読書ざんまいよせい(088)

巖窟王(下 その1)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯
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2004年 10月 28日初配布
2004年 11月 07日第02刷
2026年 6月 22日第03刷(全面的に UTF 化とルビ文字化)

【リソースサイト】
http://www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/ (現在は、リンク切れ)

【著作権表示】
私訳(元編集者 osawa さん)のテキスト
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著作権が切れたテキスト
(中略)著作権が切れたテキストは、自由に配布していただいてかまいません。ただし誤植チェックに関してはまだ不十分です
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【テキスト中に現れる記号について】

ルビ
(例)巖窟島いわやじま

〳〵, 〴〵: 踊り字
複数文字の繰り返しを意味する。
(例)思ひ〳〵=思ひ思ひ。其れ〴〵=其れ(それ)其れ(ぞれ)。

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巖窟王 : 目次

「巖窟王」下卷について
「巖窟王」上卷 梗概
下卷 主要人物
一三三 華子さん、華子さん
一三四 垣の此方と彼方
一三五 一條の約束
一三六 彼です彼です
一三七 其片割のH・N夫人
一三八 侯爵と小侯爵
一三九 半老人
一四〇 尚々書
一四一 一攫の砂
一四二 上には上が
一四三 ソツと次の室
一四四 親子の對面
一四五 被害者の資格
一四六 心得ました
一四七 空前の竒觀
一四八 公證人
一四九 婚姻政略
一五〇 運の神、福の神
一五一 愈よ土曜日
一五二 掌中から何か紙切
一五三 荊の路、針の蓆
一五四 食堂
一五五 罪の深い或品物
一五六 此伯爵は大變者
一五七 乞食
一五八 年金とは幾等
一五九 妻の室に飛で行つた
一六〇 二ケ條の宣告
一六一 濃い覆面の一婦人
一六二 證據が有ります
一六三 聞かせて下さい
一六四 紋の片割
一六五 油斷の出來ぬ強敵
一六六 警視總監から
一六七 特務巡査
一六八 僞りの動物
一六九 其記念が鮮かです
一七〇 肝腎の記憶の筋
一七一 死、生、疑
一七二 廿餘年前の彼は
一七三 盆栽架
一七四 氣味惡く聞える節
一七五 蛭峰家 二
一七六 蛭峰家 三
一七七 蛭峰家 四
一七八 蛭峰家 五
一七九 蛭峰家 六
一八〇 未熟な男で無い
一八一 言葉は明々白々
一八二 賣國奴の一項
一八三 歌牌が出來ました
一八四 一城の主の姫君
一八五 決鬪の條件
一八六 蛭峰家 七
一八七 蛭峰家 八
一八八 蛭峰家 九
一八九 蛭峰家 十
一九〇 蛭峰家 十一
一九一 蛭峰家 十二
一九二 蛭峰家 十三
一九三 其實、本統の父
一九四 最う一ヶ月ぐらゐ
一九五 曲者 一
一九六 曲者 二
一九七 曲者 三
一九八 曲者 四
一九九 一册の始末書
二〇〇 大活劇の幕開
二〇一 議場空前の光景
二〇二 總身の剛ばツた樣に
二〇三 委員會 一
二〇四 委員會 二
二〇五 委員會 三
二〇六 委員會 四
二〇七 翌日の午後
二〇八 彼の仕業
二〇九 伯爵だ伯爵だ
二一〇 母への孝行
二一一 眞に潛々と
二一二 母の情
二一三 お相手に成りませう
二一四 命と命の取換
二一五 友太郎とお露 一
二一六 友太郎とお露 二
二一七 友太郎とお露 三
二一八 友太郎とお露 四
二一九 友太郎とお露 五
二二〇 死の前夜 一
二二一 死の前夜 二
二二二 死の前夜 三
二二三 決鬪場 一
二二四 決鬪場 二
二二五 決鬪場 三
二二六 一家離散の時
二二七 父將軍は何處へ行つた
二二八 我家からの落人
二二九 將軍と伯爵 一
二三〇 將軍と伯爵 二
二三一 將軍と伯爵 三
二三二 又も蛭峰家 一
二三三 又も蛭峰家 二
二三四 又も蛭峰家 三
二三五 段倉家 一
二三六 段倉家 二
二三七 段倉家 三
二三八 段倉家 四
二三九 段倉家 五
二四〇 段倉家 六
二四一 落人 一
二四二 落人 二
二四三 落人 三
二四四 落人 四
二四五 誰の身の祕密が
二四六 華子 一
二四七 華子 二
二四八 華子 三
二四九 華子 四
二五〇 段倉の笑顏 一
二五一 段倉の笑顏 二
二五二 大尉と伯爵 一
二五三 大尉と伯爵 二
二五四 大尉と伯爵 三
二五五 十月五日まで
二五六 獅子の穴 一
二五七 獅子の穴 二
二五八 死刑臺か毒藥か
二五九 裁判 一
二六〇 裁判 二
二六一 裁判 三
二六二 裁判 四
二六三 裁判 五
二六四 裁判 六
二六五 斷末魔 一
二六六 斷末魔 二
二六七 斷末魔 三
二六八 斷末魔 四
二六九 結末 一
二七〇 結末 二
二七一 結末 三
二七二 結末 四
二七三 結末 五
二七四 結末 六
二七五 結末 七
二七六 結末 八
二七七 結末 九
二七八 結末 十
二七九 結末 十一
二八〇 大團圓

巖窟王 : 「巖窟王」下卷について

主人公 巖窟島いわやじま伯爵の復讐は、これよりいよ〳〵大アレキサンデル・デュマの眞に驚嘆すべき構想のもとに着々と實現されて行きます。

蛭峰の祕密を握る春路田辨太郎の其後。又蛭峰夫人の毒物學への異樣な興味は今後如何なる運命を捲起すことでせう。

眞太郎との戀のため、毛脛けすね安雄との婚約に惱む華子に、野々内彈正が示した彼の父毛脛將軍怪死の眞相。又着々と進行する野西將軍への復讐に、遂に武之助と決鬪を餘儀なくされた伯爵に對し、初めて一日として忘れ得なかつた昔懷しい『友さん』の呼び名を叫んで命乞する露子夫人の切々胸を打つ言葉は、讀者諸君をどんなにか深い感動にみちびくことでせう!

そして眞に此の作者の天馬空を行く想像力と、千變萬化を極むる構想力。それに譯者涙香の流るゝ如き麗筆の魅力には思はず驚嘆の叫びを擧げられることでせう。是非共下卷を御期待下さい。

巖窟王 : 「巖窟王」上卷 梗概

まだナポレオンがエルバ島に幽閉されてゐた一八一五年二月二十四日、土地の有力者森江氏の持船巴丸が永い航海を終へてマルセーユに入港した。この船の船長代理をつとめてゐた團友太郎は、懷しい父親、そして美しい婚約者お露の待つ故國の土を胸躍る思ひで踏んだのである。

友太郎の歸りを待ちわびるお露にかねて戀してゐた彼女の從兄の次郎は、友太郎に船長の地位をうばはれた古參の船員段倉と共に彼の幸福が妬ましくてならなかつた。その夜、段倉は水夫逹の集まる酒場に次郎を誘ひ、二人共謀して友太郎がエルバ島からナポレオンの密書を携えて來てゐるとの密告の手紙を書いて投凾した。

マルセーユの若い檢事補蛭峰は皇帝からの密書が彼の父野々内彈正宛になつてゐたのでひどく驚き、父を助ける爲と自からの出世の爲、その手紙を燒き捨てさせ、婚約祝ひの席から逮捕した友太郎を永久に陽の目の見られぬデイフ要塞に幽閉してしまつた。

岩の牢獄に絶望の幾年かゞ過去つた或る日のことである。彼は獄の奧から聞えるかすかな物音に氣がついた。これは同じく無實の罪で幽閉された梁谷法師の破獄の音であつた。かくて彼は伊國獨立運動の先驅者であり博學多才な法師と相知ることゝなり、二人は共力して新たに破獄の計畫を進めることゝなつた。

