南總里見八犬傳第二輯卷之二第十三回
東都 曲亭主人 編次
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【外題】
里見八犬傳第二輯巻之二
【本文】
南總里見八犬傳第二輯巻之二
東都 曲亭主人編次
「妙經の功徳煩惱の雲霧を披」「金まり大すけ」「玉つさ」「神変大菩薩」
尺素を遺て因果みづから訟
雲霧を拂て妖孽はじめて休
伏姬は思ひかけなく、奇しき童に說諭されて、無明の眠覺ながら、夢かとぞおもふ跡とめぬ、人の言葉のあやしきに、なほ疑ひははれ間なき、淚の雨に敷妙の、袖は物かは腸を、絞るばかりに哽かへり、歎き沈せ給ひけり。しかはあれども心操、人なみ〳〵に立まさる、日來雄々しき姬うへなれば、うち騷ぐ胸をおし鎭め、顏にかゝれる黑髮を、掻あげて目を拭ひ、「うたてやな前世に、造りし罪は秤成、おもさ輕さはしらねども、遂にこの身に報ひ來て、かくまで物を思はする、人のうらみのしうねさよ。遮莫親のうへに、かゝる崇を負にき、と聞ては後のその後の世まで、捺落の底に沈むとも、悔しと思ふべうもあらず。只はづかしく悲しきは、親の爲、又人の爲に、蓬き心もたなくに、何を種なる畜生の、その氣を受て八の子を、身に宿しなばいかにせん。そもこの山に入りにし日より、鶴の林のしげきをわき、鷲の嶺の高きを仰ぐ、一念不退讀經の外は、よに他事なきものから、佛もこゝに救ひ給はず、神さへ助け給はずて、有身れる事實ならば、よしや臥房を共にせずとも、それいひ解ん證据はなし。わがうへのみかは親の恥、九の世を換るとも、竟に雪る時しあらで、只畜生の妻といはれん。生ての恥辱、死してのうらみ、喩るに物あるべしや。斯とは兎の毛の末におく、露ばかりだもしらずして、曩に瀧田にをりしとき、犬を殺してもろともに、得死ざるこそ悔しけれ。死べき折はありながら、死おくれしも業因欤。されば善巧方便とて、說おかせ給ふなる、佛の書にも有がたき、因果といふもあまりあり。よしやこの子の生るゝ故に、親同胞に幸ありて、家の榮をませばとて、こよなき恥にやはかえん。悲しきかな」、と聲立て、傍の人にものいふごとく、思ひ凝てはなか〳〵に、賢しき心も亂れつゝ、忍ぶに堪ぬ繁薄、尾花が下にふし給ふ。
秋の日影のさりげなく、晝間は暑の名殘とて、岸に水浴る山鴉、頂近く鳴わたれば、伏姬佶と仰ぎ瞻つ、「現わが外に人もなき、こゝは寔に畜生道、この身を劈く劒の山路に、追登されし阿鼻地獄、後の世思ひやられたり。さるにても、彼童こそ不思議なれ。わが來しかたとゆくすゑを、審にしれる事、天眼通もて見る如し。加旃物のいひざま、爽にして岩走る、この山川より委なく、禍福吉凶を斷ること、只掌を指すに似たり。いにしへの指の神子、俯の老女といふとも、いとなしがたきわざなるべし。尒ればこれ神ならで、誰か復これをよくせん。素よりこの安房には、齡數百になりぬる醫師あることを聞ざれば、これに仕る神童、あるべうも覺ぬかし。渠只假に言を設て、われは醫師の弟子にて、藥を採るといひつるもの欤。そのをる所も定かならで、この山の麓といひ、或は洲崎にありといふ。これにて思ひあはすれば、これも亦役行者の示現にもやをはしますらん。曩にもかゝる利益あり。それは穉き時なれば、吾儕定かにしらねども、正しく得さし給ひぬる、珠數は霎時も身を放さず、祈念懈る事なければや、再び奇特を見せ給へども、遂に脫れぬ業因は、神も佛も今こゝに、せんすべなくぞをはすめる。斯ても凡夫のかなしさは、悟りかたく、迷ひ易かり。わが腹なるは八子にて、形つくらでこゝに生れ、生れて後に又生るとは、いかなる故にやあらんずらん。又子を產とき親にあはん、夫にもあはんとは、いよ〳〵思ひ辨へがたし。吾儕には苟にも、いひなづけたる良人はなし。この事のみは中らずとも、もし父うへがはる〳〵と、訪せ給はゞ影護し。身おもくなりしを親同胞に、恥かゞやかしく見られんより、流るゝ水に身を任し、骸もとゞめずなるならば、さて死恥をかくしなん。呼しか也」、とわれに問、われに答てやうやくに、思ひ決めつ、折敷く草に、膝突立て身を起し、水際に立より給ひしが、「さるにてもこの侭に、水屑とならば日來より、川の向ひの岸までも、專使を給はりし、母うへのおん慈みを、しらざるに似て罪ふかゝり。一筆遺し奉らば、とてもかくても業因、と思ひ捨させ給はなん。見る人なくはわが尺素も、朽なば朽よ命毛を、霎時延していそがん」、とひとりごちつゝ、折捨し、花かいとればほろ〳〵と、ちり際脆き村肝の、心も足もなよやかに、舊の洞にぞ入り給ふ。
