読書ざんまいよせい(089)

巖窟王(下 その2)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

写真は、モンテ・クリスト島(Wikipedia から)

巖窟王 : 一五一 愈よ土曜日

愈々土曜日の夕、晩餐會の時は來た、場所は樣々の因縁の有る吹上小路廿八番邸、嗚呼此會を眞に巖窟島伯爵の大仕事の序開じよびらきとすれば、何の樣に始まツて何の樣に終るのだらう。

昔ドアンチン公爵は國王 路易るい十四世の目障りになると云ふが爲に一夜の中に大木の林を切平げ芝生の庭に造り替へて了ツたとの話がある、古來土木の工事で是れほど早く行つた仕事は無い、併し伯爵が此廿八番邸に手入を加へた早さも殆ど其れに匹敵する、門口かどぐちから玄關から庭木から室室の造作まで唯だ三日許りの間に悉く取替て誰が見ても今までの廿八番邸とは認め得ぬ程にした、書齋も出來た、盆栽室も出來た、球突場たまつきばも出來た、凡そ贅澤な紳士の別莊として一點の非難を加へる事が無い、併し唯だ二ヶ所だけ少しも手を着けぬ所がある。其れは昔H・N男爵夫人と云ふ素性の知れぬ未亡人が寢ねまとして居た一室から裏庭へ降りる階段までの總體と、蛭峰の手で私生兒を埋めたと云ふ裏庭の其の部分とである、イヤ實は此二ヶ所へも手を着けた、着けたけれども少し變更を加へぬのだ、昔 戸帳とばりの掛ツて居た所へ、其通りの戸帳とばりを掛け、昔芝草の茂ツて居た所へ其通りの芝草を植るなど、若し昔此 寢間ねまと此庭とを知つて居た人が今此の所へ來たならば、其頃の事を思ひ出さずには居られぬ樣に拵へたのだ。

ついでに記して置くが、此等の仕事一切を任せられて監督したのは家扶かふの春田路良助である、彼れは伯爵から渡された明細の差圖書を以て三日前に茲へ來た、其れだから此前々日に侯爵皮春博人と小侯爵皮春永太郎とがエリシー街の伯爵の本邸で父子の對面を遂げた時も彼れは伯爵の許に居なんだ、今以て彼の父子の事は知らぬ、のみならず顏さへも見た事が無いのだ、其れから此別邸へ來て以來、伯爵の差圖書と首ツ引をする樣にして綿密に監督し、到々豫定の時間通りに豫定の仕事を仕上げて其の他晩餐に就ての一切の準備をも調へ了ツて爾して伯爵のお出を待つて居た。

午後の五時半に伯爵は茲へ來た、爾して彼を從へて一切の設備を見廻ツた、實に彼れが伯爵に對するは犬が飼主に對するよりは猶ほ忠順である、伯爵の見廻る間、若しや茲が惡いとか彼所かしこ不可いけぬとか小言を云はれはせぬかと眞に戰々兢々の状であツた、やがて總體を見終ツて伯爵が「アヽ能く出來た」と下した一語に彼れは初めて重荷を取卸された樣に、ホツト安心の息をいた。

