◎噫無情(002)
ヸクトル、ユーゴー 著
黒岩涙香 譯
噫無情 : 十一 甚いなア、甚いなア
何だッて戎、瓦戎は、子供の落した銀貨を足の下へ敷たゞらう、餘り愚な仕草では無いか
彌里耳僧正が何と云ッた、魂を入替て、善人に成るのだよと、血の埀る樣な言葉で教へたでは無いか、戎の耳には其言葉が猶だ響て居る、彼れの心には僧正の限り無き慈悲の心が充ち滿ちて居る筈である、其れだのに、早や此樣な罪を犯すとは何う云ふ譯だ
多分は彼れ、正氣では無いのだらう、心が狂て居るのだらう、彼れ十九年の間、獄に居て、唯だ世の中の憎いことを許り心に刻み、復讐しやう、復讐しやう、とのみ思ひ詰めて出て來たのだから、心が狂て居る際でも知らず〳〵に此樣な事をするのだ、子供は忽ち立留ッて、銀貨を踏で居る戎の足を見、次に戎の顏を見上げた、顏は極めて恐しい、けれど子供は恐ろしとも思はぬ、唯だ戯れと思たのだらう、思案もせずに戎に近き『伯父さん其樣な事を仕ては可ないよ』戎は無言だ、子供『其足を擧げてお呉れ、ヨウ伯父さん』戎は光る眼で、子供の顏を見た、見た樣の凄さには子供も初て恐れを催ほしたらしい、殆ど泣出す樣な聲で『大事な銀貨だからよう』
戎は動きもせぬ、子供『では足を擧て斯して取るよ』と云つゝ子供は俯向いて戎の足に兩手を掛けた、無理も無い、全く大事の銀貨だらう、子供としては一身代奪はれる樣な者である、戎の足は少しも動かぬ、子供は力盡きて今度は戎の胸を推し『ヨウ伯父さん、還してお呉れ、銀貨を無くしては大變だから、ヨウ、ヨウ』と搖ッた、戎は澁る樣な聲を出し『銀貨など知る者か』と叱つた、子供『だつて此足に踏で居るじや無いか、お呉れと云ふのに』戎は怒りを示して立上つた、けれど踏だ足は動かさぬ、子供は劍幕に恐れて一足 退いた、其の眼には最う涙が浮んで居る『甚いなア、甚いなア、子供の錢なんかを盗んで』と泣き聲で恨んだ、之を平氣で聞く戎は全く鬼である、彼れは平氣で聞くのみで無い、大喝して『夏蠅い奴だ』と再び叱つた、子供は泣て『金を返せ、金を返せ』戎は出拔に杖を取り『是れだぞ』と振かざした、全く叩き殺す勢ひである、直に子供は、泣ながら一散に逃げた
けれど暫く行て逃兼ねたと見え、良久しく其泣聲が、淋しい原に、蟲の音の樣に聞えて居た
戎は立た儘である、銀貨を踏だ儘である幾時か其の儘で、恐い顏して徒だ空中を睨んで居た、何時まで彼れは此儘で居るのだらう、自分で自分の立て居る事を知て居るのか知らん、其中に日は全く沈んで了ッた、戎は身に受ける夜露の寒さにゾッと身震したが、是れが彼れの身に氣附藥の樣に利た、熱を持て居る彼れの腦は冷めた、彼れは『オヤ』と云て四邊を見廻した
頓て立去らうとする如く、彼れは背後に在た袋を取ッて背負ひ直したが、此時チラリと彼れの目に見えたは砂の中に光る銀貨である、彼れは怪む樣に俯向て之を取上げたが、取上ると共に、電光の如く彼れの腦髄に光が射した、彼れは何も彼も思ひだした、今の子供の泣聲さへ猶だ耳に響て居る、エヽ、何だとて我が身は子供の銀貨を盗んだのだらう、僧正の清い姿も眼に浮だ、唯だ一時にして生涯の悔恨に身を責らるゝは斯樣な時である、彼れは直ちに、暗い大地の上に身を投た、地を掻むしッて悔んだ、けれど悔しんでは居られぬ、直に立上ッた『子供よう、子供よう』と叫んだ、延上ッて四邊を見廻した、子供は居ぬ、最う去てから時が立ッた
