南總里見八犬傳第二輯卷之五第二十回
東都 曲亭主人 編次
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一雙の玉兒義を結ぶ
三尺の童子志を演
「七歳の小児客路に母を喪ふ」「犬川衞二が妻」「荘之助」
信乃は庭に人ありて、呼禁るその聲を、聞くといへども些も擬議せず、はや刺たてん、と刃を擧るに、筋縮り腕癱麻れて、死を速にすることかなはず。「こは朽をし」、といく遍か、死ん〳〵、とするほどに、眞先に進むものは、是則別人ならず、嚮にも來つる糠助なり。「吐嗟」とばかり、騷ぐものから、白刃にやおそれけん、後のかたへ立遶りて、矢庭に信乃を抱禁れば、前なるは蟇六龜篠、左右より腕を攬て、聊も動せず、「且この刃を放てよ」、といへども信乃は手を緩めず、「おん面は認れども、名吿もあはざる伯母君御夫婦、何として來ませしぞや」、といはれて龜篠酸鼻、「心つよき親に似て、そなたもさはいふにやあらん。黃童なれどもさかしげ也。みづからよく辨へ給へ。わらはは素より女子の身として、弟が所帶を奪るにあらず。父も弟も討死せし、と風の便りに聞えしころ、切ては親の蹟を立ん、と思ふばかりに蟇六どのを、壻に招つゝ幸に、庄園を給はりて、村長さへになり登りし、夫に科はなきぞとよ。尒るに弟は存命て、故鄕にかへれど、足蹙たり。職に堪ざる身を見かへらで、吾儕夫婦をいといたう、憎みて義絕せし事は、おのが心の僻にこそ。强顏き弟と思へども、腐欄ても指はきられず。此度御敎書破卻の越度、いかで親子を救ん、と心を盡す甲斐もなく、番作ははや自殺して、そなたも共にと、衝箚しは、稚こゝろに似げなき短慮。死るに及ばず。この末を、且聞てよ」、と諫れば、蟇六瞼をしばたゝき、「番作が生前に、わが本來の赤心を、しらせざりしは殘念也。切てその子を養ひとりて、女兒濱路を妻せなば、先祖の血絡斷絕せず、世にも人にも憎れし、わが身は後やすかりなん。やをれ信乃よく聞けかし。御敎書の事、大かたならぬ、越度也とはいひながら、原畜生の所爲にして、犬はさら也そのぬしたる、番作が命を隕せば、一切後難あるべからず。縱その子どもらに、おん咎ありといふとも、われ亦よろしく申ときなん。嚮に糠助が走り來て、|如此々々と吿しかば、固より義絕の親族たりとも、自殺の變を聞ながら、なほ讐敵の思ひをせんや、と來て見たればこそはからずも、汝が必死を禁めたれ。はやく刃をおさめよ」、と言葉を竭せば、糠助も共侶に諫めけり。
信乃はつら〳〵うち聞くに、「思ふには似ず伯母夫婦が、よに憑しき慈愛敎訓、寶刀の事は一言も、いはざるもこゝろ憎し。皆是われを欺くならん。實におのが親ながら、人をしる事聖の如く、未然を察し給ひぬる、父が遺訓はこれ也けり。かゝれば自殺を思ひとゞまり、且く伯母に養れて、人とならん」、と尋思しつ、やうやくにうち點頭、「思ひがけなき方ざまの、おん慈みを蒙りて、理り逼て禁め給へば、死後れて候也。鐮倉制度にも及ずして、大刀さへ出すに及ばずは、命に從ひ奉らん」、といへば蟇六眉根をよせ、「寶刀の事はわれしらず。それはをんなの生賢にて、龜篠が心ひとつに、しかせんとこそいひつらめ。親より讓受たる物は、和殿が隨意せざらんや。斯うち解ては親族がひに、心くまなく相譚ふべし。狐疑を散してわがいふよしに、うち任せずや」、と眞實たちて、三方より諫れば、信乃はいよ〳〵こゝろに曉りて、「しからばその手を放ち給へ。聞わきて候」、といふに僉歡びて、そが隨些退けば、信乃は刃を𩋡に納て、膝くみ直せどおちつかぬ、身の久後を思ひ難て、默然として居たりける。當下蟇六龜篠は、糠助を宿所に走らせ、小厮一兩人喚とりて、葬の事を指揮し、その夜番作が亡骸をとり斂めて、蟇六は宿所にかへりつ。龜篠糠助はとゞまりて、棺に通夜して信乃を慰め、次の日なき人を、菩提所へ送る程に、里人等これを悼みて、追慕せずといふことなく、この日棺を送るもの、無慮三百餘人なり。「信乃が爲にはせめてもの、面目ならん」、と人みないひけり。

