南総里見八犬伝(014)

南總里見八犬傳第二輯卷之二第十三回
東都 曲亭主人 編次
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【外題】
里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯だいにしゆう巻之二

【本文】
南總里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯(だいにしゆう巻之二
東都 曲亭主人編次


妙經めうきやう功徳くどく煩惱ぼんなう雲霧うんむひらく」「金まり大すけ」「玉つさ」「神変大菩薩」

尺素ふみのこし因果いんぐわみづからうつたふ
雲霧うんむはらつ妖孽あやしみはじめてやむ

 伏姬ふせひめは思ひかけなく、奇しきわらべ說諭ときさとされて、無明むめう眠覺ねむりさめながら、夢かとぞおもふあととめぬ、人の言葉のあやしきに、なほ疑ひははれなき、淚の雨に敷妙しきたへの、そでは物かははらわたを、しぼるばかりにむせかへり、なげしづませ給ひけり。しかはあれども心操こゝろばえ、人なみ〳〵にたちまさる、日來雄ひころをしき姬うへなれば、うちさわぐ胸をおししづめ、顏にかゝれる黑髮くろかみを、かきあげて目をぬぐひ、「うたてやな前世さきつよに、造りし罪は秤成はかりなす、おもさかろさはしらねども、つひにこの身にむくて、かくまで物を思はする、人のうらみのしうねさよ。遮莫さもあらばあれ親のうへに、かゝるたゝりおひにき、ときゝてはのちのそののちの世まで、捺落ならくの底に沈むとも、くやしと思ふべうもあらず。たゞはづかしく悲しきは、親の爲、又人の爲に、きたなき心もたなくに、なにたねなる畜生ちくせうの、その氣をうけやつの子を、身に宿やどしなばいかにせん。そもこの山に入りにし日より、つるの林のしげきをわき、わしたかねの高きをあふぐ、一念不退讀經いちねんふたいどきやうほかは、よに他事あだしごとなきものから、佛もこゝに救ひ給はず、神さへ助け給はずて、有身みこもれる事じつならば、よしや臥房ふしどを共にせずとも、それいひとか證据あかしはなし。わがうへのみかは親のはぢこゝのつの世をかゆるとも、つひきよむる時しあらで、只畜生たゞちくせうの妻といはれん。いきての恥辱、死してのうらみ、たとふるに物あるべしや。かうとは兎の毛の末におく、つゆばかりだもしらずして、さきに瀧田にをりしとき、犬を殺してもろともに、得死えしなざるこそくやしけれ。しすべきをりはありながら、しにおくれしも業因欤ごういんか。されば善巧方便ぜんこうほうべんとて、ときおかせ給ふなる、佛のふみにもありがたき、因果いんぐわといふもあまりあり。よしやこの子のうまるゝゆゑに、親同胞おやはらからさちありて、家のさかえをませばとて、こよなき恥にやはかえん。悲しきかな」、と聲たてて、かたへの人にものいふごとく、思ひこつてはなか〳〵に、さかしき心も亂れつゝ、忍ぶにたへ繁薄しのすゝき尾花をばなが下にふし給ふ。

 秋の日影のさりげなく、晝間はあつさ名殘なごりとて、岸に水浴みづと山鴉やまがらすいたゞき近くなきわたれば、伏姬きつあほつ、「げにわがほかに人もなき、こゝはまこと畜生道ちくせうどう、この身をつんざつるぎ山路やまぢに、追登おひのぼされし阿鼻地獄あびぢごくのちの世思ひやられたり。さるにても、彼童かのわらべこそ不思議なれ。わが來しかたとゆくすゑを、つまびらかにしれる事、天眼通てんがんつうもて見る如し。加旃しかのみならず物のいひざま、さはやかにして岩走いはばしる、この山川よりよどみなく、禍福吉凶くわふくきつきやうことわること、只掌たゞななそこすに似たり。いにしへのさす神子みこうつぶし老女おふなといふとも、いとなしがたきわざなるべし。しかればこれ神ならで、たれまたこれをよくせん。もとよりこの安房あはには、齡數よはひす百になりぬる醫師くすしあることをきかざれば、これにつかふ神童かんわらは、あるべうもおぼえぬかし。渠只假かれたゞかりことまうけて、われは醫師くすし弟子をしえごにて、藥を採るといひつるもの。そのをる所も定かならで、この山のふもとといひ、ある洲崎すさきにありといふ。これにて思ひあはすれば、これも亦役行者またえんのぎやうじや示現じげんにもやをはしますらん。さきにもかゝる利益りやくあり。それはをさなき時なれば、吾儕定わなみさだかにしらねども、まさしくさし給ひぬる、珠數ずゞ霎時しばしも身を放さず、祈念おこたる事なければや、再び奇特きどくを見せ給へども、つひのがれぬ業因ごういんは、神も佛も今こゝに、せんすべなくぞをはすめる。かくても凡夫ぼんぶのかなしさは、悟りかたく、迷ひやすかり。わが腹なるは八子やつこにて、形つくらでこゝにうまれ、生れてのちに又うまるとは、いかなるゆゑにやあらんずらん。又子をうむとき親にあはん、をとこにもあはんとは、いよ〳〵思ひわきまへがたし。吾儕わなみにはかりそめにも、いひなづけたる良人つまはなし。この事のみはあたらずとも、もし父うへがはる〳〵と、とはせ給はゞ影護うしろめたし。身おもくなりしを親同胞おやはらからに、はぢかゞやかしく見られんより、流るゝ水に身をまかし、からもとゞめずなるならば、さて死恥しにはぢをかくしなん。あゝしか也」、とわれにとひ、われにこたへてやうやくに、思ひさだめつ、折敷をりしく草に、膝突立ひざつきたてて身を起し、水際みぎわたちより給ひしが、「さるにてもこのまゝに、水屑みくずとならば日來ひごろより、川の向ひの岸までも、專使おさめつかひを給はりし、母うへのおんいつくしみを、しらざるに似て罪ふかゝり。一筆遺ひとふでのこし奉らば、とてもかくても業因、と思ひすてさせ給はなん。見る人なくはわが尺素ふみも、くちなばくち命毛いのちげを、霎時延しばしのばしていそがん」、とひとりごちつゝ、折捨をりすてし、花かいとればほろ〳〵と、ちり際脆きわもろ村肝むらきもの、心も足もなよやかに、もとほらにぞり給ふ。