六時近くなると玄關に荒々しい馬の足音が聞えた、伯爵は直に出迎へて見ると來客の一人森江大尉である、大尉は打解けた言葉で「伯爵、先日貴方に戴いた此馬は天下の逸物ですよ、今來る道で、一時間に六哩を走ると云ふ段倉男爵夫婦の馬車を追拔き、續いて官房長出部嶺の馬をも拔きました、出部嶺は總理大臣が急使に用ふると云ふ名馬を借てゐますけれど此馬の樣な輕足は出ないのです」と滿面に嬉しさを湛へて居る、そもそも此馬に就ても一場の竒談がある、餘事ながら是もついでゆゑに茲に記して置くが、此時より一週間ほど前に催された競馬倶樂部の秋期競爭に誰の持馬とも知れぬ馬が出た、番組には「鬼小僧」と云ふ名が附いて居たけれど、何處の牧場で産し、何の樣な快速力を持つて居るか巴里中の博勞にさへ一人も知る者が無い、見物は勿論審判者までも怪しんで居るうち、愈々出場と爲ると、十六七の男裝した女では無いかと疑はれる華奢な騎手が之に乘り、名高い駿馬のみの一列を追拔いて、金牌を初めとして、當日第一等の名譽ある大賞品を占斷した、滿場の驚きは云ふ迄も無かツたが、見物の中に一人、最も尊敬せられる某貴婦人が居て、深く贔屓の心をおこされ特に「鬼小僧」の騎手に逢ひ度いと所望された、けれど騎手は馬と共に掻消す如く姿を隱し、更に尋ねるよしも無かツた、所が其夜、其貴婦人がやしきへ歸られて見ると、彼の馬の得た金牌が、呈上品として其許に屆いて居た、實に合點の行かぬ爾して面白い事柄なので、其後此話が上流社會の一の佳話かわとして口から口に傳はツた、けれど翌日になると大抵の人が此事を目下名高い巖窟島伯爵の好謔いたづらだらうと言囃す事になつた、伯爵で無くて誰が此樣な名馬を持ち得た賞牌を惜氣も無く人に與へなどするものか、殊に一人、確に伯爵の仕業しわざと見破り得た者がある、其れは外でも無い彼の野西武之助なのだ、彼れは初めて鬼小僧の名を聞いた時、忽ち羅馬の山賊を思ひおこし伯爵の馬と氣附き、爾して更に華奢な騎手のりての顏を見て其身が戒食節かあにばるの終後の夜に美人と思ふて馬車に同乘し、胸のあたりへ短銃ぴすとるを差し附けられた其の少年である事を知つたのだ、此の一條の事件の爲にも伯爵の名が高く爲つたは勿論であるが更に本統の事を云へば此の武之助の推量さへも未だ事實を盡しては居ぬ、實は巖窟島伯爵が自分の大仕事の運動の爲に駿足の馬を幾頭も要するので兼て鬼小僧へ馬の周旋を命じて有る、即ち此馬も彼が伯爵へ遣ひ物として寄越したのだが、丁度競馬の前日に此の巴里へ着いた爲め、彼れは幸ひに其の駿足な事を事實の上に證明して伯爵のお目に留まらせて樣と思ひ、假りに「鬼小僧」と名を附けて競馬に出したのだ、伯爵自身は其時までも知らなんだのだ、併し此樣にして得たものを喜んで我物としては鬼小僧の出過ぎた振舞を奬勵する樣にも當るから、金牌は此馬の勝利を喜ばれた貴婦人に贈り、馬は兼て駿足の得難いことを嘆じて居る森江大尉に遣つて了ツた。

其れは扨置さておき、森江の嬉しげに云ふ言葉を聞き伯爵は、「フム其れでは出部嶺や、段倉夫妻も程無く來ますね、シタガ蛭峰氏には遭ひませんでしたか」と問返した。

巖窟王 : 一五二 掌中から何か紙切

森江は答へた「ハイ蛭峰氏には遭ひませんでした」肝腎の此會へ蛭峰が來なくば大變であると巖窟島伯爵は氣遣ふた、併し能く思へば昨日 の通り釘を打つて置いたのだから來ぬ筈は決して無い、森江「併し伯爵、猶だ約束の時間より五分ほども早いではありませんか、刻限にはきつと來ますよ、唯私丈は馬の駿足を試し度くもあり且又誰も來ぬ間に貴方へお話し申し度い事があつて、其れで此通り急いで來たのです」伯爵「エヽ私へ話し度いとは」森江「ナニ、私の妹と其の夫江馬仁吉が、毎日の樣に貴方の事ばかり言暮してゐますから、何うか此後ともお暇のある毎に必ず尋ねてお遣り下さる樣に願ひ度いのです」是れ伯爵に取つては願ふたり叶ふたりと云ふものである、伯爵は江馬仁吉夫婦の家を此世に唯だ一つの清淨な家庭と爲し今までも折さへあれば尋ねてゐる上に、猶ほ此後も爾う仕たいのである、伯爵の顏には嬉しげなる笑が見えた「其の事ならば私の方で望む所だとお傳へ下さい」