當下八房は、自然生の薯蕷、枝つきの果なンど、くさ〴〵銜もて來つゝ、姬うへを待てをり。只今かへらせ給ふを見て、一反あまり走り出、長き袂に夤緣て、後に跟き、又先に立、尾を掉鼻を鳴しつゝ、迎入るゝが如くして、只管食を勸れども、伏姬はなか〳〵に、見るも齋忌しく疎しくて、絕て言葉もかけ給はず、石室の端ちかうゐて、硯に墨を搨流し、殘りすくなくなりにたる、料紙の皺を引延して、わがうへ、權者の示現まで、辭みじかく義理ふかく、いと哀れにぞ寫給ふ。折しもあれ、水は瀨まくらに轟きて、三閭大夫がうらみ、想像るべく、松は峯上に吟じて、有馬皇子が無常を示せり。「いにしへより今の世まで、賢きも愚なるも、直きも曲れるも、薄命にして屍を、溝涜野徑に曝せるもの、抑亦いくばくぞや。そが妻、そが子に至りては、數るにいとなかるべし。いづれはあれどわが身ひとつ、例すくなき業因にて、骸もとゞめず失にき、と母うへ傳聞給はゞ、そが侭絕も果給はん。それまでに在さずとも、なき後さへに限りなき、嘆きを倍させ奉る、不孝の罪は贖ふ時なし。幾遍思ひたえなん、と思へども思ひ絕がたきは、只恩愛の絆也。許させ給へ」、といへばえに、いはが根傳ふ松の露、袖の雫も末竟に、淚の川となるまでに、深きおもひを水莖の、筆にいはせて讀かへし、卷かへしつゝ嘆息し、「よしなく物を思ひにき。西方彌陀の利劒を借ずは煩惱の霸を斷がたし。土冥の旅の首途には、稱名の外あるべからず」、と忽地におもひかへしつ、手をりもて來し菊の花に、淸水を沃て恭しく、佛に手向奉り、襟に掛たる珠數を取て、推揉んとし給ふに、常にもあらで音はせず。「こは不思議や」、と取なほして、とさまかうさま見給ふに、數とりの珠に顯れたる、如是畜生發菩提心の、八の文字は跡もなく、いつの程にか仁義禮智忠信孝悌となりかはりて、いと鮮に讀れたり。
伏姬は又さらに、かゝる奇特を見る物から、なほ疑ひを解よしもなく、つら〳〵おもひ給ふやう、「この珠數はじめは仁義禮智、云云の文字あり。かくて八房に伴れ、この山に入らんとせし比、如是畜生云云と、八の文字になりてしかば、果して件の一句のごとく、八房も亦こゝに、菩提心を發したり。尒るに今又畜生四足の、文字は失て舊の如く、人道八行を示させ給ふ、權者の方便測がたし。いと淺はかなる女の智をもて、何と辨へ侍らんや。見る所をもて推ときは、吾儕は犬の氣を受て、平ならぬ身となりにし故に、遂に非命に終ること、畜生道の苦艱に似たり。されども佛法の功力にて、八房さへに菩提に入れり。來世は仁義八行の、人道に生るゝよしを、こゝに示させ給ふもの欤。もしさあらんには八房をも、わが手に殺さば畜生の、苦を拔くよすがとなりぬべし。いな〳〵それは不仁なり。渠はその主の爲に、大敵を亡したり。かゝれば是こよなき忠あり。又去歲よりしてこの山に、吾儕が飢渴を凌せたり。かゝれば又養ひの恩ふかゝり。よしや來世は人と生れて、富貴の家の子となるとも、その忠この恩あるものを、今情なく刃もて、死を促すに忍んや。これらのよしをありの隨に、吿て生死を渠に任せん。さは」とて珠數を左手に掛、前足突立こなたのみ、眺めをる犬にうち向ひ、「やよ八房、わがいふ事をよく聞けかし。よに幸なきもの二ッあり。又幸あるものふたつあり。則吾儕と汝なり。われは國主の息女なれども、義を重しとするゆゑに、畜生に伴る。これこの身の不幸なり。しかれども穢し犯されず、ゆくりなくも世を遯れて、自得の門に三寶の引接を希ひしかば、遂に念願成就して、けふ往生の素懷を遂なん。亦これこの身の幸なり。又只汝は畜生なれども、國に大功あるをもて、軈て國主の息女を獲たり。人畜の道異にして、その欲を得遂ざれども、耳に妙法の尊きを聽て、遂に菩提の心を發せり。これ汝が幸ひなり。しかれども生をかえ、形を變ふるによしなければ、こゝに四足の苦を脫れず、生てはその智をますことなく、死しては徒その皮を剥れん。亦これ汝が不幸也。汝生れてより七八年、犬馬にしてはその命、短しといふべからず。いたづらに生を貪り、わが死するを見て里に還らば、友に噬れ、笞に打れ、呵責忽地その身に及ん。又この山に住るとも、翌よりしては誰か亦、汝が爲に經を讀べき。梵音耳に入らずならば、菩提の心遂に失なん。只生を辭し死を樂み、人道の果を希はゞ、來世に人と生れざらんや。この理りをよくしらば、おなじ流に身を投て、共に彼岸に到れかし。さればとて時なほ早かり。われも浮世の名殘なり。