 當下八房そのときやつふさは、自然生じねんせう薯蕷やまついも、枝つきのこのみなンど、くさ〴〵ついばみもて來つゝ、姬うへをまちてをり。只今かへらせ給ふを見て、一反いつたんあまり走りいで、長きたもと夤緣まつはりて、あとき、又先にたち、尾をふり鼻をならしつゝ、迎入むかへいるゝが如くして、只管食ひたすらしよくすゝむれども、伏姬はなか〳〵に、見るも齋忌ゆゆしくうとましくて、たえて言葉もかけ給はず、石室いはむろはしちかうゐて、すゞりすみ搨流すりながし、殘りすくなくなりにたる、料紙れうししわ引延ひきのばして、わがうへ、權者ごんしや示現じげんまで、ことばみじかく義理ふかく、いと哀れにぞかき給ふ。折しもあれ、水は瀨まくらにとゞろきて、三閭大夫さんりよたいふがうらみ、想像おもひやるべく、松は峯上をのへぎんじて、有馬皇子ありまのみこが無常を示せり。「いにしへより今の世まで、かしこきもおろかなるも、なほきもまがれるも、薄命はくめいにしてしかばねを、溝涜野徑こうとくやけいさらせるもの、抑亦そもそもまたいくばくぞや。そが妻、そが子に至りては、かぞふるにいとなかるべし。いづれはあれどわが身ひとつ、ためしすくなき業因ごういんにて、からもとゞめずうせにき、と母うへ傳聞つたへきゝ給はゞ、そが侭絕まゝたえはて給はん。それまでにましまさずとも、なきのちさへに限りなき、嘆きをさせたてまつる、不孝の罪はあがなふ時なし。幾遍いくたび思ひたえなん、と思へども思ひたえがたきは、只恩愛たゞおんあいほだし也。許させ給へ」、といへばえに、いはが傳ふ松のつゆそでしづく末竟つひに、淚の川となるまでに、深きおもひを水莖みづくきの、筆にいはせてよみかへし、まきかへしつゝ嘆息し、「よしなく物を思ひにき。西方彌陀さいほうみだ利劒りけんからずは煩惱ぼんなうきづなたちがたし。土冥よみぢの旅の首途かどでには、稱名せうめうほかあるべからず」、と忽地たちまちにおもひかへしつ、をりもて來しきくの花に、淸水しみづそゝぎうやうやしく、佛に手向たむけ奉り、えりかけたる珠數ずゝとりて、推揉おしもまんとし給ふに、常にもあらで音はせず。「こは不思議や」、ととりなほして、とさまかうさま見給ふに、かずとりのたまあらはれたる、如是畜生發菩提心によぜちくせうほつぼだいしんの、やつ文字もんじあともなく、いつの程にか仁義禮じんぎれい智忠信孝悌ちちうしんこうていとなりかはりて、いとあざやかよまれたり。

 伏姬ふせひめまたさらに、かゝる奇特きどくを見る物から、なほ疑ひをとくよしもなく、つら〳〵おもひ給ふやう、「この珠數ずゞはじめは仁義禮智、云云しか〴〵文字もんじあり。かくて八房にともなはれ、この山に入らんとせしころ、如是畜生云云しか〴〵と、やつ文字もんじになりてしかば、果してくだんの一句のごとく、八房もまたこゝに、菩提心ほだいしんおこしたり。しかるに今又畜生四足ちくせうしそくの、文字もんじうせもとの如く、人道八行にんどうはつこうを示させ給ふ、權者ごんしや方便測ほうべんはかりがたし。いとあさはかなる女のをもて、なにわきまへ侍らんや。見る所をもておすときは、吾儕わなみは犬のうけて、たゞならぬ身となりにしゆゑに、つひ非命ひめいに終ること、畜生道の苦艱くげんに似たり。されども佛法みのり功力くりきにて、八房さへに菩提にれり。來世こんよ仁義八行じんぎはつこうの、人道にんどううまるゝよしを、こゝに示させ給ふもの。もしさあらんには八房をも、わが手に殺さば畜生の、苦を拔くよすがとなりぬべし。いな〳〵それは不仁ふじんなり。かれはそのしゆうの爲に、大たいてきほろぼしたり。かゝればこれこよなき忠あり。又去歲こぞよりしてこの山に、吾儕わなみ飢渴うへしのがせたり。かゝれば又養ひの恩ふかゝり。よしや來世こんよは人と生れて、富貴ふうさの家の子となるとも、その忠この恩あるものを、今情なさけなくやいばもて、死をうながすにしのびんや。これらのよしをありのまゝに、つげ生死せうしかれまかせん。さは」とて珠數ずゞ左手ゆんでかけ、前足突立つきたてこなたのみ、ながめをる犬にうち向ひ、「やよ八房、わがいふ事をよく聞けかし。よにさちなきもの二ッあり。又さちあるものふたつあり。すなはち吾儕わなみなんぢなり。われは國主こくしゆ息女むすめなれども、義を重しとするゆゑに、畜生にともなはる。これこの身の不幸なり。しかれどもけがおかされず、ゆくりなくも世をのがれて、自じとくの門に三寶さんぼう引接いんぜふこひねがひしかば、つひに念願成就して、けふ往生わうぜう素懷そくわいとげなん。またこれこの身のさいはひなり。又只汝たゞなんぢは畜生なれども、國に大功たいこうあるをもて、やがて國主の息女むすめたり。人畜にんちくの道ことにして、その欲を得遂えとげざれども、耳に妙法めうほうたときをきゝて、つひ菩提ばだいの心をおこせり。これ汝が幸ひなり。しかれどもせうをかえ、形を變ふるによしなければ、こゝに四足しそくの苦をのがれず、いきてはその智をますことなく、死してはたゞその皮をはがれん。またこれ汝が不幸也。汝生れてより七八年、犬馬けんばにしてはその命、短しといふべからず。いたづらにせうむさぼり、わが死するを見て里にかへらば、友にかまれ、しもとうたれ、呵責忽地かしやくたちまちその身におよばん。又この山にとゞまるとも、あすよりしてはたれまたなんぢが爲にきやうよむべき。梵音ぼんおん耳にらずならば、菩提ぼだいの心つひうせなん。只生たゞせうし死をたのしみ、人道にんどうくわこひねがはゞ、來世こんよに人と生れざらんや。このことわりをよくしらば、おなじながれに身をなげて、共に彼岸かのきしに到れかし。さればとて時なほ早かり。われも浮世うきよ名殘なごりなり。まづおん經を讀誦どくじゆして、心しづかにもとかへらん。汝もこれを聽聞ちやうもんして、讀果よみはてなんとするときに、たつ水際みきわおもむけかし。さりとも不覺そゞろに命をしくは、野なれ里なれ老死おいくちよ。しからば人にんくわるときなからん。よくわきまへよ」、と叮嚀ねんころに、諭し給へば、八房は、かうべたれうれふるごとく、又尾をふりよろこぶ如く、又感淚かんるいを流すに似たり。伏姬はこの形勢ありさまを、つく〳〵と見給ひて、「この犬まこと得度とくどせり。うらめるものゝ後身さいらいなりとも、すで佛果ぶつくわを得たらんには、弟義成おとゝよしなり耳孫うまごの世まで、たえ障礙せうげはあるべからず。心やすし」と思ひとりて、彼遺書かのかきおき提婆品だいばほん一卷ひとまきを手にとりて、ほらよりすこしすゝみいで讀誦どくじゆをはらば遺書かきおきを、おん經に卷寵まきこめて、この石室いはむろとゞめん、と思ひ給ひつ上平うへたいらなる、石をつくゑくみて、彼一卷かのひとまきひたひにおしあてしばらく念じ給ひつゝ、はや讀出よみいだし給ふにぞ、八房は耳をそはだて、きくこと生平つねよりいとせちなり。