言葉のわづかに終る所へ又二頭の馬が着いた、是は出部嶺と砂田伯である、二人が馬を下るが否や又着いたのは段倉夫妻の馬車である、之には先頃伯爵が一旦買取つて直に返した彼の栃色の馬二頭が附いてゐる、此馬車が止まると見るが否や出部嶺は直に其窓に近づき手を出して段倉夫人を之にすがらせた、夫人はすがりつゝ誰にも知さず自分の掌中から何か紙切の樣なものを出部嶺に握らせた、其の技の早い事は全く誰の目にも留まらなんだが、唯だ巖窟島伯爵の烱眼のみには見て取られた、伯爵はひそか點首うなづいた「アノ早い所を見ると兩人ふたりの間に永く仕慣てゐる事と見える、現在夫の目の前であだし男と平氣で密書の遣取りをするとは、爾だ此樣な不義の樂しみが持つて生れた彼の夫人の癖かも知れぬ」夫人に續いて段倉男爵も馬車から出た、彼の顏色はいつも赤味ばしツて活々いき〳〵してゐるのに、今日に限つて殆ど土の樣である、其の仔細は問ふに及ばぬ、昨夜から今日へ掛けて、運の神、た福の神たる自分の妻の爲に株式市場で二百萬圓からの損を蒙らされた爲である、實際の損は二百萬圓でも、彼の西國すぺいん公債を賣らずに居たなら確に二百萬圓儲かる所で有つたのだから、其取逃がした儲けを加へると四百萬の損である、何れほどえらい相場師でも一朝に四百萬圓の損は顏色に現はさぬ譯に行かぬ、して段倉の如き既に充分の位地が出來て、公債と云ふ樣な手堅い物の買占にのみ着手し最早相場師と云はれにほどに手を締め極確實に遣つて居る者の身に取つては、殆ど囘復の道の無い大打撃である。

伯爵は氣味能く思ふ心を隱して彼れを迎へた、爾して是より此人々に、盆栽室から美術室などを示したが、全く伯爵の富の度には誰も驚かぬ事は出來ぬ、壁に掛けた一枚の畫といへども、床に飾ツた一塊の置物といへども、皆其れ〴〵に有名な來歴が有ツて、或は朝廷が所望したけれど持主が手放さなんだとか、或は餘り高價の爲に博物館が買入れ得なんだとか云ふ如き品のみである、一應是等を見終ツて、客室へ歸ツた時、取次の聲として「皮春侯爵及び皮春小侯爵がお見えに成りました」と聞え、聲と共に金色燦然たる勳章四五個を胸に飾ツたぎこちない老軍人と紅顏の一美少年とが入つて來た。