且おん經を讀誦して、心しづかに元に皈らん。汝もこれを聽聞して、讀果なんとするときに、起て水際に赴けかし。さりとも不覺に命惜くは、野なれ里なれ老死よ。尒らば人果を得るときなからん。よく辨へよ」、と叮嚀に、諭し給へば、八房は、頭を低て憂るごとく、又尾を掉て歡ぶ如く、又感淚を流すに似たり。伏姬はこの形勢を、つく〳〵と見給ひて、「この犬誠に得度せり。怨るものゝ後身なりとも、既に佛果を得たらんには、弟義成が耳孫の世まで、絕て障礙はあるべからず。心やすし」と思ひとりて、彼遺書と提婆品の一卷を手に取て、洞より些すゝみ出、讀誦し訖らば遺書を、おん經に卷寵て、この石室に留ん、と思ひ給ひつ上平なる、石を机に坐を組て、彼一卷を額におし當、且く念じ給ひつゝ、はや讀出し給ふにぞ、八房は耳を側て、きくこと生平よりいと切なり。
抑提婆達多品は、妙法蓮華經、卷の五に在り。娑竭羅龍王の女兒かとよ、八歲にして智惠廣大、ふかく禪定に入て、諸法に了達し、菩提を得たる緣故を、說給へる經文なり。女人はこゝろ垢穢る。素より法器にあらず、又身に五障あり。故に成佛しかたきもの也。尒るに八歲龍女のごときは、はやくも無上菩提を得たり。便是女人にして、成佛の最初たり。かゝれば伏姬末期に及びて、身の爲又犬の爲に、提婆品を讀給ふ。今を限りと思へばや、音聲高く澄渡り、たえず又委ずして、蓮の絲を引く如く、又出水の走るに似たり。峯の松風もこれを和し、谷の幽響もこれに應ふ。石を集て聽衆とせし、むかしもかくぞありけんかし。いとも愛たきこと、道心なり。
さる程に讀經も既に果になりて、
「三千衆生發菩提心、而得受記、智積菩薩及舍利弗、一切衆生、默然信受、」
と讀給へば、八房は衝と身を起して、伏姬を見かへり見かへり、水際を指てゆく程に、前面の岸に鳥銃の筒音高く響して、忽地飛來る二ッたまに、八房は吭を打れて、煙の中に磤と仆し、あまれる丸に伏姬も、右の乳の下打破られて、「苦」と一聲叫びもあへず、經卷を手に拿ながら、橫ざまに轉輾び給ひぬ。
時なるかな去歲よりして、川よりあなたは靄ふかく、絕て晴間もなかりしに、今鳥銃の音とゝもに、拭ふが如く晴わたり、年なほわかき一個の獦人、柿に染たる栲の脚半に、おなじ色なる甲掛して、筵織の獵巾の緖を、結び放べて項に掛け、右手に鳥銃引提て、前面の岸に立あらはれ、流るゝ水を佶と見て、既に淺瀨を知りたりけん、軈て岸より走くだりて、拿たる鳥銃肩にうち掛、こなたを指てわたし來つ。この川ながれ急けれども、思ふには似ず淺して、水は高股を浸ざれば、彼壯佼はます〳〵勇みて、勢ひ猛虎の子を負ふごとく、又醉象の牝を追ふごとく、ちから足を踏進めて、その幅十丈あまりなる、流水を切て瞬間に、こなたの岸に走あがり、且鳥銃を揮揚て、打倒したる八房を、なほ擊こと五六十、骨碎け皮破れて、復甦べうもあらざれば、尒莞と笑て鳥銃投捨、「いで姬うへを」、と石室のほとりまで進み寄り、と見れば亦伏姬も、打倒されて氣息なし。「これは」とばかり駭きさわぎて、抱き起し奉り、且瘡口を展撿るに、幸にして痍は淺かり。周章き懷より、藥を取出て、口中に沃ぎ入れ、頻りに喚活奉れども、寸口の脈絕果て、全身ははや氷の如し。縱元化が術ありとも、救ふべうも見え給はねば、壯佼は天うち仰ぎて、數回嘆息し、「悲きかなわがなす所、謀る所は悉、鶍の觜と岩齬ひ、月來日來晴かたき、狹霧は晴つ、八房を、擊とめて來て見れば、あまれる丸に姬うへさへ、竟に縡絕給ひにき。出沒奇異なる犬にもおそれず、固りこゝは禁斷の山としりつゝ身を忘れ、命を捨ても姬うへを、救ひとりまゐらせん、と思ふ忠義は不忠となりて、又萬倍の罪を釀せり。百遍悔ひ、千遍悔とも、今はしもかへることなし。心ばかりの申わきには、肚かき切て姬うへの冥土のおん倶仕らん。またせ給へ」、と襟かき披きて、腰刀を拔出し、手拭に卷そえて、「南無阿彌陀佛」、と唱もあへず、はや刀尖を脇腹へ突立んとする程に、誰とはしらず松柏の、林が下に弦音高く、射出す獵箭に壯佼が、右手の臂射削たり。「これは」、とばかり、思はずも、拿たる刃をうち落され、驚きながら見かへれば、樹間隱れに聲高く、
「鼯は木末求むと足引の、山の佐都雄に遭にけるかも、」
と、口吟む一首の古歌に、「こは什麼誰」、と問せも果ず、「金碗大輔早まるな、且く等」、と呼とめて、里見治部大輔義實朝臣、熊の皮の行縢に、豹の尻鞘、篠釬して、弓箭携へ徐やかに、樹蔭をすゝみ出給へば、後方に續く從者なく、堀內藏人貞行のみ、精悍しき打扮して、主の左邊に引そふたり。