 抑提婆達多品そも〳〵だいばたつたほんは、妙法蓮華經めうほうれんげきやう、卷の五にり。娑竭羅龍王しやかつらりうわう女兒むすめかとよ、八歲にして智惠廣大、ふかく禪定ぜんじやういつて、諸法に了達れうたつし、菩提ぼだいを得たる緣故ことのよしを、とき給へる經文きやうもんなり。女人によにんはこゝろ垢穢あかつきけがる。もとより法器のりのうつわにあらず、又身に五障いつゝのさわりあり。ゆゑ成佛じやうぶつしかたきもの也。しかるに八歲龍女はつさいりうによのごときは、はやくも無上菩提むぜうぼだいを得たり。便是すなはちこれ女人にして、成佛の最初たり。かゝれば伏姬末期まつごに及びて、身の爲又犬の爲に、提婆品を讀給ふ。今を限りと思へばや、音聲おんせう高く澄渡すみわたり、たえず又よどまずして、はちすの絲を引く如く、又出水いづみの走るに似たり。みねの松風もこれをし、谷の幽響こたまもこれにこたふ。石をあつめ聽衆ちやうしゆとせし、むかしもかくぞありけんかし。いともめでたきこと、道心どうしんなり。

 さる程に讀經どきやうも既にはてになりて、

三千衆生發菩提心さんせんしゆぜうほつぼだいしん而得受記じとくじゆき智積菩薩及舍利弗ちしやくぼさつぎうしやりほつ一切衆生いつさいしゆぜう默然信受もくねんしんじゆ、」

と讀給へば、八房はと身を起して、伏姬を見かへり見かへり、水際みきわさしてゆく程に、前面むかひの岸に鳥銃てつほう筒音つゝおと高くひゞかして、忽地飛來たちまちとびくる二ッたまに、八房はのんどうたれて、けふりうちはたし、あまれるたまに伏姬も、右のした打破られて、「あつ」と一聲叫ひとこゑさけびもあへず、經卷きやうくわんを手にもちながら、橫ざまに轉輾ふしまろび給ひぬ。

 時なるかな去歲こぞよりして、川よりあなたはもやふかく、たえ晴間はれまもなかりしに、今鳥銃てつほうの音とゝもに、ぬぐふが如くはれわたり、年なほわかき一個ひとり獦人かりひとかきそめたるたへ脚半きやはんに、おなじ色なる甲掛こうかけして、筵織むしろおり獵巾づきんを、むすゆるべてうなぢに掛け、右手めてに鳥銃引てつほうひきさげて、前面むかひの岸にたちあらはれ、流るゝ水をきつと見て、既に淺瀨を知りたりけん、やがて岸よりはしりくだりて、もつたる鳥銃てつほう肩にうちかけ、こなたをさしてわたしつ。この川ながれはやけれども、思ふには似ずあさうして、水は高股たかもゝこさざれば、彼壯佼かのわかものはます〳〵勇みて、勢ひ猛虎もうこの子を負ふごとく、又醉象すいぞうを追ふごとく、ちから足を踏進ふみすゝめて、その幅十丈はゞとづゑあまりなる、流水ながれきつ瞬間またゝくひまに、こなたの岸にはせあがり、且鳥銃まづてつほう揮揚ふりあげて、打倒うちたふしたる八房を、なほうつこと五六十、骨碎け皮破れて、復甦またいくべうもあらざれば、尒莞につこえみ鳥銃投捨てつほうなげすて、「いで姬うへを」、と石室いはむろのほとりまで進み寄り、と見ればまた伏姬も、打倒うちたふされて氣息きそくなし。「これは」とばかりおどろきさわぎて、いだき起し奉り、且瘡口まづきずくち展撿ひらきみるに、さいはひにしては淺かり。周章あはてふためふところより、藥を取出とうでて、口中くちのうちそゝれ、しきりに喚活よびいけ奉れども、寸口すんこうの脈絕果たえはてて、全身みのうちははや氷の如し。縱元化たとひげんくわじゆつありとも、救ふべうも見え給はねば、壯佼わかうどそらうち仰ぎて、數回あまたゝび嘆息し、「かなしきかなわがなす所、はかる所はこと〴〵にいすかはし岩齬くひちがひ、月來日來晴つきごろひごろはれかたき、狹霧さきりはれつ、八房を、うちとめて來て見れば、あまれるたまに姬うへさへ、つひ縡絕こときれ給ひにき。出沒奇異なる犬にもおそれず、もとよりこゝは禁斷の山としりつゝ身を忘れ、命をすてても姬うへを、救ひとりまゐらせん、と思ふ忠義は不忠となりて、又萬倍の罪をかもせり。百遍悔もゝたびくひ、千遍悔ちたびくふとも、今はしもかへることなし。心ばかりの申わきには、はらかききつて姬うへの冥土よみぢのおん倶仕ともつかまつらん。またせ給へ」、とえりかきひらきて、腰刀こしかたな拔出ぬきいだし、手拭てのごひまきそえて、「南無阿彌陀佛なむあみだぶつ」、ととなへもあへず、はや刀尖きつさき脇腹わきはら突立つきたてんとする程に、たれとはしらず松柏まつかやの、しげきもと弦音つるおと高く、射出いいだ獵箭さつや壯佼わかうどが、右手めてたゞむき射削いけづゝたり。「これは」、とばかり、思はずも、もつたるやいばをうちおとされ、驚きながら見かへれば、樹間隱このまがくれに聲高く、

むさゝび木末求こぬれもとむと足引あしひきの、山の佐都雄さつをあひにけるかも、」

と、口吟くちすさむ一首の古歌こかに、「こは什麼誰そもたそ」、ととはせもはてず、「金碗大輔かなまりだいすけ早まるな、しばらまて」、とよびとめて、里見治部大輔義實朝臣さとみぢぶのたいふよしさねあそんくまの皮の行縢むかばきに、ひやう尻鞘しりざや篠釬さゝこてして、弓箭携ゆみやたづさしづやかに、樹蔭こかげをすゝみいで給へば、後方あとべに續く從者ともひとなく、堀內藏人貞行ほりうちくらんどさだゆきのみ、精悍かひ〳〵しき打扮いでたちして、しゆう左邊ゆんでひきそふたり。

