読書ざんまいよせい(083)

巖窟王(上 その2)
アレクサンドル・デュマ著
黒岩涙香譯

巖窟王 : 六二 暮内法師

小箱の中を一目見て毛太郎次は「アツ」と叫んだ、彼は仕立職人で有ツたゞけに、服裝や飾物の事は幾等か知つて居る、夜光珠だいやもんど良否よしあしや値打なども多少は分る、眞に稀世の品質である、晝もまばゆい許りに燦爛さんらんとして光ツて居る「エ、法師さん之を友太郎の友逹へ分けるのですか、其友逹とは誰々です、幾人です、友太郎には私の外に爾多くの友逹が有ツたとは思はれませんが」

此熱心な状を見て法師は早目的に逹する事と見て取つたらしい、先づ大事相に箱の蓋を閉ぢて懷中に納め「友太郎の名指したのは五人だが — 」五人とすれば平等に分けても一人前、一萬 ふらんには成るとの計算が早や毛太郎次の胸には浮んだ、毛「エ、五人、爾して平等に分るのですか」法師「平等では有るが、最早死んだ人もあらうし、又同じ友逹の樣に見えても其實、友太郎から遺身かたみを受ける程の實意の無かつた人も有らうし、兎も角も五人の中で實意の有つた者だけへ分て呉れと云ふのである」毛「ア其五人の名を聞かせて下さい」法「一人は一緒に船に乘つて居た男で段倉と云ふのだ」

「エ、エ、段倉を、友太郎は親切な友人だと思つて居たのですか」法師は聞かぬ振で「一人は — 私は其名を忘れたよ、後で手帳で見れば分るが、何とか云ふ若い女性で、友太郎と婚禮する許りと爲つて居た相だが」毛「其れは西國村すぺいんむらのお露です」法「爾々、お露、お露、其れから今一人はお露の從兄の次郎と云つた、其れにお前と、是より外に友太郎には友逹と云ふ者は無かつた相だ」

毛太郎次は前額に脂汗を浮め「アヽ、友太郎は段倉や次郎の樣な者を友逹と思ツて居たのですか」法「思ツて居たから私に頼んだ譯である」毛「では矢張段倉や次郎にも分るのですね」法「其れは無論の事」毛「でも若し、友太郎が友逹と思つても其實友逹では無くて友太郎へあだをした樣な事でも有れば何うします、譬へば眞に友逹の心を持つて居た者は其中に唯一人しか無いと分れば」

法「其時には、其一人へ此 夜光珠だいやもんどを與へる外は無い」毛「全くですか」法「何で私は法師の身で嘘などを云ふものか」

益々毛太郎次が前額の汗は多くなつた、彼は煩悶に堪へぬ樣である、やがて指を折りつゝ「お露と、次郎と、段倉と、此の毛太郎次と、オヤ其れでは四人ですが、法師さん、最一人は誰ですか」法「今一人は亡なられた、私は昨日 馬港まるせーゆで其事を聞定めたが友太郎の父の友藏と云ふ者だ、最う一四年前に死んだ相だ」毛「其死んだ時の樣とても次郎や段倉は知りません」法「お前は知つて居るかエ」毛「知つて居るのは私一人でせう、病氣で死んだのでは有りませんよ」今度は法師が驚いた「エ、エ、病氣でなくて」

毛「餓死んだのです」

「何餓死んだ、犬猫でさへ食ふ物は有るのに、人間の中に居て人間が餓死ぬるとは」と、法師は叫ぶ樣に云ひ、涙を浮かべた、毛「爾です、私も氣の毒に思ひ、時々は見舞に行きましたけれど、へやの戸を閉ぢて誰をも入れませんでした、けれど私は戸の穴から中をのぞいて能く知つて居ます」法「では誰も介抱する人無しに」毛「ハイ、友太郎の父を介抱すれば其筋から何の樣な疑ひを受けるかも知れなかつたのです、けれど死際には介抱した人が二人あります、其れは友太郎の雇主で有つた森江氏とお露とです、森江氏は死んだ跡の葬式まで營んで遣られました」

法師は聞終つて暫しがほどかうべを埀れた、全く不憫の思ひに何事も心に移らぬ樣である、けれど毛太郎次の方は死んだ人より夜光珠だいやもんどの方が氣に掛つて居る「法師さん、斯う申しては失禮ですが、此父が死んだからには此世に友太郎の友逹と云ふ者は私より外にありませんよ」法師は漸くおもてたいらげてかうべを上げた「では段倉や次郎は最う死んだのか」

毛「死にはしませんけれども」法「死にはせぬとけれど何うした」毛「死にはせぬけれど、友太郎の友逹では無いのです」法「何で」

「何で」と問はれて彼は身をもがくより外は得せぬ、「其れを云はねば其 夜光珠だいやもんどを賣つた金を彼等にも分けるのですネ、云ひませう、云ひませう」漸く決心したらしく見える折しも、二階の方から「お前、素性も分らぬ人樣に、考への無い事をお云ひで無いよ」と制する聲が聞えた、引續いて階段はしごだんを降りて來るは、永く血の道にでも惱んで居るらしく見える顏色も青褪めた卅四五の女である、多分は毛太郎次の妻だらう、元は可也の美人で有つたと猶だ見受けられる所も有る、毛「ナニ考への無い事を云ふのでは無い、アお前も來て法師さんに夜光珠だいやもんどを見せて貰へ、何うか法師さん、今のを妻にも拜ませて遣つて下さい」法師は點頭うなづいて再び彼の夜光珠だいやもんどを取出し、身を引摺つて降りて來た妻の目先に光らせたが、之は女だけに夫よりも亦 一ひとしほ、玉の事には詳しい「オヤ本物だよ」とて、殆ど眼玉の出て來るかと思はれるほど慾し相に眺め、法師が再び元へ納めるが否や亭主に向ひ「お前、云ふならば云ふも好いけれど、先づ法師さんのお名を聞いてからにお仕よ」流石に女の、用心深く、餘ほど法師を疑つて居たのが、珠の光の爲め柔いだのである、法師は輕く笑んで「オヽ私は伊國いたりやの暮内法師だよ」暮内法師と云ふ名を聞いた事が有るか無いかは知らぬけれど、毛太郎次は妻に向ひ「其れ見なよ、名高い和尚さんぢや無いか」妻「でも相手はお前、二人ともお前の樣な活智者いくぢなしとは違ひ、今飛ぶ鳥を落とす勢に成つて居るから、お前の口から古い惡事でも洩れたと知れば、何の樣なあだをするかも知れぬ」此 ことばで見れば、次郎、段倉、二人とも今は餘ほどの勢力ある身と爲つて居ると見える、毛「だつて、おれが無だまつて居たとて、襃美に此樣な夜光珠だいやもんどを呉れると云ふでは無し、構ふものか、おれは云ふよ」妻「云ふならお前の勝手にお言ひ、後で睨まれる樣な事が有つても私は知らぬから」とうまく責任を夫に歸し、爾して逹て止めもせず、萬一のわざはひには自分は逃れ、夜光珠だいやもんどには自分も有附く樣 たくみに繩張をして元の二階へ上つて行つた。

巖窟王 : 六三 赤い皮の財布

愈々毛太郎次が、法師の望みに應じて昔の事を話すことに成つた、斯うなると法師は果して何の樣な事を聞くだらうと痛く心が鼓動する状である。

段倉の事も此毛太郎次の口で分るだらう、彼は今何うして居る、次郎は其後何うなつた、行方知れずと云ふお露の事も或は幾分か分るかも知れぬ、友太郎の憎い人、戀しい人、誰が友太郎の敵にして誰が友太郎の友である、今此毛太郎次より聞かずして誰に聞くことが出來る。

法師は心の激動を隱す爲めだらう、戸口の馬を見廻るに假托かこつけて暫し座を立つた、毛太郎次の方も人の身の祕密を口外するのだから餘ほど大事を取らねば成らぬと思ふと見え、先づ窓から首だけ出して往來の左右を眺めた、けれど全く「人ツ兒一人通らぬ」は先刻彼の獨り呟いた通りである、爾うして次に、彼れは自分と法師の爲に二個の座を設けた、此所へ、馬に飼秣かひばなど與へ終ツて歸り入ツた法師は、漸く心を取鎭め得たと見え顏色もたひらであるが猶ほ何かの用心にて二個の座の中、最も自分の顏が多く蔭に成る樣に向いて居る方を選んで座した。