義實患る氣色にて、伏姬の亡骸を、尻目にかけて、最期の事は、いまだ何とも宣はず、いちはやくもほとりに落たる、珠數と遺書を見給ひて、「藏人あれを」、と宣ふにぞ、貞行はこゝろ得て、遽しくとりてまゐらする。義實朝臣は弓箭を捨て、珠數を刀の鞆に掛、且遺書を見給ふに、一句一段こと〴〵に、嗟嘆せずといふ事なく、又貞行にも見せ給ふ。そが中に、金碗大輔孝德は、慚愧その身を置ところなく、額に冷き汗をながし、刃を膝にひき敷て、只平伏てぞゐたりける。當下義實は、傍の石に尻を掛て、孝德にうち對ひ、「珍らしきかな金碗大輔。汝不覺に法度を犯して、この山に入るのみならず、今伏姬と八房を、うち殺せしには仔細ありなん。刃をおさめ、近う參りて、詳にこれをいへ。いかにぞや」、と問給ふ。しかれども孝德は、應まうすも面なくて、霎時頭を得も擧ず。この形勢に貞行は、そがほとりにすゝみ出、「大輔御諚で候ぞ。且刃をおさめずや。とくおん答を申さずや」、としば〳〵いはれて、孝德は、やうやくに頭を擡、刃を鞘に納めつゝ、插副の刀もろ共、是をば堀內貞行に、遞與て些し引退き、又貞行に對ていふやう、「死後れたる甲斐に、圖ずも君の尊顏を、拜し奉る歡びも、重々の越度にて、後悔の外候はず。申とくべき千萬句も、この期に至て詮なき所行、身の非を飾るに似たれ共、只一條を申上ん。去年安西景連に謀られて、安危のおん使を得果さず、脫れて走る道すがら、追捕の敵兵と血戰し、辛く瀧田へ立かへるに、はや景連が大軍充滿、稻麻のごとく攻圍む最中にて候へば、城に入ること竟に恊ず、切て和殿に力を勠し、一臂の忠を盡ん、と思ふて軈て東條へ、走ゆけどもその甲斐なく、彼處も蕪戶訥平が大軍に圍れたり。敵は虎口を退かず、夜は篝火を燒あかし、番兵をさ〳〵由斷せざれば、翅なうして城中へ、入るべうも候はず。一騎なりとも敵陣へ、突入て死ばや、と思ひ決め候ひしが、退きて思慮をめぐらし候へば、これも亦詮なき所行也。五指のかはるかはる彈んより、一拳にますことなし。兩城素より兵粮乏し。寔に危窮存亡の秋なり。われ鐮倉へ推參して、管領家へ急を吿、援兵を乞催して兩所の圍みを殺崩さば、君のおん爲此上あらじ、と思ひかへして白濱より、便舩して彼處に赴き、來由を述、急を吿、援兵を乞といへども、主君の書翰なきゆゑに、疑れて縡とゝのはず。そらだのめなる日を過し、手を空して安房へかへれば、景連ははや滅亡て、一國君がおん手に屬ぬ。吁歡し、と思ふにも、寸功もなく阿容々々と、見參には入りかたし。然りとて今さら腹も切られず、時節を俟て功を立、歸參を願ひ奉らん。それまでの隱宅にとて、舊里なれば上總なる、天羽の關村に赴きて、祖父一作に由緣ある、莊客某甲が家に身をよせ、なすこともなく去歲と暮れ、今茲もおなじ秋の色、深く潛びて候ひしに、本月の初旬、姬うへの事仄に聞えて、八房の犬に伴れ、富山の奧へ入り給ひき、と慥にこれを吿るものあり。こは未曾有の奇談にして、偏に主君の瑕瑾也。よしや彼犬年ふりて、人を魅るゝ靈ありとも、目に遮るものならば、擊にかたきことやはある。竊に富山にわけ登り、犬を殺して姬うへを、救ひとり奉らば、先非を贖ふ歸參のよすが、こゝに得たり、と尋思して、潛びて當國に立かへり、准備の鳥銃引提て、山に入ること五六日、姬うへのおん所在を只顧索奉るに、あなたの岸には狹霧ふかくて、一ト日も晴るゝときを得ず、水の音のみ凄じく、廣陜深淺も測がたかり。蜑崎輝武が溺死の事さへ、傳聞て候へば、こゝなるべし、と推量して、かろ〳〵しくは得涉さず。川一條に隔られ、奧を見ることかなはねば、けふも空く暮すか、とこゝろ頻りに焦燥のみ、果は疲勞て水際の松に、尻うち掛てながむれども、見れども見えぬ溪澗の、はるかあなたに經よむ聲、いとも幽に聞えたり。すはや、と騷ぐ胸を鎭め、水際にすゝみて、耳を側て、つく〳〵と聞ば女子の聲也。こは疑ふべうもあらず、姬うへにましますべし。既にそのおん聲を聞つ、いまだおん姿を見るによしなし。この時にして神明佛陀の冥助を仰ぐにあらざりせば、志を遂かたけん。當國洲崎大明神、那古の觀音大菩薩、孝德が忠義空からずは、狹霧をおさめてこの川を、輙くわたさせ給へかし、と丹誠を抽つゝ、且く祈念して目をひらけば、不思議なるかな今までも、黑白をわかぬ川霧は、拭ふが如く晴わたる。前面迥に眺望れば、石室とおぼしきほとりに、見えさせ給ふは姬うへなり。思ひしより瀨は淺し、何でふこゝろ勇ざらん。既にわたさんとする程に、八房はこなたを見てや、水際を指て走り來つ。