 義實うれふ氣色けしきにて、伏姬の亡骸なきからを、尻目しりめにかけて、最期さいごの事は、いまだなにとものたまはず、いちはやくもほとりにおちたる、珠數ずゞ遺書かきおきを見給ひて、「藏人くらんどあれを」、と宣ふにぞ、貞行はこゝろ得て、いそしくとりてまゐらする。義實朝臣は弓箭ゆみやすてて、珠數ずゞを刀のつかかけ且遺書まづかきおきを見給ふに、一句一段こと〴〵に、嗟嘆さたんせずといふ事なく、又貞行にも見せ給ふ。そがなかに、金碗大輔孝德たかのりは、慚愧ざんぎその身をおくところなく、ひたひつめたあせをながし、やいばひざにひきしきて、只平伏たゞひれふしてぞゐたりける。當下そのとき義實は、かたへの石にしりかけて、孝德にうちむかひ、「めづらしきかな金碗大輔。汝不覺なんぢそゞろ法度はつとを犯して、この山にるのみならず、今伏姬と八房を、うち殺せしには仔細しさいありなん。やいばをおさめ、近う參りて、つまびらかにこれをいへ。いかにぞや」、と問給ふ。しかれども孝德は、いらへまうすもおもなくて、霎時頭しばしかうべあげず。この形勢ありさまに貞行は、そがほとりにすゝみいで、「大輔御諚ごぢやうで候ぞ。且刃まづやいばをおさめずや。とくおんこたへを申さずや」、としば〳〵いはれて、孝德は、やうやくにかうべもたげやいばさやおさめつゝ、插副さしぞへの刀もろともこれをば堀內貞行に、遞與わたしすこ引退ひきしぞき、又貞行にむかひていふやう、「死後しにおくれたる甲斐かひに、はからずも君の尊顏そんがんを、拜し奉るよろこびも、重々かさね〳〵越度をちどにて、後悔のほか候はず。申とくべき千萬句せんまんくも、このいたつせんなき所行わざ、身の非を飾るに似たれ共、只一條だゞひとくだりを申上ん。去年安西景連あんざいかげつらはかられて、安危あんきのおん使つかひ得果えはたさず、のがれてかへる道すがら、追捕おつての敵兵と血戰し、からく瀧田へたちかへるに、はや景連が大軍充滿みち〳〵稻麻とうまのごとく攻圍せめかこ最中もなかにて候へば、城に入ることつひかなはず、せめ和殿わどのに力をあはし、一臂いつひの忠をつくさん、と思ふてやが東條とうでふへ、はしりゆけどもその甲斐かひなく、彼處かしこ蕪戶訥平かぶととつへいが大軍にかこまれたり。敵は虎口こゝう退しりぞかず、篝火かゝりびたきあかし、番兵ばんへいをさ〳〵由斷ゆだんせざれば、つばさなうして城中へ、入るべうも候はず。一騎なりとも敵陣へ、突入つきいりしなばや、と思ひさだめ候ひしが、退しりぞきて思慮をめぐらし候へば、これも亦詮またせんなき所行わざ也。五指ごしのかはるかはるはぢかんより、一拳いつけんにますことなし。兩城もとより兵粮乏ひやうろうともし。まこと危窮存亡きゝうそんぼうときなり。われ鐮倉へ推參して、管領家くわんれいけへ急をつげ援兵ゑんへい乞催こひもよほして兩所の圍みを殺崩きりくづさば、君のおん爲此上このうへあらじ、と思ひかへして白濱しらはまより、便舩びんせんして彼處かしこおもむき、來由らいゆのべ、急をつげ援兵ゑんへいこふといへども、主君の書翰しよかんなきゆゑに、うたがはれてこととゝのはず。そらだのめなる日をすぐし、手をむなしうして安房あはへかへれば、景連かげつらははや滅亡ほろびうせて、一國いつこく君がおん手にいりぬ。吁歡あなよろこばし、と思ふにも、寸功すんこうもなく阿容々々おめ〳〵と、見參げんさんには入りかたし。りとて今さら腹も切られず、時節をまちて功をたて、歸參を願ひ奉らん。それまでの隱宅かくれがにとて、舊里ふるさとなれば上總かづさなる、天羽あまは關村せきむらに赴きて、祖父一作おほぢいつさく由緣ゆかりある、莊客某甲ひやくせうなにがしが家に身をよせ、なすこともなく去歲こぞと暮れ、今茲ことしもおなじ秋の色、深くしのびて候ひしに、本月このつき初旬はじめつかたひめうへの事ほのかに聞えて、八房の犬にともなはれ、富山とやまの奧へ入り給ひき、とたしかにこれをつぐるものあり。こは未曾有みぞうの奇談にして、ひとへに主君の瑕瑾かきん也。よしや彼犬かのいめ年ふりて、人をみいるゝれうありとも、目にさへぎるものならば、うつにかたきことやはある。ひそかに富山にわけ登り、犬を殺して姬うへを、救ひとり奉らば、先非せんひあがなふ歸參のよすが、こゝに得たり、と尋思しあんして、しのびて當國にたちかへり、准備ようゐ鳥銃引提てつほうひきさげて、山に入ること五六日、姬うへのおん所在ありか只顧索ひたすらたづね奉るに、あなたの岸には狹霧さきりふかくて、一ト日も晴るゝときを得ず、水の音のみすさまじく、廣陜深淺ひろさふかさはかりがたかり。蜑崎輝武あまさきてるたけ溺死できしの事さへ、傳つたへきゝて候へば、こゝなるべし、と推量して、かろ〳〵しくは得涉えわたさず。川一條ひとすぢへだてられ、奧を見ることかなはねば、けふもむなしく暮すか、とこゝろしきりに焦燥いらだつのみ、はて疲勞つかれ水際みきわの松に、しりうちかけてながむれども、見れども見えぬ溪澗たにかはの、はるかあなたにきやうよむ聲、いともかすかに聞えたり。すはや、と騷ぐ胸をしづめ、水際みきわにすゝみて、耳をそはだて、つく〳〵ときけ女子をなこの聲也。こは疑ふべうもあらず、姬うへにましますべし。既にそのおんこゑきゝつ、いまだおん姿すがたを見るによしなし。この時にして神明佛陀しんめいぶつだ冥助めうぢよを仰ぐにあらざりせば、志をとげかたけん。當國洲崎大明神すさきだいめうじん那古なこ觀音大菩薩くわんおんだいぼさつ孝德たかのりが忠義むなしからずは、狹霧さぎりをおさめてこの川を、たやすくわたさせ給へかし、と丹誠たんせいぬきいでつゝ、しばらく祈念して目をひらけば、不思議なるかな今までも、黑白あやめをわかぬ川霧かばぎりは、ぬぐふが如くはれわたる。前面迥むかひはるか眺望ながむれば、石室いはむろとおぼしきほとりに、見えさせ給ふはひめうへなり。思ひしより瀨は淺し、なんでふこゝろいさまざらん。すでにわたさんとする程に、八房はこなたを見てや、水際みぎわさして走り來つ。這奴しやつよせつけてはあしかりなん、うちとめてのちにこそ、彼處かしこへはまゐらめ、と思ふごろは程よくなりぬ。もつたる鳥銃取てつほうとりなほし、ねらひ固めし二ッたま、火蓋ひぶたを切ればあやまたず、犬は水際みぎわたふれたり。わが物つ、と早川の水よりはやく涉來わたしきて、見れば又姬うへも、あまれるたまやぶられて、おなじまくらにふし給ふ。さりけれどもは淺かり、すくはれ給ふこともや、とこゝろを盡し、手をつくせども、縡絕こときれ給へばすべもなし。身の薄命はくめいとはいひながら、毛をふききずを求めたる、後悔其處そこたゝざれば、せめて冥よみぢのおんともせん、と既に覺期かくごきわめをり、思ひかけなくわが君に、とゞめられ奉り、得えしなざるも天罰ならん。法度はつとを犯してこの山へ、しのび入るのみならず、姬うへさへにそこなひしは、是八逆これはちぎやく罪人つみんど也。君がまに〳〵刑罰を、こひねがほか候はず。堀內ぬし、藏人くらんとどの、なわかけ給へ」、とうしろざまに、手をめぐらしてついゐたり。