伊國いたりやの古い貴族名鑑を見た人なら、誰も皮春と云ふ一族が何れ程に舊家であるかは無論知つて居る、一同は此名を聞いた丈で多少の尊敬の念を生じた、中に段倉は伯爵に向ひ「皮春とは伊國いたりやの皇族から出た家筋だと云ひますが財産は何うですね」と問ふた、伯爵が聊か嘲る樣に「伊國いたりやの貴族には貧乏が附物では有りませんか、歳入がわづかに五十萬圓ですもの」歳入五十萬圓の貧乏とは驚く可しだ、大金滿家と自信して居る段倉自身よりも富んで居る、段倉は胸に思ふた「フム此伯爵が、斯う嘲る樣に云ふ所を見ると、必ず財産に於て此伯爵と雄を爭ふほどの敵なんだな」、と爾して又問ふた「何の爲に此巴里へ來たのでせう」伯爵「生意氣に金を使ひに來たなどゝ云つて居ます、ナアニ親代々の儉約家ですもの、使ふと云つたとて、幾等使ひますものか、併し彼れの財政上の事は私より貴方が能く知つて居ませう、一昨夜私が逢つた時、段倉銀行を指定されて居るが確實だらうかなどと聞きました、其だから私は今夜貴方が爲に彼を招いたのです」傍に居た段倉夫人は浮氣な性分の常と見え「アノ小侯爵と云ふ方は大層美しい方ですねえ」伯爵「ハイ彼は此國の學校で先日まで修業して居たのですからおやぢよりは幾等か金を使ふ道も知て居ませう、何でも巴里で妻を搜すのだ相です」段倉夫人「アレア小子爵より餘ツぽど男が好いでは有りませんか」小子爵とは自分の娘夕蝉の婿として見立てゝある野西武之助の事である、早や武之助より此永太郎に乘替へたい心を起したのかも知れぬ、伯爵は腹の中で滿足に堪へぬ「兎も角も小侯爵の肩書丈けで、諸所の令孃逹に目を附けられませうから、一月と經たぬうちに令夫人の候補者が一ダース位は出來ませう」と煽り立てる樣に云ふた、此時又も取次の聲が聞えた「蛭峰氏及び令夫人がお見えになりました」

巖窟王 : 一五三 荊の路、針の蓆

全く蛭峰と其妻との馬車が着いた、客一同は玄關の方を見た、此時其の馬車より出る蛭峰の顏は、先刻段倉の顏の青かツたよりも更に青い、殆ど幽靈の樣に見える、アヽ彼れは廿年目に我が舊惡の地を踏むのである、人に疑はれまいと思ふだけ益々心が萎縮いぢけるのだらう。

巖窟島伯爵は、此状を見て思ふた「此樣な所になると、男より女の方が餘ツぽどズウズウしい、女は未だ顏色さへも變へずにうまごまかして居る」女とは誰を云ふのか讀者にはほゞ見當が着いて居やう、兎も角も是で客の數は揃ふた、段倉夫妻、蛭峰夫妻、皮春侯爵父子、砂田、出部嶺、森江之に主人伯爵を合せて十人の晩餐會である、何しろ伯爵の催しだから定めし馳走の獻立も亦非凡だらうと、一同はひそかに食堂の開くを待ちつゝ思ひ〳〵に或は窓より庭を覗き、或は打群て雜談などする間に、伯爵は一寸と次の室に退き家扶かふ春田路を呼び寄せた、爾して彼に向ひ、何氣も無き小聲で「食堂の用意は好いのか」春田路「ハイお客の數はお揃ひに成つたでせうか」伯爵「揃ツたか揃はぬか自分で數へて見よ、おれを除いて九人だと言つて置いたぢや無いか」言葉に應じて春田路はソツと座敷を覗いたが、忽ち顏の色を變へて「アヽの夫人、の夫人」と、打驚いて身を退いた、伯爵「何だの夫人とは、何を其樣に驚くのだ」春田路は猶も驚きの鎭まぬ聲で「アノ大層 華美はでに着飾つて、柱の傍に立つて居るの若作りの夫人です、れが昔此家に居た姙娠の未亡人です、私が此家の庭から掘出して育てたと先日お話し申しました辨太郎の母親です」と段倉の妻を指さした、けれど伯爵は驚かぬ、充分爾と知ツた上に唯だ念のため春田路に見させたのだ「餘計な事を云はずに先づ一々數へて見よ」春田路は再び首を出して見直した上、「彼は確に私の短劍にたおれましたのに、其後で蘇生したのでせうか」伯爵「春田路、コルシカ人の復讐ベンデタ肋骨あばらぼねの六枚目と七枚目の間を刺すに極つて居るにの、其方は手練の足らぬ爲め外の所を刺したのだらう、其れだから彼が生返ツたのだ、其れとも其方が刺したと思ツたのは、或は疲れ寢の夢で有つたのかも知れぬ、サア早く數へぬか」

