◎巌窟王(巖窟王)(上 006) アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香譯
巖窟王 : 五一 チブレン島
死人に代つて獄を出ると云ふ如き大膽な思案を友太郎に起させたのは、是れが法師の能く云ふた天意では有るまいか。或は法師の靈が此の思案を授けたのでは有るまいか。
山の樣な怒濤に揉まれながらも友太郎の心は、弛まずに神の助けを信じてゐる、我身を水底に沈まぬだけに支へてゐれば必ず何處かへ流れ着いて助かる事になるだらう、唯此の樣に思ふて風雨とも浪とも鬪つてゐた。
其の見込は間違はなかつた、彼の力が殆ど盡きて、最早如何とも仕難い頃、彼は但ある岩の上に打上げられた、此の岩が、即ち彼の目指してゐたチブレン島である。
身體の疲れは一方で無いけれど、氣が立つてゐるから中々挫けはせぬ、直に岩の高い所まで攀ぢ上り、暗の中に四方を眺めて方角を案ずるとブラニエルの燈臺の光りに依り茲がチブレン島だと分かる、目指す島へと着いたけれど、扨て此上は何しやう、四方の暗黒よりも、我身の上の寸前が猶更暗黒である。
雨は爾ほどでも無いけれど風と波とは益々激しい、殊に雷鳴さへも加はつた、兎に角夜の明ける迄と、岩の被さつて蔭と爲つてゐる樣な所を探し茲に身を潛めたが、間も無く海の面より、人の悲鳴する聲が聞える樣に感じた。
素より怒濤の間から餘くは聞き分られぬけれど、若しやと思つて再び岩の高い所へ上り、此方彼方と透かして見てゐる間に、パツと閃く電光が海の面を隈なく照した、此光りに分かつたのは茲より五六丁の沖合に一艘の漁船が波に捲かれて覆り、今や宛も二人三人の乘組員が海底へ攫へ込まれる所である、先に聞えた悲鳴の聲は此人々の叫びで有つたのだ。
船をさへ碎く程の浪だから其中へ落ちた人の助かると云ふ事は迚も出來ぬ、再び閃く電の光に見れば、海は唯だ山の樣な浪の重り合つて狂ふ許りで舟も無ければ人も無い、全く沈溺して了つたのである、殊に友太郎が此岩へ打上げられた時から見ると波の荒れ方が幾倍も強くなつてゐる、沈んだ人逹は最う此世の人では無いに違ひ無い。
舟に乘つてゐた人々は沈溺して、却て袋に入れて錘まで附けられて、爾して海底に沈められた人は助かる、實に不思議なものである、助かるのも人間の力では無く、死ぬるも人間の力で無い之が神技で無くて何であらうか。
再び岩の蔭に歸つて友太郎は神に謝した、爾して暫らく身を落ち着けてゐる間に、雨も風も次第に鎭まつて、夜も漸くに明け放れた。
天は昨夜の荒れに似ず青々と晴渡つてゐる、あれ丈の雲、あれ丈の風が僅數時間の中に何處へ收まつたゞらうかと怪しまれるけれど、友太郎に取つては却つて不安心である、日が出て後に若し泥阜の要塞から望遠鏡を以て此島を見れば此身の茲にゐる事まで分るに極つてゐる、何うか其樣な事の無い中に、通り合す舟でも有れば好い。
けれど浪だけは、昨夜の餘波で猶だ荒れてゐた、三たび岩の上へ登つて四方を見渡しても舟らしき物は見えぬ、如何とも仕方が無い、早や東の水平線が、日の出る樣に紅くなつた、最う泥阜の要塞で一切の役人が起きるのに間も有るまい、起きて若牢番が此身のゐた土牢へ朝飯を運んで行けば直ぐに此の身の逃げた事が分る、昨夜此の身が崖の上から落とされた時、途中、我知らず驚き叫んだから、牢番等は其聲を聞て怪しみ今朝は殊更早く法師の部屋から此身の室を見廻るかも知れぬ。
囚人の逃げた場合には、据附けの大砲を放つて塞の中總體へ警報を傳へると聞いてゐるが、今に其の警報が聞えはせぬか、今に幾艘の小舟が追人の乘せて此島へ漕寄せはせぬかと、樣々に氣遣ふ中彼方に見ゆつ馬耳塞の港口から一艘の帆船が出た、未だ波の荒いのに出て來る所を見れば、禁制品を取り扱ふ密輸入者の舟でも有らうか、何にしても有難い、何うか早く聲の屆く邊まで來て呉れゝばと、只管其の方を注意するに、幼い頃から水夫で育つた友太郎の目には直に分る、確にレグホーン港の方へ行く航路を取つてゐるらしい、爾すれば此島からは聲の屆かぬほど遠い所を通るのだ、何とか此舟を呼び寄せる工風は有るまいかと、空しく四邊を見廻したが是れも天の惠みだらうか此島の一方の水際に何だか赤い物が有る、是れを取つて目印に、高く差上げて打振ればと思ひ、直樣水際へ行きて拾ひ上ぐるに水夫の冠る帽子である、多分は昨夜沈沒した漁船の漕手が被つてゐたものであらう。
之れを取つて岩の上に立ち、船の成るたけ近附いた時、打振り、打振り、救を求むる合圖をすると船は漸くにして見認たらしい、針路を此方に振向けて、次第々々に近づいた、けれど浪は高し足場も惡し、船が直接に此島へ着く事の出來ぬのは分つてゐる。
間近くなつた頃を計り、友太郎は今拾つた赤い帽子を冠つたまゝ、其船の所まで泳いで行つた、高い浪を掻分けて進む手際が一廉の水夫とは分つてゐる、爾して船の傍まで行くと船の方から「剛い、剛い」と聲を掛けて勵まして呉れ、綱を投げて之れに縋らせ、苦も無く救ひ上げて呉れた。
船長らしき一人は、友太郎の姿を見て「ヤ何と云ふ水夫だ、髮ならば十年に手入れした事の無い樣に伸びて髯の長さが六寸も有るとは」友太郎は尤もらしく「昨夜の暴で、丁度此處へ沈んだ漁船の船手です、使ふて下されば充分役には立ちますから、レグホーンまで載せて下さい」船長「丁度水夫を雇ひたい所だから、腕次第では期限を定めて雇ふても好いが、何だか氣味の惡い容貌だなア、第一此の髮の毛は何うしたのだ」友太郎「是れは何です、アノ、少し心願が有つて頭へ櫛や剪刀を觸れぬ事にしてゐましたが、其れが漸く屆いたから最う何時でも刈込ます」云ふ折しも泥阜要塞の方に當り、大砲の音が聞こえた、見れば監獄の屋根の邊に白い煙が一團となつて立上つてゐる、確に友太郎の逃亡が分かつたのだ、船長は鋭い眼で友太郎をジツと視詰め「エゝ泥阜要塞で大切な囚人が逃げたと云ふ警報だぜ、彼所から逃げる奴は大抵海へ來るに極ツてゐるぜ」疑ふ語調である。
巖窟王 : 五二 我姿を鏡に寫した
茲で若し看現はされては大變である、友太郎は必死の思ひで、平氣の色を裝ひ、唯だ「爾ですか」と輕く答へた。
