねる事は無エ。歸れツてなら歸るがネ……』と舵九郞は憎さげに底氣味惡く笑ひながら、
『時に阿母、妙な事がある。今朝俺は和主の旦那寺の墓場を通り過ぎて妙なものを見た。和主の亭主の墓の鄰りがモツコリ掘起されてたが、和主のところに新佛は無エ筈だ。あれア一體誰を埋めたんだ。房八の兄イは鐮倉へ行つたツていふし、媳御は行德へ預けたつていふし、和主のところにや埋める佛さまは無エ筈だ。それに俺は妙な噂も小耳に挾んだから、實は和主の迷惑にならねエやうに相談對手にならうと思つて來だんだが、歸れツてなら歸る。歸りしなに莊官屋敷へ寄つて、犬江屋の墓場に新佛が埋めてあるが、犬を埋めたか、猫を埋めたか、訊いて見べエ。堀返されて妙なものでも出て來たら、コイツア阿母、坊主田舍侍を手玉に取るやうなわけにや行かねエぜ。』
『餘計な世話をお燒きで無い。』
と妙眞は有繋にギヨツとしたが、弱味を見せまいと故と平氣な顏をして、
『犬を埋めようと猫を埋めようと餘計なお節介だよ。ツマラヌ言掛りをつけて貰ひたく無い。』
『大分强エ事を云ふナ。犬を埋めたつて猫を埋めたつて、お恐れながらと出るところへ出りや面倒臭くなる。歸れ〳〵と邪魔にするなら、ドリヤ、歸りがけに莊官屋敷へ寄つて行くべエか……』と、故と嫌がらせの歸り支度をした。
『先アお待ち……』
『それッ見ねエ……』舵九郞は仕たり顏に冷笑ひつゝ、
『俺に冠を曲げられたら和主も困るだらう。だが、和主がアンマリ俺を嘗めて掛るからツイ冠を曲げたくなるが、俺は性得慈悲深エから拜まれりやア直ぐ淚ツぽろくなる。別して女には柔しい惚い男で、尻に敷かれても嚊大明神と崇めて隨分女房孝行をする佛さま見てエな結構人だ。和主の長火鉢の傍へ坐らして見ろ、面はマヅクても氣立は柔しくて腕ツ節の强エ賴み甲斐のある男だ。コンナ親切者を袖にしちやア罰があたるぜ、なア、オイ、』と徐々傍へ蹂り寄つて、
『萎びた白瓜や古漬の茄子見てエな坊主や田舍侍と違つたこの舵九郞のピチ〳〵した生きのイヽところを、なア阿母、チヨツピリ賞翫して見なせエ。』とイキナリ妙眞の手を握つて强に引寄せた。
『何をする?』
と妙眞は引摺られた手を振放しざま、力一杯舵九郞の頬桁をピシヤリと引叩いた。
舵九郞は顏を顰めながら妙眞に飛蒐つて橫ざまに抱轉がして伸し掛、らうとするを、左はさせじと妙眞は突退け跳退け逃げるを背後から引抱へて一緖に倒れ、ドタンバタンと爭ふ危いところへ照文が文五兵衞諸侶行德から戾つて來た。見ると忽ち妙眞を抱宿めてアワヤ狼籍に及ぼうとした舵九郞の襟上取つて緣から下へ投げ飛ばした。不意を啗つた舵九郞は、
『己れ!」と起上らうとして照文を見ると喫驚したが、侍に出られては迚も恊はぬと見て、
『うぬ……うぬ……覺えてろ、』
と棄臺詞を殘しつゝ腰を摩り〳〵逃出した。
妙眞は掻亂れた着物の裾を直しつゝポウツと顏を染めて、舵九郞が祕密を齅出して弱味に附け込んで無體の振舞に及ぼうとした逐一を物語つた。照文は喫驚して、
『祕密の大事を氣取つた奴と知つたら活かして歸すのでは無かつたが、タヾ癡漢と思つて取逃がしたのは失敗つた。』