這奴よせつけてはあしかりなん、擊とめて後にこそ、彼處へはまゐらめ、と思ふ矢ごろは程よくなりぬ。拿たる鳥銃取なほし、狙固めし二ッたま、火蓋を切れば愆たず、犬は水際に仆れたり。わが物獲つ、と早川の水よりはやく涉來て、見れば又姬うへも、あまれる丸に傷られて、おなじ枕にふし給ふ。さりけれども痍は淺かり、濟れ給ふこともや、とこゝろを盡し、手を殫せども、縡絕給へばすべもなし。身の薄命とはいひながら、毛を吹て疵を求めたる、後悔其處に立ざれば、切て冥土のおん倶せん、と既に覺期を究し折、思ひかけなくわが君に、禁られ奉り、得死ざるも天罰ならん。法度を犯してこの山へ、しのび入るのみならず、姬うへさへに害ひしは、是八逆の罪人也。君がまに〳〵刑罰を、希ふ外候はず。堀內ぬし、藏人どの、索かけ給へ」、と背ざまに、手をめぐらしてついゐたり。
義實患る氣色にて、伏姬の亡骸を、尻目にかけて、最期の事は、いまだ何とも宣はず、いちはやくもほとりに落たる、珠數と遺書を見給ひて、「藏人あれを」、と宣ふにぞ、貞行はこゝろ得て、遽しくとりてまゐらする。義實朝臣は弓箭を捨て、珠數を刀の鞆に掛、且遺書を見給ふに、一句一段こと〴〵に、嗟嘆せずといふ事なく、又貞行にも見せ給ふ。そが中に、金碗大輔孝德は、慚愧その身を置ところなく、額に冷き汗をながし、刃を膝にひき敷て、只平伏てぞゐたりける。當下義實は、傍の石に尻を掛て、孝德にうち對ひ、「珍らしきかな金碗大輔。汝不覺に法度を犯して、この山に入るのみならず、今伏姬と八房を、うち殺せしには仔細ありなん。刃をおさめ、近う參りて、詳にこれをいへ。いかにぞや」、と問給ふ。しかれども孝德は、應まうすも面なくて、霎時頭を得も擧ず。この形勢に貞行は、そがほとりにすゝみ出、「大輔御諚で候ぞ。且刃をおさめずや。とくおん答を申さずや」、としば〳〵いはれて、孝德は、やうやくに頭を擡、刃を鞘に納めつゝ、插副の刀もろ共、是をば堀內貞行に、遞與て些し引退き、又貞行に對ていふやう、「死後れたる甲斐に、圖ずも君の尊顏を、拜し奉る歡びも、重々の越度にて、後悔の外候はず。申とくべき千萬句も、この期に至て詮なき所行、身の非を飾るに似たれ共、只一條を申上ん。去年安西景連に謀られて、安危のおん使を得果さず、脫れて走る道すがら、追捕の敵兵と血戰し、辛く瀧田へ立かへるに、はや景連が大軍充滿、稻麻のごとく攻圍む最中にて候へば、城に入ること竟に恊ず、切て和殿に力を勠し、一臂の忠を盡ん、と思ふて軈て東條へ、走ゆけどもその甲斐なく、彼處も蕪戶訥平が大軍に圍れたり。敵は虎口を退かず、夜は篝火を燒あかし、番兵をさ〳〵由斷せざれば、翅なうして城中へ、入るべうも候はず。一騎なりとも敵陣へ、突入て死ばや、と思ひ決め候ひしが、退きて思慮をめぐらし候へば、これも亦詮なき所行也。五指のかはるかはる彈んより、一拳にますことなし。兩城素より兵粮乏し。寔に危窮存亡の秋なり。われ鐮倉へ推參して、管領家へ急を吿、援兵を乞催して兩所の圍みを殺崩さば、君のおん爲此上あらじ、と思ひかへして白濱より、便舩して彼處に赴き、來由を述、急を吿、援兵を乞といへども、主君の書翰なきゆゑに、疑れて縡とゝのはず。そらだのめなる日を過し、手を空して安房へかへれば、景連ははや滅亡て、一國君がおん手に屬ぬ。吁歡し、と思ふにも、寸功もなく阿容々々と、見參には入りかたし。然りとて今さら腹も切られず、時節を俟て功を立、歸參を願ひ奉らん。それまでの隱宅にとて、舊里なれば上總なる、天羽の關村に赴きて、祖父一作に由緣ある、莊客某甲が家に身をよせ、なすこともなく去歲と暮れ、今茲もおなじ秋の色、深く潛びて候ひしに、本月の初旬、姬うへの事仄に聞えて、八房の犬に伴れ、富山の奧へ入り給ひき、と慥にこれを吿るものあり。こは未曾有の奇談にして、偏に主君の瑕瑾也。よしや彼犬年ふりて、人を魅るゝ靈ありとも、目に遮るものならば、擊にかたきことやはある。竊に富山にわけ登り、犬を殺して姬うへを、救ひとり奉らば、先非を贖ふ歸參のよすが、こゝに得たり、と尋思して、潛びて當國に立かへり、准備の鳥銃引提て、山に入ること五六日、姬うへのおん所在を只顧索奉るに、あなたの岸には狹霧ふかくて、一ト日も晴るゝときを得ず、水の音のみ凄じく、廣陜深淺も測がたかり。蜑崎輝武が溺死の事さへ、傳聞て候へば、こゝなるべし、と推量して、かろ〳〵しくは得涉さず。