南総里見八犬伝(014)

南總里見八犬傳第二輯卷之二第十三回
東都 曲亭主人 編次
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【外題】
里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯だいにしゆう巻之二

【本文】
南總里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯(だいにしゆう巻之二
東都 曲亭主人編次


「妙經めうきやうの功徳くどく煩惱ぼんなうの雲霧うんむを披ひらく」「金まり大すけ」「玉つさ」「神変大菩薩」

尺素ふみを遺のこして因果いんぐわみづから訟うつたふ
雲霧うんむを拂はらつて妖孽あやしみはじめて休やむ

 伏姬ふせひめは思ひかけなく、奇しき童わらべに說諭ときさとされて、無明むめうの眠覺ねむりさめながら、夢かとぞおもふ跡あととめぬ、人の言葉のあやしきに、なほ疑ひははれ間まなき、淚の雨に敷妙しきたへの、袖そでは物かは腸はらわたを、絞しぼるばかりに哽むせかへり、歎なげき沈しづませ給ひけり。しかはあれども心操こゝろばえ、人なみ〳〵に立たちまさる、日來雄ひころを々ゝしき姬うへなれば、うち騷さわぐ胸をおし鎭しづめ、顏にかゝれる黑髮くろかみを、掻かきあげて目を拭ぬぐひ、「うたてやな前世さきつよに、造りし罪は秤成はかりなす、おもさ輕かろさはしらねども、遂つひにこの身に報むくひ來きて、かくまで物を思はする、人のうらみのしうねさよ。遮莫さもあらばあれ親のうへに、かゝる崇たゝりを負おひにき、と聞きゝては後のちのその後のちの世まで、捺落ならくの底に沈むとも、悔くやしと思ふべうもあらず。只たゞはづかしく悲しきは、親の爲、又人の爲に、蓬きたなき心もたなくに、何なにを種たねなる畜生ちくせうの、その氣を受うけて八やつの子を、身に宿やどしなばいかにせん。そもこの山に入りにし日より、鶴つるの林のしげきをわき、鷲わしの嶺たかねの高きを仰あふぐ、一念不退讀經いちねんふたいどきやうの外ほかは、よに他事あだしごとなきものから、佛もこゝに救ひ給はず、神さへ助け給はずて、有身みこもれる事實じつならば、よしや臥房ふしどを共にせずとも、それいひ解とかん證据あかしはなし。わがうへのみかは親の恥はぢ、九こゝのつの世を換かゆるとも、竟つひに雪きよむる時しあらで、只畜生たゞちくせうの妻といはれん。生いきての恥辱、死してのうらみ、喩たとふるに物あるべしや。斯かうとは兎の毛の末におく、露つゆばかりだもしらずして、曩さきに瀧田にをりしとき、犬を殺してもろともに、得死えしなざるこそ悔くやしけれ。死しすべき折をりはありながら、死しにおくれしも業因欤ごういんか。されば善巧方便ぜんこうほうべんとて、說ときおかせ給ふなる、佛の書ふみにも有ありがたき、因果いんぐわといふもあまりあり。よしやこの子の生うまるゝ故ゆゑに、親同胞おやはらからに幸さちありて、家の榮さかえをませばとて、こよなき恥にやはかえん。悲しきかな」、と聲立たてて、傍かたへの人にものいふごとく、思ひ凝こつてはなか〳〵に、賢さかしき心も亂れつゝ、忍ぶに堪たへぬ繁薄しのすゝき、尾花をばなが下にふし給ふ。

 秋の日影のさりげなく、晝間は暑あつさの名殘なごりとて、岸に水浴みづとる山鴉やまがらす、頂いたゞき近く鳴なきわたれば、伏姬佶きつと仰あほぎ瞻みつ、「現げにわが外ほかに人もなき、こゝは寔まことに畜生道ちくせうどう、この身を劈つんざく劒つるぎの山路やまぢに、追登おひのぼされし阿鼻地獄あびぢごく、後のちの世思ひやられたり。さるにても、彼童かのわらべこそ不思議なれ。わが來しかたとゆくすゑを、審つまびらかにしれる事、天眼通てんがんつうもて見る如し。加旃しかのみならず物のいひざま、爽さはやかにして岩走いはばしる、この山川より委よどみなく、禍福吉凶くわふくきつきやうを斷ことわること、只掌たゞななそこを指さすに似たり。いにしへの指さすの神子みこ、俯うつぶしの老女おふなといふとも、いとなしがたきわざなるべし。尒しかればこれ神ならで、誰たれか復またこれをよくせん。素もとよりこの安房あはには、齡數よはひす百になりぬる醫師くすしあることを聞きかざれば、これに仕つかふる神童かんわらは、あるべうも覺おぼえぬかし。渠只假かれたゞかりに言ことを設まうけて、われは醫師くすしの弟子をしえごにて、藥を採るといひつるもの欤か。そのをる所も定かならで、この山の麓ふもとといひ、或あるは洲崎すさきにありといふ。これにて思ひあはすれば、これも亦役行者またえんのぎやうじやの示現じげんにもやをはしますらん。曩さきにもかゝる利益りやくあり。それは穉をさなき時なれば、吾儕定わなみさだかにしらねども、正まさしく得えさし給ひぬる、珠數ずゞは霎時しばしも身を放さず、祈念懈おこたる事なければや、再び奇特きどくを見せ給へども、遂つひに脫のがれぬ業因ごういんは、神も佛も今こゝに、せんすべなくぞをはすめる。斯かくても凡夫ぼんぶのかなしさは、悟りかたく、迷ひ易やすかり。わが腹なるは八子やつこにて、形つくらでこゝに生うまれ、生れて後のちに又生うまるとは、いかなる故ゆゑにやあらんずらん。又子を產うむとき親にあはん、夫をとこにもあはんとは、いよ〳〵思ひ辨わきまへがたし。吾儕わなみには苟かりそめにも、いひなづけたる良人つまはなし。この事のみは中あたらずとも、もし父うへがはる〳〵と、訪とはせ給はゞ影護うしろめたし。身おもくなりしを親同胞おやはらからに、恥はぢかゞやかしく見られんより、流るゝ水に身を任まかし、骸からもとゞめずなるならば、さて死恥しにはぢをかくしなん。呼あゝしか也」、とわれに問とひ、われに答こたへてやうやくに、思ひ決さだめつ、折敷をりしく草に、膝突立ひざつきたてて身を起し、水際みぎわに立たちより給ひしが、「さるにてもこの侭まゝに、水屑みくずとならば日來ひごろより、川の向ひの岸までも、專使おさめつかひを給はりし、母うへのおん慈いつくしみを、しらざるに似て罪ふかゝり。一筆遺ひとふでのこし奉らば、とてもかくても業因、と思ひ捨すてさせ給はなん。見る人なくはわが尺素ふみも、朽くちなば朽くちよ命毛いのちげを、霎時延しばしのばしていそがん」、とひとりごちつゝ、折捨をりすてし、花かいとればほろ〳〵と、ちり際脆きわもろき村肝むらきもの、心も足もなよやかに、舊もとの洞ほらにぞ入いり給ふ。