彼れは子供の去た方へ走ッた、半丁も走ッたけれど姿が無い、又聲を立てゝ呼だ、呼では走り、走ッては呼び、廣い野原を、月の出るまで走り廻ッた、月に透すと何だか彼方に人影がある、直に其傍へ行て見ると、旅の法師であらう、瘠馬に乘て兀々と夜路をして來るのだ『法師さんお願ひです』と戎は馬の前に首を垂れ『若し貴方の通た道で、十一二の一人の子供は居ませんでしたか』法師『愚僧は誰にも逢ひません』戎は銀貨を差出して『何うか之を貧民にお施し成さッて下さい』受取るのが法師の役である、怪みながら受取ッた、戎『若しや何處かで子供の泣聲を聞ませんでしたか』法師『聞きません』戎は又『何うか貧民に、之を』とて今度は銀貨二個を出して渡し『アヽ、私しは盗賊です、盗賊です、何うか警察へ連て行て、懲役に遣て下さい、此世には居られぬ惡人です』法師は驚いて瘠馬の腹を蹠[誤:蹴]て之も逃げた
如何とも仕方が無い、再び戎は聲を立て子供を呼びつゝ、何所までとも走ッたが、遂に路の三方に岐れて居る所へ來た、何方を見ても村らしい者は無い、彼れは大地に摚と座して、膓の底から深い涙が迫ぐり上げた『エヽ己は、エヽ己は』と聲を放ッて泣き、頽折れて鰭伏した、彼れが泣くのは廿年來絶えて無い事だらう、涙が彼れの痺れた腦髄を解きほごせば好い
何時間泣いたか知らぬが、全く存分に泣た、之れが彼れの魂の入れ替る時で有らう、幼い頃から彼れの心は、善心を捻伏て其上へ自分で惡の壁を塗り、世間が憎い人が憎いと、曲た心ばかり練固めた、無理に頑冥にしたのだから、最う善と云ふ心は芽を吹く力も無い樣に枯れて了ッたのが、其の所へ彌里耳僧正の靈精が差込だ、彼れの心は昨夜から革命の樣に揉めて居た、今が革命軍の最も盛に揉み立てる時なんだらう、彼れにして若し少しでも物事を比て見る丈の力が有れば、僧正の心と自分の心とを比べても見るだらう、自分が自分の目へ全く人鬼の樣にも見えるだらう、彼れは天國の光に照して自分の惡相を、愛想の盡きる程に見入た
竟に彼れは何うしたゞらう、其れは誰も知らぬ、此夜の夜半を過ぎ、世間の寢鎭つた三時頃にダインの町を通ッた郵便の飛脚が有る、其者が丁度彼の彌里耳僧正の前を通過した時に、其戸口に一人の男が地に伏して合掌し、神にでも祈る樣な身振で一心に家の中を拜んで居た
* * * * *
此男が戎、瓦戎である事は、云ふ迄も無い、彼れが再び話の表に現はれる時に何の樣に成て居るだらう、抑も又 何所へ現れて出るたらう[誤:だらう]
噫無情 : 十二 華子
女學生でさへ墮落する、冷んや女工に於てをやだ、嘆かはしい次第では有るけれど若い男女の身に過ちや惡事の有るは、孰れの國、何れの時にも、仕方の無い事と見まる[誤?:見える]、とは云へ一つは社會の仕組も惡いのだ、可哀相に、貧と云ふ奴が若い身空の者を驅て、墮落せざるを得ぬ樣な境涯に立たせるのだ、イヤ沈ませるのだ
戎、瓦戎が僧正の家の戸口に合掌して祈て居た時から早や二年の後である、巴里の懶惰學生四人が恐しい惡戯を遣かした、遣た方は冗談だとか腕が好いとか云ふだらうが、遣られた方では生涯を誤るのだ、殘刻とも云ふ可きである、一々名前は擧げぬけれど、地方から遊學に來て居る奴等で、四人とも銘々に情婦が有ッた、情婦と云ふのは孰れ女工の果なんだらう、針を持つより學生に仕送られるのが樂だから、其れは又年頃でも有り、旨い學生の口前に欺されて女工でも無く處女でも無い一種の遊惰者に成て了つた者と見える
