読書ざんまいよせい(088)

巖窟王(下 その1)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯
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2004年 10月 28日初配布
2004年 11月 07日第02刷
2026年 6月 22日第03刷(全面的に UTF 化とルビ文字化)

【リソースサイト】
http://www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/ (現在は、リンク切れ)

【著作権表示】
私訳(元編集者 osawa さん)のテキスト
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著作権が切れたテキスト
(中略)著作権が切れたテキストは、自由に配布していただいてかまいません。ただし誤植チェックに関してはまだ不十分です
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【テキスト中に現れる記号について】

ルビ
(例)巖窟島いわやじま

〳〵, 〴〵: 踊り字
複数文字の繰り返しを意味する。
(例)思ひ〳〵=思ひ思ひ。其れ〴〵=其れ(それ)其れ(ぞれ)。

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巖窟王 : 目次

「巖窟王」下卷について
「巖窟王」上卷 梗概
下卷 主要人物
一三三 華子さん、華子さん
一三四 垣の此方と彼方
一三五 一條の約束
一三六 彼です彼です
一三七 其片割のH・N夫人
一三八 侯爵と小侯爵
一三九 半老人
一四〇 尚々書
一四一 一攫の砂
一四二 上には上が
一四三 ソツと次の室
一四四 親子の對面
一四五 被害者の資格
一四六 心得ました
一四七 空前の竒觀
一四八 公證人
一四九 婚姻政略
一五〇 運の神、福の神
一五一 愈よ土曜日
一五二 掌中から何か紙切
一五三 荊の路、針の蓆
一五四 食堂
一五五 罪の深い或品物
一五六 此伯爵は大變者
一五七 乞食
一五八 年金とは幾等
一五九 妻の室に飛で行つた
一六〇 二ケ條の宣告
一六一 濃い覆面の一婦人
一六二 證據が有ります
一六三 聞かせて下さい
一六四 紋の片割
一六五 油斷の出來ぬ強敵
一六六 警視總監から
一六七 特務巡査
一六八 僞りの動物
一六九 其記念が鮮かです
一七〇 肝腎の記憶の筋
一七一 死、生、疑
一七二 廿餘年前の彼は
一七三 盆栽架
一七四 氣味惡く聞える節
一七五 蛭峰家 二
一七六 蛭峰家 三
一七七 蛭峰家 四
一七八 蛭峰家 五
一七九 蛭峰家 六
一八〇 未熟な男で無い
一八一 言葉は明々白々
一八二 賣國奴の一項
一八三 歌牌が出來ました
一八四 一城の主の姫君
一八五 決鬪の條件
一八六 蛭峰家 七
一八七 蛭峰家 八
一八八 蛭峰家 九
一八九 蛭峰家 十
一九〇 蛭峰家 十一
一九一 蛭峰家 十二
一九二 蛭峰家 十三
一九三 其實、本統の父
一九四 最う一ヶ月ぐらゐ
一九五 曲者 一
一九六 曲者 二
一九七 曲者 三
一九八 曲者 四
一九九 一册の始末書
二〇〇 大活劇の幕開
二〇一 議場空前の光景
二〇二 總身の剛ばツた樣に
二〇三 委員會 一
二〇四 委員會 二
二〇五 委員會 三
二〇六 委員會 四
二〇七 翌日の午後
二〇八 彼の仕業
二〇九 伯爵だ伯爵だ
二一〇 母への孝行
二一一 眞に潛々と
二一二 母の情
二一三 お相手に成りませう
二一四 命と命の取換
二一五 友太郎とお露 一
二一六 友太郎とお露 二
二一七 友太郎とお露 三
二一八 友太郎とお露 四
二一九 友太郎とお露 五
二二〇 死の前夜 一
二二一 死の前夜 二
二二二 死の前夜 三
二二三 決鬪場 一
二二四 決鬪場 二
二二五 決鬪場 三
二二六 一家離散の時
二二七 父將軍は何處へ行つた
二二八 我家からの落人
二二九 將軍と伯爵 一
二三〇 將軍と伯爵 二
二三一 將軍と伯爵 三
二三二 又も蛭峰家 一
二三三 又も蛭峰家 二
二三四 又も蛭峰家 三
二三五 段倉家 一
二三六 段倉家 二
二三七 段倉家 三
二三八 段倉家 四
二三九 段倉家 五
二四〇 段倉家 六
二四一 落人 一
二四二 落人 二
二四三 落人 三
二四四 落人 四
二四五 誰の身の祕密が
二四六 華子 一
二四七 華子 二
二四八 華子 三
二四九 華子 四
二五〇 段倉の笑顏 一
二五一 段倉の笑顏 二
二五二 大尉と伯爵 一
二五三 大尉と伯爵 二
二五四 大尉と伯爵 三
二五五 十月五日まで
二五六 獅子の穴 一
二五七 獅子の穴 二
二五八 死刑臺か毒藥か
二五九 裁判 一
二六〇 裁判 二
二六一 裁判 三
二六二 裁判 四
二六三 裁判 五
二六四 裁判 六
二六五 斷末魔 一
二六六 斷末魔 二
二六七 斷末魔 三
二六八 斷末魔 四
二六九 結末 一
二七〇 結末 二
二七一 結末 三
二七二 結末 四
二七三 結末 五
二七四 結末 六
二七五 結末 七
二七六 結末 八
二七七 結末 九
二七八 結末 十
二七九 結末 十一
二八〇 大團圓

巖窟王 : 「巖窟王」下卷について

主人公 巖窟島いわやじま伯爵の復讐は、これよりいよ〳〵大アレキサンデル・デュマの眞に驚嘆すべき構想のもとに着々と實現されて行きます。

蛭峰の祕密を握る春路田辨太郎の其後。又蛭峰夫人の毒物學への異樣な興味は今後如何なる運命を捲起すことでせう。

眞太郎との戀のため、毛脛けすね安雄との婚約に惱む華子に、野々内彈正が示した彼の父毛脛將軍怪死の眞相。又着々と進行する野西將軍への復讐に、遂に武之助と決鬪を餘儀なくされた伯爵に對し、初めて一日として忘れ得なかつた昔懷しい『友さん』の呼び名を叫んで命乞する露子夫人の切々胸を打つ言葉は、讀者諸君をどんなにか深い感動にみちびくことでせう!

そして眞に此の作者の天馬空を行く想像力と、千變萬化を極むる構想力。それに譯者涙香の流るゝ如き麗筆の魅力には思はず驚嘆の叫びを擧げられることでせう。是非共下卷を御期待下さい。

巖窟王 : 「巖窟王」上卷 梗概

まだナポレオンがエルバ島に幽閉されてゐた一八一五年二月二十四日、土地の有力者森江氏の持船巴丸が永い航海を終へてマルセーユに入港した。この船の船長代理をつとめてゐた團友太郎は、懷しい父親、そして美しい婚約者お露の待つ故國の土を胸躍る思ひで踏んだのである。

友太郎の歸りを待ちわびるお露にかねて戀してゐた彼女の從兄の次郎は、友太郎に船長の地位をうばはれた古參の船員段倉と共に彼の幸福が妬ましくてならなかつた。その夜、段倉は水夫逹の集まる酒場に次郎を誘ひ、二人共謀して友太郎がエルバ島からナポレオンの密書を携えて來てゐるとの密告の手紙を書いて投凾した。

マルセーユの若い檢事補蛭峰は皇帝からの密書が彼の父野々内彈正宛になつてゐたのでひどく驚き、父を助ける爲と自からの出世の爲、その手紙を燒き捨てさせ、婚約祝ひの席から逮捕した友太郎を永久に陽の目の見られぬデイフ要塞に幽閉してしまつた。

岩の牢獄に絶望の幾年かゞ過去つた或る日のことである。彼は獄の奧から聞えるかすかな物音に氣がついた。これは同じく無實の罪で幽閉された梁谷法師の破獄の音であつた。かくて彼は伊國獨立運動の先驅者であり博學多才な法師と相知ることゝなり、二人は共力して新たに破獄の計畫を進めることゝなつた。

二人の親交は日に日に深まつて行つた。法師は彼の持てる智識のすべてを愛する友太郎に授けることに全力を盡すことゝなつた。しかしこの破獄の計畫も遂に法師の持病の再發によつて中止の止むなきに至つたが、この悲しむべき出來事の中に見出した友太郎の眞情に、法師は初めてモンテ・クリスト島にかくされた財寶の祕密を打明け、再度の發病に死んで行つた。悲しみに打ちのめされた友太郎は、フト思ひ着いたまゝ法師の死體の身代りとなつて袋に入り、獄卒の手で海中深く投込まれた。しかし幸ひにも附近を航行する密輸入船に救はれ、かくて待望のモンテ・クリスト島に上陸する日が廻り來たつた。

法師の云ひ殘した祕密は眞實であつた。彼は遂に島の洞窟の中に巨億の財寶を見出したのである。思ひもよらなぬ幸運の惠まれ、今は何者をも恐れるもののなくなつた彼は、この永い年月自分を苦しめた人々への復讐を固く心に誓つたのである。

かくて自由の身となつた彼は先づ、僧侶に身を變えて、毛太郎次の營む旅宿に現はれ、彼の口から父の死の眞相、そして次郎がお露と結婚し今は時めく伯爵野西將軍となつてゐること、又段倉が巴里の金融界を一手に握る大銀行家となつてゐることなどを聞き出した。そして昔し深い恩を受けた森江氏が零落し破産に瀕してゐるのを知り、これを助け、大なる計畫の準備のため東方の旅へと姿を消した。

又して數年の月日流れ去つた。この時、突如としてローマの社交界に巖窟島伯と名乘る一紳士が現はれた。彼れこそ友太郎の復讐の準備成つた再生の姿であつた。彼は巧妙な計畫に依り野西將軍の一人息子武之助の命の恩人となる機會を掴んだ。そして武之助の感謝の招きに應じ遂に待望の舞臺巴里にその姿を現はすことゝなつた。息子の紹介に初めて相見る伯爵とお露。お露は流石に伯爵の中にかつての婚約者であり一日として忘れ得なかつた友太郎の面影を見出して蒼白となつた。

巴里到着第一日にして野西家の深い信任を得た伯爵は、その持てる無限の財力を自在に用ひて第二日目には舊敵段倉一家とも親交を結ぶことが出來た。そしてその三日目にはかつてのマルセーユの若き檢事補、今は時めく巴里の檢事總長蛭峰家との交際が初められた。果して彼はこれ等の交際の中に何を計畫してゐることであらう。

復讐の機は刻々と近づきつゝある!

巖窟王 : 下卷 主要人物

巖窟島いはやじま伯爵(モンテ・クリスト伯)
  本名 團友太郎(エドモン・ダンテス)數竒の運命とたゝかいぬく本篇の主人公。
野西のにし將軍(モルセール將軍)舊名 次郎(フエルナン)
  スペイン村の漁師出。後西班牙戰爭の功あつて野西子爵となる。
野西夫人お露(メルセデス)
  かつての友太郎の許婚者、友太郎の入獄後次郎と結婚す。
野西 武之助たけのすけ(アルベール・ド・モルセール)
  次郎とお露の間に生れた一人息子。若き子爵。
段倉だんぐら 喜平次きへいじ(ダングラール)
  かつては森江氏持船巴丸の會計主任。後次郎と共に西班牙戰爭で巨利を博し大銀行家[と?]なる。
蛭峰ひるみね重輔しげすけ(ヴイルフオール)
  かつてはマルセーユに於ける檢事補。後累進して現在檢事總長。
野々内ののうち彈正だんじやう(ノワルテイエ)
  蛭峰の實父、かつてはナポレオン黨の有力な鬪士[。]現在は全身不隨となり華子の看護を受けてゐる。
華子(・アランテイーヌ)
  蛭峰夫妻の娘。森江眞太郎。と相思の間にあり、毛脛安雄との縁談に惱んでゐる。
森江もりえ眞太郎(マクシミリヤン・モレル)
  友太郎の舊主森江氏の長男にて陸軍大尉。
毛脛けすね安雄(フランツ・デビネー)
  かつてナポレオン黨に暗殺せられた毛脛將軍(ケネル將軍)の一子。若き男爵。
鞆繪姫ともゑひめ(エデ)
  ギリシヤ、ヤミナ城主 有井宗隣アリ・テブランの娘。奴隸に賣られてゐたのを巖窟島伯爵により買戻さる。
皮春かわはる永太郎(アンドレ・カ・ルカンテイ)本名 辨太郎(ベネデツト)
  蛭峰若き日の不義の子。巖窟島伯爵の復讐の手段に使はれ、この名稱をつけらる。
春田路はるたじ良助(ベルツツチオ)
  コルシカ生れにて密輸入等を業としてゐた。辨太郎の育ての親、後巖窟島伯爵に救はれ家扶となる。
粕場かすば毛太郎次けたろうじ(カドルツス)
  かつては友太郎の友人、後旅宿尾長屋の主人となつてゐたが、殺人其他の罪を犯し幾度か入獄す。

巖窟王 : 一三三 華子さん、華子さん

大なる仕事の爲め幾年幾月、身を練り膽を鍛へ、石心鐡腸の人と爲つた巖窟島伯爵の如きが、わづかに森江良造の死際に團友太郎の事を云つたと聞いて、落る涙を止め得ぬとは、其人其境遇に似合しからぬ愚痴と云ふものではあるまいか。

然し愚痴と云へば愚痴でもあらう、併し人情は總て愚痴である、愚痴を離れては人情は無い、假令たとへ伯爵は石心鐡腸であるにしても、實は人情の凝り固まツた人である、善く悲しみ善く怒り善く愁ひ善く喜べばこそ、大なる復讐をも企てるのだ、人情に離れたでは無く、人情と同化したのだ。一意唯だ人情に驅られて、止むに止まれぬ事になツたと云ふ可きだ、殊に伯爵の今の身は此世に一人も友が無く身寄も無く、單に森江良造をのみ後にも先にも無い只一人の恩人と思ひ、無情極まる此世界に其一家をのみ唯情の有る温かい家と思ひ、絶えて人を慕ひ又は人を懷かしむと云ふ事の無い心の底に、只一點の懷かしさを此一族に寄せて居るのだもの、此一族の其主人其恩人が、死ぬる今果いまはに誰も覺えぬ我が本名を呼んで呉れたと聞いて人一倍情に迫り、堪へ難く感じたのが無理か、決して無理では無い當然である。

けれど茲で泣いてはならぬ、若しも此人が何か團友太郎に縁故でも有る身かと疑はれては大變である、落る涙を漸くに紛らせて「イヤ父を失ふた悲しみは私も能く知つて居ます、ツイ貴方のお話しで其事を思ひ出しました」と言ふた、成程其爲に泣いたのかと、一同は合點したが、誠に涙ほど人と人との間を打解けさせる者は無い、仁吉も夫人も眞太郎も此伯爵が一方ひとかたならず情にもろい人だと見て、更に同情を深くして、是からは一入ひとしほ打明けた話と爲り、猶も樣樣の方面から彼の富村銀行の事をも聞いた、けれど伯爵の返事は一つである、唯だ銀行として取引するのみゆゑ其他の事は何も知らぬと云ふに在ツた。爾して伯爵の最後の言葉は「イヤ此世の事は何も彼も時ですから。氣永く正直に待つ中には、又合點の行く時も來ませう」と云ふのであツた。