 當下八房そのときやつふさは、自然生じねんせうの薯蕷やまついも、枝つきの果このみなンど、くさ〴〵銜ついばみもて來つゝ、姬うへを待まちてをり。只今かへらせ給ふを見て、一反いつたんあまり走り出いで、長き袂たもとに夤緣まつはりて、後あとに跟つき、又先に立たち、尾を掉ふり鼻を鳴ならしつゝ、迎入むかへいるゝが如くして、只管食ひたすらしよくを勸すゝむれども、伏姬はなか〳〵に、見るも齋忌ゆゆしく疎うとましくて、絕たえて言葉もかけ給はず、石室いはむろの端はしちかうゐて、硯すゞりに墨すみを搨流すりながし、殘りすくなくなりにたる、料紙れうしの皺しわを引延ひきのばして、わがうへ、權者ごんしやの示現じげんまで、辭ことばみじかく義理ふかく、いと哀れにぞ寫かき給ふ。折しもあれ、水は瀨まくらに轟とゞろきて、三閭大夫さんりよたいふがうらみ、想像おもひやるべく、松は峯上をのへに吟ぎんじて、有馬皇子ありまのみこが無常を示せり。「いにしへより今の世まで、賢かしこきも愚おろかなるも、直なほきも曲まがれるも、薄命はくめいにして屍しかばねを、溝涜野徑こうとくやけいに曝さらせるもの、抑亦そもそもまたいくばくぞや。そが妻、そが子に至りては、數かぞふるにいとなかるべし。いづれはあれどわが身ひとつ、例ためしすくなき業因ごういんにて、骸からもとゞめず失うせにき、と母うへ傳聞つたへきゝ給はゞ、そが侭絕まゝたえも果はて給はん。それまでに在ましまさずとも、なき後のちさへに限りなき、嘆きを倍まさせ奉たてまつる、不孝の罪は贖あがなふ時なし。幾遍いくたび思ひたえなん、と思へども思ひ絕たえがたきは、只恩愛たゞおんあいの絆ほだし也。許させ給へ」、といへばえに、いはが根ね傳ふ松の露つゆ、袖そでの雫しづくも末竟つひに、淚の川となるまでに、深きおもひを水莖みづくきの、筆にいはせて讀よみかへし、卷まきかへしつゝ嘆息し、「よしなく物を思ひにき。西方彌陀さいほうみだの利劒りけんを借からずは煩惱ぼんなうの霸きづなを斷たちがたし。土冥よみぢの旅の首途かどでには、稱名せうめうの外ほかあるべからず」、と忽地たちまちにおもひかへしつ、手たをりもて來し菊きくの花に、淸水しみづを沃そゝぎて恭うやうやしく、佛に手向たむけ奉り、襟えりに掛かけたる珠數ずゝを取とりて、推揉おしもまんとし給ふに、常にもあらで音はせず。「こは不思議や」、と取とりなほして、とさまかうさま見給ふに、數かずとりの珠たまに顯あらはれたる、如是畜生發菩提心によぜちくせうほつぼだいしんの、八やつの文字もんじは跡あともなく、いつの程にか仁義禮じんぎれい智忠信孝悌ちちうしんこうていとなりかはりて、いと鮮あざやかに讀よまれたり。

 伏姬ふせひめは又またさらに、かゝる奇特きどくを見る物から、なほ疑ひを解とくよしもなく、つら〳〵おもひ給ふやう、「この珠數ずゞはじめは仁義禮智、云云しか〴〵の文字もんじあり。かくて八房に伴ともなはれ、この山に入らんとせし比ころ、如是畜生云云しか〴〵と、八やつの文字もんじになりてしかば、果して件くだんの一句のごとく、八房も亦またこゝに、菩提心ほだいしんを發おこしたり。尒しかるに今又畜生四足ちくせうしそくの、文字もんじは失うせて舊もとの如く、人道八行にんどうはつこうを示させ給ふ、權者ごんしやの方便測ほうべんはかりがたし。いと淺あさはかなる女の智ちをもて、何なにと辨わきまへ侍らんや。見る所をもて推おすときは、吾儕わなみは犬の氣きを受うけて、平たゞならぬ身となりにし故ゆゑに、遂つひに非命ひめいに終ること、畜生道の苦艱くげんに似たり。されども佛法みのりの功力くりきにて、八房さへに菩提に入いれり。來世こんよは仁義八行じんぎはつこうの、人道にんどうに生うまるゝよしを、こゝに示させ給ふもの欤か。もしさあらんには八房をも、わが手に殺さば畜生の、苦を拔くよすがとなりぬべし。いな〳〵それは不仁ふじんなり。渠かれはその主しゆうの爲に、大敵たいてきを亡ほろぼしたり。かゝれば是これこよなき忠あり。又去歲こぞよりしてこの山に、吾儕わなみが飢渴うへを凌しのがせたり。かゝれば又養ひの恩ふかゝり。よしや來世こんよは人と生れて、富貴ふうさの家の子となるとも、その忠この恩あるものを、今情なさけなく刃やいばもて、死を促うながすに忍しのびんや。これらのよしをありの隨まゝに、吿つげて生死せうしを渠かれに任まかせん。さは」とて珠數ずゞを左手ゆんでに掛かけ、前足突立つきたてこなたのみ、眺ながめをる犬にうち向ひ、「やよ八房、わがいふ事をよく聞けかし。よに幸さちなきもの二ッあり。又幸さちあるものふたつあり。則すなはち吾儕わなみと汝なんぢなり。われは國主こくしゆの息女むすめなれども、義を重しとするゆゑに、畜生に伴ともなはる。これこの身の不幸なり。しかれども穢けがし犯おかされず、ゆくりなくも世を遯のがれて、自得じとくの門に三寶さんぼうの引接いんぜふを希こひねがひしかば、遂つひに念願成就して、けふ往生わうぜうの素懷そくわいを遂とげなん。亦またこれこの身の幸さいはひなり。又只汝たゞなんぢは畜生なれども、國に大功たいこうあるをもて、軈やがて國主の息女むすめを獲えたり。人畜にんちくの道異ことにして、その欲を得遂えとげざれども、耳に妙法めうほうの尊たときを聽きゝて、遂つひに菩提ばだいの心を發おこせり。これ汝が幸ひなり。しかれども生せうをかえ、形を變ふるによしなければ、こゝに四足しそくの苦を脫のがれず、生いきてはその智をますことなく、死しては徒たゞその皮を剥はがれん。亦またこれ汝が不幸也。汝生れてより七八年、犬馬けんばにしてはその命、短しといふべからず。いたづらに生せうを貪むさぼり、わが死するを見て里に還かへらば、友に噬かまれ、笞しもとに打うたれ、呵責忽地かしやくたちまちその身に及およばん。又この山に住とゞまるとも、翌あすよりしては誰たれか亦また、汝なんぢが爲に經きやうを讀よむべき。梵音ぼんおん耳に入いらずならば、菩提ぼだいの心遂つひに失うせなん。只生たゞせうを辭ぢし死を樂たのしみ、人道にんどうの果くわを希こひねがはゞ、來世こんよに人と生れざらんや。この理ことわりをよくしらば、おなじ流ながれに身を投なげて、共に彼岸かのきしに到れかし。さればとて時なほ早かり。われも浮世うきよの名殘なごりなり。且まづおん經を讀誦どくじゆして、心しづかに元もとに皈かへらん。汝もこれを聽聞ちやうもんして、讀果よみはてなんとするときに、起たつて水際みきわに赴おもむけかし。さりとも不覺そゞろに命惜をしくは、野なれ里なれ老死おいくちよ。尒しからば人果にんくわを得えるときなからん。よく辨わきまへよ」、と叮嚀ねんころに、諭し給へば、八房は、頭かうべを低たれて憂うれふるごとく、又尾を掉ふりて歡よろこぶ如く、又感淚かんるいを流すに似たり。伏姬はこの形勢ありさまを、つく〳〵と見給ひて、「この犬誠まことに得度とくどせり。怨うらめるものゝ後身さいらいなりとも、既すでに佛果ぶつくわを得たらんには、弟義成おとゝよしなりが耳孫うまごの世まで、絕たえて障礙せうげはあるべからず。心やすし」と思ひとりて、彼遺書かのかきおきと提婆品だいばほんの一卷ひとまきを手に取とりて、洞ほらより些すこしすゝみ出いで、讀誦どくじゆし訖をはらば遺書かきおきを、おん經に卷寵まきこめて、この石室いはむろに留とゞめん、と思ひ給ひつ上平うへたいらなる、石を机つくゑに坐ざを組くみて、彼一卷かのひとまきを額ひたひにおし當あて、且しばらく念じ給ひつゝ、はや讀出よみいだし給ふにぞ、八房は耳を側そはだて、きくこと生平つねよりいと切せちなり。