春田路は三たびかうべを出して數へたが、最後の九人目に到り、今度は殆ど尻餠をかぬ許りに飛び退さがツた、「人間 わざでは有りません天運です、天運です」伯爵「其方は何を云ふのか」春田路「辨、辨、辨太郎が彼處あすこに居ます」伯爵「小侯爵皮春永太郎君を辨太郎などと無禮な事をいふな、客數が滿ちて居れば、早く食堂を開く樣に差圖せよ」

廿年前の同じ家に、同じ密夫みつぷ密婦みつぷ而も此間に出來たる同じ私生兒の辨太郎まで茲に揃ふとは春田路の目に天運の循環と見えるのも無理は無い、けれど彼は伯爵に對して犬よりも從順である、食堂を開けといふ嚴かな命令に返す言葉も無く縮み込む其のまゝ引下つた、後に伯爵は再び客の間に出たが、是より五分間ばかりを經ると又も春田路が閾の所へ現はれた、彼は必死の想ひで自分の心を制して居ると見え、確では有るけれど少しも餘韻の無い聲で「食堂が開けました」と報じて去つた、伯爵は其 みづから直ちに蛭峰夫人の手を引き「サア皆樣食堂へ參りませう」といひ、特に蛭峰に向つては「サア蛭峰さん、貴方が段倉夫人の手を引てお上げ成さい」蛭峰は身震ひしたけれど、無言で其言葉に從ふた、アヽ當年のH・N夫人、同じ密夫みつぷの其人に手を引かれて食堂に歩み入るとは、引く人、引かれる人、共に何の樣な想ひがするだらう、とげの路、針のむしろとは、此樣なもので有るまいか。

巖窟王 : 一五四 食堂

食堂に入りても矢張り蛭峰と段倉夫人とを並べてすわらせた、爾して巖窟島伯爵は絶えず二人の顏色を讀む事の出來る樣に、其の前に座を占めた。

勿論食堂の贅澤は云ふの及ばぬ、何一つ來客を驚かさぬは無い程であつた、其中で一例を記せば、獻立の中に露國ろしやのオルガと伊國いたりやのフサロ湖より外では得られぬ魚があつた、露國ろしや産の方は世界の食物通を以て自任する砂田伯が看破し、伊國いたりや産の方は皮春侯爵が心附き、何うして其の樣な遠國ゑんごくから取寄せたかと客一同の大疑問とは成ツたが伯爵はたゞちに給仕長を呼び、二ふたつの大樽を客の間にかつぎ出させた、樽の中には猶だ雙方の魚が雙方の湖水の特種なる藻と共に活活いき〳〵して泳いでゐる、伯爵は説明した「一個ひとつの樽に八人の人夫が係ります、露國ろしやの方からは十二晝夜、伊國いたりやの方からは四晝夜、二時間毎に人夫を取替晝夜の別無く急がせて取寄せました、幾等此魚が強くても樽の水では二週間以上活きてゐる事は出來ません」客一同は返事が出なんだ、唯だ九人の客の爲に爾まで手を盡す贅澤は歴史の上にも曾て無い、更に伯爵が「ナニ是れは皆樣の爲に故々わざ〳〵取寄せた譯では無く、常に私は自分の膳に上る品を世界の各地から取寄せてゐるのです」と言譯するに及んで食物道樂の砂田伯は埀涎萬丈と云ふ景状ありさまで「其れ許りは羨ましい」と嘆じた。

必然の結果として話は伯爵の贅澤を襃立る一點に集まツた「イヤ若も伯爵の命令が其の下僕しもべに行はれる樣に裁判所の命令が快速に行はれたならば、私は世の中に罪人と云ふ者を一人も無い樣にしてお目に掛ますけれど」といつたのは蛭峰である「此のお座敷の工事などもドアンチン侯爵以來の早さでせう、何でも三日か四日の間に修繕を成さつたと思はれます」之は出部嶺の口から出た、砂田伯「何から何まで嘆服たんぷくの外は無い、實は私も此家を、數年前に持主の米良田伯が賣物に出したと聞いた時、買ふ積りで見に來ましたが、餘り荒れてゐて化物でも出るか、或は舊い犯罪でも潛んでゐるかと疑はれる程でしたから匆々に立去りました」偶然にも舊い犯罪との語が出たので蛭峰の顏を異樣に曇つた。