何うやら謎らしくも聞えるけれど誰も其の謎を解き得なんだ、斯て伯爵の立去ツた後に、三人は自分々々の感じを語り出て比べたが、仁吉は「イヤの伯爵は眞の善人で、餘ほど苦勞した方と見える」と云ひ、夫人は「何だか彼の方の聲は昔聞いた事でも有る樣に、時々私の腹の底へまで浸透りました」と云ひ、眞太郎は「何うも此家の阿父おとうさんを知つて居た人の樣にも思はれる」と云ツた。

* * * * * * *

此家を出て伯爵は、此家と背中合せの見當に當ツて居るオノレ街に馬車をげた、茲にはと立派な蛭峰の邸がある、併し是には入らず、唯だ其の門を眺め「アヽ茲だ、明日の午後、彼の外出すた時間に尋ねて來やう」と云ひ其の儘立去ツた、何故に主人の留守を計ツて尋ねるのだ、多分は其の夫人にのみ逢ふ可き用事でも有るのだらう。

其翌日の午後である、此家の裏庭と生垣一重を隔てた荒地に、鍬を持つた一人の男が立つて居る、是れは森江眞太郎なのだ、そもそも此荒地は昨日伯爵が見た通り江馬仁吉の屋敷の横手から續いて居るので、實は市區改正の豫定線路に當る爲め廢ツた樣な状態ありさまを存するのだ、茲へ何故眞太郎が來て居るのか、彼は昨日も此の荒地から出て伯爵を迎へたが草花をでも作る爲かと見れば爾でも無い、鍬を杖についた儘頻りに蛭峰の裏庭をのぞき、時々に溜息を洩らして居る、若し戀の爲でゞも無ければ陸軍大尉たる人には不似合の所業しわざである、やがて彼は堪へ兼た状で更に生垣に寄添ひ、葉や枝の聊かまばらな所に顏を當て又餘念も無くのぞき初めた、暫くすると、蛭峰家の裏庭の一方に在る隱居所らしい離れ家から年頃十八九と見える一女子が現はれた、眞太郎は此姿を見て、嬉しさに何事をも忘れた樣に、持てる鍬をまで投捨てたが、女子は物思はしげに徐々しづ〳〵と歩みつゝ、眞太郎の目の前に在る茂つた槐樹ゑんじゆの木蔭に立留つた「華子さん、華子さん」と眞太郎は低い聲で而かも熱心に呼んだ、華子とは、我先妻の娘であると昨日蛭峰が伯爵に語つたのが即ち此の女子なんだ、呼ばれた聲に華子は痛く驚いて顏を上げ「又貴方は茲へ」と云ひ、更らに「毎日茲で話などして居ては蛭峰夫人に叱られますよ」蛭峰夫人と云つて阿母おかあさんと云はぬのは、餘り親しむ情の無い繼まゝはゝ繼子まゝこの間が分る[、]眞太郎「でも彼の事が氣になつて、早く樣子を聞かなければ」華子は逃て去らうともせぬ。却つて一歩ひとあし生垣に寄り同じ聲を潛めて「益々六かしい事になりましたの」

巖窟王 : 一三四 垣の此方と彼方

眞太郎「六かしくなつたとは」華子「毛脛安雄さんが遠からず伊國いたりやから歸つて來ると云ふ事で今朝 阿父おとうさんから私へ爾う云ひました、果して彼が歸國すれば直んも日を取極めて和女そなたと婚禮を行はせるから其の積りで居よと」眞太郎は熱心に「其樣な事にでもなれば僕は死んで了ひます」華子はあわてた口調で「其樣な短氣な事を仰有つてはいけません、何の樣な事が有つても私はの方と婚禮などは仕ませんから」眞太郎「でも父上が其の樣に決心して居れば」華子「父は決心して居ても愈々と云ふ時にはお祖父さまが私の肩を持つて呉れますから」眞太郎「エ祖父おぢいさんとは昔の有名な野々内彈正樣ですか」華子「ハイ」眞太郎「何うして其方が貴方の肩を持つ事が出來ます、久しい以前から中風で全身不隨と爲り、年中貴女の介抱を受る許りで、口も利けねば聲を發する事も出來ぬとか云ふでは有りませんか」華子「其れでもなに私から話をすればまなこで返辭する事が出來ますよ、今朝も私は父の言葉を聞き、何うすれば好からうかと自分の思案に餘りましたから、隱居所へ行きお祖父樣に話ましたら、お祖父樣は少しも心配げな目附をせぬのです、イヽエ身體が利かぬだけに、一切の働きが總てまなこへ集まツたのだと醫者が云ひますが本統に爾ですよ、喜びも悲しみも其の他心配や安心なども總てまなこへ現はします、其れだから私は問ひました、お祖父樣愈々私が毛脛安雄さんと婚禮せねば成らぬ場合になれば、貴方が其を遮り止めて下さる事が出來ますかと聞くと、お祖父樣の目は瞬潑まばたきで然りと答へました、其れでは私は森江眞太郎と夫婦になることが出來ませうかと又問ひましたら、又然りと答へました」幾等何と問ひ何と答へたにしても全身不隨で聲をも發し得ぬ人が、何うして其樣な事が出來やう眞太郎「お祖父さんの爾う請合つたのを貴女は當になると思ひますか」華子「當にならぬ程なら決してお祖父樣が然りとは答へません、其に又お祖父樣は大層貴方を可愛く思ふと見え、私が貴方の事を話すればいつまなこを光らせて喜びます」眞太郎「其れは多分、私の父良造が昔し馬港まるせいゆで共和黨の主領を勤め、巴里の共和黨の主領野々内彈正の隨一の兒分の樣に思はれて居た爲でせう、其れにしても華子さん、貴女は何故お祖父さんへ打明ける樣に父上へ私の事を打明けません、私はお祖父さんの請合だけでは安心が出來ませんから、貴女が若し父上へ打明ける事が出來ねば、何うか私を直々に父上にお逢はせ下さい、幾度いくたびか私は爾う思ひますけれど貴女がお止め成さる爲め今まではこらへて居ましたが」華子「いけません、いけません父に貴方の名を云へば何れほど立腹するか知れぬのです、先逹ても新聞紙に、貴方が大尉に昇進した記事が有つたら父は厭な顏をして、エヽ共和黨の息子が此樣に出世したと憎さうに呟いた程ですもの、其れですから私は父へは少しも知らさずに先づ氣永く待つて下さいと云ふのです、其の中には何とか好い折も來て、自然と穩かに行く事にも成りませうから何うか急がずに、爾うして全く是で絶望だと云ふ時までは私へ任せて置いて下さい、私とお祖父さまとへ」

是れだけの言葉で見れば、眞太郎と華子との仲は好く分ツて居る、隣同樣の所に住める爲に、若い同士の、何時しか誠を明し合ふ間とは爲つたけれど、世間に幾等も在る通り、女の方に親と親との定めて置いた許婚いひなづけの男が有つて、如何とも爲し難い妨げとはなつて居るのだ、眞太郎は猶も悔しげに「一身の生涯の大事を、私は安心して貴方とお祖父さんとの手に任せて置くことは出來ません」華子が答へやうとする折しも背後うしろの方に「孃さま、孃さま」と呼ぶ聲が聞え、續いて腰許こしもとらしい女の姿が現はれた、兩個ふたりは垣の此方こなた彼方かなたで早くも悟られぬ樣に立分れたが、其中に腰許は傍近く來て「一昨日をとゝひ奧樣と重吉樣を救ふたとか云ふ巖窟島伯爵と仰有る方がお見えになり奧樣が貴方にもお目に掛る樣にとてお召です」と傳へた、垣の此方こなたで洩れ聞いた眞太郎は、先ほど投捨た鍬を取上げつゝ「アヽ孃の父蛭峰がめて巖窟島伯爵の十分の一も同情に富んだ人なら好からうに」と呟いた。

巖窟王 : 一三五 一條の約束

全く腰許こしもとの傳へた通り、巖窟島伯爵が此蛭峰家を訪問したのである。

折から主人蛭峰は外に出て、其の夫人が獨り内に居た、何故に伯爵が夫人の獨り居る所を選んだかは分らぬが、兎に角夫人は此上も無き珍客として伯爵を迎へ、一昨日をとゝひ其の身と共に伯爵に救はれた息子重吉を呼んだ上、猶ほ腰許に先妻の娘華子をまで呼ばせた、是れは自分と重吉とで禮を云つた丈では未だ足らぬから華子にまで禮を云はせる爲である、勿論彼れ丈の恩を受けた人に對しては當然の仕方である。

華子の入ツて來た姿を見て、伯爵は其の美しさに驚いた、爾うして先妻の娘だとて引合された時、成ほど今の夫人には此樣に優しい令孃が生れる筈が無いと迄に思ひ、更に華子と云ふ名を聞いては眞に名の通り花の樣だと思つた、若しも此樣な令孃が我が連れてゐる鞆繪姫の友逹にでも仕たなら雙方とも何れほど喜ぶだらうとの空想も續いて起り、其れに從つては自然と華子の方へ言葉を向ける事には成つたが、華子の持囃さるゝだけ其れだけ夫人の機嫌の惡くなる事も見て取ることが出來た。

眞に些細な事では有るが、是れで此夫人の氣質も能く分る、イヤ氣質は既に來ぬ先から調上て伯爵には分つてゐるが、日頃華子が何れほど繼子まゝことして此夫人にいぢめられてゐるかも分る、總ての人の氣質や物事を察するには此樣な些細な事が大層な鏡になるのだ、少くとも伯爵だけは、目に見える些細な事で、目に見えぬ大層な事を寫し取る眼識と云ふものを備へてゐる。

猶も伯爵は專ら華子の方へ愛想を示す樣にしてゐたが、夫人は終に堪へ兼たと見え、最早や祖父おぢいさんに藥を上げねば成らぬ刻限だらうと云ふ口實を以て華子を追遣ツた、續いて又之は何故だか知らぬが重吉をも外へ出した、爾して其の身と伯爵と唯二人の差向ひとは成ツたが、談話は先づ一昨日をとゝひの黒奴 亞黎ありーの働きから、移ツて伯爵が重吉に與へた稀代な氣附藥の事に及び、夫人は伯爵の徳を襃める樣な口調で「ほんにあれほど能く利くお藥を見たことが有りませんよ、何うして作ツたお藥でせう、確か多量に飮めば却つて命にも障る樣に伺ツたかと思ひますが」

伯爵は此問ひを待つてゐたのだ、一昨日をとゝひ夫人が、氣の轉倒してゐる樣な際にも拘らず甚く毒藥の事などを聞度がツた事から考へ、又伯爵がかねて調てゐる此家一家の事情から考へて何うしても話が茲へ落て來ねば成らぬ、或は話を茲へ落て來させる爲にわざと此夫人の獨りゐる時刻を計ツて來たのかも知れぬ、夫人が華子や重吉を其れと無く斥けたのも矢張り其の邊の意味かも知れぬ、併し夫人の問ひは如何にも自然で、如何にも何氣ない語調で出た、伯爵も之に劣らぬ何氣なさを以て「毒藥と云へば大層恐ろしく聞えますが、毒藥と云ふ比には人間の食物は總て毒藥ですよ、極めて無害なパンでさへも多量に食すれば胃をも腦をも其の他の内藏をも害して命を落す元と爲ります、之を毒で無いと云へば世の中に毒と云ふ物は無くなります、譬ばモルヒネの如きでも少量を服すれば藥と成りますので、何處の醫者でもモルヒネ無しには營業が出來ません、詰る所、毒になると藥になるとは、分量の多少にあるので、其の物の性質には無いのです」夫人は大に合點の行つた風で「爾です爾です」伯爵「ですから私は、誰にも遠慮も無く、兼てから毒藥の研究をして居ます、人は毒藥と云ひますけれど私は毒藥と云はず良藥と云ふのです、分量を過ごせばこそ毒になりますけれど、適量を用ひれば人の命を助けますもの、何と良藥では有りませんか」

「爾ですとも」と夫人は再び贊成した、伯爵「一昨日の藥も私が自分で精製しましたので、何の國の局方にも無く、何の國の醫者も殆ど知りますまい、イヤ學理の上では知つて居ても實物を見た事は無いのです」夫人は眞になゝめならず感心した状で「シタが何から製します」伯爵「極の元は貌矢ぶるしんです」夫人「エ、貌矢捏ぶるしんならば、當家の父野々内彈正へ、常に醫師から與へられて居りますが」伯爵「爾でせう、適度の分量を用ひれば種々の效能があるのです、殊に私のは其の貌矢捏ぶるしんを其の儘ではなく、非常に變化させてあるのです」夫人「其れは何の樣にして」伯爵「斯うです、第一に貌矢捏ぶるしんと或鹽類とを混じた物を或野菜にそそぐのです、其れも分量が過ぎれば野菜が直に枯れますけれど、最初には極微の少量を用ひ、日を經るに從ひ段々に殖やして行けば野菜は遂に毒に勝つ力が出來て後には餘ほどの多量をそそぐも青々として育ちます、其の育つた野菜を兎に與へれば兎は頓死します、其の兎の肉を鳥に與へ、鳥の肉を魚類に與へますれば、毒は以然として存しても性質が全く違ひ、化學者が如何に分析するとも其の元の質が分らず、之を人に呑ませて其の人が死ぬるとも醫者が解剖して、中毒だと證明することが出來なくなります」

大抵の夫人ならば身震ひして聞く恐しい話しだけれど此夫人は益々熱心になる許りだ、伯爵は語を繼だ「大抵は此樣な事ですが細い手續は專門家でなくば聞いても分りません、何故私が此樣な苦心をするかと云へば、斯うして製し上げた藥が何の病にも即效が有るのです、其の一例は一昨日御覽の通りですが、少量に用ひれば咳にも效けば胃痛にも效き、殊に傭麻質れうまちすの痛みの如きは呑むと直に消えて了ひます」夫人は飛び附く樣に「エ、傭麻質れうまちすに、其の樣に效きますか、私が傭麻質れうまちすで、夜なども眠られぬ程の事さへ度々ありますが、何うか分けて戴く譯には行きますまいか」伯爵は少し考へ「何しろ分量が精密で無くては危險ですから、少しも藥學の知識の無い方には -- 」夫人「イエ、私は多少藥學も知つて居ます、此家へ來る前から大抵の藥は自分で調合しましたが、殊に分量などは間違へる恐れは有りません、何うか分量を明記した上、一瓶戴きたいものです」伯爵「イヤ藥の分量を計るに其れほど經驗がお有り成さるなら、安心して差上げる事が出來ます、明朝分量を記した上、持たせて寄越しませう」茲に一條の約束が成り立ツた。

巖窟王 : 一三六 彼です彼です

毒藥は、人に貰ふ可き物で無く、又遣る可き物で無い、けれど伯爵の言葉の樣に、世に毒藥は無い唯分量に在るのだと云へば貰ふにも易く、又蛭峰夫人の言葉の樣に、其分量を知つて居て質傭麻れうまちすの藥に使ふと云へば遣るにも易い、兎も角も妙な約束では有るけれど、上げませう貰ひませうと話が極ツて、果して此翌日伯爵は、澄切つた清水の樣な水藥を一瓶、詳しい注意の書面と共に蛭峰夫人の許へ屆けた。

尤も、伯爵の辭し去る時に、夫人はせつに引留て是非とも夫蛭峰の歸るまで居て、晩餐を共にせられよと勸めたけれど、伯爵は今夜は生憎、希臘の或姫君を大劇場へ連れて行く約束が有るから長居が出來ぬとて斷ツた、何でも伯爵は成る可く人と食事を共にすることを避けて居る、是れは敵の家で敵と食事を共にしては成らぬと云ふ、或宗旨の戒めを守つて居る爲でも有らうか、食事を勸められる場合には、何とか彼とか口實を作つて去つて了ふ、野西次郎の家でも段倉の家でも總て此通りであつた。