二人の親交は日に日に深まつて行つた。法師は彼の持てる智識のすべてを愛する友太郎に授けることに全力を盡すことゝなつた。しかしこの破獄の計畫も遂に法師の持病の再發によつて中止の止むなきに至つたが、この悲しむべき出來事の中に見出した友太郎の眞情に、法師は初めてモンテ・クリスト島にかくされた財寶の祕密を打明け、再度の發病に死んで行つた。悲しみに打ちのめされた友太郎は、フト思ひ着いたまゝ法師の死體の身代りとなつて袋に入り、獄卒の手で海中深く投込まれた。しかし幸ひにも附近を航行する密輸入船に救はれ、かくて待望のモンテ・クリスト島に上陸する日が廻り來たつた。

法師の云ひ殘した祕密は眞實であつた。彼は遂に島の洞窟の中に巨億の財寶を見出したのである。思ひもよらなぬ幸運の惠まれ、今は何者をも恐れるもののなくなつた彼は、この永い年月自分を苦しめた人々への復讐を固く心に誓つたのである。

かくて自由の身となつた彼は先づ、僧侶に身を變えて、毛太郎次の營む旅宿に現はれ、彼の口から父の死の眞相、そして次郎がお露と結婚し今は時めく伯爵野西將軍となつてゐること、又段倉が巴里の金融界を一手に握る大銀行家となつてゐることなどを聞き出した。そして昔し深い恩を受けた森江氏が零落し破産に瀕してゐるのを知り、これを助け、大なる計畫の準備のため東方の旅へと姿を消した。

又して數年の月日流れ去つた。この時、突如としてローマの社交界に巖窟島伯と名乘る一紳士が現はれた。彼れこそ友太郎の復讐の準備成つた再生の姿であつた。彼は巧妙な計畫に依り野西將軍の一人息子武之助の命の恩人となる機會を掴んだ。そして武之助の感謝の招きに應じ遂に待望の舞臺巴里にその姿を現はすことゝなつた。息子の紹介に初めて相見る伯爵とお露。お露は流石に伯爵の中にかつての婚約者であり一日として忘れ得なかつた友太郎の面影を見出して蒼白となつた。

巴里到着第一日にして野西家の深い信任を得た伯爵は、その持てる無限の財力を自在に用ひて第二日目には舊敵段倉一家とも親交を結ぶことが出來た。そしてその三日目にはかつてのマルセーユの若き檢事補、今は時めく巴里の檢事總長蛭峰家との交際が初められた。果して彼はこれ等の交際の中に何を計畫してゐることであらう。

復讐の機は刻々と近づきつゝある!

巖窟王 : 下卷 主要人物

巖窟島いはやじま伯爵(モンテ・クリスト伯)
  本名 團友太郎(エドモン・ダンテス)數竒の運命とたゝかいぬく本篇の主人公。
野西のにし將軍(モルセール將軍)舊名 次郎(フエルナン)
  スペイン村の漁師出。後西班牙戰爭の功あつて野西子爵となる。
野西夫人お露(メルセデス)
  かつての友太郎の許婚者、友太郎の入獄後次郎と結婚す。
野西 武之助たけのすけ(アルベール・ド・モルセール)
  次郎とお露の間に生れた一人息子。若き子爵。
段倉だんぐら 喜平次きへいじ(ダングラール)
  かつては森江氏持船巴丸の會計主任。後次郎と共に西班牙戰爭で巨利を博し大銀行家[と?]なる。
蛭峰ひるみね重輔しげすけ(ヴイルフオール)
  かつてはマルセーユに於ける檢事補。後累進して現在檢事總長。
野々内ののうち彈正だんじやう(ノワルテイエ)
  蛭峰の實父、かつてはナポレオン黨の有力な鬪士[。]現在は全身不隨となり華子の看護を受けてゐる。
華子(・アランテイーヌ)
  蛭峰夫妻の娘。森江眞太郎。と相思の間にあり、毛脛安雄との縁談に惱んでゐる。
森江もりえ眞太郎(マクシミリヤン・モレル)
  友太郎の舊主森江氏の長男にて陸軍大尉。
毛脛けすね安雄(フランツ・デビネー)
  かつてナポレオン黨に暗殺せられた毛脛將軍(ケネル將軍)の一子。若き男爵。
鞆繪姫ともゑひめ(エデ)
  ギリシヤ、ヤミナ城主 有井宗隣アリ・テブランの娘。奴隸に賣られてゐたのを巖窟島伯爵により買戻さる。
皮春かわはる永太郎(アンドレ・カ・ルカンテイ)本名 辨太郎(ベネデツト)
  蛭峰若き日の不義の子。巖窟島伯爵の復讐の手段に使はれ、この名稱をつけらる。
春田路はるたじ良助(ベルツツチオ)
  コルシカ生れにて密輸入等を業としてゐた。辨太郎の育ての親、後巖窟島伯爵に救はれ家扶となる。
粕場かすば毛太郎次けたろうじ(カドルツス)
  かつては友太郎の友人、後旅宿尾長屋の主人となつてゐたが、殺人其他の罪を犯し幾度か入獄す。

巖窟王 : 一三三 華子さん、華子さん

大なる仕事の爲め幾年幾月、身を練り膽を鍛へ、石心鐡腸の人と爲つた巖窟島伯爵の如きが、わづかに森江良造の死際に團友太郎の事を云つたと聞いて、落る涙を止め得ぬとは、其人其境遇に似合しからぬ愚痴と云ふものではあるまいか。

然し愚痴と云へば愚痴でもあらう、併し人情は總て愚痴である、愚痴を離れては人情は無い、假令たとへ伯爵は石心鐡腸であるにしても、實は人情の凝り固まツた人である、善く悲しみ善く怒り善く愁ひ善く喜べばこそ、大なる復讐をも企てるのだ、人情に離れたでは無く、人情と同化したのだ。一意唯だ人情に驅られて、止むに止まれぬ事になツたと云ふ可きだ、殊に伯爵の今の身は此世に一人も友が無く身寄も無く、單に森江良造をのみ後にも先にも無い只一人の恩人と思ひ、無情極まる此世界に其一家をのみ唯情の有る温かい家と思ひ、絶えて人を慕ひ又は人を懷かしむと云ふ事の無い心の底に、只一點の懷かしさを此一族に寄せて居るのだもの、此一族の其主人其恩人が、死ぬる今果いまはに誰も覺えぬ我が本名を呼んで呉れたと聞いて人一倍情に迫り、堪へ難く感じたのが無理か、決して無理では無い當然である。

けれど茲で泣いてはならぬ、若しも此人が何か團友太郎に縁故でも有る身かと疑はれては大變である、落る涙を漸くに紛らせて「イヤ父を失ふた悲しみは私も能く知つて居ます、ツイ貴方のお話しで其事を思ひ出しました」と言ふた、成程其爲に泣いたのかと、一同は合點したが、誠に涙ほど人と人との間を打解けさせる者は無い、仁吉も夫人も眞太郎も此伯爵が一方ひとかたならず情にもろい人だと見て、更に同情を深くして、是からは一入ひとしほ打明けた話と爲り、猶も樣樣の方面から彼の富村銀行の事をも聞いた、けれど伯爵の返事は一つである、唯だ銀行として取引するのみゆゑ其他の事は何も知らぬと云ふに在ツた。爾して伯爵の最後の言葉は「イヤ此世の事は何も彼も時ですから。氣永く正直に待つ中には、又合點の行く時も來ませう」と云ふのであツた。