 抑提婆達多品そも〳〵だいばたつたほんは、妙法蓮華經めうほうれんげきやう、卷の五に在あり。娑竭羅龍王しやかつらりうわうの女兒むすめかとよ、八歲にして智惠廣大、ふかく禪定ぜんじやうに入いつて、諸法に了達れうたつし、菩提ぼだいを得たる緣故ことのよしを、說とき給へる經文きやうもんなり。女人によにんはこゝろ垢穢あかつきけがる。素もとより法器のりのうつわにあらず、又身に五障いつゝのさわりあり。故ゆゑに成佛じやうぶつしかたきもの也。尒しかるに八歲龍女はつさいりうによのごときは、はやくも無上菩提むぜうぼだいを得たり。便是すなはちこれ女人にして、成佛の最初たり。かゝれば伏姬末期まつごに及びて、身の爲又犬の爲に、提婆品を讀給ふ。今を限りと思へばや、音聲おんせう高く澄渡すみわたり、たえず又委よどまずして、蓮はちすの絲を引く如く、又出水いづみの走るに似たり。峯みねの松風もこれを和わし、谷の幽響こたまもこれに應こたふ。石を集あつめて聽衆ちやうしゆとせし、むかしもかくぞありけんかし。いとも愛めでたきこと、道心どうしんなり。

 さる程に讀經どきやうも既に果はてになりて、

「三千衆生發菩提心さんせんしゆぜうほつぼだいしん、而得受記じとくじゆき、智積菩薩及舍利弗ちしやくぼさつぎうしやりほつ、一切衆生いつさいしゆぜう、默然信受もくねんしんじゆ、」

と讀給へば、八房は衝つと身を起して、伏姬を見かへり見かへり、水際みきわを指さしてゆく程に、前面むかひの岸に鳥銃てつほうの筒音つゝおと高く響ひゞかして、忽地飛來たちまちとびくる二ッたまに、八房は吭のんどを打うたれて、煙けふりの中うちに磤はたと仆ふし、あまれる丸たまに伏姬も、右の乳ちの下した打破られて、「苦あつ」と一聲叫ひとこゑさけびもあへず、經卷きやうくわんを手に拿もちながら、橫ざまに轉輾ふしまろび給ひぬ。

 時なるかな去歲こぞよりして、川よりあなたは靄もやふかく、絕たえて晴間はれまもなかりしに、今鳥銃てつほうの音とゝもに、拭ぬぐふが如く晴はれわたり、年なほわかき一個ひとりの獦人かりひと、柿かきに染そめたる栲たへの脚半きやはんに、おなじ色なる甲掛こうかけして、筵織むしろおりの獵巾づきんの緖をを、結むすび放ゆるべて項うなぢに掛け、右手めてに鳥銃引提てつほうひきさげて、前面むかひの岸に立たちあらはれ、流るゝ水を佶きつと見て、既に淺瀨を知りたりけん、軈やがて岸より走はしりくだりて、拿もつたる鳥銃てつほう肩にうち掛かけ、こなたを指さしてわたし來きつ。この川ながれ急はやけれども、思ふには似ず淺あさうして、水は高股たかもゝを浸こさざれば、彼壯佼かのわかものはます〳〵勇みて、勢ひ猛虎もうこの子を負ふごとく、又醉象すいぞうの牝めを追ふごとく、ちから足を踏進ふみすゝめて、その幅十丈はゞとづゑあまりなる、流水ながれを切きつて瞬間またゝくひまに、こなたの岸に走はせあがり、且鳥銃まづてつほうを揮揚ふりあげて、打倒うちたふしたる八房を、なほ擊うつこと五六十、骨碎け皮破れて、復甦またいくべうもあらざれば、尒莞につこと笑えみて鳥銃投捨てつほうなげすて、「いで姬うへを」、と石室いはむろのほとりまで進み寄り、と見れば亦また伏姬も、打倒うちたふされて氣息きそくなし。「これは」とばかり駭おどろきさわぎて、抱いだき起し奉り、且瘡口まづきずくちを展撿ひらきみるに、幸さいはひにして痍ては淺かり。周章あはてふためき懷ふところより、藥を取出とうでて、口中くちのうちに沃そゝぎ入いれ、頻しきりに喚活よびいけ奉れども、寸口すんこうの脈絕果たえはてて、全身みのうちははや氷の如し。縱元化たとひげんくわが術じゆつありとも、救ふべうも見え給はねば、壯佼わかうどは天そらうち仰ぎて、數回あまたゝび嘆息し、「悲かなしきかなわがなす所、謀はかる所は悉こと〴〵に、鶍いすかの觜はしと岩齬くひちがひ、月來日來晴つきごろひごろはれかたき、狹霧さきりは晴はれつ、八房を、擊うちとめて來て見れば、あまれる丸たまに姬うへさへ、竟つひに縡絕こときれ給ひにき。出沒奇異なる犬にもおそれず、固もとよりこゝは禁斷の山としりつゝ身を忘れ、命を捨すてても姬うへを、救ひとりまゐらせん、と思ふ忠義は不忠となりて、又萬倍の罪を釀かもせり。百遍悔もゝたびくひ、千遍悔ちたびくふとも、今はしもかへることなし。心ばかりの申わきには、肚はらかき切きつて姬うへの冥土よみぢのおん倶仕ともつかまつらん。またせ給へ」、と襟えりかき披ひらきて、腰刀こしかたなを拔出ぬきいだし、手拭てのごひに卷まきそえて、「南無阿彌陀佛なむあみだぶつ」、と唱となへもあへず、はや刀尖きつさきを脇腹わきはらへ突立つきたてんとする程に、誰たれとはしらず松柏まつかやの、林しげきが下もとに弦音つるおと高く、射出いいだす獵箭さつやに壯佼わかうどが、右手めての臂たゞむき射削いけづゝたり。「これは」、とばかり、思はずも、拿もつたる刃やいばをうち落おとされ、驚きながら見かへれば、樹間隱このまがくれに聲高く、

「鼯むさゝびは木末求こぬれもとむと足引あしひきの、山の佐都雄さつをに遭あひにけるかも、」

と、口吟くちすさむ一首の古歌こかに、「こは什麼誰そもたそ」、と問とはせも果はてず、「金碗大輔かなまりだいすけ早まるな、且しばらく等まて」、と呼よびとめて、里見治部大輔義實朝臣さとみぢぶのたいふよしさねあそん、熊くまの皮の行縢むかばきに、豹ひやうの尻鞘しりざや、篠釬さゝこてして、弓箭携ゆみやたづさへ徐しづやかに、樹蔭こかげをすゝみ出いで給へば、後方あとべに續く從者ともひとなく、堀內藏人貞行ほりうちくらんどさだゆきのみ、精悍かひ〳〵しき打扮いでたちして、主しゆうの左邊ゆんでに引ひきそふたり。

