南總里見八犬傳第二輯卷之一第十二回
東都 曲亭主人 編
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「草花をたづねて伏姫神童にあふ」「伏姫」
富山の洞に畜生菩提心を發す
流水に泝て神童未來果を說く
濁世煩惱色欲界、誰か五塵の火宅を脫れん。祇園精舍の鐘の聲は、諸行无常の響あれども、飽まで色を好むものは、後朝の別れを惜むが故に、只これをしも讐とし憎り。沙羅雙樹の花の色は、盛者必衰の理りを顯せども、徒に香を愛るものは、風雨の過なんことを妬むが故に、偏に延年の春を契れり。觀ずれば夢の世、觀ぜざるも亦夢の世に、孰か幻ならざりける。思ひ內にあるものは、龍華の三會に値ふといへども、凡夫出離の直路をしらず。覺て復悟るものは、虎穴龍潭に在りといへども、瑜伽成就の快樂多かり。斯までに世を思ひ捨て、富山の奧に二とせの、春とし秋を送るかな。
扠も里見治部大輔義實のおん息女伏姬は、親の爲、又國の爲に、言の信を黎民に、失はせじと身を捨て、八房の犬に伴れ、山道を指て入日成、隱れし後は人訪ず。岸の埴生と山川の、狹山の洞に眞菅敷、臥房定めつ冬籠り、春去來れば朝鳥の、友呼ぶ頃は八重霞、高峯の花を見つゝおもふ、彌生は里の雛遊び、垂髮少女が水鴨成、二人雙居今朝ぞ摘む、名もなつかしき母子草、誰搗そめし三かの日の、餠にあらぬ菱形の、尻掛石も膚ふれて、稍暖き苔衣、脫かえねども、夏の夜の、袂涼しき松風に、梳らして夕立の、雨に洗ふて乾す髮の、蓬が下に鳴蟲の、秋としなれば色々に、谷のもみぢ葉織映し、錦の床も假染の、宿としらでや鹿ぞ鳴く、水澤の時雨霽間なき、果は其處ともしら雪に、岩がね枕角とれて、眞木も正木も花ぞさく、四時の眺望はありながら、わびしく處れば鹿自物、膝折布て外に立ず、後の世の爲とばかりに、經文讀誦書寫の功、日數積ればうき事も、憂に馴つゝ憂しとせず、浮世の事は聞しらぬ、鳥の音獸の聲さへに、一念希求の友となる、心操こそ殊勝なれ。
是より先八房は、伏姬を脊に乘て、この山に入りしとき、廣き流水を帶にしたる、山峽に洞ありけり。石門おのづから鑿もて彫れるごとく、松柏西北に聳て牆をなせり。この洞南面にして、その裡も亦闇からず。犬はこゝに住りて、前足折て伏にければ、姬うへはその意を曉りて、徐にをり立て見給ふに、昔も住たる人やありけん、裡には斷離たる圓坐と、燒捨たる灰、はつかに殘れり。「世を拾つ、世に捨られて、この山に、山ごもりしつるもの、わが身ひとつにあらざりき」、とひとりごちて進み入り、そが儘に坐を占給へば、犬は姬の傍にをり。瀧田の館を出るとき、法華經八軸と、料紙硯は身を放さず、此處までも持來給へば、この夜は月下に讀經して、おぼつかなくも明し給ふ。彼感得せし水晶の珠數は、掛て今なほ襟にあり。憑む所は神佛の擁護のみ。「人の言語を大かたならず、聞わきつらんと思へども、もしこの畜生われを賺して、深山の奧へ伴ひ來つる欤、さらずとも、情欲の、不覺に發ることあらば、遂にはじめの誓ひを忘れん。婬心を挾みて、わが身に近づくことあらば、主を欺くの罪渠にあり。只一ト刀に刺殺さん」、と思ひ決てはうち騷ぐ胸を鎭て潛やかに、護身刀の袋の緖を、解捨て右手へ引著て、又讀經してをはします。その氣色をや知たりけん、八房は近くも得よらず、只惚々と姬の顏を、臥て見つ、又起て見つ、舌を吐、涎を流し、或は毛を舐り、鼻を舐り只喘ぐこと頻り也。かくまもりつめて明しつ。その旦八房は、とく起て谷に下り、木果蕨根を采て、銜もて來て、姬君にぞまゐらする。恁地すること、一日も懈らず、けふと暮し、翌と明して、百日あまり經る程に、八房はいつとなく、讀經の聲に耳を傾け、心を澄せるものゝごとく、復姬うへを眷らず。伏姬思ひ給ふやう、「彼關寺の牛佛は、載て榮花物語、峯の月の卷に在り。