何うやら謎らしくも聞えるけれど誰も其の謎を解き得なんだ、斯て伯爵の立去ツた後に、三人は自分々々の感じを語り出て比べたが、仁吉は「イヤの伯爵は眞の善人で、餘ほど苦勞した方と見える」と云ひ、夫人は「何だか彼の方の聲は昔聞いた事でも有る樣に、時々私の腹の底へまで浸透りました」と云ひ、眞太郎は「何うも此家の阿父おとうさんを知つて居た人の樣にも思はれる」と云ツた。

* * * * * * *

此家を出て伯爵は、此家と背中合せの見當に當ツて居るオノレ街に馬車をげた、茲にはと立派な蛭峰の邸がある、併し是には入らず、唯だ其の門を眺め「アヽ茲だ、明日の午後、彼の外出すた時間に尋ねて來やう」と云ひ其の儘立去ツた、何故に主人の留守を計ツて尋ねるのだ、多分は其の夫人にのみ逢ふ可き用事でも有るのだらう。

其翌日の午後である、此家の裏庭と生垣一重を隔てた荒地に、鍬を持つた一人の男が立つて居る、是れは森江眞太郎なのだ、そもそも此荒地は昨日伯爵が見た通り江馬仁吉の屋敷の横手から續いて居るので、實は市區改正の豫定線路に當る爲め廢ツた樣な状態ありさまを存するのだ、茲へ何故眞太郎が來て居るのか、彼は昨日も此の荒地から出て伯爵を迎へたが草花をでも作る爲かと見れば爾でも無い、鍬を杖についた儘頻りに蛭峰の裏庭をのぞき、時々に溜息を洩らして居る、若し戀の爲でゞも無ければ陸軍大尉たる人には不似合の所業しわざである、やがて彼は堪へ兼た状で更に生垣に寄添ひ、葉や枝の聊かまばらな所に顏を當て又餘念も無くのぞき初めた、暫くすると、蛭峰家の裏庭の一方に在る隱居所らしい離れ家から年頃十八九と見える一女子が現はれた、眞太郎は此姿を見て、嬉しさに何事をも忘れた樣に、持てる鍬をまで投捨てたが、女子は物思はしげに徐々しづ〳〵と歩みつゝ、眞太郎の目の前に在る茂つた槐樹ゑんじゆの木蔭に立留つた「華子さん、華子さん」と眞太郎は低い聲で而かも熱心に呼んだ、華子とは、我先妻の娘であると昨日蛭峰が伯爵に語つたのが即ち此の女子なんだ、呼ばれた聲に華子は痛く驚いて顏を上げ「又貴方は茲へ」と云ひ、更らに「毎日茲で話などして居ては蛭峰夫人に叱られますよ」蛭峰夫人と云つて阿母おかあさんと云はぬのは、餘り親しむ情の無い繼まゝはゝ繼子まゝこの間が分る[、]眞太郎「でも彼の事が氣になつて、早く樣子を聞かなければ」華子は逃て去らうともせぬ。却つて一歩ひとあし生垣に寄り同じ聲を潛めて「益々六かしい事になりましたの」

巖窟王 : 一三四 垣の此方と彼方

眞太郎「六かしくなつたとは」華子「毛脛安雄さんが遠からず伊國いたりやから歸つて來ると云ふ事で今朝 阿父おとうさんから私へ爾う云ひました、果して彼が歸國すれば直んも日を取極めて和女そなたと婚禮を行はせるから其の積りで居よと」眞太郎は熱心に「其樣な事にでもなれば僕は死んで了ひます」華子はあわてた口調で「其樣な短氣な事を仰有つてはいけません、何の樣な事が有つても私はの方と婚禮などは仕ませんから」眞太郎「でも父上が其の樣に決心して居れば」華子「父は決心して居ても愈々と云ふ時にはお祖父さまが私の肩を持つて呉れますから」眞太郎「エ祖父おぢいさんとは昔の有名な野々内彈正樣ですか」華子「ハイ」眞太郎「何うして其方が貴方の肩を持つ事が出來ます、久しい以前から中風で全身不隨と爲り、年中貴女の介抱を受る許りで、口も利けねば聲を發する事も出來ぬとか云ふでは有りませんか」華子「其れでもなに私から話をすればまなこで返辭する事が出來ますよ、今朝も私は父の言葉を聞き、何うすれば好からうかと自分の思案に餘りましたから、隱居所へ行きお祖父樣に話ましたら、お祖父樣は少しも心配げな目附をせぬのです、イヽエ身體が利かぬだけに、一切の働きが總てまなこへ集まツたのだと醫者が云ひますが本統に爾ですよ、喜びも悲しみも其の他心配や安心なども總てまなこへ現はします、其れだから私は問ひました、お祖父樣愈々私が毛脛安雄さんと婚禮せねば成らぬ場合になれば、貴方が其を遮り止めて下さる事が出來ますかと聞くと、お祖父樣の目は瞬潑まばたきで然りと答へました、其れでは私は森江眞太郎と夫婦になることが出來ませうかと又問ひましたら、又然りと答へました」幾等何と問ひ何と答へたにしても全身不隨で聲をも發し得ぬ人が、何うして其樣な事が出來やう眞太郎「お祖父さんの爾う請合つたのを貴女は當になると思ひますか」華子「當にならぬ程なら決してお祖父樣が然りとは答へません、其に又お祖父樣は大層貴方を可愛く思ふと見え、私が貴方の事を話すればいつまなこを光らせて喜びます」眞太郎「其れは多分、私の父良造が昔し馬港まるせいゆで共和黨の主領を勤め、巴里の共和黨の主領野々内彈正の隨一の兒分の樣に思はれて居た爲でせう、其れにしても華子さん、貴女は何故お祖父さんへ打明ける樣に父上へ私の事を打明けません、私はお祖父さんの請合だけでは安心が出來ませんから、貴女が若し父上へ打明ける事が出來ねば、何うか私を直々に父上にお逢はせ下さい、幾度いくたびか私は爾う思ひますけれど貴女がお止め成さる爲め今まではこらへて居ましたが」華子「いけません、いけません父に貴方の名を云へば何れほど立腹するか知れぬのです、先逹ても新聞紙に、貴方が大尉に昇進した記事が有つたら父は厭な顏をして、エヽ共和黨の息子が此樣に出世したと憎さうに呟いた程ですもの、其れですから私は父へは少しも知らさずに先づ氣永く待つて下さいと云ふのです、其の中には何とか好い折も來て、自然と穩かに行く事にも成りませうから何うか急がずに、爾うして全く是で絶望だと云ふ時までは私へ任せて置いて下さい、私とお祖父さまとへ」

是れだけの言葉で見れば、眞太郎と華子との仲は好く分ツて居る、隣同樣の所に住める爲に、若い同士の、何時しか誠を明し合ふ間とは爲つたけれど、世間に幾等も在る通り、女の方に親と親との定めて置いた許婚いひなづけの男が有つて、如何とも爲し難い妨げとはなつて居るのだ、眞太郎は猶も悔しげに「一身の生涯の大事を、私は安心して貴方とお祖父さんとの手に任せて置くことは出來ません」華子が答へやうとする折しも背後うしろの方に「孃さま、孃さま」と呼ぶ聲が聞え、續いて腰許こしもとらしい女の姿が現はれた、兩個ふたりは垣の此方こなた彼方かなたで早くも悟られぬ樣に立分れたが、其中に腰許は傍近く來て「一昨日をとゝひ奧樣と重吉樣を救ふたとか云ふ巖窟島伯爵と仰有る方がお見えになり奧樣が貴方にもお目に掛る樣にとてお召です」と傳へた、垣の此方こなたで洩れ聞いた眞太郎は、先ほど投捨た鍬を取上げつゝ「アヽ孃の父蛭峰がめて巖窟島伯爵の十分の一も同情に富んだ人なら好からうに」と呟いた。