或時四人と四人、八人が一群と爲つて町盡處の野原へ遊山に出た、是れは學生の方で、驚かせる事が有るからと云て誘ひ、女の方では何の樣に驚かされる事かと樂んで附て行たのだ、勿論若い同志だから、傍から見れば馬鹿げても居るだらうが、當人達は此上も無く面白う一日を暮し、爾して遊び草臥て田舍の茶屋で夕飯を喫たけれど、驚かせると云た約束が何の樣な事柄なのか少しも『驚く』と云ふ樣な波瀾が無つたので女達は『サア驚かせて下さい』『何の樣に驚かせて呉るのです』などと寄々に迫つて居た、スルト學生等は一人去り二人去て、悉く席を外した、サア愈よ驚かせて呉る事と女どもは目を見合せて窃に笑て居ると、卅分經ても一時間經ても音沙汰が無い、少し怪んで不安心に思ふ所へ、其家の給仕が一通の手紙を持て來た、『キッと是ですよ』とて四人額を突合せて封を開いて見ると四人連名で此四人へ宛てたので、中の文句は手切れ状である、我々四人は孰れも國に兩親が有り最う學問も仕て居られぬから、只今發足して故郷へ歸るのだ、今までの事は互に夢を見たと斷念めて呉れ、茶屋の勘定は濟せて有ると云ふ意味を記して有る
是が驚かずに居られやうか、多分は嬉しく驚かされる事だと思たのに、爾は無くて恨めしく驚かされたのだ、餘りの事で、四人は眞事とは思ひ得なんだ、けれど全くの眞實であッ[※※;た、?] 直に外へ出て、問合せたり聞糺したりして見ると、四人とも、巴里の方から來た馬車に乘り、地方の方へ向け最う一時間も前に立去ッたとの事である
悔でも仕方が無い、笑談と見せて笑談で無かッた、此後、幾日幾月經ても、イヤ幾年經ても、彼等學生は再び巴里へ來なんだ、彼等の或者は田舍の代言人とも成り、或者は村會議員とも成り、或者は地主樣とも成て、先づ田舍紳士と云ふ資格で相變らず銘々の土地の空氣を腐らせつゝ、面白可笑く生涯を送ッただらう
振捨られた女の方は、四人の中が三人まで單に平氣で有た、ナアニ有うちの事なんだよと、殆ど氣にも留なんだは、自分等が幾等でも學生の財布を吸取たのを手柄と心得て居るのだらう、爾して直に後釜をでも捜したに違ひ無い、けれどもだ、けれども四人の中に、唯だ一人本統に泣悲しんだ女がある、其名を華子と云ひ、四人の中で年も若く爾して一番の美人で、一番世間知らずで有た、年は其時が十七歳、生れて此國の北海岸に在るモントリウルと云ふ小都會の貧家で、幼い頃、兩親に死なれ、父の顏をも母の顏をも覺えず、其の土地で育ちはしたけれど女工と爲て巴里へ來たのだが、全く頼り無い身の上だけに、親切にして呉れる彼の學生を生涯の所天ぞと思ひ、欺されるとは知らずして欺されて居た、其れ丈ならば猶だしもだけれど、捨られたとき實は其學生の胤を宿して居た
身重の身體で最早や骨の折れる眞面目な仕事とては出來ず、讀み書は唯だ自分の名前だけで其の以上は分らぬゆゑ、人に頼んで三度まで手紙を認めて貰ひ、其學生の許へ送たけれど、何の返事も無い、竟に泣々 斷念めたが、間も無く美しい女の兒を産落した、世に、初ての女の兒ほど母に取て可愛い者が有るだらうか、其愛に引かされて、悲さをも辛さをも凌だけれど、凌がれぬのは暮し向である、若し此に墮落して眞の醜業婦にでも成れば本來の綺緻は好し隨分贅澤にも世が送れたゞらうけれど、其の樣な氣質で無い、其兒が數へ年、三歳に成ッたとき、是では末の見込が無いと熟々思ひ込だので、自分の生た田舍へ歸る氣になッた、故郷ならば猶だ知た人も有り、工場へ雇はれて何うか立過しが附くだらう