 義實うれふ氣色けしきにて、伏姬の亡骸なきからを、尻目しりめにかけて、最期さいごの事は、いまだなにとものたまはず、いちはやくもほとりにおちたる、珠數ずゞ遺書かきおきを見給ひて、「藏人くらんどあれを」、と宣ふにぞ、貞行はこゝろ得て、いそしくとりてまゐらする。義實朝臣は弓箭ゆみやすてて、珠數ずゞを刀のつかかけ且遺書まづかきおきを見給ふに、一句一段こと〴〵に、嗟嘆さたんせずといふ事なく、又貞行にも見せ給ふ。そがなかに、金碗大輔孝德たかのりは、慚愧ざんぎその身をおくところなく、ひたひつめたあせをながし、やいばひざにひきしきて、只平伏たゞひれふしてぞゐたりける。當下そのとき義實は、かたへの石にしりかけて、孝德にうちむかひ、「めづらしきかな金碗大輔。汝不覺なんぢそゞろ法度はつとを犯して、この山にるのみならず、今伏姬と八房を、うち殺せしには仔細しさいありなん。やいばをおさめ、近う參りて、つまびらかにこれをいへ。いかにぞや」、と問給ふ。しかれども孝德は、いらへまうすもおもなくて、霎時頭しばしかうべあげず。この形勢ありさまに貞行は、そがほとりにすゝみいで、「大輔御諚ごぢやうで候ぞ。且刃まづやいばをおさめずや。とくおんこたへを申さずや」、としば〳〵いはれて、孝德は、やうやくにかうべもたげやいばさやおさめつゝ、插副さしぞへの刀もろともこれをば堀內貞行に、遞與わたしすこ引退ひきしぞき、又貞行にむかひていふやう、「死後しにおくれたる甲斐かひに、はからずも君の尊顏そんがんを、拜し奉るよろこびも、重々かさね〳〵越度をちどにて、後悔のほか候はず。申とくべき千萬句せんまんくも、このいたつせんなき所行わざ、身の非を飾るに似たれ共、只一條だゞひとくだりを申上ん。去年安西景連あんざいかげつらはかられて、安危あんきのおん使つかひ得果えはたさず、のがれてかへる道すがら、追捕おつての敵兵と血戰し、からく瀧田へたちかへるに、はや景連が大軍充滿みち〳〵稻麻とうまのごとく攻圍せめかこ最中もなかにて候へば、城に入ることつひかなはず、せめ和殿わどのに力をあはし、一臂いつひの忠をつくさん、と思ふてやが東條とうでふへ、はしりゆけどもその甲斐かひなく、彼處かしこ蕪戶訥平かぶととつへいが大軍にかこまれたり。敵は虎口こゝう退しりぞかず、篝火かゝりびたきあかし、番兵ばんへいをさ〳〵由斷ゆだんせざれば、つばさなうして城中へ、入るべうも候はず。一騎なりとも敵陣へ、突入つきいりしなばや、と思ひさだめ候ひしが、退しりぞきて思慮をめぐらし候へば、これも亦詮またせんなき所行わざ也。五指ごしのかはるかはるはぢかんより、一拳いつけんにますことなし。兩城もとより兵粮乏ひやうろうともし。まこと危窮存亡きゝうそんぼうときなり。われ鐮倉へ推參して、管領家くわんれいけへ急をつげ援兵ゑんへい乞催こひもよほして兩所の圍みを殺崩きりくづさば、君のおん爲此上このうへあらじ、と思ひかへして白濱しらはまより、便舩びんせんして彼處かしこおもむき、來由らいゆのべ、急をつげ援兵ゑんへいこふといへども、主君の書翰しよかんなきゆゑに、うたがはれてこととゝのはず。そらだのめなる日をすぐし、手をむなしうして安房あはへかへれば、景連かげつらははや滅亡ほろびうせて、一國いつこく君がおん手にいりぬ。吁歡あなよろこばし、と思ふにも、寸功すんこうもなく阿容々々おめ〳〵と、見參げんさんには入りかたし。りとて今さら腹も切られず、時節をまちて功をたて、歸參を願ひ奉らん。それまでの隱宅かくれがにとて、舊里ふるさとなれば上總かづさなる、天羽あまは關村せきむらに赴きて、祖父一作おほぢいつさく由緣ゆかりある、莊客某甲ひやくせうなにがしが家に身をよせ、なすこともなく去歲こぞと暮れ、今茲ことしもおなじ秋の色、深くしのびて候ひしに、本月このつき初旬はじめつかたひめうへの事ほのかに聞えて、八房の犬にともなはれ、富山とやまの奧へ入り給ひき、とたしかにこれをつぐるものあり。こは未曾有みぞうの奇談にして、ひとへに主君の瑕瑾かきん也。よしや彼犬かのいめ年ふりて、人をみいるゝれうありとも、目にさへぎるものならば、うつにかたきことやはある。ひそかに富山にわけ登り、犬を殺して姬うへを、救ひとり奉らば、先非せんひあがなふ歸參のよすが、こゝに得たり、と尋思しあんして、しのびて當國にたちかへり、准備ようゐ鳥銃引提てつほうひきさげて、山に入ること五六日、姬うへのおん所在ありか只顧索ひたすらたづね奉るに、あなたの岸には狹霧さきりふかくて、一ト日も晴るゝときを得ず、水の音のみすさまじく、廣陜深淺ひろさふかさはかりがたかり。蜑崎輝武あまさきてるたけ溺死できしの事さへ、傳つたへきゝて候へば、こゝなるべし、と推量して、かろ〳〵しくは得涉えわたさず。川一條ひとすぢへだてられ、奧を見ることかなはねば、けふもむなしく暮すか、とこゝろしきりに焦燥いらだつのみ、はて疲勞つかれ水際みきわの松に、しりうちかけてながむれども、見れども見えぬ溪澗たにかはの、はるかあなたにきやうよむ聲、いともかすかに聞えたり。すはや、と騷ぐ胸をしづめ、水際みきわにすゝみて、耳をそはだて、つく〳〵ときけ女子をなこの聲也。こは疑ふべうもあらず、姬うへにましますべし。既にそのおんこゑきゝつ、いまだおん姿すがたを見るによしなし。この時にして神明佛陀しんめいぶつだ冥助めうぢよを仰ぐにあらざりせば、志をとげかたけん。當國洲崎大明神すさきだいめうじん那古なこ觀音大菩薩くわんおんだいぼさつ孝德たかのりが忠義むなしからずは、狹霧さぎりをおさめてこの川を、たやすくわたさせ給へかし、と丹誠たんせいぬきいでつゝ、しばらく祈念して目をひらけば、不思議なるかな今までも、黑白あやめをわかぬ川霧かばぎりは、ぬぐふが如くはれわたる。前面迥むかひはるか眺望ながむれば、石室いはむろとおぼしきほとりに、見えさせ給ふはひめうへなり。思ひしより瀨は淺し、なんでふこゝろいさまざらん。すでにわたさんとする程に、八房はこなたを見てや、水際みぎわさして走り來つ。這奴しやつよせつけてはあしかりなん、うちとめてのちにこそ、彼處かしこへはまゐらめ、と思ふごろは程よくなりぬ。もつたる鳥銃取てつほうとりなほし、ねらひ固めし二ッたま、火蓋ひぶたを切ればあやまたず、犬は水際みぎわたふれたり。わが物つ、と早川の水よりはやく涉來わたしきて、見れば又姬うへも、あまれるたまやぶられて、おなじまくらにふし給ふ。さりけれどもは淺かり、すくはれ給ふこともや、とこゝろを盡し、手をつくせども、縡絕こときれ給へばすべもなし。身の薄命はくめいとはいひながら、毛をふききずを求めたる、後悔其處そこたゝざれば、せめて冥よみぢのおんともせん、と既に覺期かくごきわめをり、思ひかけなくわが君に、とゞめられ奉り、得えしなざるも天罰ならん。法度はつとを犯してこの山へ、しのび入るのみならず、姬うへさへにそこなひしは、是八逆これはちぎやく罪人つみんど也。君がまに〳〵刑罰を、こひねがほか候はず。堀內ぬし、藏人くらんとどの、なわかけ給へ」、とうしろざまに、手をめぐらしてついゐたり。