巖窟王 : 一三五 一條の約束

全く腰許こしもとの傳へた通り、巖窟島伯爵が此蛭峰家を訪問したのである。

折から主人蛭峰は外に出て、其の夫人が獨り内に居た、何故に伯爵が夫人の獨り居る所を選んだかは分らぬが、兎に角夫人は此上も無き珍客として伯爵を迎へ、一昨日をとゝひ其の身と共に伯爵に救はれた息子重吉を呼んだ上、猶ほ腰許に先妻の娘華子をまで呼ばせた、是れは自分と重吉とで禮を云つた丈では未だ足らぬから華子にまで禮を云はせる爲である、勿論彼れ丈の恩を受けた人に對しては當然の仕方である。

華子の入ツて來た姿を見て、伯爵は其の美しさに驚いた、爾うして先妻の娘だとて引合された時、成ほど今の夫人には此樣に優しい令孃が生れる筈が無いと迄に思ひ、更に華子と云ふ名を聞いては眞に名の通り花の樣だと思つた、若しも此樣な令孃が我が連れてゐる鞆繪姫の友逹にでも仕たなら雙方とも何れほど喜ぶだらうとの空想も續いて起り、其れに從つては自然と華子の方へ言葉を向ける事には成つたが、華子の持囃さるゝだけ其れだけ夫人の機嫌の惡くなる事も見て取ることが出來た。

眞に些細な事では有るが、是れで此夫人の氣質も能く分る、イヤ氣質は既に來ぬ先から調上て伯爵には分つてゐるが、日頃華子が何れほど繼子まゝことして此夫人にいぢめられてゐるかも分る、總ての人の氣質や物事を察するには此樣な些細な事が大層な鏡になるのだ、少くとも伯爵だけは、目に見える些細な事で、目に見えぬ大層な事を寫し取る眼識と云ふものを備へてゐる。

猶も伯爵は專ら華子の方へ愛想を示す樣にしてゐたが、夫人は終に堪へ兼たと見え、最早や祖父おぢいさんに藥を上げねば成らぬ刻限だらうと云ふ口實を以て華子を追遣ツた、續いて又之は何故だか知らぬが重吉をも外へ出した、爾して其の身と伯爵と唯二人の差向ひとは成ツたが、談話は先づ一昨日をとゝひの黒奴 亞黎ありーの働きから、移ツて伯爵が重吉に與へた稀代な氣附藥の事に及び、夫人は伯爵の徳を襃める樣な口調で「ほんにあれほど能く利くお藥を見たことが有りませんよ、何うして作ツたお藥でせう、確か多量に飮めば却つて命にも障る樣に伺ツたかと思ひますが」

伯爵は此問ひを待つてゐたのだ、一昨日をとゝひ夫人が、氣の轉倒してゐる樣な際にも拘らず甚く毒藥の事などを聞度がツた事から考へ、又伯爵がかねて調てゐる此家一家の事情から考へて何うしても話が茲へ落て來ねば成らぬ、或は話を茲へ落て來させる爲にわざと此夫人の獨りゐる時刻を計ツて來たのかも知れぬ、夫人が華子や重吉を其れと無く斥けたのも矢張り其の邊の意味かも知れぬ、併し夫人の問ひは如何にも自然で、如何にも何氣ない語調で出た、伯爵も之に劣らぬ何氣なさを以て「毒藥と云へば大層恐ろしく聞えますが、毒藥と云ふ比には人間の食物は總て毒藥ですよ、極めて無害なパンでさへも多量に食すれば胃をも腦をも其の他の内藏をも害して命を落す元と爲ります、之を毒で無いと云へば世の中に毒と云ふ物は無くなります、譬ばモルヒネの如きでも少量を服すれば藥と成りますので、何處の醫者でもモルヒネ無しには營業が出來ません、詰る所、毒になると藥になるとは、分量の多少にあるので、其の物の性質には無いのです」夫人は大に合點の行つた風で「爾です爾です」伯爵「ですから私は、誰にも遠慮も無く、兼てから毒藥の研究をして居ます、人は毒藥と云ひますけれど私は毒藥と云はず良藥と云ふのです、分量を過ごせばこそ毒になりますけれど、適量を用ひれば人の命を助けますもの、何と良藥では有りませんか」

「爾ですとも」と夫人は再び贊成した、伯爵「一昨日の藥も私が自分で精製しましたので、何の國の局方にも無く、何の國の醫者も殆ど知りますまい、イヤ學理の上では知つて居ても實物を見た事は無いのです」夫人は眞になゝめならず感心した状で「シタが何から製します」伯爵「極の元は貌矢ぶるしんです」夫人「エ、貌矢捏ぶるしんならば、當家の父野々内彈正へ、常に醫師から與へられて居りますが」伯爵「爾でせう、適度の分量を用ひれば種々の效能があるのです、殊に私のは其の貌矢捏ぶるしんを其の儘ではなく、非常に變化させてあるのです」夫人「其れは何の樣にして」伯爵「斯うです、第一に貌矢捏ぶるしんと或鹽類とを混じた物を或野菜にそそぐのです、其れも分量が過ぎれば野菜が直に枯れますけれど、最初には極微の少量を用ひ、日を經るに從ひ段々に殖やして行けば野菜は遂に毒に勝つ力が出來て後には餘ほどの多量をそそぐも青々として育ちます、其の育つた野菜を兎に與へれば兎は頓死します、其の兎の肉を鳥に與へ、鳥の肉を魚類に與へますれば、毒は以然として存しても性質が全く違ひ、化學者が如何に分析するとも其の元の質が分らず、之を人に呑ませて其の人が死ぬるとも醫者が解剖して、中毒だと證明することが出來なくなります」

大抵の夫人ならば身震ひして聞く恐しい話しだけれど此夫人は益々熱心になる許りだ、伯爵は語を繼だ「大抵は此樣な事ですが細い手續は專門家でなくば聞いても分りません、何故私が此樣な苦心をするかと云へば、斯うして製し上げた藥が何の病にも即效が有るのです、其の一例は一昨日御覽の通りですが、少量に用ひれば咳にも效けば胃痛にも效き、殊に傭麻質れうまちすの痛みの如きは呑むと直に消えて了ひます」夫人は飛び附く樣に「エ、傭麻質れうまちすに、其の樣に效きますか、私が傭麻質れうまちすで、夜なども眠られぬ程の事さへ度々ありますが、何うか分けて戴く譯には行きますまいか」伯爵は少し考へ「何しろ分量が精密で無くては危險ですから、少しも藥學の知識の無い方には -- 」夫人「イエ、私は多少藥學も知つて居ます、此家へ來る前から大抵の藥は自分で調合しましたが、殊に分量などは間違へる恐れは有りません、何うか分量を明記した上、一瓶戴きたいものです」伯爵「イヤ藥の分量を計るに其れほど經驗がお有り成さるなら、安心して差上げる事が出來ます、明朝分量を記した上、持たせて寄越しませう」茲に一條の約束が成り立ツた。

巖窟王 : 一三六 彼です彼です

毒藥は、人に貰ふ可き物で無く、又遣る可き物で無い、けれど伯爵の言葉の樣に、世に毒藥は無い唯分量に在るのだと云へば貰ふにも易く、又蛭峰夫人の言葉の樣に、其分量を知つて居て質傭麻れうまちすの藥に使ふと云へば遣るにも易い、兎も角も妙な約束では有るけれど、上げませう貰ひませうと話が極ツて、果して此翌日伯爵は、澄切つた清水の樣な水藥を一瓶、詳しい注意の書面と共に蛭峰夫人の許へ屆けた。

尤も、伯爵の辭し去る時に、夫人はせつに引留て是非とも夫蛭峰の歸るまで居て、晩餐を共にせられよと勸めたけれど、伯爵は今夜は生憎、希臘の或姫君を大劇場へ連れて行く約束が有るから長居が出來ぬとて斷ツた、何でも伯爵は成る可く人と食事を共にすることを避けて居る、是れは敵の家で敵と食事を共にしては成らぬと云ふ、或宗旨の戒めを守つて居る爲でも有らうか、食事を勸められる場合には、何とか彼とか口實を作つて去つて了ふ、野西次郎の家でも段倉の家でも總て此通りであつた。