* * * * * * *

併し此口實は嘘では無かつた、全く此夜、伯爵は鞆繪姫を連れて大劇場に行つた、勿論多くの紳士、貴婦人、交際家などが集まつてゐるのだから伯爵の評判は俳優の評判よりも高く所々の棧敷から挨拶などを受けたけれど、伯爵は姫を守護してゞもゐる樣に絶えず自分の棧敷を離れなんだが、其の中に一方なる段倉夫人のゐる棧敷へ彼の野西子爵が現はれた、多分は子爵の息子武之助と夫人の娘夕蝉孃との間に婚禮の話が殆ど熟し掛てゐる爲めに雙方特に懇意を温めるものであらう、無論夫人の傍に夕蝉孃もゐるのである、併し夫たる可き武之助の方は他の棧敷へ來てゐながら茲へは一度も顏を出さぬ、或は世間の噂の通り、親々が此婚禮を望むほど當人同志が熱心で無い爲めだらうか、絶えて二人が顏を見合す事さへせぬは有りふれた婚禮前の男女の仲とは違ひ、却て嫌ひ合つてゐる程にも見える、是等の状は多分伯爵が其の鋭いまなこで見て取つた所だるあ、やがて野西次郎が席に着き夫人と二言三言話の終ツた頃、伯爵はをりこそ好けれと思つた容子で、今まで堅く守つてゐた座を離れ、爾して故々わざ〳〵此棧敷へ尋ねて來た。

段倉夫人の狂喜と恭悦は云ふ迄も無い、彼の栃色を返された禮、其の額の飾りに着いてゐた夜光珠だいやもんどの禮、蛭峰夫人 母子おやこの救はれた禮など、隣席の人の耳障と爲るまでに聲高く疊掛て述べ立てたが、其の漸く鎭まると共に伯爵と次郎の間に熱心な握手があツた、是れは當然の事とは云へ、何となく我 かたきの手を握るに躊躇した今までの伯爵の所爲としては聊か不思議とも思はれた。

其の不思議に驚いた譯でも有るまいが、此方こちらの棧敷より始終伯爵の爲す事を目も離さぬほどに眺めてゐた鞆繪姫は、此時「きやつ」と一聲叫んで打倒れた、全く氣絶した状である、早くも之を認めたのは夕蝉孃で「オヤ伯爵、大變ですよ、貴方のお連の方がアレ」伯爵は振返つて「アヽ餘り人込に慣ぬ者ですから、イヤ段倉夫人、野西子爵、匆々ながら是でおいとま致さねば成らぬ仕宜しぎに至りました」とて立上つた、もとより引止む可き場合で無いから「お察し申します」とか「お大事に」とか思ひ〳〵に同情らしい言葉を吐いて送つたが、たゞちに伯爵は自分の棧敷に歸り、此時漸く人心地にかへつた姫を扶けて廊下に出、更に出口まで連て行つて共共に馬車には乘つた。

馬車が軋り初めると初めて姫は口を開き「貴方樣はア彼の樣な人の手をお握り成されますか」伯爵は怪しむ樣に「彼の樣なとは」姫の心は甚く激してゐる事が聲の調子にまで分つてゐる「次郎です、野西次郎です」伯爵は再び怪しむ樣に「エヽ野西次郎、御身が何うして知つて居られます」姫「知らないで何と致しませう、私の父の領するヤミナの國を亡ぼして土耳古へ賣渡した佛國士官が彼ですのに」云ふ迄も無く伯爵は能く知つて居る、唯だ萬に一つの人違ひがありはせぬかと今夜其の試驗の爲に茲へ來たのだ、爾して故々わざ〳〵いとはしい彼の手を握り、此の鞆繪姫に見させたのだ伯爵「成るほど其樣な話しを聞いた事があります、其の御身の父の國を賣つた佛國士官が全く彼に違ひ無いのですか」姫「私の目の底に彼の顏は死ぬ迄も殘つて居ます彼です彼です」伯爵「爾うとは知りませんでした、イヤ姫よ、再び御身を、彼の顏の見える樣な所へは連れて行きませんから、能く心を落着け成され、ナニ惡には惡の報いがあります、果して彼が其樣な惡人ならば何時までも天が榮えさえては置きません、唯だ安心をして天に祈れば好いのです、彼が其樣な事をした顛末はやしきへ歸つて能く伺ひませう」云ふ中に馬車はエリシー街のやしきに着いた、伯爵のする事が何の爲だか分らぬ樣で、實は一々深い目的を包んで居るは此一事でも分つて居る。

巖窟王 : 一三七 其片割のH・N夫人

兎も角も伯爵は、最う逢ふ可きだけの人には逢ふた、一應は是等の人を招いて小晩餐會でも開かねば成らぬ。

其積で或書記に招待状を作らせた、場所は彼のオーチウルの吹上小路、招かれる人は、段倉、蛭峰、野西の三家族である、是れだけの事柄に何の不思議も無いけれどいつも伯爵のする事には意味の底に又一つの意味が潛んで居る、是れ等の人をエリシー街の本邸へ招かずに吹上小路の別莊へ招くのは何かの仔細がありは仕まいか、彼の別莊は蛭峰の舊惡と離れぬ關係のある所である、本名は分らぬがH・Nの字が姓名のかしらに在つたゞらうと推察せらるゝ或男爵の未亡人と彼蛭峰との間に私生の兒が出來たと思もはれるは此別莊では無いか、其兒を蛭峰が埋たけれど實は人知れず掘出されて育て上られた事は、春田路の自白に分つて居る、其處へ蛭峰が招かれるは偶然だらうか、天意だらうか、或は伯爵の故意だらうか、若しや招かれる客の中に、蛭峰のみで無く其の片割のH・N夫人も加はつて居る樣な事は無いだらうか、念の爲に婦人連の名を調べて見ると子爵野西次郎の妻露子、之は勿論其の人で無い、男爵段倉喜平次の妻張子、之も爾では、イヤ待ツた張子のHの字、爾して段倉に嫁ぐ前は何とか云ふ男爵の未亡人であツた、爾々苗字は糊菅のりすが、Nの字に當るでは無いか、唯だHと云ひNと云ふ頭字かしらじの姓名は殆ど世間に數へ切れぬほど有らうから、是丈の事では何とも判斷は出來ぬけれど偶然としては是も聊か異樣だと云ふに足るのだ。

其れはて置き、招待状の出來上ツた所へ、フト野西武之助が訪ねて來た、彼れは先夜鞆繪姫が劇場で氣絶した見舞の意をも兼て來たのだ、其邊の極つた挨拶が濟んで、伯爵から招待の事を話され、彼れは例に無く頭を掻いた「イヤ折角ですが伯爵、此三家は吹上小路の樣な閑靜な所へ落合ふと、時が時ゆゑ丁度婚禮に就て其と無く下相談をする爲の樣に見られるでは有りませんか」伯爵「エ、婚禮とは」武之助「私と段倉夕蝉孃と、其れに又蛭峰の娘、之は先妻の子ですが華子孃と云ふのも貴方が御存じの毛脛安雄と婚禮が近いと云ひます、何だか彼れも近々羅馬から歸る容子では有りますしかた〴〵何だか -- 」伯爵「婚禮の下相談らしく見えれば貴方は猶更嬉しい筈ですのに」武之助「何で嬉しい事が有りませう、私は此婚禮は成る可く破談に仕たいと祈つて居るのです、先夜劇場に居ても私は一度でも夕蝉孃の方へ振向かぬ程でした」伯「何故です、の樣な質の美人だのに」武「美人では有りますが、私はの樣な質の美人は嫌ひです、音樂も出來、繪も上手に畫き、馬にも乘り、獵にも行き、餘り物事が能く出來過ぎて、其上全く男の樣な氣質ですから私とは肌が合ひません」伯「其れでも御兩親は」武「ハイ私の父は段倉と昔からの懇意だと云ひまして其の爲に父と父との間に此話が出來たのですが、併し母は此上も無く段倉を嫌ふのです」

武之助の母の事は、何の場合でも伯爵が心を動かさずには聞き得ざる所である、殊に段倉を憎むと云ふ事は今初めて聞く所で、若しや段倉が昔し團友太郎を陷れたと云ふ樣な疑ひの爲に、今も其れと無く憎むのでは有るまいかと、妙に細く心が廻ツて「ヘエ懇意な家柄だと聞きますに何で母御が其の樣に段倉氏を」武「何で憎むか私には分りませんけれど、ズツと昔からの事ですよ、一年に二度や二年に三度位は止むを得ず顏を合せる場合は有りますけれど、其れでもことばを交へる事などは避けるのです、貴方は其の事を知らぬから構ひませんけれど、若し知つて母と段倉氏とを一緒に招けば母は必ず其の人を有難くは思ひません」

大變な事を聞いたと云ふ状で伯「イヤ貴方の阿母おかあさんに恨まれては」武「ナニ恨みもしませんけれど」伯「イヽエ私は殊に貴方の阿母おかあさんには、惡く思はれ度くないのです何うか貴方と阿母おかあさんとを招待状から省く事に仕たいのですが、併し此巴里で私が初めて着いた家がお宅ですから其れへ招待を出さぬのは何か故あり相に思はれても」武「アヽ好い事があります斯うしませう、母は此頃健康が優れぬ爲め海邊へ行き度いと云つて居ますから、直ぐに私が付いてトレボーの別莊へ出發しませう、シタが晩餐會は何時ですか」伯「明後日の土曜日」武「アヽ今日が木曜だから、直ぐに明朝立たねばいけませんね、宜しい明朝なら立てますから、其れで私が今日歸りに段倉家へ行き、明朝母と海岸へ旅立すると話して置きます[、]さうすれば段倉夫人が蛭峰家へ直ぐに其の事を知らせますから、私 母子おやこが晩餐に列しなくとも誰も怪しみは仕ますまい出發した後で貴方から招待状が屆きますから」

若しも列席せぬのが武之助の母でなくて段倉夫人であらうものなら伯爵は此晩餐會を中止したかも知れぬ所だけれど、幸ひに段倉夫人で無いのだから、「其れでは何うか其の樣な事に」と同意した。

武之助「イヤ貴方が斯う同意して母と私とを逃して下さツたと知れば、何れほど喜んで貴方に感謝するか知れません、其れで無くとも母は貴方に敬服して居る事は一通では無いのですもの」伯爵「母上が私に」武之助「ハイ、毎日の樣に貴方の事を私に問ふのです、今日は伯爵は何う成さツた、明日は伯爵に何處でお目に掛るなどと」伯爵は何の樣に感じたのか急に眞面目になツた。

武之助「其れでは何うか、今夜私共へお出下さつて、母と私と貴方と三人で晩餐しやうでは有りませんか、母は非常に喜びますよ、今夜は何も御用事などは」伯爵「イヤ、私も折角ですが今夜は大切な來客が有ますので」武「でも貴方は先逹ても母が晩餐までと引留め申したのを、爾は出來ぬと云ひ、爾して今夜も亦では、何だか私の母をお避け成さる樣に」伯爵「全くです、今夜は先約が有るのです、お疑ひの無い樣に私は説明しませう」云ひて直ぐに玄關蕃を呼寄せ「今朝 おれが其方に言渡した事を覺えて居るか茲で繰返して見よ」と命じた玄關蕃「今夜六時に伊いたりやの侯爵 皮春かわはる博人ひろと君と其子息小侯爵皮春永太郎君が來るから其の外の客は一切斷れと仰有いました」武之助は笑を帶びて伯爵に謝する樣に「成るほど分りました」

巖窟王 : 一三八 侯爵と小侯爵

「侯爵皮春博人」其子「小侯爵皮春永太郎」唯だ名を聞いたゞけでも何となく尊敬の念が生ずる、成るほど伯爵が斯かる貴賓を持受て居るとすれば、今夜我が家へ來て母と一緒に晩餐の出來ぬのは尤もだと武之助は感じた。

「イヤ其れでは致し方がありません」と彼れは云ひ、更に「皮春侯爵とは苗字からして古い家筋らしく聞えますね」伯爵「爾です、古い事は恐らく伊國いたりや第一等か二等でせう、ダンテの有名な地獄の詩にも其第十章に皮春家と云ふ語が見えて居るではありませんか」武之助「アヽ爾々、皮春と云ふ姓はダンテの著書で讀んだのだ、彼の頃でさへ既に詩に引かれる程の舊家であツたのなら、此國へ來れば又交際社會を動かしませう、身代は餘ほどあるのですか」伯爵「左樣さ能くは知りませんが噂に聞いた所では餘程嚴しい家風で昔から儉約と貯蓄とを第一義にして居る爲餘ほど金銀があると云ひます、併しナニ歳入はわづか五十萬圓位だらうと思ひます」五十萬圓の歳入を「わづか」などと、伯爵ならばこそ云はれるが、外の人なら肝を潰さずには居られぬ、武之助は目を剥いて、「エ、大變な『わづか』ですねえ、若し其方が金を使ふに竒用な人なら、巴里の社交社會を轉倒させる事が出來ますが」伯爵「駄目ですよ、五十萬の中で年に三十萬は貯蓄するでせう、イヤ貯蓄した積で家令や家扶かふに盜まれて了ふのでせう、爾もなくば今頃は皮春家は世界一の大富豪に成つて居ねば成りません、兎に角も博人氏自身の使ふのは一年にヤッと廿萬位でせう」武之助「其れでも大した者ですねえ」伯爵「其代り息子の方は、聊か父と違ひ當世の事が分つて居ますから自分の代になれば隨分使ひませう」武之助「今は幾歳ぐらゐです」伯爵「貴方より三四歳下でせうか是から巴里の交際社會の状態を呑み込ませる爲にとて父侯爵が連れて來て私へ預けるのです、私自身が未だ深くは交際の容子を知らぬのに、人の手引を托されるとは迷惑な次第ですが止むを得ません」武之助「イヽエ貴方の保護を受て社交社會へ出るのなら、此上もないのです」伯爵「兎に角、貴方の友逹とするに足る年頃ゆゑ、何うか特別に面倒を見て遣つて戴き度いのです」武之助「及ぶ丈け骨を折りませう若し其の小侯爵皮春永太郎君が、巴里で金持の娘を妻にでも仕たいと云ふならば、早速私は有名な銀行家の娘で、而も男爵令孃と云はれ、女一通りの技藝を悉く呑み込んだ美人を見附けて上げますよ」と之は聊か笑ひながら云つた、其の意味は明かである自分の許嫁いひなづけ段倉夕蝉孃を指すので有る、是で見ても武之助は何れほど夕蝉孃と肌の合はぬかは益々分る、伯爵「イヤ笑談ぜうだんさて置いて」武之助「笑談ぜうだんでは有りません、眞劍です、殊に歳入五十萬も有る侯爵家の令息と聞けば、父母も當人も、何の樣な先約をも斷る氣になりますよ」

猶ほ二三の雜談があつた末、武之助は辭して去つた、是に就ても驚かるゝは此の巖窟島伯爵の忙しさ加減である、一方に一人の身には負切れぬ程の大仕事を負ひ、其れが爲に訪問や招待や世辭や指圖や計略や實行や樣々の事を運びながら、猶他人を亦交際場に連て出る世話までも引受るとは、殆ど合點せられぬ程の次第である、けれど又能く考へれば此の皮春侯爵親子を交際場に引き出すと云ふのも矢張り其の大仕事の一部分かも知れぬ、之を引き出さねば目的が逹せぬのかも知れぬ、兎も角も皮春侯爵親子が何の樣な人で、何の樣に交際場へ引出されるかは、刮目して見る可き所だらう。