川一條に隔られ、奧を見ることかなはねば、けふも空く暮すか、とこゝろ頻りに焦燥のみ、果は疲勞て水際の松に、尻うち掛てながむれども、見れども見えぬ溪澗の、はるかあなたに經よむ聲、いとも幽に聞えたり。すはや、と騷ぐ胸を鎭め、水際にすゝみて、耳を側て、つく〳〵と聞ば女子の聲也。こは疑ふべうもあらず、姬うへにましますべし。既にそのおん聲を聞つ、いまだおん姿を見るによしなし。この時にして神明佛陀の冥助を仰ぐにあらざりせば、志を遂かたけん。當國洲崎大明神、那古の觀音大菩薩、孝德が忠義空からずは、狹霧をおさめてこの川を、輙くわたさせ給へかし、と丹誠を抽つゝ、且く祈念して目をひらけば、不思議なるかな今までも、黑白をわかぬ川霧は、拭ふが如く晴わたる。前面迥に眺望れば、石室とおぼしきほとりに、見えさせ給ふは姬うへなり。思ひしより瀨は淺し、何でふこゝろ勇ざらん。既にわたさんとする程に、八房はこなたを見てや、水際を指て走り來つ。這奴よせつけてはあしかりなん、擊とめて後にこそ、彼處へはまゐらめ、と思ふ矢ごろは程よくなりぬ。拿たる鳥銃取なほし、狙固めし二ッたま、火蓋を切れば愆たず、犬は水際に仆れたり。わが物獲つ、と早川の水よりはやく涉來て、見れば又姬うへも、あまれる丸に傷られて、おなじ枕にふし給ふ。さりけれども痍は淺かり、濟れ給ふこともや、とこゝろを盡し、手を殫せども、縡絕給へばすべもなし。身の薄命とはいひながら、毛を吹て疵を求めたる、後悔其處に立ざれば、切て冥土のおん倶せん、と既に覺期を究し折、思ひかけなくわが君に、禁られ奉り、得死ざるも天罰ならん。法度を犯してこの山へ、しのび入るのみならず、姬うへさへに害ひしは、是八逆の罪人也。君がまに〳〵刑罰を、希ふ外候はず。堀內ぬし、藏人どの、索かけ給へ」、と背ざまに、手をめぐらしてついゐたり。
貞行は孝德が、忠心をよくしりつ、聞く事每に點頭のみ、主君の氣色を伺へば、義實嵯嘆大かたならず、且して宣ふやう、「現禍福得失は、人力をもてよくしかたく、凡智をもて瑞べからず。やをれ大輔、汝寔にその罪あり。刑罪逭れかたしといへども、伏姬が死は天命なり。渠もし汝に擊れずは、かならずこの川の水屑とならん。藏人その遺書を、讀聞せよ」、と宣へば、「うけ給はりつ」、と應つゝ、大輔がほとりについゐて、首より尾まで、高やかに讀ほどに、孝德ます〳〵慚愧して、伏姬の賢才義烈に、感淚を拭ひあへず、いよゝ麁忽を悔欺きぬ。
讀果ければ義實は、又孝德にうち對ひ、「大輔何とこゝろ得たるぞ。伏姬が死を禁んとて、われ亦潛びて來つるにあらず。此度五十子が病著は、只伏姬を愛惜の心氣疲勞れて危急に及べり。渠が願ひも然ることながら、無異にしてこの山の奧を見んこと心もとなし。とさまかうさま思ふ折、われのみならで藏人さへ、如此々々の示現を得たり。よりて從者等を麓に留め、只われと貞行と、この山に登るものから、示現に任して川をわたさず、遠く水上をめぐりつゝ、この石室の背に到れり。主從既にこの處に、近つかんとする程に、鳥銃の筒音に、うち驚きて來て見れば、伏姬も八房も、矢庭に擊れて仆れたり。折から川を涉すもの、問ずして伏姬が讐なりけり、と見てければ、霎時樹蔭に躱ひて、縡のやうを窺ふに、豈おもはんや癖者は、月來日來こゝろに懸りし、金碗大輔ならんとは。渠騷ぎたるおもゝちにて、姬を呼活手を盡す、療養竟に屆ずして、自殺の覺期は野心もて、姬を殺せしものならず、と思ひにければ呼とめたり。汝みづから思惟よ。犬を殺して伏姬を、すくひとらるゝものならば、義實こよなき恥を忍び、最愛の女兒をすてゝ、けふまで汝が手をまたんや。賞罰は政の樞機なり。言一トたび出るときは、駟も舌に及ばず。戲言といへども八房に、われ伏姬を許したり。この一言にて剛敵亡び、四の郡は義實が、掌に入りし事、只八房が大功なれば、われも前諾を變ふるに由なく、姬も亦これを固辭はず、そがまゝ犬に伴れ、蹟を深山に住むといへども、幸にして穢されず、一念讀經の功力によりて、八房さへに菩提に入りぬ。渠が婬欲なきを見て、伏姬これを憐り。憐ぶ心深くして、しらずしてその氣を感じ、有身れることいよ〳〵奇なり。今その筆の迹を見て、この禍の胎るところ、因果の道理を知覺せり。われ當國に義兵を揚て、山下定包を討しとき、その妻玉梓を生拘つ。陳謝理りあるに似たれば、放し得させんといひつるを、大輔が父八郞孝吉、いたく諫て頭を刎たり。これによりてその冤魂、わが主從に崇をなす欤、とはじめて心つきたりしは、金碗孝吉が自殺のとき、朦朧として女の姿、わが眼に遮りにき。