* * * * * * *

併し此口實は嘘では無かつた、全く此夜、伯爵は鞆繪姫を連れて大劇場に行つた、勿論多くの紳士、貴婦人、交際家などが集まつてゐるのだから伯爵の評判は俳優の評判よりも高く所々の棧敷から挨拶などを受けたけれど、伯爵は姫を守護してゞもゐる樣に絶えず自分の棧敷を離れなんだが、其の中に一方なる段倉夫人のゐる棧敷へ彼の野西子爵が現はれた、多分は子爵の息子武之助と夫人の娘夕蝉孃との間に婚禮の話が殆ど熟し掛てゐる爲めに雙方特に懇意を温めるものであらう、無論夫人の傍に夕蝉孃もゐるのである、併し夫たる可き武之助の方は他の棧敷へ來てゐながら茲へは一度も顏を出さぬ、或は世間の噂の通り、親々が此婚禮を望むほど當人同志が熱心で無い爲めだらうか、絶えて二人が顏を見合す事さへせぬは有りふれた婚禮前の男女の仲とは違ひ、却て嫌ひ合つてゐる程にも見える、是等の状は多分伯爵が其の鋭いまなこで見て取つた所だるあ、やがて野西次郎が席に着き夫人と二言三言話の終ツた頃、伯爵はをりこそ好けれと思つた容子で、今まで堅く守つてゐた座を離れ、爾して故々わざ〳〵此棧敷へ尋ねて來た。

段倉夫人の狂喜と恭悦は云ふ迄も無い、彼の栃色を返された禮、其の額の飾りに着いてゐた夜光珠だいやもんどの禮、蛭峰夫人 母子おやこの救はれた禮など、隣席の人の耳障と爲るまでに聲高く疊掛て述べ立てたが、其の漸く鎭まると共に伯爵と次郎の間に熱心な握手があツた、是れは當然の事とは云へ、何となく我 かたきの手を握るに躊躇した今までの伯爵の所爲としては聊か不思議とも思はれた。

其の不思議に驚いた譯でも有るまいが、此方こちらの棧敷より始終伯爵の爲す事を目も離さぬほどに眺めてゐた鞆繪姫は、此時「きやつ」と一聲叫んで打倒れた、全く氣絶した状である、早くも之を認めたのは夕蝉孃で「オヤ伯爵、大變ですよ、貴方のお連の方がアレ」伯爵は振返つて「アヽ餘り人込に慣ぬ者ですから、イヤ段倉夫人、野西子爵、匆々ながら是でおいとま致さねば成らぬ仕宜しぎに至りました」とて立上つた、もとより引止む可き場合で無いから「お察し申します」とか「お大事に」とか思ひ〳〵に同情らしい言葉を吐いて送つたが、たゞちに伯爵は自分の棧敷に歸り、此時漸く人心地にかへつた姫を扶けて廊下に出、更に出口まで連て行つて共共に馬車には乘つた。

馬車が軋り初めると初めて姫は口を開き「貴方樣はア彼の樣な人の手をお握り成されますか」伯爵は怪しむ樣に「彼の樣なとは」姫の心は甚く激してゐる事が聲の調子にまで分つてゐる「次郎です、野西次郎です」伯爵は再び怪しむ樣に「エヽ野西次郎、御身が何うして知つて居られます」姫「知らないで何と致しませう、私の父の領するヤミナの國を亡ぼして土耳古へ賣渡した佛國士官が彼ですのに」云ふ迄も無く伯爵は能く知つて居る、唯だ萬に一つの人違ひがありはせぬかと今夜其の試驗の爲に茲へ來たのだ、爾して故々わざ〳〵いとはしい彼の手を握り、此の鞆繪姫に見させたのだ伯爵「成るほど其樣な話しを聞いた事があります、其の御身の父の國を賣つた佛國士官が全く彼に違ひ無いのですか」姫「私の目の底に彼の顏は死ぬ迄も殘つて居ます彼です彼です」伯爵「爾うとは知りませんでした、イヤ姫よ、再び御身を、彼の顏の見える樣な所へは連れて行きませんから、能く心を落着け成され、ナニ惡には惡の報いがあります、果して彼が其樣な惡人ならば何時までも天が榮えさえては置きません、唯だ安心をして天に祈れば好いのです、彼が其樣な事をした顛末はやしきへ歸つて能く伺ひませう」云ふ中に馬車はエリシー街のやしきに着いた、伯爵のする事が何の爲だか分らぬ樣で、實は一々深い目的を包んで居るは此一事でも分つて居る。

巖窟王 : 一三七 其片割のH・N夫人

兎も角も伯爵は、最う逢ふ可きだけの人には逢ふた、一應は是等の人を招いて小晩餐會でも開かねば成らぬ。

其積で或書記に招待状を作らせた、場所は彼のオーチウルの吹上小路、招かれる人は、段倉、蛭峰、野西の三家族である、是れだけの事柄に何の不思議も無いけれどいつも伯爵のする事には意味の底に又一つの意味が潛んで居る、是れ等の人をエリシー街の本邸へ招かずに吹上小路の別莊へ招くのは何かの仔細がありは仕まいか、彼の別莊は蛭峰の舊惡と離れぬ關係のある所である、本名は分らぬがH・Nの字が姓名のかしらに在つたゞらうと推察せらるゝ或男爵の未亡人と彼蛭峰との間に私生の兒が出來たと思もはれるは此別莊では無いか、其兒を蛭峰が埋たけれど實は人知れず掘出されて育て上られた事は、春田路の自白に分つて居る、其處へ蛭峰が招かれるは偶然だらうか、天意だらうか、或は伯爵の故意だらうか、若しや招かれる客の中に、蛭峰のみで無く其の片割のH・N夫人も加はつて居る樣な事は無いだらうか、念の爲に婦人連の名を調べて見ると子爵野西次郎の妻露子、之は勿論其の人で無い、男爵段倉喜平次の妻張子、之も爾では、イヤ待ツた張子のHの字、爾して段倉に嫁ぐ前は何とか云ふ男爵の未亡人であツた、爾々苗字は糊菅のりすが、Nの字に當るでは無いか、唯だHと云ひNと云ふ頭字かしらじの姓名は殆ど世間に數へ切れぬほど有らうから、是丈の事では何とも判斷は出來ぬけれど偶然としては是も聊か異樣だと云ふに足るのだ。

其れはて置き、招待状の出來上ツた所へ、フト野西武之助が訪ねて來た、彼れは先夜鞆繪姫が劇場で氣絶した見舞の意をも兼て來たのだ、其邊の極つた挨拶が濟んで、伯爵から招待の事を話され、彼れは例に無く頭を掻いた「イヤ折角ですが伯爵、此三家は吹上小路の樣な閑靜な所へ落合ふと、時が時ゆゑ丁度婚禮に就て其と無く下相談をする爲の樣に見られるでは有りませんか」伯爵「エ、婚禮とは」武之助「私と段倉夕蝉孃と、其れに又蛭峰の娘、之は先妻の子ですが華子孃と云ふのも貴方が御存じの毛脛安雄と婚禮が近いと云ひます、何だか彼れも近々羅馬から歸る容子では有りますしかた〴〵何だか -- 」伯爵「婚禮の下相談らしく見えれば貴方は猶更嬉しい筈ですのに」武之助「何で嬉しい事が有りませう、私は此婚禮は成る可く破談に仕たいと祈つて居るのです、先夜劇場に居ても私は一度でも夕蝉孃の方へ振向かぬ程でした」伯「何故です、の樣な質の美人だのに」武「美人では有りますが、私はの樣な質の美人は嫌ひです、音樂も出來、繪も上手に畫き、馬にも乘り、獵にも行き、餘り物事が能く出來過ぎて、其上全く男の樣な氣質ですから私とは肌が合ひません」伯「其れでも御兩親は」武「ハイ私の父は段倉と昔からの懇意だと云ひまして其の爲に父と父との間に此話が出來たのですが、併し母は此上も無く段倉を嫌ふのです」