* * * * * * *

話は全くかはツて、或る所に或る憐む可き青年があツた、自分が何者の子と云ふ事も知らぬ、多分は幼い頃に父母に捨てられでもしたのだらう、もとより今まで何の樣に育ツたかは自分でも能く知つて居るが今から先の見込とては少しも無い、今泊ツて居る宿屋の拂ひとても何うする當が無い、小遣錢も無く、寒さが來ても着物を得る道が無い、其上に世間は全く此青年に對して閉ざされた門の樣なものである、世間へ出る事とては一歩も出來ぬのだ、知り人も頼る人も無い、詰まる所は乞食になるか盜坊どろばうになるか二つに一つだ、イヤ實は早此二つに一つを行ツてゐるかも知れぬ、二つとも行つてゐるかも知れぬ、之を行はねば河へでも身を投げて、此世から立去る一方である、心柄であるか其れは知らぬが、いづれにしても世に是ほどの心細い境遇が又とあらうか、所が此の青年へ意外にも手紙が來た、而も驚く可き手紙である……。

汝は今殆ど餓にも迫れる上、此後の見込少しもなし、汝明日を如何に暮すや、誠に情なき譯には非ずや、去れど汝は斯かるな有樣に果つ可き身に非ず、汝若し生れ替はツた如き榮燿榮華を得んとすれば、直ぐにニス市に行き、ポルト、ゼネの街道に出て馬車を雇ひて巴里へ行け[、]しかうして今月廿六日の夕七時に、巴里はエリシー街なり巖窟島伯爵の邸に行き、伯爵に面會を求めて「私の父にお逢はせ下さい」と請ひ願へ、汝の父は伊國の侯爵皮春博人なり、博人と小品こしな侯爵令孃 折葉をりは姫との間に生れたるが即ち汝にて汝は五歳の時侯爵の敵に奪ひ去られたる者なり、巖窟島伯爵の邸に於て、汝の父皮春侯爵は汝の身に上を證明する書類を汝に渡して父子の對面を濟ませしかうして汝を小侯爵皮春永太郎と云ふ本名を以て巴里の交際場に紹介せんとてせつに汝を待てり、巴里へ行きて後汝の歳入は二萬圓(五萬リブル)なり、以て小侯爵として汝の身を支ふるに足る可し、此金は巖窟島伯爵より受け取る可し、茲には巴里へ向け汝の出發の費用として二千圓の爲替を封入す、ニス市なる笛羅銀行にて受取る可し外に封入せる一封は餘の名前を以て、汝を巖窟島伯爵に紹介する添書にして猶ほ萬事汝の缺乏を滿たす樣一切の世話を伯爵に頼みたるものなり
船乘新八より
何と珍しい事柄ではないか、併し此外に猶一人、殆ど之と同じ樣な手紙を受た人が有ツたとせば、又 一入ひとしほ珍しいと云ふ可きであらう。

巖窟王 : 一三九 半老人

此手紙を得て此青年が躍り揚がツて喜んだ事は無論である、出發の旅費支度が二千圓、爾して巴里へ着けば一年二萬圓の小遣、一ヶ月に二千圓近く遣はれるのだ、其れのみならず侯爵の子息として、小侯爵として、交際場裡に引出されるとは、此樣な幸福に誰だとて我を忘れる迄に喜ばねば成らぬ、してや此青年は明日が日、イヤ今日が日の暮しにも困り、殆ど自殺の外はないかと迄に絶望してゐたのだもの、全く天地がくつがへツて地獄から極樂に飛び上ツた樣なものだ。

餘り好過る話しだから若二千圓の爲替が付いて居ねば、無論誰かの惡戲だと思ふ所だ、イヤ爲替が付いて居てさへも猶だ此の爲替がにせではないかと疑ツた、併し恐々銀行に行つて意外にも正金を渡された時には、彼の腰の拔けぬのが不思議であツた、最う疑ふ所はない、全く我身は手紙に在る通りに扱はれるのだ、手紙の出し主船乘新八と云ふは誰だらう、新八の添書の宛名巖窟島伯爵とは何者だらう、爾して更に我身の父と云ふ侯爵皮春博人とは何うした人なんだらう、分らぬ、實に分らぬ、けれど此青年は分らぬ事に屈托などはせぬ又屈托する餘地もないのだ、何でも手紙の差圖に從つて見る一方である、彼は自分の身が侯爵の嫡子と分ツたのが嬉しいよりも今の二千圓が嬉しい、年二萬圓の小遣が嬉しい、交際社會に出られるのが嬉しい、有體ありていに云へば眞に自分の身が侯爵の息子だらうとは信ぜぬのだ、其れでは餘り旨過ぎる、自分の今までの履歴を考へて見ても、侯爵の子が五歳の時に其の敵にさらはれたなど云ふ事があり樣はない、けれど先が自分を侯爵の子だと云ふのだから、自分は唯「爾ですか」と、侯爵の息子の積で居れば好いのだ、眞實息子か息子でないか、其樣な空な事を當にするよりは、現實な旅費小遣と現實な贅澤が有難い、人が自分を侯爵の息子として道具に使ふなら使へ自分は嘘にも侯爵の子と見られる程の境遇に立てば好いのだ此樣な境遇は、今此の手紙の差圖に應ずるより外は、自分の生涯に又と來る事ではないと、樣々に思ひ廻した末、半世に云ふ「儘よ」と云ふ領見で遂に巴里へ出掛けて行つたは仲々食へる代物ではない。

併し之れにも劣らぬ代物が最う一人ある、其れは青年ではない、既に五十の坂を越えた半老人である、是れも矢張り突然に同じ樣な手紙を受取ツた、其の文句は、

御身既に五十を越え、身を支ふる職業もなし、あるとも最早職業に堪へ得ざる老衰の境に入るは近々のみ、誠に御身の前途は果敢はかなさの限りに非ずや、御身若し金に困らぬ榮燿榮華の身と爲らんとせば、此書中に封入せる餘の添書を以て、本月廿六日夕方の六時に巴里エリシー街卅番地なる巖窟島伯爵の邸に行き伯爵に逢ひて、自分の息子小侯爵皮春永太郎に廻り會ひ度しと申込むべし、御身は侯爵皮春博人なり、昔、御身と小品こしな侯爵令孃 折葉をりは姫との間に出來たる右の永太郎が、五歳の時御身の敵に奪はれて行衞知れずと成りたるも、今は巖窟島伯爵が其の所在を知れり、兎も角も伯爵のやしきに行けば何事もおのづからら分り御身は驚くべき有福の人と爲らん、茲に旅費として二千五百圓の爲替を封入するを以て是れにて餘の言の僞りならぬを知られよ、猶ほ巖窟島伯爵より御身の當座の小遣として五萬圓を渡さる可し、是も御身の權利なれば遠慮無く受取る可し、躊躇して此二度とは來らざる大幸福を取逃す事勿れ。

                          暮内法師

前のは差出人が「船乘新八」と有つて此方こつちは「暮内法師」と有るが、文意に於て大した相違は無い、之れを受取つた當人同士の感じ方も亦大した相違は無かつた、丁度此の半老人も、彼の青年が考へた樣な事を考へて同じく巴里へ出掛けて行く事になつた、不思議と云へば不思議だが、人の心は又大概似寄つたものと見える。

* * * * * * *

「侯爵皮春博人閣下が御出になりました」と取次の者が巖窟島伯爵へ言ひ上げたは、丁度伯爵が武之助に向ひ今夜皮春侯爵に逢ふのだと話した其の廿六日の夜の午後六時で有つた、伯爵は「爾か第一の接見室へ通せ」とて取次を退け、後に時計を眺めて嘲る樣な笑ひを帶び「オヽ流石は伊國いたりやの舊家の主人だ仲々精密に刻限を守られるは」と呟いたが、やがて立上がつて右の第一接見室へ入つて行つた時は、今の嘲る樣な笑は消えて、何處までも恭々しく目上の賓客を迎へる態度であツた。「アヽ貴方が皮春侯爵ですか」との問ひが伯爵の第一の言葉で有ツた、客はぎこちない棒の樣に突立つて居るのは多分侯爵の威儀と云ふものであらう、「ハイ其の通りです」と餘り高く無い聲で答へた、伯爵は透かさず「アヽ侯爵皮春博人閣下ですね能くは事情を知りませんけれど、兼ねて私の懇意にする伊國いたりやの暮内法師から貴方のお出の事を通知して呉れましたから實は今夜お待受して居たのです」待受られて安心したのか或は薄氣味でも惡いのか侯爵は妙にあたふたと「アヽ矢張りの暮内法師が、成るほど、成るほど、併し何も間違や思ひ違の樣な事はありますまいね」伯爵「貴方の方にさへ間違が無くば、私の方には間違の有る筈が有りません、貴方は無論侯爵皮春博人君でせう」侯爵「ハ、ハイ、侯爵です、皮春です -- 爾して博人です」伯爵「では矢張り暮内法師から昨日私の許へ屆いた手紙に有つた通りです、五歳の時に、怨む者に爲に奪ひ去られた御子息の永太郎君に逢ひ度いと仰有るのでせう」侯爵「ハ、ハ、ハイ」伯爵「其の御子息は貴方と侯爵 小品こしな家の令孃 折葉をりはとの間に生れた -- 」侯爵「爾です、爾です」伯爵「其れでは私も安心しましたが實は妙な事で或人から永太郎君を貴方へ再會せしめる事を頼まれ、色々と詮議しましたが何分當人は五歳の時に分れたので父母の顏は少しも覺えぬと云ひますし」侯爵は少し安心した容子で「アア當人が私の顏を覺えぬと云ひますか」伯爵「爾です、其に一説では皮春侯爵たる貴方が阿弗利加の戰爭で戰死でもしたのか其時から行方が知れず其家も既に死絶えたなどと云ひ殆ど絶望して居ましたが、暮内からの手紙で貴方が實は此世にながらへて居るけれど、餘り金滿家として人に持囃されるのが辛い爲め世を避けて居るのだと分りまして」益々侯爵には都合の好い話である[、]彼は又一段と落着きて「ハイ家柄は立派ですが私自身は其れが爲に多く人に知られて居ぬのです」

巖窟王 : 一四〇 尚々書

巖窟島伯爵「併し貴方は暮内法師から私へ宛た添書をお持の筈ですが」侯爵皮春博人は待設けて居た樣に「ハイ、添書は持つて居ます、是です」とて衣兜かくしの中から取出して差出した。

伯爵は封を切つて讀初めた、侯爵の方は此添書に何を書いて有るか一句でも聞落しては成らぬと云ふ樣な、何氣なきていながら實は熱心に耳を傾けた、伯爵も亦一句も聞落させまじと勉める樣に明かな聲で、そろ〳〵と「拜啓、此書持參の紳士は前便申上げ候皮春侯爵にして、一年五十萬圓の所得のある方に候」侯爵は驚かぬ振で實は驚き「エ、私の所得が年に五十萬圓、大變なたかですが」伯爵「ハイ是れくらゐの所得が無くては巴里の社交場裡では充分の信用を博する事が出來ません、私が貴方ならば五十萬圓のものは却つて百萬圓も有る樣に言觸らします」侯爵「其れでも」伯爵「イヤ貴方は舊家だけに、實際の所得よりも却つて少く言觸らして居るのでせうが」侯爵「イヽエ實際の所得が -- 」伯爵「年に五十萬圓に足らぬとお思ひ召されるのは、其れは貴方が家令家扶に管理させて御自分で能く知らぬから爾う思ふのです、此暮内法師は仲々精密な氣質で、數字など間違へつ事は無いのですから、法師が五十萬圓と書いて有れば屹度きつと五十萬圓は有るのです」侯爵は不安心な顏をして「爾でせうか」伯爵「爾ですとも、しや爾で無くても貴方は人に爾う思はせて置く方が得策では有りませんか、少く思はせて儉約ばかりすると云ふ伊國いたりや風は此國では流行りませんから」侯爵は漸く決心らしい心が出たと見え「其れも爾です」

更に伯爵は手紙に向ひ「曾て陸軍大佐として阿弗利加へ出征せし事は御聞及びの通りに候」侯爵「オヽ陸軍大佐、私が」伯爵「ハイ貴方の阿弗利加戰爭の頃の位地が此國で云へば丁度陸軍大佐に當るのです、貴方は此國で宴會にでも招かれる節は、成る可く軍服をお着け成さるが好いでせう、唯の貴族よりも軍服を帶びた人が何うしても餘計に尊敬せられますから」侯爵は又恐る恐る「でも私は軍服など持たずに來ました」伯爵「ナニお宿さへまれば必ず家扶かふが、其樣なものを送りませう」侯爵「宿も未だ定まりませんが」伯爵は聞流して又手紙を讀んだ。

此度このたびは兼て露國へ漫遊の途次、彿國ふらんすへ立寄られ候譯ゆゑ、巴里逗留中は何とぞ交際場へも御案内下され候願ひ度候併し侯爵は巴里立寄のおもなる目的は、兼て申上げ候子息永太郎君との再會に之有候事無論の儀に候へば、特に此事は手厚く御取計らひ被下度候匆々頓首」と讀終つた、侯爵は少し物足らぬ心地である、其れは定めし約束の五萬圓の件が書入れて無い爲だらう「アヽ其れだけですか、外には何事も有りませんか」伯爵は更に手紙を見直して「オヤ、本文の後に尚々書なほ〳〵がきが附いて居ます、私は見落して居ましたよ」「尚々なほ〳〵侯爵は殆ど忍びの状にて當地を立出られ候儀なれば、露國に着して取引銀行より受取らるゝ迄は旅費も定めて缺乏の事と存じ候」「何だ暮内法師は、皮春侯爵とも云はれる者が旅費に困る事でも有るかの樣に此樣な事を書き添て」侯爵は聊か極り惡げに頭を掻いて「イヤ實は其の通りですよ」伯爵「其の通りでも貴方の名を以てすれば幾等でも融通が出來るでは有りませんか」侯爵「所が此國には少しも知り人が有りませんのでイヤ露國まで行けば何うでも都合が附きますけれど」と、何うやら云ふ事が本統の侯爵らしく成ツて來掛た。

「ナニ貴方の方では知り人が無くても金を貸す方で皮春家の大身代を聞及んで居ますから、金錢などの事は御心配は有りません」と伯爵は事も無げに云つて、又讀續ける樣「就ては彿國ふらんす滯在中の費用は伯爵閣下に於て、然る可く御立替下され度、差當り五萬圓も有らば侯爵の當座の費用は辨ぜらる可くと存ぜられ候」「成程、其れ位で足りますか」侯爵「ハイ五萬圓も有れば先づ足りませう」初めから見ると餘程大膽に成つて、伯爵「猶其上に及ぼうとも決して侯爵に金錢上の御不自由を掛ざる樣御取計らひ下され度候、再拜」「餘計な尚々書なほ〳〵がきでは有りませんか、之が無くとも」侯爵「イヤ是が無くば全く私は困る所です、是から宿を定めますにも、或は又多少は巴里を見物するのも」伯爵「では失禮ですが、一萬圓だけは今夜私が差上げて置きませう、後の四萬圓は明日にも段倉銀行からお受取り下さい、其れが盡くれば又私が段倉銀行へ五萬圓 づゝ何囘でも拂ひ込んで置きますから」侯爵は存外謙遜である「ナニ儉約に慣れた私ですから、爾う何囘にも及びませんが兎に角、今夜一萬圓だけは、お言葉に甘えて戴いて置きませう、一萬圓だけは」と重ねて念を推した。

