◎63 おほむらさき(りうきう) 大紫 琉球躑躅
昭和十九年五月十九日 金曜日 寒冷秋雨の如し、華氏六十度。
植木図鑑(植木ペディア)「リュウキュウツツジ」より

もと所長のブログ
◎ 幸徳秋水「社會主義神髄」(06)
第六章 社會黨の運動
〇日く 一切生產機關の公有、日く富財の公平なる分配、日く階級制度の廢絕、日く協同的社會の組織、之が實行や洵に一大社會的革命也。然らば則ち社會黨は革命黨なる乎、其運動は革命的運動なる乎。曰く然り。
〇然れども怯懦の貴族よ、小心の富豪よ、輕躁の有司よ、乞ふ恐るゝ勿れ。今の社會黨は漫に爆彈を公等の馬車に投ぜんとするの者に非ざる也、敢て鮮血を公等邸第に蹀まんとする者に非ざる也、但だ公等と俱に與に大革命の德澤に沐浴せんと欲するのみ、恩惠に光被せんと欲するのみ。
〇思へ古今何の時か革命なからん、世界何の邦か革命なからん、社會の歷史は革命の記錄也、人類の進步は革命の功果也。試みに思へ、當年の英國、クロムエルの起つに會はず、當年の米國獨立を宣するを得ず、佛國の民、共和の制を建つる能はず、日耳曼諸州聯合の業成らず、伊太利統ーせらるゝを見ず、日本維新の中興なかりしとせば、世界人類は今や果して何の狀を為すべぎ乎、現時の文明は果して何の處にか見るべき乎。革命を恐怖する者よ、現時公等が謳歌せる文明と進步とは、實に過去幾多の大革命が公等に賚賜せる所に非ずや。
〇社會の狀態が常に代謝して已まざるは、猶ほ生物の組織の進化して已まざるが如し。而して其進化や代謝や若しーたび休せるの時は、其生物や社會や卽ち絕滅あるのみ。永久の生命は必ず暗喑裡に進化す、決して常住を許さヾる也、社會の狀態は必ず冥々の間に代謝す、決して不變を許さゞる也。而して這の喑冥なる進化代謝の過程に於て、每に明白に其大段落を割し、新紀元を宣言する者、則ち革命に非ずや。之を譬ふるに歷史は一連の珠敷に似たり、平時の進化代謝は其小珠也、革命は其數取りの大珠也、進化代謝の連續なると同時に革命の連續たる也。
〇ラッサルは日く『革命は新時代の產婆也』と。此語未だし也、予は將に日はんとす、革命は產婆に非ずして、分娩其物也と、何となれば是れ偶然の出來事に非ずして、實に進化的過程の必然の結果なれば也。而して舊時代老いて新時代を生み、新時代の長ずるや、更に他の新時代を生む、皆な革命に依らざるは無し。何ぞ彼の子々孫々の迭に分娩して百世窮極する所なきと異ならんや。
〇但だ分娩に難易あるが如く、革命にも亦難易なきを得ず。分娩が時に母體を切開するの要あるが如く、革命も時に暴動を現ずるの已むなきに至るあり。而も是れ決して希ふ可きのことに非ざるや論なし。
〇故に母體の組織發達の如何を診し、之が健康を保ちて以て其分娩を容易ならしめんと期するは、產科醫及び產婆の職務也、社會の組織狀態の如何を察し、進化の大勢を利導して以て平和の革命を成さんと希ふは、革命家の識慮也。而して今の社會黨や實に這個社會的產婆產科醫を以て、 自ら任とする者に非ずや。
〇夫れ然り、革命は天也、人力に非ざる也。利導す可き也、製造す可きに非ざる也。其來るや人之を如何ともするなく、其去るや人之を如何ともするなし。而して吾人人類が其進步發達を休止せざるを希ふの間は、之を恐怖し嫌忌すと雖も決して之を避く可らず、唯だ之を利導し助成し、以て其成功の容易に且つ平和ならんことを期すべきのみ。社會黨の事業や、唯だ如此きを要す、曷んぞ漫に殺人叛亂を以て、平地に波を揚げて快する者ならんや。
◎巌窟王(巖窟王)(上 001)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯
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巖窟王(上 その1)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯
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2003年 12月 28日 初配布
2004年 10月 11日 34~61章追加
2025年 5月11日 文字コードを Unicode に変更など
ゼファー生
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【テキスト中に現れる記号について】
ルビ
(例)衣嚢
〳〵, 〴〵: 踊り字
複数文字の繰り返しを意味する。
(例)おの〳〵=おのおの。こと〴〵く=ことごとく。
[]:原文にない注記
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巖窟王 : 目次
アレクサンドル・デュマ (Alexandre Dumas, 18021870) 著、黒岩涙香 (18621920) 譯、史外史傳 巖窟王 ーー モンテ・クリスト伯 ーー (Le Comte de MonteCristo, 184445)。
出版社:愛翆書房。上卷:昭和二十三年十一月十日印刷,十一月十五日發行,定價百八十圓。下卷:昭和二十四年三月十日印刷,三月十五日發行,定價二百圓。
史外史傳 巖窟王
アレクサンドル・デュマ 著
黒岩涙香 譯
目次
◎目次
・前置
・上卷 主要人物
一 團友太郎と段倉
二 お露は情婦ではありません許婚です
三 父と子、類は友
四 お露と次郎
五 次郎は青くなつた
六 幾等でも奧の手を
七 筆と紙、筆と紙
八 婚禮の饗宴
九 何時までの分れ
一〇 蛭峰檢事補と米良田禮子
一一 宛名は誰れ
一二 危い處、危い處
一三 人間の日 照らぬ所
一四 梁谷法師
一五 國王陛下へ宛て
一六 出世と云ふ一語
一七 國王の御前
一八 青天の霹靂
一九 天運か天道か
二〇 顏中に黒い頬髭
二一 其顏を此窓から
二二 一種の優形紳士
二三 百日間
二四 監獄巡視
二五 二人の囚人
二六 例の五百萬圓
二七 此外の處分なし
二八 卅四號、廿七號
二九 怨に相當の復讐
三〇 自殺、自殺
三一 例の物音
三二 誰だ、誰だ
三三 穴の向ふと此方とで
三四 其穴から頭を
三五 己は伊國の法師梁谷だ
三六 何の樣な時節
三七 教師と弟子
三八 誰を怨めば好いでせう
三九 脱獄の再擧
四〇 藥を、藥を
四一 恩を返す道
四二 金貨にて凡そ二……
四三 扨て其大金
四四 一枚の白紙
四五 天の口、天の手
四六 第三囘の發病
四七 恐ろしい新思案
四八 袋の中
四九 監獄の墓地
五〇 一天墨の如く
五一 チブレン島
五二 我姿を鏡に寫した
五三 時が來た
五四 モンテ、クリスト島
五五 巖窟
五六 巖窟の祕密
五七 一廉の紳士と爲つて
五八 戀しい消息
五九 印度邊の豪族
六〇 竒癖の人
六一 贈り物
六二 暮内法師
六三 赤い皮の財布
六四 不正直のお蔭
六五 野西子爵
六六 嬉しいだらう
六七 尋常の法師では
六八 イヽエ即金で
六九 其代りにお願が
七〇 其れ程能く見破る事が
七一 森江商會
七二 無論金件です
七三 一艘の帆前船
七四 漏水が初まりました
七五 海の雇人
七六 船乘新八
七七 神さへ見捨てた
七八 一通の手紙を差出した
七九 此の短銃を何う成さる
八〇 一挺は私が用ひます
八一 不思議
八二 天の意
八三 嗚呼無人島
八四 此島に大變な豪い人が
八五 昔話の境遇
八六 心の誓ひ
八七 不老不死の靈液
八八 望遠鏡
八九 鬼小僧
九〇 猿の樣に身輕く傳ふて
九一 正直者か
九二 初めて怪物の顏を
九三 明朝の九時を以て
九四 巖窟島伯爵
九五 意の如くする積です
九六 辛い修業
九七 立派な彿國語
九八 何處に隱れて了つたか
九九 山賊の陷穽
一〇〇 捕はれて居るのは何處
一〇一 土牢と云ふ言葉に
一〇二 サンサバシヤンの山洞
一〇三 伯爵の巴里乘込
一〇四 五月廿一日
一〇五 森江大尉は此人です
一〇六 三個の碧精
一〇七 人を驚かす人
一〇八 金の捨て所
一〇九 嗚呼何の樣な對面
一一〇 戀か恨か
一一一 子爵夫人露子
一一二 窓から誰か
一一三 田舍の別莊
一一四 古い祕密が
一一五 此梯子は人殺しの
一一六 コルシカ人の仇討
一一七 其箱を深く埋め
一一八 美しい男の子
一一九 衣嚢に小犬
一二〇 血の雨
一二一 神の言葉
一二二 鼻でも切つて
一二三 其樣な僅な金高
一二四 美しい栃色
一二五 大手腕
一二六 其んな恐しい毒藥が
一二七 世界の人
一二八 神の法律
一二九 一種の宣告
一三〇 鞆繪
一三一 此財布が忘れられやうか
一三二 柳田卿とは誰
巖窟王 : 前置
世に英雄は多いけれど拿翁の樣な其の出世の花々しい英雄は又と無い。爾して其亡び方の異樣に物凄い英雄も亦と無い。
彼は實に、第十九世紀の首途に花を飾つた人である、第十九世紀と云ふ大舞臺に大活劇の幕を開いたのが彼だ。
彼は千七百六十九年に、殆ど人の振返つて見さへせぬ、地中海の小島に生れて、三十の歳には早や全 彿國を足下に踏まえる大將で有つた、十九世紀の幕の開いた千八百〇一年には、既に議政官の長と爲つて、國王の無い國に國王と同じ身分に爲つて居た。
猛りに猛つた民權論の眞盛りに、革命の眞只中に出て直ぐに其の民權論を蹂躙し、殆ど全國民の生殺與奪の權を一手に握るとは何たる怪物だらう、彼が其國の歴史に例の無い「皇帝」と云ふ尊號を得たのが、彼の卅六歳の年、即ち千八百〇四年で、民權も革命も總て彼の前にお辭宜した、此時に當つてや彼は佛國の皇帝たるのみね無く、全歐洲の王である、殆ど人間の閻魔大王とも爲つて居た。日耳曼も、西班も、阿蘭陀も、墺太利も、皆彼の配下に立ち、北方の強と云ふ可き露西亞までも彼の鼻息の下に慴伏して居た。海を隔てた英國より外には彼の意の儘に成らぬは無かつた、歴史家が此時の彼を指して「空前の大野心の空前の大成功」と云つたのは無理は無い、實に空前のみならず絶後の大成功である。