 貞行は孝德が、忠心まこゝろをよくしりつ、聞く事こと點頭うなつくのみ、主君の氣色けしきを伺へば、義實嵯嘆さたん大かたならず、しばらくしてのたまふやう、「現禍福得失げにくわふくとくしつは、人力じんりきをもてよくしかたく、凡智ぼんちをもてはかるべからず。やをれ大輔、汝寔なんぢまことにその罪あり。刑罪逭けいばつのがれかたしといへども、伏姬が死は天命てんめいなり。かれもし汝にうたれずは、かならずこの川の水屑みくづとならん。藏人くらんどその遺書かきおきを、讀聞よみきかせよ」、と宣へば、「うけ給はりつ」、といらへつゝ、大輔がほとりについゐて、はじめよりをはりまで、高やかによむほどに、孝德ます〳〵慚愧ざんぎして、伏姬の賢才義烈に、感淚をぬぐひあへず、いよゝ麁忽そこつ悔欺くひなげきぬ。

 讀果よみはてければ義實は、又孝德にうちむかひ、「大輔なにとこゝろ得たるぞ。伏姬が死をとゞめんとて、われ亦潛またしのびて來つるにあらず。此度五十子こだみいさらご病著いたつきは、たゞ伏姬を愛惜あいじやく心氣疲勞しんきつかれて危急に及べり。かれが願ひもることながら、無異ぶゐにしてこの山の奧を見んこと心もとなし。とさまかうさま思ふ折、われのみならで藏人くらんどさへ、如此々々しか〴〵示現じげんを得たり。よりて從者等ともびとらふもととゞめ、たゞわれと貞行と、この山に登るものから、示現じげんまかして川をわたさず、遠く水上みなかみをめぐりつゝ、この石室いはむろうしろに到れり。主從しゆう〴〵既にこの處に、近つかんとする程に、鳥銃てつほう筒音つゝおとに、うち驚きて來て見れば、伏姬も八房も、矢庭やにはうたれてたふれたり。折から川をわたすもの、とはずして伏姬があたなりけり、と見てければ、霎時樹蔭しばしこかげかくろひて、ことのやうをうかゞふに、あにおもはんや癖者くせものは、月來日來つきごろひごろこゝろにかゝりし、金碗大輔ならんとは。渠騷かれさわぎたるおもゝちにて、姬を呼活よびいけ手を盡す、療養つひとゞかずして、自殺の覺期かくごは野心もて、姬を殺せしものならず、と思ひにければよびとめたり。なんぢみづから思惟おもむみよ。犬を殺して伏姬を、すくひとらるゝものならば、義實こよなき恥を忍び、最愛の女兒むすめをすてゝ、けふまで汝が手をまたんや。賞罰はまつりごと樞機すうきなり。ことたびいづるときは、よつのうましたに及ばず。戲言けげんといへども八房に、われ伏姬を許したり。この一言ひとことにて剛敵亡ごうてきほろび、よつこふりは義實が、たなそこりし事、たゞ八房が大功なれば、われも前諾ぜんだくを變ふるによしなく、姬もまたこれを固辭いろはず、そがまゝ犬にともなはれ、あと深山みやまとゞむといへども、さいはひにしてけがされず、一念讀經いちねんどきやう功力くりきによりて、八房さへに菩提ぼだいりぬ。かれ婬欲いんよくなきを見て、伏姬これをあはれめり。あはれぶ心深くして、しらずしてその氣を感じ、有身みごもれることいよ〳〵奇なり。今その筆のあとを見て、このわざはひるところ、因果いんぐわの道理を知覺ちけうせり。われ當國に義兵をあげて、山下定包やましたさだかねうちしとき、その妻玉梓たまつさ生拘いけどりつ。陳謝理ちんじやことわりあるに似たれば、ゆるさせんといひつるを、大輔が父八郞孝吉はちらうたかよし、いたくいさめかうべはねたり。これによりてその冤魂ゑんこん、わが主從しゆう〴〵たゝりをなす、とはじめて心つきたりしは、金碗孝吉が自殺のとき、朦朧もうろうとして女の姿、わがまなこさへぎりにき。かくてかの玉梓が、うらみはこゝにあきたらず、八房の犬となりかはりて、伏姬をて、深山邊みやまべに、隱れて親に物をおもはせ、伏姬は又思ひかけなき、八郞が子にうたれたり。加以これのみならで大輔は、罪なうして亡命し、忠義によつて罪を獲たり。皆是因果みなこれいんくわの係るところ、緣故ことのもとおすときは、ひとり義實があやまちより起れり。物がいはせて八房に、伏姬を許せしは、ゆるすまじき玉梓たまつさを、たすけんといひし口のとが、言葉の露は末つひに、この溪澗たにかはおちあふて、くるしき山に生死いきしにの、海を見るこそ悲しけれ。さりとてなげくはせんなき事なり。神灵しんれいせいありじやあり。神のいかるを罰といひ、おにいかるをたゝりといふ。かの玉梓は惡灵あくれうなり。伏姬が死はたゝりなり。大輔さへにまぬかれず、不憶ゆくりなく罪を得たり。まことゆゑある事なれば、うらみなせそ」、と身をせめて、いと叮嚀ねんころさとし給ふ。叡智ゑいちかんして孝德たかのりは、思はずも小膝こひざを進め、「御諚ごでふによつて父が自殺も、身の薄命はくめいさとるに足れり。しかれどもなほ疑ひあり。八房すでに菩提ぼだいらば、惡灵崇あくれうたゝりをなすべからず。君は權者ごんしゃ示現じげんによりて、姬うへをとはせ給へば、縱定業たとひじやうごうにましますとも、神佛かみはとけのちからをもて、けふ一日はつゝがなく、姬うへこゝにゐますべきに、御登山ごとさんその甲斐かひなき事は、いかなるゆゑに候はん」、ととひ奉れば、貞行も、小膝をうつて、かたへより、「大輔微妙いみじくたり。わが君のみにましまさず。一日もはれ川霧かはきりの、忽地たちまち晴れしは和殿わとのがうへにも、神佛かみほとけ冥助めうぢよあるに似て、そのじつはみななり。これらの事はそれがしも、こゝろ得がたく候」、と眞實まめだちて申すにぞ、義實朝臣あそんうち點頭うなづき、「われもまた神ならねば、さだかに思ひわきまへねども、禍福くわふくあざなへなわの如し。人のいのちは天に係れり。われこの山にいたらずして、伏姬むなしくならんには、渠只かれたゞ犬の妻といはれん。すなはち姬が節操德義せつさうとくぎと、八房が菩提ぼだいりしを、親にも世にもしらせんとて、權者ごんしやの導き給ふなるべし。あらんには玉蜻かぎろひの息あるうちにあはずとも、その甲斐かひなしといふべからず。又川霧かはきり晴間はれまなくて、伏姬も八房も、大輔にうたれずは、共にこの川の水屑みくずとなりなん。縱遺書たとひかきおきありといふとも、しらざるものは情死ぜうしといはん。さては遺恨いこんの事ならずや。今さらいふべき事ならねども、大輔が父八郞は、功ありながら賞をうけず、自殺せし事不便ふびん也。いかでその子をとりたてて、東條の城主にせん、伏姬をもてめあはせん、と思ふ折から大輔は、使つかひしてつひにかへらず、伏姬は八房に、ともなはれて深山みやまりぬ。こゝに至りて豫が宿念しゆくねん畫餠ぐわべいとなりていとゞしく、こゝろにはづること多かり。この婚緣こんえんいさゝめに、とりむすべるにあらねども、親が心に許せしかば、伏姬に示したる、神童かんわらはが言葉にも、親とをとこにあはんといひけん、をとこなんぢをいふなるべし。かゝるゆゑに姬と犬とを、大輔にうたし給ふ則權者大方便すなはちごんしやだいほうべん妙所めうしよといはんもいとかしこし。因緣いんえんかくの如くならば、たれをかとがめたれをかうらみん。つる强ければ、かならずゆるむ、物極きわまれば、かならずやむ。今よりしてわがいへに、れう障礙せうげはあるべからず。子孫ます〳〵繁昌はんぜうせん。さは思はずや」、と諭し給へば、貞行も孝德たかのりも、疑念は春の氷のごとく、とけて落淚したりけり。

