読書ざんまいよせい(086)

巖窟王(上 その10)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

巖窟王 : 一〇一 土牢と云ふ言葉に

さきの日死刑臺から逃れ去つた其の日比野が、早斯かる使に來るとは、安雄も意外に感じたが伯爵も驚いた容子である「オヽ日比野、貴樣だつたか」問ふ聲は伯爵の口を衝いて出た、日比野は返辭もせずにたゞちに伯爵の前に平伏し、伯爵の兩手を取つて之に接吻するは、命を救はれた其恩を謝する積りで有るのだらう、あたかも犬が主人の手をなめる樣な状である。

伯爵は機嫌能く「オヽ未だおれを忘れぬと見えるな、あ起きよ、問ふ事が有るのだから」命に應じて起き直りつゝ「私が救はれて未だ一週間にも爲りません、其れだのに貴方の恩を忘れては何としませう、生涯決して忘れません」伯爵「生涯といへば永いことだぞ、爾う約束せぬが無難だらう」日比野は「イヽエ、生涯が幾等永くても忘れません」といひ掛けたが、傍に見知らぬ安雄の居るのを見、忽ち口をふさいだ、伯爵「ナニ日比野、此方はおれの友人だ、少しも恐れるには及ばぬ、先づ野西子爵がどうして鬼小僧に捕はれたか其の次第から聞かせてくれ」

日比野は安心した状で「いつも祭禮の時には同じ手段で、必ず若い紳士を捕へますよ、鬼小僧の妾テレサといふのが珍しい美人だものですから馬車で市中を練歩き、是はと思ふ紳士に向ひ、時々容子有りげに顏を見せるのです、野西子爵とやらも全く其手に掛かツたのです」伯爵も安雄も此打開けた返辭に、思はず笑を催した、安雄「鬼小僧が、自分の妾に、其樣な事を許すのか」日比野「許しますとも、自分が傍に居て、一々此紳士彼の紳士と差圖をして居るのです」安雄「では彼の馬車に鬼小僧も乘つて居たのか、何だ女ばかりの乘合と見えたのに」日比野「馬車の中に女はテレサ一人です、其外皆少年の男子です、身體が小さいから彼の樣な服を着けて假面めんを被れば女の姿に見えるのです」安雄「シテ鬼小僧は何處に居た」日比野「矢張り假面めんを被ツて御者を勤めて居たのです」

さては彼の馬車の御者が鬼小僧自身で有ツたのかと、安雄は身が震ふほどに驚いた、爾とも知らず其日人の眼の下で、其人の妾と樣々の合圖を爲し、非常な艷福を得た如く思ふとは、實におぞましさの骨頂と云ふものだ、安雄が斯く思ふて呆れる間に[、] 伯爵「シタが、其れから何うして野西武之助君を捕へた」日比野「其れから手紙の遣取と爲り、今夜 祭禮まつりの終る刻限にポンテシノの寺の庭で忍び逢ふ事と極つたのです、爾して其約束の通り野西子爵が來ましたからテレサの弟が同じ風をして子爵の手を取り、寺の庭へ引入れて、小聲で子爵に向ひ、山の麓に私の別莊が有るから其處まで行きませう、其積りで馬車を待たせて有ますが其別莊ならば番人の外に誰も居ませんから緩々ゆる〳〵とお話も出來ますからと斯う云ひました、子爵は喜んで、自分が引立る樣に手を取つてテレサの弟を、寺の背後うしろに居た馬車に乘せ、自分も後から乘つて急がせたのです」安雄「では何の苦も無く一直線に鬼小僧の居る山のほらへ進み込んだのだな」日比野「ハイさうさせる計略で有ましたが、子爵が馬車の中で、樣々に戲れて、テレサの弟も本性を隱して居る事が出來ぬ程に成りましたから、忽ち用意の短銃ぴすとるを取出し、子爵の顏に差附けて、ふざけるなと怒鳴り附けて自分の顏を現はしました、私は其馬車の御者を勤めて居ましたから、篤と其時の状を見ましたが、子爵は餘ほど驚いた容子でした、暫しが程は言葉も出ずに唯だ相手の顏を見詰て居ましたが「アヽ分ツた、笑談ぜうだんにしては餘り殘酷過る、全く誘拐かどはかしたぐひだ」斯う叫んで、直に短銃ぴすとるを奪ひ取りに掛りましたが、此時は早や馬車の左右の窓から鬼小僧の屈強の子分が四人まで飛び込んで子爵の兩手をしかと捕へた後で有ましたから無益でした、直に子爵は最早や抵抗はせぬのだから、貴樣等の望みを聞かせよと云ひました、手下等は斯樣な事には慣れて居ますから、返辭もせずに其儘繩を掛やうと致しましたが、其れには及ばぬ何の樣にでも貴樣等の意に從ふからと云ひ、是から四人に捕はれたまゝ終に山塞さんさいへつれて行かれたのです」伯爵「爾して今は」日比野「山塞さんさいの土牢へ入れられて居るのです」土牢と云ふ言葉に伯爵は殆ど顏色を變へた「其れでは直におれが行つて — 」安雄「伯爵、私も一緒に」伯爵「サア行きませう」眞に取る物も取敢ず立上つた、安雄「馬車の用意でもさせねばけますまい」伯爵「イイエ私は夜の夜半よなかでも、直に外出の出來る樣、必ず馬車の用意をさせて有ます、法律を逃れる人でも、私ほどは用意は屆いて居ぬでせう」眞に其通りである、一つの呼鈴よびりんを鳴らして下に降れば、早や馬車は入口へ廻つて居る、一分の猶豫も無く安雄と共に之に乘り、猶ほ日比野をも其 背後うしろに乘せサンサバシヤンの山洞さんどうを指し矢を射る如くに走らせた。

巖窟王 : 一〇二 サンサバシヤンの山洞

サンサバシヤンの山塞さんさいは、羅馬から、馬車で急げば一時間で行かれるのだ、昔は茲に寺が有ツて其の洞穴は人の死骸を埋めた所だと云ふ事である、是れは、歴史にも見えて居るから疑ふ所は無い。

斯る履歴の有るほらだから、今では誰も行く人が無い、物好な旅人とても、死骸の洞穴と聞いては見物に行く心も起らぬ、身震ひして縮み込んで了ふのだ、其れを幸ひとして茲に本據を定めたのが鬼小僧である、彼が何れほど大膽で、世の常の山賊と違ふかと云ふ事も是で分る。

馬車の進むに從ひ、安雄は曾て讀んだ事のあるサンサバシヤン寺の歴史などを思ひ出し、何の樣な所へ行くかと實は安き心も無かツたのである、けれど其中に馬車は山の麓に着き、是よりは路が狹くて徒歩かちで無くては進まれぬと云ふ所に逹した、第一に日比野が馬車を降りて案内者と爲り伯爵と安雄とが之に續き、最後には御者と爲つて馬車に乘つて來た舌無しの亞黎ありが從つた、夜は早や一時を聊か過て下弦の月が赤く東の空に顯はれたけれどくぼい山道を照しはせぬ、松明無しに進むのは至極の困難で有るけれど、さいはひ日比野が道の容子を細かにそらんじて居て、木の根 岩角いわかど、一々の注意する。

行くこと幾丁にして寺の古跡の門にも當るかと思はれる所に逹した、此の所には番兵が立つて居て、足音を聞くや否や伊國いたりや語で「誰だ」と咎めた、勿論日比野の説明で無事に通る事を得たが、是から先は道の一曲り毎に番兵が居る、成るほど斯うも嚴重では、不屆きな羅馬の警察が何うとも爲し得ぬのは怪しむに足らぬ。

行く中にほらの門とは爲ツた、此の所から深い穴の中へ降るのだ、降り盡せば平地に成つて、平地の行き詰る所に、昔寺の奧の院でも有つたかと思はれる圓い柱が幾本も有つて、其柱を力に假小屋とも云ふ可き普請が出來、薄暗い硝燈らんぷを吊るして有つた、伯爵は足を留め、安雄を顧みて小聲に「アレが鬼小僧ですよ」と云つて硝燈らんぷの下に、圓い柱に寄つて居る人影を指さした、能く見る事が出來ぬけれど、年の頃は三十餘り、骨格も逞しい男が餘然よねんも無く物の本を讀んで居る、そもそも鬼小僧が多少の文字を解して常に亞歴山王あれきさんどる該撒しーざーの傳を愛讀した事は、今以て話や文書にも殘つて居るが、多分は此時も其類の英雄傳を讀んで居る所で有つたのだらう、安雄は氣味惡る惡る猶も眸子ひとみを定めて見ると、彼の傍には幾人の手下が、匍匐はらばひも有れば安坐あぐらを組むものも有り、樣々にして七八人も待ツて居る容子だ。

此時、最後の番兵は人の氣配を感じたと見え「誰か居るのか」と一喝した、聲に應じて鬼小僧は忽ち其の書物を投捨て短銃ぴすとるを取ツて此方こなたを狙ふた、其れに續いて匍匐はらばひの男、安坐あぐらの男、皆起き直ツて大將の下知一つで躍り掛らん身構へである、安雄は今此瞬間の間に我身は微塵にもせられるかと怪しんだが伯爵は少しも騷がぬ「オヽ鬼小僧、おれ入來じゆらいを迎へるのに、餘り禮式が仰々し過ぎるでは無いか」と笑ひを帶びて言ふた。

一語の效用きゝめは殆ど咒文の如しである、彼鬼小僧は短銃ぴすとるを投捨てゝ「オヤ伯爵閣下ですか、何うして此樣な所へ、而も夜の今時分」と叫び、飛び下りて來て平伏した、伯爵は叱る樣に「其方はおれの約束を破ツたでは無いか、おれの身體は勿論の事、おれの友人一切へは決して危害を加ぬと兼て誓ふた言葉は、未だ忘れた譯でも有るまいに」鬼小僧は何の事か合點し得ぬ「イヤ伯爵、決して御恩に背く樣な事柄は」伯爵「せぬとは云はさぬ、今夜其方は野西子爵を此の山洞さんどうへ、捕へて有るとの事では無いか」鬼小僧は眞實驚いて「エ、野西子爵が貴方の友人」伯爵「無論の事 おれと同じ宿に居られて — 」鬼小僧「イヤ其樣な事は少しも知りませず」伯爵「宿は知らずとも乘つて居られた其馬車は幾度いくたびも其方は見たおれの馬車である、其れにも心附かなんだと云ふのか」

鬼小僧はかしらを地に附け「全く馬車には氣が附きませんでした、貴方の御紋が附いて居る譯では無し、同じ黒塗の馬車が幾百幾千輛も有ました中ゆゑ」伯爵は安雄を顧み「何の樣に此者を罰すれば貴方は御滿足が出來ますか」安雄は細い聲で「罰するに及びません、武之助を無事に救ふて歸る事さへ出來れば」鬼小僧は初めて伯爵の外に人の來て居る事を知つたと見え、不安心氣にかうべを擧げて安雄の方を透かし見た、伯爵「ナニ此方は、野西子爵の手紙を持つた其方の使ひが尋ねて行つた毛脛男爵である、心配する事は無い」と云ひ、彼の身請金みうけきんを記した手紙を、小僧の顏の邊に投與へた。

實に伯爵の勢力は驚く可しである、小僧は安雄に向ひ「重々私の過ちです、何うか貴方からも伯爵へお取做とりなしを」伯爵「ナニ其れには及ばぬ、毛脛男爵も別に其方を罰するには及ばぬと云はれるから、直に子爵野西武之助を受取つて歸るとしやう、子爵は定めし無事だらうな」小僧は手下を顧みて「野西子爵は何うして居られる」手下の一人「先刻まで歌など歌つて居られましたが一時間ほど靜まりました、何うして居られるか見て來ませうか」伯爵「其れには及ばぬ、おれが行くからサア子爵の居る所へ案内をせよ」鬼小僧は自ら立つて硝燈らんぷを取り「サア此方こちらへ」と案内をした。

其れに從ひ、安雄と伯爵は又奧深く進んだが、此の先は全く土牢とも云ふ可き所である、昔團友太郎が捕はれた泥阜でいふ要塞の土牢とは違ツて居るけれど、崖の樣な所へ横に掘込んだ深い穴は、熊か虎でも入れて置き相な備へで、外に鐡柵まで結んで有るは、土牢と云ふより外に名前は無い、伯爵は先づ小僧の差出す燈火ともしびの光で其中をのぞいて見たが、是れだけは流石彿國の紳士として感心せねば成らぬ、土牢の中の藁の上で、彼の武之助は心地よげに眠ツて居る。

巖窟王 : 一〇三 伯爵の巴里乘込

土牢に捕はれて、心地好げに眠ツて居るとは、見掛けに寄らぬ大膽な所が無くてはならぬ、尤も巴里の紳士の教育は、何の樣な恐ろしい場合にも氣を引立てゝ愉快げに身を持つと云ふに在るので、しや土牢の中に於てもた又首切臺の上に於ても矢張り此の巴里風を吹かせて居ねば成らぬ、爾も無くば眞の巴里兒ぱりつことは云はれぬのだ、一つは斯る教育の爲にも在るだらうと云へ、何しろ一同、武之助の眠ツて居る状には感心を禁じ得なかつた。

先に立つた鬼小僧は、此寢顏を掻消すが惜いと云ふ樣に、暫し武之助の顏を眺めた末「子爵、子爵」と搖り起した、武之助は手を伸ばし、次に目をこすり、鬼小僧の顏を見て、猶も眠相な聲で「オヽ、誰かと思へば矢張り夜前の追剥殿か、もつと寢かして置いて呉れゝば好いのに、丁度ブラシヤノ侯爵の宴會で舞踏して居る夢を見て居た、アヽ肝腎の所で起された」云ひつゝ時計を出して眺め「未だ一時半では無いか、夜も明けぬのに何で起した」鬼小僧「喜ばしい吉報をお知らせする爲にです、貴方の身が自由に成ました、直に是でお歸り成さツて可いのです」武之助は猶ほ眠さが消えぬ「拿翁なぽれおんが云ふたぢや無いか、吉報の爲ならば決しておれを起すには及ばぬと、エ、誰か身請金みうけきんを持つて來て呉れたのか」鬼小僧「イヽエ、爾では有ません、身請金みうけきんよりも有力な、私の恩人が來られたのです」武之助「恩人とは誰だな」と云ひつゝ漸くかうべを擧げて眺め「オヽ毛脛安雄君、必ず君が來て呉れるだらうと僕は全く安心して居た、君の親切は謝するに餘り有だよ」安雄「イヤ僕では無い巖窟島伯爵だよ、今夜茲へ來て此通り君を救ふことの出來たのは全く茲に居られる伯爵のお蔭だから」武之助は伯爵の名を聞いて「エ、又も伯爵の恩に成ツたのか」と云ひつゝ跳起きて、鬼小僧が持つて居る硝燈らんぷに透かして見て「オヽ伯爵、貴方が羅馬に居合さねば、我々の此度の羅馬滯在は、何から何まで失敗に終る所でした」とて眞に感謝に堪へぬ如く鬼小僧の後に附いて直に土牢の外に出で、伯爵の手を握らうとする樣に自分の手を差延た。