「オヤ此のやしきの持主は米良田伯でありましたか」と問ふたのは森江大尉である、米良田伯ならば自分と思ひ思はれてゐる蛭峰華子孃の母方の祖父に當ると知つてゐるから何と無く聞いて見たいと見える、伯爵「イヤ一切家扶の者が買取の手續きを濟ましたので私は誰が持主だか今までも知りませんでしたが、さては米良田伯でしたか」と蛭峰に向ツて問ふた、蛭峰は詮方せんかた無く「ハイ實は米良田伯が私の娘華子の婚資の一部分に充てよとて私へ托してありましたが私も更に公證人へ托して置きましたから、誰が買取つたのか知りませんでした、併し華子の婚禮も愈々近く成りましたので、私は買手の有つたのを喜んで居たのです」今度は森江大尉が顏色を變へた、華子の婚禮が近づいたとの一語に、全く口さへ開けぬ事になツた。

砂田伯は猶も犯罪論を繰返して「確に私は幽靈の出る家だらうと思ひました、若し大檢事の嶽父しうとの持家で無かツたならば誰とても此家に犯罪の有つたのを疑ひますまい、其を何うも斯まで陽氣な家に作り替て了ふとは益々伯爵の手腕が分るでは有りませんか、ねえ、蛭峰君」犯罪論は全く伯爵の手際を引立たせる爲の下染であツた、蛭峰は返事が出ぬ、彼の夫人が之の答へて「爾ですとも、伯爵のお手が障れば犯罪の場所でも幽靈の家でも直に極樂園の樣になります」

話の中に晩餐會は終り、更に席を他へ移す可き時とは成ツた、伯爵は今の話の緒口いとぐちらへて「イヤ私とても買取つてから初めて見た時は、犯罪だか幽靈だかいづれにしても深い因縁の籠つて居る家だらうと云ふ樣な氣が致しました、其の中にも一個ひとつ、貴婦人の寢室にでも用ひたかと思はれる室がありますがね、とばりが埀れて居まして、何んと無く凄い樣な感じをおこさせます、餘り不思議ですから私は他の人も其室を見れば同じ感じがするだらうかと思ひ、元の儘にして手を着ずに置いてありますが、今夜は皆樣に其室を見て頂きませう」といひ、更に蛭峰に向ひ、貴方は此家を托されて居たとしても御自分で見た事はありますまい、犯罪には始終しよつちゆう直接なさる御職業ゆゑ、其室を見たとても吾々の樣に、異樣に神經を騷がせる樣な事はありますまいけれど先づ一緒の御覽下さい、イヤ段倉夫人も共々に、サア皆さん行きませう」一同は伯爵の後にしたがつて座を立ツた、唯だ蛭峰と段倉夫人はあたかも其席に釘附けにせられた状である、異樣に恐れを帶びたまなこで互に問ふ如く顏と顏を見合せた。

巖窟王 : 一五五 罪の深い或品物

顏見合せた段倉夫人と蛭峰との心持は何の樣だらう、眞逆まさかに伯爵が自分等の舊惡を知つてわざと自分等を其舊惡の室へ連れて行く者とは思はれぬけれど、家中の室を悉く見違へる程に作り直しながら唯だ其舊惡の室のみ殊更に昔の儘に存してあるとは、偶然にしては餘り異樣だ、夫人の方は終に細語さゝやいた「餘り妙では有りませんか」實に妙だ、併し蛭峰の方は氣が確だ「恐れる状を示して疑ひを招くは愚の至りです。何事もありますものか、サア行きませう」とて大膽に夫人の手を取り、此室を出た。

