南總里見八犬伝 第四 荒芽山の巻
滝澤(曲亭)馬琴・内田魯庵抄訳(004)
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図は、里見八犬伝の内 義僕額蔵(「文化遺産オンライン」サイトから)
一 庚申塚の亂闘
犬塚犬飼犬田の三犬士が市川から六里の舟路を宮戸川へ遡つて神宮河原へ着き、この川中で寶刀を摺換へられた徃時を語り合ひながら行くと、
『大塚の荘官許の若檀那!』
と呼留められた。見ると河原で綱舟貸しを渡世とする矠平といふ老人で、
『荘官許でも飛んだ事でござつた。この騷動の最中。ドコへござらしやつた?』
『市川へ五六日遊びに行つて今戻つたところだが、變つた大事でも有つたかい?』
『そんなら何にも知んなさらねエか。變つた事にも何も大變な大騷動が持ち上りやした。まア俺の小屋へござらつしやい!』
と、それから三人を自分の家へ連れて行き、信乃が旅立ちした翌る晩、蟇六夫婦が陣代簸上宮六属役軍木五倍二に斬殺された事、濱路が左母二郎に誘拐されて圓塚山で殺され、追跡者の破落戸の三太郎も左母二郎も亦何者かに殺された事、大塚では宮六五倍二が蟇六夫婦を殺して立退かうとしたところへ丁度額藏が歸つて来て、即時に宮六を一刀に斬棄てゝ仇を報じて自訴して出たのを、逃出した卑怯者の五倍二や宮六の弟の社平は鷺を烏と言瞞めた抗告をして額藏を主殺しと誣ひ、己れらは殺害の最中偶然行合はした側杖の災難だと偽證してマンマと額藏に殺人を塗りつけ、新陣代と腹を合はして忠義の額藏を近々處刑するといふ顛末を逐一物語つた。
且陣代屋敷は圓塚山の殺傷をも額藏に背負はして餘類が有らうといふ見込で、こゝらあたりまでも捕吏を廻らしてあるから各〻方、別して犬塚氏は用心して大塚近くには立寄り給ふ勿と、矠平は更に言足して、幸ひ上州に由縁の老婆があれば、些と遠方ではあるが手紙を附けるから暫らく山家に忍ばれては如何にと慇に慫慂めた。
信乃を初め三人は他事無き矠平の親切を身に浸みて深く喜び、追ては好意に縋ることもあらうが、兎も角も大塚の容子を探り旁〻、先祖の墓参もしたいからと、矠平が頻りに危ぶんで留めるを數度謝しつゝ暇乞ひして別れた。暫らくは三人とも思ひも掛けない意外の凶變に人事の測るべからざるを痛感し、有餘る愛を胸に湛へて無言であつた、取別けて信乃は平生快からざる間とは云へ肉親の伯母ではあり、濱路は兎角に伯母夫婦に距てられたとは云へ互に心で許し合つた言號である、十數年来同じ屋根の下に起臥したものゝ非業の横死を耳にして目を閉つて聞かざる擬してはゐられなかつた。伯母夫婦は多年積悪の報つた自業自得で是非もなく、濱路の薄命は不便の極みであるが前世の宿業として斷念められない事も無い。たゞ額藏の不慮の災殃は總角からの友達ではあり、前世の宿縁ある義兄弟ではあるし、強慾無慈悲の伯父伯母をも一飯の恩を徳として即時に仇を報じてくれた義理もある。義に勇んで暴言汚吏を懲らしたのが賊名を被せられて刑架に上せられようとするを何でふ袖手傍觀してゐられよう。
『犬飼氏、犬田氏』と信乃は声を潛めて二人に向ひ、
『それがしは踏留まつて額藏を拯はうと思ふ。貴公らは一先づ行徳へ歸り給へ。』
『犬塚氏、足下は妙な分け距てをし給ふナ。』とニ人は満然として声を揃へ、
『マダ對面こそしないが、額藏は足下の為めにも義兄弟なら我々にも亦義兄弟。足下一人の手で拯はずとも我々兩人も力を仮さう。』と云つた。
こゝで三人心を合はせて額藏を拯ひ出さうと相談したが、萬事の支度をする為めドコかに足溜を定めねばならなかつた。犬塚は市川を立つ時から歸るツモリは無かつたので、陣代屋敷のお尋ね者となつてるを聞いては猶更大塚へは踏込めなかつた。豫てから目星を附けて置いたは、信乃が生れてからの守本尊と仰いだ瀧の川の辨才天の祠で、先づ寺へ行って住持に會ひ、首尾よく祈願を名として岩窟祠の参籠の許諾を得たので、こゝを根城として三人代る〳〵に――信乃は面を看識られてるから夜陰に――大塚の里に行つては其處此處で風聞を探つた。正しく矠平の話の通りで、里人は平生快からざる蟇六夫婦の非命を小氣味よく思つてゐるが、五倍ニ社平らの卑劣をも憎んで額藏の不連を氣の毒がつてゐた。が、新陣代の丁田町之進も宮六に劣らぬ佞奸邪智の小人で、同氣相求める五倍二社平らと心を併はしてるから迂闊額藏を辯護ひ立てする蔭言でも耳に入つたら、飛んだ連累を喰はないものでも無いと里人は皆恐れてゐた。傷ましいのは、毎日身の毛の戰立つ拷問に掛けられてるさうで、服罪してもしなくても遠からぬうち處刑になるといふ風説であつた。
愈〻七月二日には磔刑になると聞込んだのはそれから間もなくで、三士は刑場へ亂入して額藏を救ひ出す用意に掛つた。其の前夜、三人打連れて住持を庫裡に尋ね、愈〻今晩は満願成就であるから明日は早朝出發すると暇乞ひして参籠中の食料と布施物を寄進した。其晩はユツクリ熟睡して、朝になると草鞋脚半の身軽な扮装で、豫て準備した王子權現へ奉納の弓矢と竹槍を各自脇狭んで白々明けに庚申塚の刑場を指して出發した。