果して此の答へが船長の疑ひを解いたか否やは分からぬけれど、兎も角も昨夜 泥阜の要塞から逃げ出した人の容子とは見えぬ程に沈着てゐた、其れに船長自身が法律を潛つて密輸人に從事する樣な職業の男だから、通例の人ほどは逃亡人を匿まふてならぬと云ふ感じが強く無い、逃亡人で有らうが有るまいが、知らぬ顏で雇ひ、知らぬ顏で使つて自分の用を足させればよいのだ。
全く此船は密輸入の船である、船長自身が持主で有つて、ゼノア府の人だと云ふ事も後で分かつた、友太郎の身に取つては、外の船に救はれたよりも、此の船に救はれたのが却つて幸ひだつたのかも知れぬ。餘り法律の目に觸れ度く無い人が、法律の目を避ける船に救はれたのだ。
其れは扨置いて、海の人が海の人に親切なのは當然の事とは云へ實に感心す可き程である、よしや海賊の船で有つても難船の水夫を拾ひ上るに躊躇せぬ、拾ひ上げれば必ず及ぶだけの手當をする、誰も彼も他日自分が救はれる人になるかも知れぬなどの懸念が有るので、自ら茲に至るのだ。
間も無く友太郎は着物をも食事をも與へられた、爾して身體の疲れも聊か休まつた頃、試驗の爲であらう、船の最も大切な舵を任された、舵に捉まる身體の容子で水夫の腕前は直に分かる、勿論友太郎は幼い頃から舵に捉まつて育つた男、殊に此の地中海の案内は自分の家の樣に能く知つてゐる、茲で先腕を見せて暫らくは此船に潛んでゐやうと云ふ氣が有る爲め充分に働いて見せた、其れに船長が使ふ地中海岸各地の言葉は悉く使ふ事が出來るので、場合に依り船長の代理も勤まる男と一同に認められた。
船がレグホーンへ着く頃である、友太郎は休み番と爲つたので、水夫の一人に向ひ「今日は幾日だらう」と問ふた、自分の身が幾年幾月牢に居て、今は幾歳に成つてゐるかそれを第一に知りたいのだ、梁谷法師が病氣に成らぬ前は年月日とも分つてゐたけれど、其後は壁の暦を廢した爲め精密な見當は立たぬ、問はれた水夫は猶豫も無く「今日は二月の廿八日よ」と答へた、實に不思議と云つても好い、昔友太郎が森江氏の持船巴丸に乘つて、彼のエルバの島の寄り拿翁の將軍から密書を托され、歸つて馬耳塞へ入港したのと同じ月同じ日である、友太郎の心には此月此日が刻印の樣に殘つてゐる、友太郎「年は今何年だ」問はれた水夫「年と問ふ奴があるか、千八百廿九年では無いか」
扨は土牢の中で、一日の違ひも無く滿一四年を過ごしたのだ、入牢が三月の一日で有つた、其時は十九歳の青年で有つたが今は卅二歳と爲つてゐる、アヽ土牢の中に滿一四年、何うして其樣な辛抱が出來たゞらう、今思ふと身震ひがする、どれにしてもアノお露は何うしたゞらう、老た我が父は何うなつただらう、憎い段倉や蛭峰などは何の樣に仕て居るだらうと、限りも無き感慨が胸に迫る。
愈々レグホーンへ着き、船長から雇入の約束と共に、給金の幾分が前貸せられた、實は船長が永く此男を雇ふて置きたいのである、爾して一時の上陸を許された。
十五年目に、人間の踏む同じ土を踏むかと思へば實に轍の魚が海に歸つた心持にも優るのである、けれど嬉しさに任せて餘り我が姿を往來の人に見せては何の樣な事に成らうとも知れぬ、土地の案内は知つてゐるから成るだけ淋しい町を通り、先づ着物 一襲を買調へ、次に理髮店に入つて髮を刈り髭を剃せた、是だけで外に用事は無いのだから直に船へ歸らうと思つたが、其れにしても我が顏我が容は何の樣に成つてゐるか知らんと、理髮店の主人に鏡を借り、永年逢はなんだ戀しい人に逢ふ樣な積りで我が姿を鏡に寫した。
巖窟王 : 五三 時が來た
鏡に寫つた、友太郎の顏形は、何の樣だらう、牢へ入る前に比べて何うだらう。
十九の歳から卅三歳まで、滿一四年を土牢の中に暮せば、決して容貌が變らずに出て來る事は出來ぬ。
入牢前の彼は、少しも人情の陰險な事を知らず、艱難を知らず、惡事を知らぬ清淨無垢な玉の樣な少年であつた、顏とても豐に肥えて圓く穩かに、爾して腹の中が悉くその面に現はるゝと云ふ樣で、誰とても之れに向つては心が解けずにはゐられぬ樣な相で有つた。
今は全く違つてゐる、圓かつた顏が長くなり、爾して少しも角の無かつた頬に聊か頬骨が現はれてゐる、爾して目に縁も元の平で有つたとは違ひ眉の下から凹んだ眼が落込んだ樣に見える、是等は痩た爲でも有らうが、痩た許りではない、艱難の爲である、永い間の難行苦行の爲である、口許なども甚く締つて、何處と無く「決心」と云ふものが現はれてゐる。
友太郎自身は爾も感ぜぬけれど、顏總體に、美しさの代りに凄味が現はれてゐる、それも惡人の凄味では無い、何うかすると高僧などの顏に在る樣な氣高い凄味で有る、此顏に永く視詰められてゐれば誰とて眼を埀れぬ譯には行かぬ。
又身體とても總體に變つて居る、入牢前は未だ充分に發逹せぬ少年の姿勢が失せなんだが、今は實の入る所には充分に實が入つて、眞に「立派」に成つてゐる、何方かと云へば痩形の方では有るけれども、痩たなりに力が滿ちて、條鐡の入つた樣に見える、眞に是が男盛りと云ふものだらうか、何ものを相手にしても、又何事を引受けても、確に健鬪して行く事が出來相である、一四年の月日は仇に過ごしたけれど、天與の身體は少しも損害を受けてゐぬので有る、通常の順序通りに發逹して來たのである。
友太郎は鏡を見終つて心の中に笑んだ、實に變れば變るものである、誰が見たとて今の我身を昔の團友太郎と思ふものか、縱しや我父とても、雇主の森江氏とても見違へるに違ない、許嫁であつたお露とてもイヤお露の事は先あ云ふまい。
髮は刈り髯は剃り、爾して先刻買つた新しい水兵の服を着けて戸外へ出ると、天にも地にも自由の氣が滿々てゐる樣に感ぜられる、全體人間自由の樂しさと云ふ事は一旦牢に入つた事のある人で無ければ本統に味はふ事が出來ぬ、何も樂しみに道具立の要るものでは無い、天の高いのが既に嬉しい、地の廣にのが既に喜ばしい、何より自分の身體が、何處へでも隨意に歩んで行かれるのが眞に是ほど樂しい事は無い、行きたくば行き、止まりたくば止まる、天に舞ふ鳥、淵に戲れる魚とても、この自由と云ふより上の樂しみは持つて居ぬ。