 義實患うれふる氣色けしきにて、伏姬の亡骸なきからを、尻目しりめにかけて、最期さいごの事は、いまだ何なにとも宣のたまはず、いちはやくもほとりに落おちたる、珠數ずゞと遺書かきおきを見給ひて、「藏人くらんどあれを」、と宣ふにぞ、貞行はこゝろ得て、遽いそしくとりてまゐらする。義實朝臣は弓箭ゆみやを捨すてて、珠數ずゞを刀の鞆つかに掛かけ、且遺書まづかきおきを見給ふに、一句一段こと〴〵に、嗟嘆さたんせずといふ事なく、又貞行にも見せ給ふ。そが中なかに、金碗大輔孝德たかのりは、慚愧ざんぎその身を置おくところなく、額ひたひに冷つめたき汗あせをながし、刃やいばを膝ひざにひき敷しきて、只平伏たゞひれふしてぞゐたりける。當下そのとき義實は、傍かたへの石に尻しりを掛かけて、孝德にうち對むかひ、「珍めづらしきかな金碗大輔。汝不覺なんぢそゞろに法度はつとを犯して、この山に入いるのみならず、今伏姬と八房を、うち殺せしには仔細しさいありなん。刃やいばをおさめ、近う參りて、詳つまびらかにこれをいへ。いかにぞや」、と問給ふ。しかれども孝德は、應いらへまうすも面おもなくて、霎時頭しばしかうべを得えも擧あげず。この形勢ありさまに貞行は、そがほとりにすゝみ出いで、「大輔御諚ごぢやうで候ぞ。且刃まづやいばをおさめずや。とくおん答こたへを申さずや」、としば〳〵いはれて、孝德は、やうやくに頭かうべを擡もたげ、刃やいばを鞘さやに納おさめつゝ、插副さしぞへの刀もろ共とも、是これをば堀內貞行に、遞與わたして些すこし引退ひきしぞき、又貞行に對むかひていふやう、「死後しにおくれたる甲斐かひに、圖はからずも君の尊顏そんがんを、拜し奉る歡よろこびも、重々かさね〳〵の越度をちどにて、後悔の外ほか候はず。申とくべき千萬句せんまんくも、この期ごに至いたつて詮せんなき所行わざ、身の非を飾るに似たれ共、只一條だゞひとくだりを申上ん。去年安西景連あんざいかげつらに謀はかられて、安危あんきのおん使つかひを得果えはたさず、脫のがれて走かへる道すがら、追捕おつての敵兵と血戰し、辛からく瀧田へ立たちかへるに、はや景連が大軍充滿みち〳〵、稻麻とうまのごとく攻圍せめかこむ最中もなかにて候へば、城に入ること竟つひに恊かなはず、切せめて和殿わどのに力を勠あはし、一臂いつひの忠を盡つくさん、と思ふて軈やがて東條とうでふへ、走はしりゆけどもその甲斐かひなく、彼處かしこも蕪戶訥平かぶととつへいが大軍に圍かこまれたり。敵は虎口こゝうを退しりぞかず、夜よは篝火かゝりびを燒たきあかし、番兵ばんへいをさ〳〵由斷ゆだんせざれば、翅つばさなうして城中へ、入るべうも候はず。一騎なりとも敵陣へ、突入つきいりて死しなばや、と思ひ決さだめ候ひしが、退しりぞきて思慮をめぐらし候へば、これも亦詮またせんなき所行わざ也。五指ごしのかはるかはる彈はぢかんより、一拳いつけんにますことなし。兩城素もとより兵粮乏ひやうろうともし。寔まことに危窮存亡きゝうそんぼうの秋ときなり。われ鐮倉へ推參して、管領家くわんれいけへ急を吿つげ、援兵ゑんへいを乞催こひもよほして兩所の圍みを殺崩きりくづさば、君のおん爲此上このうへあらじ、と思ひかへして白濱しらはまより、便舩びんせんして彼處かしこに赴おもむき、來由らいゆを述のべ、急を吿つげ、援兵ゑんへいを乞こふといへども、主君の書翰しよかんなきゆゑに、疑うたがはれて縡こととゝのはず。そらだのめなる日を過すぐし、手を空むなしうして安房あはへかへれば、景連かげつらははや滅亡ほろびうせて、一國いつこく君がおん手に屬いりぬ。吁歡あなよろこばし、と思ふにも、寸功すんこうもなく阿容々々おめ〳〵と、見參げんさんには入りかたし。然さりとて今さら腹も切られず、時節を俟まちて功を立たて、歸參を願ひ奉らん。それまでの隱宅かくれがにとて、舊里ふるさとなれば上總かづさなる、天羽あまはの關村せきむらに赴きて、祖父一作おほぢいつさくに由緣ゆかりある、莊客某甲ひやくせうなにがしが家に身をよせ、なすこともなく去歲こぞと暮れ、今茲ことしもおなじ秋の色、深く潛しのびて候ひしに、本月このつきの初旬はじめつかた、姬ひめうへの事仄ほのかに聞えて、八房の犬に伴ともなはれ、富山とやまの奧へ入り給ひき、と慥たしかにこれを吿つぐるものあり。こは未曾有みぞうの奇談にして、偏ひとへに主君の瑕瑾かきん也。よしや彼犬かのいめ年ふりて、人を魅みいるゝ靈れうありとも、目に遮さへぎるものならば、擊うつにかたきことやはある。竊ひそかに富山にわけ登り、犬を殺して姬うへを、救ひとり奉らば、先非せんひを贖あがなふ歸參のよすが、こゝに得たり、と尋思しあんして、潛しのびて當國に立たちかへり、准備ようゐの鳥銃引提てつほうひきさげて、山に入ること五六日、姬うへのおん所在ありかを只顧索ひたすらたづね奉るに、あなたの岸には狹霧さきりふかくて、一ト日も晴るゝときを得ず、水の音のみ凄すさまじく、廣陜深淺ひろさふかさも測はかりがたかり。蜑崎輝武あまさきてるたけが溺死できしの事さへ、傳聞つたへきゝて候へば、こゝなるべし、と推量して、かろ〳〵しくは得涉えわたさず。川一條ひとすぢに隔へだてられ、奧を見ることかなはねば、けふも空むなしく暮すか、とこゝろ頻しきりに焦燥いらだつのみ、果はては疲勞つかれて水際みきわの松に、尻しりうち掛かけてながむれども、見れども見えぬ溪澗たにかはの、はるかあなたに經きやうよむ聲、いとも幽かすかに聞えたり。すはや、と騷ぐ胸を鎭しづめ、水際みきわにすゝみて、耳を側そはだて、つく〳〵と聞きけば女子をなこの聲也。こは疑ふべうもあらず、姬うへにましますべし。既にそのおん聲こゑを聞きゝつ、いまだおん姿すがたを見るによしなし。この時にして神明佛陀しんめいぶつだの冥助めうぢよを仰ぐにあらざりせば、志を遂とげかたけん。當國洲崎大明神すさきだいめうじん、那古なこの觀音大菩薩くわんおんだいぼさつ、孝德たかのりが忠義空むなしからずは、狹霧さぎりをおさめてこの川を、輙たやすくわたさせ給へかし、と丹誠たんせいを抽ぬきいでつゝ、且しばらく祈念して目をひらけば、不思議なるかな今までも、黑白あやめをわかぬ川霧かばぎりは、拭ぬぐふが如く晴はれわたる。前面迥むかひはるかに眺望ながむれば、石室いはむろとおぼしきほとりに、見えさせ給ふは姬ひめうへなり。思ひしより瀨は淺し、何なんでふこゝろ勇いさまざらん。既すでにわたさんとする程に、八房はこなたを見てや、水際みぎわを指さして走り來つ。這奴しやつよせつけてはあしかりなん、擊うちとめて後のちにこそ、彼處かしこへはまゐらめ、と思ふ矢やごろは程よくなりぬ。拿もつたる鳥銃取てつほうとりなほし、狙ねらひ固めし二ッたま、火蓋ひぶたを切れば愆あやまたず、犬は水際みぎわに仆たふれたり。わが物獲えつ、と早川の水よりはやく涉來わたしきて、見れば又姬うへも、あまれる丸たまに傷やぶられて、おなじ枕まくらにふし給ふ。さりけれども痍ては淺かり、濟すくはれ給ふこともや、とこゝろを盡し、手を殫つくせども、縡絕こときれ給へばすべもなし。身の薄命はくめいとはいひながら、毛を吹ふきて疵きずを求めたる、後悔其處そこに立たゝざれば、切せめて冥土よみぢのおん倶ともせん、と既に覺期かくごを究きわめし折をり、思ひかけなくわが君に、禁とゞめられ奉り、得死えしなざるも天罰ならん。法度はつとを犯してこの山へ、しのび入るのみならず、姬うへさへに害そこなひしは、是八逆これはちぎやくの罪人つみんど也。君がまに〳〵刑罰を、希こひねがふ外ほか候はず。堀內ぬし、藏人くらんとどの、索なわかけ給へ」、と背うしろざまに、手をめぐらしてついゐたり。

 義實患うれふる氣色けしきにて、伏姬の亡骸なきからを、尻目しりめにかけて、最期さいごの事は、いまだ何なにとも宣のたまはず、いちはやくもほとりに落おちたる、珠數ずゞと遺書かきおきを見給ひて、「藏人くらんどあれを」、と宣ふにぞ、貞行はこゝろ得て、遽いそしくとりてまゐらする。義實朝臣は弓箭ゆみやを捨すてて、珠數ずゞを刀の鞆つかに掛かけ、且遺書まづかきおきを見給ふに、一句一段こと〴〵に、嗟嘆さたんせずといふ事なく、又貞行にも見せ給ふ。そが中なかに、金碗大輔孝德たかのりは、慚愧ざんぎその身を置おくところなく、額ひたひに冷つめたき汗あせをながし、刃やいばを膝ひざにひき敷しきて、只平伏たゞひれふしてぞゐたりける。當下そのとき義實は、傍かたへの石に尻しりを掛かけて、孝德にうち對むかひ、「珍めづらしきかな金碗大輔。汝不覺なんぢそゞろに法度はつとを犯して、この山に入いるのみならず、今伏姬と八房を、うち殺せしには仔細しさいありなん。刃やいばをおさめ、近う參りて、詳つまびらかにこれをいへ。いかにぞや」、と問給ふ。しかれども孝德は、應いらへまうすも面おもなくて、霎時頭しばしかうべを得えも擧あげず。この形勢ありさまに貞行は、そがほとりにすゝみ出いで、「大輔御諚ごぢやうで候ぞ。且刃まづやいばをおさめずや。とくおん答こたへを申さずや」、としば〳〵いはれて、孝德は、やうやくに頭かうべを擡もたげ、刃やいばを鞘さやに納おさめつゝ、插副さしぞへの刀もろ共とも、是これをば堀內貞行に、遞與わたして些すこし引退ひきしぞき、又貞行に對むかひていふやう、「死後しにおくれたる甲斐かひに、圖はからずも君の尊顏そんがんを、拜し奉る歡よろこびも、重々かさね〳〵の越度をちどにて、後悔の外ほか候はず。申とくべき千萬句せんまんくも、この期ごに至いたつて詮せんなき所行わざ、身の非を飾るに似たれ共、只一條だゞひとくだりを申上ん。去年安西景連あんざいかげつらに謀はかられて、安危あんきのおん使つかひを得果えはたさず、脫のがれて走かへる道すがら、追捕おつての敵兵と血戰し、辛からく瀧田へ立たちかへるに、はや景連が大軍充滿みち〳〵、稻麻とうまのごとく攻圍せめかこむ最中もなかにて候へば、城に入ること竟つひに恊かなはず、切せめて和殿わどのに力を勠あはし、一臂いつひの忠を盡つくさん、と思ふて軈やがて東條とうでふへ、走はしりゆけどもその甲斐かひなく、彼處かしこも蕪戶訥平かぶととつへいが大軍に圍かこまれたり。敵は虎口こゝうを退しりぞかず、夜よは篝火かゝりびを燒たきあかし、番兵ばんへいをさ〳〵由斷ゆだんせざれば、翅つばさなうして城中へ、入るべうも候はず。一騎なりとも敵陣へ、突入つきいりて死しなばや、と思ひ決さだめ候ひしが、退しりぞきて思慮をめぐらし候へば、これも亦詮またせんなき所行わざ也。五指ごしのかはるかはる彈はぢかんより、一拳いつけんにますことなし。兩城素もとより兵粮乏ひやうろうともし。寔まことに危窮存亡きゝうそんぼうの秋ときなり。われ鐮倉へ推參して、管領家くわんれいけへ急を吿つげ、援兵ゑんへいを乞催こひもよほして兩所の圍みを殺崩きりくづさば、君のおん爲此上このうへあらじ、と思ひかへして白濱しらはまより、便舩びんせんして彼處かしこに赴おもむき、來由らいゆを述のべ、急を吿つげ、援兵ゑんへいを乞こふといへども、主君の書翰しよかんなきゆゑに、疑うたがはれて縡こととゝのはず。そらだのめなる日を過すぐし、手を空むなしうして安房あはへかへれば、景連かげつらははや滅亡ほろびうせて、一國いつこく君がおん手に屬いりぬ。吁歡あなよろこばし、と思ふにも、寸功すんこうもなく阿容々々おめ〳〵と、見參げんさんには入りかたし。然さりとて今さら腹も切られず、時節を俟まちて功を立たて、歸參を願ひ奉らん。それまでの隱宅かくれがにとて、舊里ふるさとなれば上總かづさなる、天羽あまはの關村せきむらに赴きて、祖父一作おほぢいつさくに由緣ゆかりある、莊客某甲ひやくせうなにがしが家に身をよせ、なすこともなく去歲こぞと暮れ、今茲ことしもおなじ秋の色、深く潛しのびて候ひしに、本月このつきの初旬はじめつかた、姬ひめうへの事仄ほのかに聞えて、八房の犬に伴ともなはれ、富山とやまの奧へ入り給ひき、と慥たしかにこれを吿つぐるものあり。こは未曾有みぞうの奇談にして、偏ひとへに主君の瑕瑾かきん也。よしや彼犬かのいめ年ふりて、人を魅みいるゝ靈れうありとも、目に遮さへぎるものならば、擊うつにかたきことやはある。竊ひそかに富山にわけ登り、犬を殺して姬うへを、救ひとり奉らば、先非せんひを贖あがなふ歸參のよすが、こゝに得たり、と尋思しあんして、潛しのびて當國に立たちかへり、准備ようゐの鳥銃引提てつほうひきさげて、山に入ること五六日、姬うへのおん所在ありかを只顧索ひたすらたづね奉るに、あなたの岸には狹霧さきりふかくて、一ト日も晴るゝときを得ず、水の音のみ凄すさまじく、廣陜深淺ひろさふかさも測はかりがたかり。蜑崎輝武あまさきてるたけが溺死できしの事さへ、傳聞つたへきゝて候へば、こゝなるべし、と推量して、かろ〳〵しくは得涉えわたさず。川一條ひとすぢに隔へだてられ、奧を見ることかなはねば、けふも空むなしく暮すか、とこゝろ頻しきりに焦燥いらだつのみ、果はては疲勞つかれて水際みきわの松に、尻しりうち掛かけてながむれども、見れども見えぬ溪澗たにかはの、はるかあなたに經きやうよむ聲、いとも幽かすかに聞えたり。すはや、と騷ぐ胸を鎭しづめ、水際みきわにすゝみて、耳を側そはだて、つく〳〵と聞きけば女子をなこの聲也。こは疑ふべうもあらず、姬うへにましますべし。既にそのおん聲こゑを聞きゝつ、いまだおん姿すがたを見るによしなし。この時にして神明佛陀しんめいぶつだの冥助めうぢよを仰ぐにあらざりせば、志を遂とげかたけん。當國洲崎大明神すさきだいめうじん、那古なこの觀音大菩薩くわんおんだいぼさつ、孝德たかのりが忠義空むなしからずは、狹霧さぎりをおさめてこの川を、輙たやすくわたさせ給へかし、と丹誠たんせいを抽ぬきいでつゝ、且しばらく祈念して目をひらけば、不思議なるかな今までも、黑白あやめをわかぬ川霧かばぎりは、拭ぬぐふが如く晴はれわたる。前面迥むかひはるかに眺望ながむれば、石室いはむろとおぼしきほとりに、見えさせ給ふは姬ひめうへなり。思ひしより瀨は淺し、何なんでふこゝろ勇いさまざらん。既すでにわたさんとする程に、八房はこなたを見てや、水際みぎわを指さして走り來つ。這奴しやつよせつけてはあしかりなん、擊うちとめて後のちにこそ、彼處かしこへはまゐらめ、と思ふ矢やごろは程よくなりぬ。拿もつたる鳥銃取てつほうとりなほし、狙ねらひ固めし二ッたま、火蓋ひぶたを切れば愆あやまたず、犬は水際みぎわに仆たふれたり。わが物獲えつ、と早川の水よりはやく涉來わたしきて、見れば又姬うへも、あまれる丸たまに傷やぶられて、おなじ枕まくらにふし給ふ。さりけれども痍ては淺かり、濟すくはれ給ふこともや、とこゝろを盡し、手を殫つくせども、縡絕こときれ給へばすべもなし。身の薄命はくめいとはいひながら、毛を吹ふきて疵きずを求めたる、後悔其處そこに立たゝざれば、切せめて冥土よみぢのおん倶ともせん、と既に覺期かくごを究きわめし折をり、思ひかけなくわが君に、禁とゞめられ奉り、得死えしなざるも天罰ならん。法度はつとを犯してこの山へ、しのび入るのみならず、姬うへさへに害そこなひしは、是八逆これはちぎやくの罪人つみんど也。君がまに〳〵刑罰を、希こひねがふ外ほか候はず。堀內ぬし、藏人くらんとどの、索なわかけ給へ」、と背うしろざまに、手をめぐらしてついゐたり。