併し故郷へは兒を連て行ては駄目だ、都と違つて、堅い田舍の人が、私生兒など連れて歸れば唯だ此身の墮落を賤むのみで、誰が世話など仕て呉れる者か、歸る途中で何所かへ預る事に仕やうと、辛い思案では有るけれど、血を吐く樣な想ひで心を定め、先づ自分の着物の中で、絹物は悉く兒の着物に仕立て直し、家財道具を賣拂ッて二百法の金を得て、其中で溜た[誤:溜て]居る借金などを拂ひ、猶ほ多少の支度をもして、殘る八十法を懷にし、重い革包一個を携へ、兒を脊に負ひ、田舍を指して巴里を出た[、] 今まで貧いとは云ても身には綺羅を[※※;張り?]、日々化粧なども仕て居たが、打て變ッて元の粗末な女工の姿に復たのは、斯かる女としては仲々の勇氣である、この時この華子の歳は廿二であッた
噫無情 : 十三 小雪
背には兒を負ひ、手には重い荷物を提げ、故郷を指して巴里を出た華子は、途々乘合の馬車にも乘り、歩みもし、又休みもしつゝ、日暮に及びファーメールと云ふ小い町に着た
茲は此のち彼の拿翁が最後の敗軍に名を留め殆ど世界中に知らるゝ事と爲つた汪多塿へ行く追分路である、其 追分の所に居酒屋の樣な小い宿屋で有て妙な看板が掛つて居る、妙なとは極めて下手な畫で、一兵卒が、負傷した大將軍を脊負て落延る景状を見せ、其の身邊に無暗と煙を畫いて有る、此煙は則ち戰場を利かせた積だらう、聞けば此家の主人手鳴田と云ふ者が昔し軍曹を務めた事が有て、嘘か誠か知らぬけれど、自分の常にする手柄話を自分の筆で看板へ畫いたと云ふ事だ、之が爲に此宿屋は軍曹旅館と稱せられてゐる
華子は此家の前まで來掛ッた折しも、丁度華子の連て居る兒と同じ位の女の兒が、其妹と思はれる更に小い兒と共に往來に遊んで居た、如何にも其の状が可愛いので華子は立留ッて、思はずも『オヤ好い兒だこと』と感嘆した、此聲を聞たのが、直に其傍に立て居た母親である、自分の兒を賞められて嬉しく思はぬ者は無い、直に華子の傍に寄り『ハイ皆樣が爾う仰有て下さい升よ』とて暗に自分で其母だと云ふ事を披露し、更に華子の背に眠つて居る兒の顏を窺き込み『貴女のお兒さんこと、ほんに可愛では有りませんか、先ア私し共の店で、一休して乳でも呑せてお上げ成さい』とて世辭を返した、併し之れは世辭と云ふのみで無い、華子の娘は母に能く似て、誰の目にも全く美しいのだ、後々は何の樣な美人に成らうとの面影が二葉の中に宿ッて居る
頓て華子は誘はるゝ儘に軍曹旅館の店先に腰を掛けた、誘ふたは此家の主人、元の軍曹と稱する手鳴田の妻である、女同士の眤むも早く、早や兩女は身の上などを問ひ合ひ語り合ふ程と爲たが、華子は茲が我兒を預く可き天の指示す所であると思ふた、茲を過しては又と此樣な所の有らう筈が無い、暫しの間に思案を定め、言出す可き言葉の折を待て『何うでせう、私しの小兒を預ッてお育て下さる事は出來ますまいか』と言ひ出した、勿論妻は驚いたけれど可とも否とも答へぬ、華子『預ッて下されば月々六法づゝ仕送りますが』六法なら充分の手當である、妻は夫が聞て居やうとか奥の間に振向た、夫は世に云ふ地獄耳で、我が店先に在る事を見逃し聞逃しなどする樣な男で無い、直に聲を出して『六法では可けぬ七法で無くば』華子『では七法拂ひませう、私しは八十法持て居りますから』主人の聲が又聞えた『爾して半年分の前金を費はねば』妻は早速暗算して『六七四十二法です』と説明した、華子が若し『[誤:『は不用]最と世故に長けた女なら、是だけの容子で、此の夫婦が一通りの相手で無い事が分り、大事の子を茲へ預けて成る者かと怖氣を奮ッて立去る所で有ッただらうが、爾までは見拔き得ぬ、終に六ヶ月の前金と、自分で丹精を凝して拵へた四季一通の小い着替まで荷物の中から出して此夫婦に與へ、此夜は茲に一泊して、翌朝兒を殘して出發した。