毛太郎次も座に着いて「ですが法師さん其前に友太郎の牢死した景状ありさまを私へ聞かせて下さい、彼は誰かを甚く恨んでは居ませんでしたか」法師は少し考へて「イヤ別に恨む樣子も見えなんだが、唯だ其身が何故に牢へ入れられたか其れが少しも合點が行かぬと怪しんで居た、自分は何の罪をも犯さぬに何故此樣な目に逢ふだらうと幾度いくたびも問ふ樣に云ふたが、死際には、アヽ死んで天へ登れば何も彼も分るだらう、何の爲に何うして此樣な目に逢つたのか其れの分るのがせめてもの樂しみだと、此樣に諦めた容子であつた」毛太郎次は恐ろしげに殆ど身を震はし[、] 毛「では今時分は何も彼も分つて居るのでせう、最う隱したとて無益ですねえ」法「爾とも、彼の在天の靈が其の隱した事を察すればお前の冥利も惡いと云ふものの」毛「イヽエ、此世に於て此事を知る者は唯私一人です、彼が自分で知る事の出來なんだのは當り前です」法「オヽ其れでは何うか第一に彼が捕縛せられた仔細から話して呉れ」

毛太郎次は言葉に力を込め「云ふ上は、有つた事を有つた儘にならべます、友太郎の捕はれたのは二人に嫉まれたが元なんです」法「二人とは」毛「お露を友太郎に取られたのを妬む次郎と、友太郎が船長に成るのを羨む段倉とが、手紙を以て密告したのです、其手紙は馬港まるせーゆから西班村すぺいんむらへ行く道に在る酒店さかみせで書いたのです」法師は、思はず叫ばふとして「アヽ我師梁谷、我師梁谷、御身の明察には」毛「オヤ貴方は何うか成さいましたか」法「イヤ友太郎の友人と認めた奴が、却つて其樣な事をしたとは、餘り驚いたからさ」

毛「眞に二人の不實には驚きますよ、初め其事を言ひ出したのは段倉です、彼は次郎がお露を取られた絶望に自殺するなど云つて居るのをおだて、ナニ友太郎を密告すれば好いのだと言ひ、自分で密告状の文を作り、自分の左の手で、人に看破られぬ樣に書認め郵便箱へ入れさへせば好い樣にして、爾して實は笑談ぜうだんだと云ひ、其れを次郎が拾つて郵便に出したのです」全く梁谷法師の推量した通りである、法「お前は其樣な事を誰から聞いた」毛「自分の目で見たのです」

法「見たけれど其れを止めやうとはなんだのだナ」毛「ハイ段倉が無理に酒をすゝめ私を泥醉に仕て置いて此樣な事をしたのです、其の時には私は見ましたけれど能くは合點が行かず、醒めて後に思ひ出し、爾うして其翌日婚禮の席へ捕吏とりてが踏み込んだとき、初めて何も彼も合點が行きました」法「合點が行つたけれど、別に其筋へ向つて無實の密告だと言つて出もせなんだのか」毛「イヽエ私は餘り友太郎が可哀相だと思ひ直に其席で段倉を責め、其筋へ訴へると云ひました、けれど段倉が今其樣な事をして若し友太郎と共謀と疑はれたら何うする、密告は笑談ぜうだんから出たにしても友太郎は國事犯者の密書を取次などしたことは事實だから、共謀と見做され何の樣な目に逢ふかも知れぬと云はれ、自分の身が大事だから、其れも爾かと、其まゝ私は默つて了ひました、イヽエ法師さん、是ばかりは私の活智いくぢが無かつたのです、其後も友太郎の事を思ひ出す度に、誠に默つて居たのが濟まなんだと、後悔に堪へませんでした、だから貴が茲へ來て初めて友太郎の名を云つた時にも、直に其の心が起り、實は胸を刺される樣な氣がしました、全くです、是ばかりは友太郎が天に居て私の心の底を見拔いても構ひません、少しも違ひ無いのですから」全く實情を吐いて居るには相違無い、法「では、友太郎への實意は有つたけれど、其實意を實行する勇氣が無かつたのだ、成るほどお前だけは未だ友太郎の友人の中である」毛「友人ですとも、私の外に是だけ實意の有つた者が何處に在ります」

何處にとなじる程の實意では無いけれど先恕するに足るのだ、毛太郎次は猶も語をぎ[、]毛「其れには友太郎の父が死んだ時でも、葬式の費用は先刻申しました通り森江氏が出しましたけれど、實際手を下して葬つたのは、同じ家の四階五階に住んで居た人逹の相談で私が引受けたのです、棺の世話から穴の差圖、一切外廻りの事まで皆、一人でして了ひました、其證據には今まで、森江氏が葬式の費用を辯ぜようとして其 へや煖爐すとーぶの上へ置いて行つた財布を私が持つて居ます、赤い皮の財布ですが一切の仕拂をして、其財布だけが殘りましたのを、是は遺身かたみとしてお前が持つが好からうとお露までも云ひました、其事は今でも覺えて居る人が有りませうから、證人を立てる事も出來るのです」法師は聊か毛太郎次を見揚げたのか「成るほど其れでは實意が有つたのだ、友太郎が若し生前に之だけの事を知れば、お前の勇氣の足りなんだのを責るよりも、此親切を有難く思ふだらう、併し聞き度い事は、猶だ此上に澤山ある」

巖窟王 : 六四 不正直のお蔭

法師が次に問ふたのは森江氏の事であつた「其の森江氏はよほど親切にせられたと見えるな」毛太郎次「ハイ其れは其れは森江氏が友太郎の身の上を心配せられた事は話にも優ります、彼が捕はれるとすぐに其筋へも色々運動されました、何しろ其時は國王の政府で有つて、少しでも拿翁なぽれおん黨の爲に骨を折る人は皆其の筋から睨まれましたけれど、森江氏は危險も忘れて奔走したのです、其れから拿翁なぽれおんの復位と爲るが否や、今度こそはと幾度いくたびと無く蛭峰檢事補の所へ押掛て行き、友太郎放免の願書を出しました、多分は願書の數が廿通にも及んだでせう」

法師「其願書は總て蛭峰の手を經て出したのか」毛「爾です、何でも蛭峰が、自分で特別に奧書を附けて遣ると云つた相です」之だけで蛭峰が其願書を握り潰した事が分る、法師は「エヽ惡人奴」と叱る言葉を漸く發せずにこらへ得た状である。

「其れでも功能が無かつたものですから、自分で巴里へ出て直訴するとまで云つて居られましたが、丁度其頃から森江家の不幸が初まりました」法師は驚き[、] 法「エ、エ、森江家の不幸とは」毛「持船が二艘まで一夜の暴風雨あらしに沈沒したのです、何でも森江家の損害は非常だらうと云ふ噂で、手形なども甚く取附けられ森江氏は血眼ちまなこに成つて騷いで居ました、其うちに世は又も國王の時代と爲つた爲直訴も無益と云ふ事に成つたのです」法「其樣な間でも猶も森江氏は、友太郎の父の世話をもせられたのか」毛「爾です友藏老人の所へは三十遍ほども尋ねて來られたでせう、けれど老人が、自分の餓て居る状を見られるのが辛い爲でせう、戸を閉ぢて一頃は森江氏をさへ、お露をさへ、中へ入れぬ程にしてゐました、丁度老人が死んだ頃などは森江氏の取引先に破産が有つて其れが爲に非常な損害を受け、人の事には振向いてゐられぬ程の場合でしたのに、其れでも友藏老人の事を忘れませんでした」