伯爵は其手を見て、と當惑氣に身を震はせた、かたきの末と握手する事は、心が咎めて許さぬので有らう、けれど暫くにして詮せんかた無しと思つたか、漸く手を差出した、武之助は之に氣附かで、熱心に其手を握り〆めたが、唯其手の、石の如く堅くして且冷やかに、全く血管の無い物を握る樣に感じたのは、後に至ツて思ひ當る時の來るまで、聊かながら怪しんだ所で有る。

安雄の方は、確に伯爵が握手を躊躇した状を見て取ツた、爾して何か仔細の有る事では無からうかと氣遣ふた、併し此夜は是だけで何事も無く此處を引上げたが兎も角も伯爵の親切と勢力とは深く武之助の心に印した、て翌日に至ツては、昨夜の禮としてたゞちに伯爵の室を訪ふたが、伯爵は只管ひたすら武之助の眠ツて居た勇氣を襃めて、自分の親切は成る丈け些細な事の樣に言消さうと勉めて居る、天晴れ紳士たる心榮こゝろばえは此一事にも見えて居るから、武之助は益々心服の念を深くし是非とも一度巴里に來て我父母にも、親しく禮を云はせる機會を與へられよと切望した。

武之助の父母と聞き伯爵は、何の樣に、又何れほど、心を動かしたかも知れぬ、けれど日を經るに從つて、武之助は此切望は次第に伯爵の心を動かしたと見え、愈々武之助が此羅馬を立つ時には、伯爵より堅く武之助へ約束した、其れは來る五月の廿一日午前十時半を一分もたがへずに、伯爵自ら巴里ヘルダー街なる子爵野西丈の玄關に訪ふと云ふ事である、爾して武之助より伯爵への約束は丁度其日の其刻限には交際社會の有力な人々を我家へ集め、來着次第に共々に箸を取る樣、食事の用意まで調へて置くと云ふので有ツた。

嗚呼五月廿一日、是れが巖窟島伯爵の巴里乘込である、巴里へ乘込んで何の樣な活劇が演ぜらるゝだらう、神より外に知る人はない、此約束が出來た後で伯爵は深く深く、神に謝した、實に幾年幾月、唯だ一つの大なる目的を逹せんが爲に、人の想像も及ばぬ程の苦心を以て、夜も晝も一寸の油斷無く奔走し經營し、世界の果から果、社會の隅から隅まで、材料を集め準備を盡し、今は漸く目的の戰場たる巴里へ乘込む迄に推し寄せた、是等の過去つた跡を顧みれば伯爵自ら自分の力で出來た事とは思はぬ、ひとへに神のたすけとして眞實に感謝する外は無い、猶ほ此上に神の力を請ふて、鬼神の外は爲し得ぬ程の大仕事を仕果せば成らぬ、只管ひたすら伯爵が神に祈るのは當然といふ可き事だ。

武之助が巴里へ立つに臨み、伯爵は安雄に問ふた「貴方は巴里へ歸りませんか」と、安雄は心 ひそかに此伯爵の勢力を恐れる事に成つた、此伯爵の巴里行が決して自分等の身に幸福とは成らぬと信じた「ハイ私は當分ベニス府に留まります」と彼は答へた、爾して其言葉通りにした。

巖窟王 : 一〇四 五月廿一日

愈々伯爵が巴里に乘込む約束の五月廿一日とはなツた。

野西武之助は約束通り、伯爵を待受る爲め數日前より、其々用意を運び、今日は最う手を下す用事も無いから、客室きやくまの次のすわり、卓子ていぶるの一方に時計を置き之を眺めつゝ新聞紙を讀んで居る。

時計は十時少し前である、伯爵の來着するまで最う一時間とは無い、「伯爵は極々嚴重に時間を守る人だと云ふが、羅馬から旅をして、眞に約束通り十時卅分に來るだらうか、若し來たなら、眞に彼の人は何事をも自分の思ふ通り寸分違へずに運ぶ人と云はねば成らぬ、全く豪傑だ」呟きつゝも眼は更に新聞紙に注いだが何か目に留まつた事が有ると見え、ニツと笑んだ「オヤ〳〵おれの事を出して有るは何うして探るか仲々早いものだなア」と感心のていで讀み下した、其記事は「子爵野西家の長子武之助氏と男爵段倉家の長女 夕ゆふせみ孃との間に結婚の内約 ぼ出來たりと聞く猶又愈此内約の進む時には夕蝉孃の父段倉男爵より孃に百萬 ふらんの婚資を附すならんと云ふ」と有る、武之助は別に嬉し相でも無い、「ナニ未だ内約といふ程でも無いのだ、併し出來たと言ひ切らずにぼ出來たと書いて有るだけ、先づ事實を得て居るといふ可しだ」獨り批評する所へ、登ツて來たのは給仕である、「膳部其他は殘らず用意が出來ました、外に御用事は有ませんか」武之助「先づ無い」といつて立たせ掛けたが又呼留め「爾だ、阿母おかあさんと阿父おとうさんに、爾う申して置いて呉れ、兼てお話し申した羅馬の恩人が多分今日は來る積りですから、午後に成れば茲へ來て何うかお目に掛ツて下さいと」

武之助の父母と巖窟島伯爵が愈々此處で廻り合ふとすれば、何の樣な事に成らう、併し誰とて此廻り合ひを初對面としか思はぬ人は無い。

給仕の心得て退いた後へ、入つて來たのは此日の來客の一人、當時の内閣官房長 出部嶺でぶれい男である、此人の私行上には薄々多少の非難が無いでも無かツたけれど、兎に角交際場に有數の人で、殊に貴婦人社會から大騷ぎをせられて居た、其れも其筈である年は卅四五、顏は極めて美しく衣服着飾とても全く流行の粹を集めたこしらへである、武之助はと懇意らしく之を迎へ「イヤいつも案内の時刻より卅分以上は後れ、人をジラして置いて現はれるを政略としてゐる貴方が時間前にお出とは實に意外です」出部嶺でぶれい男は、前額ひたひを押へ「イヤ昨夜諸國の公使へ重要の通信を發するに殆ど徹夜して、今朝は頭痛に堪へぬから、氣を轉ずる爲に來たのです、併し今夜の來客は」武之助「極選りすぐつた五六人です、ですが昨夜其樣な通信などを成さるとは又内閣の動搖ですか」出「イヽエ幾等此頃の内閣が早くたふれるとても、組織以來未だ二ヶ月に足りません、通信は既に新聞にも出て居るから最う祕密でもありません、西班すぺいんの革命黨の首領ドン・カーロが捕はれた件に關してゞす」武之助「其れならば定めし株の相場にも變動が有ませうね」出「イヤ株屋などといふものは何の樣な耳を持つて居ますか、政府と同時に此事を知り既に段倉男などは一昨日から今日までに百萬圓儲けました、オヽ段倉男といへば貴方は未來の嶽父ですから段[注:男の誤りか?]の利益は孃の婚資に必ず好影響を及ぼしませう、是れは貴方の爲に、祝さねば成ません、アハヽヽ」打笑ツて冷かす樣にいへば、此方こなたも同じく冷かす樣に「私より貴方こそ、段倉夫人と共に甘い儲けが有ませう」何の事だか分らぬけれど出部嶺でぶれいは聊か顏を赤め「イヤ貴方まで世間の風評うはさを信じては困りますよ」と眞面目に辨解する樣にいふた。

此所へ又一人、交際家としては聊か武骨に過ぎるかと思はれる卅格好の紳士が來た、武之助は立つて此人を出部嶺でぶれい男に引合せた「是れは當時、有名な急激新聞の主筆者 猛田猛たけだたけし氏です」流石に交際家だけに出部嶺男は早や懇意と敵意とを旨く加味して「アヽ貴方が猛田猛たけだたけし氏ですか、私は貴方の新聞を讀まずに嫌つて居る一人ですが」といへば、猛田たけだも同じ調子で「其れは五分五分です、私もお目に掛かつた事無しに貴方を攻撃して居るのですから」出部嶺「併し猛田さん、貴方の筆力を以て我々の黨派へ贊成して下されば、其れこそ貴方は富貴榮逹意の如しです」猛田「私の贊成を得んには、何うか先づ貴方がたがせめて六ヶ月も續く内閣を組織して下さい」出部嶺「イヤ爾ういはれては一言も有ません」と早や座談に花が咲き掛けた。

巖窟王 : 一〇五 森江大尉は此人です

現内閣の官房長官と反對新聞の主筆記者とを招いたのは、異樣な組合せである、出部嶺は其の異樣なのに氣が附いたか、猛田との話しが少し途切れると直に武之助に向ひ「今日は猶外に — 誰々が來ます」と問ふた、武之助「砂田いさだ伯と陸軍大尉森江眞太郎氏です」

異樣ではあるけれど、武之助の注意は分つて居る、政治、文學、交際の三社會から代表者ともいはれる程の流行兒はやりつこを選集め、其れに軍人を一名加へたのだ、巖窟島伯爵を巴里の社交界へ正體する爲めの小宴としては尤も宜しきを得たものだ。

唯だ軍人社會から何故森江眞太郎を選んだのだらう、森江の姓眞太郎の名は、其父なる馬港まるせーゆの船主森江良造の姓名と共に讀者の覺えて居る所である、此人は軍人中の交際家であるだらうか、イヤ決して爾ではない、唯だ此人が此頃阿弗利加でで、自分の命を顧みず人の命を救ふたといふ最も竒特の行ひがあつた爲め、目下到る處で評判せられ、一時の英雄ひーろと立られて居るから、其れで招待したのだ、殊に其の助けられた當人が同じく招かれて居る砂田いさだ伯其人でる、伯は阿弗利加の旅行から歸つて以來、自分が森江大尉に救はれた話を非常に珍談として交際社會へ繰返して居る。

時計が十時を廿分ほど過た頃、戸表おもてから馬車の着いた音が聞えた、爾して直に階段を上つて來る二人連の足音は砂田伯と森江大尉である、伯の顏は誰にも知れてゐるけれど森江大尉の顏は知らぬ人が多い、伯は之を一同へ紹介する樣に「私が阿弗利加の内地で六人の土人に捕はれ、首をめられて居る所へ、單身飛び込んで、六人を投倒し又は蹶散けちらしなどして私を救ひ、爾してアルゼルへ歸る迄三日の間自分の食を廢して私を養はれた森江大尉は此方です」森江は極り惡げに唯だかうべを埀れたが一同は今更感心に堪へぬ樣に勇士のと謙遜な顏を眺めた。

武之助は更に一同に向ひ「今日私は諸君に紹介致します珍客も矢張り人の命を助けた方です、其の助けられた當人が即ち斯く申す武之助です」一同は驚いた、其中に獨り新聞記者猛田猛は一度其話を聞いた事がると見え「オヽ羅馬で山賊の洞穴から貴方を救ひ出したといふ巖窟島伯爵とやらですか」砂田伯は眉を顰め、「ナニ、巖窟島伯爵、其樣な伯爵、何國いづくの貴族名鑑でも見たことが無い」武之助「けれど確に貴族で有る事は一目見れば分りますよ」猛田は語を添へ「イヤ私は武之助君から其話を聞き新聞に出さうと思ひ、羅馬の方へも問合せましたが、武之助君が鬼小僧といふ山賊に捕まつた事も其の巖窟島伯爵が救ふた事も事實です、殊に巖窟島伯爵といふのは餘ほどの勢力の有る人と見え東方では此頃非常な評判だといふ事です」砂田伯「イヤ其樣な人ならば、是非お目に掛かりたい、併し何うも巖窟島といふのは聞いた事の無い家筋だから」武之助は羅馬へ[注:羅馬からの誤りか?]立つ時に毛脛安雄から樣々の事を聞いてゐる「イヤ巖窟島といふのは地中海の在るモンテ、クリスト島の事で、此頃其伯爵は其島をタスカニーの政府から買つたのです」砂「ハテな彼の樣な岩ばかりの島ではとても伯爵の領地とするに足らぬ筈だが」武之助「所が其島の巖窟の中へ非常な宮殿を作り各國の帝王も羨む程の贅澤を盡して居ると申します、爾して人を其中へ入れるには入口の祕密を知らせぬ爲め目隱しをして連れて行く相ですが」砂「其れではまるで昔話に在る人だ」今まで無言で居た森江大尉も何か思ひ當る事の有る樣に「其樣な話しは私も老水夫奈良垣といふ者から聞きました、何でもモンテ、クリスト島の巖窟の中へ、入口の分らぬ宮殿を建て不思議な贅澤をして居る人が有ツて、何うかすると其の邊を航海する船頭等が連れ込まれて饗應を受けるとかいひました」自分の命を救はれた森江の言葉に砂田伯は初めて信じた樣に「イヤ貴方が爾ういへば間違ひは有りますまい、其れは實に珍しい人にお目に掛かる、併し野西子爵、其の方は何時に來ます」武之助「十時半に來る約束です」砂「何處から」武之助「羅馬から」砂「羅馬からでは爾う時間までも當にする事は出來ますまい」武之助「通常の人ならば出來ませんが巖窟島伯爵だから出來やうと思ひます、何でも人間の及ばぬ事をする人です」

餘り披露が大仰な爲め一同は笑を催した、砂田伯「併し今が丁度十時半ですよ」聲と共に時計は十時半を報じた、其の響きの未だ消えぬ中に取次の者は「巖窟島伯爵がお見えに成りました」と注進した、一同振向いて入口を見れば、何處から何うして來たのか、馬車の音も、階段を登る音もせずに、顏の色の青白い紳士が此室の入口に立つて居る、是が巖窟島伯爵だとは、一同の胸に、問はずと知れた。

巖窟王 : 一〇六 三個の碧精

一同の前に立つた巖窟島伯爵は、年も卅四五にしか見えぬ、羅馬から三百里の道を旅して來た人であるけれど、衣服は馬車の中で着替たと見え全くの仕立卸しでごみ一つ附いては居ぬ、爾して帽子手袋、襟飾に至るまで流行の粹を集めたもので、しや、此まゝ直に朝廷の宴會へ出たとしても差支への無い程である、殊に其の顏の青白い所まで貴族らしい天然の容貌を一層引立てる樣に見える、隨分出部嶺や砂田伯は人の短を見出すに目の早い人だけれど寸分の落度を見出す事が出來ず却つて自分の方に此人から笑はれる所が有りはせぬかと、にはかに氣遣ふておのが衣服を見廻した。

此二人に斯うまで感心せられるのは、交際社會の入場試驗に及第しや樣なものだ、是から二人の口で伯爵の噂は、尤も尊敬す可き人として、到る所に廣がるのだ。

先づ武之助から一々此人々の名をいふて引合せたが、伯爵は森江大尉の名を聞いたとき我知らず懷かしげに手を差し延樣として、忽ち又何氣なき容子に返ツた、けれど心は親が子に引かさるゝ樣に此の大尉に引かされる所があると見え、何と無く大尉の傍を離れ兼ねる樣な趣があツた。大尉も何故だか、今まで初對面の人に對して覺えの無いほど此伯爵には心の底から打解ける樣に感じた、若し何等の妨げも無く思ふ儘にする事の出來る世ならば、伯爵は此大尉を抱上げて「オヽ此廣い世に唯一人の愛す可き者よ」と叫んだかも知れぬ。

引合せが濟むと直に武之助はいつた「サア伯爵、お約束の通り食堂の支度が出來て居ます、直に皆樣と食堂へ」伯爵は此語を聞き、自分の聊か遲かつたのを咎められる樣に感じたのか「最少し早く來着す可きでしたが、三百里の道ゆゑ樣々の故障があり、其れに又此國では私人の馬車が郵便馬車を追拔く事を禁じられて居ますので、豫定より二三分遲れました」三百里の道で二三分後れてさへ明かに其理由が分つて居るとは何たる規則正しい人だらうと是 いづれも尊敬の種になツた。やがて一同は食堂に入り卓子てーぶるには就たが、いづれも此伯爵が、三百里先の羅馬から直に茲に着いたゞらうかといふのが第一の疑ひである、猛田猛が此の疑ひを代表して「馬車でお通しでは定めしお疲れでせう」と遠廻しに探ツた「ハイ疲れぬ爲に半分は眠つて參りました、眠るのが私の旅行法です、丁度巴里の入口で目の覺める樣に積ツては置きましたが、聊か寢過て、急に馬車の中で鞄包かばんを開いて衣服を着け替るやら大に狼狽致しました」笑を含んでいふ状に僞りで無い事が分つて居る。

出部嶺は不審して「爾う隨意に眠る事が貴方にはお出來ですか」伯爵「ハイ眠りを催す一種の藥を持つて居ますので」益々耳新しい答へである、森江大尉「其樣な藥があれば、軍隊に用ひたなら」伯爵「ハイ軍隊は何時でも警報を聞いて目を覺さねばいけませんが、催眠藥は一定の時間の經つまで容易に覺めぬから軍隊には用ひられません」武之助は兼て此伯爵がハツチスといふ草を用ひてゐるを聞いた事がある「伯爵、矢張り其藥は亞拉比あらびやの靈草で製するのですか」砂田伯も續いて「イヤ多分阿片の類でせう」巖窟島伯爵は一時に雙方へ答へた「御兩所のお尋ねが半分づつ當つてゐます、私が手づから廣東かんとんで選んだ最純粹の阿片と阿拉比あらびやのハツチス草の精とを混合した丸藥です」新聞記者は實物を見ねば滿足せぬ、猛田「今其殘りを若しお持ならば拜見し度いものですが」伯爵は笑つて衣嚢かくしから何物をか取出した。

「此中に未だ六七粒有りますが、是を飮んで眠れば、心身ともに全く新な勇氣を以て覺めるのです」猛田は受取つてにほひを嗅いだが藥よりも其の容れた噐に驚き「イヤ此の容噐は非常に珍品ですねえ」と叫び、手から手へ次の出部嶺男に渡して示した、眞に得難い品である、殆ど鷄卵ほどの大さの碧精えめらるどをば中をえぐりて、金の蓋を附けたもので、殆ど値打に積る事が出來ぬ「イヤ、碧精えめらるど碧精えめらるど」と出部嶺は見て叫んだ、次に並ぶ砂田伯は、家に先祖以來の寳玉の多いのを以て、朝廷にも劣らぬ程と自信して居る人である「ドレ私に」と云つて受取つたが、暫らく打眺めて殆ど顏色を變た「イヤ是ほどの良質で、是ほどの大きさのは、昔 伊國いたりやの某豪家に三個揃ツて有つたと云ふ傳説を聞いた外、私さへも見た事は有りません、是は元から此通り中をツて有りましたか」伯爵は又輕くゑみて「イヤ私も三個揃へて持つて居ましたから其の中の一個を藥入れとしてえぐらせたのです」無瑕むきずの玉をえぐらせるとは何たる贅澤だらう、砂田伯は開いた口がふさがらぬ。猛田「此頃 土耳古とるこ國王が絶世の碧精えめらるどを得たと云ふ噂を聞きましたが」出部嶺「他の二個は何う成されまして」伯爵「人の命と替る爲に、一は土耳古とるこ國王へ獻じました、王は直に長劍さあべるつかかしらへ取附けたと云ふ事です」武之助「何の樣な人の命とお替成さツたのです」伯爵「王の後宮へ賣込まれた女奴隸の中に極めて憐む可き一少女が有りましたから」さては羅馬の劇場で伯爵と同じ棧敷に居て、希臘の皇女では有るまいかと思はれた彼の美人が其一少女か知らん、彼れならば絶世の碧精えめらるどを以て買ふ値打も有ると、武之助は獨り腹の中で合點した、砂田伯「爾して今一つは」伯爵「之れも人の命と取替に、之れは羅馬法王に獻じました」武之助「其れは日比野を救ふ爲ですね」伯爵「爾だツたかも知れません」眞に此伯爵は非常と云ふよりも猶上の人であると一同は只管ひたすらに敬服した。

中にも砂田伯は、三個揃へて此 碧精えめらるどを持つて居たとは傳説に聞いた伊國いたりやの昔の豪家の血筋を引く人に違ひ無い、其れでは贅澤も無理は無いと、競爭の角も折れた。

巖窟王 : 一〇七 人を驚かす人

此樣にして巴里の社會に現はるれば、歡迎せられぬ筈は無い、身分は能く分らずとも伯爵の肩書が有つて言葉も作法も亦 身形みなりも其の肩書に相當し、金は幾等有るか分らずに、世界に又と無い寶物たからものを惜氣も無く人に贈り其の上に王侯をも法王をも知つて居り、山賊にも海賊にも隔て無く交ツて、總ての社會に對し測るべからざる勢力を持つたのみか、其の履歴は奧深くして推量が屆かず、其の話しは皆面白く、其の振舞は悉く人の意表に出て居る、此樣な人が人を驚かさねば世に人を驚かす人は無い、一座の面々はいづれも思ふた、眞に此伯爵こそは交際場を席捲するだらうと。

話しは是より、武之助が羅馬の山賊に捕ツた事から伯爵が之を救ふた事に渡ツた、伯爵は少しも自分の手柄を手柄とせず、唯だ當然の事の樣に言做いひなすにはいづれも亦敬服した、記者猛田は問ふた「何うして貴方は其の樣な山賊から敬はれます」と伯爵の答へは淡泊だ「彼が未だ山賊に成らず、牧場の小僧で有ツた頃、私が彼に道を問ひ、親切に教へて呉れた禮として金貨一枚を與へました、彼は生れて初めて金貨を手にしたとて痛く喜びましたが、其の後、レグホーン港で、夜中に海へ身を投げた男を通船かよひせんへ救ひ上げました、私の方では顏を知らぬに向ふでは覺えて居ました」出部嶺「其れが即ち彼だつたのですネ」伯爵「爾です、今は山賊と爲つて鬼小僧といはれ、警察から追詰められて、何處かへ泳ぎ着く積りで海へ入つた所、浪が荒くて溺れる所で有つたといひました、其後も大抵似寄つた事で彼は手下などを兩三度も唯だ法律の手から救ふたりかくまふたりして遣つたに過ぎぬのです」成程其れでは敬はれる筈では有るが、併し彼や手下を法律の手から救ふたと事も無げにいふ其事が、非常の勢力を持つて人で無ければ出來ぬ事である。

彼樣な勢力を持つ伯爵は、も何者だらう、出部嶺は心の内で勘案した、今我々の政府が全國に三萬人の警吏を有し探偵費として二千萬 ふらんを支出して居るのだから内閣官房長たる自分の力を以て此伯爵の素性を探れば決して探れぬ事は無い、相手が到る處に足跡を殘す樣な非常な偉人だけに猶ほ更探り易い譯で有ると、爾して其の意を、少しの折を得て猛田や砂田伯に細語さゝやき、且つ其の後に全く警察に命じて探れるだけ探らせたが、伯爵の言葉が悉く眞事まことをいふことは分つたけれど其の素性は少しも分らなんだ、是は後の事だけれど記して置く。

更に此席の話しは、旅行の事から美術の事に渡ツたが伯爵の知らぬ土地はない、知らぬ土地は唯此巴里ばかりの樣だ、實に類の少い旅行家である、其れよりも美術の事は又詳しい、少くも幾百萬の金を美術の爲に使ひ捨た人で無ければ是ほどの美術の知識は無い、凡そ上流社會で最も賞美されるのは美術の知識で、大抵のにはか紳士が輕蔑を招くのは此知識の乏しい爲である、此知識さへ有れば、充分に由緒正しい舊家の人と見做されるのだ、若し伯爵が巴里の上流へ泳ぎ入らんが爲めに、美術の知識まで養ふとすれば非常な苦心、勉強で有つたに違ひ無い、何れほど伯爵が用意して掛ツて居るかと云ふ事が此一事でも推量せられる。

食事が終ツて茶菓の時に爲ると、猛田は詫る樣に伯爵に向ひ「私は今日こんにち衆議院で段倉男爵の財政意見を傍聽する爲めに皆樣より聊か早くおいとまを申さねば成ません」伯爵は段倉の名に、何かを思ひ出した樣に「段倉銀行の頭取では有ませんか」猛田「爾です」伯爵「此國では銀行頭取が衆議院とやらで演説するのですか」猛田「銀行頭取たる上に衆議院に議席を占めて居て、未來の大藏大臣を以て目されて居ますもの」驚く可き出世ですとの評語が伯爵の口から洩れ相にも見えたが、たゞちに「其の段倉男爵なら私もお目に掛らねば成りません、其人の銀行が私の是からの取引銀行になるのです、實は土耳古とるこの國立兩替店、希臘の希臘銀行、及び羅馬の富村銀行から私が總て其の段倉男爵の銀行を指定せられて來たのですから」

羅馬の富村銀行と聞いて熱心に問を發したのは森江大尉である、「伯爵、貴方は其富村銀行と長いお取引ですか」伯爵「ハイ十年來」森江「私の一家は其富村銀行から非常な恩を受けて居るのです、先年父が破産に瀕しました時、其銀行は銀行者に有るまじき程の親切を以て父を救ふて呉れ、其れが爲に馬港まるせーゆに在る私の一家は全く昔の繁昌に立返ツたのですが、其後富村銀行へ向ひ返金を言ひ込みましたら、少しも金を貸した覺えが無いと云ふのです、五十萬 ふらんの金と、百萬 ふらん以上の貨物を積んだ船一艘、確に其銀行の代理人が父へ贈つたに相違在りませのに、其銀行は返金を受ける譯が無いと言張り、恩を謝せられるのも拒むのです、此事實は此席に居る方は皆聞知つて居られますが、私共は大恩を負ふて其を報する事が出來ず、心苦しく思ふて居ます、どうか貴方のお力で、イヤおついでの節で好いですかがどうか詳しく詮議する樣に其銀行へお傳へ下されませんでせうか」伯爵は眉を顰め「イヤ私は唯取引だけゆゑ、其銀行へ其樣な事を傳へる筋が有ませんよ、其れに向ふの帳簿に貸が無いなら貴方の方で恩を受けたと云ふ樣な義務も有るまいと思ひますが、ねえ皆樣」砂田伯は贊成し「爾ですとも、其れだのに森江大尉は其れを氣に掛け先逹ても私などへお話しでした」森江は當惑げに「でも確に非常の惠みを受けた事は、私が自分の目で見て知つて居ますもの」伯爵はと眞面目に「眞に其樣な惠が有つたならば其れは貴方一家の正直に對する天の惠みと云ふものでせう、確におれが貸したと云ふ本人が現はれぬからは、安心して居るが好いでせう」一同皆之を當然の裁判として贊成した。

巖窟王 : 一〇八 金の捨て所

眞に巖窟島伯爵の言葉は、其の行ひと共に、驚く可きか、敬ふ可きか、爾無くば羨む可きか。此の三つの中である。一として平々凡々の事柄は無い。

客一同はいづれも、此伯爵に、成るだけ親切を盡し成るたけ氣に入られて成るたけ交誼を深くしたいとの念を起した、爾れば食事が終つて喫煙室へ移るが否や、砂田伯は發議した「伯爵は羅馬から初めて此巴里へ來て、馬車を降りずに此家へ着いたとすれば未だ旅館の極らぬ事は無論だらうから、吾々で然る可き宿なり家なりを搜して上げやうでは有りませんか」出部嶺「贊成です」猛田「贊成です」武之助は思案しつゝ「直に私の此家を宿に御用立ませう」砂田伯「イヤ其では伯爵は却つて御心配だらう、我々一同、茲と思ふ所を指名して見やうでは無いか」と云ひ、是より皆、思ひ思ひに自分の知る旅館や貸別莊などを數へ上げた、獨り無言で居るのは森江大尉一人である。

出部嶺は大尉に向ひ、「貴方も何處か心當りが有りませう」と促した、森江「私は皆樣と違ひ、流行社會の容子などは少しも存じませんから、無言で控へて居たのです、けれど若し伯爵が、清くて靜かな家が望ましいとでも仰有おつしやるなら一箇所、申上げる所が有ります」伯爵は此大尉の言葉に最も心が動いた樣だ、直に大尉の方へ顏を向けた、大尉「其れは外でも無く、私の妹が、所天をつとの江馬仁吉と共に住んで居るメズレー街の屋敷です」伯爵は屋敷の状を聞くよりも、大尉の妹や所天をつとの事を聞き度いものと見える、異樣に熱心を現はして「ハヽア、貴方にはお妹がお有りですか」森江「ハイ兄の口から襃めるのは變ですが、全く天女の樣な心掛を持つた妹です」伯爵「シテ最う良人をつとをお持ちで」森江「ハイ先刻申しました、私の父が、富村銀行に救はれた後、間もなく婚禮したのです、今は彼れ是れ滿九年に成ります」伯爵「定めし幸福に暮して居られませうねえ」森江「ハイ夫婦仲も睦じく、全く何不足もなく暮して居ますが、幸ひ其の屋敷が餘ほど廣くて、空地なども澤山に有るものですから、若し貴方が其家の一部を宿にして下さらば必ず妹も其 良人をつとも、私の滿足を思ふて喜びませう」

伯爵は惜む樣に「其樣な幸福な家庭ならば私も是非一度は伺ツて其御夫婦にお近附が願ひ度いと思ひますが」森江「其れは私から願ふ所です」伯爵「が併し、私は至つて我儘者ゆゑ、人樣の屋敷の一部を拜借する譯にも行くまいと思ひ、實は羅馬を出發する數日前に、從者を一人、此巴里へ寄越して有ります、おれの着く迄に、然るべき家を借り造作萬端手落ちなく運んで置けと命じまして」

此の言葉にも一同は又驚かされた、何らる手廻しの好い人だらう、出部嶺「貴方は巴里へ來るは初めてだと仰有おつしやツても從者の中には巴里の事情に通じた者がお有りだと見えますね」伯爵「イヽエ其從者も巴里は初めてゞす、而も阿弗利加のヌビヤ人で舌が無くて、口を利く事も出來ぬ者ですが」武之助は合點して「アヽ亞黎ありーですね、亞黎ありーを先へお寄越し成さツたのですか」砂田伯「其の樣な者に家の借り入れ其の他の事が出來ませうか」伯爵「ハイあたかも犬が主人の氣風を知つて居る樣に亞黎ありーは私の氣風を知り、何事をさせても、最も私の趣味に適する樣に運びます、皆樣には怪しい程に聞えませうが、今日も亞ありーは私が來着する事を察し、ホテンブロー邊で待ち受けて居て、爾して私の馬車へ此樣な書類を投込みました、彼は全く良い獵犬かりいぬの天性を備へて居ます、何の樣な森の中へ入れても自分の勘だけで必ず獲物を捕へます」と云ひ、衣嚢かくしから一通の書附を出して示した、一同は呆れつゝ是を見れば家屋借入契約書の片割で勿論借り入れた其家の町名番地も記して有る、砂田伯「是は驚く外は無い」武之助「伯爵の成さる事は總て此樣な調子です、だから私は人間以上だと云ふのです」猛田「何うしても亞拉伯亞物語あらびあんないと中の人です」出部嶺は半疑ふけれど、伯爵の容子は少しも嘘らしい所が無いので、止むを得ず其疑ひを掻消た。

砂田伯「其れでは吾々が伯爵へ盡す手段は、爾うだ重なる二三の劇場で、第一等の棧敷を借り上げるに在るのだ」猛田「左樣です、劇場ならば新聞記者と云ふ私の受持ちとして、借入れの役目を勤めませう」伯爵は又之を遮ツて「イヤ折角の御親切ですが、之も私より一日前に、執事を巴里へ立たせまして — 」武之助「執事とはアノ春田路と云ふ — 」伯爵「ハイ春他事に巴里の劇場へ殘らず棧敷を取つて置けと命じました、是も今頃は多分運んで居るでせう」巴里の劇場殘らずとは何と云ふ豪擧だらう、成るほど金の捨所に困つて居る人としか思はれぬ。

然らば此上、何の世話を以て、伯爵に好意を示せば好からうと一同は飽倦あぐんだ形で暫し顏を見合せたが、今度は出部嶺が思ひ附いた「是ばかりは未だ伯爵のお手が屆いて居ぬだらう、吾々は是を以てする外に一方無しだ、何うです諸君、絶世の美女を、お妾として吾々の勢力で御周旋申さうでは有りませんか」

巖窟王 : 一〇九 嗚呼何の樣な對面

何から何まで伯爵の用意が行屆いて居るので、眞に絶世の美人を世話するより外に此伯爵をよろこばせる手段は無い樣に見えた。

絶世の美人と聞いて武之助は再び思ひ出した、伯爵が羅馬の劇場で伴ふて居た彼の希臘の皇女の事を — 。彼れは皇女では無い唯の美人だ、伯爵の話しに寄ると、土耳古とるこ國王のきさきの一人として賣込まれる所を買取つたと云ふが多分はは彼の美人だらう、いづれにしても絶世の美人と云ふのは彼の事で、假令たとひ出部嶺や砂田伯が自分等の勢力で何處を何う搜したとて彼女より上の美人を見附ける事は出來ぬだらうと、武之助は腹の中で笑んだ。

果せる哉伯爵は、絶世の美女と云ひ妾と云ふを聞いて、口を開いたが聊か笑談ぜうだんの氣味を帶びた口調だけれど熱心で有る「イヤ皆樣、私は妾よりももつと自由自在に虐待しても差支の無い者を連れて居ますよ、其れは女の奴隸です」奴隸の一語に一同は又驚いた、武之助は口を添た「年は十七八で、其れこそ世界に又と無い美人です」伯爵は笑ひながら「皆樣は、失禮ながら奴隸を持ツた事は無いでせう、奴隸ならばしや殺したとて構ひませんから」猛田「何の樣な奴隸です、何うして得ました」伯爵「先刻申した碧精えめらるどで買取つたのです、土耳古とるこの後宮へ、奴隸商人が賣込むに極ツて居たのを、私が其商人へは金を遣り、皇帝へは碧精えめらるどを贈り、雙方の承諾を得て買入れました」何たる異常な事柄だらう、砂田伯「成るほど奴隸の方が女君みすつれすより結構です、彼の碧精えめらるどと代へる程なら全く絶世の美人に違ひ無い」出部嶺「併し伯爵、此國では奴隸を所有することは出來ません、此國へ入ると共に其奴隸は自由の身と爲り、逃て了ひませう」伯爵「奴隸が何うして此國の制度などを知りますものか」出部嶺「當人は知らずとも誰かゞ話して聞かせませう」伯爵は眞面目に「逃るのは必ず、獨り立の見込みが出來た上での事でせう、私の許に居るよりも外の好い位地が出來て其れで逃て行くなら私は滿足です、畢竟其女の境遇を憐れんで買取つて遣つたのですから」と、少しの惜氣をも以て居ぬ容子である。

惜氣の無い一少女に、而も唯だ土耳古とるこ皇帝の後宮に賣込まれつと云ふ境遇の憐れのみの爲に、奴隸商人へは(定めし大金)を與へ土耳古皇帝へは碧精えめらるどを獻じたとは、如何に限りの無い身代を持つた人にしても餘り贅澤に過ぎた仕方で有ると、獨りひそかに怪しんだのは新聞記者の猛田である、彼は人知れず呟いた「其の奴隸には定めし深い仔細が有らう、必ず伯爵の身に取つて特別に其れ丈けの値打が有るに違ひ無い、何かの用に供するが爲に違ひ無い、若しも今後何か異常の仕事でも企てる事が有れば必ず其女が役立つて居るだらう」是れ丈は見拔いた積りで有るけれどさて其女を伯爵が何の樣な役に立てる積りかと云ふ事は、千思萬考しても猛田の考へ得ぬ所で有ツた。兎も角も一同は、伯爵に對して何等の厚意を表す可き道が無いと云ふ事に極り、今は仕方が無いから、他日伯爵の身に何等かの必要が出來た時、一同力を惜まずに伯爵へ盡さと云ふ相談に極ツた、伯爵は之に對し禮を述べた「イイエ皆樣、私は旅の身で、皆樣に何の樣な厚意を受けても恩返しの手段が無からうと思ひますから、全く御心配は御無用です、唯だ私は諸君の御勢力の爲めに、是から交際場裡へ入込むにも萬事都合が好からうと思ひ、之を何よりの厚恩と感じます」勿論伯爵の勢力を以て交際社會に入るのは何の雜作も無い事だ、如何にかましい社會でも此伯爵ならば兩手を開いて迎へるのだ、其れを此樣に謙遜して云ふのは益々愛す可き人物であるといづれも胸の中に、伯爵に對する春風を湛へて散じた。

散ずるに臨み、出部嶺は武之助に向ひ細語さゝやいた「ナニ今の我政府の警察力を以て探れば伯爵が其實何者かと云ふ事は直ぐに分る、僕の考へでは何處か東方の小さい專制國の君主か君主の隱居とでも云ふ樣な身分で、忍びの旅行をして居るのだと思ふ、何しろ分り次第君に内々で知らせますよ」併し此約束は終に履行に逹せなかつた、猛田猛は又、獨言ひとりごとの樣に云つた「是から議院で段倉男の演説を聞きますが、其筆記よりも伯爵の事の記事が何れほど讀者を喜ばせるか知れませぬ」愈々伯爵は新聞記事の方でも巴里人を驚動きようどうさせるのだ。

一同の去つた後へ、伯爵と武之助と共に殘ツたが、暫らく無言に爲つて了ツた、是れは定めし之から武之助の父及び母と顏を合すのだと思ひ、滿身の勇氣を呼集めて居るのだらう、廿餘の年に分れた、團友太郎とお露、爾して次郎、嗚呼何の樣な對面となる事だらう。

巖窟王 : 一一〇 戀か恨か

客一同の立去つた後に伯爵は特に森江眞太郎の住居すまゐを詳しく武之助に聞いた、武之助もくは知らぬけれどメズレー街十四番館で妹の所天をつとと同居すて居ると丈けは知つて居るから答へた、伯爵は其番地を心に留めて猶何事かを考へる容子で有るのは、何時尋ねて行くのが好からうかとの思案らしい、何で彼の大尉が斯うまで深く伯爵の氣に叶つたゞらうと、武之助は大尉が此席で伯爵に語つた言葉などを繰返して考へて見たけれど、別に他の客とかはつた程の事を云ふた譯でも無し何うしても合點が行か無かつた。

其れはさて置いて、武之助は兼て伯爵に見せる積りで別室へ古噐物などを陳列して置いたから、二三の雜話が濟むと「何うか伯爵、私の道樂も御覽下さい」と云つて立上つた、伯爵「願ふ所です、貴方の道樂とは盆栽ですか繪畫ですか、其れとも刀劍の類ですか」問ひつゝ案内せられ、未だ武之助が返辭せぬ間に其の別室へ歩み入つた、伯爵は嘆賞して「イヤ若い巴里紳士に古噐のたしなみが有るとは感心です」とて、端の方から見初めたが、唯だ驚くの外無いのは伯爵の眼力である、いづれの時代、いづれの國の品物でも、武之助が買入るゝ時に商人や鑑定家などに聞いた所よりも此伯爵が詳い程である、終に武之助は詮方せんかた無くして、「イヤ私などの持つて居るのは、何うせ貴方のお目には少しも珍しくは有りますまいが、兎も角、お目の高い方に見て戴いたのは何よりも滿足です」伯爵「イヽエ仲々珍しく無い事はありません、殊に、私の敬服するのは一品も模造品の無い事です、伊國いたりや邊では何處の貴族の珍藏品中にも必ず幾個かは贋物がまじつて居ますのに貴方の什物じふぶつには其れが有りません、古噐物愛玩家の第一に誇る可きは決して稀世の珍を澤山に集めたと云ふのでは無く、にせつかまされぬと云ふに在るのです、言替れば眼識が大事です」武之助「眼識ならば、貴方の如く、贋物の有る無しをたゞちに見極める人こそ第一等の名譽です」

語りつゝ又奧深く進み一方の窓の所まで行くと、窓の明りを程能く受けるほとりの壁に額が掛つて居る、額に描いたは年の頃廿五六と見える美人が人待顏に海の方を眺めてうれひを帶びた姿である、爾して其美人の服が他の土地には無い西國村すぺいんむらの漁師の娘が着ける一種のかはツた仕立である、伯爵は之を見ると共に殆ど顏の色を變へ、暫し言葉が出なんだが、漸くにして、何事かと怪しむ武之助に向ひ「是は定めし名高い女俳優をんなやくしやでせうね」武之助は少し不機嫌に「エ、女俳優をんなやくしや、是れは私の母ですが」伯爵は後悔に堪へぬ状で、「オヽ貴方の母上、其れは何うも失禮な事を申しました、私又見慣れぬ服を着けて居ますので、定めし俳優やくしやでも有らうかと」武之助は初めて合點の行つた樣に「イヤ其服は父も大層非難したのです、實は今より十年ほど前、父が外國へ行つた留守に母が多分は其の歸りを待兼る意味を寫させたのでせう、名高い畫工に描かせましたが、其の服だけは私も合點が行きません、或は其の頃小説でも讀んで、其の中に在る女の服を取つたのでは有るまいかと思ひます」

武之助には此服が分らずとも伯爵には分り過るほど能く分る、既に此女が野西夫人と云ふ貴い身分と爲つたのに、殊更漁師の娘で有ツた昔の服を着けて描かせたのは、心の底に猶昔を忘れ兼る所が有る爲めである、爾して人を待つ状は果して今の人を待つて居るのだらうか、昔の人を待つ思ひの、包み兼ねたる心から、斯は意を寓したのでは有るまいか、顏の何れかは知らぬけれど何と無くうれはしく見ゆるのも、唯だ粧ふた色では無い、幾年幾月、形には嬉しさを示しても心の底に、濟まぬ思ひのわだかまツて掻消すよしも無い爲めに、長い月日に顏にまで自と其のうれひの刻まれる事に成つたのでは有るまいか。

石心鐡腸の伯爵だけれど、是を思ふと一語を發し得ぬ事に成ツた、發すれば必ず聲が震ふて武之助に怪しまれるのだ、是れは憎みの爲だらうか、そもそも又も愛の爲め心の底の舊創ふるきずに痛みを覺える爲めだらうか、嗚呼戀、嗚呼恨みか、伯爵より外は知る事が出來ぬ、イヤ伯爵自身と雖も、實は知る事が出來ぬかも知れぬ。

武之助は言葉を繼ぎ「父が、母と和合の缺けたのは、唯だ此繪の出來た時ばかりですよ、私が知つてから今日が日まで此外には一度も、爭ふ樣な事の有ツたためしが有りません、貴族社會でも仲の好い夫婦と云へば必ず私の父母が引合に出るのです、けれど此時ばかりは父が不機嫌な色を示し、此樣な畫は燒いて了へと云ひました、勿論燒捨る事は出來ませんから、私が呉れと云つて茲へ掛けたのですが、斯樣な譯ゆゑ、父の畫像と並べずに母の繪姿ばかり孤獨に掛かり貴方に女俳優をんなやくしやとか怪しまれる事に成つたのです」

説明の漸く終る折しも、此室へ通じて居る一方の廊下の方から人の足音が聞えて來た、武之助「アヽ貴方にお禮を云ふ爲に、父が彼所あすこへ參りましたよ」

巖窟王 : 一一一 子爵夫人露子

もとより武之助の父にも母にも逢ふ覺悟で來たのだから、其の父の足音[を]聞いたとて驚く筈は無い、然り、驚く筈は無いけれど伯爵は驚いた。

今まで窓の明りが自分の顏へ差す樣に立つてゐたけれど、急に背後うしろへ差す樣な位置に振向いた、成るべく自分の顏を影にする樣に立直したのだ、爾とは武之助は氣が附かなんだけれど、後に至ツて思ひ當る時が有ツた、やがて父野西子爵は近づいて伯爵と全く顏を合せて立つた、伯爵の顏は暗いけれど子爵の顏には、窓の明りが滿面に映つて居る、嗚呼此人が廿餘年前地中海岸の漁村 西國村すぺいんむらで次郎と云はれた賤民だらうか、鼻は高く口は締り、まなこにも一種の威光を輝かせて居るは、何うして生れながらの貴族である、誰が此人を漁師の息子と思ふものぞ。

伯爵は、地位の爲めに人の容貌が斯くまでに變るものかと驚いた、けれど次郎は次郎である、一目見る時には餘ほど違ツた樣に見えたけれど、見るに從ひ、今以て殆ど一日も忘れる暇のない程に伯爵の目に附いて居る昔の容貌が現はれて來る、成る程自分と云ふ念の非常に強い相合さうがふである、唯だ自分の慾の爲には人の何の樣な目に逢はせるもいとはぬと云ふ恐ろしい氣合が、滑らかな皮の下に潛んで居る樣に思はれるのは伯爵の氣の所せゐばかりでは無い、年は伯爵より幾歳いくつか上で有つたから四十はとうに越えて居るが、かしらにも霜を置いて五十を越えた人の樣に見える、是も心の底にいづれかに、自ら咎め自ら恐れて、絶えず安心の出來ぬ所が有る爲に年よりも更けたものに違ひない。

少しの暇に伯爵は樣々の事を見て取つたけれど、子爵の方は伯爵の姿に對して何の感じも無く唯だ我子の恩人と思ふのみの一心で有る「アア巖窟島伯爵、委細は武之助から聞いて能く存じて居ます、貴方には御禮を申さねばならぬ事ばかりで、何うか其の機會を繪たいと思つて居ましたが今日こんにちはお尋ね下さツて本懷の至りです」言葉までも確に貴族んい成つて居る、伯爵は靜かな聲で「イヤ鄭重なお言葉には痛み入ます、貴方の軍人としての名譽は、私の如き他國の民とて聞及ばぬ者は無く、一度は面會の榮を得たいと思つて居ましたが、此頃又伺へば更に政治界にも御出陣で、特に貴族議院として一方ひとかたならずお骨折りのよしに聞きます、政治に對しても寸功も無い私の如き懶民らんみんより見れば國家の爲に斯まで忠勤を盡さるゝは敬服に堪へません」

多分此言葉は兼て伯爵が、考へ定めて置いた所だらうが、國家に忠勤と云ふ一句が殊の外、子爵の虚榮心をよろこばせた、今まで初對面の人に曾て示した事の無い程の笑顏と爲り「サア何うか安坐成さツて」とて、伯爵に椅子を與へ、其の身も腰を卸して、と打解けた態度と爲り、打解けた話しに移ツたが、此時、子爵の來た同じ一方の廊下から徐々しづ〳〵と歩み來て、此室の入口に近づいたのは子爵夫人露子である。

夫人はしとやかに、何の足音をも立てなんだ爲め、誰も夫人が入口に近づいた事を知らず、益々話しに深入りするのみで有ツたが、夫人は先づ入口から半身を出し、靜かに此方こなたの容子を見た。多分は我子武之助の命の親と云ひ武之助が襃めて止まぬ巖窟島伯爵とは何の樣な人だらうと怪しんだのであらう、怪しんだ爲に、常の如く歩み入るのを躊躇したのであらう。

半身を出して此方こなたを見、能く見えぬ伯爵の顏を、何と思ふたのか、殆ど驚き叫ばん程の状であつた、全く二足三足、蹌踉よろめいて元の廊下に引下つた、爾して胸に手を當てたは動悸を推し鎭める爲めであらう、暫くして顏に怪しみの色を浮べ、又進み出た。

進み出たのはしかと見屆ける爲めと見える、爾して再び此方こなたへ出した顏は、此世の人とは思はれぬほど蒼褪めてゐた、其れのみで無い、足に身を支へる力さへ無くなつたものか、兩手で入口の柱につかまり術無せつなげに息をしつゝ、透かす樣にして伯爵の暗い顏を眺めてゐたが、やがて口の中で、「爾で無い、爾で無い、爾である筈が無いのだ」と呟き、自ら其の身を引立て此方こなたへ歩み入らうとしたけれど猶 つかまつた其の柱を放し得ぬ。

此方こなたでは爾とも知らぬ伯爵と子爵、話しも段々に進み、「何うか伯爵、私の妻にも親しくお禮を申させて下さる樣に」伯爵「今日は夫人にまでお目に掛かる積りでは有ませんでしたけれど、折角ですからお目通りを致して置きませう」あゝ伯爵は、最早や自分の氣が充分に落着いたから、夫人に逢ふても差支はないと思ひそめたと見える、爾して猶ほ自分の目を慣らせて置く積りの樣に壁に掛かツた彼の繪姿を見上たが、此時一方に座してゐた武之助は驚いた樣に入口に向ツて立ち「オヤ阿母おかあさん、貴方のお顏色の惡い事は、ア何う成さツたのです」と氣遣はしげに叫んだ、伯爵も子爵も此語に入口の方へ一樣に振向いた。

巖窟王 : 一一二 窓から誰か

「何う成さツた」と問はれて子爵夫人露子の方は、之では成らぬと氣を取直したらしい、今まで踏む足も定まらぬ程に見えた身が、忽ち柱から離れ、何の異状もなく、ゆるやかに、殆ど女皇の歩むかと思はれる樣に歩んで此室へ入つて來た、唯取直すことの出來ぬのは蒼くなツた顏の色だけである、爾して伯爵子爵及び武之助の前に立ツた、定めし必死の想ひで自分の身へ力を付けたのであらう。

「イヽエ、何うもしませんけれど、其方そなたの命を助けて下さツた方と聞き、何とお禮を申せば好いかと考へてゐたのです」輕く言開きはしたが、聲も仲々 いつもの樣に爽かでない、中は猶ほ騷いでゐるのだ、其の騷いでゐるのを察つせられまいと、直に言葉を續けて伯爵に向ふた「委細は度々武之助から聞いて居りますが、當家が貴方から受けた大恩は、何の樣にお禮を申ても盡きません、武之助は私共夫婦の仲の一人息子、貴方が助けて下さらねば、當家の血筋は彼と共に盡きる所で有つたかも知れません」伯爵は口の中で「何う致しまして」と云ふたらしい、爾して餘り恭々うや〳〵し過ると思はれるほどにかうべを埀れた、是れは子爵夫人よりも一入ひとしほ蒼い自分の顏色を暫し隱して紛らせる爲だらう。

やがて伯爵も氣を取直し得た、爾して更にかうべを上げた時は、少しも心が動いた跡が無く、單に恭々しい丈の賓客で有る「イヽエ、御子息を助けたなどと、少しも其樣な手柄では有りません、唯だ誰でも爲す可き事を、誰でも爲す樣に爲したと云ふに止まるのです、其れを其の樣に御禮など仰有おつしやられては、此後參上が出來難く成りますから」此後屡此家へ「參上」する積りは此一語の中に籠つて居る、子爵「伯爵最う何うか此家を我家と思ひ、案内も無くお出下さる樣にお願ひします」子爵が是れだけ打解けた言葉を吐くは眞に珍しい、餘程此伯爵の云つた世辭に醉はされたに違ひ無い、子爵夫人も語を繼いで「實に武之助は、貴方の樣な方とお近附を得て仕合せですよ、イヽエ武之助のみならず當家の仕合せです」果して當家の仕合せだらうか、伯爵は聊か笑みて再び「何う致しまして」といふた、此笑たるや畫工も寫す事が出來ず、人相見も其意味を解剖する事が出來ぬ。

兎に角も伯爵は、今日は此上に長居す可きで無いと思つた、一度斯うして近附にさへ成つて置けば、後は自分の都合の能い場合に、又何時でも尋ねて來て長居する事が出來る、其れに又子爵の方も、實は何時迄も客の相手に成つて居られぬ日で有るのだ、伯爵が早やおいとまと云ふ下拵したごしらへに時計を出して眺めると子爵も同じく時計を眺め「伯爵、今日こんにちは何うか夕刻に私の歸つて來るまでゆつくりとお話を願ひます、私は今日二時から開かれる貴族院へ、外交の事に就き演説の通告をして有りますので、三時間ほど失禮せねば成りません — 」段倉は衆議院で財政意見を演説し、次郎は貴族院で外交の意見演説をする、誠に妙な世の中だ、政治とは此樣な淺薄なものか知らんと、伯爵は腹の中で獨り嘲ると禁じ得なかつた[、] 子爵「私の居ぬ間に、妻も武之助も悠々ゆる〳〵とお話などを伺ひ度いでせう」伯爵「イヤ私も今日は是でおいとまにせねば成りません、實は旅行馬車を當家の玄關へ直に着けた樣な始末で、未だ自分の住居すまゐがどの樣な家だか、其れさへ見屆けませんので、是から行つて種々差圖をも與へねば成りませんから」

實に子爵夫人も全く座に堪へぬらしい、必死の思ひで、氣を引立てゝ居たけれど、多分は腹の中には樣々の疑ひやら心配やら、麻を亂した樣にもつれ結ばり、早く自分の室へ退いて、氣を落着けて考へて見度いのであらう「成るほど其樣な御事情なら、今日こんにちお引き留め申すは却つて御迷惑か知れません、お住居すまゐが出來上がれば、又 此方こちらからも伺ふ事に致しませう」伯爵「ハイ其節は是非何うか」武之助は傍から伯爵の功徳を述べ立てる樣に「阿母おかあさん、伯爵のお住居すまゐは必ず今夜一夜の中に雜作から飾附けまで悉く出來上りますよ、羅馬から三百里の道を晝夜兼行で一分も違へずに來る方ですもの、御自分では二三分後れたと仰有いましたけれど丁度時計の鳴るのと一緒のお出でした、私は明日貴方のお住すまゐへ伺ひますよ、エ、伯爵明日伺つて好いでせう」伯爵「はい何うか」今日こんにちは是だけで澤山だと愈々伯爵は思ひ出した樣に「アヽ羅馬で馬車を拜借した御恩を茲で返しませう、伯爵、旅行馬車の儘では不似合ひですから、お馬車の調整が出來るまで、幾日でも私のをお使ひ下さい」伯爵「イヽエ、多分春田路が馬車の用意をして有るだらうと思ひます、兎に角お玄關にまで出て見ませう」斯う云つて子爵と武之助に送られて二階を下ツた、勿論子爵夫人露子の方だけは其儘二階に留まつた。

爾して、やがて玄關へ出て見ると、實に驚かざるを得ん、果して二頭立の馬車が待つて居て其御者は成るほど武之助が羅馬で見た春田路とかいふ家扶かふである、爾して其馬車は、第一流の馬車師コルレルの作つたもので、馬はドレークといふ有名な伯樂が數日前に一頭七千圓づつに値を附けられて拒絶したとて流行社會に知れ渡つて居る逸物である、伯爵は先祖代々から斯る馬車に乘慣れて居る人の樣に、と鷹揚に、と自然に之の乘り、何氣なく今辭して來た二階の方を眺め上げたが、丁度子爵夫人の居た邊の窓の埀幕が、風も無いのに異樣に動いて居た、窓から誰かのぞいて居て急に引込んだものとしか思はれぬ。

巖窟王 : 一一三 田舍の別莊

伯爵は、武之助の父母と初めての面會に、勿論長居する積りはなかつた、唯だ此後親密に交際するだけの道をさへ開いて置けば好いのだ。

交際する中には何の樣な機會も來る、來なければ自分で作る、作る丈けの準備も目算も悉く調つて居る。

眞に伯爵が此巴里へ入込むまで何れほどの準備を調へたかと云ふ事は、此後の伯爵の仕事を見れば自と分る、全く十年の間、夜の目も寢ずに其準備に掛ツて居たと云つてもよい、何れほどえらい大將軍が何れ程の大戰爭を催すにも、恐らく是れほどの準備は無いだらう、其れは其筈で有る、伯爵が是れから巴里で開かうと云ふ戰ひは殆ど人間業には出來ぬほどの大事業で、又人間業には出來ぬほど竒兵を使ふのだもの、準備に夜の目も寢なかつた通り是れから其實行にも亦夜の目も寢ぬ程にせねば成らぬ。

尤も伯爵が、自分の極めた目的を果すのに、何れ程の熱心と、何れ程の手際と、何れほどの智慧を以て居るかは、既に森江家を救つた一條でも分つて居る、全く千古の智者とも云ふ可き梁谷法師の智慧を悉く相續して居るのだ、恩を報ゆるにえらい樣に、怨みを報ゆるにも矢張りえらいだらう、イヤ恩は淺く、怨みは深い、恩よりも幾倍の手際を以てせねば、其の深い、深い、終天の怨みに相應するとは云はれぬ。

其れはさて置き、黒奴 亞黎ありーが借り入れた伯爵の住居すまゐと云ふは巴里中の最も贅澤な場所に數へらるゝエリシー園の添ふた立派な屋敷である、今辭した野西子爵の邸からは、早い馬車だから十分間とは掛からぬ、わづかに其の十分足らずの間で有ツたけれど、極めて繁華の所を通るのだから、二十人以上の紳士に逢ツた、いづれの紳士も擦れ違ひ樣皆振向いて、伯爵の馬と車とを見た、自分等が餘り値段の高いので埀涎しながらも手に入れ得なんだ品だから、中にも物好にか羨ましさにか一丁も引返して馬車の中なる主人公の顏をのぞいた人さへ有る。

やがて屋敷の玄關に着いた、伯爵は直に降りて、續いて降りる春田路に向ひ「おれの名刺は出來たのか」と問ふた、春田路「ハイ、お差圖の通り、巴里第一の彫刻師を尋ね、待つて居て、此家の番地まで書入れたのを仕立させ、最初の一枚が出來るや否や、直に段倉男爵のやしきへ置いて參りました、爾して殘りはお居間の棚へ持つて來て有ります」アヽ伯爵は第一に次郎の野西子爵をひ、次には早段倉の許へも自分の來着を報じて名刺を通じたと見える、機敏とは此樣な事を云ふのだらう、此向で見れば次郎と段倉とを合せて三尊とも云ふき怨敵、彼の蛭峰の其後の事今の事をも突留て、其人に對する然る可き手筈をも定めて有るに違ひ無い。

次に伯爵は「春田路、公證人は來て居るか」と問ふた、春田路「ハイ、應接間にお待申して居る筈です」伯爵「ではおれを案内せよ」といぇ、春田路と共に應接の間に入れば、背の低い眞面目な五十格好の問はでも公證人と分る一人が控へて居る、伯爵は言葉をさへ無駄には捨てぬ「賣買の契約證書が出來て居るなら拜見しませう」傍に立つ春田路は聊か怪しむ體である。此家ならば既に賣買の手續が濟んで居るのに、其れとも亦別に家屋でも買入るゝのか知らん、公證人「ハイ出來て居ます」言葉と共に差出した、伯爵は之を受取つゝ最も何氣無い體を示して春田路に向ひ「今後買ふ此別莊は何處とかに在ると云ツたな」自分の買ふ家の町所をさへ知らぬのか知らん、春田路「私は存じません」人の前で驚いた顏などした事の無い公證人も目を剥いて「エお二人とも御存じが無いのですか」伯爵「知る筈が有ません、今日の十時半に初めて羅馬から着き、其前に此巴里の土を踏んだ事が無いのですもの」公證「オヽ巴里へ初めての御出ですか、其れならば御尤もです、お買取の別莊は『オーチウル』に在るのです」とて地圖樣の物をまで取出した。

何の故だか知らぬけれど「オーチウル」と云ふ地名を聞いて春田路は聊か色を變へた、多分は何事をか思ひ出したのであらう、伯爵は地圖をあらためつゝ「オヽ此樣な所ですか、私は田舍の別莊と聞いて、百姓家でも有る附近かと思つたら、是では矢張り巴里の町續きですね、何だつて春田路、お前は此の町續きに在る家を田舍の別莊などと云つた」春田路「伯爵、恐縮ですが其れは閣下の思ひ違ひでせう、私は一度も別莊を買ふなどのお差圖を受けた事は無く、今承はるが初めてゞす」伯爵は忽ち思ひ出した樣に打笑ひ「オヽ爾々、忘れて居た、此別莊の方はお前に托したのでは無かつた、新聞の廣告に出て居るのを見て書記に言附け、此公證人の許まで手紙で言込ませたので有つた、廣告には極めて閑靜な別莊と書いて有つたのに」公證人は今破談せられては手數料が消えて了ふ「イエ、田舍も同樣です、オーチウルの中でも極靜かな所です、吹上ふきあげ小路ですから」吹上小路の名に春田路は又 一入ひとしほ驚いた「伯爵閣下、廣告の文面にいつはりが有つたのですから、斷つて好いのです、私が斷りませう」餘ほど吹上小路を恐れると見える「イヤ、見屆けずに買入れを申込んだがおれ粗匆そさうだ、既に證書まで造らせたものを破談にしては、顏にも掛かる、別莊の一つや二つ、不用の時は番人へ與へても好い、五萬五千圓持つて來て此公證人へ直ぐに支拂へ」伯爵の命令は一言でも爭ふを許さぬ、又一刻の猶豫をも禁じて有る、春田路は、眞に詮方せんかたなく〳〵といふ状で嘆息を呑込んで退いた、公證人の方は安心の息をほついた、後に伯爵は公證人に向ひ「今までの持主は誰ですか」公證人「米良田伯爵家です」伯爵「ハテな、聞いた樣な名だけれど思ひ出せぬ」公「ブルボン朝廷の忠臣ともいはれた家筋で、其一人 息女むすめが今より廿幾年前に馬耳塞まるせーゆからニームへ轉任した檢事補櫃嶺といふ方に縁附たのです」伯爵「何だか聞いた樣でも有る」

巖窟王 : 一一四 古い祕密が

米良田伯といひ蛭峰檢事補といふ名は、無論伯爵が初めて聞く名ではないのだ、今伯爵の買取らうとする其家が、此二人の名に縁が有るとは、偶然だらうか、それとも實は、此名に縁が有る所を見込んで伯爵が買ふ事に成つたのだらうか。

伯爵の氣質を知る人は決して判斷に苦しまぬ、伯爵の爲す所に、偶然に出た事柄は一つもない、何から何まで、深く考へ遠くおもんぱかり、偶然らしく見える樣仕向けた後に實行するのである、何で伯爵が偶然に蛭峰の關係の有る家を買ふものか、偶然に買つた家が偶然に蛭峰に關係が有るなどと、世間の事は爾う旨く行くものではない、幾年と苦心の結果、今漸く此樣な家も手に入る機會が廻り來たのだ。

唯春田路が痛く此家の在るオーチウルの土地を恐れる容子のあるのは何故だらう、是も偶然では無いのだらうか、春田路の何者かといふ事が分る時にはそれも自然に分るだらう。

間もなく春田路は、伯爵の命じた通り五萬五千圓の金を幾束の銀行劵で持つて來た、伯爵はたゞちに之を公證人に拂ひ渡し、猶公證人から其の家の番人に宛た差圖書をまで得て、買取手續を落なく濟せた。

公證人の去つた後に伯爵は、晝夜放さず首に掛けた巾着を出して、その中から書類を取出して今受取つた家屋の明細書と引き合せ「アヽ吹上小路廿八番地、是れに間違ひは無い」と獨り滿足げに點首うなづいた。

次に又春田路を呼び、再び馬車の用意を命じて置いて、其間に何やら三通ほどの手紙を書いたが、其れの終ると共に又呟き「フム、春田路がニームの牢から救ひ出された時、おれにイヤ暮内法師に白状したのは決して事實の總體では無い、わづかに其一部分だ、併し彼はコルシカ島の人間だけも迷信深く、其れに又 おれそむけば何の樣な目に逢ふかも知れぬと云ふ恐れが有る、今日は必ず白状する、何でも彼の白状と此方こつちの調と少しも相違せぬ事を見屆けた上で無ければ實行に着手する譯に行かぬ、サア兎も角も是から行かう」

斯う云つて玄關へ出ると、馬車の用意も出來、新に雇ふたと見え馭者も馬丁も揃ふて居る、伯爵は送つて來た春田路に向ひ「サア其方も同乘するのだ」春田路は當惑氣に「オーチウルへですか」伯爵「爾うだ吹上小路だ、おれの家風は家扶かふが其樣に主人の差圖を問返すのを許さぬ、唯だハイと云つて同乘すれば好いのだ」嚴しい言葉に低頭して伯爵と同乘した。

此時は早や日が暮れて馬車は硝燈らんぷを點けて居る、伯爵は途中で先刻書いた三通の手紙を自分で投凾した外は、馬車の中で殆ど身動きもせぬ程に何事かを考へて居た、やがて吹上小路に着くと、春田路は餘ほど神經に障る事があると見え、聲を震はせ「吹上小路は何番地へ着けさせますか」伯爵「廿八番地へ」春田路は思はず叫んだ「エ、エ、廿八番地」伯爵「妙に驚くが、其方は此邊を能く知つて居るのか」春「能くは知りませんけれど」曖昧に答へたけれど伯爵は推して問詰めもせぬ。

廿八番地とは盡處はづれで有る、殆ど一軒家の形を爲して居る、やがて馬車が着くと伯爵は、猶も震ふて逡巡しりごみする春田路を叱り「サア、先へ降りておれに肩を借さぬか」春田路は餘儀無く命に從つて伯爵を扶け卸し、次に其門の戸を叩いた、中より戸を開いた番人は最早六十に近い老人だ、伯爵の差出した公證人の書を開き見て「到頭此家が賣れましたか、七年來米良田伯は御自身で此家をお出に成つた事が無く、買人かひても借手も附きませんから私は唯だ毎日掃除する許りでしたが」伯爵「オヽ今までの持主が其樣に捨て置かれたのか」番人「ハイ、米良田伯は蛭峰さんへ縁附けた孃樣がお亡なり成さツて以來、御容子がすぐれませんので、別莊などへは唯の一度も」伯爵「オヽ成るほど先刻公證人からも此持主の娘御が蛭峰氏へ縁附た樣な噂を聞いたが、全く其の通りなのか」何だか其れとは無く念を推す容子である、番人「蛭峰さんは御存じの通り今では大檢事に出世され二度目の奧樣にお子までも出來、最う先の奧樣の事はお忘れの容子ですけれど、米良田伯の方では忘れる暇は有ません」と老の繰言くりごとを繰返して居る。

氣永く聞終つて伯爵は、春田路を顧み「サア家の中を見やう、提燈を持つて先へ入れ」春田路は未だ震ひが留まらぬ、「生憎提燈の用意が有ません」伯爵「馬車の硝燈らんぷを片方 はづして持つて行けば、好いでは無いか」如何とも仕方が無い、春田路は其言葉の通りにして先へ立ツたが、一ひとあし毎に立留る、幽靈にでも逢ひはせぬかと恐れる樣な状である、伯爵は此状を見て「愈々此家に蛭峰の古い祕密が葬られて有るワ」と口の中に呟き、聲に出しては「サア早く二階へ上ツて見よ」と促した。

巖窟王 : 一一五 此梯子は人殺しの

如何にして此家に蛭峰の古い祕密が潛んで居るか、其仔細は分らぬけれど、伯爵は獨りで合點した容子である、爾して「サア早く二階へ上ツて見よ」と命じた其聲は一方ひとかたならず鋭かツた、殆ど否やを云ふ餘地の無い程に聞えた。

けれど春田路は躊躇した、伯爵は再び云ふた「何をグズグズして居るのだ」春田路は止むを得ず二階の階段に近づいたが、迷信の深いコルシカ人の常と見え、右の手で籤を切る樣な事をし、口に何やらと咒文を唱へ、恐ろしさにに堪へぬ如く總身を震はせて階段を上ツた、何が此二階の上の恐る可き一物でも有るのだらうか。

一應二階總體を見廻つたが、何も恐る可きものは無い、唯一方の隅の方に、夜は猶更晝でも陰氣に見え相な寢室が有る、中は何う成つて居るか分らぬが、此寢室の出入口より少し離れて、下へ降る階段が有る、是れ此世に幾等も類の有る裏梯子なのだ、伯爵は之に目を留め「ハテ此の裏梯子は何處へ通じて居るのか、春田路、之を降つて見よ」此一語に春田路は、頭から冷水をでも浴せられたかと疑はれる程に震へ上ツた「イヽエ伯爵、此梯子は、此梯子は」伯爵「此梯子が何うしたのだ」春「降りて見ずとも分ツて居ます、うしろの庭へ出る所です」伯爵は異樣に笑ひ「其方は妙な事を云ふぢや無いか、おれは何も此梯子が何處へ出られるのか其方の意見を聞くのぢや無い、降つて見ろと命ずるのだ」春「でも是は」と云つて益々 逡巡しりごみし、更に前後も知らぬ樣に打叫んで「アヽ、人間業では有りません、丁度貴方が、此屋敷を買ふ事になるとは、其上、私を連れて此二階に上り、そして此梯子を、私に降れと仰有る事に成るとは」伯爵は聞かぬ振で「其方が降り得ぬなら、ドレおれが一人で行く、其 硝燈らんぷ此方こつちへ寄越せ」春田路の手から硝燈らんぷを取つた、彼は又絶叫した、眞に必死の聲である「いけません、此梯子は人殺しの……」伯爵は皆まで聞かず早や下に降つた、春田路は最早仕方が無い、前額ひたひに脂汗を流しつゝ、てすりつかまつて身體の震ふを制し、漸くにしたがつて降つた。

下は廊下である、伯爵は直に其戸を開いた、成るほど外は、春田路の云つた通り後庭である「アヽ其方の言葉に違はぬワ、サアおれと共に庭に來い」春田路は最早楯を突く力も無い。

庭に出ると、空はところまだらに曇り、月が見えたり隱れたろして居る、春田路は深き息と共に「アヽ丁度此樣な夜で有ツた」と呟いた、伯爵は少し向ふの方なる樹の影に行き、芝生の小高い所に立ち「コレ春田路、其方は何か人殺しと云ふ樣な語を吐いたが、おれの買入れた家へ、其樣に怪痴けちを附けるとは不埒では無いか、何が人殺しだ、其仔細を云へ」

春田路は其聲も耳に入らぬ、唯だ恐れに夢中と爲ツた状である、其言ふ事さへ囈語うはごととしか思はれぬ「アレ、アレ、丁度其處です、彼が今の裏梯子から下り、薄暗い月明りの其子を埋めたのは伯爵の足の下です」伯爵「其方は何を云ふ、氣でも違つたのでは無いか」春田路「私が彼の胸に短劍を刺したのも其時です、彼は丁度、貴方が今立つて居る通りに立つて居ました」伯爵「彼とは全體誰の事だ」春田路「彼蛭峰です」伯爵「何だ蛭峰、唯だ蛭峰とばかりでは分らぬが」春田路「其頃 馬耳塞まるせーゆからニームに轉任した檢事補蛭峰重輔です」伯爵「何だ檢事補の蛭峰、其れならば先刻も聞いたが、其人を其方が」春田路「ハイ、刺しました、刺しました、伯爵、其の私が丁度此處へ廻り來て、此樣に問はれる事になるとは全く、神か惡魔の差し圖です、有體ありていに白状して了へと私に命ずるのです、今まで誰にも眞の顛末を話した事は無く、唯だニーム牢で暮内法師に一部分を話した丈ですが、餘り廻り合せが恐ろしく成つて來ましたから、茲で貴方に殘らず申上げて了ひます」伯爵は我事成れりと云ふ滿足の意を隱して、何氣なく「オヽ其れは面白からう、おれも此家を買つた上は、此家に就ての事柄は殘らず聞かねば成らぬ、少しもいつはりの無い所を話して聞かせ」春田路「ハイ、自分から申上ると云ふ上は、曲げも隱しも致しません」とて芝生の上に身を卸たは何の樣な事を白状する爲だらう。

巖窟王 : 一一六 コルシカ人の仇討

「殘らず申上げて了ひます」とて、茲で伯爵に、此家の事と自分の事とを白状しやうとして居る家扶かふ春田路は自ら云ふた通りコルシカ島の人である、此島人の氣質は讀む人のかねて聞知る所で有らう、樣々の迷信が有ツて、執念が深く、一旦斯うと思ひ定めた事柄は何事を犧牲にしても果さねば止まぬのである、既に歐羅巴全州の人幾百萬の命をおのが野心の爲に戰場の露と消えさせ、生涯悔るを知らなかつた拿翁なぽれおん其人も此島の産である、殊に此島の習慣で最も名高いは「ヴエンデタ」として知らるゝ復讎である、仇討である、コルシカ人の復讎と聞けば、何國いづこの人とても戰慄する。

