南総里見八犬伝(001)

 しばらく更新が滞っていたが、テキスト中心の記事ゆえ、著作権の切れた著作のアップをボツボツ再開…

 南総里見八犬伝のテキストとして、「ふみくら」氏のサイトがある。残念ながら、第30回までであり、HTML 版はコードが、Shift-JIS である。そこで、「序文」類を、UNICODE に変換し、掲載する。

注】UNICODE に変換できない漢字は、「〓」で示し、[]内に、漢字を分解した。ルビなどは、青空文庫形式に準じた。


『南總里見八犬傳』第一回より「序文」など

【外題】
里見八犬傳 肇輯 巻一

【見返】
曲亭主人藁本\南總里見八犬士傳\柳川重信像\山青堂

【序】書き下し
八犬士傳序[噪野風秋]
初め里見氏の安房に興るや、徳誼以て衆を率ゐ、英略以て堅を摧く。二總を平呑して、之れを十世に傳へ、八州を威服して、良めて百將の冠たり。是の時に當て、勇臣八人有り。各犬を以て姓と爲す。因て之を八犬士と稱す。其れ賢虞舜の八元に如ずと雖ども、忠魂義膽、宜しく楠家の八臣と年を同して談ずべきなり。惜い哉筆に載する者當時に希し。唯だ坊間の軍記及び槇氏が『字考』、僅かに其姓名を識るに足る。今に至て其の顛末を見る由し無し。予嘗て之を憾む。敢て残珪を攻めんと欲す。是より常に舊記を畋獵して已まず。然ども猶考据有ること無し。一日低迷して寝を思ふ。〓[黒+犬+目]聴の際だ、客南總より來る有り。語次八犬士の事實に及ぶ。其の説軍記傳所の者と同からず。之を敲けば則ち曰く、「曾て里老の口碑に出たり。敢て請ふ主人之を識せ」予が曰「諾、吾れ將に異聞を廣ん」と。客喜て而して退く。予之を柴門の下りに送る。臥狗有り。門傍に在り。予忙として其の尾を踏めば、苦聲倏ち足下に發る。愕然として覺め來れば、則ち南柯の一夢なり。頭を回して四下を覽れば。茅茨客無く。柴門に狗吠無し。言《コヽニ》熟/\客談を思へば、夢寐と雖ども捨つべからず。且に之を録せんとす。既にして忘失半ばに過ぐ。之を何奈すること莫し。竊かに唐山の故事を取りて。撮合して以て之を綴る。源禮部が龍を辨ずるが如きは。王丹麓が『龍經』に根つく。靈鴿書を瀧城に傳るが如きは。張九齢の飛奴に擬す。伏姫八房に嫁するが如きは。高辛氏其の女を以て槃瓠に妻すに傚へり。其の他毛擧に遑あらず。數月にして五巻を草す。僅に其の濫觴を述て。未だ八士の列傳を創せず。然と雖ども書肆豪奪して諸を梨棗に登す。刻成て又其の書名を乞ふ。予漫然として敢て辭せず。即ち『八犬士傳』を以て之に命す。
文化十一年甲戌秋九月十九日。筆を著作堂下の紫鴛池に洗ぐ。
   簑笠陳人觧撰
  [曲亭馬琴著作堂之印][乾坤一草亭]