法師は情に迫つて聞き兼た状である「アヽ世には其樣な親切の方も有るのか」と云ひ立上つて暫し床の上を徘徊した、爾して漸く心を取鎭めて元の座へかへり[、] 法「シテ今は森江氏は何うしてゐる」毛「今でも矢張り先祖代々の銀行と船主の業を續けてはゐますけれど、其後も商業上の不幸ばかり續き、作る船も作る船も、皆沈んだり、暗礁に乘上げたりして、其上に取引先の躓きの爲に損害を受たのも幾度と云ふ數か分りません、唯先づ舊家と云ふ信用で、表面うはべだけは支へてゐますけれど、今では持船も一番古い巴丸と云ふのが一艘殘つて居るのみで、是も先頃印度へ航海し最うとつくに歸る頃ですけれど未だ歸らず、或は何處かで沈んだのでは無いかと世間の人まで氣遣ふてゐる相です[、] 此船が歸りさへすれば、積荷の藍が今非常にが出てゐますゆゑ、多分に儲けも有り銀行の信用も囘復しませうが、若し沈んだとでも分ツたなら、無論破産するだらうと、數日前に馬港まるせーゆから來た人も話してゐました、何でも法師さん正直な人間は決して此世の繁昌は得られません、森江氏でも私でも、同じ事です」と飛んだ比較を附けて云つた。

法師は較べ方の不都合には氣も附かぬ「森江氏には大勢の家族が有るのか」毛「ハイ妻も有り子も有ります、長男は一昨年から士官學校を卒業し、何處かの兵營附きに成つてゐなせう、次は女で、之れは近頃何とか云ふ青年と結婚の約束が出來たと聞きますけれど森江氏が破産すれば自然に縁談も破れませう」法師は深く嘆息して「森江氏が破産に瀕する迄に立到るとは、人間の運命ほど分らぬものは無い」

毛太郎次は前の意見を繰返して「何うしても不正直な者で無ければ榮えませんよ」法師「其樣な事は無い、善には善、惡には惡の酬いが何時か來ずには止まぬ」毛太郎次「では私にも善の酬いの來る時が有りませうか」此男に善の報いとは聊か覺束無い樣である、法「友太郎がお前に遺品かたみを寄越すと云ふのも矢張り報いでは無いか」毛「其れは成るほど善の報いでは有りますけれど、到底私の樣な正直一方の人間は、段倉などの樣に、どえらい榮には有附きません」法「オヽ段倉は其樣に榮えて居るのか、段倉や次郎の事は、何しろ友太郎に頼まれて來たのだから森江氏の事よりも一層詳しく聞いて見ねば成らぬ」

是れで問題は段倉の事に移つた、毛「榮えて居るにも、彼れは今では貴族ですよ」

法「エ、段倉が貴族」毛「ハイ大金の出來た爲に、國家に功勞が有つたとか云ひ男爵を授かつたのです、今では段倉男爵と云ひ巴里の銀行社會で飛ぶ鳥をも落す程です」法「何うして彼が、イヤ詰らぬ船乘で有つたと云ふ段倉が、其樣な金持に」毛「彼は拿翁なぽれおんが歸ると間もなく森江氏に乞ひ、添書を貰つて西班すぺいんに或銀行へ住込み、少しの間に支配人にまで取立てられました、其れから此國と西班すぺいんと戰爭の起つた時、兵糧方を請負ふて、餘程の金を儲けたと云ひますが、其れを資本もとでに相場へ手を出し、多くの人の失敗する中で、彼は資本を五倍にも十倍にも殖やして、遂には銀行家の娘を妻に貰ひましたが、好い時には好いもので、其妻が餘ほどの財産を遺して死にました、爾して今では、是も貴族で金滿の後家さんを後妻に迎へて居るのですが、此後家さんが朝廷に餘程勢力を持つて居た内大臣の娘だ相です、其勢力で到頭彼は貴族の仲間入が出來たのです、金と云つては何百萬圓あるか知れず、うまやには何萬圓と云ふ名馬が十頭も居るのでせう」法師は開いた口が塞がらぬ許りである「成るほど其れはえらいものだ、したが彼の、次郎の方は」毛「是れも同じほど出世して居ますから、それで不正直な奴には叶はぬと云ふのです、何うでせう友太郎を密告した奴が、云はゞ憎む可き罪人ですが、其の罪人が二人とも出世して、獨り正直を守つた此毛太郎次だけが、其日にも困つて居ます」法「其れにしても次郎と云ふのは、漁師の息子で教育も何も無い男だと聞いて居るのに、何うして爾う出世が出來たゞらう」毛「法師さん、矢つ張り不正直のお蔭ですよ」しきりに不正直を羨んで居る。

巖窟王 : 六五 野西子爵

何うして次郎の樣な者が爾う出世する事が出來たゞらう、暮内法師と名乘る此人は殆ど開いた口が塞がらぬ程である。

其れと見て取つた毛太郎次は「誰だつて彼の出世は合點が行きませんわ、よほどの祕密が有るに違ひ無いのです、表面では分らぬけれど、何でもよほど不正直な事をしたのです、唯其の不正直が少しも分らぬのが妙ですよ」法師「ア其の誰にも分つて居る表面の履歴だけでも聞きたいものだ」

毛「其れは斯うですよ、拿翁なぽれおんが歸つた時、彼は兵隊に取られましてリグニーの戰場へ出張しました、其處で彼は或將官の護衞兵と成つて居ましたが、其將官が敵に内通して英國へ出奔したのです、出奔の時に、彼へ同行を勸めました、多分は彼が其將官の祕密を嗅ぎ知つたから、將官も同行を勸めねば成らぬ事になつたのでせう、彼は一も二も無く同行を承諾したと見え、一緒に敵國へ落ましたが、若も拿翁なぽれおんの朝廷が續いて居れば彼は無論軍法會議で死刑に處せられる所ですが、運の好い奴は違つたもので、間も無くて拿翁なぽれおんは亡び、又も元の國王が位にかへる事と爲りましたので彼は其將官と共に却つて賞與を得、英國から歸つた時は、早や唯の兵卒が少尉に爲つて居ました、爾して此國へ歸ると同時に特別に中尉に昇されました、勿論彼を引連れた其將官が朝廷のお覺えも目出度く、陸軍の長官になりましたから勝手に彼を引上げたのでせう、それから西國すぺいんと戰爭の始まつた時、彼は又一段出世して左官相當と爲り戰場へ向ひましたが、西國すぺいんは彼の生れ故郷でせう、其れだから彼は地理や風俗にも詳しく、味方を率て誰れも知らぬ間道から拔けけしたり、それはそれは人の驚くほどの手柄を立て、其戰爭中に、特別特別で何度昇進したか知れません、それに彼は其戰爭で丁度兵糧請負の段倉と一緒に成つたものですから、段倉へ樣々の便利を與へ、敵の不正な商人を連れて來て段倉と結託させたり、或は陸軍省の通手つてを開いたりして、段倉からよほどの配當を得たのでせう、爾して戰爭が終つて巴里へ歸つた時には可也な金持ちと爲つて、陸軍の大佐と爲り戰爭中第一の有功者として子爵に取立てられました、何しろ陸軍で彼ほど出世の早い男は無いと云ふ事です、今では次郎と云つたとて誰も知る者は無く、野西子爵と云はねば分りません」

法師は呆れた樣で「オヽ、野西子爵、えらい者だなあ、爾して陸軍大佐か」毛太郎次「イヽエ、今では大佐よりも上で居ます」法師「何うして」毛「陸軍の少將です、今から十年の中には中將か大將にまで成るのでせう、アお聞き成さいよ、西國すぺいんの戰爭後は御存じの通り引續き泰平で、軍人の出世する場合が無いのでせう、所が希臘が土耳古とるこに向ツて獨立の戰爭を開きました、いづれの國も希臘が勝てば好いと祈る樣な譯で、此國とても、公然とは希臘を助けは仕ませんけれど、軍人が自分の一量見で希臘へ行く事を大目に見たのです、其れだから野心のある軍人は我も~と希臘へ行きましたが無論野西子爵の次郎も行つたのです、行くと何しろ西國すぺいん戰爭で戰功第一に立てられたと云ふ武名がある者ですからすぐにヤミナ州の州王の參謀長に成り、休戰の時なども州王に代つて土耳古とるこへ使に遣られると云ふ程に信用せられたのです、其れから遂に州王はヤミナ城の戰ひで敗れ、討死する迄の憐れな次第には成りましたけれど、其の死ぬる前に、次郎へ非常な大金を與へたのです。何うでせう彼が其の州王から賜はツた遺産だと云ひ此國へ持つて歸つた金が、銀行の爲替で、百萬圓だツたと云ひますよ、是れは間違ひは有りません、銀行の爲替で、誰れも知つて居るのですから」法師は口の中で「アヽ其金が怪しいな、ヤミナへ出張して詮議すれば又手段が出て來るわ」と呟いた。