此兒の名は小雪(コセット)と云ふのであッた
是で華子は身體も荷物も輕くなッた、併し小雪に分れるのが何れほど辛い思で有たかは、華子が此町の盡れまで行き、立去り兼ねて、泣て居たので分る
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此後は毎月の樣に華子から手紙が來た、小雪の容子を聞かせて呉れと、其度に手鳴田は、無事に成長する計りだと答へて遣つた、七ヶ月目には約束通り七法の金が來た、定めし華子は故郷で職業に有附た者と見える。其後も引續いて月々金が來たけれど、手鳴田の慾心は増長した、間も無く小雪の衣類は賣拂て了ッた上に、華子の許へ七法では足らぬから十二法づゝ送れと云つて遣ッた、華子は之にも從ッた、其うちに彼は又 何所から何を聞出したか、何うも小雪は私生兒だらうと疑ひ初めた、其れならば十二法で口留に成る者で無いと、今度は文句も横柄に、十五法づゝ送れと云て遣た、之にも華子は從つたけれど、女の手で、月々十五法の仕送りは容易の事で無い、年の經つに從つて金を送つて來る期限が段々に少しづゝ後れ、果は滯ほる事さへ有るに至た
其れで小雪を何の樣に養つて居るかと云へば、實に甚い、近所へは母親の捨て行た子を慈悲で育て居る樣に言做し、賄附で預つた子の樣にはせぬ、其上に妻の方が更に甚い、自分の産んだ娘二人を可愛がるに付けて小雪を憎む、小雪が居ると娘の呼吸する空氣をまで吸減される樣に思ふ、食はせる者も犬の食より少し優り、猫の食より遙に劣る、先づ犬と猫との間である、華子から來る小雪の養育料は姉娘 疣子(エポニン)と姉娘[誤:妹娘] 痣子(アゼルマ)の養育費に成て了ふ、疣子痣子まで母に見習て小雪を窘る
全く小雪は奴隷の樣に追使はれる、五歳や六歳の兒が、爾う使はれると云ふは怪しくも聞えるだらうけれど怪くは無い、艱難と云ふ者は何れほど幼い子の身の上にも降て來る、現に此頃の裁判に、五歳から一人で糊口して居た孤兒の例が有ッた、其者は盗坊で罰せされた、小雪の追使はれるのは拭掃除や、小買物の使ひや、宿屋だけに皿小鉢の持運びや、其れは~用事が絶ぬ、此樣な次第だから小雪の身體は痩て凋び、元は何の樣な美人に成らうと思はれたのが全く見る影も無い、若しも三年目に母の華子が見に來たなら之が自分の子の小雪だとは受取る事が出來ぬだらう、只だ其美しい太い眼だけが幾等か元の状を留めて居るかと思はれるけれども顏總體が縮んで居るから不似合に太く見えて釣合を爲さぬ
近所の人は此子を綽名して雲雀と呼だ、雲雀とは能く云た、身體などは殆ど小鳥ほどしか無い爾して物に驚き易くて、人を恐れて、朝は町中の誰よりも先に起きて、水汲みに出たり、使に出たり、多く青天の下に居るのだ、但し此の雲雀は囀ると云ふ事が無い
噫無情 : 十四 斑井の父老