巖窟王 : 一四一 一攫の砂

一萬圓は今夜即金で呉れ、殘る四萬圓は明日直ぐに段倉銀行へ預け入れて何時でも勝手に引出せる樣にして呉れ、其上に其れが無くなれば、何度でも五萬圓づつ同じ事を繰返して呉れるとは世に是れほどの有難い事が有らうか、搖錢樹かねのなるきの山林を持つたとても斯までには行かぬ、皮春侯爵は今までのあたふたした状が、嬉しさと變つて了つて、爾して唯だ少し許り何處かに不安心の容子の有る外は全くの侯爵らしい。

巖窟島伯爵は下僕しもべを呼んで、財布を持つて來いと命じた、命に應じて財布を持つて來た下僕しもべは伯爵へ細語さゝやいた「唯今皮春永太郎と云ふ若い方がお見えに成りました」「アヽ彼の、船乘新八から手紙を受た青年が遣つて來たのだ、是れも刻限を守る事が仲々正直だ、第二の接見所へ通して置け」と伯爵は小聲で言ひ渡して其下僕を退けた。

後で又皮春侯爵に向ひ「貴方は今夜茲で子息永太郎君に逢ふ事が出來るのですが -- 」半分聞いて侯爵は「オヽ懷かしい、永太郎、永太郎、確か分れた頃は永坊とのみ呼んで居たが定めし大きく成つた事だらう、永坊、永坊」漸く度胸が据ツたと見えて、呆れるほど狂言が旨くなツた、若しも彼の暮内法師が、此人なら侯爵の役が勤まるだらうと見立てゝ寄越したものとすれば、其見立ては圖星に當ツた言つても好い、伯爵は可笑さと感心とを少しも見せずに「逢へば貴方は御子息に戸籍の寫し其他誕生を證明する書類を與へて、成程 おれは侯爵の息子に違い無いと云ふ安心を與へて遣らねば成ません[、]定めし其樣な書類は御持參でせうね」皮春侯爵は冷水を浴せられた樣に驚いた「アヽ全然すつかり失念しました、イヤ其事まで氣が附きませんでした」と云ひ更に恐る恐る探る樣に問ふた「其樣な書類が無くば、手紙の尚々書なほ〳〵がきは實行が出來ぬでせうか」尚々書なほ〳〵がきとは金子きんすの件で有る。

若しも書類の無い爲に萬事が破れて茲を去るにしても尚々書の幾分は實行して貰ひ度いのだ、侯爵のまなこは、伯爵の持つて居る財布と伯爵の顏へと五分五分に注いで居る、伯爵「イヤナニ、尚々書は書類に關係なく實行するのです、私は暮内法師に古い借が有つて、法師から金錢上の差圖を受ければ、何事に拘らず從はねば成らぬのです」侯爵はホツと息した、伯爵「併し戸籍の寫しを御持參が無くては困りましたな、若しも永太郎君が、果して父子おやこだらうかと疑ツた時は貴方は何う成さる」侯爵「ナニ其れは天然の血筋だから爭はれません、必ず雙方の血管に眞實の嬉しさが鼓動して、書類の證明よりも猶確に感知する事が出來るのです、イヽエ伯爵、私は早何だか自分の息子が遠からぬ所に居る樣な感じがして、アレ此通り身體が粟々ぞく〳〵します、懷かしい、オヽ懷しい」伯爵「御尤もです、では斯う致しませう、さいはひ暮内法師から、戸籍其他必要書類の證據類を、正式に謄寫して一通私の許へ寄越して有ります、其れを貴方へ上げますから、貴方の手で更に御子息へお渡し成さい」侯爵は三拜九拜せぬ許りである「アヽ何から何まで落ちも無く行屆いた貴方のお計らひには只管ひたすら痛み入ます、爾う致しませう、ハイ仰せの通りに致しませう、誠に私はお察しの通り萬事が家扶かふ任せで有つた爲め、獨り旅などへ出ては氣の附かぬ事のみです、何うか此後とも行屆かぬ所は一々貴方のお心附を願ひます」

伯爵は書類と云ふのを取つて來て渡した、侯爵は開いて讀んだ、勿論侯爵と折葉をりは姫との婚禮から永太郎の生れた戸籍の登記、其他侯爵家の財産の概略まで悉く分ツて居る「アア是を永太郎へ渡せば彼れ必ず歡喜します」伯爵「では約束の一萬圓、茲で差上げて置きますから」とて財布から百圓札百枚の束を出して渡した、侯爵はあたかも空氣に當てゝは消えて了ひでもする品か何ぞの樣にあわてゝ衣兜かくしへ捻込んだ、此の餓て居る所行だけは流石の狂言師も隱す事の出來ぬ天眞だと見える、伯爵は更らに「では只今永太郎君を茲へ寄越しますから、卅分間ほど茲でお待ち下さい、今私の出て行くふすまの所から、若い立派な人が入ツて來たなら、其れが即ち永太郎君ですから」斯う云つて伯爵は退いた。

若しも今茲で、皮春侯爵の爲めに第一番の得策を云はふなら、受取つた一萬圓に滿足してそつと立去るに在るかも知れぬ、けれど侯爵は其れほどの智者では無い、イヤ其れほどの愚人では無い、五萬圓、十萬圓、交際場裡、榮燿榮華など云ふ寶の山が眼前に横たはツて居て、今は唯だ其山の入口で、一攫ひとにぎりの砂を握ツた丈の樣なものに過ぎぬのだもの、何が何脱て此儘立去るられるものか、寶の山の奧の院までは行着いて見ねばならぬと充分決心して居るのは度胸も可なり有ると見える、併し其の只 一攫ひとつかみの砂も、仲々其の身には嬉しいと見え、卅分待つ間に其の砂を取出しては又納め、殆ど餘念も無く又待遠くにも感ぜぬ状であツた。

其の間に伯爵は、果して何の樣な永太郎に、何の樣に逢ふた事だらう。

巖窟王 : 一四二 上には上が

上には上があるとは此事だらう、皮春侯爵と爲つて來て居る半老人が、隨分巖窟島伯爵を感心させるほど旨く侯爵の役を勤めて居るのに、更に其の息子皮春永太郎と爲つて來た青年に至つては、旨い上に一層旨い、全く船乘新八の見立が暮内法師の見立にも優つたと云ふものだ。

伯爵が第二接見所へ入つて行つた時、茲に早や控へて居る永太郎は、父侯爵が棒の如くぎこちなく突つ立つて居たに引替へ、長椅子の上に身を樂に置いて、あたかおのれは此樣な贅澤な室には慣れ切つて居ると云ふ見榮であつた、爾して金の握の附いたすてつきを所在も無く弄んでゐた、勿論二千圓の旅費を得て來たのだから、充分の衣服みなりの外に高價なすてつき迄も買ふ事が出來たのだ、伯爵は一目に此樣を見て一方ひとかたならず滿足し「アヽ上には上」と我知らず呟いたが、やがて何氣無く「貴方が小侯爵皮春 -- 」青年「ハイ永太郎です、貴方は巖窟島友久閣下でせうか」伯爵「左樣です、多分貴方は、私へ宛た紹介状を持つてお出の筈ですが」永太郎「ハイ持てはゐますが書いた人の署名が聊か異樣ですから若や何かの間違ひでは無いかと思ひ -- 」アヽ此青年は、まづ巧に瀬踏せぶみしてゐるのだ、成程自分が小侯爵で無くて、小侯爵と名乘るのだから、凡そその境遇の分る迄は充分大事を取らねば成らぬ、伯爵は輕く笑みて「オヽ署名は若や船乘新八と有はしませんか」永太郎「ハイ爾あります、一向私の知らぬ名前ゆゑ、イヤ亞拉比亞物夜語あらびやんないとでは讀みましたけれど、實際其の名の人が有らうとは思はれませんから、若しや惡戲では無いかと思ひ……」伯爵「ナニ御安心成さい、船乘新八とは勿論假の名で有りますけれど、其の假の名が本名よりも此國では能く知られて、爾うして本名だけの責任を負ふのです、何しろ有名な英國の貴族ですもの、柳田卿が無責任な紹介状などを作りますものか」永太郎「エ、船乘新八とは、アノ英國の貴族柳田卿ですか、の方なら私も先逹せんだつて -- 」と、あたかも逢ふた事の有る旨を言ひ出相にしたが、多分は餘り名譽の境遇で逢ふたのでは無いと見え直ぐに言ひ直し「の方なら全く知らぬ譯でも有りません、成ほど無責任な事など成さる方で無い事は能く分ツて居ますから漸く安心致しました」眞に安心した樣子である、爾して紹介状を差出した。

之を受取つて伯爵は且讀み且 點首うなづきつゝ「アア先逹せんだつて柳田卿から私へ寄越した手紙と同意味です、併し一應は貴方から貴方の素性を伺ひたいと思ひます」永太郎は斯く請はれる事と待設けて居たらしい「ハイ私はダンテの不朽の著書にまで姓の出て居る伊國いたりやの皮春家の後裔ですが五歳の時、父博人の手から、或る怨敵に奪ひ去られまして、イヤついでながら申して置きますが、父は侯爵皮春博人と云ひ、母は小品こしな侯爵家の一女 折葉をりは姫で有ツた相です、五歳の時ゆゑ父母の顏を覺えませんけれど、物心覺えて以來は絶えず父母に廻り逢ひ度いと、折さへ有れば尋ねましたが、其の手掛さへ得ませんでした、わづかに父母の家の分ツたさへ實はツイ此頃の事で有ります」是れだけは本統らしい、成るほど父母の名も分らずに折さへ有れば尋ねて居たのだらう、何と無く其の言葉と聲とに、狂言としては餘り誠實らしい響きが有る、勿論伯爵の方は、何處までが誠、何處までが嘘と、此の永太郎自身が知つて居るよりも能く知つて居るのだ、伯爵「其れでは貴方は、船乘新八の差圖に從ツて、好い事を致しましたよ、實は父上の方でもせつに貴方の所在を求め、今も現に此家に來て居られますから」。

もとより自分が父に逢して呉れと求める爲に此家に來た事は知つて居るが、今現に父なる人が此家に居る事とは思はなんだ、其れに逢へば、或は何の樣に看破られるかも知れぬ、流石何から何まで考へ拔いて居る怜悧な男だけれど、あたかも足元から鳥が立つた樣に驚き「エ、父が、今此家にと仰有いますか」伯爵「爾です、只た今まで私は奧の室で、侯爵皮春博人君から貴方の事を聞いて居たのです、貴方が見えたと云ふに就き、博人君一人を殘して、座を立つて茲へ來たのです」

益々永太郎は、異樣に不安心の色を現して其身が早化の皮を引剥がれる時が來たかと氣遣ふのであらう、併し伯爵は氣遣ふ時間をさへ與へぬ「所が、父上の云ふ事と、柳田イヤ船乘新八が先頃私へ傳へた所と、唯今貴方の云つた事と三方が全く符節を合すが如くですから、私も安心しました、安心して今夜此家で、貴方と父上とを目出度く再會させる事が出來るのです」此方こつちも何時までも氣遣ふてなどゐる正直者では無い、「本統に父に逢ふ事が出來ませうか、私は伯爵、早胸が轟きます」伯爵「勿論お逢せ申しますが、猶ほ一應事情をお聞かせ申して置き度いのです、貴方を奪ツた奴と云ふのが、此頃になり慾心をおこして、父上へ大金で以て貴方を賣り戻すと云ふ氣になり、其の周旋を柳田卿へ頼んだ樣子です、其れは柳田卿が貴方の父上と懇意な爲めでせう、所が柳田卿は、噂でも御存じでせう、英國の一二の大金滿家で、人からは狂人と云はれるほどの慈善に熱心し、單に世の中に曲れるを伸べて遣り無實の罪を助けて遣ると云ふのみの爲めに、本名を隱して世界を漫遊して居るほどの方ですから、其の依頼者を憎み、其れではおのれが、其の永太郎の居る所を獨りで探し出して父侯爵へ歸し、爾して奪つた奴の惡計を破ツて遣ると云ふ氣になり、金に飽かして搜索し終に貴方を見出したと云ふ事です」何の樣な所で見出されたのか。餘り面目の立つ場所柄では無かツたと見え、永太郎は聊か顏を赤くした、伯爵「何の樣な所で貴方を見出したのか、其れは柳田卿から私へも話も無く、又私からも聞きませんが、兎も角も卿は貴方の境遇を見て一入ひとしほ憐を催されたと云ふ事です、是れは多分貴方が御存じでせう」永太郎は又極り惡げに「ハイ知つて居ます」伯爵「其れから卿は樣々に手を盡し、さいはひ私が今まで卿と多少の事業を共にした事があります爲に父子の引合せを私へ頼み、然る可き方面から父上へも書面を送り、萬事も落も無く運んで置いて、又何處かへ立つて了はれました、其の結果が、今夜貴方と父上と私の宅へ落合ふに至つたのです」永太郎「成るほど合點が行きました」眞に合點は行つたけれど、唯だ自分の身が眞の永太郎で無い丈が殘念だらう。

巖窟王 : 一四三 ソツと次の室

伯爵「父上は甚くお喜びでありますけれど、唯一つ心配成さるのは、若しや貴方が、下樣しもざまの者の手に育てられた爲、充分の教育も受けず、貴族の息子として世間へ示すに足らぬ樣な男と爲つてゐはせぬかとの懸念であります、一言に云へば若しや貴方が無教育ではありますまいかと恐れるのです」永太郎は躊躇も無く「イヤ其の點なら御安心を願ひ度いのです、私を奪ツた奴が多分は其の頃から、償金を取つて父へ私を賣渡す積であつたのでせう、賣返すには成るたけ私の身へ値打を附けて置かねば成ません、若しも父が見て、此の樣な無教育に育つた息子なら、とても大金を出して買戻す事が出來ぬと、ア斯う云ふ樣な事があつては大變ですから、世に謂ふ賣物には花を飾れよの道理でせう、充分に私へ教育を施しました、少くとも同年輩の青年には決して劣らぬ丈の學問が私にはある積りです」仲々理窟を旨く云ふ、而も其の理窟が、無根の事へ尤もらしく附會する理窟だから驚く可しだ、其の上に辨も好く言葉も仲々竒麗である、伯爵「イヤ父上の氣遣ふ教育と云ふのは學問ばかりで無く行儀作法などを云ふのです、譬ば交際場裡へ出た所で、學問の深い淺いが直ぐに容貌へ現はれるものではありませんが、唯行儀作法と云ふものは直に人前に現はれるものです、一見にして此人は如何にも貴族の息子らしいとか、何うも下品に育つたらしいとか」永太郎は聊かしよげて「其れも自分の心さへ清くば自然行儀作法にも叶はふかと思ひます、し人前へ出た所で、笑はれる樣な振舞は少しも無く、多分は流石皮春侯爵の息子だと襃められる積りですけれど、何分巴里の交際場へは初めての事ですから、特別な作法、特別な禮式などは知らぬ所があるかも知れません、而し伯爵私は唯自分の心の清いのを恃みとするのです、作法には疎くとも心だけは正直ですと云ふのが只一つの申譯です」伯爵は我知らず「能く云つた、能く云つた」と賞めた、イヤ實は口先の巧なのに呆れて了つたのだ。