自分の兄弟三人を、サツサと諸國の王に取立て、尚ほ不足する所は手下の軍人で補つた、亂暴は亂暴であるが「國王製造者」と云ふ無類の異名を得たのは千古の竒觀と云ふ可しだ、全く隨意に國王を製造して居たのだ、大抵の國で野心家の野心と云へば、小さいのは獵官ぐらゐ、大きいとても總理大臣と云ふには過ぎぬ、此人逹に比ぶれば、何たる懸隔、雲泥などゝ云ふ言葉では追着かぬ、兵隊を議場に入れ喇叭の聲で議員の怒聲を埋めて置いて、一蹶して國家の長と爲り、再蹶して皇帝と爲り、三蹶して皇帝の上の皇帝と爲つた。
爾して其の四蹶目が面白い、自分の生れたコルシカ島から遠くも無いエルバ島へ、皇帝と云ふ尊號を持つたまゝ流されて蜑戸の焚く火の侘寢に夢を照される人とは爲つた。
けれど四蹶には終らぬ、五蹶してエルバ島を脱するや備への嚴重なグレノブルの關所を單身で越えんとして番兵の前に立ち「防禦の武噐の無き皇帝を、汝射殺すて功名するは今ぞ」と告げた、膽力天地を呑むとは此事だらう、番兵が彼の膝に、彼の足に、縋り附いたも宜である、佛國全土の民は箪食、壺漿せぬばかりに歡迎したのも宜である、新王 路易十八世が一夜の中に夜逃げしたのも亦 宜である。
是れと云ふのも畢竟は、天が此の逞しい俳優をして大詰の一幕ウヲーターローの敗軍から、英國の軍艦で、セントヘレナの孤島に流さるゝ英雄の末路を演じさせ「私慾より上に脱せざる人には永久の成功無し」と云ふ大なる教訓を遺さんが爲で有つたのであらう、彼は多くの英雄豪傑と同じく、偶然の人間では無い、天意の道具に使はれた特製の圖面である。
茲に説き出す巖窟王の實談は、此の拿翁の話では無い、全く別の人、別の事柄であるけれど、拿翁と少からぬ關係がある、此話の始まるのが、丁度 拿翁がエルバ島を脱した千八百十五年二月廿九日の事で、此實談の主人公が、其島へ立寄つて拿翁に聲を掛けられて來た時からの話である。
而も此人や彼と同じく、亦偶然の人間では無く、天の意を圖解する天の道具かと怪しまれるのだ、拿翁が歴史の表面に活動する間に、此人は暗黒なる裏面に人間界の鬼の樣に働いて居た、爾して其一身の波瀾、其の閲歴と事功との光怪、殆ど拿翁と對す可き程の者で而も人物の天性、醇の醇なることに至つては、彼れ翁輩と比す可きで無い、唯翁は野心的に進み、此人は人情的に進んだ丈けに、翁は知られ、此人は隱れ、翁は輝き、此人は曇り、從つて舞臺も演劇も全く違つて居る、彼の人は雷の如く陽氣にして此人は地震の如く沈痛である。
唯だ發端の話頭、聊か翁がエルバ島を脱する時の事件と關聯する所が有つて、彼を知らねば之を解するの不便なるが爲めに、愈々話に入らうとする前に斯くは記して置くのである。
史外史傳「巖窟王」其の巖窟とてもエルバや、コルシカと同じ地中海の一島で又遠くは離れて居ぬ、舞臺とは、西洋から指して東洋と云ふ土耳古邊より伊國を經て佛國の中心歸して居る、或人は之れを「神侠傳」と云ひ或人は「復讐竒談」と云ひ、譯者は之を「巖窟王」と云ふ、孰れの名も此人の一端を寫したに過ぎぬ、全體を讀終れば適當な概念が自ら讀者の胸に浮ぶであらう。
譯 者 識
巖窟王 : 上卷 主要人物
團友太郎(エドモン・ダンテス)
數竒の運命とたゝかひぬく本篇の主人公。後の巖窟島伯爵(モンテ・クリスト伯)。
お露(メルセデス)
友太郎の許嫁、友太郎の入獄中次郎の妻となる。
次郎(フエルナン)
スペイン村の漁師、後西班牙戰爭の功あつて野西子爵(モルセール子爵)となる。
野西武之助(アルベール・ド・モルセール)
次郎とお露の間に生れた息子、若き子爵。
段倉 喜平次(ダングラール)
森江氏持船巴丸(フアラオン丸)の會計主任。後次郎と共に西班牙戰爭で巨利を博し大銀行家となり男爵を贖ふ。
蛭峰重輔(ヴイルフオール)
野々内彈正の息子で若き檢事補。父とは反對に熱心な王黨の支持者、後の檢事總長。
梁谷法師(フアリヤ法師)
友太郎が獄中にて會える博學多才なイタリヤの司祭。友太郎生涯の恩師であり又恩人。
森江良造(モレル)
マルセーユの船主、友太郎の主人にして又恩人。
森江眞太郎(マクシミリヤン・モレル)
森江氏の長男で陸軍々人。
野々内彈正(ノワルテイエ)
蛭峰の實父にてナポレオン黨の有力な鬪士。
粕場毛太郎次(カドルツス)
友太郎の友人にてマルセーユの仕立屋、後に旅籠屋の主人。
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◎噫無情(001)
【はじめに】
このファイルは、ソースが存在しているサイトの、html や、テキストそのままを、ルビなど「青空文庫形式」にできるだけ近づけて改編し、文字コードを、できるだけ、Unicode 化したものです。
【著作権表示】
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【テキスト中に現れる記号について】
ルビ:
(例)衣嚢
〳〵: 踊り字
複数文字の繰り返しを意味する。
(例)ボロ〳〵=ボロボロ。
[]:底本の誤りなどの注記
噫無情 : 目次
タイトル:噫無情 (Les Misérables, 1862)
著者:ヸクトル、マリー、ユーゴー (Victor Hugo, 1802-1885)
譯者:黒岩涙香 (1862-1920)
底本:縮刷涙香集第二編縮刷『噫無情』
出版:扶桑堂
履歴:大正四年九月十五日印刷,大正四年九月十八日發行,大正七年七月十七日廿二版(實價金壱圓六拾錢)
目次
* 小引
* 一 一人の旅人
* 二 其家を窺き初めた
* 三 高僧と前科者
* 四 銀の皿、銀の燭臺
* 五 神の心と云ふ者だ
* 六 寢臺の上に起直り
* 七 社會の罪
* 八 恍として見惚れた
* 九 恐る可き分岐點
* 十 愚と云はふか、不幸と云はふか
* 十一 甚いなア、甚いなア
* 十二 華子
* 十三 小雪
* 十四 斑井の父老
* 十五 蛇兵太
* 十六 星部父老
* 十七 死でも此御恩は
* 十八 夫がなくて兒供が
* 十九 責道具
* 二十 畜生道に落ちた
* 二十一 警察署
* 二十二 市長と華子
* 二十三 運命の網
* 二十四 本統の戎瓦戎が
* 二十五 不思議な次第
* 二十六 難場の中の難場
* 二十七 永久の火
* 二十八 天國の惡魔、地獄の天人
* 二十九 運命の手
* 三十 聞けば兒守歌である
* 三十一 重懲役終身に
* 三十二 合議室
* 三十三 傍聽席 一
* 三十四 傍聽席 二
* 三十五 傍聽席 三
* 三十六 傍聽席 四
* 三十七 傍聽席 五
* 三十八 市長の就縛 一
* 三十九 市長の就縛 二
* 四十 市長の就縛 三
* 四十一 入獄と逃亡 一
* 四十二 入獄と逃亡 二
* 四十三 むかし話
* 四十四 再度の捕縛、再度の入獄
* 四十五 獄中の苦役
* 四十六 老囚人の最後
* 四十七 X節の夜 一
* 四十八 X節の夜 二
* 四十九 X節の夜 三
* 五十 X節の夜 四
* 五十一 X節の夜 五
* 五十二 X節の夜 六
* 五十三 X節の夜 七
* 五十四 客と亭主 一
* 五十五 客と亭主 二
* 五十六 客と亭主 三
* 五十七 抑も此老人は何者
* 五十八 隱れ家 一
* 五十九 隱れ家 二
* 六十 隱れ家 三
* 六十一 隱れ家 四
* 六十二 落人 一
* 六十三 落人 二
* 六十四 何物の屋敷 一
* 六十五 何物の屋敷 二
* 六十六 尼寺 一
* 六十七 尼院 二
* 六十八 尼院 三
* 六十九 尼院 四
* 七十 本田圓
* 七十一 父と子
* 七十二 本田守安 一
* 七十三 本田守安 二
* 七十四 ABCの友
* 七十五 第一、第二の仕事
* 七十六 異樣な先客
* 七十七 青年の富
* 七十八 公園の邂逅
* 七十九 白翁と黒姫
* 八十 白翁と黒姫 二
* 八十一 白翁と黒姫 三
* 八十二 白翁と黒姫 四
* 八十三 神聖な役目
* 八十四 四國兼帶の人 一
* 八十五 四國兼帶の人 二
* 八十六 四國兼帶の人 三
* 八十七 四國兼帶の人 四
* 八十八 四國兼帶の人 五
* 八十九 四國兼帶の人 六
* 九十 四國兼帶の人 七
* 九十一 四國兼帶の人 八
* 九十二 四國兼帶の人 九
* 九十三 陷穽 一
* 九十四 陷穽 二
* 九十五 陷穽 三
* 九十六 陷穽 四
* 九十七 陷穽 五
* 九十八 陷穽 六
* 九十九 陷穽 七
* 百 陷穽 八
* 百一 陷穽 九
* 百二 町の子
* 百三 十七八の娘
* 百四 私しと一緒
* 百五 愛 一
* 百六 愛 二
* 百七 愛 三
* 百八 庭の人影 一
* 百九 庭の人影 二
* 百十 庭の人影 三
* 百十一 愛の天國
* 百十二 無慘
* 百十三 千八百三十二年
* 百十四 容子ありげ
* 百十五 疣子と手鳴田
* 百十六 家は空である
* 百十七 死場所が出來た
* 百十八 一揆軍 一
* 百十九 一揆軍 二
* 百二十 軍中雜記 一
* 百二十 軍中雜記 一
* 百二十 軍中雜記 一
* 百二十一 軍中雜記 二
* 百二十一 軍中雜記 二
* 百二十一 軍中雜記 二
* 百二十一 軍中雜記 二
* 百二十一 軍中雜記 二
* 百二十二 軍中雜記 三
* 百二十二 軍中雜記 三
* 百二十二 軍中雜記 三
* 百二十二 軍中雜記 三
* 百二十二 軍中雜記 三
* 百二十三 軍中雜記 四
* 百二十四 軍中雜記 五
* 百二十五 軍中雜記 六
* 百二十六 軍中雜記 七
* 百二十七 軍中雜記 八
* 百二十七 軍中雜記 八
* 百二十八 軍中雜記 九
* 百二十八 軍中雜記 九
* 百二十八 軍中雜記 九
* 百二十八 軍中雜記 九
* 百二十八 軍中雜記 九
* 百二十九 蛇兵太の最後
* 百三十 守安の最後
* 百三十一 エンジラの最後
* 百三十二 堡壘の最後
* 百三十三 哀れ戎瓦戎 一
* 百三十四 哀れ戎瓦戎 二
* 百三十五 哀れ戎瓦戎 三
* 百三十六 哀れ戎瓦戎 四
* 百三十七 哀れ戎瓦戎 五
* 百三十八 哀れ戎瓦戎 六
* 百三十九 哀れ戎瓦戎 七
* 百四十 哀れ戎瓦戎 八
* 百四十一 哀れ戎瓦戎 九
* 百四十二 哀れ戎瓦戎 十
* 百四十三 哀れ戎瓦戎 十一
* 百四十四 哀れ戎瓦戎 十二
* 百四十五 哀れ戎瓦戎 十三
* 百四十六 哀れ戎瓦戎 十四
* 百四十七 哀れ戎瓦戎 十五
* 百四十八 最後 一
* 百四十九 最後 二
* 百五十 最後 三
* 百五十一 最後 四
* 百五十二 大團圓
噫無情 : 小引
■「噫無情」と題し茲に譯出する小説は、ヸクトル、マリー、ユーゴー先生の傑作『レ、ミゼラブル』なり
■著者ユーゴー先生は多くの人の知れる如く、佛國の多恨多涙の文學者にして又慷慨なる政治家なり、詩、小説、戯曲、論文等に世界的の傑作多し、先生千八百二年に生れ八十四歳の壽を以て千八百八十五年(明治十八年)に死せり
■『レ、ミゼラブル』は先生が國王ル井、ナポレオンの千八百五十年の非常政策の爲に國外に放逐せられ白耳義に流竄せる時に成りしと云へば、即ち五十歳以上の時の作なり、最も成熟せし著作と云ふ可し(先生が初めて文學者として世に著はれしは其十四歳の時に在り)
■「ミゼラブル」ちは、英國にては視るに忍びざる不幸の状態を指すの語なり、佛語にては多く『身の置所も無き人』と云ふ意味に用ゐらる、即ち社會より窘害せられて喪家の犬の如くなる状態に恰當する者の如し、我國の文學者が一般に『哀史』と云ふは孰れの意に取りたるやを知らずと雖も先生が之を作りたる頃の境遇より察すれば前の意よりも後の意に用ひたる者なるが如くに察せらる
■余先頃、ヂュマのモント、クリストーを巌窟王と題せしに或人は巌窟王の音が原音に似たりとて甚だ嘆稱せられたり、余は爾まで深く考へたるに非ざりしを、勿怪の幸ひと云ふ可し、今『レ、ミゼラブル』を『噫無情』と題し、又音の似通ひたりと云ふ人あり、然れども之も爾うまで考へしには非ず、唯だ社會の無上より、一個人が如何に苦めらるゝやを知らしめんとするが原著者の意なりと信じたれば、他に適切なる文字の得難さに斯くは命名したるなり
■原書はユーゴー先生の生存中に幾版をも重ねたれば先生親から幾度も訂せし者と見ゆ、英譯にも數種あり、余の有せる分のみにても四種に及ぶ、猶ほ耳に聞きて未だ手にせざる分も無きに非ず、是等を比較するに、或者は高僧ミリールの傳を初に置き、或る者はヂャン、ヷルヂャンを初めに置きたるが如き最も著るしき相違なり、思ふにミリールは先生が理想とせし人なる可ければ卷首に之を掲ぐるが當然なる可きも、晩年に及び讀者に與ふる感覺の如何に從ひて次章に移したるならんか、余は(新聞紙に掲ぐるには)後者の順序が面白かるべきを信じ、其れに從ふ事としたり
■譯述の體裁は余が今まで譯したる諸書と同く、余が原書を讀て余の自ら感じ得たるが儘を、余の意に從ひて述べ行く者なれば、飜譯と云はんよりも人に聞きたる話をば我が知れる話として人に話すが如き者なり、若し此を讀みて原書に引合せ、以て原書を解讀する力を得んと欲する人あらば失望す可し、斯かる人に對しては、余は切に社友山縣五十雄君の英文研究録を推薦す(内外出版會社の出版にて一册定價二十錢、英米の有名なる作者の詩歌及び短詩を親切に飜譯し註釋したる者なり)
■若し原書を句毎に譯述すれば五百回にも達す可し、少くとも三百回より以下なる能はず、然れども余は成る可く一般の讀者が初めの部分を記憶に存し得る程度を限りとし百五十回乃至二百回以内に譯し終らんことを期す
■ユゴー先生が此書に如何の意を寓したるやは余不肖にして能く知らざるなり、之を學[※;1文字不明。兄?]諸氏に質すに、社會組織の不完全にして一個人が心ならざる境遇に擠陷さるゝを慨したるなりと云ふ人多し、多分は然るなる可し、先生の自ら附記したる小序左の如し
△法律と習慣とを名として、社會の呵責が此文明の眞中に人工の地獄を作り、人の天賦の宿命をば人爲の不運を以て妨ぐることの有る限りは
△現世の三大問題、即ち勞働世界の組織不完全なるに因する男子の墮落、饑渇に因する女子の滅倫、養育の不足の爲の兒童の衰殘、を救ふの方法未だ解釋せられざる限りは
△心の饑渇の爲に衰死する者社會の或部分に存する限りは
△以上を約言して廣き見解に從ひ、世界が貧苦と無學とを作り出す限りは
則ち此種の書は必要無きこと能ばざる也
蓋しル井、ナポレオンが非常政策を發する前、佛國には社會主義の勃興あり、暗に政府及び朝廷を驚かしめたり、先生は是れより先き、文勲を以て貴族に列せられたるも深かく社會黨の運動に同情を寄せ、王黨を脱して共和黨に入り大に畫策する所ありたれば、社會下層の無智と貧困とを制度習慣の罪と爲し、其の如何に凄慘なるやを示さんと欲したる者ならんか、先生が流竄の禍を買ひたるも畢竟は斯る政治上の意見の爲なり、若し我が日本に『レ、ミゼラブル』の一書を飜譯する必要ありとせば、必ずや人力を以て社會に地獄を作り、男子は勞働の爲に健康を損し、女子は饑渇の爲に徳操を失し、到る處に無智と貧苦との災害を存する今の時にこそ在るなれ、唯だ余がユーゴー其人に非ざるを悲しむ可しとす
譯 者 識
噫無情 : 一 一人の旅人
縮刷 噫無情(前篇)
佛國 ユーゴー先生 著
日本 黒岩涙香 譯
彿国の東南端プロボンと云ふ一州にダイン(Digne)と稱する小都會がある
別に名高い土地では無いが、千八百十五年三月一日、彼の怪雄 拿翁がエルバの孤島を脱出してカン(Canes)の港に上陸し、巴里の都を指して上つたとき、二日目に一泊した所である、彼れが檄文を印刷したのも茲、彼れの忠臣ベルトラン將軍が彼より先に幾度か忍び來て國情を偵察したのも茲である
此外に此小都會の多少人に知られて居るのは徳望限り無き高僧 彌里耳先生が過る十年來土地の教會を管して居る一事である
* * * * *
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◎風流滑稽譚(一)バルザック著小西茂也訳
悪魔の後嗣
むかしサン゠ピエール・オ・ブー近くの寺通りに、豪勢な屋敷を構えていた巴里ノートル・ダム寺院の司教会員たる一老僧があった。もとこの長老は、鞘のない短刀のように裸一つで、はるばる巴里に出て来た一介の司祭であったが、円顱の美僧でいちえん欠くるところなく、旺盛潤沢な体躯にも恵まれ、いざという時には、何ら憔悴するところなく男数人前の役割を果すことが出来たので、専ら女人衆の懺悔聴聞に精を出して、鬱々としている女子にはやさしい赦罪符を与え、病める善女にはおのが鎮痛剤の一片を親しくとらせるという風に、あらゆる女人に、あらたかな密祷を施して参られたので、彼の情篤い善根や、口の堅いという陰徳や、その他、沙門としてのかずかずの功力がものを云って、遂には宮廷社会へ御修法に招かれるほどの高僧になった。が、宗門当局や良人などに嫉まれぬよう、またこうした儲けもあれば楽しくもある御加持に、神護の箔をつけられるよう、デケルド元帥夫人からヴィクトル聖人の御遺骨を拝戴に及び、その冥護でいろいろの奇蹟を示顕するのじゃという触れ込みを利かせたため、談たまたま彼のことに及ぶと、人はみなこう穿鑿屋に言ったものである。
『あの御坊はなんでも、もろもろの煩いを、立ちどころに根絶するあらたかな御聖骨をお持ちなのじゃそうな。』こと御聖骨に関するとなると、とやかく口も出せないので相手もそのまま黙ってしまう。しかし槍一筋の業前にかけては、この和尚は無双の剛の者でがなあろうという蔭口が、その緇衣の蔭ではもっぱらであった。
こうして長老はありがたい自前の灌水器で、金をどんどん灌ぎ出し聖水を名酒に変性させて、さながら王者のような豪奢な暮しをしておったし、それにどこの公証役場に行っても、遺言状や、お裾分け帳の――誤ってこれをCodicileと書く人があるが、もともとは遺産の尻尾という意味のCaudaから出た言葉なのである――其他云々《エトセトラ》というなかに、ちゃっかり長老の名も並んで記されてあったほどで、だから後には『円顱《おつむ》がすこし寒い気がするが、頭巾がわりに僧正帽でも冠ろうかな。』と長老が冗談まじりに云いさえしたら、たちまち大僧正にでもなれたに違いなかった。かく万事が万事、思いの儘の御身分でありながら、なおも一介の司教会員で甘んじていた訳は、女人懺悔聴聞役としての結構な役得の方が、いっちお望みだったからである。
しかしある日のこと、この頑健な長老も、己が腰骨の衰えを、かこたねばならなくなり申した。年も六十八歳になっておったし、まったく女人済度で身の精根をすりへらして来たからで、今更のように過ぎ来し方の善根功徳を振返って、身体の汗で十万エキュ近くも溜め込んだことを思い、使徒としての勤行もここらあたりで御免蒙ろうと、以後は如才なく上流の御婦人方の懺悔ばかり聴聞することにいたした。若い名僧智識は躍起となって、彼に張り合おうとめされたが、しかし宮廷のあいだでは、身分ある上臈衆の魂の浄めにかけては、このサン゠ピエール・オ・ブーの司教会員にしくはないとの折紙づきだったもので、如何とも能わなかった次第である。
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◎ 幸徳秋水「社會主義神髄」(05)
第五章 社會主義の効果
〇說て此に至らば、一團の疑惑は雲の如く、油然として直ちに衆人の心頭を衝て起る者あらん、何ぞや。
〇日く、古來人間の氣力奮揚し、智能練磨し、人格向上することを得る所以は、實に生存の競爭あるが爲めに非ずや。若し萬人衣食の慮る可きなく、富貴の進取すべきなく、賢愚强弱皆な平等の生活に安んぜざる可らずと爲さば、何物か又吾人の競爭を鼓舞せんや。競爭なきの社會には卽ち勤勉なけん、勤勉なきの社會には、卽ち活動進步なけん、活動進步なきの社會は、卽ち停滯、堕落、腐敗あるのみ。社會主義實行の効果は、唯だ如此きに止まらざる乎と。
〇獨り庸衆の、這個の杞憂を抱けるのみならず、碩學スペンサーの如きすら亦日く、『社會主義の制度は總て奴隸制度也』と。ベンジヤミン・キツドも亦大著『ソシアル・エヴオルーシヨン』中に論じて謂らく『個人の生存競爭は、啻に社會あって以來のみならず、實に生物あって以來、常に進步の源たる者也、而も社會主義の目的は全く之を禁絕するに在り』と。而して今の地主資本家に阿媚して自ら利する者あらんとするの徒、亦此種の言說を誇張し、以て社會主義の大勢に抗する唯一の武器と為すもの ゝ如し。
〇夫れ社會主義の為す所にして、果して個人の自由を奪ひ社會の進步を休せしむる彼等の言の如くならん乎、其唾棄すべきや論なし。然れども是れ誤謬也、謬誤にあらずんぱ卽ち讒誣也。
〇思へ所謂生存競爭が社會進化の大動機たるは、豈に彼等の言を待て後ち知らんや。而も古來社會の組織が漸次其狀態を異にするに至るや、之を刺擊し活動せしむる所以の競爭其物も從つて其性質方法を異にせざることを得ず。腕力の競爭が智術の競爭となれるを見よ、個人の競爭が團體・の競爭となれるを見よ、武器の競爭が辯說の競爭となれるを見よ、掠奪の競爭が貿易の競爭となれるを見よ、侵略の競爭が外交の競爭となれるを見よ、生存競爭の性質方法が、常に社會の進化に伴ふて進化せるの迹を見る可らずや。
〇而して見よ、現時の經濟自由競爭が殖產的革命の前後に於て、世界商工の發達に與って大に力ありしことは、予も亦之を疑はず、然れども此等競爭を必耍とせし時代は旣に過ぎ去れり。今や自由競爭は果して何事を意味すとする乎、唯だ少數階級の暴橫に非ずや、多數人類の痛苦に非ずや、貧富の懸隔に非ずや、不斷の恐慌に非ずや、財界の無政府に非ずや。是れ實に社會の進化に益なきのみならず、却って其堕落を長ずる者に非ずや、如此にして吾人は猶ほ共保存を希ふの理由ある乎。
〇太初蠻野の時に於てや、暴力の鬪爭は社會進化の爲めに共唯一の動機たりき、而も今日に於ては直ちに一個の罪悪に非ずや、若し競爭は進步に必耍なるが故に、暴力も之を禁ずるを得ずと言はヾ、誰か其無法を笑はざらんや。今の自由競爭を以て必要となすの愚は實に之に類せずや。
〇且つや眞個の競爭を試む、必ずや先づ競爭者をして平等の地位に立たしめざる可らず、其出發點を同じくせしめざる可らず。而も今の競爭や如何、一は生れながらにして富貴也、衣食足り敎育足り、加ふるに父祖の讓與せる地位と信用と資產とを以てす、他は貧賤の子也、凍餒窮苦の中に長じ、敎育なく資產なく、地位なく信用なし、有る所は唯だ赤條々の五尺軀のみ。而して此兩者を直ちに競爭場裡に投じて長短を較せしむ。而して其勝敗の決を見て喝采して日く、是優勝劣敗也と、是れ豈に殘酷なる虐待に非ずや、何ぞ競爭たるに在らんや。
〇然り今の自由競爭や、決して眞個公平の競爭に非ざる也、今の禍福や決して勤惰の應報に非ざる也、今の成敗や決して智愚の結果に非ざる也。運命のみ、偶然のみ、富籤を引くと一般のみ。
〇否な所謂自由競爭の不公なるのみならず、此等不公の競爭すらも、今や殆ど之を試むるの餘地なきに至らんとす。見よ、世界產業の大部は旣に偶然を僥倖せる資本家の獨占となれるに非ずや、世界土地の大部は、旣に運命の恩籠ある大地主の兼併に歸せるに非ずや、而して資本を有せざる者及び土地を有せざる者は、唯だ彼等の奴隸たるの外なきに至れるに非ずや。然り自由競爭の名は美也、而も事實に於て經濟的競爭は竟に其迹を絶たずんば已まず。豈に特に社會主義の之を廢絕することを待たんや。
〇於是乎生存競爭の性質方法は、更に一段の進化を經ざることを得ず。社會主義は實に這個進化の理法を信じて、社會全體をして此理法に從はしめんと欲す。然り現時卑陋の競爭を變じて高尙の競爭たらしめんと欲す、不公の競爭を變じて正義の競爭たらしめんと欲す。換言すれば卽ち衣食の競爭を去て、智德の競爭を現ぜんと欲する也。
〇試みに思へ、人生の進步向上にして、單に激烈なる衣食の競爭の結果なりとせん乎、古來高材逸足の士は必ず社會最下府の窮民中に出づべきの理也。而も事實は之に反す、人物が多く富貴の家に生ぜざると同時に、極貧者の中に出づること亦甚だ稀なるに非ずや。他なし富貴の階級や、常に侫娼阿諛の爲めに圍繞せられて、志驕り氣餒ゑ、徒らに快樂の奴となり、窮乏の民や終生衣食の爲めに遑々として、唯だ飢凍に免る、に急なれば也。
〇然り高尙なる品性と偉大の事業とは、決して社會貧富の兩極端に在らずして、常に中間の一階級より生ずる者也。彼れ夫れ資財ありと雖も未だ彼等を厲敗せしむるに足らず、勤勞を要すと雖も、未だ彼等を困倦せしむるに至らず、猶ほ其智能を磨くの餘裕有り、心氣を奮ふの機會多ければ也。見よ封建の時に於て武士の一階級が其品性の尤も高尙に、氣カの尤も旺盛に、道義の能く維持せられたる所以の者は、實に彼等が衣食の爲めに其心を勞するなくして、一に名譽、 道德、眞理、技能の爲めに勤勉競爭するの餘裕機會を有せしが爲めに非ずや。若し彼等にして初めより衣食のために競爭せざる可らざらん乎、直ちに當時の『素町人根性』に隨落し去らんのみ、豈に所謂『日本武士道』の光榮を擔ふことを得んや。
〇基督は富人を嚴責するに、其天國に入り難きを以てし、貧しき者は幸福なりと日へり。然れども知らざる可らザ、當時の猶太の貧民は、漁農を務め、エ獎を勵み、以て獨立の生を營めるの中等民族にして、決して今日多數の賃銀的奴隸と同視すべきに非ざることを。而して社會を擧げて是等中等民族と為さんとするは、是れ社會主義の目的とする所に非ずや。
〇爰に人あり、雇主の叱陀を恐るゝが爲めに非ず、財貨の報酬を望むに非ず、唯だ工作を愛するが爲めに建築に從事すとせよ、唯だ神來に乘じて其大筆を揮洒すとせよ。彼等の藝術は如何に其眞を得、善を得、美なるを得べきぞや。其他幽奧なる哲理の探討や、精緻なる科學の硏究や、如此にして始めて大に其光修を放つべきに非ずや。
〇更に一面より見る、現時社會の陵落と罪惡の大半は實に衣食の匮乏に因す、金錢の競爭に因す。家庭の平和も之が爲めに害せられ、婦人の節操も之が爲めに汚され、士人の名讐も之が爲めに損せられ、而して一國一社會の風敎、道德之が爲めに壞敗せらる。見よ現時我國監獄の囚徒七萬人、而して其罪狀の七割は實に財貨に關する者也といふに非ずや。古人言ひ得て佳し、『金が敵の世の中』なりと。若し世に金銭の競爭なかりせば、社會人心は如何に純潔なる可りしぞ、少くも今の罪惡は其大半を掃蕩す可きに非ずや。而して能く吾人の爲めに、金銭てふ怨敵を滅絶し、衣食競爭の蠻域を脫せしむる者は社會主義に非ずや。ウィリアム・モリスは日く『人が財貨の爲めに心を勞するなきに至るも、技費 萬有、戀愛等は、人生に與ふるに趣味と活動とを以てす可し』と。是等の趣味と活動は、吾人の爲めに更に正義高尙なる自由競爭を開始して、以て社會の進化を促進するを得ん也。
〇言ふこと勿れ、衣食の慮る可きなくんば、人は勤勉することなけんと。人の勤勉を促す者、豈に唯だ財貨のみならんや、人間の性情は未だ如此く汚下ならざる也。見よ彼の深山大海の探險や、學術上の發明や、文學美術の大作や、共他各々好む所に從ひ適する所に向って其技能を試むるに當つてや、心中獨り自ら愉悅に堪へざるもの無くんばあらず。况んや之に加ふるに多大の名譽光榮の酬ゆるありとせば誰か欣然として共勤勞に服せざる者らんや。少年の學生が孜々として學ぶ者は、決して衣食の爲めにするに非ざる也、兵士の奮躍して死に趨くは、決して衣食の爲めにするに非ざる也。
〇現時勞働者の大抵勤勞を厭ふて、動もすれば安逸を貪るの狀あるは、予も亦之を認む、然れども是れ豈に彼等の罪ならんや。夫れ演劇を觀、角觝を樂む者と雖も、其長きに及べば卽ち倦怠を感ず。况んや悪衣惡食にして、一日十數時間の勤勞に服す、以て少壯より老衰に至る、何の希望なく、何の變化なく、何の娛樂なし。而して其事業や必しも共好む所に非ざる也、唯だ衣食の爲めに驅らるゝのみ。而して彼等が勤勞の功果や、共大部は卽ち他人の爲めに掠奪せられて彼等は僅に其生命を支ふるに過ぎざるに非ずや。之を如何ぞ疲勞厭倦せざることを得んや。然り今の勞働者が衣食の爲めに驅らるゝや、牛馬の如し、彼等の心身は旣に共鞭笞に堪へざるに至れり。彼等が懶惰を以て其樂園と爲すに至れる者、一に現時社會組織の弊害之を致せるのみ。
〇夫れ人は其勤勞の長きに堪へざるが如く、亦逸豫の長きに堪へず。試みに今日の勞働者に向つて、汝の衣食は給せらるべし、汝是より勤勞を要せずと言はヾ、彼等は初め喜んで其情眠を貪らん。而も如此き者數日ならしめよ、十數日ならしめよ、數月ならしめよ、彼等は漸く其徒然無為に飽きて、必ずや多少の事業を求むるに至るや明らか也。
〇故に社會主義制度の下に處して、衣食あり、休息あり、娛樂あり、而して後ち其好む所、適する所に從って、一日三四時乃至四五時、其强健の心身を勞して社會に奉ずるが如きは、却って是
れ一種の滿足あらんぱあらず。苟くも人心ある者誰か敢て避躱せんや。『勞働の神聖』てふ語は、於是て初めて意義あることを得ん也。
〇若し夫れ社會主義を以て個人の自由を沒却すといふに至っては、妄之より甚しきは莫し。予は先づ此言を為すの人に向って反問せん。現時果して所謂個人の自由なる者ありやと。
〇宗敎の自由は之れ有らん、政治の自由は之れ有らん、而も宗敎の自由や、政治の自由や、凍餒の人に在ては、一個の空名に過ぎざるに非ずや。所詮經濟の自由は總ての自由の要件也、衣食の自由は總ての自由の樞軸也、而して今果して之れ有る乎。
〇米國勞働者同盟第十三囘大會に於けるヘンリー・ロイドの演說の一節は、答へ得て痛切也、日く『米國獨立の宣言や、昨日は自治(セルフ・ガバーンメント)を意味せりき、今日は卽ち自業(セルフ・エンブロイメント)を意味す。眞個の自治は卽ち自業ならざる可らず。……而も今や勞働者が其爲す可き所を爲し得ず、其耍する所を與へられざるは、滔々皆な然らざるなし。勞働者は勞働の八時間ならんことを欲す、而も彼等は十時間、十四時間、十八時間の勞働に服せざる可らず。彼等は其子女を學校に選らんと欲す、而も却て之を工場に送らざる可らず。彼等は其妻の家庭を治めんことを欲す。而も却て之を機器車輪の下に投ぜざるを得ず。彼等は病で靜養を欲するの時、猶ほ勞働せざることを得ず、勞働を欲するの時却て解雇の爲めに失業せざることを得ず。彼等は職業を乞ふて得ざる也、彼等は公平の分配を得ざる也。彼等は他人の私慾若くば野望の爲めに、彼等自身の、彼等の妻の、彼等の子女の、四肢體軀、健康、生命すらも犧牲に供せざることを得ず』と。豈に獨り工場の勞働者のみならんや、今の世に處して生產機關を有せざる者は、其生活の不安にして苦痛なる、皆な然らざるなし、而も彼等は呼で日く自由競爭也、自由契約也と。是れ强制の競爭のみ、是れ壓抑の契約のみ、何の自由か之れ有らん。
〇社會主義の主張する所は、實に這個の强制を位せしめんとするに在り、這個の庶抑を免れしめんとするに在り。一八九一年エルフルト大會に於ける獨逸社會民主黨の宣言書の一節は日く『這個社會的革命は、特に勞働者の解放のみならず、實に現時社會制度の下に苦惱せる人類全體の解放を意味す』と。思へ社會主義一たび實行せられて、天下の雇主の爲めに驅使せらるゝの被雇者なく、權威に席抑せらるゝの學者なく、金錢に束縛さる、の天才なく、財貨の爲めに結婚するの婦人なく、貧窮の爲めに就學せざるの兒童なきに至らば、個人的品性の向上せられ、其技能の修練せられ、其自由の伸張せらる、は果して如何ぞや。
〇ミルは日く『共產主義に於ける檢束は、多數人類に取て、現時の狀態に比して、明かに自由なる者あらん』と。彼の所謂共産主義は卽ち今の社會主義を意味する者也。
〇然り宗敎革命は吾人の爲めに信仰の桎梏を撤したりき、佛國革命は吾人の爲めに政治の束縛を免れしめき。而して更に吾人の爲めに衣食の桎梏、 經濟の束縛を脫せしむる者は、果して何の革命ぞや。エンゲルは卽ち社會主義を稱して日く、『是れ人間が必要の王國より一躍、自由の王國に上進する者也』と。
〇夫れ唯だ『自由の王國』也。是を以て社會主義は國家の保護干渉に賴る者に非ざる也。少數階級の慈善恩惠に待つ者に非ざる也。其國家や人類全體の國家也、其政治や人類全體の政治也。社會主義は一面に於て實に民主主義たる也、自治の制たる也。
〇今の國家や唯だ資本を代表す、唯だ土地を代表す、唯だ武器を代表す。今の國家は唯だ之を所有せる地主、資本家、貴族、軍人の利益の爲めに存するのみ。人類全僚の平和、進步、幸福の爲めに存するに非ざる也。若し國家の職分をして如此きに止まらしめば、社會主義は實に現時の所謂『國家』の權力を減殺するを以て、其第一着の事業と為さざる可らず。然り封建の時に於ては人類、人類を支配したりき、今の經濟側度の下に於ては、財貨、人類を支配せり、社會主義の社會に在ては、實に人類をして財貨を支配せしめんと要す、人類全體をして萬物の主たらしめんと要す。豈に奴隸の制ならんや、豈に個人を沒却する者ならんや。否人生は此如にして初めて其眞價を發揚す可きに非ずや。
〇社會主義は、現時國家の權力を承認せざるのみならず、更に極力軍備と戰爭とを排斥す。夫れ軍備と戰爭とは、今の所謂『國家』が資本家制度を支持する所以の堅城鐡壁とする所にして、多數人類は之が爲めに多大の犧牲を誅求せらる。今や世界の諸强國は軍備の爲めに、實に二百七十億弗の國債を起し、而して單に之が利息のみにして、常に三百萬人以上の勞働を要すといふに非ずや。加之幾十萬の壮丁は常に兵役に服し、殺人の抜を習ふて無用の勞苦を曾めざる可らず。獨逸の如き、壯丁の多數は皆な兵士として徴集せられ、田野に礬する者は、半白の老人若くば婦女のみなりといふ。嗚呼是れ何等の悲慘ぞや。況んや一朝戰爭の破裂に會ふや、幾億の財帑を糜し、幾千の人命を損して、國家社會の瘡痍永く癒ることを得ず、贏す所は唯だ少數軍人の功名と、投機師の利益のみ。人類の災厄罪過豈に之に過ぐる者あらんや。
〇若し世界萬邦、地主資本家の階級存するなく、貿易市場の競爭なく、財富の生産饒多にして、其分配公平なるを得、人々各其生を樂しむに至らば、誰が爲めにか軍備を擴張し、誰が爲めにか戰爭を為すの要あらんや。是等悲慘なる災厄罪過は爲めに一掃せられて、四海兄弟の理想は於是乎始めて實現せらる、を得可き也。社會主義は一面に於て民主主義たると同時に、他面に於て偉大なる世界平和の主義を意味す。
〇故に予は玆に再言す。社會主義を以て競爭を廢止する者となすこと勿れ、社會主義は衣食の競爭を廢止す、而も是れ更に高尙なる智德の競爭を開始せしわんが爲めのみ。勤勉活動を沮礙すと云ふこと勿れ、社會主義の除去せんとするは、勤勉活動にあらずして人生の苦惱悲慘のみ。個人を沒却すといふこと勿れ、社會主義は却って萬人の爲めに經濟の桂梏を脫却して、十分に其個性を發展せしめんと欲するに非ずや。奴隷制度なりと云ふこと勿れ、社會主義の國家は階級的國家に非ずして、平等の社會也、 專制的國家に非ずして博愛の社會也、人民全體の協同の組織を為して、以て地方より國家に及び、以て國家より世界に及び、四海平和の惠福を享受せんとする者に非ずや。
〇果して能く如此しとせぱ、誰か又社會主義的制度の下に在て、人間品性の向上、道德の作興、學藝の發達、社會の進步が今日に比して更に幾曆倍なるを疑ふ者ぞ。
議事者。 身在事外。 宜悉利害之情。
任事者。 身居事中。 當忘利害之慮。
[編者注:典拠は、菜根譚 前集百七十四項 読み下し、事を議する者は、身を事の外に在りて、宜しく利害の情を悉すべし。事に任ずる者は、身を事の中に居りて、当に利害の慮りを忘るべし。(物事は始まるまでは多面的に考え付くし、いざ実行する段になれば、あれこれ考えずにひたすら行動しなさい。)]
◎神西清訳 チェーホフ「シベリアの旅」(01)
一
「シベリヤはどうしてかう寒いのかね?」
「神様の思召しでさ」と、がたくり馬車の馭者が答へる。
もう五月といへば、ロシャでは靑葉の森に夜鶯が喉をかぎりに歌ひ、 南の方なら夙にアカシャやライラックの花も匂つてゐように、ここチュメーン*からトムスクへの道筋では、土膚は褐色に黑ずみ、 森といふ森は裸かで、 湖沼には氷がどんよりと光り、 岸や谷あひにはまだ斑ら雪さへ殘つてゐる。…
その代りにといふのもをかしいが、これほどに夥しい野禽の群を見るのも、 生れて初めてのことだ。眼をずらせて行くも、野づらを渉り步き、水溜りや道傍の溝を泳ぎまはり、また危く馬車の屋根をかすめんばかりに、白樺の林へと物憂げに飛んでゆく野鴨の群。あたりの靜寂を不意に破つてひびく聞覺えのあるきれいな啼聲に、おどろいて眼を上げると、丁度頭のうへを渡つてゆく一番ひの鶴。それを見ると、ふつと淋しい氣持になる。野雁も飛んで行く。雪のやうに眞白な白鳥も、 列を作つて飛んで行く。……方々でぼと鴫の低いつぶやきが聞え、鷗の哀しげな啼聲もする。
天幕馬車を二臺と、 それから男女の百姓の一隊を追ひ越す。これは移住民だ。
「どこの縣から來たね?」
「ク—ルスクでさ。」
一人だけ風體の違つた男が、仲間に遲れてよたよたと蹤いて行く。顎をきれいに剃り上げ口髭はもう白く、百姓外套の背中には何やら得體の知れないだん袋が附いてゐる。風呂敷にくるんだ胡弓を二丁、兩腋に抱へてゐる。ー體何者なのか、この胡弓はどうしたものかは、訊かないまでも自然とわかる。やくざで怠け者で病身で、人一倍の寒がりで、洒好きで、そのうへ小心者のこの男は、親父の代から兄貴の代までずつと餘計者扱ひにされたから、 のらくらと生き存ヘて來たのだ。親父の財產も分けては貰へず、嫁も取つては貰へずに。……そんな事はしてやるまでもない男なので、野良へ出れば風邪をひくし、酒にかけては目がないし、祿なことは言ひ觸らさないし、 取柄といつたら胡弓を弾くことと、子供たちを集めて煖爐の上でわいわい騷ぐ位なものだ。その代り胡弓と來たら居酒屋でも、婚禮の席でも野原でも、所きらはず弾き步いたが、それが中々の見事な音色だつた。だが今その兄貴が、家も牛も有りつたけの家財道具も手放して一家を引き連れ遠いシベリヤを指して行く。やくざ者も一緖について行くのは、ほかに食ふ當てもないからだ。二丁の胡弓も後生大事に抱へて行く。……やがて目指す土地に着けば、シベリヤの寒さにー堪りもなくやられる。肺病になつて、誰一人氣づかぬほどそつと靜かに死んで行く。その昔鄕里の村の人々の心を、浮き立たせたり沈ませたりした胡弓の方は、二束三文に賣り飛ばされて、渡り者の書記か、それとも流刑囚かの手に渡る。それから渡り者の子供たちが、絃を切つたり柱を折つたり、 胴に水を入れたりして遊ぶ。……引返した方がよささうだ、小父さん。
力マ河を遡る船の上でも、移住民の群を見掛けた。中でも思ひ出されるのは、亜麻色の鬚をした年の頃四十ほどの百姓だ。甲板のベンチに腰掛けて、足もとには家財道具を詰め込んだ袋が並べてある。その袋の上に、鑑縷を着た子供たちが轉がつて、 荒涼としたカマ河の岸から吹きつける身を切るやうな寒風に縮み上つてゐる。百姓の顏には、「もう諦めましただ」と書いてある。眼には皮肉な色が浮んでゐる。だがそれは、われとわが内心に浴びせる嘲笑なのだ。謂はば、無殘至極な裏切りやうをして吳れた、過去半生に對する嘲笑なのだ。
「これより惡くなりつこねえさ」と彼は言つて、 上唇だけで笑ふ。
誰一人とり合ふ者もなく、また別に問ひかける者はなくても、一分ほどすると彼はふたたび繰り返す。――
「これより惡くなりつこはねえさ。」
「惡くなるとも」と別のベンチから、 人參色の髮をした眼のするどい土百姓が應じる。これは移住民ではない。――「惡くなるとも。」
いましがた追拔いた百姓たちは、默りこくつてゐる。天幕馬車について、よろよろする足を引き摺りながら、どの顏を見ても鹿爪らしく何か一心に考へ込んでゐる風だ。……私はそ辻を見て心に思ふ、――「よくない生活と見たら潔くそれを振り切つて、生れ故鄕も生れた古巢も棄てて行けるのは、非凡な人間だけなのだ、英雄だけなのだ。……」
間もなく、今度は流刑囚の列に追ひついた。手械の音を立てながら,三四十人ほどの囚徒が道を行く。兩側には銃を擔つた兵士が附添ひ、後から馬車が二臺ついて行く。囚徒の中の一人はどうやらアルメニヤの司祭を思はせる。もう一人の鷲鼻で額のひろい大男の方は、どこかの藥種屋の勘定臺の向ふに坐つてゐたやうな氣がするし、三番目の消耗した蒼白い深刻面は、まるで斷食の坊主にそつくりだ。とても一人一人の顏を覗いてゐるひまはない。囚徒も兵士もみなぐつたりしてゐる。道は惡いし、步く氣力もないのだ。……泊りの村まではまだ十露里もある。村に着けば直ぐ飯にありつけるし、磚茶も飮める。それからごろりと横になるのだが、待ち兼ねてゐた南京蟲が直ぐさま身體一面にべ つたりと貼りつく。疲れ切つて睡くて堪らない人間にとつて、これはとても敵はぬ執念の鬼だ。
日が暮れると地面は凍てついて泥濘が切り立つた起伏を作る。馬車は躍リ跳ね、色んな聲を立てておめき鳴る。寒い。人の住む家も見えず、人つ子一人通らない。……ひそともせぬ闇はただ黑々と、物音ひとつしない。聞えるのは車が凍土を嚙む音と、 たまに卷煙草を吸ひつける火の色に夢を破られて、 道傍に飛び立つ二三羽の野鴨の羽音ばかり。……
川に出る。渡舟を見附けて越さなければならぬ。河岸には人影もない。
「向ふ岸へ行つとる。瘡つかきめが」と馭者が言ふ、「旦那、 ひとつ吼えて見るかね。」
痛くて泣くのも悲しくて泣くのも、助けを呼ぶのもただ人を呼ぶのも、 この土地では引括めて吼えるといふ。從つてシベリヤで吼えるのは熊だけではなく、雀や鼠も吼えるのである。「引懸つて吼えくさる」と、鼠のことを言ふ。
で、吼えはじめた。かなりの川だし、それに眞暗なので向ふ岸は見えない。……じめじめした川風で先づ足が冷え、つづいて全身が冷えて來る。……聲を合はせて半時間吼え、 一時間吼えたが、 渡舟はやつて來ない。水にも、 空ーぱいの星屑にも,墓のやうに眞音な靜寂にも,やがて飽き飽きしてしまふ。退屈まぎれに親爺と話し込んで、 十六のとき嫁を貰つたこと、子供は十人あつたがその中死んだのは唯の三人に過ぎぬ こ と、 父親もお袋もまだ健在なことなど を知る。 父親もお袋も 「キルジャキイ」――つまり分離宗徒で、煙草は喫ます、一生涯イシムの町のほかには町を見たこともないが、自分はまだ若いから少々身體を甘やかさせて貰つて煙草をやる、とも言つた。この眞暗な荒涼たる川にも、 鱘魚やネルマ鮭や、ひげや魣が棲んでゐるが、漁る人も漁る手立てもないといふ話もした。
だがやつと、水を切る音が正しく間を置いて聞えはじめ、 川面に何やら不細工な黑い物があらはれた。それが渡舟だつた。恰好はまづ小形な傳馬船に似て、橈子が五人ほど乘つてゐる。橈身のびろい二本の長い橈は、蟹の蝥そつくりである。
舟を岸につけると、 橈子たちは先づ手始めに喧嘩をはじめた。さも憎らしげに罵り合つてはゐるが、別段これといふ理由もない所を見れば、 まだ寢呆けてゐるのに相違ない。彼等の飛び切り上等の悪口を聽いてゐると、 母親のあるのは私の馭者や馬や橈子たちだけではなくて、水にも渡舟にも橈にもどうやら母親*があるらしい樣子である。橈子たちが吐き散らした罵詈雜言のなかで、最も物柔かで無邪氣なのは、「瘡でも出來せ」乃至「その口に瘡さ搔け」といふのであつた。ここで瘡*とは一體どんな瘡を指すのか、 訊いては見たが分らず仕舞だつた。何しろ私は毛皮の半外套に長靴をはいて、帽子眞深といふ服裝だから、暗闇ではこれが「旦那」とは分らぬらしい。で橈子の一人が、私に向つて嗄聲で呶鳴りつけた。――
「これさ、そこの瘡つかき!ぽかんと口を開いてゐずと、馬でもはづせよう。」
渡舟に乘る。渡船夫たちは罵り喚きながら橈を取る。これは土着の百姓.ではない。無賴な生活のため社會に擯斥されてここへ送られて來た、まぎれもない追放囚である。だが登錄先の村でも、 やはり彼等は暮らせないのだ。第一退屈だし、耕作の術はもともと知らないか、さもなければ忘れてゐるし、他所の地面は可愛くもないし――そんな譯でここへ出て、渡舟場稼ぎをしてゐるのである。どれもこれも、瘦せこけ.て荒み切つた顏附をしてゐる。それにその表情といつたらどうだ! この人達はここまで來る道々、手錠で二人づつ繫ぎ合はされて囚人舟に乘せられたり、列を組んで街道を步かされたり、百姓小屋に泊つて南京蟲に所嫌はず刺されたりする間に、骨の牘まで麻痺してしまつたのだ。 今では夜晝なしに冷たい水の中を動き廻つて、眼に入るものといへば荒涼とした川岸の眺めばかりだ。しまひには身も心も凍り果てて、生きる目當ては唯一つ酒と女、女と酒。……もはやこの世の人ではなくて、獸なのだ。それのみならず、馭者の親爺に言はせると、あの世へ行つても碌なことはないらしい。罪の報いで地獄へ落ちるといふ。
*チュメーン シベリヤ鐵道(一八九一――一九〇三年)の敷設される前、迫放囚はこの町を通過するのを例とした。一八二三年から九八年までの間に、この町は九十萬人餘に上る囚人とその家族の暗鬱な行列を見送つたと言はれる。
*母親云々 ロシヤ特有の罵言に、相手の推親を引合ひに出して罵る極めて烈しいのである。撓子たちは當の喧嘩相手のみならず、水や舟などの無生物にまで、この罵言で當り散らしたのであらう。
*瘡 家畜の肺や胃腸を冒し、人間にまで感染するシペリヤ脾脫疽(Anthrax)を指すものであらう。
◎柳広司「太平洋食堂」
まだ、運転免許を保持していた頃、和歌山県の新宮市まで、大阪から車で、出かけた事があった。太平洋を、車窓右手にして、長い旅路をひたすらはしりつづけた。
新宮では、古代から中世、江戸時代にかけて行われた「補陀落渡海」に使った舟などを見学した。「補陀落信仰」は、僧侶が、このような小舟で、浄土をめざし、わずかな食糧で熊野灘に乗り出し、そのほとんどがそのまま帰らぬ身になったことを言う。
その他、中国は秦の時代、始皇帝が不老不死の薬を所望し、日本に遣わせたとさせる、徐福伝説が残っている地である。詩人の佐藤春夫作詞の新宮市歌のなかにも「徐福もこゝに来たりとか」とある。
新宮は、目前の太平洋と切っても切れない関係にある。さらに言えば、この伝承や史実のように、この地の人々の心情の根底には、海を隔てた、異国への思い入れも深いようだ。
明治後期、この新宮で、医業を営んだのが、大石誠之助(1867~1911)である。彼は。アメリカ各地、インド、シンガポールなど海外留学をへて、新宮に「ドクトル大石」医院を開業した。ドクトルは「毒取る」とあだ名され、「貧しい人からはお金を取らない。そのぶん、金持ちから多めにとる。」との診療スタイルで多くの患者さんから、たよりにされたようだ。また、「太平洋食堂」となづけた、現在いうところのデイケアでは、子どもたちをはじめ、多くの住民に食事を提供したそうだ。現在。わたしたちが取り組んでいる、「無料低額診療」や「子ども食堂」の、偉大な先駆けである。
「医者をやっとったら、貧しい者、虐げられている者、 苦しんでいる者がおるのがいやでも目に入ってくる。それがアカンことやと思いながら、その現実から目を背け、手をこまねいて生きていけるもんやろか?」というのが、後記の本の解説にはある。
与謝野鉄幹ら「明星派」の歌人とも交流し、やがて、幸徳秋水らの社会主義者と面識を深めてゆく。その結果、「大逆事件」という、山県有朋をはじめとする、時の為政者による、卑劣な一大フレームアップ(謀略)で、刑場の露と消えた。
「みなの頭の上に、よく晴れた秋空がひろがっている。川が流れ、海へと流れ込む。そこはもう、太平洋だ。」(柳広司「太平洋食堂」より)
格差のない社会を目指したが、残念なことに、一旦、途絶えたようにも見える大石誠之助の願いを、新たな形で受け継いでゆきたいものである。また、もう一度、機会があれば、太平洋(パシフィック・オーシャン=平和な大海)を眺めたいとしきりに願う今日このごろである。
参考】柳広司「太平洋食堂」(小学館文庫)
◎我々の市民権の根底には明るいものがある 昭和十二年一月二十日
時代によって、道徳がかわる、――その一ばん、よくわかる例と言えぱ、われわれ日本人には、何んと言っても、仇討だろう。
講談や芝居や浪花節は、その八分通りは仇討をほめちぎることに力こぶを入れている。それは、まったく旧幕時代の道徳の考え方が、それに映っているのだ。旧幕時代でも、よく治まった時世には、人をあやめる物騒なことは、御法度だったが、それでも、世間の感情は、仇討の味方だった。仇討をしなければならない境遇に生れていながら、それの出来ない人間なんて、屑でしかなかった。
けれども、明治以後は、復讐の行為は、はっきり人のいやしめる犯罪になった。仇討のためだと言っても、血なまぐさいことは、人が眉をひそめるようになった。
復讐にあたるだけのことは、国家の法律が、制度として、われわれには直接は見えなくても、或るところまでやりとげて呉れる。われわれの道徳は、それに信頼して、物騒なこと、險わしげなこととは、全く縁を切って、平和に暮して行くことにあるようになった。
けれども、これはただ仇討だけの道徳的見方が変ったのではない。
赤穂四十七士が艱難辛苦の結果、見事に主君の仇を討ったという、その辛苦の仕方などにも、例えば大石内藏之助が祇園で、放蕩無頼の限をつくし、我身を持ちくずし、貞淑な妻に対しては、肚で泣きながら、だけれど、芝居で見ているのがいやになるような、ひどい仕打をするというようなことも、今では、もっと別の考え方がなければなるまい。
「大事の前の小事」「目的は手段を神聖にする」といったようなたて前で、子供をすり替えたり、信書の盗読みをしたり、他人の話を立聞きしたり、間諜のために娘の操を売らせたり、そういうことを別だん気にかけない道徳も変ったし、変りつつある。
数年前赤色ギャング事件というのがあった。又先日、選挙の軍資金を手に入れるために、細君を女郎に売った無産党の区会議員があったが、浪花節、講談もどきの、旧幕時代の道徳の名残が、こんな連中にもまつわりついているのだ。
それに達する手段も、平和で、分りよくて、誰れでもが、是認し、参加することが出来て、はじめて目的も立派だと言える。われわれは明治以来、安心して、正しい目的を、正しい手段で実現出来る世の中に住みはじめているのではないだろうか。びくびくしたり、きょろきよろしたりするとすれば、する方が悪いのではなかろうか。
政治や外交などについては、議会や新関の上で、はっきりと、飽くまでも、議論をたたかわして行ってもらいたい。
[編者注]中央公論社・久野収編・中井正一「美と集団の論理」では、美術出版社・中井正一全集第四巻所収の『土曜日』巻頭言より多くを収録する。前者での久野の言によれば、「中井正一が前もって毎号の巻頭言を別紙にうつさせておき、それが遺稿の中に発見されたからである。」とあるが、馬場俊明氏は「中井正一伝説」によれば、共同発行者であった能勢克男の執筆だと推定している。この文章は、やや中井正一の文調と異なる気がしないではないが、当方には、いずれとも決めがたいので、前者を底本として掲載しておく。
◎ 幸徳秋水「社會主義神髄」(04)
第四章 社會主義の主張
〇現時の生產交換の方法、卽ち所謂資本家制度は今や其進化發育の極點に達せり。夫れ勢ひ極まれぱ變ず、花瓣は一日散亂せざることを得ず、卵殻は一日破壊せざることを得ず、唯だ散亂す、故に新果あり、唯だ破壊す、故に雛兒あり。社會產業の組織豈に獨り此理法を免るるを得んや。
〇而して之が進化の理法を說明し、共必然の歸趣を指示して、以て人類社會の向上を促す者、實に我科學的社會主義の主張ならずんばあらず。然らば則ち社會主義は吾人に向って、果して何の新果と雛兒を將ち來さんとする乎。何の新時代を指示して、以て私有資本の舊組織に代へんとする乎。
〇敎授イリーは社會主義の主張を剖拆して、四個の耍件を包有すと為す、言頗る當を得たり。所謂四個の要件とは何ぞや。
〇其一は、物質的生産機關、卽ち土地資本の公有是れ也。
〇方今社會百害の源が、實に社會的生產機關を揚げて個人の所有と為せるに在るは、前章旣に之を言へり。夫れ唯だ個人の所有に委す、是故に之が所有者は徒手遊食して以て社會生產の大部を掠奪し、多數人類は爲めに益々匱乏堕落に至れる者、實に吾人の永く忍ぶ能はざる所也。而して之が救治や、決して區々小策の能する所に非ずして必ずや根底の矛盾を排除して、以て產業組織全體の調和を得せしめざる可らず、生產機關の公有豈に已むを得んや。
〇夫れ土地や、人類未だ生ぜざるの時よりして之れ有り、獨り地主の製作する所に非ざる也。資本や、社會協同の勞働の結果也、獨り資本家の生產する所に非ざる也、其の在るや唯だ社會人類全體の爲めに在り、個人若くば少數の階級の爲めに存するに非ざる也。故に地主資本家獨り之を專有するの權元より有るの理なしと雖も、 而も之を使用して、社會其惠に浴するの間は猶ほ恕す可し。若し夫れ彼等が一に之を以て社會全體の富財を掠奪し、其幸福を犧牲とし、其進步向上を沮礙するの具に供するに及びては、社會が直ちに之を彼等の手より掠奪して、マルクスの所謂『是等掠奪者より掠奪す』るの至當なるは、言を俟たざる所也。
〇故に近世社會主義は、社會人民全體をして、土地資本を公有せしむるを主張す、社會人民全體をして之より生ずる利益に與からしむるを主張す、而して更に從來經濟的意義に於ける地代及び利息の廢滅を主張す。
〇之れを以て甚だ奇異の感を為すこと勿れ、見よ現時に於ても諸種の事業の旣に公共の所有たる者勘しとせざるに非ずや。郵便電信は、米國を除くの外は、文明諸國皆な國有たり、鐵道も亦日耳曼、墺地利、丁抹の諸國之を國有と爲し、森林、鑛山、耕地の一部、煙草、酒精の販資の事業等、國有と為す者多きに非ずや。但だ今の所謂國有なる者や、往々にして中央政府の所有を意味して、未だ完全なる社會的公有の域に達する能はざる者ありと雖も、而も個人若くば少败階級の私利の壟斷を脫せるに至っては卽ち一なるに非ずや。
〇然り社會主義の主張や、決して中央集權を希ふ者に非ず、其機關と事業との性質如何に從って、或は一國の有と爲す可く、或は郡縣町村の有と爲す可し。現時の公有產業にして、水道、電燈、瓦斯、街鐵等が都市の所有に屬せるが如き、卽ち是れ也。耍は個人の手より移して、一般公共の利益に供するに在り。
〇現時の經濟學者は皆な日ふ、彼の初めより獨占的性質を帶ぶるの事業は、之を國有若くぱ市有と爲すべし、然らざる者は卽ち個人の競爭に委して以て其進步を圖るに如かずと。然れども產業
制度の進步は、從來獨占的性質を帶びざる各種の事業をして、亦盡く獨占の事業と化せるに非ずや。彼の米國に見よ、製鐵も獨占となれるに非ずや、石油も獨占となれるに非ずや、石炭も紡績も、皆大會社、大ツラストの獨占として、他の競爭を許さゞるに至れるに非ずや。個人競爭の極は卽ち資本の集中合同也、炎本の集中合同の極は卽ち各種の事業をして、盡く獨占の事業たらしめずんば已まず。經濟的自由競爭より生ずる進步は過去の夢也、今や間題は、此等獨占の事業をして依然小數階級に私せしむべきか、將た社會公共の所有に移して其統一を期すべきか、二者其一を擇ぶに在り。是れ社會進歩の大勢にして必然の結果ならずんばあらず。而して社會主義の第一義は唯だ之を是れ指示せんと欲するのみ。
〇要件の第二は、生產の公共的經營是れ也。
〇生產機關たる土地資本、旣に社會の公有に歸すと雖も、其事業の經营に至りては適ほ個人の手中に在る者多し、例せば鐵道の如き、街鐵の如き、社會之を公有して而して其經营は卽ち私設の會社に托し、酒精の如き、鹽の如き、煙草の如き、政府專占の事業となれる者にして其生產若くば交換の一部は、依然個人の事業として存し、或は公有の耕地にして、私人に委して耕耘せしむる等の類是れ也。而して是等私人若くば私設會社の經營の目的や、常に彼等自身が市場の利益を趁ふに在り、彼等の利益一たび休せん乎、其產業は卽ち廢棄せらる、是れ資本家制度の下に在て免る可らざるの狀態也。故に眞に社會の產業をして個人の利益の爲めにせずして、社會全體の消費に供し、市場の交換の爲めにせずして、社會全體の需用を滿足せしめんと欲せば、其經營や、決して私人の手に委す可らずして、必ずや公共の管理に待たざる可らず。社會は卽ち獨り生產機關を公有するに止まらずして、公選せる代表者をして之を經營せしめざる可らず、而して是等の經營や、必ず社會全體に對して其責に任ぜしめざる可らず。
〇或は曰はん、事業の經營や、唯私有として始めて能く其効果を揚ぐることを得んのみ、旣に自家の私有に非ずとせば、誰か其職に忠なる者あらんやと。然れども見よ、今の三井家の主人は其事業の經營に於て、果して幾何の勤勞に服せる乎、岩崎氏の主人は其事業の管理に於て、果して幾何の技倆を現ぜる乎。生產機關の膨大し、事業の發達し、生產の增加すること高度なるに及んでや、其運用は到底個人の抜量の能く堪ふる所に非ずして、遂に多數協同の手腕を要するに至るべし、況んや凡庸遊惰の資本家をや。現時諸種の大規模の產業に於て、其實際の經營管理は一として其所有者たる資本家に依て成さるゝ者なくして、却て所有者たらざる社員若くば雇人の技能に依て、能く共効果を奏しつ、あるに非ずや。社會主義は、卽ち是等世製の所有者に代ふるに、社會公選の代表者を以てし、放逸の資本家に代ふるに、責任あるの公使を以てし、私人の使役せる雇人若くば社員に代ふるに、公共の任命せる職員を以てせんと欲するのみ、而して其產業の進步は獨り所有者の利益たる者に非ずして、社會全體皆直ちに共惠に浴するを得べしとせば、予は未だ各人が今日に比して其職に忠ならざる所以を發見することを得ざる也。
〇社會が如此にして一切の生產機關を公有し、一切の産業を管理するに至らば,社會人民全體は卽ち其株主にして亦實に其勞働者也。社會は其適する所の職業を彼等に與へ、彼等は其勞働を以て社會に奉ず。而して其生産や旣に市場交換の爲めに在らずして、社會全體の消費に在り、生産益々多くして、社會の需要は益せらるゝを得、又物價の低落を憂へざる也、又生産の過多を憂へざる也、而して勞働者の失業の問題亦全く解決せらるゝを得ん也。若し眞に生產の消費に過ぐるあらん乎、唯だ勞働時間の短縮にして足れり、豈に又一人の其所を得ざる有らんや。
〇否な啻に失業の人なきのみならず、一面に於ては、萬人皆勞働に服せざる可らざることを意味す。公共的生産の下に在ては、利息なく地代なし、徒手逸居して以て他の勞働の結果を掠奪するの手段なければ也。フイフテ曰へる有り、『勞働せざる者は、卽ち衣食の權利なし』と。是れ眞理也、正義也、社會主義は眞理正義の實現せられんことを要求す。
〇要件の第三は、社會的收入の分配是れ也。
〇公共的生產の收入や、必ず社會公共の領有に歸すべくして、個人の擅まに占斷するを許さゞるは論なし、而して社會の公選せる代表者若くぱ職員は、先づ其の收入の一部を以て、生產機關の保持、擴張、改良及び備荒の資に充つるの外、他は總て社會全體に分配して其消費に供すべし。而して此等分配や之を生產する者特り之に與かるのみならず、老幼其他勞働の能力無き者と雖も、固より之を要求するの權利有る可し。何となれば其富や旣に社會の領有たり、其人や實に社會を組織する所の一員たれば也。此點に於て社會主義の主張は完全なる相互保險也、社會主義制度の下に在ては、吾人萬人は其生れてより死に至るまで、獨り疾病、災禍、老亠我に對するのみならず、敎育、娛樂其他一切の需用を滿足すべき保險を有する也。但だ勞働の能力あって而も其義務に服するを嫌ふが如きは嚴に制裁を加ふべきのみ、否な社會の組織改善し生活の苦痛減少するに從つて、是等不德の徒亦自ら其迹を絕つに至るべきは、予の信じて疑はざる所也。
〇於是て吾人は重大なる問題に逢着す。何ぞや、日く、其分配の公正てふこと是れ也。然り公正の分配、是れ實に社會主義の唱道せらるる所以の最大の動機也、社會主義要件中の要件也、產業組織が進化發達する所以の主要の目的也。然らば卽ち如何の方法標準が果して共公正を得べしとする乎。
〇分配の標準に關して、社會主義者の企圖古今一ならずと雖も、凡そ四種に別つ可し。一は其分配する所の物件、最と質と兩つながら必ず均一ならんことを要する者、バボーフ此說を持せり。次は技能成績の短長に比例して、報酬に等差あらしめんとする者、サン・シモンの主張せし所也。次は唯だ各人の必要に準じて給與する者、ルヰ・ブラン之を以て理想と爲せり。而して近時の社會主義者中、各人の分配額は其質に於てせずして其價格に於て平等ならしめんと唱道する者多し。
〇夫れ各個の人、心身兩ながら皆な異ならざるはあらず、從って生活の必要を異にし嗜好を異にす、强て其平等ならんことを求むるは、却って公正を缺くの甚しき者、分配の量と質との均一なる可らざるや論なし。
〇技能の長短に應じて貫に等差ある、稍や公正に近きに似たり。而も如此くなれば勞働の能力なき者は卽ち饌ゑざる可らず、是れ豈に社會的道德の本旨ならんや。且つや技能の長短は必しも消費の多少に伴はず、例せば甲の成績は能く乙に二倍すと雖も、而も甲の食餌の暈は必しも乙に二倍せざるに非ずや。啻に是のみならず、社會主義制度の下に在てや、其生産は多く社會的生產也、協同的生產也、甚だ個人特種の技能に待つある者に非ず。而して偶ま個人特種の技能に待つ有るも、是等技能や、亦實に社會全體の感化、敎育、薰陶、啓發の賜に非ざるはなし。旣に社會に負ふ所多き者、亦多く力を社會の爲めに効すは當然の責務のみ、何ぞ特に物質財富の多きを貪る可きの理あらんや。
〇社會の生產分配の目的が、眞に社會萬民生活の需用を滿足せしめ、其進歩を促すに在りとせば、吾人は卽ち其必要に應じて分配するを以て、最終の理想と爲さゞる可らず。爰に一個の家庭ありとせよ、而して父母たる者若し其子女を遇するに、此子は才能あり、美衣美食を與ふ可し、彼子ほ庸劣なり、悪衣惡食にして可なりといふ者あらば、吾人の良心は果して之に忍ぶ可き乎。夫れ一家の兒女、長幼强弱皆な各々異りと雖も、而も其衣食分配の標準が、決して技能成績の如何にあらずして、必ず其必要に應ずべきは、人問道德の命ずる所にあらずや。社會主義の主張は、社會を以て一大家庭と爲すに在らざる可らず、社會は其父母たらざる可らず、各人は皆な同胞たらざる可らず。而して父母の其兒女に向って分配する所、先づ其尤も急なる者、例せば食餌、衣服、住居及び敎育の資より始めて、漸次に其急ならざる者に及ぶ。其量と質とは固より大に異なるなきを得ずと雖も、而も各々十分に其生を遂ぐる所以に至りては、卽ちーなるに非ずや。
〇若し夫れ分配の價格を平等するの說や、自ら必要に應ずるの分配と其結果を同じくす可し。何となれば、此分配や決して物品の同一を意味する者に非ざるが故に、各人共價格の範圍に於て、自由に自家の必要と嗜好を整せしむるの物件を求め得可ければ也。但だ其價格の制定極めて困難なりと為すのみ。
〇耍件の第四は、社會の收入の大半を以て個人の私有に歸すること是れ也。
〇世人多くは日く、財産の私有は、個人の自由を保持し智徳を向上するが爲に極めて必要の事と為す、而も社會主義は之を禁絕せんとするに非ずやと。財產私有の必要なるは洵に然り、然れども社會主義が之を禁絕せんとすといふに至りては誣妄の甚しき也。否な乏を禁絶するは却っつて現時の產業組織に非ずや。見よ、今の產業組織の下に在ては、社會の財爲は常に一部の地主資本家の手に集中し、社會全體をして決して其自由を保持し智德を向上するに延るべき財沛の所右を許さヾるに至れるに非ずや。而して彼等多數は漸次に無一物となり、其日暮しとなり、所謂『賃銀奴隸』の境涯に堕落しつゝあるに非ずや。
〇社會主義の制度は卽ち之に反す。社會的歲入の大半を以て各人に分配して以て之を私有せしむ。故に公共生産の發達し社會的收入の增加するに從って、個人の私有亦益々富厚にして、各其所好に從って消費し若くば貯蓄するを得、又其匱乏の爲めに他人に依頼することを要せず、他人の爲めに制せらるゝの憂ひなし。如此にして社會主義は實に財涯私有の制を擴張して、以て薦人の自由を保障し、其向上を促進せんことを欲する也。
〇但だ知らざる可らず、社會主義は私有の財產を堆加すと雖も、 此財產や實に各人の消費に充つるの財産にして、決して土地資本、卽ち生產機關を意味する者に非ざることを。生產の機關が必ず公有たるべくして、其生產の結果が必ずーたび社會の收入たるべきは、固より前に言へるが如し。
〇論者又日く、夫れ私有の財產富厚なるに至れば、節儉なる者は之を貯蓄し、資本本として使用する者あるに至らん、果して如此なれば直ちに瓷本家の階級を生じて,貧富の懸隔する舊の如くならんと。然れども產業の方法起模益々尨大なるに從って、唯だ共同的經營に待つ可くして、決して個人の支持に堪へざるに至るべきは、現時の狀勢旣に之を證せり。若し然らざるも、一切の生產機關旣に公有となり、重要の産業が絶て社會公共の手に管理さるゝの時に於ては、一個人は又其私有の財產を資本として投ずるの機會有ること無けん。假に些細の私業を企圖して、之に放資する者有りとするも、曷ぞぜ能く社會公共の大產業と兢爭兩立することを得んや。眞に是れ鐵牛角上の蚊のみ、以て全體の組織を損傷するに足らざる也。
〇更に知らざる可らず、吾人は社會的收入の『大半』を私有すべしと云ふ、其全部と云ふ者に非ざることを。社會生產の目的や、一に吾人需用の滿足に在りと雖も、而も吾人需用の滿足は、必しも之を私有することを要せざる者多し。現時に在ても、學校、公園、道路、音樂會、圖書館、博物館の如き、共有の財產として、各人の必要と曙好を滿足せしめんが為に、自由に之を使用することを許せり。將來經濟組織益々統一し、社會的道德益々發達することを得ば、社會的收入を公共的に使用し、以て公共の利益、進步、快樂を圖るの風亦愈々盛んなる可きが故に、諸種の收入財産の共有として存ずる者、今日に比して更に著大の增加を見ん也。
〇イリーの所謂社會主義の四個の要件は上の如し。予は之に依て略ぼ其主張の在る所を窺ふを得たるを信ず。然り社會主義は實に此等要件の實現を以て、社會產業の歷史的進化に於ける必然の歸趣と為す者也。
〇故にミルは定義して日く、『社會主義の特質とする所は、生産の機關と方法を以て社會人員全體の共有と為すに在り。從って其生産物の分配も、亦公共の事業として、其社會の規定する所に準じて行はれざる可らず』と。
〇カーカツプは『エンサイクロペヂヤ・ブリタニカ』に記して日く、『現時私人の資本家が賃銀勞働者を役して經營せる所の工業は、將來に於ては聨合若くば共同の事業として、卽ち萬人共有の生産機關に依て行はれざる可らず。社會主義に於ける骨髓のプリンシブルとして承認さる可きは、其理論に見るも其歷史に徵するも一に是に外ならず』と。
〇マルクスの女婿にして佛國マルクス派の首領たるパウル・ラフワルギユは日く、『社會主義は如何なる改良家の企畫にもあらず。唯だ現在の組織が旣に重大なる經濟的進化の運に迫れることを信じ、而して此進化の結果や、卽ち資本私有の制は變じて勞働者團體の共同的所有之に代るべきことを信ずる人々の敎義也。故に社會主義の特質は、其歴史的發見の點に在り』と。
〇エンゲルは更に日く『社會が生產機關を掌握するや、商品の生產は卽ち迹を絕つ可し、而して生産者は又生產物の爲めに制御せらるゝことなけん、社會的生產の無政府は一掃して、之に代る者は卽ち規律統一ある組織ならん、個人的生存爭鬪は消滅せん。如此にして人は初めて禽獸の域を脫して、眞個に其人たる所以の意義を全くすることを得可し』と。
〇然り、果して如此くならば、資本家は卽ち癈滅せらる可し、勞働者は賃銀の桎梏を脫す可し、各人は社會の爲めに應分の勞働を供給して、社會は各人の爲めに必要の衣食を生産す。分配あつて商業なし、統計あって投機なし、協同あって爭闘なし、豈に又生產過多あらんや、豈に又恐慌の襲來あらんや。人は決して富の爲めに支配せらるゝことなくして、能く富を支配することを得可き也。於是て現時產業組織の矛盾より生ずる百害は爲めに掃淸せられて、能く自然の調和を全くすることを得べき也。
杖底唯雲。囊中唯月。不勞關市之譏。
石笥藏書。池塘洗墨。豈供山澤之稅。
[編者注]典拠は、「酔古堂剣掃」巻八より。「酔古堂剣掃」は、Wikipedia によると。「明朝末の陸紹珩(字は湘客)が古今の名言嘉句を抜粋し、収録編纂した編著(アンソロジー)である。」本国で廃れたが、本邦では、幕末から大正にかけて、版本がある程度に普及した。秋水は「社会主義神髄」執筆時に傍らに置いていたのだろうか?意味は。「杖の先にあるのは雲だけで、かばんの中には月の光ばかり。市場や関所では、余分な税金がかかることもない。石の書庫に書物を蔵し、池のほとりで筆や硯の墨を洗う。これも、Tax Free であるのは、ありがたい。」
写真は、「高知新聞」1931年5月頃の連載記事「幸徳秋水 大逆事件の同志 岡林寅松と語る」の第2回記事から。上山慧「神戸平民俱楽部と大逆事件」(風詠社)から