毛「其で歸るとすぐに少將に上されたのです、少しの間の仕事で百萬圓儲けて官等まで進むとは彼奴、何の樣な祕傳を知つて居るのでせう、イヤ仲々彼奴などとは云はれません、ヘルダー街の廿七番地に立派な屋敷を構へ、貴族中でも最も羽振の好い人と爲つて居ますから」

「分つたヘルダー街の廿七番地か」と云ひ法師は手帳に書留た、是れで先づ段倉と次郎との事は分つたが、法師の心には唯二人よりも猶氣になる一人がある、法師は少し躊躇した末、ヤツと其一人の事を問ひ出した「したが、アノお露とか云つた女は — 何でも行衞知れずになつたとか聞いたが、其後、到頭行衞知れずで終つたゞらうか」毛太郎次が返辭する間も法師は動悸の打つ樣である、毛太郎次は打笑つた「ハヽヽヽ行衞知れずなどと、其樣な事を云ふと笑はれますよ、當時此彿國で一と云つて二とは下らぬ貴婦人の事を」法師は驚きに飛び上がらぬ許りである「エ、お露!とか云ふ女も矢張り大身代をこしらへたのか」

巖窟王 : 六六 嬉しいだらう

漁師村の娘お露が、此國で二とは下らぬ貴婦人に成つて居るとは、是れほど合點の行かぬ事は無い、女の身で何うして爾う出世する事が出來たゞらう。

アヽお露の出世、お露の出世、若しお露の爲を思ふ人が之を聞けば兎も角も喜ばねば成らぬ、法師は果して之を聞いて嬉しいだらうか、或は腹立しいだらうか、滿足だらうか絶望だらうか、何しろ顏色が尋常では無い。

「ナニお露が、自分の手で身代などを作りますものか、夫のお蔭で身が光るのです」夫のお蔭、さては既に夫が有るのだ。

實は有る筈である、許婚の團友太郎が牢に入つてから早十五年になるのだもの、年頃の女が眞逆まさかに十五年も亭主を持たずに、歸らぬ人を待つて居る筈は無い。

法師は咽喉に詰る樣な聲で漸く「ハア,お露が夫を持つたのか」靜かに問ふのは必死に自分の心を壓附けて居るのである、毛太郎次「ハイお露は今、立派な子爵夫人です、巴里で何事でも貴婦人の催しが有れば野西子爵夫人露子の名前の出ぬのは無い程だと云ふ事です」法「ナニ野西子爵夫人、エ、野西とはアノ次郎と同じ姓では無いか」毛「ハイお露は次郎の妻と成つたのです」

人も有らうに次郎の妻 — 毛「詰り次郎が友太郎を密告した眞の目的を逹したのです、彼が友太郎を密告したのは、お露を自分の妻にしたい一念から出たのですもの」法師は聞いて唯呻くのみである、暫らくにして「浮氣、浮氣、又の名を女とや」と、有名な古人の句を、悲しげな聲で口吟くちづさみつゝ嘆息した。

法「それにしてもお露が能く次郎の妻に成る事を承知したものだ」毛「爾です、友太郎と永い間の許婚で、愈々婚禮と云ふ席で友太郎が捕はれたのですから、其後で次郎の妻に成つたのは少し變には聞えます、けれど法師さん、貴方のお話しの通り既に友太郎が死んだとあつて見れば今咎める所も有りません」法「それは爾うだ」と答へる聲は又も咽喉に詰るかと疑はれた。「それでも」と法師は言ひ掛けた「お露が婚禮したのは未だ友太郎の死なぬ中だツたらう」と云ひ相に見えたが、語を轉じて「それでも、何の樣にしてお露が承知した、其婚禮は何時頃だつた」毛「お露は全く友太郎を死んだものと思つたのでせう、友藏老人もお露に向ひ最う友太郎は死んだのか殺されたのか何れにしても此世には居ぬのだと幾度いくたびも云ツた相です、其頃のお露の身は隨分可哀相では有りました、何しろ夫と極めて居た人は不意に捕はれ行方知れずとなり、爾して兄の樣に思ひ、頼みとして居る次郎は徴兵に取られたのですから、イヽエお露は次郎の惡人と云ふ事を知らず、友太郎を密告した罪人と云ふ事は猶更知らず、唯だ從兄妹で幼い頃から育ツた縁で全く次郎を頼りにして居たのです、其れだからいつ馬港まるせーゆと巴里との街道の四辻に立ち、朝から晩まで悲し相に彷徨さまよふて居ましたが、馬港まるせーゆの方から友太郎が歸りもせず、巴里の方から次郎の便りも無し、見る人が皆お露を慰める程でした、所が或る時次郎が少尉の軍服を着て突然歸つて來たのです、其時お露の喜びは何れほどだつたか分りません、併し若し友藏老人が活きて居たならお露も次郎に縁附くなどと云ふ事はせなんだでせう、次郎もさうと察したのか其時は縁談の事も云はずに立去ツたやうですが、其後友藏老人が死ぬると間も無く、時分は好しと察したのか又も次郎が、今度は一段上の軍服を着けて歸り、到頭お露を説き落としたのです、けれどナニ、お露は最う六ヶ月待つて呉れと云ふたのです、六ヶ月の間、友太郎の歸るのを待もし、歸らぬを悔みもして、愈々六ヶ月經つて初めて婚禮したのです、友太郎の捕はれた時から數へれば、十八ヶ月、滿一年と半經つた後なのです」

「オヽ滿一年半も待つたとは驚く可き貞女だ、友太郎も定めし滿足だらう」と法師はあざける樣に云ふた、全く法師の心ではお露を最早や魂の腐ツた女と見て、愛想を盡かしての言葉だらう[、]毛「最も次郎は、若しも友太郎が生きて歸ツて來はせぬかと其れのみが恐ろしかツたと見え、婚禮から五日目か六日目にすぐにお露を此土地から連れて去りました、其去る時に、私は丁度友太郎と婚禮の披露をして其酒店に居ましたが、お露は其前を通る時、多分友太郎と此店の樓上で一年前に婚禮の披露をしたのかと思ひ出したのでせう、踏む足も蹌踉よろめいて氣絶するかと見受られました」法師「けれどお露は、其後は定めし樂しい月日を送つて居るだらう、何も氣に掛る事なども無しに」聊か未練な問では有るが、法師はお露が次郎と婚禮を喜んだか、喜ばずに詮方せんかた無く行ふたか、又喜んだとすれば何れほど深く喜んだか、其邊の景状ありさまを聞かずには能う居ぬと見える、毛太郎次「爾うですネエ、表面うはべは何の不自由も無く、幸福に違ひ有りませんが、内心では決して樂しい月日を送つては居ないでせう、常に何事か氣に掛つて居るのです、友太郎の事が氣に成るのか或は友太郎が死んだともまらぬ中に婚禮して其後も死んだ確報の無いのが氣に掛るのか、何しろふさぎ込んだ婦人と爲つて了ひましたよ、娘の頃とは全く違つて居ます」法「其樣な事が何うして分る、お前は其後お露に逢つたのか」毛「ハイ、逢つたと云ふ程では無くとも、見受けました、二度見受けました」法「「何處で、何うして」

巖窟王 : 六七 尋常の法師では

何處で何うして毛太郎次が其の後お露に逢つたのだらう、法師の問は極めて熱心である。毛太郎次「一度は次郎が西國すぺいんの戰爭に出た留守の間です、お露は次郎が立つ時にヘビナン海濱へ來て其の歸るまで逗留して居ました、其時は幾度も見受けました、或時は話なども致しましたが」法師「逗留中、お露は何をして居た」毛「餘念も無く息子を教育して居たのです」