武之助の母の事は、何の場合でも伯爵が心を動かさずには聞き得ざる所である、殊に段倉を憎むと云ふ事は今初めて聞く所で、若しや段倉が昔し團友太郎を陷れたと云ふ樣な疑ひの爲に、今も其れと無く憎むのでは有るまいかと、妙に細く心が廻ツて「ヘエ懇意な家柄だと聞きますに何で母御が其の樣に段倉氏を」武「何で憎むか私には分りませんけれど、ズツと昔からの事ですよ、一年に二度や二年に三度位は止むを得ず顏を合せる場合は有りますけれど、其れでもことばを交へる事などは避けるのです、貴方は其の事を知らぬから構ひませんけれど、若し知つて母と段倉氏とを一緒に招けば母は必ず其の人を有難くは思ひません」

大變な事を聞いたと云ふ状で伯「イヤ貴方の阿母おかあさんに恨まれては」武「ナニ恨みもしませんけれど」伯「イヽエ私は殊に貴方の阿母おかあさんには、惡く思はれ度くないのです何うか貴方と阿母おかあさんとを招待状から省く事に仕たいのですが、併し此巴里で私が初めて着いた家がお宅ですから其れへ招待を出さぬのは何か故あり相に思はれても」武「アヽ好い事があります斯うしませう、母は此頃健康が優れぬ爲め海邊へ行き度いと云つて居ますから、直ぐに私が付いてトレボーの別莊へ出發しませう、シタが晩餐會は何時ですか」伯「明後日の土曜日」武「アヽ今日が木曜だから、直ぐに明朝立たねばいけませんね、宜しい明朝なら立てますから、其れで私が今日歸りに段倉家へ行き、明朝母と海岸へ旅立すると話して置きます[、]さうすれば段倉夫人が蛭峰家へ直ぐに其の事を知らせますから、私 母子おやこが晩餐に列しなくとも誰も怪しみは仕ますまい出發した後で貴方から招待状が屆きますから」

若しも列席せぬのが武之助の母でなくて段倉夫人であらうものなら伯爵は此晩餐會を中止したかも知れぬ所だけれど、幸ひに段倉夫人で無いのだから、「其れでは何うか其の樣な事に」と同意した。

武之助「イヤ貴方が斯う同意して母と私とを逃して下さツたと知れば、何れほど喜んで貴方に感謝するか知れません、其れで無くとも母は貴方に敬服して居る事は一通では無いのですもの」伯爵「母上が私に」武之助「ハイ、毎日の樣に貴方の事を私に問ふのです、今日は伯爵は何う成さツた、明日は伯爵に何處でお目に掛るなどと」伯爵は何の樣に感じたのか急に眞面目になツた。

武之助「其れでは何うか、今夜私共へお出下さつて、母と私と貴方と三人で晩餐しやうでは有りませんか、母は非常に喜びますよ、今夜は何も御用事などは」伯爵「イヤ、私も折角ですが今夜は大切な來客が有ますので」武「でも貴方は先逹ても母が晩餐までと引留め申したのを、爾は出來ぬと云ひ、爾して今夜も亦では、何だか私の母をお避け成さる樣に」伯爵「全くです、今夜は先約が有るのです、お疑ひの無い樣に私は説明しませう」云ひて直ぐに玄關蕃を呼寄せ「今朝 おれが其方に言渡した事を覺えて居るか茲で繰返して見よ」と命じた玄關蕃「今夜六時に伊いたりやの侯爵 皮春かわはる博人ひろと君と其子息小侯爵皮春永太郎君が來るから其の外の客は一切斷れと仰有いました」武之助は笑を帶びて伯爵に謝する樣に「成るほど分りました」

巖窟王 : 一三八 侯爵と小侯爵

「侯爵皮春博人」其子「小侯爵皮春永太郎」唯だ名を聞いたゞけでも何となく尊敬の念が生ずる、成るほど伯爵が斯かる貴賓を持受て居るとすれば、今夜我が家へ來て母と一緒に晩餐の出來ぬのは尤もだと武之助は感じた。

「イヤ其れでは致し方がありません」と彼れは云ひ、更に「皮春侯爵とは苗字からして古い家筋らしく聞えますね」伯爵「爾です、古い事は恐らく伊國いたりや第一等か二等でせう、ダンテの有名な地獄の詩にも其第十章に皮春家と云ふ語が見えて居るではありませんか」武之助「アヽ爾々、皮春と云ふ姓はダンテの著書で讀んだのだ、彼の頃でさへ既に詩に引かれる程の舊家であツたのなら、此國へ來れば又交際社會を動かしませう、身代は餘ほどあるのですか」伯爵「左樣さ能くは知りませんが噂に聞いた所では餘程嚴しい家風で昔から儉約と貯蓄とを第一義にして居る爲餘ほど金銀があると云ひます、併しナニ歳入はわづか五十萬圓位だらうと思ひます」五十萬圓の歳入を「わづか」などと、伯爵ならばこそ云はれるが、外の人なら肝を潰さずには居られぬ、武之助は目を剥いて、「エ、大變な『わづか』ですねえ、若し其方が金を使ふに竒用な人なら、巴里の社交社會を轉倒させる事が出來ますが」伯爵「駄目ですよ、五十萬の中で年に三十萬は貯蓄するでせう、イヤ貯蓄した積で家令や家扶かふに盜まれて了ふのでせう、爾もなくば今頃は皮春家は世界一の大富豪に成つて居ねば成りません、兎に角も博人氏自身の使ふのは一年にヤッと廿萬位でせう」武之助「其れでも大した者ですねえ」伯爵「其代り息子の方は、聊か父と違ひ當世の事が分つて居ますから自分の代になれば隨分使ひませう」武之助「今は幾歳ぐらゐです」伯爵「貴方より三四歳下でせうか是から巴里の交際社會の状態を呑み込ませる爲にとて父侯爵が連れて來て私へ預けるのです、私自身が未だ深くは交際の容子を知らぬのに、人の手引を托されるとは迷惑な次第ですが止むを得ません」武之助「イヽエ貴方の保護を受て社交社會へ出るのなら、此上もないのです」伯爵「兎に角、貴方の友逹とするに足る年頃ゆゑ、何うか特別に面倒を見て遣つて戴き度いのです」武之助「及ぶ丈け骨を折りませう若し其の小侯爵皮春永太郎君が、巴里で金持の娘を妻にでも仕たいと云ふならば、早速私は有名な銀行家の娘で、而も男爵令孃と云はれ、女一通りの技藝を悉く呑み込んだ美人を見附けて上げますよ」と之は聊か笑ひながら云つた、其の意味は明かである自分の許嫁いひなづけ段倉夕蝉孃を指すので有る、是で見ても武之助は何れほど夕蝉孃と肌の合はぬかは益々分る、伯爵「イヤ笑談ぜうだんさて置いて」武之助「笑談ぜうだんでは有りません、眞劍です、殊に歳入五十萬も有る侯爵家の令息と聞けば、父母も當人も、何の樣な先約をも斷る氣になりますよ」

猶ほ二三の雜談があつた末、武之助は辭して去つた、是に就ても驚かるゝは此の巖窟島伯爵の忙しさ加減である、一方に一人の身には負切れぬ程の大仕事を負ひ、其れが爲に訪問や招待や世辭や指圖や計略や實行や樣々の事を運びながら、猶他人を亦交際場に連て出る世話までも引受るとは、殆ど合點せられぬ程の次第である、けれど又能く考へれば此の皮春侯爵親子を交際場に引き出すと云ふのも矢張り其の大仕事の一部分かも知れぬ、之を引き出さねば目的が逹せぬのかも知れぬ、兎も角も皮春侯爵親子が何の樣な人で、何の樣に交際場へ引出されるかは、刮目して見る可き所だらう。

