◎ シェイクスピア・坪内逍遥訳「マクベス」(01) 第一幕
* 登場人物
* 第一幕 第一場
* 第一幕 第二場
* 第一幕 第三場
* 第一幕 第四場
* 第一幕 第五場
* 第一幕 第六場
* 第一幕 第七場
* 第ニ幕 第一場
* 第ニ幕 第二場
* 第ニ幕 第三場
* 第ニ幕 第四場
* 第三幕 第一場
* 第三幕 第二場
* 第三幕 第三場
* 第三幕 第四場
* 第三幕 第五場
* 第三幕 第六場
* 第四幕 第一場
* 第四幕 第二場
* 第四幕 第三場
* 第五幕 第一場
* 第五幕 第二場
* 第五幕 第三場
* 第五幕 第四場
* 第五幕 第五場
* 第五幕 第六場
* 第五幕 第七場
* 第五幕 第八場
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登場人物
* ダンカン、スコットランドの王。
* マルコム、其王子。
* ドナルベイン、其王子。
* マクベス(王の從兄弟)、王軍の將。
* バンクヲー、王軍の將。
* マクダッフ、スコットランドの貴族。
* レノックス、スコットランドの貴族。
* ロッス、スコットランドの貴族。
* メンチース、スコットランドの貴族。
* アンガス、スコットランドの貴族。
* ケイスネス、スコットランドの貴族。
* フリーアンス、バンクヲーの一子。
* シーワード、ノーサムバランド伯、英軍の將。
* 少シーワード、其息。
* シートン、マクベスに仕ふる一士官。
* 少年、マクダッフの子。
* イギリス王の侍醫。
* スコットランド王の侍醫。
* 一武官。
* 一門衞。
* 一老人。
* マクベス夫人。
* マクダッフ夫人。
* 一侍女、マクベス夫人に仕ふる女。
* ヘカチー(或ひはヘケート)、女魔神。
* 三妖巫。
* 幻像。
貴族、紳士、士官、兵士、刺客、侍者役及び使者役。
場所
スコットランド及びイングランド。
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マクベス:第一幕 第一場
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第一幕
第一場 荒れ地。
雷鳴電光。三人の妖巫
妖の一
いつ又三人が一しょにならう、鳴る時か、光る時か、降る時かに?
妖の二
騷動が終んだ時分に、勝敗の決った時分に。
妖の三
そいつァ日沒前だらうよ。
妖の一
場處は何處で?
妖の二
例の荒れ地で。
妖の三
彼處でマクベスを待ちうけやう。
此時、あちこちで此妖巫らの使役する魔物の鳴く聲が聞える。
妖の一
今往くよ、灰毛猫!
妖の二
蟇が呼んでるよ。
妖の三
あいよ、今直ぐ。
三人が手を取合って、踊りながら歌ふ。
三人
清美は醜穢、
醜穢は清美、
狹霧や穢い空氣ン中を翔ばう。
三人ともに入る。
(惡魔の使徒である妖巫らは、常に人間の災禍の下るのを希望してゐるから、 其自然觀は人間のそれとは逆である。人間の善、美、清淨、愉快、便利とするものは、彼等の惡、 醜、汚穢、不愉快、不便利とするものであり、而して其反對が彼等の善、美、清淨、愉快、便利なのである。 天候とても同斷。晴朗は彼等の忌む所、陰鬱な瘴烟や、毒霧が彼等の得意の舞臺なのである。 風雨、雷電を喜ぶのも同じ理由。以上は當時の民間信仰にもとづいた説。)
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マクベス:第一幕 第二場
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第一幕
第二場 フォレス附近の陣營。
奧にて警報(太鼓又は喇叭。)スコットランド王ダンカン、其第一王子マルコム、 第二王子ドナルベイン、貴族レノックス及び侍者多勢が出る。 と他方から手負の一武官が出て、行き逢ふ。
ダンカ
あの血みどろの男は何者ぢゃ?あの有樣なりゃ、必ず、叛賊共の最近の状況を報じ得るであらう。
マルコ
彼れは、先だって私が捕虜にならうとしたました際に、勇敢な働きをして、 救ってくれました士官です。……や、御機嫌やう!君の目撃して來た戰場の模樣を、王へお話しなさい。
武官
いづれが勝ちとも見分けかねました。譬へば、二人の泳ぎ手が、疲れ果てゝ絡み合ひ、 拔き手を切るべきやうもなく、共に溺れようとしました如くに。あの殘忍なマクドナルド、 邪惡な根性が豐かなため、謀叛人にはふさはしいマクドナルドは、 西方の群島から輕裝兵や重裝兵を夥しく驅り輯めてまゐりました、で、一時は例の運命めは、 彼れの非道の企に笑顏を見せて、賊の娼婦と成り果するかとも見えました。 が、要するに、いづれも無效。其名に恥ぢぬ猛將軍のマクベスどの、運命には目もくれず、 武勇其者の祕藏子でゝもあるかのやうに、血烟立ったる大太刀を揮り閃かし、 驀地に敵中に割って入り、遂に賊將めに邂逅はれました。が、いッかな、 握手したり告別辭を申されたりなさればこそ、 臍から頤へ掛けて彼奴を眞二つに斫り割いて、 首をば胸壁に掛けられました。
ダンカ
あゝ、勇敢な從弟どんぢゃ!偉い仁ぢゃ!