身も輕く心も輕く、羽化登仙の想ひで船に歸つた、船長も水夫も、髯 蓬々の状で拾ひ上げた怪物の樣な男が、斯う立派にならうとは思はなんだので、孰れも風采を見たゞけで尊敬の念を生じた、確に友太郎は、之を水夫の中に置けば神とも崇められる可きほど氣高い處があるので、船長は樣々の事を聞いた、幾個の歳から何と云ふ船に乘り、何處を航海して給料は何れほど得て居たなどと、之れに對して、友太郎は、成たけ尤もらしく答へた、船長の望みは少くも一年は此船に勤めて呉れと云ふのであつた、けれど一年は勤められぬ、三ヶ月と云ふ事で承諾した。
勿論長く此船に潛んでゐられる譯では無い、第一にモンテ、クリストの島に行き、巖窟の中の寶を取り出さねばならぬ、第二にはその寶を以て、憎い人、戀しい人をも尋ね、それ〴〵思ひ定めてある應報に着手せねばならぬ、目には目を酬いよ、恩には恩、恨みには恨みを歸せ、此れが此身の生涯の仕事である、神の司どると云ふ因果應報を、自分の手で附與するのだ、生涯を委ねても猶ほ足らぬを恐れる程だから、無駄に月日を過ごす事は出來ぬ。
三月の中には、幾分も給金が溜るだらい、幾等寶が巖窟の中に轉がつてゐるにしても、素手で取り出す事は出來ぬ。取出すには道具も要る、旅費も要る、約めて云へば其れだけの資本が要るのだ、何しろ此船の奉公が其資本を作るには屈強である。
思案は悉く定まつて、是より此船で、地中海の諸方の沿岸を航海した、目的としてゐるモンテ、クリストの島の附近をも幾度となく航海した、島の容子は今も昔も變りはない、相變らず岩を疊み上げた樣になり、相變らず、海の面に兀として隆く起り、爾して相變らず無人の島となつてゐる、昔茲へ隱した寶ならば今以てその儘存在してゐねばならぬ、此附近を通る度に友太郎は胸の躍る樣な氣がした、梁谷法師の事をも思ひ出し自分が自由を得た有難さを思ひ廻した、けれど肝腎、何うして此島へ近づくと云ふ方法を思ひ付かぬ、誰れにも疑はれぬ樣に上陸せねばならにのだからと、人知れず肝膽を碎くうち、早船長の約束の三月の月日も殘り少なく成つたが、好い時には、都合の好い事ばかり續くものである、地中海に浮んで居る幾艘の密輸船が、何處か無人の島に寄合つて、獲物分配の會議を開くと云ふ時が來た、爾して其場所、其無人島は、モンテ、クリスト島と定まつた。
巖窟王 : 五四 モンテ、クリスト島
愈モンテ、クリスト島へ上陸の出來る時が來た、待てば海路の日和とは此事である、密輸入船の船頭等が會議の爲に此島へ集まるのだから、誰とて特に友太郎へ目を付ける者は無い、全く友太郎は誰にも怪しまれずに此島へ上陸する事が出來るのだ、此樣な好機會が、願ふたとて又と來やうか。
船はレグホーンの港から出發するのだ、明日出發すると云ふ前夜は、友太郎に取つて最も氣の揉める一夜で有つた、愈梁谷法師に教へられた巖窟に入る事が出來るかと思へば、胸のみ騷いで眠るに眠られぬ、巖窟の中から大金を取出して、我思ふ計畫が悉く行はれる樣になれば何うだらう、それとも若し、巖窟の中に、何かの間違ひで大金が無くなつて居る樣な事は有るまいか、それから其れと心配も出で希望も出で、心の中は亂れた麻の樣に縺れ搦まるのみで有つた、其中に漸く夜が明け、漸く出發の時とは成つた。
其頃の船の速力は、順風に帆を揚げて、極々輕い早い船が一時間に八ノツトより十ノツトで有つた、其の速力でレグホーンから、クリスト島まで、凡そ二晝一夜で行かれる、出帆してから翌日の日の暮に首尾能く島の片蔭に錨を卸した。
他の船は未だ着して居ぬ、明朝までに追々着する事であらう。
友太郎は早く上陸したいとの念に堪へぬ、けれど船長から其命令が下らぬから、殆ど待ち兼て船長に問ふた「我々は何時上陸するのです」船長「船の中で夜を明すより外は無い、上陸したとて人家も無ければ雨露を凌ぐ樣な巖窟も無しさ」
氣にも留ずに船長の發する偶然の言葉だけれど、巖窟も無しとの一句が甚く友太郎の胸に徹へた、眞に巖窟が無いとすれば巖窟の中の寶とても無論有る筈が無いのだ、今まで待ちに待ち、樂しみに樂しんだ其寶が梁谷法師の空想に過ぎなんだのか知らんと、一時は此樣にまで思つたが、イヤ何巖窟はあつても船長が知らぬのだらう、實は誰にも知られる樣な所へ大金を隱して置く筈が無い、船長の知らぬのは、却つて大金が今以て無事に隱れてゐる記しだらうと此樣に思ひ直した。
夜の明ける迄に、果して他の船も追々茲に集まつた、爾して船長から船員一同に上陸隨意を言ひ渡されたのが朝の六時頃であつた、言ひ渡しに應じて第一に上陸すたのは友太郎である、此時彼の心地は、昔 閣龍がサンサルバドルに上陸した時の心地と多くは違はぬ。
友太郎は兼て誰にも怪しまれぬ樣に島内を見廻る爲に、獵銃を買調へて置いた、上陸すると共に之を肩にし、獵に行くのだと稱して、獨り、島の中の岩山に入り、其姿を隱した、尤も此島は岩又岩で疊み上げた樣に成つてゐて草木は多くは無く從つて鳥獸も澤山に居ぬけれど、山羊の類が多少棲息してゐる、其れに餘り銃獵者の來ぬ處だけに、射留る事も難くは無い。
島の一方では盛んに密輸入の獲物分配會議や、交易會議が開かれてゐる、水夫の多くは其方に氣を取られ、誰れも友太郎の所行には目も留ぬ状である、其間に友太郎は小山羊一頭を射て持歸り、之れを一同に與へ、後程茲を立つ時に、料理しては食はうと約束して又去つた。
爾して今度は、彼のスパダの遺言に記してあつた差圖に從ひ、海岸を檢め初めたが、孰れの岩も苔や海草に蔽はれてゐて、曾て人の通つた跡だらうと思はれる處も無い、勿論三百年前の事であるから今まで其跡の殘る筈も無いけれど、肝腎の巖窟と思はしきものが見當らぬのである。
けれど綿密に注意して、漸く岩の處々に昔足場の爲に石を缺いたかと思ふ樣に凹みのあるのに心附いた、之れとても或は苔に隱れ、或は雜木の根に掩はれなどしてゐるので、尋ね兼る處もあるけれど、水際の東西に、その凹みが點々と繼續してゐる處を見ると、天然や偶然とは思はれぬ、アヽ是れが我を導く手掛である、何處に初まつたかは分らぬけれど、遺言書に從へば多分は島の東端から來てゐるのだらう、是れを傳ふて行きさへせば、その盡る處が寶のある處に違ひない。
根氣能く尋ねて、終にその點々が但ある雜木の茂りの中へ入つて了つてゐる事を見究めた、此茂りが、多分は巖窟の入口に成つてゐるのだらう、是を推し分けて進めば、直に巖窟が、或は猶ほも戸の樣な物でもあつて入口を隱してゐるか、孰れにしても、尋ぬ可きは茲である。