小雪が此樣に瘠せ、凋び、追使はれ、窘められて居る年月の間、母の華子は何の樣に暮して居るだらう、先づ其の歸て行た郷里の事から述べねば成らぬ
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華子の郷里モントリウルと云ふは、昔から英國産や獨逸産の珠玉の餝物を模作し、婦人の、裝飾用として諸方へ積出す土地であるが、近來原料の値が騰貴した爲め、自然商賣が衰へて、土地總體に殆ど見る影も無い迄に疲弊して居た、所が、千八百十五年(戎、瓦戎が僧正の家に宿つた年)の暮に何者とも知れぬ旅人が來て、木の脂や護謨などを以て其品を製造する事を初めた、誠に容易な改良では有るけれど、原料も安く、手間も少く、其上に出來揚りが見事なので、一時に聲價を高くして、寂れた町が纔の間に回復し土地總體に、昔に幾倍する繁昌を來した、眞に工業的の革命が行はれたと云ふ者だ
其の一斑を記せば、其事の發明者は三年の間に自分を富ませ、自分よりも更に多く土地を富せた、併し此人が何者かと云ふ事は誰も知らぬ、何でも彼れが此土地へ入込だのは十二月の末の或夕方で有ッた、其とき彼れは纔に數百法の元手しか持て居なんだらしい、荷物と云へば背に負た嚢と、手に持た杖だけで有ッたが、丁度其の夜に、町役所から火事が出た、彼れは其れと見るが否や馳せ附けて、全く命掛で働いて、見た人の噂では彼れが火の中で焼死なんだのが不思議である、命の惜い人には、迚も其の眞似は出來ぬ、彼れは煙の中から二人の兒供を抱て出た、其兒供が丁度警察長官の子で有ッたので、長官は甚く有難がり、其れが爲に彼れの持て居る旅行の鑑札をさへ檢めなんだ、檢めては失禮に當ると云ふ程に感じたのだらう、だから彼れの身分は誰にも分らぬ、名は其時から斑井の父老(ファーザーマデライン)と呼ばれた
父老と云ふのは先づ多少の尊敬である、斑井とは自分の名乘る名なんだらう、彼れの製品は殊に西班牙の方面から莫大の注文が引切り無しに來る事に成り、本場の英國や獨逸の株を壓倒する程に見えた、彼れは二年の後に男工、女工と二棟の大なる工場を建てた、五年目には銀行への預金が六十萬 法以上も溜ッた
けれど彼れは自分で是だけ溜る迄には、町一般へ直接間接に何れほど寄附したか分らぬ、慈善病院をも彼れの力で増築した、彼れは二箇の學校をも建てゝ町へ寄附し、其教師をも自費で雇ふた、常に彼れは云ふた、國家の中で、最高至上の職務と云ふのは、國務大臣で無い、病院の看護婦と、學校の教師だと
彼れの年は五十左右と見受けられた、氣質は至て柔和で有る、顏を見ると爾う柔和では無く、餘ほど艱難を經た者と見え、深い筋が額にも頬の邊にも刻まれて居る、爾して極の無口だ、けれど男女の區別を正す事だけは至て嚴しい、工場を分けたなども男女の風儀を重ずる爲である、從來餘り風儀の良くは無い土地で有ッたけれど、之が爲に餘ほど改まッた、苦情も醜聲も貧の泣聲も無くなッた、細民と云はれて居たる者達が大抵は富んだ、從ッて正直にも成た、彼れが人に云ふ言葉は唯だ『正直にせよ』と云ふより外に無い、職工に向ても、女工に向ッても『お前は正直者に成らねば可けぬよ』とのみ云た
其上に彼れは信神者だ、日曜日には必ず朝夕に誰より先に先に説教を聞きに行た