* * * * * * *

話は全くかはツて、或る所に或る憐む可き青年があツた、自分が何者の子と云ふ事も知らぬ、多分は幼い頃に父母に捨てられでもしたのだらう、もとより今まで何の樣に育ツたかは自分でも能く知つて居るが今から先の見込とては少しも無い、今泊ツて居る宿屋の拂ひとても何うする當が無い、小遣錢も無く、寒さが來ても着物を得る道が無い、其上に世間は全く此青年に對して閉ざされた門の樣なものである、世間へ出る事とては一歩も出來ぬのだ、知り人も頼る人も無い、詰まる所は乞食になるか盜坊どろばうになるか二つに一つだ、イヤ實は早此二つに一つを行ツてゐるかも知れぬ、二つとも行つてゐるかも知れぬ、之を行はねば河へでも身を投げて、此世から立去る一方である、心柄であるか其れは知らぬが、いづれにしても世に是ほどの心細い境遇が又とあらうか、所が此の青年へ意外にも手紙が來た、而も驚く可き手紙である……。

汝は今殆ど餓にも迫れる上、此後の見込少しもなし、汝明日を如何に暮すや、誠に情なき譯には非ずや、去れど汝は斯かるな有樣に果つ可き身に非ず、汝若し生れ替はツた如き榮燿榮華を得んとすれば、直ぐにニス市に行き、ポルト、ゼネの街道に出て馬車を雇ひて巴里へ行け[、]しかうして今月廿六日の夕七時に、巴里はエリシー街なり巖窟島伯爵の邸に行き、伯爵に面會を求めて「私の父にお逢はせ下さい」と請ひ願へ、汝の父は伊國の侯爵皮春博人なり、博人と小品こしな侯爵令孃 折葉をりは姫との間に生れたるが即ち汝にて汝は五歳の時侯爵の敵に奪ひ去られたる者なり、巖窟島伯爵の邸に於て、汝の父皮春侯爵は汝の身に上を證明する書類を汝に渡して父子の對面を濟ませしかうして汝を小侯爵皮春永太郎と云ふ本名を以て巴里の交際場に紹介せんとてせつに汝を待てり、巴里へ行きて後汝の歳入は二萬圓(五萬リブル)なり、以て小侯爵として汝の身を支ふるに足る可し、此金は巖窟島伯爵より受け取る可し、茲には巴里へ向け汝の出發の費用として二千圓の爲替を封入す、ニス市なる笛羅銀行にて受取る可し外に封入せる一封は餘の名前を以て、汝を巖窟島伯爵に紹介する添書にして猶ほ萬事汝の缺乏を滿たす樣一切の世話を伯爵に頼みたるものなり
船乘新八より
何と珍しい事柄ではないか、併し此外に猶一人、殆ど之と同じ樣な手紙を受た人が有ツたとせば、又 一入ひとしほ珍しいと云ふ可きであらう。

巖窟王 : 一三九 半老人

此手紙を得て此青年が躍り揚がツて喜んだ事は無論である、出發の旅費支度が二千圓、爾して巴里へ着けば一年二萬圓の小遣、一ヶ月に二千圓近く遣はれるのだ、其れのみならず侯爵の子息として、小侯爵として、交際場裡に引出されるとは、此樣な幸福に誰だとて我を忘れる迄に喜ばねば成らぬ、してや此青年は明日が日、イヤ今日が日の暮しにも困り、殆ど自殺の外はないかと迄に絶望してゐたのだもの、全く天地がくつがへツて地獄から極樂に飛び上ツた樣なものだ。

餘り好過る話しだから若二千圓の爲替が付いて居ねば、無論誰かの惡戲だと思ふ所だ、イヤ爲替が付いて居てさへも猶だ此の爲替がにせではないかと疑ツた、併し恐々銀行に行つて意外にも正金を渡された時には、彼の腰の拔けぬのが不思議であツた、最う疑ふ所はない、全く我身は手紙に在る通りに扱はれるのだ、手紙の出し主船乘新八と云ふは誰だらう、新八の添書の宛名巖窟島伯爵とは何者だらう、爾して更に我身の父と云ふ侯爵皮春博人とは何うした人なんだらう、分らぬ、實に分らぬ、けれど此青年は分らぬ事に屈托などはせぬ又屈托する餘地もないのだ、何でも手紙の差圖に從つて見る一方である、彼は自分の身が侯爵の嫡子と分ツたのが嬉しいよりも今の二千圓が嬉しい、年二萬圓の小遣が嬉しい、交際社會に出られるのが嬉しい、有體ありていに云へば眞に自分の身が侯爵の息子だらうとは信ぜぬのだ、其れでは餘り旨過ぎる、自分の今までの履歴を考へて見ても、侯爵の子が五歳の時に其の敵にさらはれたなど云ふ事があり樣はない、けれど先が自分を侯爵の子だと云ふのだから、自分は唯「爾ですか」と、侯爵の息子の積で居れば好いのだ、眞實息子か息子でないか、其樣な空な事を當にするよりは、現實な旅費小遣と現實な贅澤が有難い、人が自分を侯爵の息子として道具に使ふなら使へ自分は嘘にも侯爵の子と見られる程の境遇に立てば好いのだ此樣な境遇は、今此の手紙の差圖に應ずるより外は、自分の生涯に又と來る事ではないと、樣々に思ひ廻した末、半世に云ふ「儘よ」と云ふ領見で遂に巴里へ出掛けて行つたは仲々食へる代物ではない。

併し之れにも劣らぬ代物が最う一人ある、其れは青年ではない、既に五十の坂を越えた半老人である、是れも矢張り突然に同じ樣な手紙を受取ツた、其の文句は、

御身既に五十を越え、身を支ふる職業もなし、あるとも最早職業に堪へ得ざる老衰の境に入るは近々のみ、誠に御身の前途は果敢はかなさの限りに非ずや、御身若し金に困らぬ榮燿榮華の身と爲らんとせば、此書中に封入せる餘の添書を以て、本月廿六日夕方の六時に巴里エリシー街卅番地なる巖窟島伯爵の邸に行き伯爵に逢ひて、自分の息子小侯爵皮春永太郎に廻り會ひ度しと申込むべし、御身は侯爵皮春博人なり、昔、御身と小品こしな侯爵令孃 折葉をりは姫との間に出來たる右の永太郎が、五歳の時御身の敵に奪はれて行衞知れずと成りたるも、今は巖窟島伯爵が其の所在を知れり、兎も角も伯爵のやしきに行けば何事もおのづからら分り御身は驚くべき有福の人と爲らん、茲に旅費として二千五百圓の爲替を封入するを以て是れにて餘の言の僞りならぬを知られよ、猶ほ巖窟島伯爵より御身の當座の小遣として五萬圓を渡さる可し、是も御身の權利なれば遠慮無く受取る可し、躊躇して此二度とは來らざる大幸福を取逃す事勿れ。

                          暮内法師

前のは差出人が「船乘新八」と有つて此方こつちは「暮内法師」と有るが、文意に於て大した相違は無い、之れを受取つた當人同士の感じ方も亦大した相違は無かつた、丁度此の半老人も、彼の青年が考へた樣な事を考へて同じく巴里へ出掛けて行く事になつた、不思議と云へば不思議だが、人の心は又大概似寄つたものと見える。