是れまで當りと付けて置けば、此後更に船も水夫も、船長も、一切の何人も立寄つてゐぬ時に改める事をせねばならぬ、斯う思案を取極めて茲を去り、再び岩の最高所まで上つて見ると早や午後五時かと思ふ程に日は傾き、會議も終り、船も多くは去つた後である、爾して我船の水夫等が、草原に集て、先刻與へた山羊を料理し、今や食事を初めやうと云ふ時である、食事の濟み次第に船に歸つて又茲を出帆するのだ。
水夫等は友太郎の姿が岩の上に現はるゝを見て「早く、早く」と呼び立てた、彼等は友太郎を此馳走の振舞主と立てゝゐるのだ、友太郎は呼ばるゝ儘に岩又岩を傳ふて其處で急がうとしたが、忽ちに足を踏外して凡そ一丈の餘も深い岩の割目の樣な所へ轉げ落ちた。
巖窟王 : 五五 巖窟
友太郎が岩の間に落ちたと見て二三の水夫は直に其所に馳せて來た。
見れば落ちて倒れたまゝ起きも得せず、殆ど氣絶した體である、兎も角も船まで運ばねば介抱が出來ぬとて水夫の一人が抱起さうとした所、友太郎は苦しげに叫んだ「動かされては骨が碎ける樣に痛むから此まゝ茲へ置いてくれ」
頓て船長までも來たけれど如何とも仕方が無い、何分にも身體の痛みが激しい容子で、身體に手をさへ添へて呉れるなと請ふのである、爾ればとて船の出帆が最う差迫つてゐるので、是非に船までと、船長が繰返して言ひ張つたけれど、友太郎は、今此身を動かす程なら寧そ一思ひに叩き殺してくれ、到底船まで運び行かれる苦痛には堪へ得ぬと答ふるのみである。
友太郎一人の爲に船の出帆を延すと云ふ譯には行かぬ、尋常の船ならば兎も角も、法律と税關吏の目を潛つて商賣する密輸入の船だけに、一刻の間違ひも船全體が拿捕せられる事にもなるのだ、全く止むを得ぬ次第ゆゑ、友太郎一人を此島に殘して出帆すると云ふ事になつた。
出帆しても七日目には又此沖を通航するゆゑ、其時に茲へ立寄り、救ふて連れ歸つて遣ると云ふ事になつた、其れにしては七日間の食物が無くてはならぬからとて麪と鑵詰の肉などを充行ひ、猶ほも友太郎の請ひに依り、若しも明日にも身體の自由が利く事になれば、雨露の凌ぎに何處かへ穴を掘り救はれるまで其中で寢起きせねば成らぬとて穴掘用の撞木鍬一挺と斧一挺とを、船から持つて來て授け、爾して船は立去つた。
船が最早一里以上も立ち去つたと思はれる頃、友太郎は徐に立ち上がり、「アヽ何うかして此身唯一人此島に殘り度いと、種々に口實を案じて居るうちに、思はず岩の上から辷り落ちたので、自然に屈強の口實が出來たのは幸だつた、本統に何も彼も、運の神が助けて呉れる樣である」
獨り呟いて岩の上に上り、四方の海を見渡したが、遠い船は早や海の上を飛ぶ鳥の影かと見えるほど小さく見え、最後に茲を出た自分の乘込船とては大方水平線に隱れ掛けて居る、是ならばと安心して、前に見た海岸に出で、先づ島の東の端から再び檢め初めるに、昔宰相スパダが此島へ密航して、多分は船を此所へ隱して繋いだゞらうと思はれる樣な岩蔭の灣も有る、茲から遺言書に有る差圖通りに辿つて行くと、何うしても先刻見屆けて置いた彼の茂りの所が穴の入口に當るのだ。
此時は既に黄昏の頃とは成つてゐた、けれど怯まず、先づ茂る雜木を推開き、開き難い所だけを斧を以て切開き、奧へ〳〵と進み入るに其行き止まりに、太い岩が立つて居る、是れが何うやら巖窟の入口らしい、入口の戸として之を建てゝ有るのだらう。
けれど十人も掛らねば此石が仲々動き相にも無い、若し宰相スパダが獨り茲へ忍んで來たとすれば、何うして此石を建てたのだらう、右見左見眺めたが流石は永く土牢で、物事の推量にのみ心を委ねた丈け、又智慧逞しい梁谷法師の教を受けた丈に、間も無く合點する事が出來た、此石は上の方から辷らせて茲まで落したので、天然の重さを利用した爲に一人の力で茲へ立てる事が出來たのだ、上下の地形から考へて其事には疑ひを容れる餘地が無い、爾うすれば自分も矢張り其樣な工風が有るに違ひ無い、宰相スパダとても、此石を獨りで建てた上に、又獨りで取退けもし、幾度も茲へ來たものだらうから。
斯う思つて又も智慧を絞つたけれど終に其の工風が浮かばぬ、其うちに日も全く暮れたから一夜を此石の蔭で、考へつゝ明したが、夜開けて後聊か心に浮かぶ事が有つた。
此朝も第一には岩の上に登り、此島に人も居ず又近海に船も無い事を見定めて置いて、彼の巨石の周圍を掘つて見た、果して其の一方に一個の稍平偏い石を栓とも楔とも云ふ可き樣に篏め込んである、是で以て石の一方の重みを支へて居るのだ。
勿論年經た事で有るから、巨石と楔石の間を隱す爲に掛けた土には草も生え苔も蒸し、別々の石とは見えぬ樣に成つて居る、けれども若し此楔を拔取る事が出來れば巨石は自然に此方へ傾いて何處かへ人の入られる程の隙間が出來るに違ひ無い。
とは云へ下の石には上の巨石の重さが加はつて居るのだから矢張ち一人で拔取る事が出來ぬ、若し火藥で以て破裂させては何うだらうと思ひ、試みたが、石へ火藥を入れるだけの穴を穿つ道具が無いから充分の奏功は無い。
今度は手頃の槍を切つて之を梃にした、爾して楔石の周圍の土を掘退けて、最早好からうと思ふ頃、之に梃を當て、捻動かしたが、此方は幾分の功が有る。
幾度か掘つては、又 幾度か梃を當て、少しづつ、楔の石を動かして、終に其身の力が最う此上には續かぬと云ふ頃になつて漸く楔石を外し得た、之の外れる迄に巨石も少しづゝ、少しづゝ傾いたが、終には見込通り上の方へ人の這入れる丈けの隙間が出來た。
石の上に登り、其隙間を窺いて見ると中は果して岩穴である、一四年の間土牢の暗さに慣れた彼の目には、穴の中が暗くとも大抵は分るけれど、存外穴の中が暗くないのだ、何處からか明りの差込む所が有る樣に思はれる、其れに巨石の裏が攀ぢて上り下り出來る樣な形である、是れで先づ目的の第一歩は逹した、此後は穴の中に入り寶の有無を檢めるのみである。
巖窟王 : 五六 巖窟の祕密
確に此岩は、楔の作用で、傾けて其隙間から中へ這入り、出た後で又楔を食ませて直立させ、其隙間を塞ぐ事にして有つたものらしい、若し相當の道具で持つて來れば最も能く隙間を開ける事は出來る。