と、足摺して殘念がつた。が、恁うなつたら依違してはゐられない。渠奴必ず訴人をするに相違無いから、當家と古那屋へ間もなく討手が向けられやう。最う片時も猶豫は出來ない。文五兵衞どのは早速歸つて跡始末をして大塚へ赴き、小文吾どのを初め三犬士に事の仔細を話されよ。阿母どのも直ぐ支度して親兵衞どのを伴れてそれがしと一緖に安房へ立退かれよと、足元から鳥の立つやうに照文が指揮して旅の準備をした。幸ひ大塚まで犬士を舟で送つた篙工の依介が歸つて來たので、依介に幇助はして着換への衣類、先祖の位牌、家の舊記といふやうな大切なものと當座の必用品とを集めて一と風呂敷を拵へた。照文を先に立たせ、文五兵衞に大八の親兵衞と負つて貰つて妙眞はその踉は隋き、依介に包を脊負はし、聾の飯炊婆に留守を賴んで落延びた。
やがて市川の町を離れて上總街道を松原通りへ差掛ると、一叢茂つた松蔭からヌウツと現れたのは暴風の舵九郞、腰に一口の短刀を帶び、右手に八九尺の長櫂を手狹み、酒氣芬々たる濁聲高く、
『三ピン、待つた!』と呼ばはつた。
『ヤイ三ピン、先刻は能くも恥掻かしたナ、』と舵九郞は聲厲々しく言葉を繼ぎ、
『風を啗つてズラからうたつて汝らに出し拔かれる此方等ぢやア無エ。この舵九郞の天眼通で睨んで張つた待網を、さア、逃げられるなら逃げて見ろ。武士冥利にジタバタしねエで往生して、女を渡して消えツちまやがれ!…….ヤイ、みんな出て來い、出て來い!』
と呼ばはると、そこらこゝらの物蔭から三人五人と一味の惡黨、蝗蟲の如くに飛出して、各自に得物を引提げて照文妙眞らをオツ取圍んで罵り叶いた。
『己れ命知らず奴が……』と照文は舵九郞をハッタと睨んで、
『性懲もなく復た狼籍するか。にツくい奴だ。刀の汚れであるが、望に任して膾にして吳れる。』
とキラリと刀を引拔いて、一と揮すると前後左右でバタリ〳〵と倒れた。
『手剛エのは一人だぞ、八九人一度に掛つて疊んでしまへ!』と舵九郞は聲を限りに、
『それツ、背後から……橫から……足を拂へ……礫を投げろ!』と號令した。
文五兵衞は大八の親兵衞を妙眞に渡し、女兒供は險呑だから側杖喰つて怪我せぬやうに依介を將て今來た道を市川へ引返されよといふ折から、突然現れた新手の一隊が哄とをめいて擊つて掛つたので、文五兵衞は是非なく妙眞を背後に圍うて道中差を引拔いて渡り合つた。町人とは云へもとは武士、暫らく武術に遠ざかつてゐたが昔取つた杵柄で、擊つ大刀筋は法に恊つて、見る間に二三人斫倒した。依介は文五兵衞と列んでゐたが、助太刀したくも刃物が無いので妙眞が捨てた杖を拾つて渡り合ひ、力限り腕限り必死になつて鬪つたが、多勢に無勢で二人とも數ケ處の淺痍を負ひ、次第々々に後退りして呼吸も亂れて危くなつた。
妙眞は親兵衞をシツカと抱いてドウなる事かとオド〳〵してゐたが、イツとなく照文とも文五兵衞とも遠く離れて心細くも息を潛めてゐるところを、覗ひ寄つた舵九郞、跫音忍ばし背後から親兵衞ぐるみに無圖と抱緊めて羽掻絞にした。不意を襲はれ妙眞は喫驚して聲を揚げても救ひに來る者も無かつたので、早速に思付いて釵子を拔くより早く舵九郞の腕を骨まで通れと突刺した。裏掻くまでは無かつたが、有繋の痛みに舵九郞、身を戰はして抱き緊めたる雙手を解けば、妙眞は敏捷く親兵衞を脊負うて.バタ〳〵と逃出した。逃がすもんかと舵九郞、飛蒐つて親兵衞を肩先から丁と掴んで引抱へ、章駄天走りに駈出した。妙眞はアット聲揚げ、轉がるやうに追駈けて行くを振返り〳〵冷み笑ひつゝ舵九郞は時折は佇立つては又走り、走つては又休んでやがて妙眞が較や追付かうとした時、親兵衞を手玉に取つて空に抛げ、大地に落ちて魂消るやうにワツと泣くのを膝頭で押へ付けた。