やがて又「イヤ其樣な譯ならば、安心なさい、交際場へは私が後見人の樣に成り、能く手引を仕て上げます」永太郎「何分にも宜しく願ひます、シタが伯爵、父は定めし私の顏を覺えてゐて下さる事でせうね」伯爵「イヤ五歳の時に分れたので、薄々は覺えてゐるが、餘ほど其後違つた事だらうから、遭つたとて分るまいと心配してお出でした」永太郎は安心の色を隱して「其れは殘念です、能く私の顏を覺えてゐて下さらば、愛に免じても多少の缺點は咎めずに見過ごして下されませうに」伯爵「イヤ顏は覺えずとも、天然の血筋の感じは爭はれません、必ず雙方の血管ちすぢに嬉しさが鼓動しますから」是れは皮春侯爵と爲つて居る半老人の云ふた言葉を伯爵が其の儘用ひたのだ永太郎「其れは爾ですけれど」伯爵「ナニ父上は貴方の愛に溺れて居る樣な者です、貴方が巴里へ逗留中は毎月凡そ千六百圓、一年に二萬圓の定額を、隨意の小遣として與へると仰有います」永太郎「其の樣な事が出來ませうか」伯爵「出來ますとも、一年五十萬圓ほどの所得が有る家柄ですもの、尤も之は柳田卿からの注意に出た事で、卿は若し父がけちな事を云ふなら私に其れだけの金を立て替へる樣に仕て呉れと云ひ擔保まで入れて有ります」永太郎「でも其が一年も二年も續きませうか」伯爵「左樣、貴方が父上の身代を相續する迄は續きませう、但し年々殖えるかも知れません、貴方の年齡と共に年年境遇も進み、費用もかさむ事は御承知です、何でも父上の考へでは貴方を充分の巴里風に染ませ、爾して金滿家の令孃と縁組をする迄に至らせ度いと云ふお積の樣です、其れだから費用などは惜みません」

んな有難い話しが又と有らうか「伯爵、私は今夜直ぐ父に逢ふのだとは少しも思はずに來ましたけれど何うか直ぐにお逢はせ下さい」彼れの度胸は最早充分定まつたと見える、伯爵「お逢はせ申しますとも、實は父上は、永く此巴里に逗留する心は無く、二三週間で立去るお積りですから猶更貴方に逢ふのを急いで居られるのです」父が此身だけを殘して早く立去ると云ふのも亦有難い仕宜しぎである、伯爵「サア此奧に在る突當りの室へお出で成さい、實は私が連れて行つて上げるのですけれど、親子水入らずの對面には他人の居ぬ方が好からうと、父上へも爾う申して有ります、お二人で言ひ度いだけの事も云ひ、心も落着た頃を計り私も行きますから、」是れも亦有難い、何から何まで、眞に有難い事の鈴生すゞなりである。

永太郎は眞に父親に廻り合ふ樣に、勇々いそ〳〵と立つて奧の室へ行き入口の戸を開いて中に入ツた、そもそも何の樣な對面だらう、伯爵も怪しんで見屆け度いと見え、兼ねて其次の間へ覗く所を作つてある、父子おやこは爾うとは知るまいけれど、云ふ事も爲す事も、悉く伯爵に看て取られ聞き取られるのだ、永太郎が入ると共に伯爵もソツと其次のへ入つた。

巖窟王 : 一四四 親子の對面

愈々永太郎は父侯爵の室へ入ツた、實に其の度胸には驚かねば成らぬ、自分が侯爵の息子でも無く永太郎でも無い事はもとより知つて居る、其れだのに何うして親子の對面が出來るだらう、彼れは唯だ自分の頓智と辯才とを頼んで居る、ナニ本統の息子では無くとも、旨く息子らしく狂言をやらかせば其れで侯爵をだます事は出來るのだと思ふて居る、だまして温々ぬく〳〵と一年に五十萬圓の所得のある皮春家の若殿と爲り、年に其一割即ち五萬圓の小遣を與へられる身分に成れるのだと信じて居る、しや侯爵に看破せられ、我が息子では無いと叱られた所で元々である、イヤ明日にも自殺する外はない程の境遇に迫ツて居た今までの事を思ひ合せば、旅費二千圓の使ひ殘りが猶だ幾分か懷中ふところに在る丈でも元々よりは増である、立派な着物や立派なすてつきなどの身に殘る丈も元々とは雲泥の相違である、何の恐れる所があるものか、斯樣に腹の底を据ゑては居るが使しかし何樣容易ならぬ面會だから、成る可くは大事を取らねば成らぬと云ふ積りで、室へ入るが否や、先づ内より戸を締めて、而る後に父侯爵の方に向ツて進んだ。

しかし横着な點から云へば父侯爵とても決して永太郎に引けを取らぬ、自分が現に侯爵でない事を知つて居て、侯爵の顏をして待つて居るのだ、其の心の中で考へて居る所は大抵永太郎と同じ樣だ、誠に此樣な異樣な面會は芝居にも小説にもないだらう、世の中には猶更ない。

永太郎は先づ、ぎこち無くこはばツた樣に控て居る父の顏を覗く樣に見た、何しろ智慧の逞しい青年とは既に讀者に分ツて居る通りだから若し不斷ならば其鋭い眼力で或は本物の侯爵ではないと見破ツたかも知れぬ、けれど今は心に其れ丈のゆとりがない、唯だ自分の贋物と見破られては成らぬと云ふ用心に固まツて居るのだ、彼れは覗く樣に少し中腰になり、前額ひたひだけを前に突出して一足々々ひとあし〳〵つまづく樣に進み、餘り高くない聲で「阿父おとうさん、阿父おとうさん、貴方が眞に父上であらせられますか」と問ふた、實は彼れ成る可くは先づ父の聲を聞いて、出來る事なら自分の聲を其の聲に似させ度いのだから、自分の眞の音聲を隱して居るのだ、顏は到底急拵へに父に似させると云ふ事は出來ぬからせめては聲だけでも似せて置き度い、仲々用意は綿密と云ふ可きだ、父はがツくり此方に向き「オヽ息子、息子、其方が眞の永太郎か」父の聲も餘り高くは無い、之は何しろ初めての檜舞臺とも云ふ可きものだから、少しは慣れて心の落付くまで充分の技量をふるふ事が出來難いのだと見える、永太郎「お懷しう御座いました」父「懷かしかつた」永太郎「五歳いつゝの時からお別れ申したまゝ」父「オヽ五歳の時に別れたまゝ」永太郎「氣に掛らぬ日とては有りませんでしたのに」父「オオ氣に掛らぬ日とては無かつたのに」何だか鸚鵡と話してゐる樣だ、此方こなたの云ふ事が直に向ふから響いて來る、息子「お尋ね申す當とても有りませず」父「尋ねる當とても無くてなア」永太郎「恐れ入りますが阿父おとうさん -- 」父「氣の毒だが永太郎」永太郎「幼い頃抱き締て下さつた樣に、何うかお膝へ」父「オヽ幼い頃抱かれたやうに何うか此膝へ」永太郎「唯一度」父「唯一度」息子「抱いて私に安心させて下さいませ」父「抱かれて安心させて呉れ」忽ち二人は抱き合て、父のかしらは息子の肩に、息子の頭は父の肩に、全く芝居でする樣な状とは爲つた、けれど有體ありていに云へば本統の俳優がするほど旨くなかつた。

此時までは雙方ともに、自分の方は贋物でも、相手は確に本物だらうと思ふてゐた、所が何だか樣子が違ふ、抱いて見ても抱かれて見ても、父が抱く樣な抱き方で無く、子が抱かれる樣な抱かれ方で無い、天然自然に誠の懷かしさが血管に鼓動する樣に伯爵は云つたけれど、少しも其の樣な鼓動らしい樣子がない、向ふも此方こつちも同じ出來合の役者だらうか[、?]併し未だ「眞まさかに」と云ふ念が有る爲め、雙方餘ほど長い間抱き合つてゐたが、疑ひは永太郎の方が強かつたらしい、まづ彼の方から手を解いて離れて了つた。

其れでも猶だ充分に大事は取つてゐる、彼れは恭々しい態度で父に向ひ「私の身分を證明する樣な、何か書類でもお渡し下されませうか」彼れは手紙に在つた船乘新八の差圖を忘れてゐぬ、父も巖窟島伯爵の差圖を忘れぬ、「オオ、其の書類は茲に在る、之を見よ」とて、先刻伯爵から渡された書類を差出した、何うも其の差し出す迄の樣子さへ眞に迫つてはゐぬ、此方こつちからのぞいてゐる伯爵は、此後が何うなる事かと、半氣遣はしげに半樂しげに呼吸いきを凝した。

巖窟王 : 一四五 被害者の資格

父の侯爵が差出す書類を息子の小侯爵は受取ツた、授受ともに尤もらしくはあるけれど既に兩人の心には一種の疑ひがきざして居る、自分が本物で無いのみならず、何うも相手も本物で無いらしい。

斯う思ふと益々以て不審に堪へぬ、自分が本物でない事は怪しむに足らぬけれど、何故相手が本物でないのだらう、本物でない同志が何うして親子と名乘り合ひ、何うして斯う親子の對面の樣な事をする仕しぎに成つたのだらう、誰か外に、何かの目的を以て此樣な事をさせる人があるに違ひない、詐欺師だらうか、策士だらうか、自分の少しも其邊の心當りがないけれど或は相手は其の事情を知つて居るのだらうか。

此樣に疑ふて、永太郎は恭々しく書類を受取りつゝもジツと父侯爵と稱する人の顏を見た、侯爵の方も同じく息子永太郎と稱する青年の顏を見た、斯く見合つたまなこの中に、雙方とも自分は贋物と云ふ自白を含んでゐた、互に其れとはなく合點し合ツた、併し永太郎はやがて書類を打開いた、爾して中に在る婚禮の登記の寫しや皮春家の財産の目録などを讀んだ、之を本物と思へば非常に心も動くけれど、嘘と思ツては有難くも何ともない、彼れは見終ツて「全く正式らしく出來てゐる」侯爵「正式とも、總て公證役場や寺院などで寫させたのだもの」永太郎は嘲る樣な笑を帶て忽ち伊國いたりや語を使ひ「ですが侯爵、伊國いたりやには懲役などと云ふ事はないと見えますね」

竒怪千萬な問ひである、侯爵は合點が行かぬ、而し猶侯爵を氣取つた儘で「何と云やる、息子」永太郎「ナアニ、若し懲役といふ事がある國なら、此の肩書に、重懲役三度とか輕懲役四度とか明白に書いてなければ成りません」侯爵は少し怒つた、怒りの中には幾分の恐れも籠つてゐる、その證據には彼れも直ぐに伊國語と爲り「しからん事をいふ」永太郎「しからんではない、私の眼力には敬服でせう、懲役の味を知らぬ人間が、侯爵でもないのに侯爵、父でもないのに父などと、その樣な役が勤まりますか」

星を指す樣な言葉である、侯爵は目を開いたまゝ暫しは返す言葉も出なんだが、いづれにしても自分唯一人贋物に落とさる可き場合でない、忽ち聲を鋭くして「その樣な事を云へばお前とても本物でない事が能くおれに判ツてゐる」との意味が此一語に籠つてゐる、永太郎は直に打解けて「だからさ、互に何も彼も打明けて、能く相談し乍ら掛引せぬと、贋物同士で旨く仕果しおほせる筈が無いからね」さては互に假面を脱いで、連合しやうと主張するのである、斯うなると惡人同士は悟りも早い侯爵「其れは、爾うだ、如何にも打合して掛引せねば」早根本の約束だけ成立つた樣なものである、實に呆れた返辭である。

永太郎「何處かに大きな詐欺師が居てお互を玉に使つて居るんだぜ」早言葉も下卑て來た、侯爵「其れは無論さ」永太郎「併し其の詐欺師の事情や目的が、明白に讀める迄は、お互に、神妙に父子おやこの役を勤め、侯爵小侯爵で立派に推通して行く外は無い」何うしても惡人の間では、智慧の毛ほどでも優ツた奴が直ぐにかしらの地位を占める、侯爵の方は早自然に、息子を先導の地位に推し立てたらしい「それは無論だ、おれは玉に使はれても何でも能い、此地位を失ふては成らぬ、何も自分が財産を欺き取られる被害者では無いんだから」永太郎は又嘲笑ツた「ヘン被害者、誰もお前に、被害者の資格があらうたあ思はないよ、幾等詐僞に罹つたツて害されやうの無い身上ぢや無いか」「お互にさ」永太郎「爾さ、詐僞に罹れば、罹ツて居る間だけもとくが行くんだ、其樣そんな事よりは先づ、二人が茲へ來る事に成つた次第を比べて見やうではないか、互に其の次第を明し合へば又合點の行く所があるかも知れぬ」侯爵「爾うだ、爾うだ」と又永太郎に贊成した。

爾して二人は、直ぐに銘々が茲へ來る事と爲つた次第を語り合つた、一人は暮内法師の手紙のため、一人は船乘新八の手紙のためだ、事情のみか文句までもほゞ似てゐる、けれど其れ以上は少しも分らぬ。

「ハテナ詐欺師が誰で、誰が其の詐僞に罹るのだらう」

「罹るのは此家の主人よ」

「イヤ爾うらしくもない」

「ナニ爾うだよ、既に伯爵は一萬圓からの損をしてゐるぜ」

「エ、一萬圓とは」

「是れ茲にさ、此金をおれに呉れたよ」とて自分の衣嚢かくしを叩いて示した、其れでは必ず此身へも同じ程の金子きんすを呉れる時があらうと思ふから永太郎は敢て其金を山分などとは云はぬ、云はぬだけ彼れは奧深い所もある、彼れは又暫し考へた末、「兎に角我々は玉に使はれつゝ旨い仕事をするより外はない。詐欺師が誰か、誰が詐僞せられるのか、餘り其の樣な事を疑ひ過ぎて、却て其れが爲めに、玉にさへも使ふ事の出來ぬ奴等だと認められちや大變だから、何でも當分の中は、目をねむつて[注:つむつての誤り?]、差圖をされる通りに仕やうぢやないか」

「爾う仕やう」

「飽迄もお前が父侯爵、爾して私が息子小侯爵の積りで」

「其れが好い」

「其の中には自然と分る時が來るだらう」

「爾うだ、自然と判る時が來るだらう」

相談のまとまツた所へ、彼方から足音が聞えて、巖窟島伯爵が入つて來た、二人は足音を聞くと共に遽々きよ〳〵然と、侯爵小侯爵の役目に還り、全く數十年目に再會した父と子が、互に離れ兼ぬる樣に抱き合つて涙に呉れてゐた、最う打合せの行屆いた爲め、狂言が氣に乘ツて、狂言とは見えぬほど旨くなツた。

巖窟王 : 一四六 心得ました

入つて來た巖窟島伯爵は、二人が抱合つて涙に呉れて居る樣な状を見て「オヽ御兩所は泣いて居られるか」大侯爵は息子を放して「ハイ久々の對面に、嬉し涙が先に立ちまして」小侯爵も猶豫せず「泣くまいと思ふにツイ涙が」伯爵はゑましげに「イヤ涙の出るほど嬉しいとは羨ましい譯ですが、兎も角も目出度い、是に就けても先づお二人とも此地へ逗留の手筈を定めねば成りますまい」と云ひ、是より親切な忠告の口調を以て宿屋の事から、馬車の買入や、衣服を注文する仕立屋の事をまで一々に語り聞かせ、更に小侯爵に向つて當座の小遣を用逹ようだてると稱して、先刻大侯爵に與へたと同じ程の金を與へた。