此返事に法師は又驚いた容子である「オヽ息子を、お露には息子が有るのか」毛「ハイ次郎との間に出來て、名を武之助と云ふのです」法師「其れをお露が、能く教育などする事が出來たものだ、自分が無教育の身で有らうに」毛「法師さん、貴方は未だお露の人柄を知らぬのです、眞にアノ女は、若し女王にして遣れば立派な女王の役が勤まる女ですよ、漁師村に居る時は漁師の娘で有つたのですが、少尉の妻になれば少尉の妻らしく、又左官の妻になれば左官の妻らしく、何處までも勉強して自分の身を引上げるのです、巴里へ行つてから非常に色々の稽古や學問をした相です、音樂でも、繪でも、讀書でも、今では是れ一つ出來ぬと云ふ事は有りあますまい」法師は呆れて口も塞がらぬ状である「アヽ爾うかなア、併し、お前は何だかお露が面白からぬ月日を送ツて居る樣に云つたぢや無いか」毛「其れは爾です其頃でも、何だか陰氣にふさぎ込んで、昔娘で居た頃とはまるで容子が違ツて居ました、私は思ひました、色々な稽古事をしたのも全く自分の心を紛らせる爲なんだらうと、爾ですよ、友太郎の生死も分らぬ中に婚禮したのが絶えず自分の氣に掛かり心で心を責るのです」

「其樣なものか知らん」と法師は熟々つく〴〵嘆息した、爾して暫くして、「二度目には何處で逢つた」」毛「是れは、自分の恥を申さねば分りませんが、不景氣で、私も首が廻らぬ樣に成つた時です、何程いくら考へても凌ぎの附け樣が有りませんので、段倉や次郎の事を思ひ出し、彼等に無心を云はうか知らん、眞逆まさかに昔の友逹を忘れも仕まいと、此樣に思ひまして、先づ段倉の所へ行きましたが、酷い奴です私には逢ひません、其れから次郎の所へ行くと、是れは留守でした、仕方が無いからスゴ~歸り掛けますと、上から私の肩の邊へ財布が落て來ました、見上げると二階の窓から子爵夫人のお露が首を出して居たのです、尤もお露はすぐに顏を引つ込ませて其窓を閉ぢましたけれど、其時の顏は前に逢つた時よりも又 一ひとしほ悲し相で色も青く、何だか此女は遠からずしなびて了ふか知らんと此樣に思ひました、何でも自分の身が悲しいから其れで人の不幸にも同情を寄せ、財布を投げて呉れたりするのです、其後もお露は隨分貧民に金や品物を施します相で、慈善家の中に指を折られるとか申します、其れから私は立去つて其財布を開けて見ますと五十圓入つて居ます、其れり逢ひませんけれど今でも矢張りふさいで居るだらうと思ひます、イヤ別にふさぐと云ふでは無くともふさいだ婦人に成つて了つたのです」

是れだけで毛太郎次の話は盡きた、けれど法師は猶だ聞き度い事が有る、あたか餘所事よそごとの樣に「其れでは定めしアノ蛭峰檢事補とても餘ほど出世した事だらうなア」毛太郎次は考へて「サアあの人は私の友逹で無いから、其後何う成つたか知りません、私は唯だ見受けた許りでことばを交へた事も無く、其後も別に思ひ出しも仕ませんでした、併しお待なさいよ、爾う~友太郎が捕縛されてから間も無く、ハテな一年も經つてからでしたか、何でも米良田家の令孃と婚禮して何處かの地方に轉任に成りましたよ、定めし出世はして居ませうが、此土地では噂する人さへ有りません」

語り終つて毛太郎次は、嘆息と共に繰返して「何うしても法師さん、不正直な奴には叶ひませんよ、私の樣な正直者は活智いくぢなしです、幾等いくら稼いでも好い事が降つて來ません」法師は彼の夜光珠だいやもんどを取出して「イヤ爾では無い、お前の正直には此樣な報いが有る、サア」と云つて、毛太郎次に差出した、毛太郎次は今更の樣に驚き「エ、之を私へ」法師「爾うさお前の話を聞いて見るとお露も次郎も段倉も、友太郎の友人とは云はれぬ、最う此 遺品かたみを分けて遣る事は出來ぬから、唯一人今まで友逹らしい心を持つて居るお前に遣るのだ」毛太郎次は伏拜んだ「法師さん、正直に云へば私も一時は友太郎を恨んだ事もありました、十九や廿歳はたちで、早や船長にも取立てられるとは生意氣なと、羨ましさの餘り癪に障り、何う仕て呉れやうか知らんと此樣にも思ひましたが、けれど決して彼を眞實に害する氣は無かつたのです、其れを彼が死際までも親切に私を覺えて居て、遺品かたみを贈る樣に遺言するとは有難過て何とも云ひ樣がありません、其れに貴方の親切、正直は、私の正直に上越します、此 夜光珠だいやもんどを、貴方が默つて自分の物にしたとて誰も知る者はありませんのに、其れを故々わざ~持つて來て下さるとは今の世に二人とはありません、本統に何うお禮をすれば好いでせう」法師「ナニも禮など云はれる筈では無い — 」と云ひ掛たが忽ち思ひ出した樣に「オー其禮には先刻お前が持つて居ると云つた、赤い皮の財布を私は貰うて行かう」毛「エ、赤い皮の財布とは、アヽ森江氏が友藏老人のへやで、煖爐すとーぶの上へ置いて行つたアノ財布ですか」と云ひすぐに立て持つて來た、今は赤い皮の色も褪めて大方 黄喰きばんで居るけれど、成ほど十四五年前に森江氏が持つたゞらうと思はれる形である、法「是も正直な行ひの記念だ、貰ふて行つて好からうねえ」毛太郎次「何うかお持ち下さいまし」法師は之を受納め「イヤ縁があつたら又逢はう」一語を殘して、戸外おもてに出で、乘つて來た馬に乘り飄然として立去つた、そもそも此法師が尋常たゞの法師で無い事は、既に讀む人の察した通りである、是より更に何の樣な事をするかは、此の物語りの眼目である。

巖窟王 : 六八 イヽエ即金で

暮内法師と自稱する客の飄然として去つた後に、毛太郎次は、夜光珠だいやもんどひねり廻して、暫しが程は其の光に醉つた状であッたが、何時の間にか二階から降りて來た妻の聲の驚かされた、妻「餘りの事で誠とは思はれぬぢや無いか」毛太郎次「本統に爾よ、嘘の樣だけれど誠だから有難いわ、ア此 夜光珠だいやもんどの光を見ろ」とて妻の目の前に輝かせた、妻「餘り光り過るよ、私は此樣なのを見た事が無い、若しやにせではあるまいか」毛「にせに此樣なのがあるものか」妻「でも本物なら呉れる筈が無いからさ」

毛太郎次は愕然として「何だ、眞物ほんものなら呉れる筈が無い、フム、成るほど、其れも爾うだ、アノ法師が友太郎に頼まれたのを着服して了ッたとて誰も知る筈は無い、眞物ほんものなら着服する所だなア、イヤ併しにせぢや無い、おれの目が確だよ」妻「だッて此頃では眞物ほんものよりも能く光る贋物が出來ると云ふぢや無いか」毛太郎次の顏は忽ち曇つた「爾うかなア、若しにせならば大變だぞ、アヽ好い事が有る、おれは是から直に此珠をボーケヤの市場へ持つて行つて鑑定して貰ふ」妻「爾、爾、早く爾うお仕よ、アノ市場いちばへはいつでも巴里から珠玉類の商人が來て居るから」毛「爾よ、幾等いくらに引取るか聞いて見れば分る」妻「若し五萬 ふらんと云つたなら直に賣つてお了ひよ」毛太郎次は少しの間に仕度をして市場を指して急ぎ去ッた、妻は其の後姿を見送ッた末、座に歸つて「五萬 ふらんとは大層なお金だよ、爾うだ見る事も無い大金では有るけれど、貴族の樣な暮しをするには未だ足らぬ、何故十萬 ふらんで無いのだらう」慾のふくろに底が無いとは此事で有る、此樣な者に彼の寶が手に入つて果して椿事無しに濟むだらうか、玉を抱いて罪ありとは昔からも云ふ事だ。

* * * *

是より幾日かの後である、馬港まるせーゆの市長の邸へ、年頃卅二三と見える商人風の旅人が尋ねて來た、手に手鞄包てかばんげて居るのは商品の見本か書類でも入れて居やうか、身體の容子と言葉の訛では英國の人らしい、此人、市長に面會を求め「私は伊國いたりやの羅馬に本店の有る富村銀行の書記長ですが、兼て當地の森江商會とは、或相場事件を共にして目下十萬 ふらん以上の貸越しに成つて居ます、所が近頃森江商會に付いて種々の不評判を聞きますので、探聞の爲に參つたのです」と云ひ、市長自身の意見を求めた、市長は心配氣に答へて「イヤ何う云ふ譯か、森江商會には近來不幸な事ばかり續いて、其の信用を疑ふ人の多くなつたのは事實です、私自身もアノ銀行へ多少の金を預け金も有りますけれど何しろ當地の舊家と云ひ殊に頭取森江良造氏が極めて嚴重な人物ですから、其人を信用して取引を續けて居るのです、世人せにんの取沙汰に由ると、持船巴丸の安否が分る迄は大した變も有るまいと申します」旅商「若し巴丸が入港せぬ時には」市長「巴丸に不幸な事でも有つたと分れば、森江氏を尊敬して居る預金者として猶豫せずに取付けませう、其時には — 」旅商「其時には支拂ひを停止しませうか」市長「イヤ爾う迄斷言も出來ませんが、何しろ森江氏に取つては苦境でせう、併し森江商會の状態は私よりも監獄總長に聞く方が能く分ります、總長は森江商會へ廿萬からの金を預けて居ますから」

旅商たびしやうは是れを聞き、一禮を述べて茲を去つたが、直ちに監獄總長のやしきに行つた、爾して同じ事を云つて同じ樣に尋ねた、總長は之を聞くと共に殆ど絶望の色を以て「イヤ私は自分の娘の婚資其他を合せ二十萬圓預けて有り、來る十五日定期の盡きる日ですから、其日に引出す事を兼てから通知して有ります、所がツイ今から一時間ほど前です、森江良造氏が自分で來て、當日までに若し持船巴丸が入港すれば、十萬圓は當日拂ひ、殘る十萬圓は來月の十五日まで萬一ヶ月待つて呉れと懇談して歸りました」旅商「其れは殆ど支拂停止の樣な樣ですかね」總長「停止では無く破産です」旅商「ハア破産、では貴方の債劵も殆ど — 」總長「ハイ全く虚空です、實に心痛に堪へません」旅商「では私が其債劵を買ひませう」總長の顏は忽ち輝いて又雲り「非常に割引して半値位にも買はうと云ふのですか」旅商「イヽエ富村銀行は其樣な不當な事は致しません、買ふならば額面通り二十萬圓に買ふのです」總長は怪しまぬ譯には行かぬ、破産に瀕した森江商會の債劵を額面通りに買入れるとは殆ど狂氣の沙汰にも等しい、大金を持つて其捨て所に困る人が無ければぬ事である、總長「無論延べ金で」旅商「イヽエ即金で」と云ひつゝ、鞄包かばんの口を開いて示した、中には紙幣が幾十萬と數の知れぬほど詰つて居る、總長の顏は喜びの現はれるのを制し得ぬ「爾して下されば眞に私の一家は浮び上りました、シタが富村銀行は何故其樣な事をするのです」旅商「何故だか書記長の私には分りません、其れは頭取の方寸に在る事です、併し多分は、當地に森江銀行の樣な競爭者に有るのが營業上の邪魔に成りますから、此機に乘じて買潰す計畫でせう」總長「成る程、分りました、其計畫が私共に取つては天の助けです、貴方への手數料は幾等いくらでも差上げますから」旅商「イヤ其れには及びません」總長は彼の、法師の惠みに逢つた毛太郎次の樣に夢かと疑ふ状である。

巖窟王 : 六九 其代りにお願が

「イヤ手數料には及びません、正金廿萬圓の受取を式の通り署名してお作り下されば債劵と引替に正金を差上げます」旅商人は何處までも正直である、監獄總長の喜びは益々高まるばかりだ。

斯く云ひつゝ旅商は、フト思ひ出した樣に「手數料は要りませんが、オヽ其代りに貴方へお願ひがありまする」と、云ふ顏には輕い笑が浮んで居る、總長も同じく笑んで「願ひとなら、聞かぬうちに承諾しても宜しい」旅商「私は子供の頃に英國から伊國いたりやへ移つた者ですが、其頃 伊國いたりやで變な法師に教育を受けました、聞けば其の法師が、其後何でも此土地の牢へ入れられたとか云ひますが、兼てからついでがあれば、此土地へ立寄つて、其の法師が何う成つたか聞き度いと思つて居ました」總長は少し考へ「伊國いたりやの法師で此土地の獄へ、ハテ其樣な者はありませんが、イヤお待ち成さいよ、無いでもありません、其名は何と」旅商「其頃は梁谷と云ひましたが獄へは何と云ふ名前で入りましたか」總長「アヽ梁谷、梁谷、其れならば先頃死にましたよ、イヤ妙な囚人で、其の又死んだ事に就き不思議な事情が起りましたので先日も人に話ましたが — 」旅商「ハア死にましたかそれは可哀相に」總長「シタが私から聞きたいは、彼の法師が何か大きな身代などに關係した事がありますか」旅商「左樣ですねえ、富村銀行に今まで預け金が、殘つて居ますけれど」總長「エ、富村銀行に今まで預け金が、其れは非常な大金ですか」旅商は笑ひながら「ハイ大金ですよ、廿年來の利子とも加へてわづかに七八十圓ですから」總長「其れりですか」旅商「其れりです、最も之は彼の法師が無報酬で數人の子弟を教育しましたので、其の親逹が月謝の積で、彼の勘定にして銀行へ月々貯金預けをしたのです、其れが今でも帳尻に殘ッて居ますので、私は書記長の職務として、法師の其後を知り度いと思ッたのです」總長は可笑しさを禁じ得ぬ如く顏をくづして「アノ法師は幾百萬と數知れぬ大金を持つた積で死にましたよ、典獄が狂人だと云ひましたが、全く狂人でした」」旅商「兎に角私はアノ法師に就いての公の記録を拜見したいのです」總長「其れは私の書齋へ行けば監獄の記録が其他の公書と共に、悉く備はッてゐますから、御自分で繰つて御覽なさい」

廿萬圓の手數料に、唯だ狂法師の記録を見せよと云ふは、五萬 ふらん夜光珠だいやもんどを與へて其代りに赤い革の古財布を所望するより猶ほ一層輕い望みだから、總長は直に此人を書齋へ連れて行き、多く簿册ぼさつの中から一册を取出して「法師の事は此册の中に在る筈です」とて差示した。

旅商「イヤ、是よりも、大事の取引を先に濟ませませう、何うか受取をお書き下さい」總長「オヽ私は安心の餘り取引を忘れる所でした」と云ひ、早速受取を認めなどし、茲で取引を濟ませて了つた、爾して總長は、自分の命をでも拾つた樣に廿萬圓の紙幣を運んで奧の方へしりぞいた、定めし妻子にも其れを示して共々幸運を語り合つて居るのだらう。

獨り書齋に殘された旅商は、直に彼の簿册を開き、容易に梁谷法師の所を見出したが、此所は唯一應目を通したのみで、更に團友太郎に關する部分を開いた。

茲には蛭峰の署名で、友太郎を尋問した記事も有る、けれど事實とは痛く違つて非常な過激な扇動者の樣に書き、爾して無論、友太郎が蛭峰其人の父、野々内の父、野々内へ宛てた密書を持つて居た事などは記して無い、最後に其の罪案を總括して

拿翁なぽれおんの歸國に最も力を盡したる一人 ▲過激なる王朝轉覆者 ▲放免せば人心煽動の恐れあり ▲公に裁判するは非常の危險ある見込

と、記して有るは曾て監獄巡視官が見た通りである、爾して其の餘白の所に、やゝ違ッた筆跡で「如何とも此外の處分無し」と書いて有る、是れは巡視官が書入れたのだと、旅商は合點したらしい。

外に段倉の作つた密書も有る、其封筒も其の儘着いて居る、封筒に在る郵便の消印で、友太郎が捕はれた前夜に投凾した事も分る、次に森江氏から拿翁なぽれおんの朝廷へ宛てた願書も有る、願書には、實際友太郎が非常に拿翁なぽれおんへ忠義であつた事を書いて、前の蛭峰の記事と符合する樣に成つて居る、多分蛭峰が文句を口授したのだ、爾して其の願書を握り潰し置いて其後再び路易るい王の治世と爲るに及び、手柄顏に其れを路るいに示した事は、是もお餘白に蛭峰の手で路易るい王への奧書を書入れてあるので分る、旅商はと滿足のていで、此願書と段倉の密告状及び封筒とを切取ッて自分の衣嚢かくしへ深く收めた。

此所へ丁度彼の總長が歸つて來た。

巖窟王 : 七〇 其れ程能く見破る事が

旅商は段倉の密告書と森江氏の願書とを切取つて、猶滿足せぬと見え、入つて來た總長に向ひ「アヽお蔭樣で、梁谷法師の死んだ事情や、其日が今から五月餘り前、本年二月末の日で有つた事なども分りましたが、其れにしても先刻貴方が、何か此法師の死んだ時に不思議な椿事が起つた樣にお話しでしたが、其の椿事とは何の樣な事ですか、ついでながら伺つて置き度いと思ひます」極めて自然の樣に問ふた。

總長は未だ嬉しさが醒めぬ状で、と機嫌よく「私は官に就て以來、監獄の事のみ使はれ、一頃は巡視として全國の牢屋を悉く巡檢も仕ましたが、何しろ此法師の死んだ時に起つた樣な事件は、外で聞いた事が有りません」ては此人が曾て友太郎や梁谷の土牢を見巡つた其の巡視官であつたのだ、旅商の今讀んだ蛭峰の調書の餘白へ「如何とも此外の處分無し」と書入れたのも此人なのだ、旅商は此語を聞いてジッと總長の顏を見詰た。

總長「梁谷法師は發狂の爲に土牢へ入れられて居ましたが、其の所から凡そ五十尺も離れた同じ土牢の中に、極めて過激な拿翁なぽれおん黨の一人が、之れも發狂と見做されて入れられて居たのです、今思ふと之は發狂では無く、極めて過激な、極めて大膽な陰謀者でした、名前は團友太郎と云ひ、十九歳の時に捕はれたと云ひますが、わづか十九歳で早國事犯に與し其の首謀者と云ふ程の嫌疑を得たのだから一通りの人間で無い事は分つて居ます、此男が地の下を五十尺の間、梁谷法師の牢へまで隧道とんねるの樣な穴を掘つたのです」旅商「ヘエ、土牢の中で、地を掘る樣な道具が得られますか」總長「イヤ其男が作つたのです、何うして作つたかは知りませんけれど、鍬やのみや其他の樣々の道具が牢の中に殘つて居て、私も一見しましたが決して外から持ち込んだ品では無いのです、爾して其 隧道とんねるを往來して梁谷法師と交通を開きました」

「成るほど其れは大變な奴ですねえ」と旅商は感心のていで答へた、總長「實に大變物ですよ、私も其獄を巡視した時、其の友太郎にも逢ひました、眼の凄さから顏に異樣な鋭い所の有るなど、一見して尋常の人で無いと思ひました、今でも其の青白い凄い顏が目に附いて居る樣な氣が仕ます、幾年經つても私は其顏を見れば、群集の中でも見破る事が出來るだらうと思ひます」果して其れほど能く見破る事が出來るだらうか、旅商は怪しむ樣に再び總長の顏を凝視した。

「何でも此男は法師を語つて破牢を企てる積りで、法師のへやへ尋ねて行つたのだと見えます」旅商「所が法師が死んだから其企ても無駄に成つたと云ふんでせうね」總長「サア其處が椿事です、仲々工風に富んだ奴と見え、ひそかに法師の死骸を自分のへやへ持つて來て自分の樣に見せ掛て寢臺へ置き、爾して自分が死骸の代りに袋の中へ入つて居たのです」旅商「エヽ袋とは」總長「袋とは棺の代りに死人を入れるのです、何でも友太郎の積では、其袋へ這入つて居れば、死人として牢から運び出され、墓地へ持つて行つて葬られる其時に土を跳退はねのけて逃ると云ふ所存だつたでせう」旅商「成るほど椿事です、さうして遂に其通り逃げましたか」總長「所が其獄では死人を土葬にするのでは無く、袋の儘三十六 ポンドの鉛のおもりを附けて海へ水葬するのです、牢番共が彼を崖の上へ運んで行き、式の通りおもりを附け、幾十丈の高い所から、海の最も深い所へ投込ました、彼は袋の中でさうと氣が附き、よほど驚いたものと見え叫び聲を發した相です、牢番共は其聲を聞いて法師が蘇生したのかと怪しみましたけれど、既に投げた者を、取返しは附きません」旅商「爾して友太郎は終に何うなりました」總長「其のまゝ水底の藻屑と爲つて了つたのです、高さの知れぬ崖から落とされて、勿論水に着いた時身體が碎けて大抵は即死か氣絶をするのです、爾して直に三十六 ポンドおもりで水の底へ引込まれますもの、何うして逃れる事など出來ませう」旅商「シタが死骸は上りましたか」總長「今云ふ通り底の藻屑と爲つたのです、上がる筈がありません」旅商「では政府でも友太郎を死んだ者と見て了つたのですな」總長「勿論です、事實死んだの違ひ無いからで水葬された者と見做したのです、尤も、それから翌日になつて牢番共が土牢を見廻つて初めて、その次第が分り兎も角も式の通り號砲を放ちなどして騷ぎましたけれど、既に水底へ葬られた者を今更如何とも仕方が無く、更に今度は間違ひの無い法師の死骸を水葬して全く事が終つたのです」

聞終つて旅商は「若しその人が生てゞも居れば、獄中で梁谷法師の臨終の模樣なども分りませうに、それでは致し方もありません、併し法師の死んだ事がさう確である上は子弟の恩義として八十圓許りの其預金に幾等か足して、墓でも建て遣りませう」と云ひ猶も總長に禮を述べて旅商は立去つたが、口の中では「フム團友太郎は政府の目で全くの死人と成つて了つたし、何事も思つたよりも好い都合に進んで行くは」と滿足げに呟いて居た。

巖窟王 : 七一 森江商會

富村銀行の書記と稱する此の旅商人は何の爲に森江商會の債劵を買受たゞらう、彼は森江氏の取引ある先々を尋ね同じ樣な口實を以て、大小に拘はらず其の債劵を買集めて居た、多分は富村銀行が、森江氏を商賣 かたきと見て早く破産させる策略だらうと大抵の人は推量した。

併し森江氏の商店は、斯樣にして破産を早めずとも實際破産を免れぬ場合に立到つて居る、其の景状ありさまは、店の前を通行する唯の往來の人にも分る程である。

數年前までは、馬耳港まるせーゆの人々が、金さへあれば森江商會に預けると云ふ風に成つて居た、森江商會が全く此土地の共有の金庫の樣に見做されて居たのだ、其れが爲に、店の繁昌は非常なもので、往來の人にも見ゆる窓の中の人の顏がいづれも晴やかに輝き、爾して大小の雇人が皆忙しげに家の中を小足こあしに駈けて居る樣であッた。

其れが今は大方空家の状である、窓の中の廣い事務室に、陰氣な會計長が苦い顏をして、唯一人、何の仕事をするのか、無言に控へて居るのみである、店先に朝から晩まで引きも切らずに群集した取引人も、今は午前に一人、午後に一人と云ふ樣である、其れも來るのは必ず金を引出す人ばかりで預けに來る人は無い、其れだから來る人の足音が一々此家總體の神經へ、刄音やいばおとの樣にこたへるのだ。

數の知れぬ程居た雇人が一人去り二人去り、皆暇を取つて了つて唯殘つて居るは江馬仁吉と云ふ廿三四の手代一人、小暮傳助と云ふ會計一人、單に之のみである。

何故此二人が殘つたと云へば江馬は貧しからぬ家の息子で森江氏の一女緑孃と許婚に成つて居る、若しも此家に萬一の事があらば共々に沒落すると云ふ決心を持つて居るのだ、會計の傳助と云ふは頭取森江氏の父の代から使はれて居る老僕である、久しく會計局の小使を勤めて居たが、會計の局に當る人が皆追々に辭職したので終に會計と云ふ重い責任の地位に取上げられた。

唯此二人で、馬耳塞まるせーゆ第一と云ふ大商店の事務が取り切れる譯では無いが、今は商店が有つて事務がないから二人でも足りて行くのだ、殊に此會計の小暮は、會計で有りながら此商店に破産の樣な時が來やうとは少しも思はぬ、自分が茲へ奉公して以來四十年、年々月々に、支拂ふものを一文の不足も一刻の猶豫も無く支拂ふて來た會社が、何で支拂ひをせぬ樣に成るものかと其の確信の堅い事は、老水夫が、海の水の涸ぬのを信じて居るよりは猶強い程である。