『さア、女、何とでも返事をしろ、』と舵九郞は身悶えして慄へる妙眞を睨めつけて、
『孩兒の生命は汝の返事次第だ。』
『舵九卽さん、ソリヤあんまりだ』と妙眞はオロ〳〵して、
『兒供には何の罪は無い。お前の云ふ通りにならないからツて、玩是ない子をソンナ酷たらしい目に會はして……』
『孩兒の生命が助けたきや、これから市川へ歸つて三々九度、この舵九郞さまのお內儀樣になつたら孩兒奴も大切に乳母日傘で榮耀の餠の皮を剥かせてやる。嫌だと吐しや……』
と手頃の石を掴んで振上げて、唯一と打に親兵衞を撲殺さうとする見幕を示せた。
照文と文五兵衞はイツカ多數に距てられて妙眞を見喪つたので、必死になつて鬪ひながらも四邊に目を配るうち、この場の尋常ならぬ容子が遠くの方から見えたから、文五兵衞|諸侶一散に飛んで來て唯だ一刀に斬棄てようと刀を振上げたが、何しろ人質を取られてるので手が出せず、ドウして吳れうと齒噛をしながら睨まへるばかりだつた。
『さア、斬るなら斬れ、』と舵九郞は振上げた拳を緩めず照文を見て、
『一寸でも動いたら孩兒奴の生命ば微塵になるぞ。さアヽ斬れ、斬れ、腰拔侍、鉛刀武士、汝らの刀では筋金入りの舵九郞は斬れめエ。汝らはユツクリ鮪庖丁でブツ〳〵切にして吳れるから、先づ孩兒奴を料理するのを見物してゐろ。』
と拿つたる石を振上げて親兵衞の胸を目掛けて一と擊に微塵になれと打下した拳は狂うて大地を打ち、力が餘つて手を突いたのを復た振上げようとした途端、舵九郞の腕は俄かに痺れて我にもあらず惘然とした。
不思議やその時、一朶の叢雲が舞下つて電光凄まじく、一陣の風は颯と音して石を卷き砂を飛ばし、天地鳴動して黑雲愈〻舞下つて親兵衞の身體を包むと見えたが忽ち中空高く卷上げた。舵九郞は我に歸つて兩手を揚げて親兵衞を遣らじと跳り狂ふと、イツシカ足はそらざまになつて身は大地を離れ、雲中に物あつて引揚げるが如くに逆さになつて卷上げられたが、暫らくして鮮血が滴たつて舵九郞は股から鳩尾あたりまで眞二つに引裂かれて大地へ摚と振落された。
この凄まじい目前の不思議に舵九郞の一味の破落戶どもは猶ほも懲りずまに得物を揮つて押寄せたが、臆病風が俄に吹いで、照文文五兵衞の愈〻勇氣を增した大刀風に斫靡かされて散り〳〵になつて逃失せた。
斯くて親兵衞は神隱しに會つたかして、それぎり姿が見えなくなつて尋ねやうも無かつた。妙眞は悲み欺いて一度は自害して親兵衞の跡を追はんとも思ひ、又神明佛陀の加護によつて無事であるなら、尼ともなつて踪跡を搜しに廻國しようとも云つた。が、照文に慰められて左も右くもと九死に一生を得た依介を具して一先づ安房へと志ざした。文五兵衞は一端市川へ歸つて、犬江屋の留守居の容子を見屆けてから直ぐ夜を冒して大塚へと發足した。
印刷:1927年2月5日昭和二年二月五日
發行:1927年2月8日昭和二年二月八日
底本:日本名著全集 江戶文藝之部 南總里見八犬傳
發行所:日本名著全集刊行會
入力:松本修治
入力 2003年11月18日