いはんや又犬の梵音を歡べる事、古き草紙に形見ゆめり。佛の慈悲は、穢土穢物を嫌ひ給はず。されば天飛ぶ鳥、地を走る獸、草葉に聚く蟲、江河の鱗介まで、悉皆成佛せざることなし。今この犬が欲を忘れて、讀經の聲を聽くを樂み、如々入歸の友となる事、皆おん經の威力によれり。倂穉き時に、吾儕のすくせを示させ給ひし、役行者の冥助にこそ」、と最忝く思ひとりて、いよ〳〵讀經を怠り給はず、旦にはかの珠數をおし揉て、遙に洲崎の方に祈念し、又あるときは、父母のおん爲に、經の偈文を謄寫して、前なる山川におし流し、春は花を手折て、佛に手向奉り、秋は入る月に嘯て、坐に西天を戀めり。されば山果膝に落て朝三の食、秋風に飽き、柴火爐に宿りて、夜薄の衣、寒氣を防ぐ。仄步山嶮けれども、蕨を首陽に折るの怨なく、岩窓に梅遲けれども、嫁て胡語を學ぶの悲みなし。姬はおん年二十に滿ず、容顏固より玉を欺く、巫山の神女が雲となりし、夢の面影を留め、小野小町が花に比し、歌の風情を殘せり。金屋の內、雞障の下に、養れ給ひし日は、更にもいはず、今山居久しうなりて、衣裳は垢つき破れたれども、肌膚は殘雪より皓く、雲鬟梳るに由なけれども、綠鬢春花より芳し。細腰いよ〳〵瘦て、風に堪ざる柳のごとく、玉指ます〳〵細りて、笆に惱る笋に似たり。その素性をいふときは、安房の國主、里見氏の嫡女たり。心操を論へば、橫佩のおん息女、中將姬にも愧ることなし。草書、又讀書ことは、おん父の才を稟て、おのづから理義に怜悧く、刺縫又管絃は、母君の手に習せられて、その調いと妙也。かくまで愛たき未通女にてましますに、いかなれば月下翁に妬れて、非類の八房に伴れ、よに淺ましくなりゆき給へる。なほ精細に、寫し出さんとするに、筆澁り心痛り。當時の光景想像るべし。
さる程にその年は暮て、岸の小草漸萌出、谷の樹芽も翠をます比、有一日伏姬は、硯に水を滴んとて、出て石滂を掬給ふに、橫走せし止水に、うつるわが影を見給へば、その體は人にして、頭は正しく犬なりけり。思ひかけねば堪ぬばかりに、「吐嗟」と叫びてはしり退きつ、又立よりて見給ふに、その影われに異なることなし。「こはわが心の惑ひなりけん。可惜膽つぶしにけり」、と思ひかへして、佛の名號を唱つゝ、この日は經文を書寫し給ふに、胸膈くるほしくて、次の日も心地例ならず。この比よりして又月水を絕て見ることなし。月日やうやく累るまゝに、腹張て堪がたし。「こは脹滿などいふものにやあらん。とく死ねかし」、と思ひ給ふに、さもなくて、春は暮れ、夏過て、いとゞ悲しき秋にぞなりぬ。「僂れば、去年のこの月、瀧田の館を出たりき。身の病著に思ひくらべて、只痛しきは母うへなり。泣つゝ送りおくられし、おん面影のみ目に添て、忘れんとするに忘られず。母うへも如此ぞをはしますらん。かへらぬことをかへす〴〵も、思ひつゞけ思ひ細りて、病わづらひ給はずや。家尊の君、家弟義成、いとなつかしく思ふのみ。おなじ國、おなじ郡に在ながら、里遠離る山鷄の、雌雄にはあらぬ親同胞、峯上隔て影をだに、見るよしもなき哀別離苦、强面ものは、蜻蛉の、命にこそ」、と思ふ事、胸にあまりつ、百傳ふ、岩に額をおし當て、一聲よゝと泣給ふ。且して目を拭ひ、「噫、愆てり、愚癡なりき。棄恩入無爲報恩者、と佛は說せ給ふなる。恩愛別離のかなしみも、不二要門の意樂に換んや。かうなる事はみな親のおん爲なるになつかし、と思ひ奉るは罪ふかゝり。三世の諸佛ゆるさせ給へ。八房は求食かねてや、嚮に出ていまだかへらず。渠わが爲に食を求て、獲ざるときはかへり來ず。吾儕亦御佛に、仕るこゝろ怠んや。露にはそぼつ比ながら、深山は草の花も稀なり。索て手向奉らん」、とひとりごちつゝやうやくに、いと重やかなる身を起し、流水にそふて綜麻形の、林がもとの菊の花、手折んとてぞ、二三町、裳濡らして進み給ふ。