武官
然るところ、譬へば、旭日のさし昇る東方から、 怖ろしい霹靂や船を摧く大あらしの起りまする如く、身方が慰安の源泉から、 思ひがけない不安が湧き出でました。大王陛下、もし、お聽き下されませ。さるほどに、官軍が、 正義を補くるに武勇を以てし、逃足輕き輕裝兵をさん~゛打敗りましたる其途端に、 隙を窺うたるノーヱー王、研ぎ立ての武噐と新手の兵とで、又ぞろ攻めかゝってまいりました。 わが兩將、マクベスやバンクヲーも、それにはさすがに狼狽へたるか?
武官
はい、鷲が小雀に、獅子が仔兎にでも襲はれましたかのやうに。 正直に申し上ぐれば、兩將軍は、宛然二重に裝彈をした大砲か何ぞのやうに、 二層倍の勢ひで敵軍に當られました。血の海で浴みばなされる積りか、 でなくば第二の髑髏が丘を築かれまするかと存ずる程の凄じいお働き、…… が、息苦しうなりました、傷口が痛んで叶ひません。
ダンカ
手傷と言ひ、申すことゝいひ、汝はあっぱれな武士ぢゃぞ。 ……(侍者に)それ、彼れの爲に外科醫どもを……
侍者らが武官を介抱して入る。
(彼方を見て)來たのは誰れぢゃ?
貴族ロッスの領主が出る。
マルコ
ロッスの領主どのです。
レノク
大あわてゞで參ったと見えまするあの目刺! あの樣子では容易ならん御報告をいたされさうにございます。
ロッス
(王に向ひて)神よ、王を護らせたまへ!
ダンカ
何處から參られたな?
ロッス
ファイフからまゐりました、ノーヱー軍の大旆が、大空にて羽撃きいたし、 身方の膽を冷させをりまするファイフの戰場から。さても、ノーヱー王は、 親ら大軍を引率致し、彼の大不忠の謀叛人コーダーの領主の後援として、凄じい勢ひで攻め寄せましたが、 我が軍神(ベローナ女神の御婿君)のマクベス將軍、百錬鐡の甲冑に身を堅めて、 駈け向はれ、一劍と一劍、一騎打の勝負によって、 忽ちのうちに彼れが不遜を取挫がれましたる結果、つまり、 身方の大勝利と相成ってございます。
ダンカ
さて~、喜ばしいことぢゃ!
ロッス
すなはち、ノーヱー王スヰーノーは、目下、和議を望みをりまする。されども、 聖コーム島にて、資金一萬弗を我が軍に獻納致しませぬ以上は、 敵の死骸の埋葬さへも許し遣はすまじき所存なのでございます。
ダンカ
此上は、コーダーをして二度と信任に背かしむべきでない。直ぐ往って彼れに死刑を申し渡し、 其爵をマクベスに授けて、歡迎して來て下さい。
ロッス
かしこまりました。
ダンカ
彼奴の失ふたものをば、あのあっぱれなマクベスが手に入れたわい。
皆々入る。
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第一幕
第三場 同處。フォレス附近の原野。
陰鬱な空合。雷鳴。三人の妖巫が出る。
妖の一
姉さん、何處へ往ってゐたね?
妖の二
豚を殺してゐたのさ。
妖の三
姉さん、お前は何處へ?