けれど此上隙間を大きくする必要は無い、自分の身體だけ這入れば好いのだが友太郎は彼の撞木鍬を持つたまゝ中に這入つた、此中に這入つて見ると、此のモンテ、クリスト島の組織が分る、全く岩と岩とが重なり合つて出來た島で、岩の間に空氣の通ふ空隙が有る、茲から窺けば空も見える光線も茲から射込むのである、併し是れは未だ眞の巖窟では無い、巖窟の入口たるに過ぎぬ。
少し奧の方へ行くと、穴が盡きて行き留りに成つて居る、何だか寶を隱すには淺過ぎる樣な氣がする、生金ばかりも羅馬の金貨に換算して二百萬クラウントと云ふのだから、其の呼聲だけで考へても餘ほど大事に餘ほど深い穴へ埋めて有り相に思はれる、其れとも此行留りの奧に猶ほ祕密の道でも有るのか知らんと、考へつゝ四邊を見廻す間に自分の踏んで居る地盤に、何だか空洞の樣な響きがあるのを感じた、扨はと思ひ、能く檢めると地盤の一部に圓い石の蓋がある、爾して其の中央に鐡の鐶が附いて居て、此 鐶で此蓋を引上げる樣に成つて居る。
友太郎の胸は俄に轟いた、法師の言葉とスパダの遺言とは全く事實である、眞に寶を隱して有るに非ずば何で此樣な石の蓋など有るものか、蓋の下は必ず寶の有る穴倉なのだ、斯う思ふと何だか氣味が惡い、嬉しさよりは氣遣はしさが先に立つ、若しや何者かゞ、近邊で偸視て居る樣な事は有るまいか、滿に一つも他人に見認められては大變である。
再び穴の外に走り出で、岩の最も高い所へ上り八方を見廻した、勿論見る人の有る筈が無い、目に遮る海の面に船らしいものも見えぬ、是れならばと安心して又も穴の中に入り、彼の蓋の鐶へ木の梃を入れて引起すに、重い事は重いけれど漸く上つて、中ば石段に成つて居て、容易に下へ降りられる、降りて見て初めて知つた、之は穴倉では無い之れが即ち眞の巖窟なんだ。
茲にも猶ほ薄明りの差す處が有る、其を頼りに隈無く檢めたが寶らしいものは無い、茲に至つて聊か失望の氣が生じた、スパダが寶を隱すことは隱したけれど必ず該撒、勃日が其後から尾いて來て其れと知り、スパダを殺した後で取出したのだ、矢張り寶は梁谷法師の空想に過ぎなかつたのだ。
餘り殘念である、之れが無ければ殆ど牢を出た甲斐も無い、復讐の案は有つても其れを實行する事は出來ず、纔に自分の身を支へる爲に、矢張り水夫として人に雇はれ、聲も無く香も無き裏に生涯を葬らねば成らぬ、諦め度くても諦められぬ、切ては寶の一部分でも、何處かに取遺されて有りは仕まいか、何が何でも此儘には立ち去られぬ。
再び友太郎は地盤を隈なく踏鳴らして見た、今度は何處も空洞らしい響きは發せぬ、何處までも實の入つた地質である、次には悔し半分に、撞木鍬を以て四方の壁を叩いて見た、此叩いたのが彼の運の未だ盡きぬ所である、叩くに應じて壁の一方からバラバラと音がして何か落ちた、見れば壁土の樣なものである、石で固まつた天然の穴の壁に壁土の有らう筈は無い、更に其處を能く見ると天然では無い、土で塗つて石の樣に彩色つたもので有る。
是れが巖窟の祕密で無くて何で有らう、更に撞木鍬を揮つて亂打したが、其所へ大きな穴が開いて、一時に一尺四方ほどの土が崩れ落ちた、若し該撒、勃日が此穴へ來たとしても此壁には手を附けなんだと見える、イヤ手を附けぬ所を見ると此穴へは來なんだのだ、爾すれば寶は無事で居る。
重かつた鍬も、此勇氣で輕々と揮廻される事に爲つた、殆ど鍬が手に在るか否やを覺えぬ、打つた上を又打つて崩した上を又崩しする中に、瓦亂々々と穴總體へ響く音とゝもに、大きく頽れたのは、石の交つた土の壁である、友太郎は鍬の先で石を退け、宛かも曩に土牢の壁を掘つた樣に茲を掘つて、跡に出來た穴を覗くと此中は眞暗である。
是こそはスパダの寶倉なのだ、中からは濕つた樣な臭が蒸れて出る、暗に慣れた友太郎の眼でも充分に見て取れぬから、暫く古い空氣の出替はらせる迄と、穴の外から枯枝など取つて來て松明を作り燧を打つて之の火を付け、終に壁の穴を向ふへ這入つた、是れで巖窟は總體で三段に成つて居る事が分つた。
寶倉、寶倉、友太郎は足の地に附くと共に、寶の箱が埋まつて居る事を知つた、確に其身は箱の上に立つて居るのだ、地に立つて居るのとは音も違ひ、足の感が違ふ、直に又鍬を上げ、地を打ち込むと、鍬先に當るのは鐡の音である、次に打ち降ろせば木の音である、別に埋めると云ふ程深くは土を掛けても無いのだから、瞬く暇に、長さ三尺幅二尺ほど掘つたが、現はれたのは木製の箱の上部で、鐡の帶を以て締てある、最初に鍬に當つたのが鐡の此帶なのだ。撞木鍬の端の所で、此帶を捻切るのは難くは無い、難くとも難いを覺えぬ、帶をも殘らず切つて了つて猶も鍬の先で、箱の蓋を開いて見た、開くと共にアツと驚き、叫ぶ聲を制し得なんだ。
巖窟王 : 五七 一廉の紳士と爲つて
地中に埋まツて居る寶を掘出したと云ふ例しは昔から幾等も有る、殆ど各國各時代に在るだらう、けれど其一切を集めた所で、友太郎が今此モンテ、クリストの島で掘出した寶には及ぶまい。
偶然に掘出したのでは無い、三百年來スパダ家で、之が爲に全國屈指の學者をまで雇ふて搜した寶である、其れがスパダ家の滅亡と共に、正當に梁谷法師に傳はり、梁谷法師が死ぬると共に又正當に友太郎に傳はつたのだから、縱しや何人が掘出すとも又は掘出さずとも、友太郎の物である、友太郎が之れを掘出したのは全く年に積れば、三百年、人數を云へば幾十人の、詮索に詮索した最後の結果と云ふものである。
友太郎が開いた箱は生金の入つて居る分で有つた、中から發する色黄[注:黄色の誤り?]な光りに、彼は眼を射貫れた樣に叫んだが、驚きか喜びか唯だ彼が心は騷ぐのみである、幾度彼は穴の外、穴の内に走り出、走り入つたかは知れぬ、人は居ぬかと島々の所々を眺め、若し船が近よりはせぬかと海の總體をも見渡した、爾して最後に愈々此寶を數へ樣とした時に何だか目の眩む樣な氣がした、寶の前へ尻餠を搗いて、唯だ太い息を吐くのみであつた。
此樣な事では成らぬと自分を勵ましもし又梁谷法師の事から其言葉から、此寶の來歴や、兼て思ひ定めた此寶の使ひ道などを考へもして、漸く心が定まつたが、中々數へ切る樣な數では無い、生金は殆ど今鑄分けたものかと思はれるほど新しい生子に成ツて居て、生子一本の目方が、小さいのは五百匁も有らうか、重いのは其の二倍三倍にも及ぶらしい、大小を取混ぜて三百本までは數へたが、未だ仲々底は見えぬ。