浩處に乾なる、重山の根方に當りて、笛の音幽に聞えけり。伏姬耳を側て、「あやしやこの山には、樵夫も入らず、山兒も住ひせず。わがこの處へ來つる日より、きのふまでもけふ迄も、人にあふことなかりしに、思ひがけなく笛の音の、こなたを指て聞ゆるは、草刈ものゝ迷ひ入りしか。さらずは魔魅山鬼が障礙して、わが道心を試すにやあらんずらん。とてもかくても捨たる身なり。何はゞかりて迯隱るべき。且そのやうを見ばや」とて、そなたに向て立給ふ。笛はます〳〵吹澄して、間ちかくなるまゝに、と見れば一個の蒭童、その年は十二三なるべし、腰には鐮と鑱を插、鞍には兩箇の籠を掛、手に一管の苗を拿り、黑き犢に尻を懸て、林間を出てあゆませ來つ、伏姬を尻目に懸て、なほ草笛の音をとゞめず、牛を流水に逐入れて、涉さんとする程に、伏姬心忙しく、「こや〳〵」、と呼かへし、「そなたはいづれの里の子ぞ。人迹絕たるこの深山路へ、ひとり來るだもこゝろ得がたきに、路に熟たるものゝ如し。吾儕をしるや」、と問給へば、童子は莞尒とうち笑みて、しづかに笛を襟に插、「われ何でふ認ざらん。おん身還われを識らず。人のうへ我うへを、今詳に吿まうさずは、誰か亦おん身がために、この疑を解ものあるべき。抑この山は、樵夫獦夫いへばさら也、旅ゆくものも稀に越れど、おん父君義實朝臣、おん身が人に見られんことを、恥かゞやかしく思食、去年よりしてこの山へ、人の入ることを許給はず。こゝをもて人迹絕たり。しかはあれどもおん母君は、只なつかしく思食、姬の安否を訪へかしとて、專女乳母等いく遍か、密使に立られたれども、はじめ蜑崎十郞が、殿の仰を承り、しのびておん身を送りしとき、この山川に溺れて死せり。これにおそれて後々まで、涉すものなき故に、密使はいたづらに、あなたの岸よりかへるのみ、おん身の安否をしるに由なし。是も亦天なり時也。さてわがうへを吿まうさん。われは只牛馬の爲に、芟るものに候はず。わが師はこの山の麓にをり、又あるときは洲崎にあり。その壽幾百歲なるをしらず。常には人の疾病を療治し、又賣卜して生活とし給へり。もし藥劑を投るときは、死を救ひ、壽を保しめ、萬病治せずといふことなし。又蓍を釆ときは、未然を察し、既往を審にす。百事中らずといふことなし。けふはわれ師の命を稟て、藥を採らん爲に來れり。寔にこの山は、人の往還禁斷なれども、程遠からず舊のごとく、山掙を許さるべし。わが師これをしるゆゑに、藥を採し給ふ」といふ。伏姬聞て嘆息し、「現二親のおん慈悲ばかり、月日と共に照さぬ隈なし。身を穢されず潔く、かくてをるとも知召ねば、如此計はせ給ひけん。さればとて、わが身ひとつの故をもて、蜑崎輝武に溺死させ、樵夫草雄に生活の便著を喪するのみならず、旅ゆくものゝ足さへに、駐るは罪ふかゝり。許させたまへ」、といひかけて、うち酸鼻給ひけり。
且して又童子に對ひ、「そなたは名毉に仕るといへば、人の疾病を診ることも、さぞおとなびてあらんずらん。今試みに問べき事あり。吾儕この春の比より、絕て月水を見ず、胸くるほしく煩しく、月々に身はおもくなりぬ。こは何といふ病症ならん」、と問せ給へばうち微笑、「婦人經行閉塞て、後一兩月、惡心して酸きものを好む。俗にこれを惡阻といふ。三四个月にして、その腹既に大きく、五个月にしてその子稍動くことあり。婦人おの〳〵これをしれり。これらは醫に問ふまでもなし。おん身は既に懷妊して、五六个月に及び給へり。何の疑ひあるべき」、といふを伏姬聞あへず、「ませたることをいふものかな。吾儕に良人はなきぞかし。去歲のこの月この山に、入りにし日より人を見ず。一念稱名讀經の外は、他事なきものを、何によりて有身るべき。あな鳴呼しや」、と堪かねて、思はず「ほゝ」と笑ひ給へば、童子はうち見て冷笑ひ、「なでふおん身に夫なからん。既に親より許されたる、八房はこれ何ものぞ」、と詰れば姬は貌を改め、「そなたは只その初を知て、その後の事しらざるよ。