 しばらくして孝德は、えりかき合せ、形を改め、「冥加めうがに餘る君の高恩こうわん御胸中ごきやうちうひめさせ給ひし、婚緣の事などは、うけ給はらんも物體もつたいなし。もとよりしらぬことながら、こゝろありて姬うへを、救ひとらんとせしこともや、とのちにぞ人はいふべからん。只すみやかそれがしかうべはねさせ給へかし」、と又他事たじもなく申けり。義實これをきゝあへず、「そは勿論もちろんの事ぞかし。さりながら、心をつけてつら〳〵見るに、伏姬がはいと淺かり。もし甦生そせいする事あらば、汝を殺すも早からずや。われつら〳〵この珠數ずゞを見るに、如是畜生云云によぜちくせうしか〴〵の一句はさらにはじめにかへりて、仁義八行じんぎはつこうを示すものから、震驗れいげんうすべからず。しかるに姬がたふるゝとき、この珠數ずゞその身を離れしかば、淺痍あさでなれども絕入たえいりけん。かれをさなき時よりして、この珠數ずゞをもて安危あんきを知れり。縱命數殫たとひめいすうつくるとも、祈らば利益りやくなきことあらんや。縡恊ことかなはずは是非もなし。かくてややまん」、とつかかけたる、珠數ずゞとりあげてひたひにおしあてしばらく念じて伏姬のえりに手つから掛給へば、貞行孝德左右より、むなしきから抱起いだきおこし、役行者えんのぎやうじや名號みなとなへて、只顧ひたすら祈念する程に、伏姬忽地たちまち目をみひらきて、一息吻ひといきほつとつき給へば、貞行孝德歡喜にたへず、「姬うへこゝろつかせ給ふ藏人くらんとにて候ぞ。大輔だいすけにて候ぞ。おん父君ちゝきみもわたらせ給ひぬ。おん心持こゝちはいかに候ぞや」、ととはれて左右を見かへりつゝ、取られたる手をふり放ち、諸袖もろそで顏におしあてて、只潸然たゞさめさめと泣給ふ。「現理げにことわり」、と義實は、間近まちかよりて袖引搖ひきうごかし、「伏姬さのみはぢ給ふな。こゝには主從三人しゆう〴〵みたりのみ。從者等ともひとらはみなふもとり。此度こだみ母のねがびによりて、義實みづから來つる事、一朝いつちやうの議にあらず、權者ごんしや示現じげんによるもの也。おん身がうへ、又八房やつふさが事さへに、遺書のこせしふみを見てしれり。しかるに金碗かなまり大輔は、去歲こぞより上かづさのかたにをり、おん身がうへを傳聞つたへきゝて、弱冠わかうどの一トすぢごゝろに、こと顛末問もとすゑとひも定めず、おん身を救ひとらんとて、われより先にこの山に、しのいりつゝ八房を、擊倒うちたふしたる丸拔たまぬけて、おん身も痍淺あさでおひ給へり。八房が死は不便ふびんなれども、大輔にうたれし事、是亦因緣これまたいんえんなきにあらず。かれはわがこゝろひとつに、女婿むこにせばやと思ひしもの也。さればこそ、書遺かきのこされし、神童かんわらはが言葉にも、親とをとこにあふよしをいはずや。まげて瀧田へたちかへり、病髐やみさらばひし母がこゝろを、慰め給へ。やよ伏姬」、とことわせめて諭し給へば、貞行等もろともに、「御歸館の事勿論もちろん也。一いつたんの義によりて、八房にともなはれ、一ひとゝせあまりこの山にこもり給へば、その事はてたり。よしやこれより遁世とんせいのおんこゝろさしふかくとも、御孝行にはかえがたけん。かへらせ給へ」、とこしらへつ、すかしついたはり奉れば、伏姬はわきかへる、淚をしば〳〵押拭おしぬぐひ、「もとの身にしてあるならば、親のみづから迎へ給ふ、おふせそむき侍らんや。かくまで過世すくせあしびきの山のけものに異ならで、火鉋たまうたれて身を終りなば、人なみ〳〵にはづれたる、罪滅つみほろぼしに侍らんに、それもかなはずはづかしき、この形容ありさまを親に見せ、人に見られで阿容々々おめ〳〵と、いづれの里へかへらるべき。く鳥の巢だちせず、片羽かたはなる子は可愛かわいさも、しほにますと鄙語ことわざに、いふはまこと欤飽かあくまでに、慈愛めでいつくしませ給ふなる、家尊家母かぞいろはのおんなげき、たとひていはゞ夜のつる、つまこひせねどわれも又、燒野やけの雉子きゞすひとり鳴く、淚の雨はわきかへり、わきかへるまで苦しき海を、けふのがれんと命毛いのちけの、筆にのこせしかず〳〵を、なにとか見させ給ひけん。