かくてかの玉梓が、うらみはこゝに嗛らず、八房の犬と生かはりて、伏姬を將て、深山邊に、隱れて親に物をおもはせ、伏姬は又思ひかけなき、八郞が子に擊れたり。加以大輔は、罪なうして亡命し、忠義によつて罪を獲たり。皆是因果の係るところ、緣故を推ときは、ひとり義實が愆より起れり。物がいはせて八房に、伏姬を許せしは、赦すまじき玉梓を、助んといひし口の過、言葉の露は末竟に、この溪澗に落あふて、くるしき山に生死の、海を見るこそ悲しけれ。さりとて歎くは詮なき事なり。神灵に正あり邪あり。神の怒るを罰といひ、鬼の怒るを崇といふ。彼玉梓は惡灵なり。伏姬が死は崇なり。大輔さへに脫れず、不憶罪を得たり。寔に故ある事なれば、憾みなせそ」、と身を譴て、いと叮嚀に諭し給ふ。叡智に感して孝德は、思はずも小膝を進め、「御諚によつて父が自殺も、身の薄命を曉るに足れり。しかれども猶疑ひあり。八房すでに菩提に入らば、惡灵崇をなすべからず。君は權者の示現によりて、姬うへを訪せ給へば、縱定業にましますとも、神佛のちからをもて、けふ一チ日は恙なく、姬うへこゝに在すべきに、御登山その甲斐なき事は、いかなる故に候はん」、と問奉れば、貞行も、小膝を拍て、側より、「大輔微妙申シたり。わが君のみにましまさず。一卜日も晴ぬ川霧の、忽地晴れしは和殿がうへにも、神佛の冥助あるに似て、その實はみな非なり。これらの事は某も、こゝろ得がたく候」、と眞實だちて申すにぞ、義實朝臣うち點頭、「われも亦神ならねば、定かに思ひ辨ねども、禍福は糾る纒の如し。人の命は天に係れり。われこの山に到ずして、伏姬むなしくならんには、渠只犬の妻といはれん。則姬が節操德義と、八房が菩提に入りしを、親にも世にもしらせんとて、權者の導き給ふなるべし。然あらんには玉蜻の息あるうちにあはずとも、その甲斐なしといふべからず。又川霧の晴間なくて、伏姬も八房も、大輔に擊れずは、共にこの川の水屑となりなん。縱遺書ありといふとも、しらざるものは情死といはん欤。さては遺恨の事ならずや。今さらいふべき事ならねども、大輔が父八郞は、功ありながら賞を受ず、自殺せし事不便也。いかでその子をとり立て、東條の城主にせん、伏姬をもて妻せん、と思ふ折から大輔は、使して遂にかへらず、伏姬は八房に、伴れて深山に入りぬ。こゝに至りて豫が宿念、畫餠となりていとゞしく、こゝろに愧ること多かり。この婚緣は明々地に、とり結るにあらねども、親が心に許せしかば、伏姬に示したる、神童が言葉にも、親と夫にあはんといひけん、夫は汝をいふなるべし。かゝる故に姬と犬とを、大輔に擊し給ふ欤。則權者大方便の妙所といはんもいとかしこし。因緣かくの如くならば、誰をか咎、誰をか恨ん。弦强ければ、かならず弛む、物極れば、かならず休。今よりしてわが家に、灵の障礙はあるべからず。子孫ます〳〵繁昌せん欤。さは思はずや」、と諭し給へば、貞行も孝德も、疑念は春の氷のごとく、解て落淚したりけり。
且して孝德は、襟かき合せ、形を改め、「冥加に餘る君の高恩、御胸中に祕させ給ひし、婚緣の事などは、うけ給はらんも物體なし。固よりしらぬことながら、こゝろありて姬うへを、救ひとらんとせしこともや、と後にぞ人はいふべからん。只速に某が頭を刎させ給へかし」、と又他事もなく申けり。義實これを聞あへず、「そは勿論の事ぞかし。さりながら、心をつけてつら〳〵見るに、伏姬が痍はいと淺かり。もし甦生する事あらば、汝を殺すも早からずや。われ熟この珠數を見るに、如是畜生云云の一句はさらにはじめにかへりて、仁義八行を示すものから、震驗は失べからず。尒るに姬が倒るゝとき、この珠數その身を離れしかば、淺痍なれども絕入けん。渠は穉き時よりして、この珠數をもて安危を知れり。縱命數殫るとも、祈らば利益なきことあらんや。縡恊ずは是非もなし。かくてや已ん」、と鞆に掛たる、珠數とりあげて額におし當、且く念じて伏姬の襟に手つから掛給へば、貞行孝德左右より、むなしき骸を抱起し、役行者の名號を唱て、只顧祈念する程に、伏姬忽地目を睜きて、一息吻とつき給へば、貞行孝德歡喜に堪ず、「姬うへ御こゝろつかせ給ふ欤。藏人にて候ぞ。大輔にて候ぞ。おん父君もわたらせ給ひぬ。おん心持はいかに候ぞや」、ととはれて左右を見かへりつゝ、取られたる手をふり放ち、諸袖顏におし當て、只潸然と泣給ふ。「現理り」、と義實は、間近く寄て袖引搖し、「伏姬さのみ愧給ふな。こゝには主從三人のみ。從者等はみな麓に在り。此度母の願によりて、義實みづから來つる事、一朝の議にあらず、權者の示現によるもの也。