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「侯爵皮春博人閣下が御出になりました」と取次の者が巖窟島伯爵へ言ひ上げたは、丁度伯爵が武之助に向ひ今夜皮春侯爵に逢ふのだと話した其の廿六日の夜の午後六時で有つた、伯爵は「爾か第一の接見室へ通せ」とて取次を退け、後に時計を眺めて嘲る樣な笑ひを帶び「オヽ流石は伊國いたりやの舊家の主人だ仲々精密に刻限を守られるは」と呟いたが、やがて立上がつて右の第一接見室へ入つて行つた時は、今の嘲る樣な笑は消えて、何處までも恭々しく目上の賓客を迎へる態度であツた。「アヽ貴方が皮春侯爵ですか」との問ひが伯爵の第一の言葉で有ツた、客はぎこちない棒の樣に突立つて居るのは多分侯爵の威儀と云ふものであらう、「ハイ其の通りです」と餘り高く無い聲で答へた、伯爵は透かさず「アヽ侯爵皮春博人閣下ですね能くは事情を知りませんけれど、兼ねて私の懇意にする伊國いたりやの暮内法師から貴方のお出の事を通知して呉れましたから實は今夜お待受して居たのです」待受られて安心したのか或は薄氣味でも惡いのか侯爵は妙にあたふたと「アヽ矢張りの暮内法師が、成るほど、成るほど、併し何も間違や思ひ違の樣な事はありますまいね」伯爵「貴方の方にさへ間違が無くば、私の方には間違の有る筈が有りません、貴方は無論侯爵皮春博人君でせう」侯爵「ハ、ハイ、侯爵です、皮春です -- 爾して博人です」伯爵「では矢張り暮内法師から昨日私の許へ屆いた手紙に有つた通りです、五歳の時に、怨む者に爲に奪ひ去られた御子息の永太郎君に逢ひ度いと仰有るのでせう」侯爵「ハ、ハ、ハイ」伯爵「其の御子息は貴方と侯爵 小品こしな家の令孃 折葉をりはとの間に生れた -- 」侯爵「爾です、爾です」伯爵「其れでは私も安心しましたが實は妙な事で或人から永太郎君を貴方へ再會せしめる事を頼まれ、色々と詮議しましたが何分當人は五歳の時に分れたので父母の顏は少しも覺えぬと云ひますし」侯爵は少し安心した容子で「アア當人が私の顏を覺えぬと云ひますか」伯爵「爾です、其に一説では皮春侯爵たる貴方が阿弗利加の戰爭で戰死でもしたのか其時から行方が知れず其家も既に死絶えたなどと云ひ殆ど絶望して居ましたが、暮内からの手紙で貴方が實は此世にながらへて居るけれど、餘り金滿家として人に持囃されるのが辛い爲め世を避けて居るのだと分りまして」益々侯爵には都合の好い話である[、]彼は又一段と落着きて「ハイ家柄は立派ですが私自身は其れが爲に多く人に知られて居ぬのです」

巖窟王 : 一四〇 尚々書

巖窟島伯爵「併し貴方は暮内法師から私へ宛た添書をお持の筈ですが」侯爵皮春博人は待設けて居た樣に「ハイ、添書は持つて居ます、是です」とて衣兜かくしの中から取出して差出した。

伯爵は封を切つて讀初めた、侯爵の方は此添書に何を書いて有るか一句でも聞落しては成らぬと云ふ樣な、何氣なきていながら實は熱心に耳を傾けた、伯爵も亦一句も聞落させまじと勉める樣に明かな聲で、そろ〳〵と「拜啓、此書持參の紳士は前便申上げ候皮春侯爵にして、一年五十萬圓の所得のある方に候」侯爵は驚かぬ振で實は驚き「エ、私の所得が年に五十萬圓、大變なたかですが」伯爵「ハイ是れくらゐの所得が無くては巴里の社交場裡では充分の信用を博する事が出來ません、私が貴方ならば五十萬圓のものは却つて百萬圓も有る樣に言觸らします」侯爵「其れでも」伯爵「イヤ貴方は舊家だけに、實際の所得よりも却つて少く言觸らして居るのでせうが」侯爵「イヽエ實際の所得が -- 」伯爵「年に五十萬圓に足らぬとお思ひ召されるのは、其れは貴方が家令家扶に管理させて御自分で能く知らぬから爾う思ふのです、此暮内法師は仲々精密な氣質で、數字など間違へつ事は無いのですから、法師が五十萬圓と書いて有れば屹度きつと五十萬圓は有るのです」侯爵は不安心な顏をして「爾でせうか」伯爵「爾ですとも、しや爾で無くても貴方は人に爾う思はせて置く方が得策では有りませんか、少く思はせて儉約ばかりすると云ふ伊國いたりや風は此國では流行りませんから」侯爵は漸く決心らしい心が出たと見え「其れも爾です」

更に伯爵は手紙に向ひ「曾て陸軍大佐として阿弗利加へ出征せし事は御聞及びの通りに候」侯爵「オヽ陸軍大佐、私が」伯爵「ハイ貴方の阿弗利加戰爭の頃の位地が此國で云へば丁度陸軍大佐に當るのです、貴方は此國で宴會にでも招かれる節は、成る可く軍服をお着け成さるが好いでせう、唯の貴族よりも軍服を帶びた人が何うしても餘計に尊敬せられますから」侯爵は又恐る恐る「でも私は軍服など持たずに來ました」伯爵「ナニお宿さへまれば必ず家扶かふが、其樣なものを送りませう」侯爵「宿も未だ定まりませんが」伯爵は聞流して又手紙を讀んだ。

此度このたびは兼て露國へ漫遊の途次、彿國ふらんすへ立寄られ候譯ゆゑ、巴里逗留中は何とぞ交際場へも御案内下され候願ひ度候併し侯爵は巴里立寄のおもなる目的は、兼て申上げ候子息永太郎君との再會に之有候事無論の儀に候へば、特に此事は手厚く御取計らひ被下度候匆々頓首」と讀終つた、侯爵は少し物足らぬ心地である、其れは定めし約束の五萬圓の件が書入れて無い爲だらう「アヽ其れだけですか、外には何事も有りませんか」伯爵は更に手紙を見直して「オヤ、本文の後に尚々書なほ〳〵がきが附いて居ます、私は見落して居ましたよ」「尚々なほ〳〵侯爵は殆ど忍びの状にて當地を立出られ候儀なれば、露國に着して取引銀行より受取らるゝ迄は旅費も定めて缺乏の事と存じ候」「何だ暮内法師は、皮春侯爵とも云はれる者が旅費に困る事でも有るかの樣に此樣な事を書き添て」侯爵は聊か極り惡げに頭を掻いて「イヤ實は其の通りですよ」伯爵「其の通りでも貴方の名を以てすれば幾等でも融通が出來るでは有りませんか」侯爵「所が此國には少しも知り人が有りませんのでイヤ露國まで行けば何うでも都合が附きますけれど」と、何うやら云ふ事が本統の侯爵らしく成ツて來掛た。

「ナニ貴方の方では知り人が無くても金を貸す方で皮春家の大身代を聞及んで居ますから、金錢などの事は御心配は有りません」と伯爵は事も無げに云つて、又讀續ける樣「就ては彿國ふらんす滯在中の費用は伯爵閣下に於て、然る可く御立替下され度、差當り五萬圓も有らば侯爵の當座の費用は辨ぜらる可くと存ぜられ候」「成程、其れ位で足りますか」侯爵「ハイ五萬圓も有れば先づ足りませう」初めから見ると餘程大膽に成つて、伯爵「猶其上に及ぼうとも決して侯爵に金錢上の御不自由を掛ざる樣御取計らひ下され度候、再拜」「餘計な尚々書なほ〳〵がきでは有りませんか、之が無くとも」侯爵「イヤ是が無くば全く私は困る所です、是から宿を定めますにも、或は又多少は巴里を見物するのも」伯爵「では失禮ですが、一萬圓だけは今夜私が差上げて置きませう、後の四萬圓は明日にも段倉銀行からお受取り下さい、其れが盡くれば又私が段倉銀行へ五萬圓 づゝ何囘でも拂ひ込んで置きますから」侯爵は存外謙遜である「ナニ儉約に慣れた私ですから、爾う何囘にも及びませんが兎に角、今夜一萬圓だけは、お言葉に甘えて戴いて置きませう、一萬圓だけは」と重ねて念を推した。

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