 貞行は孝德が、忠心まこゝろをよくしりつ、聞く事每ことに點頭うなつくのみ、主君の氣色けしきを伺へば、義實嵯嘆さたん大かたならず、且しばらくして宣のたまふやう、「現禍福得失げにくわふくとくしつは、人力じんりきをもてよくしかたく、凡智ぼんちをもて瑞はかるべからず。やをれ大輔、汝寔なんぢまことにその罪あり。刑罪逭けいばつのがれかたしといへども、伏姬が死は天命てんめいなり。渠かれもし汝に擊うたれずは、かならずこの川の水屑みくづとならん。藏人くらんどその遺書かきおきを、讀聞よみきかせよ」、と宣へば、「うけ給はりつ」、と應いらへつゝ、大輔がほとりについゐて、首はじめより尾をはりまで、高やかに讀よむほどに、孝德ます〳〵慚愧ざんぎして、伏姬の賢才義烈に、感淚を拭ぬぐひあへず、いよゝ麁忽そこつを悔欺くひなげきぬ。

 讀果よみはてければ義實は、又孝德にうち對むかひ、「大輔何なにとこゝろ得たるぞ。伏姬が死を禁とゞめんとて、われ亦潛またしのびて來つるにあらず。此度五十子こだみいさらごが病著いたつきは、只たゞ伏姬を愛惜あいじやくの心氣疲勞しんきつかれて危急に及べり。渠かれが願ひも然さることながら、無異ぶゐにしてこの山の奧を見んこと心もとなし。とさまかうさま思ふ折、われのみならで藏人くらんどさへ、如此々々しか〴〵の示現じげんを得たり。よりて從者等ともびとらを麓ふもとに留とゞめ、只たゞわれと貞行と、この山に登るものから、示現じげんに任まかして川をわたさず、遠く水上みなかみをめぐりつゝ、この石室いはむろの背うしろに到れり。主從しゆう〴〵既にこの處に、近つかんとする程に、鳥銃てつほうの筒音つゝおとに、うち驚きて來て見れば、伏姬も八房も、矢庭やにはに擊うたれて仆たふれたり。折から川を涉わたすもの、問とはずして伏姬が讐あたなりけり、と見てければ、霎時樹蔭しばしこかげに躱かくろひて、縡ことのやうを窺うかゞふに、豈あにおもはんや癖者くせものは、月來日來つきごろひごろこゝろに懸かゝりし、金碗大輔ならんとは。渠騷かれさわぎたるおもゝちにて、姬を呼活よびいけ手を盡す、療養竟つひに屆とゞかずして、自殺の覺期かくごは野心もて、姬を殺せしものならず、と思ひにければ呼よびとめたり。汝なんぢみづから思惟おもむみよ。犬を殺して伏姬を、すくひとらるゝものならば、義實こよなき恥を忍び、最愛の女兒むすめをすてゝ、けふまで汝が手をまたんや。賞罰は政まつりごとの樞機すうきなり。言こと一トたび出いづるときは、駟よつのうまも舌したに及ばず。戲言けげんといへども八房に、われ伏姬を許したり。この一言ひとことにて剛敵亡ごうてきほろび、四よつの郡こふりは義實が、掌たなそこに入いりし事、只たゞ八房が大功なれば、われも前諾ぜんだくを變ふるに由よしなく、姬も亦またこれを固辭いろはず、そがまゝ犬に伴ともなはれ、蹟あとを深山みやまに住とゞむといへども、幸さいはひにして穢けがされず、一念讀經いちねんどきやうの功力くりきによりて、八房さへに菩提ぼだいに入いりぬ。渠かれが婬欲いんよくなきを見て、伏姬これを憐あはれめり。憐あはれぶ心深くして、しらずしてその氣を感じ、有身みごもれることいよ〳〵奇なり。今その筆の迹あとを見て、この禍わざはひの胎なるところ、因果いんぐわの道理を知覺ちけうせり。われ當國に義兵を揚あげて、山下定包やましたさだかねを討うちしとき、その妻玉梓たまつさを生拘いけどりつ。陳謝理ちんじやことわりあるに似たれば、放ゆるし得えさせんといひつるを、大輔が父八郞孝吉はちらうたかよし、いたく諫いさめて頭かうべを刎はねたり。これによりてその冤魂ゑんこん、わが主從しゆう〴〵に崇たゝりをなす欤か、とはじめて心つきたりしは、金碗孝吉が自殺のとき、朦朧もうろうとして女の姿、わが眼まなこに遮さへぎりにき。かくてかの玉梓が、うらみはこゝに嗛あきたらず、八房の犬と生なりかはりて、伏姬を將いて、深山邊みやまべに、隱れて親に物をおもはせ、伏姬は又思ひかけなき、八郞が子に擊うたれたり。加以これのみならで大輔は、罪なうして亡命し、忠義によつて罪を獲たり。皆是因果みなこれいんくわの係るところ、緣故ことのもとを推おすときは、ひとり義實が愆あやまちより起れり。物がいはせて八房に、伏姬を許せしは、赦ゆるすまじき玉梓たまつさを、助たすけんといひし口の過とが、言葉の露は末竟つひに、この溪澗たにかはに落おちあふて、くるしき山に生死いきしにの、海を見るこそ悲しけれ。さりとて歎なげくは詮せんなき事なり。神灵しんれいに正せいあり邪じやあり。神の怒いかるを罰といひ、鬼おにの怒いかるを崇たゝりといふ。彼かの玉梓は惡灵あくれうなり。伏姬が死は崇たゝりなり。大輔さへに脫まぬかれず、不憶ゆくりなく罪を得たり。寔まことに故ゆゑある事なれば、憾うらみなせそ」、と身を譴せめて、いと叮嚀ねんころに諭さとし給ふ。叡智ゑいちに感かんして孝德たかのりは、思はずも小膝こひざを進め、「御諚ごでふによつて父が自殺も、身の薄命はくめいを曉さとるに足れり。しかれども猶なほ疑ひあり。八房すでに菩提ぼだいに入いらば、惡灵崇あくれうたゝりをなすべからず。君は權者ごんしゃの示現じげんによりて、姬うへを訪とはせ給へば、縱定業たとひじやうごうにましますとも、神佛かみはとけのちからをもて、けふ一チ日は恙つゝがなく、姬うへこゝに在ゐますべきに、御登山ごとさんその甲斐かひなき事は、いかなる故ゆゑに候はん」、と問とひ奉れば、貞行も、小膝を拍うつて、側かたへより、「大輔微妙いみじく申シたり。わが君のみにましまさず。一卜日も晴はれぬ川霧かはきりの、忽地たちまち晴れしは和殿わとのがうへにも、神佛かみほとけの冥助めうぢよあるに似て、その實じつはみな非ひなり。これらの事は某それがしも、こゝろ得がたく候」、と眞實まめだちて申すにぞ、義實朝臣あそんうち點頭うなづき、「われも亦また神ならねば、定さだかに思ひ辨わきまへねども、禍福くわふくは糾あざなへる纒なわの如し。人の命いのちは天に係れり。われこの山に到いたらずして、伏姬むなしくならんには、渠只かれたゞ犬の妻といはれん。則すなはち姬が節操德義せつさうとくぎと、八房が菩提ぼだいに入いりしを、親にも世にもしらせんとて、權者ごんしやの導き給ふなるべし。然さあらんには玉蜻かぎろひの息あるうちにあはずとも、その甲斐かひなしといふべからず。又川霧かはきりの晴間はれまなくて、伏姬も八房も、大輔に擊うたれずは、共にこの川の水屑みくずとなりなん。縱遺書たとひかきおきありといふとも、しらざるものは情死ぜうしといはん欤か。さては遺恨いこんの事ならずや。今さらいふべき事ならねども、大輔が父八郞は、功ありながら賞を受うけず、自殺せし事不便ふびん也。いかでその子をとり立たてて、東條の城主にせん、伏姬をもて妻めあはせん、と思ふ折から大輔は、使つかひして遂つひにかへらず、伏姬は八房に、伴ともなはれて深山みやまに入いりぬ。こゝに至りて豫が宿念しゆくねん、畫餠ぐわべいとなりていとゞしく、こゝろに愧はづること多かり。この婚緣こんえんは明いさ々地ゝめに、とり結むすべるにあらねども、親が心に許せしかば、伏姬に示したる、神童かんわらはが言葉にも、親と夫をとこにあはんといひけん、夫をとこは汝なんぢをいふなるべし。かゝる故ゆゑに姬と犬とを、大輔に擊うたし給ふ欤か。則權者大方便すなはちごんしやだいほうべんの妙所めうしよといはんもいとかしこし。因緣いんえんかくの如くならば、誰たれをか咎とがめ、誰たれをか恨うらみん。弦つる强ければ、かならず弛ゆるむ、物極きわまれば、かならず休やむ。今よりしてわが家いへに、灵れうの障礙せうげはあるべからず。子孫ます〳〵繁昌はんぜうせん欤か。さは思はずや」、と諭し給へば、貞行も孝德たかのりも、疑念は春の氷のごとく、解とけて落淚したりけり。