室の外には猶ほ伯爵が待つて居て、恭々しく此二人を遣過ごして後に立ツた、伯爵の顏には笑が浮んで居る、此笑を二人は唯だ伯爵の愛嬌の外に猶意味のある事を看破し得たなら、二人とも身振ひする所だツたかも知れぬ、やがて一同は彼の室へ集ツたが唯だ段倉男爵だけは彼の皮春侯爵を連れて喫煙室に入ツた、其の仔細は彼れ早や此の侯爵を驚く可き金滿家と見て、特別の懇意を結び資本を引出さうと言ふ目算なのだ、其の説く所は侯爵の領地だらうと思はれる伊國いたりやのフロレンスからレグホン港へまで鐵道を敷く計畫である「此鐵道を布けば、株だけでも餘ほど儲かります」と言ふのが彼れの聲で「私は金を儲ける事は面倒で嫌ひです」と答へるのが侯爵の聲だ「侯爵は伯爵の差圖を能く呑み込んで仲々旨く掛引して居る、言葉も行ひも最早金といふ事の必要を感ぜぬほどの大金持らしい、段倉は益々勉める許りだ。

此方こなたの室では客一同が「成るほど陰氣な室ですねえ」とか「室總體に何だか歴史的の趣味があります」とかうまく伯爵に相槌を打つて居るが、唯だ蛭峰と段倉夫人のみは無言である、無言も道理や餘りの事で聲が出ぬのだ、室の中に唯だ茫乎ぼんやりと一個の燈火ともしびが點ツて居る、是れが昔蛭峰とH・N夫人の姿を照らした蘭燈らんとうである、置かれた場所までも同じ事だ、爾して壁には、何の飾氣も無いが二個ふたつの繪額が掛ツて居る、是れも昔のを其儘だ、伯爵は此額をゆびさして「此室の中で何の樣な事が有つたか、其れを見て居たのは此額の中に人物のみでせう、名覽ごらんなさい此人物の顏が何だか『隱したとておれが知つて居るぞ』と云ふ樣に見えるではありませんか」と、特に段倉夫人の方に向ツて云ふた、夫人は蛭峰と共に知らず〳〵逡巡しりごみして閾の外に出た、茲に至つては「恐れる状を示して疑ひを招くのは愚の至りです」との約束も其功が消えたと見える。

伯爵も身を轉じて外に出た「併し皆樣、室の中の陰氣なのは此の裏梯子に及びません、時々茲から忍び男でも出入した樣に見えるでは有りませんか」忍び男を聞いて、今度は段倉夫人のみか蛭峰の顏まで變つた、出部嶺や砂田伯などは何事とも知れぬけれど唯だ伯爵の言葉に釣込まれ「左樣さ、何うしても忍び男の出入道です」と砂田伯がいへば「爾すると今の室には何々夫人といふが閉ぢ籠つて居た樣に思はれます」と出部嶺はいふた、伯爵は又段倉夫人に向ひ「貴女は何とお思ひです、若しも忍び男が夜の夜中に、罪の深い或品物を小脇に挾み、神に隱すことは出來ずとも人目にだけは見られまいと、大事を取つて一段づつ此梯子を降つたと想像すれば、何だか其の状が目に見える樣ではありませんか、今も其の忍び男が此邊に居る樣な氣が致します」

夫人は聞くに堪へ得で、重く蛭峰の腕にたふれ掛つた、面色は土の如しである、氣絶では無いけれど殆ど氣絶の際に逹したのだ、第一に驚いたのが出部嶺である「段倉夫人、何うか成されましたか」夫人は必死の想ひで身を引起し、「イヽエ、少しも、少しも」と元氣を示した、蛭峰はたしなめる樣に伯爵に向ひ「貴方が餘り氣味の惡い想像話を成される者ですから -- 」伯爵は詫入る樣に「之は全く濟みませんでした、イヤ段倉夫人、何も此梯子を忍び男のみが上つたと云ふでは無く定めし醫者だの看護婦なども上つたでせう、生れた許りの可愛い罪の無い赤兒も此梯子から抱卸されたでせう」赤兒の一語は、わづかに殘つて居た一縷の生氣を段倉夫人から奪つて了つた、夫人は全く氣絶した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA