読書ざんまいよせい(084)

巖窟王(上 その3)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

巖窟王 : 七三 一艘の帆前船

全く六十年間、信用を疑はれた事の無い森江商會である、しや今は何れほどの末路に際したりとも、その頭取たる者が同業銀行の祕密祕書と名乘り男に、弱味を見せて成るものか、森江氏が立派に言切つたのは當然である、辛くは有らうが當然である。

イヤ言切つたが、實は餘り立派では無かつた、物心覺えて數十年來、嘘一ついた事の無い森江氏である。嘘一つかねば成らぬ場合に迫られたのは此頃が初めてゞある、現在自分の心で、今月來月の中に到底五十萬近い支拂ひの出來ぬを知つて、それを出來る樣に言ひ切るのだもの何うして立派な聲、立派な言葉、立派な語調が出やうものぞ、言切たその言葉が、何と無う憐れげに聞えた。

けれど書記の顏には別に憐みの色が現はれたとも思はれぬ、彼は唯打解けた樣な、爾して詰問する樣な、異樣な調子で「イヤ森江さん、爾う仰有おつしやるのは當然です、誰とて貴方の地位に立てばその通りに言切りませう、けれど私へ對しては見得外聞を顧みる場合では有りますまい、茲で伺ふ事は此席限りで、外へは決して洩れませんから、何うか貴方の名譽に誓つた眞實の言葉を聞かせて下さい、全く貴方は紳士の言葉を以て、此支拂ひが無事に出來ると云ひますか」斯うまでに推し問はれては、おれでもと云ふ勇氣は無い。

森江氏は惆然てうぜんと打萎れた、爾して暫らく考へた末、到底此樣な大債權者に對しては隱しおほせる事は出來ぬと悟つた容子で「イヤう云はれゝば私も腹藏の無い所を申さねば成りません、實に面目無い次第ですが目下私の運命は唯持船巴丸の安否一つに繋がつて居るのです、此船が無事に入港しますれば、當商店の信用も多少は囘復し、何とか支拂ひだけの融通は附きませうが、イヤ附かずとも附けねば成らぬと決心してるのです」書記「若しその船が入港せずば」森江氏「此良造の運の盡です、支拂停止しる外はありません」

書記も嘆息の樣な物を洩らした、けれど、柔かな顏を示す可き場合で無い、猶も極めて眞面目に「爾すると巴丸が貴方の最後の頼みですね」森江氏「最後の頼みです」書記「何とか力を借る友人はありませんか」森江氏「商人には取引先はありますけれど、友人はありません、信用の盡きた後で誰が助けて呉れませう」書記「さうすると此最後の頼みの絶ゆる時は」森江氏「全く此商會の破産です、森江一家の滅亡です」

書記は思ひ出した樣に「オヽ私が茲へ來る時、丁度、港へ一艘の帆前船が着きましたが、若しや貴方の云ふ巴丸ではありませんか」森江氏「ハイそれが巴丸が出て、次の又次に印度を出たジロンと云ふ船です、實は店の若い者が一人、時々屋根の物見臺に上り、入港の船を見てから私へ知らせて來るのでその船の入港も直に分りました」書記「巴丸の次の次に出た船が着いたのです、それだのに」森江氏「ハイ斯うなれば最う何も彼も打明けます、それだのに未だ巴丸が着きません」書記「事に依ると今のジロン號とやらで巴丸の消息が分りませう」森江氏は堪へ兼ねた状で、忽ち顏に兩手を當た「イヤいつそ便りの分らぬ方が好いのです、巴丸が印度を出たのは本年二月の二日です、最う一ヶ月前に入港してゐる筈ですのに、今以て入港しません、此れは決して無事な船に在る事では無いのです、何うか私はその便りを聞度く無いと思ひます、聞かぬうちは、今に歸るか、歸るかとの見込が何時までも續いてゐますが、聞けばそれ切絶望です」何たる心細い實状だらう、聞かぬ中は猶だ見込が續いてゐるとは、併し氏の今の位置としては眞に此樣なものだらう。

氏は兩手の陰で泣いて居るらしい、書記も再び嘆息しやうとしたが、其時階段の方から異樣な足音が聞えて來た、森江氏は是れが自分の恐れてゐた便りとでも感じたのかと立上つて「アノ物音は何だらう、何だらう」とて戸の所まで進んだが、勇氣が盡きたと見え、又 蹌踉よろめいて元の椅子に倒れた、その中に足音は近づいた、確に六七人もくるらしい響きである、けれど割合にその進みは遲い、何だか躊躇しつゝ來るのかとも思はれる。

やがて外から此 へやの戸の錠を、鍵で開かうとする音も聞えた。森江氏「ハテな此戸の鍵は孃と小暮の外に持つては居ぬが」と云ふ聲のもとに、又一方の戸を同じ樣に開いた者がある、そもそも此 へやには店の方と、奧の方とへ雙方さうはうに戸があるのだ、先に開いたのが奧の方で、次に店の方からの戸が開いた、爾して奧の方から入つて來たのは先刻の緑孃である、孃の目には涙が一ぱいに湛へて「阿父樣おとうさま阿父樣おとうさま」森江氏は此叫び聲で、何も彼も悟つた、愈々先刻入港したジロン號と云ふのが、森江氏の運の盡と云ふ悲しい便りを持つて來たのだ、森江氏「オヽ、愈々巴丸が沈沒したのか」店の方から續いて入つた小暮も尋常たゞならぬ聲で「何うか旦那樣氣を確にお持ち下さい」

是れぞ森江一家が沒落と事極まる時である、へやの中に唯何と無う悲しい空氣が滿々た樣な氣がする。

巖窟王 : 七四 漏水が初まりました

「巴丸が沈んだのか」と森江氏は再び問うた、小暮は「旦那樣お氣を確に」と云ふたに似ず早自分が落膽した、「ハイ誠に殘念な次第です」とて泣出した。

殘念と云ふ位では濟まぬ、最後の望みを繋いで居た持船の沈沒だから、是れで此一家が亡びて了ふのだ、引き續いて森江氏の妻君が、江馬仁吉にすがる樣にして蹌踉よろめきながら此 へやへ上つて來た、爾して娘と左右に森江氏の手を取つて彌々よゝと泣いた。

此中で一番確なのは森江氏自身である、最も重い責任を背負つて居るから、くづれるにもくづれられぬのだ「その知らせは先程入港したジロン號が持つて來たのか」小暮「ハイ」森江氏「船は沈んで — シタが乘組員は何うなつた」小暮「船長も水夫も助かりました、ジロン號に救はれて歸ッて來たのです」森江氏は眞實、天に謝する樣な調子で「水夫の助かッたのは、それは何よりも有難い」と聊か安心の聲を洩らした。

人の上に立つ者は斯う無くては成らぬ、寶よりも人を愛する心が無くては、人が人の上に立たせては置かぬ。

此聲に應じて、外から廊下の戸を推し開いたのは七人の水夫である、彼等は敬禮する樣に立並んでは居るが、その衣服の状を見れば、實に憐れむ可きものである、何れほどの艱難を冐して一命だけを助けて歸ッたかと云ふ事が分る、彼等は今森江氏が、乘組員の助かッたのを謝した言葉に感涙したと見え、いづれもかうべを埀れてゐる。

彼等の姿を見るよりも、第一に驚いたらしく見えたのは彼の富村銀行の祕密祕書と名乘り男である、彼はあたかも數十年相見ざる舊友にでも巡り逢ッたかと疑はれる程の状で、兩手を廣げて水夫等の方に進み掛けたが、その途中で何事をか思ひ出した樣に忽ち足を止め、爾して更に椅子を引いて室の最も暗い隅の方に退き、餘り人目に觸れぬ樣に隱れて了ッた、但し場合が場合だから誰も此人の異樣な振舞には氣が附かなかつた。

森江氏は憐れみを帶びたまなこで、水夫一同を見遣り、「併し、何の樣にして沈沒した」江馬仁吉は進み出て水夫のかしららしき一人に向ひ「サア、奈良垣、お前から申上げたが好からう」奈良垣と指名されしは、最う五十をも越した老水夫である、心得て森江氏の前へ出で「實は船長から申上げるのですが、船長 郷間がうま氏は救はれて歸る途中、病氣に成り、パルマへ上陸しました、多分二三日の中に歸つて來ませうから、今は私の知つてゐるだけの事を申上げて置きます」と先づ斷つて置いて、

「沈沒の次第は斯うです、吾々がプランクの岬を廻り、ボカドルの岬を指し西南へ進んでゐる時でしたが、南の空に黒過る雲の現はれたのを郷間船長が認め、奈良垣、何だか厭な雲では無いか帆を少し降ろさうかと云ひました、此時はあるだけの帆を殘らず張つて居たのです、何うも私も、良く無い雲と思ひましたから、先づ本檣ほんしやうの大帆を卸しましたがその中に雲は早吾々の頭の上に廣がり、風も次第に強くなつて參りました、その容子では必定颶風になるのです、船長も其れに應じて樣々の差圖を與へ前ぜんしやうの帆を二個ふたつ減らし、更に帆旗を卸して了ひ、殘る帆も出來る丈け縮めて了へとの命令を下しました、一同は必死に成ッて其の命令を行つたのです」

説き來るに連れ、へやの中は寂然ひつそりと靜まり返ッたが、彼の祕密祕書は我れ知らず聲を出し「イヤ其れ丈では猶だ手弛てぬるかッた、アノ近海の颶風は格別の恐ろしいから、前檣の帆を四個共に縮めて了ひ、後檣の帆を一個殘してズッと低く張らねば」と云ふた、何だか自分が船長として今其場合に命令を發して居る樣な状である、餘ほど彼は、自らその邊の海に慣れて、船の事にも詳しいと見える、それが爲に、此話を自分の事の樣に聞いて居るのだ。

奈良垣はまなこを放つて此書記の顏を見た、けれど暗い隅に居る爲め、能くは見えぬ「イヤ吾々はそれよりも猶上の用心をしたのです、直に風を横に切つて、ズッと外洋そとうみへ出たのです」書記「唯だその一方だが、併しそれには船が古過ぎた」奈良垣は至言に服する状である「爾です、全く船が古過ぎました、外洋そとうみを指して逃げる中非常な大暴おほあれと成り、凡そ十二時間も搖られましたが、その間に漏水みづもれが初まりました、風は漸く止みましたけれど、今度は漏水もりの爲に沈む譯と爲りましたから、直に喞筒ぽんぷを掛け、水夫一同の力を之に加へましたけれど、喞筒ぽんぷの力は水の入る早さに追附きません、水の掻出しを初めて四時間の後には到底助からぬ事が分りました、私は一同に向ひ云ひました、何うせ一度死ぬるのだから、一同茲を死ぬ場所に定めやうでは無いかと、船長はイヤ待てと云ひ、急いで自分のへやに飛び降りましたが、直に一挺の短銃ぴすとるを持つて來て、少しでも喞筒ぽんぷの手を弛める者が有れば「射殺すぞと叱りました」書記は又聲を放ッて「感心、感心、全く爾う無くては成らぬ」

巖窟王 : 七五 海の雇人

短銃ぴすとるを取つて水夫を差圖した船長の手柄には、彼の富村銀行の書記のみで無く聞く者皆感心した、併し奈良垣は書記の稱讚にも頓着なく語り續けた。

「吾々は此時まで滿十二時間、喞筒ぽんぷを握つて居たのです、何うして爾う身體が續いたかと今思ふと自分ながら怪しい程の氣が致しますけれど、眞に命懸けの場合には非常の力が出るものです、けれど致し方が有りません、喞筒ぽんぷに休めの無いと同じく、船に漏れて入る水も休みが無く、少しづゝ少しづゝ、其のかさが増して來ます、一時間に凡そ二寸位づゝ、ハイ二寸とは極めてわづかで有りますけれど、十二時間續くと二尺の上に屆きます、其れより前に既に三尺も入つて居ましたから、あはせて五尺に及びました、何うにも斯うにも最う仕方が有りません、頑固な船長も『愈々吾々は船を捨てて自分の命を助けねば成らぬ時が來た』と叫びました、誰とて否やを云ひませう、吾々は船を大事には思ひますけれど船より自分の命を愛します、更に船長から『短艇ぼーとを卸せ』との號令の掛るのを待ち兼ねて短艇ぼーとを卸し、吾々七人之に乘りました、後で思ふと全く一刻の猶豫も出來ぬほど危險が差し迫ッて居たので。

「其れでも船長は後へ殘りました、何と云ッても短艇ぼーとへ乘移らうと仕ませんから、私が再び親船へ乘り、船長の腰を抱いて短艇ぼーとへ投込む樣にして、爾して再び小船へ歸りましたが、此時、親船は、水で船室が張裂けました、異樣な物音と共に水面をグル〳〵と舞ひ初め、三遍ほど廻つて、終に沈みました、後には大きな渦が卷くのみでした。

「其より吾々は小船で海上を三晝夜漂ひました、食ふ物も飮む物も無いのです、三日目の晝、ジロン號の通るのを遙に見受けましたから、救助を請ふ信號を傳へてヤッと救はれ、此通り歸つて來たのです」

語り終つて我が後に並ぶ水夫一同を顧み「何と皆の衆、今私が旦那樣へ申上げた所に、何處か間違ひでも有りは仕まいか」と問ふた、一同は異口同音に「イヤ少しも違つた所は無い」と答へた。

森江氏は靜かに聞終つたが少しも恨めしい顏はせぬ「「イヤ一同の能く働いて呉れた事は唯感心の外は無い、シタが一同の給金は今日までは何れほどに爲つて居る」奈良垣「イヽエ貴方の持船を沈めた上に、當り前に給金を戴いては濟みません、幾等でもお見計らひで」給金の外に樂しみの無い水夫等が斯うまで云ふは日頃森江氏が深く雇人に歸服せられて居る事が分る、森江氏「イヤ船の沈んでも無事に歸つても同じ樣に神に謝さねば成らぬ、兎も角も月給は幾月分殘つて居る」奈良垣は止むを得ぬと云ふ語調で、「其れでは — ハイ丁度三ヶ月殘つて居ます」森江氏は會計に向ひ「小暮、其れでは一同へ二百 フランづゝ拂ふて遣つて呉れ、今までならば未だ其上に二百 フランを別に永年正直に勤めて呉れた襃美として與へる所で有るけれど、今はわづかに殘つて居る金子きんすも、人の金きんすで、自分の物と云はれぬのだから、殘念ながら仕方が無い」

奈良垣は更に仲間一同へ向ひ小聲で何やらん相談した末「二百 フランも拂つて戴いては濟みませんから、一同、三月分の月給の内金として五十 フランづゝ戴いて置き度いと申します、後は何時までゞも待ます事に — 」森江氏「イヤお前逹の好意は深く森江良造の胸に徹する、けれど其れには及ばぬから一同二百 フランづつ受納めて呉れ、爾して早く他の雇主を求め、口の有り次第、其人に雇はれて呉れ」

他の人に雇はれよとは解傭の言ひ渡しと同樣である、奈良垣は痛く驚いた容子で暫しは言葉も出なんだが漸くにして又一同と相談を遂げ「一同永らく當家に奉公した者で、今更外の船主に雇はれる心は有りませんから、新な船をお作りに成るまで、主人を定めずに待つて居ると申します、其れとも何か吾々に對して御立腹のかどでも有りませうか」

此正直な、爾して忠義な言葉を聞き森江氏はホロリと一滴の涙を埀らした「イヤ何で立腹をするものか、有り體に云へば是れ切りで新な船を作らぬのぢや、作るだけの資力が無いのぢや、其れだから何うか一同、新な主人を取つて呉れ」奈良垣「エ、資力が無いと仰有おつしやりますか、其れほどならば決して給金などお拂ひ下さるに及びません、巴丸が水底に沈んだ後で、何で吾々が給金を慾しがりませう、のう皆の衆」一同「爾とも爾とも」奈良垣「吾々は船より後へ、命が殘つて居るのが幸ぢや無いか、月給などは戴かずとも、水夫の身に不自由は無い、のう皆の衆」

陸の雇人は、皆自分の口實を作り、一人去り二人去つて皆居爲く成つたのに、其れよりも遙に勞多くして給料の少き海の雇人は何うして斯まで實意を盡して呉れるのだらう、森江氏は益々堪へ難い思ひでは有るが「イヤ茲の所は何うか私の言ひ條を立てゝ呉れ、此後に又も顏を合せる時も來やうから、サア小暮、おれの差圖通りにせよ、オイ仁吉、お前も下へ行つて、おれの差圖が能く行はれるか見屆けて呉れ」

斯う云つて漸く一同を下に降ろした、後に殘るは、妻と娘と、彼の富村銀行の書記で有る、森江氏の眞の難場は、是から初まると云ふものだ。

巖窟王 : 七六 船乘新八

水夫等が二階から立去つた後に、森江氏は妻と娘に、心配氣に其顏を差窺さしのぞかれつゝ默然として控へた。實に巴丸の沈沒は此一家に取つて最大の打撃である、唯一縷だけ繋がつて居た命の綱が切れたのだ、何と考へても破産の外は無い事に成つたのだ。

妻も娘も能く其事を知つて居る、女の身として、泣き出すより外に、出來る事とては無いけれど、餘り悲しさが深いので容易に涙が出ぬ、若しも此時森江氏の顏に露ほどでも、此不幸に堪へ得ずして絶望する樣な色が現はれたならば、妻も娘も忽ち聲を放つて泣いたゞらう、唯森江氏は其事を知つて居るから必死の思ひで絶望の色を制して居る、幾等此家此商店が破産には極つても、取引銀行の書記の前で妻子と共に泣沈む事は、男として出來ぬ所である。

けれど森江氏はこらへ兼ねた、此上妻娘を傍に置いては、泣かずに身を支へる事は出來ぬ、早く兩ふたりを下へ遣ッて何とか彼の書記に挨拶せねば成らぬ、やがて氏は妻に向ひ「少し此紳士と密談が有るのだから」と云つた、是れだけで其意を察し妻は娘に目配せして先づ立去ッた、確に自分のへやへ泣きに行つたのだらう、娘も續いて立ッたが、是れは立去る前に彼の書記に目を注いだ。此人の一存で、何れほど我が父の苦痛が重くなるかも知れぬと氣遣ふから、成るべく慈愛を請ふて行き度いのだ、書記を眺めた其顏には、哀願の色が現はれて居る。

是で緑孃が此書記に哀願の意を傳へるのは二度目である、先には階段の途中で逢つて此通りに仕たので有ッた、書記は其意を察して憐れみの念慮を起したのか點首うなづく樣に孃の顏を見返した、孃は我哀願の採用されたのを見屆け得たと云ふ如き容子で茲を去つた。

後に森江氏は書記に向つた、最う多辯を弄する場合で無い「貴方の御覽の通りです、此森江良造の最後の頼みを、天が碎いて了ひました」全く何うでも仕て呉れと身を差出したにも均しいのだ、と云つて書記も、何うにもする事は出來ぬと見え「實にお氣の毒です」と云つた切りだ。

爾して凡そ五分間も二人は顏を見合せたのみで有つた、森江氏は大債主とも云ふ可き此書記から宣告せられるのを待つて居るのだ、書記は又森江氏が、何うして呉れとか斯うして呉れとか、何とか望みらしい言葉を云ひ出るのを待つて居るのだけれど、森江氏の胸には咄嗟の間で、何うして呉れと云ふ案も立たぬ、書記は待兼たと見え終に口を開いた「差當り此私が第一の債主だらうと思ひますから、若し私の方で日延の相談に應ずれば、其間に何とか整理の御工風は有りませんか」日延とは姑息な策では有るけれど、負債に進退のきはまつて居る人に取つては此の姑息の策が實に有難いのだ、死ぬると極ッた病人が今日死ぬるのを、明日まで生延びさせて貰ふ樣なものである。森江氏「エ、日延、其樣な事が、書記たる貴方の一存で取計らはれますか」書記「ハイ、私は頭取から全權を任されて居るのです、頭取の權内に在る事なだ私の權内に在るのです」

森江氏「今まで既に盡せる丈の事は盡しましたから、此上に整理の工風とても無い樣なものですけれど、其れでも茲で若し二ヶ月も日延が出來れば森江良造は死物狂ひで、整理の出來る丈け試みます」書記「成ほど、二ヶ月の間に」森江氏「信用の盡きた身を以て二ヶ月の猶豫を請ふとは、餘り蟲の好い願ひですけれど」書記は存外手柔かに「イヤ、私共の銀行とても、成る可く貴方に整理の猶豫を與へ、我が損失を輕く仕たいのです、待つて遣れば取立てる事の出來るものを、追立る爲に直に破産に陷らせ、元も子も失ふ事は、隨分今までも有ッた經驗です、私は充分貴方が手を盡す事の出來る樣に、ハイ三ヶ月の日延を承諾致しませう」

三ヶ月とは實に望外で有る、是だけ有れば或は其間に、何の樣な工風が出ぬとも限らぬ、森江氏は有難さに堪へぬ如く書記の手を取つて謝した、書記は何等の情をも其顏に現はさず「今日が七月の五日ですから、十月五日まで待つとして、手形を切直しませう」

十月五日、今より丁度三ヶ月の後である、其日まで森江商會の途炭場とたんばは延びたのである、書記「十月五日の午前十一時に、私は一分も違へずに再び茲へ參りますから」森江氏「其時までには支拂の道が附きませう」と云ひ腹の中では「若し附かねば自殺です」と呟いた。

是よりたゞちに江馬仁吉を呼び手形の書替に取掛らせ、少しの間に日延の手續きを運んで了ッた、凡そ如何なる商店でも、五十萬近くの金を三ヶ月も猶豫して貰へば大いに息を繼く事の出來るのは無論である、巴丸と共に命數の盡きたとも云ふ可き此の商會とても、若し蘇生する道が有れば此の延期の爲に蘇生せねば成らぬ、森江氏は繰返して書記に謝したが、書記は今謝されるよりも三月の後に正金で返され度いのだから、ほど喜んだ色も無く別れを告げた、爾して階段の所まで行くと、茲には又緑孃が待つて居て、心配げに書記の顏を見「誠に三月も日延をして下さつた相で、母が大層喜びました、能くお禮を申せとて私へ — 」書記「イヤ孃樣、貴女あなたへ願つて置く事が有りますよ、今から二月か三月の後、必ず貴女あなたの御手許へ、船乘新八よりと記した一通の手紙が參りますから、受取り次第に貴女あなたは其手紙を開き、中に書いてある差圖を其通りに行つて下さいよ、異樣な差圖かも知れませんけれど、決して惡い事では有りませんから」異樣な差圖よりも此願が實に異樣である、船乘新八と云ふ名前も、昔から名高い阿拉伯亞夜話あらびやんないとに出て居る名で其の名を以て手紙を寄越すとは何の意味だか少しも分らぬ、併し孃は承知した「若し其の差圖に從ふのが貴方へのお禮の記しになるのなら、私は充分に從ひます」書記「忘れてはいけませんよ」念を推して階段を下り、早店の土間には出た、茲には先程の水夫長奈良垣と云ふ男が、會計小暮から拂ひ渡された給金を、衣嚢かくしにも入れずに持つて、返さうか何うしやうと思案する如くに徘徊して居る、書記は之に向ひ「少し話しが有るから、私と一緒に來て下さい」と云ひ、手と取らぬ許りにして立去つた。

此書記の云ふ事、爲す事、總て常の人とは變つて、何だか合點が行かぬ事のみである、何か異樣な事を目論で居るのには違ひ無い。

巖窟王 : 七七 神さへ見捨てた

何か異樣な目論見を企て。居るので無ければ此書記のすることは全く合點が行かぬ、彼は富村銀行の書記だと云つて居るのに何故「船乘新八」と云ふ名を以て他日緑孃へ手紙を寄越すなどゝ云ふのだらう、或は彼のほかに「船乘新八」と云ふ昔の物語りの本に名高い人と同じ名の男が有るのだらうか、孃も後におよんで幾度いくたびと無く怪しんで考へた、けれど是等の事は分る時までは、考へたとて分りはせぬ。

其れに彼が、歸り掛けに巴丸の水夫長奈良垣をば、酒を呑ませると云つて連れ去つたのも異樣である、銀行の書記などが仕さうな事では無い、果して彼は奈良垣を何處へ連れて行つて了ッたゞらう、是れ切で奈良垣の姿は其の馬耳塞まるせーゆに見え無く成つた、少くとも森江家の人々の目に觸れ無くなつた、イヤ奈良垣のみで無く彼の下に居た六人の水夫も全く消えた樣である、何處に居るとも、新に何と云ふ船主に雇はれたとも分らぬ、尤も或人の噂で奈良垣が大層有福相に新しい水夫の服を着けて港の邊を忙しげに歩んで居るのを見たと云ふ事は聞えた、併し果して事實か否やは突留る事も出來ぬ、イヤ今の森江家に取つては突留る必要も無い。

一つ怪しいのは病氣の爲にバルマへ上陸して養生して居るとの事で有ッた郷間船長と云ふのが、同じく何の便りも無い、此人は船長で有りながら其船を沈めたのに、し自分の過失で沈めたのでは無いとしても、義務として森江家へ一度は來ねば成らぬ、又月給の受取る分も有るのだから權利としても來ねば成らぬ、奈良垣の言葉では兩三日の中にも歸り來る樣に云ッたのに、何しろ合點し難い所である。

併し是等はさて置いて、書記の立去つた後で、森江家では聊か息が繼げる樣な鹽梅で有つた、何しろ五十萬圓と云ふ大口が三月も日延べに成つたのだから其のお蔭で、他の小口の拂ひは滯り無く濟ませて行く事が出來る、世人が多分は巴丸の沈沒の分ると同時に破産するだらうと思つた商店が、依然として毎朝無事に戸を開るのだ、さては十五日に破産するのか知らん、イヤ卅日みそかには屹度きつと破産するだらうと段段噂の方も延びて行くが翌月、翌々月に及んでも猶だ不思議に支へて居る。

尤も此間に森江氏が勉強した事は非常で有る、全く彼の書記に約束した通り死物狂ひに成つて正金の囘收などを初めた、尤も囘收と云つた所でう囘收するだけの貸金は無いけれど、是れでも舊家で有るから古い分や何かゞ、殘らぬ樣で殘つて居る、其れに三月の間だから、其中に期限の來る樣な分も多少は有るのだ、若し森江商店に少しでも命の續く道が有るなら森江氏の此勉強ででも續かねば成らぬ、全く氏は夜も目も寢ぬ程に奔走して居るのだ。

けれど如何せん總體の上で勘定が足らぬ事に成つて居る、獨り富村銀行の書記だけは、今取立てを急いで其れが爲に破産させ、取れるものをも取れぬ樣にしては詰らぬからとの事で、三月の延期を聞いて呉れたけれど他の債主は決して爾では無い、何でも破産せぬ中に取立てねば成らぬと全くアベコベの考へを以て、日頃から延期す可き筈のものまで延期せぬ、無遠慮に取立に來る、斯樣な譯だから森江氏が篤と計算して見ると、富村銀行への支拂の期限たる十月五日までに、何うしても一萬五千圓しか積立てる事が出來ぬ、一萬五千圓で五十萬圓の拂ひを、イヤ是は云ふ迄も無い、これでは到底計算にも何にもならぬ。

唯だ此人の最後の見込は、最早や此土地では到底融通の道が無いのだから、巴里へ上京して運動して見やうかと云ふに在るのだ、自分の土地でさへ出來ぬ金が他郷で出來る筈は無いけれど、今の場合は、出來ぬからと云つて試みずには居るられる譯では無い、其れに巴里には、自分の篤く世話をした段倉が、四百萬圓からの身代を造ッて、有名な銀行者に成ッて居る、今の彼ならば千萬圓の融通でも出來るのだ、仕て呉れる氣にさへ成れば、自分の金へは一文も手を附けずにる事も出來るのだ、彼の身の立つまでには隨分盡されぬ事迄も盡して遣つたのだから、事情を打ち明けたなら或は意外に又親切な話を仕て呉れるかも知れん。

此樣な空頼みで巴里へ出張したのが九月の末方である、今まで人に物一つ頼んだ事の無い身を以て、元の雇人へ頭を下げるのは實に辛い、唯背に腹は替られぬ爲である。

家では妻も娘の緑孃も、凡そ其邊を察して明け暮れ神にのみ祈つて居た、けれど神さへ見捨たと云ふものであらう、愈々四日の後が支拂日と云ふ十月の一日に、森江氏は悄然として巴里から歸つて來た、全く段倉が義理も恩も無く舊主人の頼みを拒絶したのだ、う此上は、手段も何も無いのである、嗚呼十月の五日は果して此森江氏一家へ何の樣な日と爲るだらう、一家の人々、唯だ想ふてさへ身を切られる樣な心地がする。

巖窟王 : 七八 一通の手紙を差出した

悄然として巴里から歸つて來た森江氏は、妻にも娘にも何事をも云はぬ、溜息一つさへ聞かせぬ、成丈なるたけ妻子へ悲しみを掛けまいと思つて居るのだ、けれど氏が勉むれば勉むるだけ、妻子の方は察するのである、察して悲しさを増すのである。

氏は殆ど常の通り妻と娘とを抱き〆めて眞情を表した上、靜かに自分のへやに入り、會計長小暮を呼び寄せた、爾して暫しが程、戸を〆めて、何事を話したか知らぬが餘ほど重大な意味で有つたと見え、やがて此室を出た小暮は、自分で自分の毛を掻むしる樣にして會計室へ退く状が、何にか恐ろしさの爲に發狂でもしたのかと疑はれる許りで有つた、かくと見た森江氏の細君はたゞちに目配せした、孃は小暮の傍に馳倚つて「何事であつたえ」と小聲で問ふた。

小暮は返辭する餘裕も無い、唯だまなこを圓くして「此樣な事が、信ぜられませうか」と呟いて立去つた、嗚呼、問はずとも分つて居る、森江氏は最早百計盡きたが爲め、愈々破産の意を會計に傳へたのだ、間も無く小暮が、會計の帳簿と有金を一纒めにした袋とを持つて森江氏の室へ行つたので愈々爾うと分る。

此夜妻子は額を突合せて、密々ひそ〳〵と心配を語つて居た、何と心配したとて追附く事では無いけれど心配せずには居られぬのだ、いつもなら家内一同 くに寢た頃であるのに、家の主人あるじ一室ひとまに籠つて出て來ぬので、猶更氣に掛る所があり、寢るにも寢られぬのである、其中に眞夜中の時計が聞えた、森江氏も此音に氣が附いたのか、間も無く室を出で、妻子の居る室の脇を通り寢室に退いたらしい、森江夫人は娘に向ひ「サア、阿父樣おとうさまもお休みの樣だから和女そなたも退いておやすみなさい、私も寢る事にしますから」と云つた、娘は「ハイ」と云つて寢に行つた、その後に夫人は凡そ卅分ほども考へて居たが、如何にも心配に堪へぬから、ひそと森江氏の寢室をのぞきに行つた、行くと其身より先にのぞいて居る者がある、それは娘だ、是れも心配の爲め、寢たと見せ掛け容子を見に來たのである、娘は拔足で母の傍に寄り、殆ど聞取れぬ程の小聲で「お書物を仕て居らつしやいますよ」母は「爾う」と云つて、同じくのぞいた、成るほど前額ひたひに手を當てゝ何か考へつゝ徐々そろ〳〵と筆を動かして居る、餘ほど大切な書類と見える。

娘の方では爾までも氣に附かぬけれど母の方は氣が附いた、書いて居る其紙が公證に用ふる罫紙である、確に遺言状を認めて居るのだ、其の心中は知る可しである。

翌日は何事も無かつた、多分十月五日と云ふ大事の來る迄は何事も無いのだらう、併し唯だ森江氏が、いつもより妻子に對して親切な事が目に立つた、何も口には云はぬけれど親切である、殆ど痛はる程に見える、晩餐が濟んで再び居間に退かうとする時森江氏は娘を我が膝へ抱寄せた、爾して離し得ぬ樣な状で、娘の顏を我が胸のあたりへ推當て居た、後で娘は母に云ふた「阿父樣おとうさまはアノ樣に靜かにして居らつしやるけれど大層胸に動悸が打つて居ましたよ」と、母は返す言葉も無く歎息した。

次の二日は別に變つた事も無かッたが何しろ一家が益々陰氣に成行くのみで母娘は心配に堪へぬから長男の眞太郎と云ふへ、至急に歸れとの手紙を出した、そもそも此眞太郎が前にも少し記したが、父の營業を繼ぐよりも軍人たることを志願して既に士官學校を卒業し、少尉と爲つて居る隊に附いて居る、年は廿二歳だけれど、勇氣も氣概も優れて居る爲に隊中の評判も好く、遠からず昇級も見えて居るのである、尤も其の軍人と爲つた事は父が贊成しなかつたけれど、兎も角も一家の中で最も多く父を動かす力の有るのは此眞太郎で有る、之が歸ッたとて此家の難場を如何ともする事は出來ぬけれど、其れでも今は長男たる者が父の傍を離れて居る可き場合で無い、共々に家に居て呉れさへせば、其れ丈で母も氣丈夫に感ずるのだ。

愈々明日が難場と云ふ四日の夕方である、森江氏は兼ねて娘に與へて有る我居間の鍵を取り上げた、娘は其事を母に話すと「明日は成る丈け、和女そなた阿父樣おとうさまの傍を離れぬ樣に仕て居てお呉れ」と母は云つた、更に此事を未來の夫たる江馬仁吉に話すと、彼の返辭も殆ど同樣で「少しでも貴方は父上の傍を離れてはいけません」と云ふので有ッた、森江氏の胸に何の樣な決心が着いて居るかは妻にも仁吉にも薄々 さとられて居るのだ。

愈々明けて大難場の日とは成ッた、娘は朝飯後、直ぐに父の室に行ッた、けれど「暫く來ずに居て來れ」といつに無くすげなく斷られた、詮方せんかた無く階段を上ッたり下ッたり其れとは無く見張る樣に仕て居たが、早十時と爲ッて、幾度いくたび目かに階段を上ッた時、其の中程の、丁度此前に富村銀行の書記と云ふ人に出會つた邊に、見知らぬ人が立つて居て、強い伊國いたりやの訛を帶びた言葉で「貴方は緑孃ですか」と問はれた、何事とも知らず「ハイ」と答へると「では直に之をひらいてお讀み下さい」と一通の手紙を差出した、受取つて見ると寄越した人は「船乘新八」とある、孃は殆ど忘れて居たが思ひ出した、爾う、爾う、アノ書記が確、他日此名で手紙の來る時が有るからと云ッた、中には最も異樣な事柄が記してあるとは知るよしも無く直に其場で封を切ッた。

巖窟王 : 七九 此の短銃を何う成さる

「水夫新八より」とした此手紙、何の爲、何事を云つて來たのだらう、緑孃は直に封を切ッて讀み下した。

此手紙を讀み次第に、たゞちにアリー街十五番地の家までお出向成さる可く候。其家の入口に居る差配の老人の向ひ五階の二號室の鍵を呉れと御申聞け成され候はゞたゞちに鍵を渡し申す可くに付き、其れを受取りて五階に上り、二號室の中を御 あらため成さる可く候

是れ丈でも實に異樣な手紙である、緑孃は知らぬけれど、アリー街十五番と云ふは昔團友太郎父子が住んだ貸家である、其の五階の二號室は、即ち友太郎の父友藏老人が死んだ場所で、先頃竒癖の紳士が住人を他へ移らせて空にした室なのだ、孃は猶讀み續けた。

二號室の煖爐の上なる棚に古い赤き革の財布有之候

赤い革の財布とは昔孃の父森江氏が友藏老人の爲に丁度其の所へ置いて來た事がある、其れは彼の尾長屋の主人あるじ毛太郎次が先頃暮内法師と稱する人にも語ッたのだ、けれど、孃は勿論之をも知らぬ。

赤い革とは云へ、十數年經て色も褪め大方黄ばみたる財布の候、此財布は當然、御身の父上に屬す可き品に候故、其れを取りて歸り來り、今日こんにちの午前十一時までに父上に御渡し成さる可く候、若し時刻が後れては、飛んでも無き事と相成り申す可く候
父上の御爲に候間、少しも疑はず少しも猶豫せずに御出向成さる可く候、御身は先頃、船乘新八の手紙の差圖に從ふ可しと約束成され候、決して約束には背く者に之れ無く候

孃は讀み終ッて、顏を上げたが、此手紙を持つて來た使は早や何處かへ去ッたと見え、姿が無い、何處から何の樣な人に頼まれて持つて來たのか、其れを聞き度いと思ふけれど仕方が無い、孃は再び讀み直したが、本文の末に左の如く追加がある。

右の家へは御身一人にて行かねば無益に候、若し代人を遣るとか、他の人を連れて行かば、差配人は決して鍵を渡し申さず候
但し、御身單身にても危險など云ふ事は少しも無之候

勿論此の晝間、人通りもある平和な土地、平和な家に於て危險などの有る筈は無い、けれど孃は樣々に考へた上句あげく、一層重く心にこたへたのは約束と云ふ事である、「約束には背くものに之れ無く候」成るほど約束には背いては成らぬ、何うしても行かねば成らぬ、殊に十一時と云へばう間も無いのだ。

猶何だか落着き得ぬ樣な氣がするので、直に下へ降りて江馬仁吉に此手紙を示し約束の事をも話した、仁吉も何の事だか少しも合點が行かぬけれど「其樣な約束がお有り成さるなら今更躊躇する事はありません、直にお出でなさい、貴女あなたの父上が、約束に背く勿れと常に仰有おつしやるでは有りませんか」孃「だつて」仁「だつてとて約束ですもの、私がアリー街の入口まで送つて上げませう、爾して其處で餘所よそながら見張つて居ます、若しも貴女あなたが其家へ這入つて、出て來るのが遲い樣なら、私は直に其家へ、ハイ五階の二號室まで上つて行つて上げますから」う躊躇する所は無い「其れなら」とて孃は直に仁吉に送られて行つた。

出る門口かどぐちで出會つたのは陸軍少尉の服を着けた立派な青年である、孃は叫んだ「アラ兄さん、阿母おかあさんが何れほど心配して待つて居ませう、早く顏を見せて安心させてお上げなさい、委細の容子は阿母おかあさんがお話しなさるでせう、私も直ぐ後程は歸りますから」此青年は、母と孃とが呼び寄せた兄の眞太郎である「阿母おかあさんからの手紙の容子で、大抵は察して居るが、何しろ氣遣はしい」此言葉と共に妹は外、兄は内へと立分れた。

内へ入つた眞太郎は直に母の許に行き、母が涙ながらに語る顛末で、今日こんにち唯今、此森江家滅亡の時が來た事を知つた、知つたとて如何とも仕方が無い、唯此場合に一家の心配を一身に集めて居る父の心を慰めて見るのみである、斯う思つて母に分れ、父の室へ行つて見ると堅く戸が閉まつて居る、叩いても返辭が無い。

何うすれば好からうと、思案と共に戸の外に立つて居ると父の寢室の方で何やら物音が聞えた、さてはと思つて其所へ行つて見ると、父は今しも手に小さいはこの樣なものを持つて、自分の室を指し出て來る所で有つたが、眞太郎の顏を見るより、隱れる樣に又寢室に退かうとした、けれど眞太郎が爾はさせぬ、續いて其寢室へ入つて見ると父は今の小筥こばこを自分の外うはぎすその方へ隱して居る、其 小筥こばこが何であるかは、見慣れた眞太郎の目には明かである、短銃ぴすとるを二挺並べ入れたはこなのだ、眞太郎は母に聞いた事も有り、聲もせはしく「阿父おとうさん、貴方は此の短銃ぴすとるを何う成さるのです」殆ど叱る樣に問ふた。

巖窟王 : 八〇 一挺は私が用ひます

「此の短銃ぴすとるを何う成さるのです」と叱る樣に問ふ眞太郎の言葉に、父森江氏は返辭をせぬ、唯口の中で「エヽ、此樣な邪魔が入りはせぬかと氣遣ッた」と呟くのみである。

眞太郎は再び問ふた「阿父おとうさん、阿父おとうさん短銃ぴすとるで何を成さるのです」父は止むを得ぬと見たらしい、極めて眞面目な顏、極めて嚴重な言葉で「コレ眞太郎、其方は兼て家名の大切な事を知り、又人間には命を以て責任に替ねば成らぬ場合がある事を知つて居やう、篤と事の次第を説明して聞かせるから、父の居室ゐままで來い、併し女々しい心など起して呉れるな」自殺するから其譯を聞けと言はぬ許りである、聞いても女々しく留立するなと、言はぬ許りである、是ほどの危機が又と有らうか。

森江氏は眞太郎を從へて居間に入り、何にも言はずに、唯臺帳を開いて示した、眞太郎も、何も言はずに之を見た。

勿論何にも言ふに及ばぬ、計算表の上に此家の破産が分つて居る、今日こんにちの正午十二時に、拂はねば成らぬ額が五十萬圓、之に對して一切の有金が一萬五千二百五十七圓、之が破産で無くて何であるか、眞太郎は恨めしげに此表を見詰て居たが、やがて「阿父おとうさん、盡すだけの手は、殘らず盡したのですか」父「殘らず盡した」眞太郎「其れで、十二時迄に、入つて來る可き金は此外に無いのですか」父「無いのだ」眞太郎「金策の道は少しもありませんか」父「少しも無い」

う此上に問ふ可き所は無い、是だけの問、是だけの答へで、如何とも仕樣のない事が身に浸みるほど能く分ッた、眞太郎は重い息を洩らして「成るほど支拂を請求に來る時が破産の時です」父「其通りだ、破産の不面目を血を以て洗ふ外は無い、生きて居ては言譯が出來ぬのだ」眞太郎は合點の行つた樣な語調で「阿父おとうさん有難う御座います、此の短銃ぴすとるの一挺は私が用ひます」

到底父の死を止めるよしが無いのだから、自分も共に死なうと言ふのだ、父は短銃ぴすとるを取らうとする眞太郎の手を推退けて「其方には母と妹があるでは無いか、母と妹を誰が養つて行く」眞太郎は當惑氣に身を震はせて「では、私に、生殘ッて母と妹を養へと仰有おつしやるのですか」父「爾うだ爾う命ずるのだ、其方は世間の青年と違ひ、物に動ぜぬ氣質を以て、何の樣な場合にも靜かに能く考へる事が出來る、父は此上に何にも言はぬ、獨りで篤と考へて決定せよ、父と一緒に死ぬのが義理か、生き殘つて家族に對し又世間の人に對して殘務を盡すのが義理か」眞太郎はやゝ久しく默然として考へた、遂に頭を上げて「阿父おとうさん、私は生殘ります」

眞にけなげな決心である、死ぬのは此場合に誰にでも出來る、生殘らうと言ふのは大勇士のわざである、父「オヽ、其れでこそおれの息子だ、おれが死ねば世間の人の思惑も一變し、今まで嚴重に催促した人逹も、待つて遣らふと言ふ氣に成るから、其方は充分に力を盡して此森江の家を再興せよ」眞「再興します、再興します」言ひ切つたが又暫らくして「ですがお父さん、貴方がお死に成されずとも再興が出來はしませんか、茲は一旦、止むを得ず破産しても貴方と私とで力を合せば」森江氏「イヽヤ、其れは今も云ふ通りである。おれが生きて居ては、世間の債主が少しの慈悲をも加へぬから、何とする事も出來ぬ、生ては再興の見込は無いが、死すれば其の見込が出るのだ、死すれば人が許して呉れる」眞太郎「何うも致し方がありません」

相談は全く極つた、父は死し、息子は生存いきながらへるのだ、父はと落着いた聲で「此家の再興が出來る時には第一に此の富村銀行への債務を果して呉れ、多くの債主の中で、何故か知らぬけれど、おれに對して慈悲の心を現はしてくれたのは此銀行である」眞「心得ました」父「此銀行への今日の拂ひは正午十二時の約束だけれど、何しろ五十萬に近い事ゆえ、多分は其れよりも一時間前即ち十一時には其の書記が念を推しに來て、爾して十二時まで待つて居る事になるだらう、おれは最後の場合までは、活て居ねばならぬのだから、十一時の時計の音と、一緒に此世を去る積だ、此外にう云ふ事は無い、サア下へ行け」

話は悉く極まつたとて、何で子として、從容として立去る事が出來やう「オヽお父さん、お父さん」と叫び、父の身に抱附いた、父も我知らず抱〆て「オヽ眞太郎、是が別れだ」眞太郎「何とか工風はありますまいか」父は靜かに眞太郎を拂ひ退け「何度云ふても、工風が無ければこそ、茲に立到ッたのだ、其方は軍人であるのだから、人には死す可き時のある事を知つて居るだらう、サア下へ行け」實に軍人なればこそ、父の言葉が分るのだ「致し方が有りません、阿父おとうさん、更ば」父「眞太郎、更ば」告別の言葉と共に眞太郎は下に降つた。

巖窟王 : 八一 不思議

若し十一時の時鐘が鳴る前に、彼の富村銀行の書記が來る事もあらば、其の書記の來たと共に直に自殺せねば成らぬ、是れが森江氏の決心である。

爾れば氏は眞太郎の降りて行くと共に會計小暮を呼んだ、是は何時でも彼の書記が來れば直に知らせよと言附ける爲である。

小暮は來た、彼は三日前に、此家が愈々分散と言ひ渡されて以來、可哀相に夜の目も寢ずに心配して居るのだ、幾等心配したとて追付く事では無いけれど、天性の正直な心が寸刻も落着く事が出來ぬ、只つた三日間の間であるけれど、殆ど二十年も年取つたかと見え、たゞに其顏が變つたのみか、踏む足までも、杖にすがる可き必要が有るやうに見える。

彼は森江氏の差圖を聞いて「心得ました、彼の書記が店の入口を跨げば、直に其の瞬間にお知らせ申します」請合つて退いた、けれど彼は下へ降りぬ、直に次の間に控へ、茲から店の方をのぞいて居る、其心は何と無く主人の容子を氣遣はしく思ふから成るべく其の傍近くに居度いのだらう、全く彼は忠僕の標本とも云ふ可しだ。

彼が次の室へ退くと共に森江氏は室に掛つて居る時計を見た、十一時七分前で有る、幾等長くても自分の命はう七分時間しか無いのだ、死ぬと極つた時には自然と時の經つのも早い樣に感ずる。何だか時計の劍の動くのが目に見える樣だ。

先づ短銃ぴすとるを取つて檢査した、何處に一點の異常も無い、此時 う五分しか無い事に成つて居る、覺悟の上にも覺悟した身だけれど、猶ほ氣に掛る所はある、其れは妻と娘とである。急がしく筆取つて三行ばかりの短い告別状を二通認めた、一通は妻へ、一通は娘へである、其れでも未だ二分ほどある、更に又一通、是は息子眞太郎へ宛「委細の遺言は寢室の箪笥の中に在り」と唯一行を認めた、是れで唯一分間の命とは成つた。

一分間でヤット死なれるのだ、短銃ぴすとるを取り上げた、爾して其の筒先を口にくはへた、口から射込んで、上の方へ腦髓を打貫くのだ、是が一番未練の無い仕方である、う狙ひの狂ふ恐れは無いから、鷄頭ひきがねを引上げた、是が全く此世の分れ、若し目を開けたら何の樣な未練が出やうも知れぬと目は依然として閉ぢた儘である、嗚呼此樣な推し迫つた瞬間が、又と有らうか、時計の針は終に殆ど十一時の所に行つた、爾して愈々打ち初めやうとした間際である、下から急がしく上つて來る足音が聞えた、アヽ彼の書記が來たのを知らせる爲の足音である、此足音が此室へ入るより先に我が命は盡きるのだと全く、森江氏は鷄頭ひきがねを引かうとしたが、此時早し彼時遲しとは此事で有らう、忽ち「阿父おとうさん助かりました」と叫んで森江氏の手にしがみ附いた者がある、誰と問ふ迄も無く其の聲でも分つて居る、即ち娘の緑孃なのだ、孃は息迫切いきせききつて居る、聲は耳をつんざく樣に甲走らせて「阿父おとうさん、是を御覽下さい、是を御覽下さい、助かりました、此一家が助かりました」

短銃ぴすとるは早娘の手の中にある、其の鷄頭ひきがねも孃の手で靜かに、無事に、卸された、爾して孃は父なる前なる卓子てーぶるの上へ、殆ど投附ける樣に或る一物を置いた。

森江氏は其身が既に冥界あのよに入つたのか猶ほ此世に居るかと疑ふ状で、と靜かに目を開き、娘の投出した一物をジツと見た、一物とは赤い革の古い財布で何だか見覺えもある樣だ、財布の右と左の端に紙の束を結んである、右の方をあらためると、是ほど意外な、是ほど不思議なことがあらうか、先の日富村銀行の書記が持つて來た幾枚の手形、債劵、其額は併せて凡そ五十萬圓、悉く受取濟と記して式の通りに棒を引いて有る、爾して左の方は、札の樣な紙切に「緑孃の婚資」と記し晝もまぶしき樣な夜光珠だいやもんどが添えてある、其の大きさは胡桃くるみの實ほどある、金目にすれば幾十萬圓と云ふのであらう。

「是は全體何うしたのだ」と森江氏は驚き叫んだ、緑孃「アリー街十五番地の五階の二號室に在りました」町の名も家の番地も、爾して室の番號も、森江氏に耳に初めてゞは無い「何と云ふ、アリー街の十五番地」緑孃「ハイ五階の狹い室の中の煖爐すとーぶの棚の上に」森江氏は、忽ち思ひ出した、昔其室には誰が住んで居た、此財布は其の煖爐すとーぶの棚の上に、其頃、何う云ふ譯で誰が置いた、其財布が其室から、而も我身に對する五十萬の受取と、娘に對する大なる婚資とを以て現はれて來るとは、是が夢で無くば竒蹟みらくるである。

若しも嬉しさの爲に人が死ぬるものならば此時森江氏は頓死する所だらう。全く魂の拔取られた人の樣に、開いた口が塞がらぬ[、]口の中で「不思議だ — 不思議だ」と呟くのみで有ッた。

併し不思議は是れに止まらぬ、是よりも更に大なる、殆ど驚天動地とも云ふ可き不思議が、別に此一家へ推し寄せて居た。

巖窟王 : 八二 天の意

十五年も前に、人の不幸を憐んで其家の煖爐すとーぶの棚へ置いて來た革の財布が、今まで棚に在らう筈は勿論無い、其財布は、其金と共に、イヤ金と云へば四五十圓でも有ッたらうか、其時に其れ〴〵使ひ果した事が確に記憶にも殘つて居る、而も其財布が今まで同じ棚の上に在つた、今度は森江氏の身に取り、五十萬の正金にも同じく、一命にも同じく、又家名總體にも同じな受取りと外に娘への立派な婚資まで添ふて、嗚呼、此れが夢にだも有り得る事だらうか、陰徳には陽報ありとは云ふけれど、此身が財布を置いたのは陰徳と云ふ程でも無い、唯盡す可き當然の務めを盡したのだ、併し其報ひが、斯うまででかく、斯うまで大切の時に來やうとは、有難過るとも冥加に餘るとも殆ど云ひ樣が無い、よしんば天の助けとても、決して斯うまで厚かる可き筈は無い。

筈は無くても事實は事實、無いとする事は勿論出來ぬ、「シタが娘、和女そなたは何うしてアーリー街十五番地の五階へ行つた」娘は「先づ之を御覽下さい」と云ひ、彼の「船乘新八」と署名した手紙を出し、且つ先に彼の富村銀行の書記が、若し此名前の手紙が來たら、少しも疑はずに其差圖に從へと云つた事から、今日江馬吉に相談して、アリー街の入口まで送られて行つた事まで言葉短に説き明した。

「アヽ其れでは富村銀行の彼の書記が、決して尋常の書記ではない、初めからおれを助けて呉れる積りで仕て居たのだ、其れにしても彼は何者だらう、神の使ひよりも有難い」眞に森江氏は暫しがほど伏拜んだ。

更に此後の事であるが、森江氏から富村銀行へ問合せた所「當行には其樣な書記もなく、又近頃、彿國ふらんすの方へ人を出した事もなく、森江商會の手形を買入れた事もない、必ず誰かが當銀行の名を濫用したのだらう」と言ふ意味の返事が來た。

拜み終つて森江氏がかうべを上ぐるを待ち、娘は又言ふた、「其れでも私の歸る時に、何う言ふ譯か仁吉はアリー街の入口に待つて居ませんでした」と少し不足らしく言ふた、此所へ「イヤ、孃樣待つて居られぬ事柄が出來ました」と言ひつゝ轉がり込む樣に入つて來たのは江馬仁吉自身である、彼は呼吸いきも世話しく「私が待つて居る所へ常に波止場に居る子供が大變な事を知らせて來ましたから、私は港の方へ飛んで行きました」森江氏「大變な事とは」仁吉「旦那樣、巴丸が入港しました」森江氏は一言に「巴丸は沈んだではないか、其樣な事を笑談ぜうだんにも言ふ可き場合では無いッ」殆ど叱り飛ばす樣に言ふた、仁吉「イヽエ、私が見て來たのだから確です、何うか直に、御自身で海岸へ行つて御覽下さい」言ふ聲の終らぬうち、息子眞太郎も上つて來た「阿父おとうさん巴丸が沈沒した樣に仰有おつしやツたは何かの間違ひでした、海岸の船見番所が、巴丸の入港の信號を掲げました」會計小暮も遣つて來た、彼は「巴丸、巴丸」と連呼する外、何事をも言ひ得ぬ状である。

森江氏は自分の心が一種の幻想病に罹つたかと迄に疑つた、けれど財布の一條に比べて見れば沈んだ船が入港せぬとも限らぬ「兎も角も自分で行つて見るより外はない、三人まで同じ事を言ふからは、間違ひにしても何か理由わけが有るだらう」斯う言つて立上り一同と共に階段を下り掛けると森江氏の夫人も「實に不思議な事もあるではありませんか」と言ひつつ一行に加はツた。

一同で、間もなく波止場まで行つて見ると、茲には大勢の人が集つて、口々に巴丸の事を言つて居る、爾して此一行を見ると道を開いた。

如何にも船見番所には巴丸入港の信號が出て居る、其れのみでない、今しも棧橋へ寄らうとして居るのは、巴丸の通りの船で、其のへさきには巴丸の通りに「巴丸、馬港まるせーゆ森江商會持船」と塗込んである、爾して甲板には、巴丸の水夫を彼の奈良垣が指揮して居て、舵樓だろうの傍で森江氏に目禮して居るのは郷間船長である、のみならず、税關吏があらためた積荷も悉く高價な印度の物産で、出帆の時に森江氏が差圖した通り藍と藥種とが一番多いのだ、金目に積れば、「丁度相場に値の出て居る場合ゆゑ幕大な儲けである、嗚呼「巴丸」「巴丸」群集の中から「森江氏萬歳」の聲が起つた、爾して森江氏の傍へ來て握手を求むる者は引きも切らぬ。

* * * *

此混雜に紛れて、物影から現はれた一紳士が有る、森江一家の人々の喜びに狂する状を、と滿足げに瞥見して、何人の注意も引かずに、海岸の石段を降り、水際に立つて「ジャコボ、ジャコボ」と二聲ふたこゑ呼んだ、ジャコボとは既に記した名前である、呼ばれると一艘の小舟を漕いでジャコボは岸に寄つた、彼の紳士は輕く之に乘り、わづかに先の方に碇泊して居る一艘の遊船に漕着けて乘移つた、是れ此紳士、果して何者であるかは殊更云ふにも及ばぬ所である。

此紳士は猶も遊船の窓から海岸の景状ありさまのぞいて居たが、やがて慨然として窓を離れ「アヽ善人に善の報い、思ふ通り何事も旨く行つたのは全く善を助ける天の意に從ッて愈々惡を懲さねば成らぬ。アヽ惡を罰するのは善を賞するよりも六かしい、今日こんにち唯今限り、一切の人情を此身から絞り捨て、唯だ復讐の凝り固まりと爲らねば成らぬ。此決心を貫かねば男でない、今の事よりも一層手際能く仕果しおほせて、何れほど天罰の恐ろしいかと云ふ事を世の人々へ知らせて呉れねば成らぬ」と呟き終つて、更に熱心に神へ祈願を込めて居たが、是より二時間の後には、早 何處いづこへ向け出帆したか、此船は此港の附近にはもう見えなかつた。

巖窟王 : 八三 嗚呼無人島

一紳士が、森江一家の喜びを後に見て船に乘つた時から早八九年を經た、其間彼の紳士は何をして居る事やら音も沙汰もない、若し此人が其船の窓の下で神に祈願を籠めた通り、復讐の凝固りと爲ッたのなら定めし其後の月日を準備の爲めに送ッて居る事であらう、此人が森江家の善に非常の善を報いた樣に、惡人の惡に非常な報いを降り下らせる積りならば九年や十年も其の準備に掛るだらう、如何なる力を以てするとも準備なしに大なり仕事の出來るものではない。紳士の去つたのが千八百二十九年で有ッたが今は千八百卅八年である、若し準備が出來たとすれば、果して何の樣な準備だらう[、] 併し未だ何處へも現はれて來ぬ所を見ると未だ準備が終らぬのかも知れん。

此年の初めである、伊國いたりやの都羅馬府に、世界に名高い戒食節かあにばると云ふ祭がある、其 さかんな事は、まるで全都を發狂させる程の状で、凡そ何れの國へ行つたとて是れほど愉快な祭禮はない、おいも若きも貴きも賤しきも、異形な服裝をして假めんを被つて誰とも分らぬ樣にして市街を練廻り、口々に歡呼して、菓子や花などの投附け合をし、樂しみといふ樂しみは悉く演ぜられる、全く滿都まんとを快樂の舞臺にした樣なものだ。

其れだから羅馬の戒食節かあにばると云へば、各國から見物に行く、見物に行つて自分も假面めんを被つて祭の中の人と爲るのだ。

其れはて置き、彿國ふらんすから此年の祭を見やうとて故々わざ〳〵出張した人の中に二人の若紳士がある。何うせ樂しみの爲に故々わざ〳〵出張するのだから金錢には不自由のない人逹だ、其一人は男爵 毛脛けすね安雄と云ふのだ、是れは此物語りの初めの頃に、共和黨の祕密倶樂部で暗殺された樣に記した毛脛けすね男爵の一子である、毛脛將軍の殺された事に就ては彼の蛭峰檢事補の父野々内等が深く疑はれ追跡せられた事も讀者が記憶して居る所であらう。

今一人は子爵野西武之助と云ふのだ、是れも記憶の能い讀者には初めての名前ではない、野西子爵と云ふのは昔團友太郎とお露を爭ふた西國村すぺいんむらの次郎の事である、武之助は次郎とお露との仲に出來た一子むすこなのだ、是れは毛太郎次が暮内法師に話した物語りの中にも見えた、其子が今は廿歳を越して立派な青年に成つて居る。

殊に父が今、飛ぶ鳥を落す程の勢があるので、其子武之助まで交際場裡かうさいぢやうりの引張凧の樣に成つて居る、尤も武之助は氣質も容貌も骨格も總て父母の良い部分のみを享けて生れたのか、言ひ樣のない出來で、多少は學問も出來、取分けて武術や體操が能く出來る、凡そ巴里で娘を持てる母親として此武之助を娘の婿夫むこに慾しがらぬはない程である、此樣な身分も、交際場裡の歡迎も飽き、何うか知らぬ人ばかりの中へ行つて我身の値打を試し度いと思ふ心で伊國いたりやへ遣つて來たのだ、自分の容貌と才智と丈でも必ず到る處に大騷ぎをせられるだらうと、此樣に思ふのが青年の常である。

安雄の方は外務省へも出仕した事があつて曾て書記官見習として公使に就て此國へ來て居た事もある、今度も多少は公務を帶びて居る、其れが爲に、國は一緒に出たけれど、途中で武之助と分れて獨りフロレンスへ立寄つた、茲で用事を濟ませて羅馬で落合ふ約束に成つて居る、所が幸に其用事が、兼て期したよりも三日程早く濟んだ、其の三日を何の樣に暮さうかと色々思案したが、日頃銃獵を好む爲め、地中海の島で兎でもらうと思ひ立ち、レグホーンの港から船を雇ふて、先づ拿翁なぽれおんの爲に名高いコルシカ島へ行つた、これど茲には大した獲物もなかつた、詮方せんかたなしに、せめては拿翁なぽれおんの居た跡でも尋ねやうとしたけれど是も別に見物する程の物はない、何だか物足らぬ心地がするので、歸る船中で何處か外に通常の獵場はあるまいかと船頭に問ふた、船頭は少し職業が違ふから山で獵をする事は深くは知らぬ、二三人の水夫と相談した末「爾ですね、モンテ、クリスト島なら、誰も人が住まつて居ぬから、鳥や獸も未だ鐵砲の恐ろしい事を知らぬでせう」と極めて簡單な鑑定でクリスト島へ案内する事になつた、何しろ無人の島で獵をするとは、物の本にある魯敏遜ろびんそん克兒曹くるーさうの身の上にも似て居るから、歸國の後に話をして交際場裡かうさいぢやうりをヤンヤと云はせる事が出來るだらうと、當人も大に乘氣になつて舟を急がせた。

嗚呼、モンテ、クリストの無人島、十年以前に、茲に團友太郎が寶を探り、引續いてタスカニーの政府から全島を買入れた事は是も讀者の知つて居る所である、今は何の樣に成つて居やう、果して無人の儘だらうか、安雄は果して何の樣な獲物の話を交際場へ持出す人と爲るだらう。

巖窟王 : 八四 此島に大變な豪い人が

舟は日の暮に及んで、漸くモンテ、クリスト島の近くまで行つた、島へ着くのは夜に入り相である、此樣な小舟で、無人島へ着いて、何うして夜を明かす事が出來やう、安雄は聊か心細くも成つたので、船頭に問ふと、船頭は平氣なものである、「船の中が寒ければ、をかへ上つて岩の蔭へ寢れば好いでせう、岩で屏風の樣に、取圍んだ所もありますから、其れにナニ、食物は晝間貴方の射た鷗がありますから、岩の蔭で火を焚いて、旨く私が料理して上げますよ」と少しも屈託のない調子である。

四邊あたりが眞暗に成つてから島へ着いたが、船頭等は燈あかりなしにも四邊あたりを見る事が出來ると見え、屈曲の多い海岸に添ひ平氣に船を操つて居る、多分は屏風の樣な岩が有ると云つたその蔭の所まで漕いで行く積りだらう、暫く行くと島の一角から焚火の光が見えた、船頭は驚いた振で舟を留めた。

安雄「無人の島だと云つたのに誰か火を焚いて居るではないか」船頭「爾です、イヤ無人の島だけに、時々密輸入商や海賊などが立寄る事があるのです」海賊と聞いては餘り好い心地はせぬ、安雄「何だ、今の世に海賊と云ふ樣なものがあるのか」船頭「ありますとも、羅馬の附近には山賊さへ住んで居るではありませんか」成るほど羅馬の廓外くわくがいなる山のほらに、山賊の群が居て時々里へ降つて來て、追剥などを働くけれど、政府が之を取鎭め得ぬ事は、羅馬通と自稱する安雄が兼て知る所である、けれど今更 逡巡しりごみする事は彿國兒ふらんすじの顏としても出來ぬ所だから「フム海賊などゝ面白いものがゐるのだなア」と何氣なく言ひ捨てた。

船頭「兎も角も私が泳いで行き、何者か見屆けて來ますから靜かに待つてゐて下さい」斯う云つて早くも着物を脱ぎ、音もさせずに水に入つたのは流石に商賣である、其後で水夫の一人は安雄に向ひ「海賊など云ふものは餘ほど氣前の好いものですよ、物を積んだ船をこそ襲ふけれど、此樣な小な舟を舟だとも思ひはしません、若し貴方が、此島へ獵の爲に來たのだが腹が空たから[注:空たならの誤り?]、之をあぶつて呉れと云つて晝間の鷗でも差出せば喜んで反對あべこべに馳走します」斯う聞くと安心が出て、是も話の種だから、海賊の饗應をも受けて見やうかとの心が浮んで來た、安雄「併し果して海賊だか何だか!」水夫「其れは分りません、實は此島に大變なえらい人が一人、住んで居るのですよ、彼處あそこに火を焚いて居るのが其人の兒分こぶんかも知れません」安雄「えらい人とは」水夫「贅澤な遊山船に乘つて此の地中海を果から果まで乘廻して居るのです、時に依ると印度へ迄も行き又英國などへも行くと云ふ噂ですが、何しろ何れ程の金を持つて居るのか分りません、確に知つた人はありませんけれど、千萬圓とか金を出して有名な富村銀行を自分の物にして居るなどと云ふ人もあります」安雄は皆まで信じはせぬけれど「其れが海賊の親方か」水夫「ナニ海賊ではありません、船乘新八と自分では名乘る相ですが、多分は何處か外國の大金持でせう、此の地中海を航海する者は何うかすると其人や其の遊船などを見受けますが、人を助けるのが好きだと見え海賊でも陸の賊でも隨分其人の恩を受けたのがると云ひます」

益々珍しい話である[、]安雄「其樣な人が此島に、別莊でも立てゝ居るのか」水夫「イヽエ巖窟いはやの中へ王樣の住む所よりも立派な宮殿を造り、人間にはない樣な寶物を集めて住んで居るのです、誰も我々の仲間に、其處まで見た者はありませんけれど、ゼノア邊の船長が、何うかして其 巖窟いはやへ案内せられ、夜徹よどほし馳走を受けて返されたと云ふ事です、其船長から直々に話を聞いた人は幾等も有りますよ」安雄「此船の船頭は、其樣な事を知らぬと見えるな、知つて居れば此島を無人島などと云ふ筈はない」水夫「イヤ知つて居ますよ、知つては居ますけれど、其の人が此島に居る時は、餘りないのです、大抵は何處かへ出て居るのですから、矢張ち無人の島も同じ事です」安雄「其樣な立派な宮殿を後に殘して、留守勝にして居ては、後で他人に荒されるだらう」水夫「所が不思議です、誰が幾等詮索したつて其巖窟の入口が分らぬのです、私共も時々茲へ上陸して搜しますが茲だらうかと思ふ樣な所は二三箇所ありますけれど、巖又巖で塞がつて居て、蟻の通る隙間もないのです、噂では其船乘新八が何か呪文をとなへると忽ち巖が自然に開き宮殿の入口を現はすのだなどゝ云ひますが」安雄は笑つて「イヤ其れは大變だ、まる亞拉比亞物語あらびやんないとに在る昔話だ」

話も益々興に入る所へ船頭は泳ぎ返つた、爾して先づ水夫に向ひ「今夜は遊船の主人が還つて居るのだよ、火は其の手下どもが焚いて居るのだ」斯う云つて更に安雄に向ひ「旦那、貴方は運の好い方ですよ、彼所あすこに火を焚いてゐる者等の主人が貴方に晩餐の馳走をしたと云ふのです」船頭「私が、問はれたから云ふたのです、何でも彿國ふらんすから戒食節かあにばるを見に、故々わざ〳〵來たお客らしいと」安雄は何となく胸が躍つた。

巖窟王 : 八五 昔話の境遇

巖窟の中に其樣な立派な居所を造つて住んで居るとは何の樣な人だらう、今聞いた水夫の話をしや十分の一にしても、よほど異樣な人物に違ひない、而も此身が其人の饗應を受るとは、全く昔話の境遇に入る樣な竒談である、安雄は一も二もなく承知して「其れは何より有難い」と答へた。

船頭「ですが一つ斷つて置かねば成らぬ事があります、巖窟の中へ入るには手巾はんかちで目隱しをして行かねばけません、是れは其主人が他人に巖窟の入口の祕密を知られては成らぬと云ふ用心でせう」目を蔽ふて宮殿の樣な所へ連れ行かれるとは、益々昔話である「實に面白い、フム餘ほど異樣な人物と見えるなア、併し危險な事は有るまいか」船頭は半ば笑ッて「何で危險な事が有りませう、貴方は未だ其人の事を聞いた事が無いと見えますね」安雄「イヤ今水夫から細々こま〴〵と聞いて驚いて居る所なんだ」船頭「何しろ先は數の知れぬ程の金持ちで、人を助けたり救つたり其樣な事ばかりしてゐるのですもの、貴方の身に危險な事などは毛ほども有るまいと思ひますよ」安雄「けれど其實は海賊か密輸入者の頭領だらう」船頭「誰が其樣な事を云ひました、海賊が何うして此人の樣な贅澤な眞似が出來ます、能くは何者だか知りませんけれど、何でも何處かの貴族か大金持ちですよ、其れが贅澤を仕飽きて此島の巖窟へ普請したのでせう」と、熱心に辯護する程に云ふは、其人が斯る者にまで多少の人望を得て居る事が分る、船頭は猶ほ語を繼いで「今 彼處あすこに火を焚いてゐる五六人の中に二人は何處かの山賊だと云ふ事です、政府に追はれて逃げ場の無いのを、此人が自分の遊船で救ひ取つたので、明日は何處とかの港へ無事に連れて行つて上陸させて遣る相です、餘ほどの慈悲深い人ですよ」安雄は思案しながら聞いてゐたが「目を隱されても好いから、其れでは馳走に成るとしやう」確に山ほどの話の種が一夜の中に得られ相である。

船は間も無く、島の近くへ着いた、見れば水夫らしい者が六人、焚火で山羊の子を丸焙にしてゐる、其中の何れが山賊だかは分らぬが、いづれも色の黒い骨組の逞しい者共である、やがて陸に上ると安雄は約束を守り「サア是れでおれの目を縛つて呉れ」と云ひ手巾はんかちを出した、船頭は直に安雄の目を隱した、其れと共に誰だか安雄の手を取ッた、多分は是れが案内者であらう。

手を引かれて凡そ五分間ほど歩んだが、無論焚火の傍も通ッた事は、空腹へ旨ま相にこたへる丸焙の匂ひでも分つてゐる、夫れから矢張り海岸を離れずに進んだ事も、風の容子や水の音で分る、但し自分の足を踏む所は、多くは草の上で、時々には平な敷石かと思はれる所も有る、進み進んで、少し水際から横へ曲つたかと思ふ時、行く手から「誰だ」と伊國いたりや語で鋭く問ふ聲が聞えた、是れは巖窟いはやの入口を守る番人に違ひ無い、手を引いてゐる男は、東邦の國語らしい響きの聲で、何やら答へて其まゝ進んだが、是からが愈々 巖窟いはやだ、道は段々と下りになり、爾して空氣も違ふ樣だ。

行くうちに、空氣が又違つた、今度は香水でしめしたかと思はれる、微妙な匂が浮んで居て、自然と心持ちも引立つ樣に思はれる、多分は仙人の郷に入るのが此樣な心持ちだらう、爾して踏む足の下も最早草ではない、音もせぬが足に感應こたへもない樣な深い絨段じうたんである、早座敷の中へ入れられたのだ。

斯く思ふと同時に、案内者が手を放した、間もなく自分の面前に、人の氣配があッて「イヤ好くお出で下さッた、サア何うか目隱しをお取り下さい」と云ふ聲がした、是れは聊か外國の訛を帶びて居るけれど立派な彿國ふらんす言葉である。

聲に應じて目隱しを取外して見ると其身は異樣な一紳士の前に立つて居る、年の頃三十八九、或は四十でもあらうか、身には東方の貴族が用ふる樣な金の綾で織出した長被ながぎを着け、頭には房の着いた土耳古とるこの赤い帽を戴いて居る、成るほど何處かの國王とも見える、其顏は何となく蒼白くて、まなこの異樣に光る所は、聊か物凄い樣にも感ぜらるゝけれど、先づ總體に於て、餘ほどの美男子である、貴族らしく見える所もある、何にしても凡の人物ではない、其の光るまなことても唯だ凄いのみではなく、愛も憎みもあつて、怒る時には猛獸をも戰慄をのゝかせ、喜ぶ時には小兒をもなつけると云ふたちである、爾して何だか人の心の奧底をまで讀んで取るかと思はれる、身體は寧ろ痩せた方だ、世に云ふ中背の少し高い者で、極めて恰好よく出來て居る。

併し安雄の最も驚いたのは、室内の華美贅澤な状である、國王の樣に住んで居ると聞いたが國王とて斯まで立派な室は持たぬ、安雄は外交官の端にも連らなり隨分奢りを以て有名な朝廷の樣をも見たけれど此室にのみは魂をまで奪はるゝかと自ら疑ふ程に感じた、室中眞珠や寳石で、星のきらめく樣に成つて居る。

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