【序】原文
八犬士傳序[噪野風秋]
初里見氏之興於安房也。徳誼以率衆。英略以摧堅。平呑二總。傳之于十世。威服八州。良爲百將冠。當是時。有勇臣八人。各以犬爲姓。因稱之八犬士。雖其賢不如虞舜八元。忠魂義膽。宜與楠家八臣同年談也。惜哉載筆者希於當時。唯坊間軍記及槇氏字考。僅足識其姓名。至今無由見其顛末。予嘗憾之。敢欲攻残珪。自是常畋猟舊記不已。然猶無有考据。一日低迷思寝。〓[黒+犬+目]聴之際。有客自南總來。語次及八犬士事實。其説與軍記所傳者不同。敲之則曰。曽出于里老口碑。敢請主人識之。予曰諾。吾將廣異聞。客喜而退。予送之于柴門下。有臥狗。在門傍。予忙乎踏其尾。苦聲倏發于足下。愕然覺來。則南柯一夢也。回頭覽四下。茅茨無客。柴門無狗吠。言熟々思客談。雖夢寐不可捨。且録之。既而忘失過半。莫奈之何。竊取唐山故事。撮合以綴之。如源禮部辨龍。根于王丹麓龍経。如霊鴿傳書於瀧城。擬張九齢飛奴。如伏姫嫁八房。倣高辛氏以其女妻槃瓠。其他不遑毛擧。數月而草五巻。僅述其濫觴。未創八士列傳。雖然書肆豪奪登諸梨棗。刻成又乞其書名。予漫然不敢辞。即以八犬士傳命之。
文化十一年甲戌秋九月十九日。洗筆於著作堂下紫鴛池。
   簑笠陳人觧撰
  [曲亭馬琴著作堂之印][乾坤一草亭]

【再識】
世《よ》にいふ里見《さとみ》の八犬士《はつけんし》は、犬山《いぬやま》道節《どうせつ》〔乳名《をさなゝ》道松《みちまつ》〕、犬塚《いぬつか》信乃《しなの》〔乳名《をさなゝ》志之《しの》〕、犬坂《いぬさか》上毛《かふつけ》〔乳名《をさなゝ》毛野《けの》〕、犬飼《いぬかひ》見八《けんはち》〔乳名《をさなゝ》玄吉《げんきち》〕、犬川《いぬかは》荘佐《せうすけ》 、犬江《いぬえ》親兵衞《しんべゑ》〔乳名《をさなゝ》真平《しんへい》〕、犬村《いぬむら》大角《たいかく》〔乳名《をさなゝ》角太郎《かくたらう》〕、犬田《いぬた》〓吾《ぶんご》〔乳名《をさなゝ》小文吾《こぶんご》〕、則《すなはち》是《これ》なり。その名《な》軍記《ぐんき》に粗《ほゞ》見えて、本貫《ほんくわん》終始《じうし》を審《つばら》にせず。いと惜《をし》むべき事ならずや。よりて唐山《もろこし》高辛氏《こうしんし》の皇女《くわうによ》、槃瓠《はんこ》〔犬《いぬ》の名《な》也〕に嫁《か》したる故事《こじ》に做《なら》ふて、個《この》小説《せうせつ》を作設《つくりまうけ》、因《いん》を推《おし》、果《くわ》を説《とき》て、婦幼《ふよう》のねふりを覺《さま》すものなり。
肇輯《ぢやうしゆう》五巻《ごくわん》は、里見《さとみ》氏《うぢ》の、安房《あは》に起《おこ》れるよしを演《のぶ》。亦《また》是《これ》唐山《もろこし》演義《ゑんぎ》の書《しよ》、その趣《おもむき》に擬《ぎ》したれば、軍記《ぐんき》と大同《だいどう》小異《せうゐ》あり。且《かつ》狂言《きやうげん》綺語《きぎよ》をもてし、或《あるひ》は俗語《ぞくご》俚諺《りげん》をまじへ、いと嗚呼《をか》しげに綴《つゞ》れるは、固《もと》より翫物《もてあそびもの》なれば也。
この書《しよ》第八回《だいはつくわい》、堀内《ほりうち》蔵人《くらんと》貞行《さだゆき》が、犬懸《いぬかけ》の里《さと》に雛狗《こいぬ》を獲《え》たる條《くだり》より、第十回《だいしうくわい》、義実《よしさね》の息女《そくぢよ》伏姫《ふせひめ》が、冨山《とやま》の奥《おく》に入《い》る條《くだり》まで、これ全傳《ぜんでん》の發端《ほつたん》也。しかれども首尾《しゆび》具足《ぐそく》して、全體《ぜんたい》を闕《かく》ことなし。二輯《にしゆう》三輯《さんしゆう》に及《および》ては、八人《ン》おの/\列傳《れつでん》あり。來《こ》ん春《はる》毎《ごと》に嗣出《つぎいだ》して、全本《ぜんほん》となさんこと、両《りやう》三年《さんねん》の程《ほど》になん。
   簑笠陳人再識