其れはさて置き春田路は説き出した「極々初めから申ますが、私は自分より廿歳ほど年上の兄の手で育てられた男です、父母には幼い頃に分れましたから兄を父、兄の妻を母の樣に思ふてゐました、勿論コルシカ島の者ですから熱心な拿翁なぽれおん黨の一人で、兄の方はウオルターの最後の一戰にも從軍しました、其一戰に破れた後です、拿翁なぽれおんは遠い島に流され、兄は行衞も知れぬ事に成ました、私共は日夜心配してゐますと、或日兄から手紙が參りました、其の手紙にはポーン、ドガーの尾長屋と云ふ宿屋の二階に潛んでゐるが一錢も金も無く、殊には拿翁なぽれおん黨の落武者と知れゝば反對黨の兵士に甚く虐待せられる恐れも有り、今は身動きも出來ぬ状だから、何うぞ金子を送ツて暮れと有ました、けれども其の通りの時ですから手紙では送られませず、餘儀無く私が持つて行きました。

「此の尾長屋と云ふ宿屋は昔から密輸入品を船頭から預かる暗い商賣の宿屋でした、其主人が刑に處せされ、長く空家と爲つてヲたのを馬塞まるせーゆの毛太郎次と云ふ者が買ひました[、] 私共は海の上で生活するコルシカ人の常で、多少は密輸入に關係した事も有ますから、勿論其の長尾屋をも毛太郎次をも知つて居ました、兄が潛伏したのも其樣な縁故の爲でせう、爾して私は遙々はる〴〵と尾長屋へ行つて見ますと、門口に多勢おほぜいの人立がして居ます、何事かと群集を掻分けて見ると、群集の眞中に私の兄が殺され、血に塗れて倒れて居ます。

「仔細を聞くと反對黨の無頼漢に、背後うしろから刺されて、其の刺した奴は逃去つたと云ふのです、幾等拿翁黨の落武者にもせよ私の兄は兵士です、大將が敗北しても兵士は場合に依り次の政府から恩賞にもあづかるのが今までの常では有りませんか、其れを反對あべこべに、白晝公然殺されるとは餘り甚い仕方ですから、私は直に其の筋へ訴へ、犯人を搜索して貰ふ積りでニームの檢事局を馳附けました、其の時私へ逢つた檢事が馬耳塞まるせーゆから轉任した蛭峰重輔といふ者です。「伯爵、閣下は未だ蛭峰といふ奴が何れほど邪慳な惡人といふ事を知りますまい、イヤ彼れ程の惡人を見た事はお有り成さらぬでせう、滑らかな美しい顏をして居て心の底は鬼の樣な、惡魔の樣な、譬へ樣の無い奴です」伯爵は苦笑ひを催して「オヽ其の樣な惡い奴かなア」春田路「惡いにもお話しに成りません、何の樣に私が嘆願しても犯人搜索の命を發して呉れぬのです、彼は反對黨の者を苦しめたり殺したりするのを政府への忠勤だと思つて居ました、餘り私は腹が立つから白晝公然と人を殺した犯人を、今の政府は搜索する力が無いのですかと問ひました、彼はイヤ力が無いのでは無いが、コルシカ人は氣狂ひだから、自分で何か殺される樣な事をしたのだらうといひ、又今は既に國王の政府と爲つてゐるのだから横領者にくみしたコルシカ人の爲に力を盡す事は出來ぬと云ひ、最後には私をおどかして、此土地に永居すると只は歸さぬぞ、おれの叱りを受けぬうちに早く立去れと云ひました、伯爵閣下、此樣な事をいはれて私は無言だまつて居られませうか、餘り悔しくて成らぬから、此奴こやつを殺すのが兄の仇打だと思ひました、其れだから彼に向ひ、貴方はコルシカ人のヴエンデタを御存じですかと云ひました、此の一語を聞き彼は忘れて居た事をでも思ひ出した樣に顏の色を變へましたが、やがてセヽラ笑ひ、コルシカ島では其の樣な事も出來やうが、此國では爾は行かぬと云ひました、其の時の彼の顏の凄じかつた事は、畫にも有りません、確に彼は私を捕縛して牢へでも入れる氣に成つたのです、私は爾と見て、此國でヴエンデタが行はれるか行はれぬか、氣永く御覽なされば分りますと云ひ、其切り後をも見ずに逃げて了ひました、彼は餘ほど仇打を恐れたと見え、嚴重に私を搜しましたが、其の手は食ひません、私は人の家の床下や木のうろなどに潛みながら、折さへ有らばあだを討たうと、彼を附け狙ふて居たのです。」

巖窟王 : 一一七 其箱を深く埋め

春田路は言葉を續けて「蛭峰も餘ほど私の復讎を恐れたと見えます、彼は其の後決して單身では外出せぬ樣に成りました、一方には、私を詮索させつゝ一方には其の樣に用心するとは彼仲々食へぬ奴です、けれど私はひるみません、此 あだかへさねば、コルシカ島へ還つて島人に合せる顏が有りません、少しでも隙さへ有れば彼をうかゞひ、彼が偶々たま〳〵外出すれば必ず私は後からけ行つて、其の行先を見屆ける樣にしました「彼は薄々其の容子を覺り、とても其のまゝニームに居ては私の復讎を免れぬと思ひ、他の地方へ轉任を請ふたと見えます、間も無く花西ぱあせーるの檢事局へ移りました、勿論私も花西ぱあせーるへ移りました。

「此の前後に於て彼を殺す場合が隨分無いでも無かつたのですが、私は彼を殺す丈では滿足が出來ません、彼を殺して爾して自分の身は逃げ去らねば成りません、其れだから何うか何人も見ぬ所、何人も救ひなど來ぬ所へ彼をおびき寄せ度いと其れのみを苦心しました、伯爵、天は常に善人にくみします、終に其の時が自然ひとりでに來ました。

「或時私は彼をけて此のオーチウルまで來ましたが、途中で彼の姿を見失ひました、其の後も、一月に二三度は必ずオーチウルへ來る事を見屆けましたが、大抵彼が此地へ着くのは夕暮頃でした、何でも是れは祕密の仕事をする爲だらうと思ひ、愈々此のオーチウルこそ「ヴエンデタ」を果す場所だと思ひ詰めました、其れから必死に氣を附けると、彼は馬又は馬車で此地のホテルへ着き、爾してホテルの裏口から單身で忍び出るのです、爾うして彼に行く先は、何うでせう伯爵、私が今此通り話して居る此家です、其れだから私は貴方が此家をお買入れに成つて茲へ私を連れて來る事に成つたのを、人間業では無く神の差圖だと申すのです」伯爵は氣をいらつ容子で「其の樣な考へなどは後で聞かう、先事實だけ早く云へ」

春田路「彼は決して此家の表門から入らず、必ず裏門から此庭へ忍び込むのです、忍び込むと中から十八か九ぐらゐに見える美人が待焦れてゐる樣に彼を縁側まで迎へ、手を引合つて、今貴方のお下り成さつた裏梯子から二階へ上るのです、其れは私が幾度も見屆けましたのです、是を見屆けた時の私の喜びは何うでせう、愈々天が仇討の場所をまで與へて呉れたのだと私は神に感謝したゞち花西ぱあせーるから此土地へ移りました。

「爾うして此土地の安宿に身を潛めつる萬に一つの仕損じも無い樣に、此家の中の逃路なども見極め、且は蛭峰を迎へる彼の美人が何者かと云ふ事までも聞定めましたが、美人は年が若いが或男爵の後家さんで單に男爵夫人と呼ばれるのです、其の上の事は誰も知る者は有ませんでした、所が私は或夜此庭の案内を見屆けに來た時に、その美人がゆるい着物を着て縁側を散歩してゐる所を見て、確に姙娠みもちで其れも早や臨月に近い事を見屆けました、是は定めし蛭峰のたねだらうが、産み落せば二人とも一ひとかたならず名譽に障らう、ハテ何の樣に世間をごまかす積か知らんと、此樣な事まで疑ひました、併し此疑ひの分るのは餘り遠くも無かつたのです。

「數日の後私は此家の下しもべが馬に乘り大急ぎで西ぱあせーるへ向けて出て行くのを見屆けました、是れはてつきり蛭峰を迎へに行くのだから、兼ての本望を逹するのは今夜だと思ひ、最も鋭利な短劍を用意して此庭に忍んでゐました、すると、夜の八時頃に下しもべほこりだらけに成つて歸り、其れから廿分も經ぬうちに蛭峰が忍んで來ました、彼はたゞちいつもの通り二階へ上りましたが、其の後は此家總體がひつそりとして、何時彼が歸るのか少しも想像が付きません。

「けでどナニ、朝までゐられる身では無い事が分つて居ますから、何でも今夜、彼が此家から歸る時が、仇討を行ふ時だと、斯う思つて待つてゐますと、丁度眞夜中、十二時と云ふ時に彼は片手に鋤を持ち、片手に長さ二尺、深さ一尺ほども有る箱の樣なものを小脇に挾んで現はれました、餘り異樣な打扮いでたちだから私は呆氣に取られ暫し茫然として見てゐますと、彼は非常に恐れを帶て居る樣に、四邊あたりを見廻しつゝ此庭へ出、丁度伯爵、今貴方が立つて居る所へ來て穴を掘初めました、オヽ私は思ひ出しても氣持が惡く成ります、彼は掘つた穴へ其の箱を深く埋め、又其上へ土を掛ました、爾して其土を踏固め、上に又芝草を置き、少しも掘つた跡の分らぬ樣にして立去らうと致しましたが、今を過しては私の目的の逹する時は有りません。

「其の前から私は彼の背後に忍び寄ツて居ましたが、コルシカ人の「ヴエンデタ」を思ひ知れといふより早く彼を抱いて、短劍を胸のあたりへ突刺しました、彼は私の言葉を聞いたか聞かぬか、叫びもせず倒れました、私は流れ出る血に、血迷ふたのか、一時何事をも忘れて彼の死體の傍で躍りましたが、やがて氣が附いて、捨てた鋤を取り、彼の埋めた其の箱を取出しました、初めから私は此箱に大なる疑ひを起しましたから、後の穴は誰も氣の附かぬ樣に、元の通りに土を入れて踏固め、草をも植ゑて、其の上、其の箱を持つたまゝ、兼て手筈を附けて有る潛り戸から此庭を出ました、此時は夜の二時過ぎで有つたでせう、道行く人も有りませんから直にセイヌ河のつゝみまで行き、短劍を以て其の箱を開いて見ますと、何うでせう、中から出たのは産まれた許りの赤兒の死體です[。]」

巖窟王 : 一一八 美しい男の子

「オヽ産まれた許りの赤兒が」と伯爵は驚き叫び、たゞちに語を繼ぎ「其の箱の中から出たといふのか、勿論最う息は絶へて居たのだらうな」春田路は其の時の事を思ひ出して痛く神經を刺戟せらる状で有る、熱心の言葉を持て語り續けた。

「ハイ、勿論呼吸は絶えて居ましたけれど猶だ餘温ほとぼりが有りました、私は直に河へ投込んで了はうかと思ひましたけれど、今其の兒の父を刺殺した手を以て直に其の兒を河へ投込むとは、幾等死骸にもせよ忍びぬ所が有りました、殊に其の死顏が、月に照されて笑を浮かべて居る樣にも見え、世にも珍しいほど美しい男の子で有りましたから、若しや猶だ何處かに命が殘ツては居はせぬかと、私は其の身體中をあらためました、何處にも傷は有りません確に窒息の手段で殺されたもので有ります、幸私は戰爭の時病院に使はれた事も有り、多少應急手當は知つて居ますから、其の肺へ空氣の入る樣に、暫しが間、人工呼吸を施して見ました、何うでせう其の兒が生還りました。

「生還つたは嬉しいが、實は始末が附きません、人一人殺した身が赤兒を抱いて居られるものでも無し、是は何うしても育兒院の入口へ捨て置く外無いと思ひました。幸此オーチウルの盡所はづれに育兒院が有る事を知つてゐましたから、直に其門まで抱いて行きましたが、イヤ待て、唯捨てゝは他日此兒が成人した時、果して此兒といふ記しが無い、何か記念になる所は有るまいかと思ひましたが、眞逆まさかに其の兒の身體へ傷を付ける譯にも行きません、詮せんかた無く其のくるまつてゐる衣服をあらためて見ますと、是じや古い風呂敷の樣な絹のきれです、縱横に縞が有つて、端の方にHの字とNの字を並べて縫付けて有るので、アア是れが屈強のしるしだと思ひ、其の二字を眞中から横に切裂き、他日繼ぎ合せれば分る樣にし、其の半片を私が持ち、半片を兒の肌に着けて捨ました」伯爵「オヽ其れは感心な用心で有つた、其れから」「ハイ其れから育兒院の入口の石段へ、其の兒を置きました、育兒院といふものは誠に親切に出來て居るもので、石段の脇の柱に半鐘が掛かつて居て、兒を捨る者は此半鐘を叩けと掲示して有ります、直に半鐘を叩きました、確に其中で目を覺した人が有つて起きて來る容子でしたから、是で好しと、私は一生懸命に逃去りました。

「其れから矢張り世間の目を忍び〳〵、數日の後に漸くコルシカ島へ歸りまして兄嫁の阿淺おあさと云ふに逢ひ、兄の殺された事を知らせ、其代りかたきは私が打つて來たから嘆く事は無いとて、彼の蛭峰を殺した顛末を詳しく話しました、阿淺おあさは誠に優しい女で、暫くは嘆きましたが、其後で私に向ひ、死んだ者は仕方が無いが、其の兒を連れて來て呉れればわたしが兒として育てるのに惜い事を仕たと云ひ、せめては其の記念の絹切をわたしへ呉れと云ふのです、其言葉に從つて、Hの字とNの字との半分 づゝある其 きれを與へましたが、其後私が海へ出て二ヶ月ほど經つて歸つて來ますと、阿淺おあさが可愛い赤坊あかんぼうを抱いて居るのです、能く見れば、彼の夜、私が月の明りで見た玉の樣な兒なのです、蛭峰の罪の記念物かたみなのです、何うして此兒をと、驚き問へば、彼の絹切きぬぎれを證據に自分でオーチルまで出張し、育兒院に出て、先夜の捨兒を返して下さいと云つた相です、スルと、院長が其 きれの文字をあらため、成るほど相違無いと云ひ、深くは阿淺おあさの身の上を問ひもせずに直に引渡して呉れた相です、爾う聞いて私も喜び、死んだ兄を思ふ心を此兒に移し、私の兒として大事に育てやうと云ふ事に成り、名は「ヴエンデタ」の縁を取り辨太郎と名命なづけました、春田路辨太郎何と善い名では有りませんか」伯爵「爾して其兒は」