 且しばらくして孝德は、襟えりかき合せ、形を改め、「冥加めうがに餘る君の高恩こうわん、御胸中ごきやうちうに祕ひめさせ給ひし、婚緣の事などは、うけ給はらんも物體もつたいなし。固もとよりしらぬことながら、こゝろありて姬うへを、救ひとらんとせしこともや、と後のちにぞ人はいふべからん。只速すみやかに某それがしが頭かうべを刎はねさせ給へかし」、と又他事たじもなく申けり。義實これを聞きゝあへず、「そは勿論もちろんの事ぞかし。さりながら、心をつけてつら〳〵見るに、伏姬が痍てはいと淺かり。もし甦生そせいする事あらば、汝を殺すも早からずや。われ熟つら〳〵この珠數ずゞを見るに、如是畜生云云によぜちくせうしか〴〵の一句はさらにはじめにかへりて、仁義八行じんぎはつこうを示すものから、震驗れいげんは失うすべからず。尒しかるに姬が倒たふるゝとき、この珠數ずゞその身を離れしかば、淺痍あさでなれども絕入たえいりけん。渠かれは穉をさなき時よりして、この珠數ずゞをもて安危あんきを知れり。縱命數殫たとひめいすうつくるとも、祈らば利益りやくなきことあらんや。縡恊ことかなはずは是非もなし。かくてや已やまん」、と鞆つかに掛かけたる、珠數ずゞとりあげて額ひたひにおし當あて、且しばらく念じて伏姬の襟えりに手つから掛給へば、貞行孝德左右より、むなしき骸からを抱起いだきおこし、役行者えんのぎやうじやの名號みなを唱となへて、只顧ひたすら祈念する程に、伏姬忽地たちまち目を睜みひらきて、一息吻ひといきほつとつき給へば、貞行孝德歡喜に堪たへず、「姬うへ御みこゝろつかせ給ふ欤か。藏人くらんとにて候ぞ。大輔だいすけにて候ぞ。おん父君ちゝきみもわたらせ給ひぬ。おん心持こゝちはいかに候ぞや」、ととはれて左右を見かへりつゝ、取られたる手をふり放ち、諸袖もろそで顏におし當あてて、只潸然たゞさめさめと泣給ふ。「現理げにことわり」、と義實は、間近まちかく寄よりて袖引搖ひきうごかし、「伏姬さのみ愧はぢ給ふな。こゝには主從三人しゆう〴〵みたりのみ。從者等ともひとらはみな麓ふもとに在あり。此度こだみ母の願ねがびによりて、義實みづから來つる事、一朝いつちやうの議にあらず、權者ごんしやの示現じげんによるもの也。おん身がうへ、又八房やつふさが事さへに、遺書のこせしふみを見てしれり。尒しかるに金碗かなまり大輔は、去歲こぞより上總かづさのかたにをり、おん身がうへを傳聞つたへきゝて、弱冠わかうどの一トすぢごゝろに、縡ことの顛末問もとすゑとひも定めず、おん身を救ひとらんとて、われより先にこの山に、潛しのび入いりつゝ八房を、擊倒うちたふしたる丸拔たまぬけて、おん身も痍淺あさでを負おひ給へり。八房が死は不便ふびんなれども、大輔に擊うたれし事、是亦因緣これまたいんえんなきにあらず。渠かれはわがこゝろひとつに、女婿むこにせばやと思ひしもの也。さればこそ、書遺かきのこされし、神童かんわらはが言葉にも、親と夫をとこにあふよしをいはずや。枉まげて瀧田へ立たちかへり、病髐やみさらばひし母がこゝろを、慰め給へ。やよ伏姬」、と理ことわり切せめて諭し給へば、貞行等もろともに、「御歸館の事勿論もちろん也。一旦いつたんの義によりて、八房に伴ともなはれ、一年ひとゝせあまりこの山に隱こもり給へば、その事果はてたり。よしや是これより遁世とんせいのおん志こゝろさしふかくとも、御孝行にはかえがたけん。かへらせ給へ」、とこしらへつ、賺すかしつ勦いたはり奉れば、伏姬は涌わきかへる、淚をしば〳〵押拭おしぬぐひ、「舊もとの身にしてあるならば、親のみづから迎へ給ふ、仰おふせを背そむき侍らんや。かくまで過世すくせあし引びきの山の獸けものに異ならで、火鉋たまに打うたれて身を終りなば、人なみ〳〵に外はづれたる、罪滅つみほろぼしに侍らんに、それもかなはずはづかしき、この形容ありさまを親に見せ、人に見られで阿容々々おめ〳〵と、いづれの里へかへらるべき。餌ゑに囁なく鳥の巢だちせず、片羽かたはなる子は可愛かわいさも、八やしほにますと鄙語ことわざに、いふはまこと欤飽かあくまでに、慈愛めでいつくしませ給ふなる、家尊家母かぞいろはのおん歎なげき、譬たとひていはゞ夜の鶴つる、つま戀こひせねどわれも又、燒野やけのの雉子きゞすひとり鳴く、淚の雨は沸わきかへり、わきかへるまで苦しき海を、けふ脫のがれんと命毛いのちけの、筆に遺のこせしかず〳〵を、何なにとか見させ給ひけん。