おん身がうへ、又八房が事さへに、遺書を見てしれり。尒るに金碗大輔は、去歲より上總のかたにをり、おん身がうへを傳聞て、弱冠の一トすぢごゝろに、縡の顛末問も定めず、おん身を救ひとらんとて、われより先にこの山に、潛び入つゝ八房を、擊倒したる丸拔て、おん身も痍淺を負給へり。八房が死は不便なれども、大輔に擊れし事、是亦因緣なきにあらず。渠はわがこゝろひとつに、女婿にせばやと思ひしもの也。さればこそ、書遺されし、神童が言葉にも、親と夫にあふよしをいはずや。枉て瀧田へ立かへり、病髐ひし母がこゝろを、慰め給へ。やよ伏姬」、と理り切て諭し給へば、貞行等もろともに、「御歸館の事勿論也。一旦の義によりて、八房に伴れ、一年あまりこの山に隱り給へば、その事果たり。よしや是より遁世のおん志ふかくとも、御孝行にはかえがたけん。かへらせ給へ」、とこしらへつ、賺しつ勦り奉れば、伏姬は涌かへる、淚をしば〳〵押拭ひ、「舊の身にしてあるならば、親のみづから迎へ給ふ、仰を背き侍らんや。かくまで過世あし引の山の獸に異ならで、火鉋に打れて身を終りなば、人なみ〳〵に外れたる、罪滅しに侍らんに、それもかなはずはづかしき、この形容を親に見せ、人に見られで阿容々々と、いづれの里へかへらるべき。餌に囁く鳥の巢だちせず、片羽なる子は可愛さも、八しほにますと鄙語に、いふはまこと欤飽までに、慈愛せ給ふなる、家尊家母のおん歎き、譬ていはゞ夜の鶴、つま戀せねどわれも又、燒野の雉子ひとり鳴く、淚の雨は沸かへり、わきかへるまで苦しき海を、けふ脫れんと命毛の、筆に遺せしかず〳〵を、何とか見させ給ひけん。火宅を出て煩惱の、犬も菩提の友なれば、この身は絕て穢されず、犯されねども、山菅の、實ならぬ身さへ結びては、有無の二ッをわれからに、決めかねてぞ侍るかし。又父うへの御こゝろに、そを壻がねにと豫より、思食たるものありとも、この期になりて云云と、聞えさせ給ひては、人も得しらぬおん愆を、かさねさせ給ふならずや。譬ば金碗大輔と、佅背の因なしといふとも、親のこゝろに許させ給ひし、夫に負きて八房に、伴れなば、をんなのうへに、こよなき不義に侍るべし。素よりわらはに壻がねの、ありとしるべきよしもなし。わらはもしらず、渠もしらず、君只ひとり知召は、墳に劒を掛るもよしなし。又八房を夫とせば、大輔はわらはが爲に、こよなき讐に侍るめり。八房もわが夫に侍らず、大輔も亦わが良人ならず。この身はひとり生れ來て、ひとりぞ歸る櫬出の旅、留め給ふはおん慈み、過てあまりに情なし。いともかしこし親の恩、思へば高き山斧の、迎を推辭奉るは、不孝のうへの不孝也。又あひかたき時も日も、見かたき親のおん顏も、見つゝしりつゝまゐらぬは、此身に重き罪障の、やるかたもなき故なれば、思ひ捨させ給へかし。これらのよしを母うへに、勸解言吿て、百年の、おん壽を願ふのみ。とてもかくても淺ましき、姿を見られ奉りては、亡骸かくすも無益なり。孕婦の新鬼は、みな血盆に沈むといふ。それも脫れぬ業報ならば、厭ふも甲斐なきことながら、その父なくてあやしくも、宿れる胤をひらかずは、おのが惑ひも、人々の、疑ひも又いつか解べき。これ見給へ」、と臂ちかなる、護身刀を引拔て、腹へぐさと突立て、眞一字に掻切給へば、あやしむべし瘡口より、一朶の白氣閃き出、襟に掛させ給ひたる、彼水晶の珠數をつゝみて、虛空に舛ると見えし、珠數は忽地弗と斷離れて、その一百は連ねしまゝに、地上へ戞と落とゞまり、空に遺れる八の珠は、粲然としで光明をはなち、飛遶り入紊れて、赫奕たる光景は、流るゝ星に異ならず。主從は今さらに、姬の自殺を禁めあへず、われにもあらで蒼天を、うち仰ぎつゝ目も黑白に、「あれよ〳〵」、と見る程に、颯と音し來る山おろしの風のまに〳〵八の灵光は、八方に散失て、跡は東の山の端に、夕月のみぞさし昇る。當是數年の後、八犬士出現して、遂に里見の家に集合、萌牙をこゝにひらくなるべし。
「肚を裂て伏姫八犬子を走らす」「ほり内貞行」「里見よしさね」「金鞠大すけたかのり」「伏姫」「おさめつかひ」「をとめ使」
かくても姬は深痍に屈せず、飛去る灵光を目送りて、「歡しやわが腹に、物がましきはなかりけり。神の結びし腹帶も、疑ひも稍解たれば、心にかゝる雲もなし。浮世の月を見殘して、いそぐは西の天にこそ。導き給へ彌陀佛」、と唱もあへず、手も鞆も、鮮血に塗るゝ刃を拔捨、そがまゝ磤とふし給ふ。こゝろ言葉も女子には、似げなきまでに逞しき、最期は特にあはれなり。