猶ほ外に埋まつて居る中の二箱を開けて見た、一箱は金貨である、一箱は珠玉寳石である、金貨も寳石も算へ切れぬけれど寳石の方は兩の手に掬ふて十杯まで汲出して見たが、何處までも夜光珠や紅珠の樣な貴中の貴と云はれる類である。
遺言状に有ツた七箱を悉く今掘出す事は出來ぬけれど兎も角も其七箱が無事に存して在る事だけは、鍬の先で少しづゝ掘つて見て突留た、梁谷法師の推量では多分今の金に積つて二千萬圓は有るだらうとの事で有ツたが、確に其の幾倍にも上つて居るらしい。
此樣な事をして居る間に又日が暮れた、友太郎は一夜を寶の傍で明したが、假令無人の島であツても心配は一通りで無い、心配と云ふよりは寧ろ恐ろしいのだ、恐れる筈は無いけれど恐ろしい、凡そ友太郎の生涯に是ほど恐ろしい一夜は又と無いと云ツても可い、眠らうと思つても眠りが來ぬ。
翌朝珠玉を二握りほど自分の衣嚢へ入れ其他の寶は悉く元に納めて了ツた、唯だ夜光珠、眞珠、寳石の類ならば一握りでも大きな身代である。
是で彼の密輸入船が茲へ寄港する迄に、岩窟の内外を、元の通りの有樣に復して置く事に決した、全く元の通りに出來ぬけれど、成たけ、人が見ても分らぬ樣に箱にも土を掛けて其上を踏固め、壁の穴も石や土で修繕ひ、穴の入口の外の茂りまで、綿密な注意を以て、出來るだけの手を入れた。
破つて這入るには唯だ一日で充分で有つたけれど、元の通りに見せ掛けるには五日ほど掛つた、爾して最早や是で好いと思ふ頃、密輸入船が歸つて來た。
船長も水夫一同も此一航海で非常に大儲けを得たと云ひ痛く喜び合つて居る、爾して友太郎が之に加はり得なかつたのを、氣の毒な樣に誰も云つた、シテ其一人前の分配を聞けば、一番低い者でさへ五十圓、役の高いのは百圓近くにも成つたとの事である。
總て密輸入船は其の水夫へ幾分か株主の樣な權利を持たせ、役に應じて配當をするのだ、友太郎は羨む樣子に見せ掛て居たけれど、心の中では可笑しい樣に感じた、自分の懷中に入つて居る豆粒ほどの珠一個が水夫と船長との儲けを引くるめたよりも多いのだ。
猶も友太郎は怪我の痛みが充分には直らぬ樣な風をして船に乘移つた、實は最う契約の三ヶ月が切れる時であるのだから雇繼がれぬ用心をも兼て居る、是から舟が又元のレグホーンへ着くが否や彼は上陸し、先猶太人の開いて居る質店に行き、珠の中の一番小さい五個を選出し、賣り度いと言込んだ、猶太人は目を光らせ、一個を二千五百縁づつに買取つた、少しも珠の來歴などを問ひはせぬ、自分も之を買ふが爲に千圓ほどは儲かるのだから、餘り問試みて買ふ事の出來ぬ不正の品とでも分るのが恐ろしいのだ、其上に猶も「此樣な質の珠なら幾個でも買ます」と言ひ足した。
二日の後には友太郎は、水夫では無く一廉の紳士と爲つて、船へ暇乞の爲に歸り、不意に親類の遺産を相續して金持に成つたから水夫を罷めるのだと披露した[、] 船長は何うかして引止めやうと莫大な増給の約束などを持出したけれど素より無效である、
水夫一同へも、彼等に取つて驚く可き程の置土産を與へた、水夫の中にジャコボと云ふ伊國の男があつた、此男初めて友太郎が此船に救はれた時から、深く友太郎の技量と人の爲りに敬服して、友太郎の爲になる事は何でも先に立つて勤める樣にして居たが、友太郎の方でも、追つて充分正直な腹心の手下が要ると思ふ爲め、三月の間に機さへ有れば此男の氣質を試し、殆ど犬よりも正直で、丁度犬が其飼主に忠義な樣に、友太郎に忠實な事を見拔き得た、全く此男ならば何の祕密を托しても安心なものである。
先此男をと思ひ定め、翌日友太郎は小舟一艘を買ひ、其れに金百圓を添て與へ「ジャコボや己の雇人に爲り此の小舟の船頭に成つて呉れ」」と頼んだ、ジャコボの喜びは非常である、犬ならば何れほど尾を揮る事だらうと怪しまれる程の状で深く其恩を謝し「何の樣な仕事でも致します」と誓つた、早速友太郎が之に言ひ附けた用事は「直ぐ此舟で馬耳塞に行つて上陸し、今より十四五年前、アリー街に住んで居た團友藏と云ふ老人の事、及び西國村に住んで居たお露と云ふ女の其後の成行如何を聞合せて、直にモンテ、クリスト島まで歸つて來い」と云ふのであつた。
巖窟王 : 五八 戀しい消息
父友藏は何うしただらう、お露の身は何うなつたゞらうとは、一四年來絶間も無く友太郎の氣に懸ツて居た心配である、今は其等を聞定める爲め、ジャコボを馬港へ立たせたから、遠くも無く其邊の消息が分るであらう。
ジャコボの船が出帆して間も無く、友太郎はゼノア市へ行つた、茲は空前絶後の大航海者 閣龍を産んだ土地だけ有つて、當時造船術に於て、地中海第一と云はれ、殊に各國の貴族や物持が贅澤に作る遊山船は此市で作らせるを見榮とした、此市ほど堅牢で而も快速力の船を作り得る場所は他に無かつたのだ、丁度友太郎の着いた時に其港で試運轉をして居る遊船が有つた、之は英國の豪家 何某が四千 法にて誂へたとの事で、今までゼノア市で作つた中の第一等と云ふ事で有つた、船の知識を充分に備へて居る友太郎は此船の言分の無い出來を見て取り直に其の製造者を尋ね、我が方へ六千 法にて賣渡して呉れずやと言込んだ、六千 法とは非常な利益だから造船者の心は動いた、殊に注文主が埃及へ向けて立ち今より一月の後でなければ歸らぬとの事で、其間に別に一艘を新に作る事も出來る爲め、竟に造船者は友太郎の意に應じた。
直に友太郎は造船者を連れ、此市で手堅く銀行業を營んで居る猶太人の店に行き、店主と共に奧の間へ退いたが、頓て出て來るが否や、店主は欣々として造船者に六千 法を拂ひ渡した、造船者は幾度も友太郎に拜謝して「若し船長が御入用なら何の樣な人をでも雇ふて差上げます」と云つた、けれど友太郎は自分で船を動かすのが道樂だと答へて之を斷り、更に船の中へ祕密の倉庫を作り加へて呉れと命じた。
祕密の倉庫は曾て友太郎が梁谷法師に教へられた案が有る、其案を其まゝ授けて作らせたが間も無く思ふ通りに出來揚がつたので、友太郎は唯だ一人其船に乘込んだ、土地の人々は聞傳へて、港の邊に群がり、何か興行物をでも見る樣に見物したが、自由自在に友太郎が其船を繰る状には孰れも意外な思ひをした。