兩人ふたりが猶豫も無く伯爵の言葉を承知したのは無論である。最後に伯爵は「お二人とも、是から交際場成さるぬ就ても人に向つて正直に、親子が久し振に出遇つたの、或は息子の方が幼い頃から敵にさらはれて居たのと有の儘の事實を云ひますと、却て人が作り話の樣に感ずるかも知れませんから、矢張り世間に有觸れた樣に、息子を此國の或地方に在る高等學校へ入れて置いて此度丁度卒業したから、露國へ出張の途次此の巴里へ立寄つて呼寄せたのだと斯う仰有るが好からうと思ひます」侯爵「如何にもお説の通りです、其れに又實際私は近々露國へも行き度いと思つて居りますから、爾う云ふも滿更の僞りでは有りません」と妙に露國行の事へ力を入れて答へるのは、他日萬が一此土地を逃出さねば成らぬ樣な場合が有つても幾等か此口實が役に立つかも知れぬと遠くおもんぱかつての事だらう、息子の方は爾で無い、「阿父おとうさんが露國へお立成されても私丈は矢張り此地に何時迄も居て」一年二萬圓の手當で贅澤を盡したいのだ、伯爵は父に代り「爾ですとも貴方を此巴里の交際場へ入れ、先刻も申す通り成らう事なら然る可き縁談までも出來る樣にさせ度いと云ふのが父上のお望みですもの、ねえ侯爵」侯爵「爾です、爾です」伯爵「お兩人ふたりの名譽を以て交際場へ入るのは譯も無い事で、必ず遠からぬ中に招待状の雨が降る樣にも成りませうけれど、茲に差當り私は晩餐會へお招きして、歴々の方へお引合せ致しませう」此引合に多分何かの目的が潛んで居るに違ひ無いと二人は察した、何の目的にもせよ、早く逹する所まで逹して、自分等の立つて居る今の足場が何れほど危險か何れほど安全かを見屆け度い、侯爵「有難くお招きに與りませう」小侯爵「其の晩餐會は何日いつでせうか」伯爵「イヤ詳しい事は招待状にしたゝめて明日お宿へ差出しますが明後土曜日の午後六時からです、是より侯爵が取引なさる有名な段倉銀行の頭取男爵段倉喜平次君夫妻も來客の中にあります、取分け此方へは懇意をお結び成さるが得策でせう」侯爵「心得ました」小侯爵「私もですか」伯爵「勿論です」小侯爵「心得ました」

若し伯爵が、此の土曜日の晩餐會を以て兼て目論む大仕事の序開じよびらきとする積りならば斯まで準備に手を盡すも無理は無い、或は此上にも猶ほ幾樣いくやうの準備が有るかも知れぬ、其れは扨置さておき、兩ふたりは先づ是で用事も盡きたと見え立掛けたが、侯爵の方は又何か思ひ出して「當夜の衣服は何う致しませうか」伯爵「貴方は軍服に限ります、多分はお國の家扶かふから屆ける行李の中に佐官の服や勳章なども有りませうから成る可く正式に成さるが宜しい」軍服ならば此人のぎこちない姿勢に最も似合ふ筈だから、贋物と分る恐れが無い、小侯爵「私は」伯爵「貴方は書生上がりの事ゆゑ、餘り華美はでには及びません、成る可く小意氣に爾して上品に、如何にも大家の若殿だと感心せらるれば好いのです」六かしい忠告だけれど、もとより永太郎の柄に在るのだ。侯爵「心得ました」小侯爵「心得ました」

是れで兩人は辭し去つた、伯爵はたゞちに窓の所へ行き、其立去る状を見たが、全くの親子の樣に兩人ふたり手に手を引合つて密接して歩んで居る、伯爵は笑つて呟いた「アノ樣に揃も揃つた兩人ふたりが、眞の父おやこで無いのは殘念だ、兩人ふたりとも牢かだ出されて間も無い身で、魂性こんじやうまで同じ事だのに」

巖窟王 : 一四七 空前の竒觀

此翌日は金曜日である、大仕事の序開じよびらきと思はれる土曜日の晩餐會が直ぐ明日に押寄せたのだ、若し伯爵が晩餐會に就て何か準備を要するならば、此日の中に運ばねば成らぬだらう。

準備は大抵調ツて居る、唯だ伯爵の氣に掛るは、場所が吹上小路であるが爲めに、若しや肝腎の蛭峰が、自分の舊惡を思ひ出し恐れて出席を斷りはせぬかとの懸念である、既に蛭峰の妻からは無論參上と云ふ返辭を得て居るけれど、猶も念の爲蛭峰自身から直接に固い返辭を聞いて置かねば成らぬ、之が爲に伯爵は先づ蛭峰のやしきを指して家を出た。

併し伯爵は此外にも多少の用事を持て居る、其の一は蛭峰の家の後街うしろまちに當る大尉森江眞太郎の一家をふ事である、伯爵は何時でも此邊へ來れば森江の許へ立寄らずには歸り得ぬ、全く森江一家に此世に於ての唯一つの善人の家と思ひ大尉森江眞太郎を我兒とも云ふ程のいつくしんで、嬉しさにも悲しさにも總て彼れの顏を見度いのだ、其れと見れば嬉しさは益々度を増し悲しさは忽ち消えると云ふ程の状である、是れが爲に此日も蛭峰の家よりも前に先づ眞太郎の家に立寄つた。

* * * * * * *

若し蛭峰の家へ先に立寄つたならば大變な椿事を見ることが出來る所で有ツた、蛭峰の家には彼れが伯爵へも話した通り今猶ほ其の父の野々内彈正が活て居て、中風の爲、全身不隨とは云へ心だけは確であツて奧庭の隱居所は入つて來たのは蛭峰の先妻の娘、彼の華子である、多分は今日も垣根越に眞太郎と何か話でも仕て居て祖父に藥を勸める刻限となツた爲分れて茲へ來たので有らう、顏には猶だ心配の色が殘ツて居る、此姿を見て病人は「オヽ待つて居た」と云ふ樣に、嬉しく其 まなこを光らせた、全身中で動くのが唯だまなこばかりとは憐む可き病では有る。

先づ藥を呑ませた上、靜かに祖父の顏に顏を寄せ「祖父おぢいさん、大變な事に成りましたよ、愈々毛脛安雄さんの歸朝の日が極ツたと云ふ事です、今朝阿父さんから私へ其話が有りまして -- 爾して」と言掛けて祖父の顏を見るに、一々聞取つて合點して居ると見え、まなこを張開いて居る「爾してねえ、何うしても婚禮の證書へ署名せよと云ひ、無理に私を承知させました、多分後程には阿父さんと阿母さんとが其證書を以て茲へ來るのでせう、何うしたら好いでせうねえ」

問ふたとて返事の出來ぬ病人へ、何の甲斐が有る者ぞ、併し華子は猶も語を繼ぎ「今も眞太郎さんに逢ひ其事を相談しましたけれど、の方も途方に暮れて、最う此上は自分が父の樣に頼みとする巖窟島伯爵へ相談して見る許りだと云ひました、巖窟島伯爵とは、ソレ先日私がお話し申したアノ阿母さんと重吉とを救ツて下さつた方ですよ、眞太郎さんの云ふには、此方は眞に人間以上とも云ふ程の力が有り何事をでも自分の意の儘に振替る事が出來、其れに此家の阿父さんからも尊敬を受けて居るから、何うか工風が有らうも知れぬと、此樣に云ふのです、若し伯爵の力で行かねば其上は最後の非常手段に訴へるのだと云ひました、非常手段とは何事だか知りませんけれどの樣に熱心な方ですから私は、自殺でもする氣で有るまいかとホンに悲しくなりましたわ、エ祖父さん、先日、私と毛脛安雄と婚禮の出來ぬ樣に遮ツて遣ると受合つて下さツたが、オヽ遮ると云つたとて此お身體で、何を成さる事も出來ず、祖父さん、祖父さん、今でも何か其の工風がお有りでせうか」祖父「有るよ」

「有るよ」と口で云ふ事は出來ぬ、目で云ふた、そもそも此の野々内彈正の目で云ふ言葉を聞取る事の出來るのは華子と、父の蛭峰と、永年彈正に仕へて居る一人の老僕との三人である、蛭峰夫人の如きは數年此室へは來るけれど、目の言葉に對しては聾同樣である、少しも解する事が出來ぬ、又解し樣ともせぬのだ、華子「では今直に遮り止めて下さいますか、今で無くば、婚禮證書へ署名させられた後では何とする事も出來ませんが」彈正「然り」華子「其れでは直に阿父さんを茲へ連れて來て戴きませうか」彈正「然り」

「然り」と云ふ時には、靜かに兩の目を閉ぢて安心の状を示すのだ「否」と云ふ時には忙しく瞬潑まばたきするのだ、其外に右の目のみを閉ぢるのと、左の目のみを閉ぢるのと都合 四よつつの符牒が有る、とは云へ唯 四個よつつだけの符牒で、何うして婚禮を推留て破談にさせると云ふ樣な込入つた掛引が出來るだらう、覺束なさの限りである、けれど華子は覺束無いと思はぬか、聊か力を得た樣子で茲を立去り、たゞちに父蛭峰を連れて來た。

蛭峰はと嚴重な顏をして彈正の枕頭まくらもとに坐し「何か華子の婚禮の事に付き、私へお話が有りますか」彈正「「然り」と答へて次に「否」と答へた、蛭峰は半華子に向ひ「ソレ『然り』と『否』とを混同成さる程だから、最うお心も確で無い、何事もお耳に入れぬ方が好いだらう」早や父の干渉を跳退けて居る、彈正のまなこは鋭く開き、殆ど叱り附ける樣に蛭峰の顏を射た、其の意味は能く分ツて居るけれど蛭峰は分らぬ風で「アヽお可哀想に、一日一日、お心が混亂すると見える」何たる不孝な男だらう、華子は父に向ひ「イエ、爾では有りませんよ、『然り』と『否』とを重ねて仰有るは、婚禮の事にも話が有り、婚禮で無い事に就ても話が有るとのお知らせです、今迄も度々成さる符牒です、ねえ祖父さん」彈正「然り、然り」蛭峰「爾う澤山のお話が一時に出來るものか、強てすれば御病氣に障るに極つて居る」彈正は異樣なまなこで室の隅をジツと眺めた、華子は其意を察し「アヽ室の隅に在る字引を持つて來るのですか」と云ひ直に立つて、手輕な一册の字引を持つて來た、爾してABCの頭字を順に指示すと、Nの字に到ツて「然り」と目を閉ぢた、Nの字で初まる言葉は千萬無量の數である、成るほど其れを一々に探して居ては、とても澤山の話は出來ぬけれど華子は氣轉を利かせ、自分の口で母音の五文字を徐々しづ〳〵と繰返すと、Oの字に到ツて又 まなこの言葉が有ツた、今度は更に字引のNOの部で順に一字づゝ指さして行くとnotaryのーたりーの語に及んで留まツた、是れは公證人と云ふ心なのだ、華子「では公證人を呼んで來るのですか」彈正「然り」蛭峰は驚いた「公證人とは遺言か何か作るので無くては用事の無い人ですが、貴方は遺言でも作り度いのですか」彈正のまなこ「勿論然り」全身不隨、口さへも利けぬ人が、遺言状を作るとは空前の竒觀である。

巖窟王 : 一四八 公證人

全身不隨とは云へ野々内彈正は確に遺言状を作る資格が有る、何故ならば此人は息子蛭峰の家に隱居して居るけれど蛭峰の厄介に成つて居るのでは無く自分で獨立の財産を以て居るのだ、死ぬる前に遺言状を作り此財産の始末を附けて置くのが當然である。

財産の高が如何ほどであるかは蛭峰も知らぬ、けれどちつとやそつとで無い事は判ツて居る、昔は共和黨の大部分が殆ど此人の財産を運動費のおもなる出所と仰いで居た事も有るのだから、通例世間で財産家と言囃されて居る人の財産よりは多いかも知れぬ、若し此人が遺言状を作らずに死ぬる日には父と云ひ子と云ふ縁で自然に其の財産が蛭峰の物になるのだ、今が今まで蛭峰は内々之を當にして居た。

所が今茲で故々わざ〳〵遺言を作り度いとは、蛭峰より外の者へ其財産を遺し度いと云ふ意味に極つて居る、蛭峰は驚いて、加勢の爲に我が妻を呼びに行つた。

其後で華子は祖父彈正の眼に迫立せきたてられ老僕を公證人の許へ迎へに出した、引違へて蛭峰は妻と共に茲へ來た、妻はと神妙に彈正の顏をのぞき、優しい聲で「阿父さん[、]阿父さん」と日頃餘り用ひた事の無い親身の呼方を用ひ「貴方は遺言を作ると仰有るなら華子を相續人に成さるお積りでせう、幾等華子が貴方の御介抱を引受けて居るとは云へ、少しは公平と云ふ事を考へて下さいまし、華子は既に母御から遺された財産が、婚資には餘るほど有つて其上に米良田の祖父さんも祖母さんも有り丈の財産を華子へ遺す事に極めて有ります、最う華子の身には多過ぎるほどの遺産が附いて居ます、一切を積れば何百萬と云ふ高に成ります、其上に又貴方の遺産を加へては必ず多過ぎて決して華子の幸福には成りませんよ」と自分の慾心を露出むきだしにしていと無遠慮に口説き立てた「ねえ祖父さん、貴方は華子を相續人に成さるのでせう」彈正のまなこは「否」爾では無いとの意を示した。

爾では無い、華子では無い、其れなら誰だらう、蛭峰夫人は驚くと同時に喜んで「オヽ祖父さん、華子で無くて私の子重吉を相續人に仕て下さるのですか、アヽ其れでは公證人をお呼び成さるも御無理では無い、イヽエ爾ですとも、華子とても、重吉とても、同樣に貴方の孫で、殊に重吉の方は男、後々財産次第で何れほどの出世が出來るかも知れません、其れに彼れは、可哀想に未だ誰からも遺産などは受けて居ません、貴方が彼れを相續人にして下されば -- 」彈正の眼は先刻から引切無しに瞬潑まばたきして「否」「否」「否」と續けざまに拒絶しに居る、夫人は初めて氣が附いてと腹立しく「オヤ重吉でも無いのですか、其れなら誰です、誰を貴方は遺言状へ書入るのです」問ふたとて返辭の出來る筈は無い、彈正は唯だまなこを見開いて、あたかも「此の慾深き女奴が」と云ふ樣に夫人の顏を睨み附けた、けれど夫人は仲々めげぬ「アヽ矢張り祖父さんは、最うお心まで衰へて、能くは物事がお分り成さらぬのだ、御覽よ華子、の樣に目を大きく成さるのは符牒には無いのだらう、然りとか否とか云ふ符牒を間違へてアノ樣にお睨み成さるのだらうよ」憐れむ可き老父に對し斯る言葉を加へるとは實に鬼のする樣な仕業しわざだけれど、此夫人の後々の所業を見れば、是くらゐの鬼々しさは怪しむにも足らぬのだ。