妖の一
ある船頭の嬶が、前掛に栗を入れて、もり~もり~と食ってやがったから、 「おれにも與んな」といったら、「えゝ、魔法使ひめ、去ッちまへ!」 と怒鳴りゃがったわな、肥ッちょうの下司女め。あいつの亭主は、 タイガー號の船長で、アレッポーへ往ってゐる。今に見ろ、篩に乘っていって、 尾のない鼠に化けて、思ふ存分に、やッつけてくれる、やッつけてくれる~。
妖の二
ぢゃ、おらが(その駕ってゆく)風を與らうよ。
妖の一
おかたじけ。
妖の三
おらも一手(の風)を。
妖の一
其他(の風)は俺の手にあるんだから、風の逹く限り、風の知っている限り、船乘の繪圖に載ってる處は、 濱でも、港でも、思ふまゝだ。今に血を絞って、奴めを枯草のやうにしてくれる。夜だって、晝{ひる}だって、 目を閉らせるこッりゃァないぞ。奴め、呪{のろ}ひに取ッ附かれて、 うんざりする七日七夜を、九九八十一度も重ねりゃァ、引ッ縮んで、痩せて、萎びッちまふだらう。 奴の船を沈めッちまふことァ出來ないけれども、さん~゛な目に合せてくれよう。 ……おらの持ってる物を見な。
妖の二
見せなよ、見せなよ。
妖の一
こりゃァ、本國へ歸る途中で、難船して死んだ水先案内の母指だァな。
此時、奧で陣太鼓の音が聞える。
妖の一
太鼓だ、太鼓だ!マクベスが來たんだ。
と三人が互ひに手を取りあひて、輪形になって、踊り廻りつゝ歌ふ。
三人
運勢扱ふ姉妹われら、
海でも、陸でも一時千里、
手に手を取合ひ、ぐるりや、ぐるり。
おまひが三度で、おいらが三度、
も一つ三度で、ちょうど九つ。
しいッ!もう可いんだ。
此途端に、マクベスとバンクヲーが、凱旋の途次といふ風體で、天候が激變して、晴朗であったのが、 急に深靄の陰鬱な空合となったのを不審がって話しあひつゝ出る。
(騎馬姿であるべきだが、當時の舞臺では、支那劇に於ける如く、只鞭のみを携へて出たのである。)
マクベ
如是穢るしい清らかな日は、曾て見たことがない。
バンク
フォレスまでは、何位ゐあるといふのです?……
といひかけてふと三妖巫に目を附ける。
や、彼奴{あいつ}らは何だ?萎びた顏をして、狂人めいた裝をして、地上に住んでゐる者とも見えないが、 現にあそこに出て來てゐる。…… おのしらは生きてゐるのか?人間と物を言ひ合ふことの出來る者か?…… 俺の言ふことが解るらしいな、ひゞわれた指を、三人ともに皺だらけの脣へ當てるのを見ると。 女には相違ないが、髭が生えてるから、さうとも思はれん。
マクベ
物を言へ、言へるなら。汝らは何だ?
妖の一
萬歳、マクベスどの!萬歳、グラーミスの御領主!
妖の二
萬歳、マクベスどの!萬歳、コーダーの御領主!
妖の三
萬歳、マクベスどの、ゆく~は國王さまともならっしゃるマクベスどの!
マクベスぎょッとする。
バンク
何故貴方は吃驚するのです?大變にめでたい預言ぢゃありませんか?…… やい、汝らは幻影のやうな者か、又は實際外面に見えてゐる通りの者か? 眞實の事を言へ。おれの同僚殿を汝らは現爵で呼び掛け、且つ未來の榮進を祝し、 更に國王にまでもなられると言ったので、彼の人はあの通り茫然としてをられる。 汝らは俺には何も言はん。若し汝らに、 「時」の胎内にある事件の種子を看破する力があって、どの粒が生長し、 どの粒が生長しないかを預言することが出來るならば、さ、言って見ろ、 俺は汝らに贔屓されようとは思はねば、憎まれるのを恐れてもゐないのだ。
妖の一
萬歳!
妖の二
萬歳!
妖の三
萬歳!
妖の一
あんたはマクベスどのよりは小さくはあるが、大きくもある。
妖の二
マクベスどのほどに好運ではないが、其倍がたも運が好い。
妖の三
王さまにはならっしゃらんが、王さまをば幾人も生まっしゃる。……ぢゃによって、 マクベスどのも萬歳!バンクヲーどのも萬歳!
妖三人
マクベスどのも萬歳!バンクヲーどのも萬歳!
と三妖巫は退き去らうとする。
マクベ
待て、曖昧なことを言ふ奴らだ、待て、もう一度言へ。父サイネルが亡なったから、 俺をグラーミスの領主と呼ぶのは分ってゐるが、コーダーとは何だ? コーダーの領主は、まだ生きてゐて、榮えてゐる。それから、國王になるなぞといふことは、 コーダーの領主になるのよりも、尚ほ一層信ぜられんことだ。如何いふわけで、 汝らは、こんな荒野原で待ち構へてゐて、 そんな預言めいた祝辭を述べるのだ?是非返辭をしろ。
このうちに三妖巫は消え去る。
バンク
土にも泡が有ると見える、あれがそれだ。……何處へ消えたか?
マクベ
空氣の中へ。形が有るやうに見えてゐたのに、まるで息が風の中へ溶けるやうに消えてしまった。 あゝ、引止めておきたかった!
實際、噂をしているやうな者が此處にゐましたらうか?
或ひは、理性を虜にする彼の狂亂草の根でも、お互ひに食ったのぢゃないかね?
マクベ
貴君の子供たちは王になられると言ひましたぜ。
バンク
貴下はまた、御自身が王になられると。
マクベ
それから、コーダーの領主にもなると。さう言ひましたらう?
バンク
全く、その通り。……(彼方を見て)誰れだらう?
貴族のロッスとアンガスが(ダンカン王の使者として)出る。
ロッス
マクベスどの、陛下は貴下の大成功を聞しめされて、 非常の御滿足でありました。貴下が親ら謀叛人共と戰って、 勇敢な働きをなされた報告書を御覽になって、暫くは驚異と賞讚と、 何らを主にしたものかとまで感激させられたが、やがてお心を沈着けられ、 尚ほ同日中の他の報告を御覽になると、今度は貴下が、 彼の頑強なノーヱー軍の眞中へ切り入って、怖しい死人の山を築きながら、 更に恐るゝ色もなかった勇猛の記事を讀ませられた。 おッかけ~來る注進は、悉く國家の干城としての貴下の大功を賞讚し、 さながら霰の如くに、王の御前に降り注ぎました。
アンガ
で、吾々は、王の命を承はり、取敢ず御感謝のお言葉だけを貴下に傳へまする、 すなはち、吾々は御前へ貴下を御案内する爲に參上致したに過ぎません。
ロッス
更に大いなる御榮譽の預證として、 取敢ず貴下をコーダーの領主とお呼び申せといふお申し附けでありますから、 貴下の將來のお呼び名である該稱號でお祝ひ申す、おめでたうござる、コーダーの御領主!
バンク
(獨語のやうに)え、惡魔が眞實の事を言ったのか?
マクベ
(ロッスらに)コーダーの領主は、まだ存命の筈だのに、どうして拙者にそんな借衣をばお着せなさる?
アンガ
故の領主は、尚ほ存命ではございますが、重いお咎めを蒙って、 將に其 命を失はんとをります。果してノーヱーと合體したのやら、 たゞ内々謀叛人に應援したのやら、或ひは兩樣ともに行って祖國の顛覆を企てたのやら、解りませんが、 とにかく、大逆の證據が擧り、白状も了み、彼れは滅亡と定りました。
マクベ
(傍白)グラーミスとコーダーと!一番大きいのが殘ってゐる。…… (ロッスとアンガスに)いや、どうも御苦勞千萬で。……(バンクヲーに傍白) あんたは、子供たちが、行く~王になられるだらうと思ひませんか? わたしにコーダーを與れた奴らが、あんたは然ういふ風に約束しました。
バンク
それを本氣にお信じなさると、つい、コーダーだけでなく、王冠までも欲しくなりませうぜ。 ……が、こりゃ不思議なことだ。どうかすると、惡魔めが、人間を邪道へ誘はうとして、 わざと眞實の事を告げることがある、一寸した驗を見せておいて、 重大な事でおとしいれようために。……兩君、一寸お話がしたい。
三人は立離れる。
マクベ
(傍白)二つは的中った。王國を主題とした雄大な劇の開場詞としては幸先が好い。 ……(ロッスらに)御苦勞でした。……(傍白)此竒怪な胸騷ぎは、決して惡い兆ぢゃない、 善い兆でもない。惡い事なら、何も事實で始めて、成功の保證なぞを與へる筈がない。 俺は現にコーダーの領主だ。……善い事なら……、なぜ如是誘惑が萠して、 怖ろしい幻影が目に見えるか?それを想像すると、身の毛が彌立って、例になく、心臟が、 肋骨へぶッつかるやうに、鼓動する。現在の怖ろしさは想像の怖ろしさ程ではない。 今は只弑逆を空想してゐるだけなのだが、その爲にわが心の王國は擾亂して、 種々の臆測に統一は破れ、思慮は窒息し、只空な幻影ばかりが目に見える。
バンク
(ロッスらに)御覽なさい、同僚は氣拔のやうになってゐます。
マクベ
(傍白)運で王になるのならば、手を下さんくっても、運でなれさうなものだ。
バンク
(ロッスらに)新たに榮譽を賜ったのは、著なれない服を著るやうなもので、 慣れないうちは、とかく密着しないものです。
マクベ
(傍白)どうともなれだ、大あらしの日だっても、時間は經つ。
バンク
マクベスどの、御都合次第で、お伴しませう。
マクベ
御免下さい。忘れてゐたことを思ひ出さうとして、つい茫然してゐました。 いや兩君のお骨折は、心の帳簿に録めて、毎日拜讀いたします。 では、王の御許へ參りませう。 ……(バンクヲーだけに)今日の事を御一考なすっておいて下さい、何れ後日、 とくと考へておいて、お互ひに胸襟を披きませうから。
バンク
承知しました。
マクベ
今日は、ま、これで。……(アンガスらに)さ、兩君。
皆々入る。
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第一幕
第四場 フォレス(又はフォリスとも)王宮の一室
喇叭を盛んに吹き鳴す。王ダンカン、王子マルコム及びドナルベイン、 貴族レノックス竝びに侍者らが出る。
ダンカ
コーダーの死刑は執行したか?役目の者共は既う歸って來たか?
マルコ
まだ歸っては參りません。しかし彼れの臨終に立合ふた者に聞きますれば、 彼れは謀叛の次第を尋常に白状いたし、陛下の御宥恕を乞ひ願ひ、深く後悔の意を表し、 預て研究致してをった者の如く、最も大切な一命を、取るに足らぬ物を抛つがやうにして、 相果てましたのは、彼れが一生中の一等立派な振舞ひであったと申しまする。
ダンカ
容貌で人の心術を知察する法は無い。彼奴は、予が絶對に信用してをた男であったに。……
マクベス、バンクヲー、ロッス及びアンガスが出る。
おゝ、大功勞の從弟どの!今も今とて、君の功勞に能う報いんでゐるのを、 濟まんと思ふてゐた處ぢゃ。如何な速い翼の報償があったとしても、 君の足早な功績には追ひ附きかねるわい。手柄がも少と尠かったなら、 感謝も報償も予の力で相應に出來たであらうに! 如何したって、斯うしたって、報い切れん程のお手柄ぢゃといふより外に言葉はない。
マクベ
忠勤は臣下の當然でございますから、首尾よく勤めますれば、それで最早報酬は十分なのでございます。 陛下は只それをお受け下されば宜しいのです。私共は王室の兒孫、國家の臣僕でございます、 陛下に對し、一へに愛敬の微衷に背きませんやうに相勤めまするのが本分でございます。
ダンカ
ま、善うこそ、予が手で植ゑ附け始めたからは、十分生長させずにはおかんよ。 ……(バンクヲーに)バンクヲーどの、君の功勞も決して劣らない、叉、其劣らないといふ事を、 同じやうに認められんければならんのぢゃ。さ、胸と胸とが觸れるやうに、予に抱かせてくれ。
バンク
若し其お胸の下で實りましたなら、どうか、御收穫はお心任せに。
ダンカ
(感涙を拭ひつゝ)あまり嬉し過ぎるので、喜びめが溢れ出して、つひ悲し涙の中へ隱れをる。…… 倅らよ、親族たちよ、領主逹よ、其他、予に親近な人逹よ、此際、どうか、 承知しておいてくれられい、予は嫡子マルコムを嗣子と定めて、 今後は彼れをカンバランドの公爵と呼ぶことにする。但し、それと同時に、 すべて功績ある人逹の頭にも、榮譽の章を正に星の如くに燿かす筈ぢゃ。…… (マクベスらに)では、これからイン・ネスへ行きませう、毎度御苦勞ながら同行して下さい。
マクベ
お役に立たんと思ひますと、休息してをるのが、却って苦勞でございます。 小官が先觸れ役を勤めまして、お成りの事を妻に知らせて喜ばせませう。 では、御免を蒙りまする。
ダンカ
(見送って)いや、立派なコーダー!
マクベ
(行きかけて傍白)カンバランドの公爵!此一つの蹈段で、 俺が蹉躓いて倒れるか、うまく跳び越すか、行く先に横たはってゐるんだから。…… 星よ、光りを韜んでくれ、俺の此眞黒な、底企みを照らしをるな。 目は手をば見ぬふりをしろ。ともかくもやッつけよう、爲果せりゃ、見るのを目が怖れるやうな事を。
入る。此間、ダンカンはバンクヲーと何か話してゐる。
ダンカ
(バンクヲーに)いかにも、君のいふ通りぢゃ、彼の男は全く勇敢ぢゃ。 彼れの賞讚を聞くのは、予に取っては此上もない饗應で、 滿腹の喜びぢゃ。……後を追ふて行かう、彼れは予を歡迎しようとて、 氣を揉んで先きへ行ったわい。親族中にも類のない男ぢゃ。
喇叭盛奏。皆々入る。
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第一幕
第五場 イン・ネス。マクベスの居城の一室。
マクベス夫人が夫の書翰を讀みつゝ出る。
夫人
「予ノ彼等ニ逢ヒシハ凱旋ノ當日ナリ。予ハ十分ノ證據アリテ、 彼等ガ人智ノ及バザル事ヲ知レル由ヲ承知セリ。 サテ、尚ホ詳シク聞キ糺サント心ヲ焦ツウチニ、 彼等ハ忽チ空氣ノ中ニ消滅シ去リタリ。 予ガ駭キ怪ミテ、茫然タリシ折カラ、王ヨリノ使節來リ、 予ヲコーダーノ領主ト呼ビ掛ケテ祝賀セリ。其呼ビ名ヲ、 彼ノ竒シキ巫女ラハ、ソノ以前ニ予ニ對シテ用ヒタルノミナラズ、 尚ホ予ガ將來ヲ祝シテ、「王トナラル、人、萬歳!」ト呼ベリキ。 約サレタル行末ノ榮光ヲ分ツベキ卿ガ、其慶ビヲ知ラデ在スルヤウナル事アリテハト、 此事知ラセ申スナリ。トクト考ヘタマヘ。サラバ。」
グラーミスの領主でもあり、コーダーの領主でもある。して見りゃ、預言通りの身分にもお成りだらう。 けれども貴郎の氣質が心配になる。手取り早くやってのけるには、甘過ぎる、柔和し過ぎる。 偉い人にならうといふ希望もあるし、大望もないではないけれど、それを遂げるには、 是非共なくちゃならん横道な心が無い。無上に欲しがってゐながら、 不淨な手段は用ひまいとなさる、不義を行ふのを厭がってゐながら、不正な望みを抱いておいでだ。 グラーミスどの、貴郎の手に入れたがってをなさるものは「これが欲しければ、 斯う~しなければ不可い」と呼んでゐますよ。 けれども貴郎には、それを實行する勇氣は無いんだ、實行したくないのぢゃないけれど。…… さ、早く、此處へおいでなさい、 わたしの精神を貴郎の耳の中へ注ぎ込むから。さうして、 運命や不思議な援助が貴郎に授けようとしてゐる黄金の冠の邪魔になるものを、 此舌の力で、叱り飛ばしてやるから。……
使者役の者が出る。
何の用だい?
使者
王さまが今晩お成りになります。
夫人
ま、狂人めいたことを。王のお傍には殿がお在だらうぢゃないか? そんな事があれば、準備をするやうにと、預めお知らせがあるべきです。
使者
失禮ながら、全くでございます。殿さまもお歸りでございます。同輩が一人、お先觸れに驅け附けましたが、 吐く息も絶え~゛、やッとお使ひの趣旨だけを申し述べました。
夫人
いたはっておやり。容易ならん報道を持って來た奴です。……
使者役入る。
鴉さへも嗄れ聲をして、不運なダンカンが予の此城へ來るのを知らせる。……
(原詞のravenは俗に「大鴉」と譯してゐる渡り鴉である。 由來、鴉は内外とも不祥を知らす鳥となってゐる。こゝでは、 ダンカンの來著を報ずる早打ちが息もたえ~゛に傳言したといふのを人の死を預告する鴉と見て、 「今夜限りの命とも知らないで、うか~此城へ來て宿らうといふは平人ならぬ國王である。 大鴉其者とても、斯ういふ大不祥事を知らせる場合には、 例以上に聲を嗄れさせるであらう、使者が息たえだえに報告をしたも其筈だ」 といふ風の聯想。)
さァさ、怖ろしい企事の介添をする精靈共よ、早く來て予を女でなくしてくれ、 頭から足の爪先まで、酷い、殘忍な心で、充溢にしてくれ! 予の血を凝結せてくれて、慈しい心の通路を斷ッちまってくれ、 憫れむ心なんかゞ働いて、酷い企をぐらつかせたり、實行の邪魔をしたりせない爲に! さァ、此の女の胸へ入って來てくれ、やい、人殺を職にする精靈共よ、 此の甘ッたるい乳を苦い膽汁に變ッちまってくれ、目に見えない姿をして、 人間の惡事を手傳ふ汝等、今、何處にゐるか知らないが!さァ、眞暗な夜よ、 汝も來て、黒闇地獄の黒烟で、押し包んでしまってくれ、 予の鋭い劍に己が切る傷口を見せないために、天が昏闇の幕越しに隙見をして、 「待て、待て!」と呼ぶやうなことのないために。……
此途端にマクベスが出る。
大グラーミスどの!大コーダーどの!(走りよって、抱擁して)其二つよりも、もっと~偉大な貴下、 未來を祝福した預言によると!わたしは、お手紙を讀んだので、何も知らないでゐた現在から、 つい未來へ一足飛びに伴れて行かれてしまひましたのよ。
マクベ
なァ、お前さん、ダンカン王が、今夜こゝへ來られるんだ。
夫人
さうして何時お立ちなさるのです?
マクベ
明日といふ預定だ。
夫人
おゝ、其明日をば、決して太陽は見ますまいぞよ!……貴下、 貴下の面は誰れの目にも竒怪な事の書いてある書籍のやうに見える。 周圍を欺すには周圍と同じやうにしていらっしゃい。目にも、手にも、 舌にも歡迎の意を示して、罪のない草花と見せかけて、 其蔭の蝮になってゐなくちゃいけません。 さ、來る人の待受けをせねゃなりますまい。今夜の大切な爲事は萬事わたしにお任せなさいまし、 未來永遠に無上の權力を得ると得ないとは、それで決るんですから。
マクベ
尚ほ篤と相談しよう。
夫人
只晴々した顏をしていらっしゃい。面色の變ってゐるのは、胸に怖れのある徴ですから。 他の事は、萬事わたしにお任せなさい。
共に入る。
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第一幕
第六場 同じ處。城門の前。
木笛を吹き鳴す。把火を持ったる者が數人出る。 つゞいて、ダンカン王、マルコム、ドナルベイン、バンクヲー、レノックス、マクダッフ、 ロッス、アンガス及び侍者らが出る。
ダンカ
こりゃ氣持の好い處ぢゃ。爽かな、柔かな空氣の肌に觸るのが、いかにも好い心持ぢゃ。
バンク
寺院を好みまする、あの、夏の客の岩燕が熱心に鏝細工をやってをりますのを見ましても、 此邊では、天の息が懷しらしう薫ってをりますことが分ります。 檐先、長押下、控へ壁、其他便宜の隅々に、彼れめが吊床をこしらへて、 雛の搖籃を掛けてをらん處はございません。彼の鳥が好んで巣をくひまする處は、經驗によりますと、 空氣がよろしうございます。
マクベス夫人が出る。
ダンカ
見い~、奧さんが見えた……(夫人の敬禮を受けて)あんまり好かれて附き纒はれても迷惑なものぢゃが、 好かれたゞけは有難く思ふのが人情ぢゃ。貴女も予の爲に冥福を祈って下さい、 斯う附き纒って貴君逹を煩はすのを有難く思ふて。
夫人
私共が、御奉公を二倍に致した上に、更に二倍に致しましたとても、 陛下が當家に下しおかれまする深大な光榮に比べますれば、物の數とも存ぜられません。從來のゝ上へ、 更に積み加へさせられました御授爵に對しまして、私共は永く御冥福を祈りまする。
ダンカ
コーダーの領主は何處にをられる?すぐ馬で後を追ふて、設備係りを勤めようと思ふたのであったが、 本來が馬術の逹人であるのに、熱烈な忠誠が拍車同樣に馬の足掻を速めさせたので、 吾等よりもずッと前に歸邸された。……奧さん、今夜は御厄介になりますぞ。
夫人
御家來たる私共は、家の者も、自身も、財産も、みんなお借り申してをるのでございますから、 御意次第で、いつでも決算をして御返納する積りでをりまする。
ダンカ
お手を。御主人の許へ案内して下さい。予は御主人が大好きぢゃ、 さうしていつまでも渝らん積りぢゃ。……御免なさい。
夫人の手を式の如く取りて、竝んで入る。他の人々もつゞいて入る。
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第一幕
第七場 マクベスの居城内の一室。
木笛を携へたる者、把火を持ちたる者が出る。 其後より、配膳係りの者竝びに皿、鉢、膳等を携へたる種々の家僕共が出て來て、 舞臺を通り過ぎる。とマクベスが出る。
マクベ
(獨白)やってしまへば、それで事が濟むものなら、早くやってしまったはうが好い。 暗殺といふ一網を下しさへすれば、一切の結果を羅し盡してしまへるものなら、 此一撃で以て萬事が終局となるものなら、それが此世での、「時」の此方岸、 此淺瀬での終局であるのなら、未來なんか關ったことはないんだ。が、斯ういふことゝなると、 必ず現世で制裁が有る、不仁を教へるやうな事をすると、それが忽ち應報して其教へた者を苦しめる。 公道の公平な手は、毒盃を盛った者の脣へ、其同じ毒酒を注ぎ込む。…… 彼れは二重に信頼する理由が有って、此處へ來てゐるのだ。先づ、俺は彼れの近親でもあり、 臣下でもある、だから、決してさういふ惡事なぞをしさうにないと思ってゐる。 次ぎに、俺は東道だ、假にも逆意ある者をして近寄らsめないやうに守るのが當然だのに、 自身で刄を揮ふなぞは以ての外だ。のみならず、あのダンカンは、温和、寛仁に、 從來どういふ缺點もなく、國君としての職責を盡して來てゐる。 だから、彼れを殺すやうな大非道を行った時分にゃァ、彼れの平素の淑徳が、 喇叭舌の天使の如く、罪なくて殺害された不條理を述べ立てるであらう。 さうして世間の同情は、烈風に駕った生れ立ての赤子歟、 目に見えぬ、空の早馬に跨った天童歟のやうに、此怖ろしい惡業を人々の目へ吹き込み、 其烈風も和ぐ程の涙の雨を催させるであらう。 (かう考へて來ると)俺が乘ッかってゐる此企謀を刺戟するべき拍車は、一つもない、 只跳ね上る野心めが、つい跳ね上り過ぎて、とんでもない方へ墜落ちようとしてゐるばかりだ。……
夫人が出る。
夫人
どうしたのです!如何かしたのですかい?