見る中に船は港を出て西南の方に去つた、見る人々は樣々に想像して、或は西班へ行くのだらうと云ひ、イヤ阿弗利加へ行くのだらう、イヤ彿國だ英國だと所在る地名を數へ上げたけれど、誰とてモンテ、クリスト島へ行くとは思ひ得なかつた。
實際此船はモンテ、クリストの無人島へ行つたのである、而も僅に三十六時間で島に逹したのは驚く可き速力である、斯くて友太郎は、昔スパダが船を着けたゞらうと思はれる小灣へ船を隱し、是より三日の間、巖窟の中に在る寶を、船の祕密倉庫に移し入れるに身を委ねた、三日とは云へ一人の力だから移し終る事は出來なんだけれど、容易に今の貨幣に引替へる事の出來る分だけを、移し得られる丈移し入れ、其後は矢張ち巖窟へ隱して置いた、今度は其れ〴〵の道具をも用意して來たのだから、巖窟の内も外も、何人にも分らぬ樣、又分つても入込むことの出來ぬ樣に手當をする事が出來た。
次に友太郎は船で島の周圍を幾度も乘廻し島の外側の案内を見究め、又次には上陸して島の内部を悉く檢めた、島は其大部分が天然に花崗石の固まツた樣なもので、此儘では何の益にも立たぬけれど、樣々の長所も短所も有る、能く手を入れれば短所も除く事が出來、長所は益々發させる事も出來る、彼は見終わつた後に此島全體を、伊國政府から買取る事に決した、何の收穫も所得も無い此島だから安い價で喜んで賣るに極つて居る、買取つて我領地とも將た記念ともして存するのだ。
出發より八日目の夕方に至りジャコボの船は、命令の通此島へ歸つて來た[、] ジャコボは近海の船乘仲間に廣く知られて居る男だから、早や自分の船へは其れ〴〵水夫などをも載せて居る。
此船の近づくを見るより、友太郎は愈々我が父友藏と、我妻たるに定まつて居たお露との戀しい消息を知る時が來たと思ひ、殆ど自ら制し得ぬ迄に胸を轟かせた、頓てジャコボ一人を我船に乘り移らせ「何うだツた、ジャコボ」平氣な樣に問ふ言葉に、無量の感慨が籠ツて居る、ジャコボ「ハイ、友藏と云ふ老人は千八百十五年の秋に末に死んだ相です、其れから西國村のお露と云ふ女は矢張り其頃から何處へ行つたのか今以て誰も見た者が無いと云ふことです」
友太郎は、夜一夜を獨り船室の中で泣き明した。
巖窟王 : 五九 印度邊の豪族
我が父が死んだと云ふ事も、お露が行方知れずに成ツた事も、友太郎に取つて爾まで意外と云ふでは無い、或は此樣な事では有るまいかと幾分想像して居たのだ、爾だ、意外では無いけれど唯だ悲しい。
是で此身は全く此世の中に一人者とは成ツたのだ、廣い世界に誰一人團友太郎を懷かしく思つて呉れる人は無い、恐らくは記憶して居て呉れる人さへ無いのだらう、嗚呼、土牢の中に一四年、辛い事は辛いけれど、今は過ぎ去つた後だから其辛さは盡きたものと云つても可いが、唯だ其間に自分の戀しい人、懷かしい人、自分を慕ふて呉れる人、思ふて呉れる人などが悉く無く成つたに至つては恨まぬ譯に行かぬ、幾年幾月を經るとても盡きぬ恨は是れだらう、月日と共に深くこそなれ薄らぎはせぬ。
嗚呼此身は眞に人間界の獨り者、成功も失敗も幸も不幸も、誰からも喜ばれもせず悲しまれもせぬ、何をしたとて構ふものか、誰に憚る處もない、兼て思ひ定めて居る事を思ふ存分に行へば好い。
其れにしても父は何の樣に死んだ、お露は何の樣にして行衞知れずに成つた、ジャコボの聞いて來た丈ででは少しも分らぬ、とは云へ此上を彼に探らせる譯には行かぬ、此上の事を托するには幾分か自分の素性、自分の祕密を打明けねば成らぬ、自分の素性、自分の祕密、是れは最う土牢の中に葬り、自分は生れ替ツて來た樣な者だから、勿論誰にも打明ける事は出來ぬ、何も彼も自分の胸に疉んだまま自分獨りで運ばねば成らぬ。
是れより友太郎の船は地中海岸の諸々の港に寄り、色々と必要の準備を整へるに凡そ一月ほど掛つたが、何しろ限り無き金力を以て、幾等でも代價を拂つてする事だから、何の用意とても一として思ふ通りに運ばぬことは無い。
愈々準備の調ふと共に船はジャコボの小舟を護衞の樣に連れ、馬耳港の港に入つた、茲は即ち十五年前、友太郎が捕吏の手で、夜中に舟の載せられて泥阜の要塞に送られた出發點なのだ、船が着くと共に檢疫官も來た、税關の檢査官も來た、殊に檢査官には憲兵が附いて居る、昔友太郎を護送したのと同じ樣な憲兵であるのだ、其姿を見ては今更の樣に身震ひのするのを制し得ぬ。
船は一切の檢査を無事に受けた、船主の名は柳田卿と成つてゐる、卿と云ふからは無論貴族だらう、柳田と云ふ姓も英國の貴族らしく、又友太郎の人柄から身の拵へも英國貴族の忍びの姿の樣に見え、船の中の作りは無論贅澤に貴族の遊山船である、船の買入證書や、船籍の登録まで、同じ名前で式の如く、之れはゼノアとレグホーンとの政廳で濟んで居る。
首尾能く友太郎は上陸したが、茲は自分の故郷である、見る物總て我が目には昔眤みの姿であるのに、我身一つが誰に向つても他人である、斯う思つて限り無き感慨に胸も迫る樣に覺え、暫し心を落着けんと隈無く海岸を漫歩するうち二人ほど昔知り有つた水夫の、見違へるほど年取つて居るのに逢つた、此方が向ふを漸く思ひ出す程だから向ふは迚も此方を思ひ出す事は出來まいと思ふけれど、何だか認められはせぬかと、危む樣な氣が有つて、其度に勉めて知らぬ顏をして擦違つたが、少しも思ひ出される容子は無い、其れは其筈である、初めてレグホーンの理髮所で自分の姿を鏡に寫した時、自分でさへ全く見違へた程だものを、頓て三人目に行逢つたのは昔し巴丸の船中で自分の差圖を受けて居た水夫の一人である。
若し此男さへ自分を見知る事が出來ねば其外は大丈夫である、縱しや段倉其者に逢つたとても差支は無いと、之を試驗の樣に思ひ、直に其男を呼留めて、此土地の案内を其れから其れと詳しく問ふて見た、問ふ間絶えず其男の顏を見詰たけれど、少しも心附く容子が見えぬ、全く初對面の人と信じて居る、問終つて分れるに臨み、金貨二個を禮だと云つて其者の手に握らせたが、其者は少し行き過ぎて心附き「モシ、モシ」と呼還して馳せて來た「貴方は金貨と銀貨をお間違へに成りました、是れは二個とも十圓金貨ですが」とて差出した「オヽ爾だつたか、併し氣が附いて呼返して呉れたお前の正直と親切には感心した、サア襃美として是れだけお前に遣る」と云ひ更に同じ金貨 二個を出して與へ、其男の目を圓くして驚くのを「ナニ辭退に及ばぬ、後で私の健康の爲め一杯、祝ひ酒でも呑んで呉れ」と制し、後をも見ずに其のまゝ去つた、後に水夫は幾度も金貨を推戴いて「彼れは必ず、金の中に轉がつて居る印度邊の豪族が漫遊に來たのだらう、ドレ仲間の者等にも一杯振舞、彼の方の健康を祈るとしよう」斯う云つて此水夫も立去つたが、全く其の言葉の通り、眞に友太郎とは知らぬ、此豪族の爲に壽盃を上げた。