「所が伯爵、實に恐ろしい兒で有りました、罪の兒は矢張り罪にしか育ちません、五 になると最う口が逹者で、人をだます事が大の名人、何事にでも尤もらしく理窟を附けて、大人を言纒いひくるめて了ふのです、其上に手癖が惡く、近所の人の物を盜む事が幾いくたびだか分りません、其れに從つて智慧も逞しく、たまに自分の氣の向いた時は學校へも行きましたが、外の兒供が一月經つても覺えぬ事を唯一日でそらんじて了ふのです、十一歳に成つた時には村中に是ほどの學者は無いと評判されました、書かせても讀ましても、文章を綴らせても、出來ぬと云ふ事が有りません、けれど手癖は益々惡く、十八九から廿歳はたち頃の、村中の惡青年と交ツて樣々の惡事を働き、殆ど毎日の樣に阿淺おあさを泣かせました。

「尤も私が自分の兒なら、と嚴しく育てる事も出來ましたけれど、何分私の心に此兒の親を殺したと云ふ弱味が有るものですから、何うも自分の子を折檻する樣に、痛い目に遭はせて懲しめる事が出來ぬのです、彼は亦、何うそて知つたか私を眞の父で無いと知り、やゝもするとその弱味へ附け込むのです[、]其上私は海へ出て、一年の中に家に居るのは二月か三月ですから、彼は益々増長しました。遂には私も我慢が盡き、最早や船に乘せて書記に使ふより外は無い、船の中なら惡事をする折も無く、阿淺おあさも助かるだらうと思ひ、獨り思案を定めました、愈々此次の航海からと、斯う期限をまで定めましたが、悲しい哉、此次と云ふ其前の一航海に、私の船は税關吏と憲兵とに踏込まれ、澤山の密輸入品を積んで居た爲め言開きの道も無く、私は少しの隙を見て海に飛び込み、追はれ追はれて漸く先刻も申した尾長屋毛太郎次の家へ潛みました、兄が潛んで居て殺された家へ、又弟の私が潛む樣に成るとは、矢張り因縁ですよ、何うしても其家へ潛む外に逃れる所が無かツたのです」伯爵「成ほど、其事はほゞ暮内法師から聞いた、其毛太郎次の家で其方は亦意外な災難に逢つたのだなア」「ハイ意外も意外、此樣な災難は又と有ません、もとより私は表から其の家へ這入る事は出來ず、人目に觸れぬ裏口からソツと忍び込み、若しや誰か差障る人でも居はせぬかと、大事を取つて先づ天上と二階の間に在る祕密の隱れ場所へ、默ツて這いつて見ますと、下には誰も居ず、二階には毛太郎次の妻が、血の道で寢て居る容子でしたが暫くすると毛太郎次がボーケヤの市場から巴里の珠玉商人たまあきんどを呼んで來たのです、爾して五萬圓も値打の有る夜光珠だいやもんどを賣渡さうと云ふのですから私は實に驚きました。」

さては、此話しで見ると、春田路が其家は入つたのは丁度その昔 伊いたりやの暮内法師と云へる者が毛太郎次に、團友太郎の遺品かたみと稱して稀代の夜光珠だいやもんどを與へて去つた、丁度其日の夜で有ツたと見える。毛太郎次が妻と共に其眞贋を疑つて、獨り急いでボーケヤの市場へ出掛けて行つた事は讀者の覺えて居る所である。

巖窟王 : 一一九 衣嚢かくしに小犬

毛太郎次が珠玉商人たまあきんどを呼んで來た其夜、あたかも此の春田路が其家へ忍び込んで居たとは、成るほど迷信の深いコルシカ人の常として、神の引合せの樣に思ふのも無理は無い、或は全く神の引合せかも知れぬのだ。

春田路は、前額ひたひの汗を拭きながら言葉を繼ぎ「眞に伯爵、此時の事は今想ひ出しても慄然ぞつとします、小説には無い竒談ですよ、丁度私の潛んで居る所から、其室の容子が分りますから、私は珠玉商人たまあきんどが立去ればたゞちに自分の身を現はさうと思ひ待つて居ますと段々容子も分りましたが實以て意外です、其日の晝間に伊國いたりやの暮内法師と云ふ者が、突然毛太郎次を尋ね來、何處かの獄で牢死した團友太郎と云ふ者の遺身かたみだとて五萬圓からの値打の有る大きさの夜光珠だいやもんどを毛太郎次へ呉れた相です、其れを其の後で若しや贋物では有るまいかと疑ひ、毛太郎次自身でボーケヤのたま市場へ持つて行き、鑑定させた上、其のあたひに買取ると云ふ商人あきんどを連れて來たのです、其時の彼毛太郎次の喜びは非常なもので、たゞちに妻を二階から呼卸します、妻は血の道の病人と云ふ事を忘れ、無病の人よりも猶輕々と二階の寢床から出て來ます、其れは〳〵大變な状でしたが、珠玉商人たまあきんどは妻に向ひ、是ほどの品がお前逹夫婦の手に在ると云ふは怪しいから夫婦の口がスッカリ符合した上で無ければ買取られぬ、既に夫の方の言ひ立は聞いたのだから更にお前の言ひ立を聞く爲に茲へ來たのだ、サア此品が何うしてお前逹の手に入つたか其れを聞き度いと云ひました、妻は澱みもせず夫の古い友逹に團友太郎と云ふ者の有つた事から今日暮内法師の尋て來た一部始終を事細に述べましたが是で商人あきんどは初めて認が附いたと見え其では買はうと云ふ事に成り夜の八時頃に漸く取引が濟みました、其時の夫婦の喜びは管々くだ〳〵しくは申上げませんが、餘りの嬉しさに幾等か氣でも違ツたかと思ひます、取引の濟んだ後で商人あきんどは今自分の拂ツた金を多分幾等か取返す手段でせう、自分の持つて居る行李の中から、女の慾しがる樣な頭の飾や襟飾など澤山出して示しました、妻は目を光らせて是が慾しい彼れが慾しいと凡そ二百圓ほどの品を買ふ事に成りましたが、其れでも五萬圓と云ふ大金をめて一夜は其儘で持つて見たいと云ひ、明あくるひあらためて來て貰ツて、あらためて買取らうと云ふ事に相談が極りました、爾して商人あきんどが歸り去らうと致しますと、此少し前から天氣が變ツて居ましたが、大雷大雨に風までも加はツて仲々外へ出られぬ程の凄じい夜に成りました。

「雨風の音を聞いて夫婦は何か思案を變へたと見え、頻りに商人あきんどを引留て一泊を勸め、此樣な夜は物騷だなどと注意しましたが、商人あきんどは嘲笑ひ『ナニ私の衣嚢かくしには、吠えると噛附くとを一時に遣らかすえらい小犬が隱れて居るから追剥などは恐れるに足らぬ』と云ひ短銃ぴすとるを出して示し『コレ此通りだ』とて立去りました。

「後に妻は異樣な目をして夫の顏を見『お前は本統に活智いくぢが無いよ、私が若し男なら、決してアノ商人を還しはせぬ』と云ひました、毛太郎次は考へつゝ『今更其んな事を云つたとて最う歸ツた者は致し方が無い』と答へました『ナニ歸つたとて近道から行けば先へ廻る事が出來るぢや無いか』『出來たとて今見た小犬が、吠えると一緒に噛附くから其樣な事は出來ぬ、おれが正直で有ればばこそ暮内法師に此福を授かツたでは無いか』『ヘン正直、表向は宿屋と見せて禁制品の贜品けいづを買ひ、時々は夜の二時、三時と云ふ頃持主の知れぬ金を拾ツて來る人が、他人に向ツては兎も角も妻に向ツて能く云はれる、今アノ商人が持つて行つた夜光珠だいやもんども取返せば、五萬の金が十萬に成るでは無いか』言葉の終らぬうち、強く外から戸を叩く者が有りました。「夫婦も驚いた容子でしたが、私は猶更驚きました、是はてつきり、税關吏と憲兵とが、私を追跡して茲の居る事を突留捕縛の爲に來たのだと思ひ、最う逃れぬと覺悟しました、所が爾では無く『最善の珠玉商人たまあきんどだ、茲を開けて呉れ開けてくれ』と云ふのです、夫婦は又も顏と顏を見合せて、戸を開けましたが、珠玉商人たまあきんどは、とても暗くて、道が分らぬから、引返して來た、一夜は茲の泊めて貰ふ事にしやう』と云つて、入つて來ました、是れから二人が商人をもてなした事は非常です、床の下から葡萄酒を出して來るやら、冷たい肉を焙り直すやら、何でも散々に飮ませ醉はせた樣でした、此樣な事で私は終に顏を出す場合を失ひ、猶ほ其まま潛んで居るうち晝間からの疲れに何時の間にか眠つて了ひました、何時間眠つたか、自分で覺えませんけれど、二時か三時の頃でも有りませう、自分の頭の上なる二階の一室と思はれる邊で、轟然一發、短銃ぴすとるの音がしました、其音で目が覺めました」

巖窟王 : 一二〇 血の雨

春田路「短銃ぴすとるの音に續いて、怪我した人の呻く樣な聲も聞え、ドタバタと取ツ組合ふ音も聞えました、爾して其れと同時に私の顏の邊へ何やら雫が埀れるのです、多分は雨が洩るのだらうと思ひましたが、後で見たら人の血でした、二階で血の雨を降らしたのです、其中に物音は止み、誰か一人降りて來た容子です、ハテなと思ひ起き返ツてのぞきますと毛太郎次です、手に小さい箱を持ち、燈火ともしびの傍へ差附けて其蓋を開き中の品をあらためましたがまばゆい程の夜光珠だいやもんどです、彼はあわてゝ蓋を閉ぢ衣嚢かくしへ押込んで外へ飛び出し、やみの中へと姿を隱して了ひました。「此時です、私は初めて氣が附き、さては毛太郎次、珠玉商たまあきんどを何うかして夜光珠だいやもんどを取返したに違ひ無い、若しや人殺しの樣な事でも有りはせなんだかと、訝り〳〵隱れ場を出て硝燈らんぷを手に持ち二階へ上ツて行きました、實に驚きましたよ、階段の上にたおれて居るのが毛太郎次の妻で商人の打つた短銃ぴすとるに咽喉を貫かれて血塗れです、多分 蹌踉よろめいて降り口まで來て死んだのでせう、次の間へ入ると彼の商人が胸を庖丁でえぐられてたおれて居ます、是れは毛太郎次に遣られたのに違ひ無い、四邊あたりは商人の荷物や短銃ぴすとるなどが血の中に飛び散つて居て、無慘此上も無い光景ありさまでした、餘りの事に暫し立すくんで居ましたが、運の盡きとは是でせう、晝間から私を追掛て居た憲兵が數人の手下と共に此處へ入ツて來て、身に血の雨を浴て居る私をたゞちに殺人犯として捕へました。

「後で聞けば憲兵は宵の中に此尾長屋の邊まで追跡して來て私を見失ひ、徹夜で其邊を警戒して居た相です、スルと短銃ぴすとるの音が此家から聞えたので直に手下などを呼んで來て踏込だのだと申します、其れから私はニームの獄へ送られ、殺人犯として取調を受ましたが、何うにも逃れる道が有りません、兎も角も第一に毛太郎次を捕へて下さい、彼れの行方が分らずばせめては伊國いたりやの暮内法師を云ふを搜して下さい、二人の中、一人でも現はれたら、幾分か私の言ひ立の誠で有る事が分りますからと、斯う審問官へ願ひました、審問官は尤もと思つた容子で、此兩人を充分に搜させたと云ふ事ですが、三月餘も經てから暮内法師と云ふが、自分から名乘出て、さき夜光珠だいやもんどを毛太郎次に遣つた顛末などを審問官へ言ひ立て、猶ほ私へ面會を願つて下さつた相です、何しろ法師の事では有り其言ひ立てと私の言葉とが符合して居た爲めに、審問官も幾分か私を信ずる事に成つたのか直に面會を許して呉れました。

「實に暮内法師の樣な親切な方は無いと感じました、此樣な方には何も彼も懺悔して了ふが好いと思ひ、蛭峰に仇打べえんでたを加へた事まで大概を白状しました、法師は甚く憐みを催され、其樣な事ならば兎に角も此度の殺人者はお前で無く毛太郎次だから、成るべく乃公わしが力を盡しお前の助かる樣にして遣るとて、大に骨折つて下されましたが、其れが爲め獄の中の待遇も間も無く全く變ツて了ひ、其れ迄は殺人者と嫌疑者で、最も辛く扱はれたのが、急に別房へ移されて、食物たべものも改まり、牢番さへも大にいたはツて呉れる事に成りました、外の人なら見ず知らずの私へ何うして此樣に盡して呉れませう、實に法師の御恩は深く肝に銘じました。

「其れから一年經つて、毛太郎次が捕まりました、彼は言葉巧に自分の罪を、死んだ妻に塗り附けて、其の身は少しも手を下さなんだ樣に言ひ開いた爲め、兎も角死刑に一等を減じ、終身刑に處せられましたが、多分今頃は何處かの牢で、最う死んだか、しや活きて居ても終には牢死するのでせう、私の方は既に密輸入だけの刑期を獄の中で過ごしたので、彼の宣告と同時に放免になりました。

「此時法師は、新な衣服まで作ツて故々わざ〳〵迎へに來られましたが、私も今までの事を考へ、密輸入など云ふ商賣が全く厭に成りましたから、法師に向ひ、何うかお弟子に仕て下さいと願ひました、すると法師は、爾れよりも適當の仕事が有る、巖窟島伯爵の家扶かふに推薦して遣るから一生懸命正直に勉めて見よとて貴方へ宛てた推薦状をしたゝめて下さいました、其お蔭で此通り魂を入れ替へて貴方の召使ひとは成つたのですが、併し私は小兒こどもの時から曲ツた事は大嫌ひで密輸入をこそ仕たれ、一身の行ひに不正直な所は、少しも無かツた積です」

伯爵は聞終ツて「シタが其後、阿淺おあさと辨太郎とは何う成ツた」春田路は又身を震はせ「伯爵、是れも思ひ出すさへ恐ろしい事になりました」

Youtube モンテ・クリスト伯(巌窟王)40 朗読

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