中以下の者は彼れを慕はぬは無かッたが上流の中には彼れの餘りに篤實な行ひを合點し得ぬ連中も有ッた、其樣な人は、彼れが町の事に多分の寄附金などをするを見ては云ふた『アヽ市會議員の候補を爭ふ下心だ、彼れ仲々の野心家だ』と、併し彼れの徳望は市に溢れたと云ふ者だ、千八百十九年に地方廳から、彼れの功績を中央政府へ上申した、彼れは國王から土地の市長に任命せられた、けれど彼れは辭した、彼れを野心家と云た連中は見當が違ッた、間も無く彼れの製品は勸業博覽會で最有功の審査を受け賞勲局から彼れの名譽ある勲章が下つた、彼れは又辭した、愈よ彼れの心の奥底が分らぬ、斑井父老、斑井父老、其名は殆ど神の樣だ、諸所方々の宴會や祝宴などから彼れの元へ招待状が雨の樣に集ッた、けれど彼れは悉く斷ッた、彼れを疑ふ者は又云ふた『無教育の人間だから交際の仕方を知らぬのだ』と、是だけは本統かも知ぬ、彼は一身の暮し方でも實に質素を極めて居た、自分の使ふ職工と多く違はなんだ
愈よ出て愈よ現はれるのは彼れの徳だ、終に市會が全會一致で彼れを市長に推選した、國王から再び其の任命が來た、彼れは又も之を辭した、けれど今度は地方廳が、其の辭表を取次がぬ、市中の重なる者は、或は自身で、或は總代を立てゝ、毎日の樣に彼れの許へ、就職の勸告に來た、其れでも彼れは聽かなんだが、或日彼れが細民の住む町を見廻ッて居ると、一人の老婆が戸口に立て、腹立しげに彼れを罵ッた『市長に成れば何の樣な功徳でも出來るのに、此人は功徳を積むのが嫌ひだと見える』此言葉が最も彼れの心を動かしたらしい、彼れは終に就職した、善を行ひ功徳を積むと云ふ考へで就職したのだ、斑井父老と呼ばれた身が終に斑井市長と尊はるゝ事に成た
噫無情 : 十五 蛇兵太
眞に斑井父老の樣な善人は又と得難い
彼れは幾等 富ても自分の暮し向を變ぜぬ贅澤と云ふ事が一つも無い、少し身體の暇な時には讀書する、其が爲だらう、初め此土地へ來た頃から見ると、言葉も人柄もズッと上品に成た、初は職人かと思はれたが今は立派な紳士である
彼れは銃を肩にして出來る事がある、けれど罪の無い生物を決して殺さぬ、何うかして偶に射撃する時は、其狙ひの正しいと恐る可き程だ、彼れは何時でも許多の金銀貨を衣嚢に入れて家を出るが、歸る時は全く空に成て居る、途中で貧民や兒供に與へるのだ、時に依ると人の留守の家に入込で、棚の上へ金貨を置て立去る事も有る、又彼れは若い時に田舍に住だ事が有ると見え農産物などに就て樣々の知識を持て居る、折さへ有れば誰にでも教へて遺るが、其言葉に從ッて見ると必ず意外の好結果が得られる、彼れは腕力も強いかして、可成の年だけれど途中で行惱んだ荷車などを推して遺る時には馬よりも強い、曾ては町の中で荒狂ふ牡牛をば、角を持て押附けた事も有る
何しろ彼れの評判は日に〳〵高い、或る貴婦人などは、彼れが何の樣な寢室に臥るだらうと怪み、物好にも『拜見させて下さい』と言込んだ、彼れは直に其婦人を二階に連れ行き寢間の飾り附を見せた、其婦人は案外な想ひをした、狹い室に、古い寢臺が一つ有るのみで、四方の壁は古新聞紙で貼つて有る、此の上も無い質素な作りだ、唯だ一つ不似合とも云ふ可きは、枕許の棚に二個一對の銀の燭臺が立て居る、刻印で見ると全くの純銀だ、其上に多少の古色も着て居る
* * * * *