既に彼が會計に成つて數ヶ月來、此店へ金の入つて來る事とては一文も無いけれど、出す可き金は、彼が計算して店主森江氏に其の書附を渡すと必ず森江氏から其丈けの金を以て來て渡される、何時までも此通りに違ひ無いと、唯是だけの考へで、其實森江氏が何れほど辛い算段で其金を持つて來るかと云ふ事には少しも氣が附かぬ、けれど、森江氏に取つては血を吐くよりも辛いのである、家産の中で金に代へる事の出來る物は悉く代へて了つて金に代へられぬ物までも、代へる工風は有るまいかと苦心する程であるのだ、先月の支拂ひが、實に其の最後で有ッた、之は自分の妻の身に着ける飾物から、娘の頭の物までも賣拂つて調へたのだ、其れも此土地で賣拂つては落た信用を益々落とすのみであるから、ひそかにボーケヤの市場へ出張して自分の手で賣拂つて來た。

何の樣な事をしてなりと巴丸が印度から歸る迄は此店を支へて居ねば成らぬと決心してゐる、けれど其の巴丸の歸るのが甚だ覺束無い、此船より數日後れて印度を出た船は、とつくに此港へ入つて居るけれど巴丸だけは着かぬ、其中に日は經つ許りで、早眼前に押寄せて拂はねば成らぬ口が、今月も廿萬、來月も廿萬ほど有るのだ、此支拂の日が恐らくは、森江商會破産の日と爲るだらう。

丁度此樣な場合で、爾無きだに淋しい一家が、まるで忌中とでも云ふ樣にふさぎ込で居る所へ、或日 伊國いたりやの富村銀行の祕密書記と云ふ男が入つて來た、先此店の書記長とも云ふ可き江馬仁吉が逢つて其來意を尋ねると頭取森江氏へ直接にで無ければ云ふ事の出來ぬ用事であるとの返辭である。いづれにしても此店の心配を増す事柄には違ひ無いから成る可く森江氏の耳へは入れずに濟まさうと思ふけれど仕方が無い、江馬は會計の小暮を呼んで相談した、勿論富村銀行と云ふのは永年の取引先で有るのだから、その祕密書記とも云ふ者を故無く追返す譯には行かぬ、殊に小暮はほど頭取に苦痛を與へる事とも思はぬから「私が頭取の居間へ案内して進ぜませう」と云ひ、事も無げにその祕密祕書を引連れる樣にして二階へと上つて行つた、上るその段梯子で、丁度上から降りて來る緑孃に行逢つた、祕密書記と云ふ男は異樣に孃の顏を眺めた。

巖窟王 : 七二 無論金件です

階段を降りて來た緑孃は滿十七歳になつた許りで、女子の最も可憐に見える時代である、殊に天性、清い美しい顏だちで、誰とて一目見れば見直さずに居るられぬ樣な氣持がする、彼の祕密祕書と云ふが、ジッとその顏を見たのも怪しむには足らぬ、何の念慮も無いけれどまなこをその方へ引寄せられる樣に感じたのだらう。

祕密祕書を案内して居る小暮會計は「孃樣、阿父樣おとうさまはお居間でせうね」と問ふた、孃「多分さうでせう、此方のお名前を伺ッて行つて爾申して御覽な」と、何だか氣兼を帶びた樣に云ふのは可哀相に、浮世の浪風に當ッた事の無い此令孃さへ、我家我店の尋常ならぬ不幸不運を感じ知つて、おのづから尋ねて來る人毎に心配するものと見える、爾して孃が此書記の顏を見返したまなこの中には「何うか、借金の事ならば父へ手甚く催促して下さらぬ樣に」と、願ふ心が籠つてゐるかと疑はれる、書記は存外に愛想の無い聲で「イヤ初めて森江氏へお目に掛るのですから名前を申しても分りません」と答へた、孃は泣出し相な顏で階段を降り、江馬仁吉の居るへやに入つた。

書記は一寸ちよいと振返る樣にしたけれどその儘上つた、爾して森江氏の居間の入口に立つた、先小暮の方が中へ入つたが暫くして出來り「サア、主人がお目に掛ると申します」と傳へた、書記が引違へに中へ入つて見ると、森江氏は厚い會計簿を開いて、顏色を青くしてゐるは、自分の借金の口數をでも調べてゐたものらしい、實に變れば變るものである、十六年前の彼の團友太郎が此人に分れた頃は、此人、卅六歳で猶だ何處にか青年の面影も殘つてゐたが、今は五十の坂を越えた、併し未ださう衰へる年では無いけれど、かしらは大方 白髮しらがに成つて、顏には深く心配の筋が刻み込まれてゐる、全く苦勞に更けたのである。

書記の姿を見ると共に森江氏は帳簿を閉ぢた、閉ぢる時に何だか溜息が洩れた樣である、爾して靜かに書記の顏を見て「私へ何かお話がある樣に、今會計から聞きましたが」書記「ハイ爾です、今私が何處から來たかも會計が申したでせうネ」何だか早や談判らしい語氣を帶てゐる、森江氏「ハイ富村銀行の祕密祕書と」書記「其通りです、今日こんにち參りました用談は外でもありません、無論金件です」無論金件とは分つて居る、取引銀行の書記だから無論金件に違ひは無いが、其れでも此一語が胸にこたへる。殊に言葉の調子では何やら嚴重に談じられ相である、昔ならば人を恐れるなどと云ふ事の夢にも無かつた人だけれど、今は何よりも人が恐ろしい、書記は語を繼いで「實は私共の銀行が、此度夥しい金額を當國で支拂はねば成りませんので、兼て支拂確實を以て有名な貴方のお店から出た手形を少からず引き取りました、勿論期限が來ればお拂ひ下さるに極つては居ますけれど、同業のよしみを以て、一應お知らせ申して置く可きと思ひまして」森江氏「ハア、私共の振出した手形を」書記「ハイ隨分澤山に持つて居ます」森江氏は病人が醫師に向ひその病名を尋ねる樣に恐々「シテ澤山とは何れほどです」書記は無言で、先づ取り出したのは、監獄總長から買取ッた廿萬の債劵である、爾して森江氏の見終るを待ち冷やかに「御承知でせうネ」森江氏「ハイ是だけの金子きんすを、確に總長から預かッて居るのです」書記「何時お拂ひです」森江氏「半分は今月の末、半分は來月の末」

何氣無く云ふ積ではあらうけれど森江氏の聲は震へて居る、書記「外に猶だ、小口ですけれど今月の十五日期限の手形が少しばかりあります、是は總體で、わづかに三萬五千圓ばかりですが、兎も角も貴方の記名と成つて居ますゆゑ」と云ひ又差出した、森江氏は之を見て「確に私の記名です」と云ひつゝも、今までは如何なる擔保よりも確だと尊重せられた森江良造の記名が、茲で初めて不渡りの汚名に陷る時が來たかと思へば、身を切らるゝ想ひもするだらう、無理にその想ひを隱して「一切で是丈ですか」書記「イヤ猶だあります、來月の十日支拂ひの分と、廿日支拂の分が」と云ひ又二通取り出した、是は森江氏が當地の取引先、ソイルドと云ふ商店とパスカルと云ふ商人とに宛て振出したものである、雙方とも十萬圓の上である、書記は念を推す樣に「初めのをも合せ、總體で四十八萬、三千二百五十圓です」森江氏「四十八萬三千二百五十圓」と機械的の聲で繰返した。

書記は容赦も無く、青褪めて居る森江氏の顏を鋭く見詰て「極打明けて申ますが勿論貴方の信用を疑ふ譯ではありませんけれど、併し — 」併しと云ひて更に言葉へ重みを附け、「當地の人の説を聞きますと、貴方が是だけの支拂には應じ得ぬ樣にも云ひますが」全く森江氏の面色は土の如しで有る、と云つて自分の名に對し屈しては居られぬ場合である、殆ど必死の力を絞り集めた樣な聲で「私の父が頭取で有つた卅五年間と、私がその後をついでからの廿五年間合せて今日こんにちまで六十年の間、一度でも信用を疑はれた事の無い森江商會です」と、何うから言切るだけは言切つた。

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