火くわたくいで煩惱ぼんなうの、犬も菩提ぼだいの友なれば、この身はたえけがされず、犯されねども、山やますげの、ならぬ身さへ結びては、有無うむの二ッをわれからに、さだめかねてぞはべるかし。又父うへのこゝろに、そをむこがねにとかねてより、思食おぼしめしたるものありとも、このになりて云云しか〳〵と、聞えさせ給ひては、人もしらぬおんあやまちを、かさねさせ給ふならずや。たとひば金かなまり大輔と、佅背いもせちなみなしといふとも、親のこゝろに許させ給ひし、をとこそむきて八房に、ともなはれなば、をんなのうへに、こよなき不義に侍るべし。もとよりわらはにむこがねの、ありとしるべきよしもなし。わらはもしらず、かれもしらず、君たゞひとり知召しろしめさは、つかつるぎかくるもよしなし。又八房ををとことせば、大輔はわらはが爲に、こよなきあたに侍るめり。八房もわがをとこに侍らず、大輔もまたわが良人つまならず。この身はひとり生れ來て、ひとりぞ歸る櫬出しでの旅、とゞめ給ふはおんいつくしみ、すぎてあまりになさけなし。いともかしこし親の恩、思へば高き山斧やまたつの、むかへ推辭いなみ奉るは、不孝のうへの不孝也。又あひかたき時も日も、見かたき親のおん顏も、見つゝしりつゝまゐらぬは、此身このみに重き罪障ざいせうの、やるかたもなきゆゑなれば、思ひすてさせ給へかし。これらのよしを母うへに、勸解わび言吿ことつげて、百年もゝとせの、おんことぶきを願ふのみ。とてもかくても淺ましき、姿を見られ奉りては、亡骸なきからかくすも無益むやくなり。孕婦はらみをんな新鬼にひおには、みな血盆ちのいけに沈むといふ。それものがれぬ業報ごうほうならば、いとふも甲斐かひなきことながら、その父なくてあやしくも、宿れるたねをひらかずは、おのがまよひも、人々の、疑ひも又いつかとくべき。これ見給へ」、とひぢちかなる、護身刀まもりかたな引拔ひきぬきて、腹へぐさと突立つきたてて、眞一字まいちもんじ掻切かききり給へば、あやしむべし瘡きずくちより、一朶いちだ白氣はくきひらめいでえりかけさせ給ひたる、彼水晶かのすいせう珠數ずゝをつゝみて、虛空なかそらのぼると見えし、珠數は忽地たちまちふつ斷離ちぎれて、その一百いつひやくつらねしまゝに、地上ちせうからりおちとゞまり、空にのこれるやつたまは、粲然さんぜんとしで光明ひかりをはなち、飛遶とびめぐ入紊いりみだれて、赫奕かくやくたる光景ありさまは、流るゝ星に異ならず。主從しゆう〴〵は今さらに、姬の自殺をとゞめあへず、われにもあらで蒼天あをそらを、うち仰ぎつゝ目も黑白あやに、「あれよ〳〵」、と見る程に、おとる山おろしの風のまに〳〵やつ灵光ひかりは、八方はつほう散失ちりうせて、跡は東の山の端に、夕月ゆふつきのみぞさし昇る。當是數年まさにこれすねんのち八犬士はつけんし出現して、つひに里見の家に集合つどふ萌牙きざしをこゝにひらくなるべし。


はらさき伏姫ふせひめ八犬子はつけんしはしらす」「ほり内貞行」「里見よしさね」「金鞠大すけたかのり」「伏姫」「おさめつかひ」「をとめ使」

 かくても姬は深痍ふかでくつせず、飛去とびさ灵光ひかりを目みおくりて、「よろこばしやわが腹に、ものがましきはなかりけり。神の結びし腹帶も、疑ひも稍解やゝとけたれば、心にかゝる雲もなし。浮世の月を見殘して、いそぐは西のそらにこそ。導き給へ彌陀佛みだぶつ」、ととなへもあへず、手もつかも、鮮血ちしほまみるゝやいば拔捨ぬきすて、そがまゝはたとふし給ふ。こゝろ言葉も女子をなこには、似げなきまでにたくましき、最期さいごことにあはれなり。

南総里見八犬伝現代語訳サイト(第十三回)

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