云云の故ありて、二親も得禁め給はず、よに淺ましく家犬と、共に深山に月日を送れど、おん經の擁護によりて、幸に身を穢されず、渠も亦おん經を、聽くことをのみ歡べり。縱證据はなしといふとも、わが身は淸く潔く、神こそしらせ給はんに、なぞや非類の八房ゆゑに、身おもくなりしなんどゝは、聞もうとまし、穢はし。よしなき童に物いひかけて、悔かりき」、と腹立て、うち淚ぐみ給ふになん、童子はます〳〵うち笑ひ、「われはよく診るところあり、又精細にしるよしあり。おん身こそその一を知て、いまだその二をしらざるなり。さらば惑ひを釋まゐらせん。夫物類相感の玄妙なるは、只凡智をもて測るべからず。譬ば火をとるものは、石と金也。しかれども檜樹のごときは、友木の相倚るをもて、亦その中より火を出せり。又鳩の糞、年を經て、積こと夥なれば、火もえ出。これらは寔に理外の理なり。物は陰陽相感せざれば、絕て子を生ことなし。但草木は非情にして、松竹に雌雄の名あり。さはれ交媾るものにあらず、これらも亦よく子を結べり。加以、鶴は千歲にして尾らず、相見てよく孕むことあり。かゝる故に、秋士は娶らずして、神遊ひ、春女は嫁ずして懷孕り。聞ずや唐山楚王の妃は、常に鐵の柱に倚ることを歡びて、遂に鐵丸を產しかば、干將莫邪劒に作れり。我邦近江なる賤婦は、人に癪聚を押することを歡びて、竟に腕を產しかば、手孕村の名を遺せり。皆是物類相感して致すところ、只目前の理をもて推べからず。おん身が懷胎し給ふも、この類なるものを、何疑ひの侍るべき。おん身は眞に犯され給はず、八房も亦今は欲なし。しかれども、おん身既に渠に許して、この山中に伴れ、渠も亦おん身を獲て、こゝろにおのが妻とおもへり。渠はおん身を愛る故に、その經を聽くことを歡び、おん身は渠が歸依する所、われに等しきをもて憐み給ふ。この情既に相感ず。相倚ことなしといふとも、なぞ身おもくならざるべき。われつら〳〵相するに、胎內なるは八子ならん。しかはあれども、感ずるところ實ならず。虛々相偶て生ゆゑに、その子全く體作らず。かたち作らずしてこゝに生れ、生れて後に又生れん。是宿因の致す所、善果の成る所也。因とは何ぞや。譬ば八房が前身は、その性僻る婦人也。渠はおん父|義實朝臣を、怨ることあるをもて、冤魂一隻の犬となりて、おん身親子を辱しむ。是則宿因なり。果とは何ぞや。八房既におん身を獲て、遂におん身を犯すことなく、法華經讀誦の功德によりて、やうやくにその夙怨を散し、共に菩提心を發すが爲に、今この八の子を遺せり。八は則八房の八を象り、又法華經の卷の數なり。夫萬卒はいと得やすく、一將は輙く得がたし。もし後々に至らんに、その子おの〳〵智勇に秀、忠信節操、里見を佐けて、威を八州にかゞやかさば、みな是おん身が賜なり。誰かその母を拙しとせん。是則善果也。抑禍福は、糾る纏の如し。何人か今の禍を見て、後の福ひなるよしをしるべき。世の嘲哢は好憎より起り、物の汚穢は、潔白より成る。しからば誹誘も厭ふに足らず、恥辱も只よく忍ぶべし。隱れたるより、顯れたるなし。蟄れるものはかならず出。これも亦自然のみ。犬は懷胎六十日、人は懷胎十月也。人畜その差ありといへども、合してこゝに推ときは、おん身が懷胎六个月、この月にしてその子產れん。その產るゝ時はからずして、親と夫にあひ給はん。是より已前は未來未果也。あまりに言を詳にせば、天機を漏すのおそれあり。わが後に又人ありて、その子のうへをしることあるべし。今はしも是までなり。秋の日影の短きに、長ものがたり嗚呼なりき。さぞなわが師のまち給はんに、はやまからん」、といひかけて、牛の鼻つら牽かへし、山川へさと逐ひ入れて、涉すと見れば玉かつら、影は狹霧に立寵られて、往方もしらずなりにけり。
里見八犬傳第二輯卷之一終