夫人
お夜食はもう大概お了みですよ。何故貴下はお外しなすったの?
マクベ
何とか俺の事を訊ねられたかい?
夫人
ぢゃ、貴下はあれを御存じぢゃなかったの?
マクベ
なァ、あの事は、ま、やらないでおくことにしようよ。…… 王は、いろ~の榮譽を予に與れられたばかりの處だ。さうして貴賤、上下ともに、今、 俺を非常に尊敬してゐる。此新たに得た名譽や信用の燦々してゐるのを、身にも著けないで、 むざ~棄てるでもあるまいと思ふ。
夫人
(呆れて)ぢゃ、先刻まで身に著けていらしった彼の「希望」は、 ありゃ正氣ぢゃなかったんですか?あの「希望」が、あれから一睡眠したんですか? さうして今、目を覺して、先刻は平然として正視し得た事を、馬鹿ァな顏して、 眞蒼になって見てゐようといふんですか?……今日からは、 わたしに對する貴郎の愛情もそれと同じだと思ひます。 斯うしたいと望みながら、それを勇敢に實行することが出來ないの、貴郎は? 一生の貴い飾りになるものを手に入れたいと望みながら、自分でも臆病者だとお思ひな程に意氣地なく、 下世話に謂ふ猫と同じに、「欲しい~」といふ其同じ口で「だが、俺にゃァ出來ない」とおっしゃるんですか?
マクベ
ま、しづかに。人間のすべきことなら、何でもやる、が、それ以外をするのは人間ぢゃァない。
(「人間」の原詞manは、此作者の癖として、折々兩義に使用する。 即ち、「男子」、「大丈夫兒」といふ意味を含ませる。 マクベスは「人間」といふよりも「大丈夫たる者」といふ意味に使用してゐるらしい。 それを夫人はわざと「人間」といふ意味に取って、「ぢゃ、さッきわたしに大事を打明けさせたのは獸でしたか?」 と嘲弄するのである。)
夫人
ぢゃ、どういふ獸類でしたの、先刻貴郎に勸めて、 わたしにあの一大事を打明けさせたのは?思ひ切ってお打明けなすった時こそ、 貴下は男子であったのです。ですから、あれ以上の事をなさりゃ、 いよ~男子らしくおなりの筈です。あの時にゃ、時も處も思ふやうぢゃなかったんです、でも、 それを整へてまでもとお思ひなすったでせう。今、其二つが自然に整って、好い都合になったのに、 貴下は却って逡巡をなさる。わたしは乳汁を飮ませたことがあるから、 赤兒の可愛さは善く知ってゐます、けれども、若し わたしが貴下がお誓ひなすったやうに、一旦斯うしようと誓ったなら、 其赤兒がわたしの顏を見て、莞爾してゐる最中にだって、 其ぶよ~した齒齦から無理やりに乳首を引ッ奪って、 其腦膸を叩きつけて微塵にしてお見せします。
マクベ
だが、若し爲損じると?
夫人
爲損じる!しッかり勇氣をお出しなさい、さうすりゃ爲損じやしませんよ。 ダンカン王がよく眠入ってゐる時分に、……けふ一日の旅疲れで、よく眠入るでもありませうから、 ……わたしは、あの二人の侍士に葡萄酒を勸めて、祝盃を重ねさせます、 すれば、腦の番人の記憶力も烟りとなり、理智に噐も蒸溜鑵同然になりませう。 彼奴らが酒びたしになって、豚のやうに眠込んでしまった以上、衞り手のないダンカンです、 貴下とわたしとで、如何とも勝手にならうぢゃありませんか? 弑逆罪は悉く海綿同然の侍士どもにおッかぶせることも出來ようぢゃありませんか?
マクベ
(感歎して)男の兒ばかりお生なさい、其不敵な精神ぢゃ男性以外を製へることは出來まい。 ……同じ室に臥てゐる二人に血を塗り附け、さうして短劍も其奴らのを使ふことにすりゃ、 奴等がした事と思ひさうなもんだなァ。
夫人
さう思はなくッてさ、わたしたちはけたゝましく聲を揚げて、王の變死を歎いて、騷ぎ立てませうから。
マクベ
ぢゃ、決心した。全力を引絞って、此怖ろしい爲事に取掛らう。 さ、さ、あッちへ。何事もないやうな顏附きをして人目を欺かう。心に僞りがある時は、 面を僞りで包んでゐにゃならん。