火宅くわたくを出いでて煩惱ぼんなうの、犬も菩提ぼだいの友なれば、この身は絕たえて穢けがされず、犯されねども、山菅やますげの、實みならぬ身さへ結びては、有無うむの二ッをわれからに、決さだめかねてぞ侍はべるかし。又父うへの御みこゝろに、そを壻むこがねにと豫かねてより、思食おぼしめしたるものありとも、この期ごになりて云云しか〳〵と、聞えさせ給ひては、人も得えしらぬおん愆あやまちを、かさねさせ給ふならずや。譬たとひば金碗かなまり大輔と、佅背いもせの因ちなみなしといふとも、親のこゝろに許させ給ひし、夫をとこに負そむきて八房に、伴ともなはれなば、をんなのうへに、こよなき不義に侍るべし。素もとよりわらはに壻むこがねの、ありとしるべきよしもなし。わらはもしらず、渠かれもしらず、君只たゞひとり知召しろしめさは、墳つかに劒つるぎを掛かくるもよしなし。又八房を夫をとことせば、大輔はわらはが爲に、こよなき讐あたに侍るめり。八房もわが夫をとこに侍らず、大輔も亦またわが良人つまならず。この身はひとり生れ來て、ひとりぞ歸る櫬出しでの旅、留とゞめ給ふはおん慈いつくしみ、過すぎてあまりに情なさけなし。いともかしこし親の恩、思へば高き山斧やまたつの、迎むかへを推辭いなみ奉るは、不孝のうへの不孝也。又あひかたき時も日も、見かたき親のおん顏も、見つゝしりつゝまゐらぬは、此身このみに重き罪障ざいせうの、やるかたもなき故ゆゑなれば、思ひ捨すてさせ給へかし。これらのよしを母うへに、勸解わび言吿ことつげて、百年もゝとせの、おん壽ことぶきを願ふのみ。とてもかくても淺ましき、姿を見られ奉りては、亡骸なきからかくすも無益むやくなり。孕婦はらみをんなの新鬼にひおには、みな血盆ちのいけに沈むといふ。それも脫のがれぬ業報ごうほうならば、厭いとふも甲斐かひなきことながら、その父なくてあやしくも、宿れる胤たねをひらかずは、おのが惑まよひも、人々の、疑ひも又いつか解とくべき。これ見給へ」、と臂ひぢちかなる、護身刀まもりかたなを引拔ひきぬきて、腹へぐさと突立つきたてて、眞一字まいちもんじに掻切かききり給へば、あやしむべし瘡口きずくちより、一朶いちだの白氣はくき閃ひらめき出いで、襟えりに掛かけさせ給ひたる、彼水晶かのすいせうの珠數ずゝをつゝみて、虛空なかそらに舛のぼると見えし、珠數は忽地弗たちまちふつと斷離ちぎれて、その一百いつひやくは連つらねしまゝに、地上ちせうへ戞からりと落おちとゞまり、空に遺のこれる八やつの珠たまは、粲然さんぜんとしで光明ひかりをはなち、飛遶とびめぐり入紊いりみだれて、赫奕かくやくたる光景ありさまは、流るゝ星に異ならず。主從しゆう〴〵は今さらに、姬の自殺を禁とゞめあへず、われにもあらで蒼天あをそらを、うち仰ぎつゝ目も黑白あやに、「あれよ〳〵」、と見る程に、颯さと音おとし來くる山おろしの風のまに〳〵八やつの灵光ひかりは、八方はつほうに散失ちりうせて、跡は東の山の端に、夕月ゆふつきのみぞさし昇る。當是數年まさにこれすねんの後のち、八犬士はつけんし出現して、遂つひに里見の家に集合つどふ、萌牙きざしをこゝにひらくなるべし。


「肚はらを裂さきて伏姫ふせひめ八犬子はつけんしを走はしらす」「ほり内貞行」「里見よしさね」「金鞠大すけたかのり」「伏姫」「おさめつかひ」「をとめ使」

 かくても姬は深痍ふかでに屈くつせず、飛去とびさる灵光ひかりを目送みおくりて、「歡よろこばしやわが腹に、物ものがましきはなかりけり。神の結びし腹帶も、疑ひも稍解やゝとけたれば、心にかゝる雲もなし。浮世の月を見殘して、いそぐは西の天そらにこそ。導き給へ彌陀佛みだぶつ」、と唱となへもあへず、手も鞆つかも、鮮血ちしほに塗まみるゝ刃やいばを拔捨ぬきすて、そがまゝ磤はたとふし給ふ。こゝろ言葉も女子をなこには、似げなきまでに逞たくましき、最期さいごは特ことにあはれなり。

南総里見八犬伝現代語訳サイト(第十三回)

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