斯る所へ老僕に迎へられ、近所の公證人が入ツて來た、蛭峰は遽たゞしく之に向ひ「イヤ御苦勞では有りますが、御覽の通り遺言を作る可き本人が全身不隨で、聲を出す事も出來ず、無論自分の思ふ所を正當に言現はす手段が無いのですから、此有樣をお見屆けの上、一家の不幸を釀さぬ樣に願ひます」とは遺言を作る資格の無い廢疾の人と見做して立去り呉れとの謎であるけれど、此公證人は、來る路で詳しく老僕から話を聞き、まなこの言葉と華子孃の通譯とで如何なる問答も出來る事を知つて居る、其れのみか斯る空前の遺言状を自分が引受けて作ツた上、其顛末を法律雜誌にでも寄書すれば自分の盛名はとみに揚がり、巴里第一流の公證人に數へられる事も出來ると、一方ひとかたならぬ熱心を以て茲へ來たゆゑ、容易に蛭峰の手には乘らぬ「イヤ本人の容體などはお使の方から能く聞きました、兎も角も、何等かの手段を以て思想を現はすことの出來る人なら御存知の通り遺言状を作る權利が在ツて、其れを公證人たる者が無視する事は出來ません」勿論蛭峰は廿有數年來自分が法律を取扱ふ職に居て、今は全國に一人の大檢事と云ふ地位をまで占むる丈けに「御存じの通り」と云はれても仕方が無い「イヽエ知りません」と云ふ事は出來ぬ、公證人は猶も熱心に「確本人がまなこで發する言葉を、イヤ合圖を、孫娘の方が正當に通譯する事が出來る樣に聞ましたから、私は第一に其のまなこの合圖が果して正當に當人の意思を現はして居るかを試驗し、第二に孫娘の通譯方が果して正當で有るかを見屆け、其上で自分の職務を行ふ可きだと思ひます、勿論非常に責任の重い譯ですから、實は唯今道寄して同業の一人を立會人に頼んで來ました」成程別に一人の同業者をまで立會はせてする事なら最早や遮る口實は無い、蛭峰がと不興げに口をつぐむ所へ、丁度其の一人の同業と云ふのが又遣つて來た。

巖窟王 : 一四九 婚姻政略

やがて此二人の公證人は、妻子に向ひ、野々内彈正が何の樣な方法にて話するかを問ふた、華子の返辭は、公證人の來る道で老僕から聞いた所と同じである、少しも疑ふ所は無い、けれど念の爲に直々彈正の顏の前に行き「貴方は『然り』と云ふ意を現はすには眼をお閉ぢになりますか」彈正「然り」公證人「否と云ふ時には何う成されますか」彈正は斯すると云ふ如くに目を瞬いた、果して此符牒が間違ひ無しに行はれるので有らうか、公證人は試みに二三の事を問ふて見たが、少しも間違ふ所は無い、「貴方は遺言を作り度いとお思ひですか」彈正「然り」公證人「其れを作るに就て、貴方の意思の通譯人に華子孃を用ひて差支が無いと思ひますか」彈正「然り」

最早躊躇する所は無い、公證人は更に蛭峰に向ひ「此樣な次第ならば吾々は職務として、此の當人の依頼に應ぜねば成りません」と言渡した、蛭峰も最早仕方が無い、不承不承に屈服して了ツた、是より愈々華子の通譯で、遺言に書入る可き彈正の望みを問糺とひたゞした、勿論容易には運ばなんだ、或は先刻華子の用ひた方法の通り字引を用ひたり、數字を「零」より「九」まで記して置いて、一々指示して財産の高を問ふたり、一取りの手數では無かツたが、併し驚く可きである、此の無口無聲の病者が、終に自分の希望だけを可成精密に公證人へ知らせる事が出來た。

其の結果をつまんで云へば、彈正の財産は株劵で九十萬圓ある、爾して、四歩の保證利息が附いて居る、全體ならば華子へ讓る可きだけれど、華子の婚禮が不承知ゆゑ讓る事が出來ぬ、若しも此縁談を破り、更に華子自身の氣に入つた所天をつとを持たせるならばあらためて相續人を定むるか爾無きに於ては此九十萬圓は共和黨の倶樂部へ寄附すると云ふのである、兎に角も彈正は此遺言で以て華子への約束を守つたのだ、華子と毛脛安雄との婚禮を妨げやうと勤めたのだ、流石は昔共和黨の首領とも云はれた剛の者の所爲である、併し果して此遺言の意旨が、彼の縁談を破る迄に蛭峰の心を動かし得るであらうか。

之を聞終つた時の蛭峰の立腹は一通りでは無かつた、其れも無理は無い、此の一家一族の内に在る九十萬の大身代が唯此一擧で形無しに成つて了ふのだもの、彼れは叫んだ、「私は爭ひます、爭ひます、若しも此財産を貧民院へ寄附するとでも云ふならば、間逆に貧民の幸福を奪ふには忍びませんから喜んで服しも致しますけれど共和黨の資本に成ると有つては爭はずに居られません」中々旨い口實を用ひる、成程、是も流石である、大檢事を勤むる人の口である、誰も一言の此評を加へる事が出來ぬ、唯だ一人、先刻さつき公證人を迎へに行つた彼の老僕が、一同の鎭まり返ツた中に嘲ツた「爭ふとて爭ふ道は有りません、孃樣と毛脛安雄さんとやらの縁談を取消さへすれば其れで好いのだ、安雄と云ふのは昔彈正樣の敵で有ツて誰かに殺されたとか河へ溺れて死んだとか云ふ毛脛將軍の息子だから、彈正樣が此縁談をお歡び成さるは尤もだ」

如何にも此言葉の通りである、此縁談を破りさへせば九十萬圓は矢張り此一家一族より外へは出ぬのだ、蛭峰夫人は所をつとを諫めた、「此縁談を取消さうでは有ませんか、何も九十萬圓を捨てまで、安雄さんを婿夫むこにせねば成らぬ筈は無いでは有ませんか」此夫人の心では、兎に角にも此九十萬圓を保存して置けば遲かれ早かれ自分の息子重吉の物に成るのだと見込んで居る、併し蛭峰は仲々應じ相な氣色は無い。

彼れの本來の性質から考へて見れば、九十萬圓を取留る爲には一も二も無く此縁談を取消し相に思はれるけれど、實は此縁談は九十萬圓にも代られぬ意味があるのだ、其を何故かと云へば世に能く例の有る婚姻政略と云ふ者で、自分の「家[」]へ大なり光を添へたのだ、毛脛の家は代々の國王黨で、殊に安雄の父が共和黨に殺されたが爲め朝廷でも毛脛將軍を眞に勤王隨一の人で有つたかの如く見做して居る、之れに反して蛭峰は自分一代の俄拵にわかごしらへの勤王黨で有るが爲めに、し朝廷の信認が深い樣でもやゝもすると物足らぬ所がある、殊に自分と出世を競ふ同僚者などからは、をりさへあれば蛭峰は共和黨の家筋だなどと風聽せられる、若しも今自分の家が婚禮で以て勤王隨一の家柄と結び附けば、自分は大檢事たるのみか大宰相にも成れるのだ、今までとても既に其心があツて米良田家の令孃禮子を我妻にしたけれど禮子は華子を生落した許りで此世に無い人と爲つた、若しも其後更に何等かの手段を以て他の勤王の家柄に結び附き、朝廷に於ける自分の名譽と勢力とを揚げて置いたなら、今既に、イヤ幾年前に、大宰相にも成つて居る所なのだ、斯樣な深い仔細がある爲め、仲々九十萬圓の爲にも此縁談を取消す事は出來ぬ、彼れは斷乎として言ひ切ツた「何の樣な事情がありとても安雄と華子は夫婦です」と、爾して席を蹴つて立去ツた、妻も續いて去ツたが丁度此時其家の客間には巖窟島伯爵が來て居た。

其れは扨置さておき、後に華子は絶望して「何うしませう祖父さん、貴方が折角心を盡して下さツても水の泡です」とて泣いた、彈正の眼は「否、否」と瞬きした、華子「オヤ、否と仰有れば、た此外の工風がお有りですか」彈正「然り」華子「其の工風は確に效能がありませうか」彈正「然り、然り」年は既に八十に逹し、身は不隨の病に罹りながら、猶ほ自分の息子蛭峰の如き豪者えらものと健鬪するとは、此人の名が歴史の上に今以て輝いて居るのも偶然で無い、併し唯だ其の工風と云ふのが何の樣な工風だらう、果して、其「然り」と云ふ通り「確に效能が有る」だらうか、亦見るものゝ一つと云ふ可きだ。

巖窟王 : 一五〇 運の神、福の神

是より二時間の後、二人の公證人は野々内彈正の遺言状を正式に作り了ツて此家を辭し去ツた。

其れは扨置さておき彈正の所爲を怒ツて憤々ぷん〳〵として自分の居間に引上げた蛭峰は、續いて入來る我妻より客間に巖窟島伯爵が待つて居ると聞き、苦い顏して漸く怒りを押鎭め、妻と共に客間に出た、けれど夫婦とも腹の中は彈正の遺言状に對する無念が滿ちて居る爲、自ら言葉が其方へ反れた、最初に口を開いたのは妻の方で、其言葉は「伯爵、アお聞き下さい、人の家には思はぬ不幸の有るものでは有りませんか、私共では今日一日に九十萬圓の財産を損失致しましたよ」と云ふので有ツた、伯爵は此樣な事を聞に來たのでは無く、明夜あしたの晩餐會にい蛭峰を缺席させぬ爲に、云はゞ約束へ釘を打ちに來たのだけれど、何しろ此家の内事を聞く事は何よりも有難い所である、實は内事を聞くが爲に兼て探りの人を入込ませて有る程の次第である、今は其れが、直接に夫婦の口から自分の耳へ聞き取る事が出來るのだから、逸すべからざる好機會と云ふものだ「オヤ、九十萬圓、其れは又大變な御損失です、通例の身代ならば一時に消滅もする程でせうに」煽る言葉に夫人は勢を得て喋々と遺言状の一條を語り出で、最後に及びて「けれど蛭峰も、餘り頑固では有りませんか、其れでも自分の言條を通し、何うしても華子を毛脛安雄の妻にすると言切りました、今時に此樣な人が有りませうか、九十萬圓の損をしても自分の言葉を守ると云ふ樣な -- 」伯爵は茲ぞと思ひ只管ひたすら感服の色を示して「イヤ言葉を守ると云ふ事は人間の最上の美徳です、毛脛氏へ娘を遣ると約束したから、九十萬圓の損失を忍んでも其約束を守るのは、如何にも蛭峰さんの本領でせう、此本領がお有り成さればこと大檢事と云ふ重い職責が盡されるのです、全く彿國ふらんすの司法權が獨立の美名を保ち能く其威信を繋いで居るのも此樣な方が有る爲です」蛭峰は此襃め言葉に初めて顏を柔げ「イヤ自慢では有りませんが、生れて曾て言葉をんだ事の無いのは私でせう」嘘ばかり云つて居る、伯爵「オヽ其れでは最う、明夜の晩餐會のお約束も私から念を押すは却て無禮に當りますね、實は今日こんにち其爲に參ツたのですけれど」と巧に利き所を見て釘を打つた。

蛭峰「無論です、一旦お約束を申した上は、何事を捨置いても出席します、シタガ矢張りエリシー街のおやしきですね」夫人はかたはらより「アレ貴方、田舍の別莊に於てと云ふ事が昨日の招待状に在つたでは有りませんか」言葉を重んずると云ふ人が、場所を忘れて居たと有ツては聊か極りが惡い、實は忙しさに紛れ能くは讀まなんだので有らう、蛭峰「オヽ爾々、田舍の御別莊、其れならば猶ほ結構です、此頃は煩はしい俗務ばかりで、一 せき何處か靜かな所で、清い談話に耳を洗ひたいと思つて居りました、確か御別莊は -- 」伯爵「ハイ別莊はオーチウルです、爾して時刻は六時から」オーチウルと聞いて、極めてかすかだけれど何だか蛭峰の顏に雲が掛るかと思はれる樣に見えた、蛭峰「オーチウルの -- 」伯爵「吹上小路です」蛭峰「エ、吹上小路」果して彼れの眉間みけんしかんだ、伯爵「ハイ吹上小路二十八番邸」蛭峰「エ,二十八番邸」と、驚かぬ樣に見せて驚き叫んだ、此の時の蛭峰の顏は實に何とも譬へ樣が無い、本統にはらわたへ釘でも打たれたかと思はれるばかりで有ツた、併しもがいたとて既におそい、夫人は其の仔細を知らぬから「ソレ先日私と重吉とが馬車で伯爵に救はれた所ですよ」蛭峰は前ひたひに脂汗を埀らして居る、伯爵「イヤお出で下さると判ツて安心しました」蛭峰「行きますよ」血を吐く想ひとは此事だらう。

凡そ卅分ほど經つて後に伯爵は茲を出て、門に待たせて有る馬車に乘つたが、腹の中は可笑さに堪へぬと見え、やゝもすれば其顏が頬の邊から崩れ相に見えた、併しやがて氣を取直した容子で「オヽ蛭峰が九十萬圓の損をしたとは、此方こつちの思ひ設けぬ所だ、猶だ今日は時間が有るから段倉にも少し許り損をさせて遣らうか、彼は先日來 西班すぺいん國の公債を煽り立て六百萬圓ほど買占めて居ると云ふから、二割方相場を下げて遣れば百萬圓以上の損だ、何うせ彼の身代は元も子も無い迄に仕て遣るから今急ぐにも及ばぬけれど少しづゝ番狂はせを食はせるも面白い」と呟いた、爾して衣涯かくしから財布を取出し其中をあらためて「アヽ電信技師に若し是丈けの金が有れば二エークルや三エークルの田地を買ひ、其の上郵便貯金をしても利子で生涯を安樂に暮す事が出來るから、爾だ何の樣な技師でも免職されるを厭はぬ、必ず買收に應ずるだらう」斯う云つて更に馬車を何處へか知らぬけれど急がせた。

多分は其結果だらう此日の暮れる前に相場市場に恐慌の波が立て、西國すぺいん公債は叩き落すほど下落した、買方の大將と云ふ段倉男爵は血眼になつて買煽ツた、夜の七時頃に段倉のやしきへ馳せ着けたは例の内閣官房長出部嶺である、彼れは段倉夫人に逢ツてあわたゞしく「直に貴女は男爵に西國すぺいん公債を賣飛ばさねばいけません、明朝になれば反古同樣の値に下落します」夫人は色を失つて「其樣な電報が」出部嶺「ハイ生憎私より先き宰相の手に渡つたものですから、宰相が日頃の相場好で直に市場の手下の者へ洩らしました、私は今其の讀粕よみかすを見て飛んで來ましたが今度こそは幾度買煽つても追附きません、今夜の八時迄に賣飛ばさねば、其中に新聞紙が號外を出しますよ」

果して八時迄に段倉は買集めて居た凡そ八百萬からの公債を、二割の損で唯だ一聲に賣飛ばした、間も無く新聞紙の號外が町々に呼立てられた「西班すぺいん國王の逃亡、バルセロナ町に大いなる一揆軍起る」と、之を讀んだ第二流の相場師はいづれも段倉の機敏に驚き、「此樣な事が新聞よりも先に分り、買方が咄嗟の間に賣りに廻つて、わづかの損失で逃れるのだもの、何うせ我々は叶ふ筈が無い」といづれも殆ど舌を卷いた、段倉自身は凡そ二百萬圓の損失に不機嫌では有つたけれど大難を小難で逃れたとて妻に謝して「我が運の神よ福の神よ」とて只管ひたすらに襃めそやしたが、翌朝になつて見ると、此運の神が大なる不運不福の神で有つた、新聞紙は澄ましたもので「昨夜の號外は其筋の電信の誤譯に出たり」と一行で取消して、世に云ふお茶を濁す爲に政府の事務の疎漏なのを攻撃して有る、西國すぺいん公債の相場は元の値よりも更に二割方上に登ツた、定めし伯爵は手をつて笑ツたゞらう。

是だけが土曜日の晩餐會の前に在つた事どもの概略である。

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