【目録】
有像《ゑいり》南總《なんさう》里見《さとみ》八犬傳《はつけんでん》肇輯《ぢやうしゆう》總《さう》目録《もくろく》
  第一回《だいいつくわい》
季基《すゑもと》訓《をしえ》を遺《のこ》して節《せつ》に死《し》す 白龍《はくりう》雲《くも》を挾《さしはさ》んで南《みなみ》に歸《おもむ》く
  第二回
一箭《いつせん》を飛《とば》して侠者《けうしや》白馬《はくば》を誤《あやま》つ 兩郡《りやうぐん》を奪《うば》ふて賊臣《ぞくしん》朱門《しゆもん》に倚《よ》る
  第三回
景連《かげつら》信時《のぶとき》暗《ひそか》に義實《よしさね》を阻《こば》む 氏元《うぢもと》貞行《さだゆき》厄《やく》に舘山《たてやま》に從《したが》ふ
  第四回
小港《こみなと》に義實《よしさね》義《ぎ》を集《あつ》む 笆《かき》の内《うち》に孝吉《たかよし》讐《あた》を逐《お》ふ
  第五回
良將《りやうせう》策《はかりこと》を退《しりぞ》けて衆兵《しゆへい》仁《じん》を知《し》る 靈鴿《いへはと》書《しよ》を傳《つた》へて逆賊《ぎやくぞく》頭《かうべ》を贈《おく》る
  第六《だいろく》回《くわい》
倉廩《さうりん》を開《ひら》いて義實《よしさね》二郡《にぐん》を賑《にぎは》す 君命《くんめい》を奉《うけ給は》りて孝吉《たかよし》三賊《さんぞく》を誅《ちう》す
  第七回
景連《かげつら》奸計《かんけい》信時《のぶとき》を賣《う》る  孝吉《たかよし》節義《せつぎ》義実《よしさね》に辭《ぢ》す
  第八回
行者《ぎやうじや》の石窟《いはむろ》に翁《おきな》伏姫《ふせひめ》を相《さう》す  瀧田《たきた》の近邨《きんそん》に狸《たぬき》雛狗《いぬのこ》を養《やしな》ふ
  第九回
盟誓《ちかひ》を破《やぶ》つて景連《かげつら》兩城《りやうぜう》を圍《かこ》む  戲言《けげん》を信《しん》じて八房《やつふさ》首級《しゆきう》を獻《たてまつ》る
  第十回
禁《きん》を犯《おか》して孝徳《たかのり》一《いつ》婦人《ふじん》を喪《うしな》ふ  腹《はら》を裂《さ》きて伏姫《ふせひめ》八犬子《はつけんし》を走《はし》らす
 肇輯《ぢやうしゆう》題目《だいもく》通計《つうけい》一《いち》十《しう》回《くわい》完《まつたし》

【口絵】
浪中龍門に上り去ことを得て 歎ぜず江河歳月の深を

 里見《さとみ》治部《ぢぶの》大輔《たゆう》義實《よしさね》

碓子尓《からうすに》舂忍光八《つきおしてるや》
難波江乃《なにはえの》始垂母辛之《はたれもからし》河尓加久尓世波《かにかくによは》 著作堂

 金碗《かなまり》八郎《はちらう》孝吉《たかよし》

周公恐懼す流言の日
王莽謙恭す士に下る時
若し當年にして身便ち死せ使めば
今に至りて真偽誰知ること有らん
白居易讀史の詩

 山下《やました》柵《さく》左衞門尉《さゑもんのぜう》定包《さだかね》
 神餘《じんよ》長挾《ながさの》介《すけ》光弘《みつひろ》が嬖妾《おんなめ》玉梓《たまつさ》

何事をおもひけりともしられしな えみのうちにもかたなやはなき 衣笠内府

 安西《あんさい》三郎《さふらう》太夫《たいふ》景連《かけつら》
 麻呂《まろの》小五郎《こごらう》信時《のぶとき》
 堀内《ほりうち》藏人《くらんと》貞行《さたゆき》
 朴平《ぼくへい》
 無垢三《むくざう》
 杉倉《すきくら》木曽介《きそのすけ》氏元《うぢもと》

深宮に飽食の獰を恣にし
毯に臥し氈に眠て慣れて驚かず
却て簾を捲く人に放出されて
宜男花下新晴に吠ゆ
元貢性之詩

 伏姫《ふせひめ》
 里見《さとみ》義實《よしさね》の愛犬《あいけん》八房《やつふさ》

正夢《まさゆめ》と置行《おきゆく》鹿《しか》や照射山《ともしやま》 東岡舎羅文

 金碗《かなまり》大輔《だいすけ》孝徳《たかのり》

「八犬子《はつけんし》髫歳白《あげまきのとき》地蔵《かくれあそび》之《の》圖《ず》」

平居恃むこと勿れ汝か青年なるを
此青年に趁て好く勉めよや旃
あげまきはあとだにたゆる庭もせに おのれ結べとしげる夏草 定家卿和歌

 犬山道松 犬飼玄吉 犬川荘助 犬田小文吾 犬坂毛野《けの》 犬村角太郎 犬江真平 犬塚信乃《しの》
 ヽ大《ちゆだい》和尚《おせう》

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曲亭家方賣剤畧目[乾坤一草亭]
○巻端半頁の餘帋あるをもて営生要緊の旨を録して恭しく四方の君子に告奉ること左の如し
家傳神女湯 一包百銅  こはこの作者が家傳の良方婦人諸病の神薬にしてわきて産前産後ちのみちに即功あり。
さるにより相傳五世に及て家に難産《なんざん》夭折《わかしに》の婦人あることなし。用ひやうはつばらにつゝみ紙にしるしつ。ちかき比はいよゝます/\その功《こう》抜群《ばつくん》自餘《じよ》の賣剤《ばいざい》にまされるよしにて求め給ふ君子少《すくな》からず。いと歡《よろこば》しきことになん。
つぎ虫の妙薬 一包六十四銅 半包三十二銅  婦人毎月つきやくになり給ふときつぎむしにいためらるゝに用ひて甚妙也。又産後におり物くだりかぬるによし。すべて月やく不順に功あり。
精製竒應丸 大包〔二百粒余入〕代弐朱 中包〔三十六りう入〕代一匁五分 小包〔十一粒入〕代五分 〔但五分より下小うり不仕候〕
世にきおふ丸夛しといへども製方等閑《なほさり》にしてやくしゆに極品をえらまざれは竒應丸の名ありといふともきおふ丸の功のうなし。こゝに製するところ薬種のあたひをいとはず分量《ぶんりやう》すべて法にしたがひ製法尤つゝしめり。是をよのつねの竒應丸にくらぶれはその功百倍《ばい》万倍也。
諸病針灸ほどこし療治 毎月七日 廾七日
是まで廾三日なりしを廾七日とす。朝四ッときより。所望の人々は入來せよ。いさゝかも謝物はうけ不申。こは孩児が宿願によりその師小坂先生出席点誌す。
右製藥弘所並に施療 江戸元飯田町中坂下南側四方みそ店向 瀧澤氏精製 [曲亭]
取次所 △大坂心齋橋筋唐物町南へ入 書林河内屋太介 △江戸芝神明前 書肆いつみや市兵衞
 ○招牌及報条能書必乾坤一草亭の印記あり此印なきは偽剤に係る

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