千八百二十二年、即ち彼れが市長に就職した翌年である、有名なダインの高僧 彌里耳僧正が死だとて、其の報知が田舍の新聞にまで載せられた、彼れは之を見て自分の服へ直に喪章を着けた、餘ほど彼れは悲んだ容子である、之を見て、上流の人達は、扨は此の市長は彌里耳僧正の親戚で有られたのが、其れでは慈悲善根を積むのも無理は無いと、一方ならず尊敬する事に成た、或人は故々彼れに問ふた『貴方は彌里耳僧正のお從弟だと聞きますが』彼れは答へた『イヽエ、何でも有りません』其人『でも喪章をお着け成さるのは』彼れ『私しは若い頃、彼の方の厩に雇はれて居ました爲めです』
最う斑井市長を尊敬せぬ人は一人も無い彼れの名は遠近に響き渡つた、土地の人は何事が有ても彼れの相談に來る、又相談さへせば必ず滿足な結果を得るのだ、訴訟事でも裁判所へ持出さずに先づ彼れに仲裁を頼む、彼れが仲裁すれば必ず公平に治めて了ふ、其れだから十里二十里と雜れた土地から故々彼れの容貌風采を拜みに來る人さへ有る、彼れが外に出ると子供や又は特別に彼れの世話に成た者達が群を爲して其の後を隨ふて行く程とは成つた
* * * * *
併し斯様な中に一人、斑井市長を怪んで、何うしても心の解けぬ人が有る、其れは此土地の警察に巡査部長を奉職して居る蛇兵太(ジケベルト)と云ふ者である
蛇兵太は斑井父老が此土地へ入込で多少の位地を爲した後に此地へ轉任して來たのだから、初の事は知らぬ、けれど自分が來て後は少しも斑井に目を離さぬ、其のち斑井の身分が上れば上る丈け益々彼れは嚴重に目を附けて、斑井が市長とまで成るに及んでは、何うしても此市長の化の皮を剥いて呉れねばと決心した樣である
此者は本、巴里の監獄の中で生れた、母は愚民を欺いて世を渡る女占師で、父も懲役に入て居た、是だけの成長で大抵其人柄は分るだらうが、人情と云ふ者が毛ほども無い、何でも彼れに取ては法律の有る許りで、人の善惡は唯だ法律に觸れると觸れぬとで分れるのだ、少しでも法律に背いたと見れば、直に目を附ける、直に證據を擧げる、直に密告する、直に捕縛する、天然に捕吏と云ふ恐しい職務に生れ附て居るとでも云ふのか知らん、縱しや自分の父で有らうが母で有らうが、法律に違ッたと見れば容赦は無い、其れだから他に何の取所も無いけれど※年も巡査を勤めて今は部長にまで登ッて居るのだ、大抵の人は一目彼れの姿を有れば震へ上て了ふ、彼れは何時でも其額を帽子の縁に隱し、其の眼を濃い眉の下に隱し、顋を襟の中へ突込で隱し、手先を袖口の中に隱し、警棒を外套の下に隱してノソリ〳〵歩んで居る、宛で羅紗に包んだ箱が歩んで居る樣な状で、少しも人間と認む可き所は現れて居らぬけれど、スハ怪しい者が見えたと爲ると、手も足も目も口も、一時に隱れ場から現はれて、飛掛ッて捕縛する、全く人を捕へる機械の樣に出來て居るのだ
此機械は初めて斑井父老の顏を見た時、何だか見覺えの有る顏だと怪んだ、何でも暗い所を經て來た顏に違に無い、爾無くば己の眼に斯う見覺の殘る筈が無いと云ふのが彼れの論法だ、幾日幾月彼れは怪んだか知らぬが、終に思ひ出したと見え、『爾だ、最う逃さぬぞ』と呟いた、此後と云ふ者は折さへ有れば斑井に接近した、何でも確な證據を得ねばと、唯だ其れのみに肝膽を碎く容子で有ッた
けれど彼れに對する斑井父老の容子には少くも、他の人に對するのと異ッた所が無い、同じ樣に信切で丁寧で、同じ樣に平氣で、謙遜だ、身に暗い所の有る人とは少しも思ふ可き手掛が無いので、彼も聊か倦飽で居たが、併し終に變ッた所が有ッた
多分 斑井父老は蛇兵太が自分を怪む容子に氣が附かなんだゝらう、けれど終に氣が附かねば成らぬ塲合が來たのだ