巖窟王 : 六〇 竒癖の人
有難がる水夫に分れ、後をも見ずに友太郎は立去つたが、指して行く方は昔我父の住んでゐたアリー街である。
行く道に小高い丘がある、丘の上から父の住んだ家の屋根が見える、友太郎は其の屋根を見降ろした、實に今昔の感に堪へぬ、土地の有樣は少しも昔しと變らぬのに、尋ぬる人は早や此世には居ぬのである、昔ならば、彼の家の中、彼の屋根の下に、兩手を廣げて我身を迎へて呉れる人が有ツたのに、今は無いのだ、嗚呼何故、最と早く、父の健康で居る間に歸つて來る事が出來なんだらう、何故父は我歸る今日の日まで生ながらへて居て呉れる事が出來なんだらう、思へば恨めしい事である。
心弱くては叶はぬと兼て腸を鐡石の如く鍛へし積の男なるも暫しがほど我知らず涙に暮たが頓て思ひ直して丘を下り、能く覺えて居る道を通つて我家とは云ふはれぬ家の前に立つた、家は貧しい人々に、中を區切つて貸す爲に建てた大きな構へで、五階 作に成つて居て、其入口に差配人の控へて居るは、他の斯る建物と多く違ひは無い、さうして其差配人の顏も昔の人では無い。
之れに向ツて先づ「貸間が有るか」と問ひ「無い」と斷られた、更に「其れでは五階に在る二號室を見せて貰ひ度い」と請ふた、其れが我父我身の住んだ室である「イヤ五階の二號は人が住んで居ますから」と之も斷られた「イヤ人の住んで居る事は知つて居るが、是非とも見度い事が有る故、何うか其人の許しを得て、見る事の出來る樣に取計らふて呉れ」と、何よりも力ある例の金貨を握らせて推て請ふた、金貨は今の世の魔藥である、因業な差配人も之には敵する事が出來ぬ、直に受收めて「承知して呉れるか呉れぬか、兎に角願ふて見ませう」とて五階を指して上ツて行つたが、頓て歸つて來て「承知して呉れました、サアお上りなさい」と早や自分で案内する樣に身構へた。
「イヤ、案内には及ばぬ」とて獨り長い其の段階を上つて、二號の入口へ行つて見ると、中に住むは初めて所帶を持つたと覺しい若い夫婦である、吁此樂しげな境涯は、此身にも有る所であつたのに、有り得ずして遂に又と來ぬ事に成つたのだ、此身は斯る境涯に立つ可き頃を土牢の底で送ツたのだ、見る物何一つとして感慨の種ならぬは無い。
頓て若夫婦の、親切に計つて呉れる儘に中に入り、廣くも無い室中を見廻したが、壁だけ其後塗替へた痕の見えるのみで外は昔と變ツて居ぬ、けれど父の遺身とも見る可きは、室附の寢臺の外に何も無い、更に窓の所を見ると、三鉢ほど盆栽が有つて草花が咲いて居る、此鉢こそは我が父が、絶えず四季折々の花を植、我身の留守に是のみが樂しみだと云はれた其同じ鉢である、何だか父の魂魄が猶ほ其邊に殘つて居る樣な氣もする。
若夫婦は友太郎の目に涙の露の宿るを見て、定めし仔細の有る事で、昔の由縁を尋ねるのだらうとは見て取つたらしい、間も無く靜かに室の外に出た、後に友太郎は何も彼も打忘れて鉢の前に膝を折り、拜む樣に埀れた頭を暫しが間擧げ得なかつた。
漸く心附いて起き直り、去るに忍びぬ心を鞭ち、涙を拭ふて室の外で出て見ると、彼の若夫婦は廊下の盡きる處の窓から頭を並べて外に出し遠い景色を眺めて居て、戸の音で此方を向いた、友太郎は無言の儘 恭々しく禮して謝意を表し、其まゝ四階に下つたが、又其の廊下の一方に白髮頭の老婆が何事をかして居るを見留めた、若しや此人なら知つて居樣かと思ひ「若し此の四階に仕立職人毛太郎次と云ふ人の居た事を知りませんか」と尋ねた、老婆は嘲る樣に笑つて「其れは一昔し以前の事です、今ではボントガーの街道で尾長屋と云ふ宿屋を開いて居るのです」と、言ひ捨てゝ自分の室に入つた。
是れより友太郎は再び差配人に付き、此家の持主の名を聞いて立去ツたが、次には其の持主の許に行き、柳田卿と云ふ名を以て此家全部を二萬五千 法に買取つた、眞の眞價よりは一萬 法も高いけれど、唯だ父の居た五階の室を、父の居た頃の儘で存して置きたいので、値段の高下は問ふ處で無い、數日の中に彼の五階の若夫婦は此家を管理して居る公證人から竒妙な通知を受けた、其れは此家中の何階でも、又何の室でも隨意に選びて引移られよ、家賃は五階の室のゐて拂ツてゐたゞけで可し、引越料は五百 法を與へると云ふので有つた、此樣な有難い通知は無いので、聞く人皆羨みもし、怪しみもして、樣々に噂したけれど誰とて誠の仔細を推量し得るは無く、終に新持主が竒癖の人だらうと云ふに歸して終ツた。
此又次に此邊の人々が驚いたのは、程遠からぬ西國村の或漁師の家へ、土地に見慣ぬ一紳士が來て、十五六年前に死んだのか逃亡したのか兎に角も消えて了つた女の事を問ひ、翌日其家へ禮だと云つて新しい漁船一艘に新しい地引網一具を添へて送つたとの事である、是れも噂の末が紳士の竒癖だらうと云ふに歸して止んだが、其紳士が何處にゐるかは誰も知る者が無く、只僅に馬に乘ツてボントガーの街道を指して行くのを認めたと誰云ふと無く言ひ傳へたのみである、ボントガーの街道とは毛太郎次の開いて居る宿屋、尾長屋の在る所なのだ。
巖窟王 : 六一 贈り物
果して此竒癖の紳士は或人が見受けたと云ふ如く、馬に乘りてボントガー街道を指して行つたのだらうか。
ボントガーの街道に、晝は旅人の休み所、夜は其の安泊りと爲る一軒家が有る、是れが即ち毛太郎次の開いて居る尾長屋と云ふ宿屋なのだ、一頃は軍隊などの往來の爲め多少の繁昌をも得たけれど今は見る影も無く淋れて居る。
今しも主人の毛太郎次は戸外に立つて長い街道を右左に見渡したが、午後二時の炎天に大抵の旅人が何處かに休んで居るとみえ目に遮る人影もない、「エツ、人ツ子一人通らぬは、客を待つより晝寢でもする方が餘つぽど勝しだ」と恨めしげに呟いて家に入つたが、暫らくすると入口に、人が馬から降りる樣な音がして彼の夢を驚かせた。
久しく客に渇へて居る丈け彼は跳起きて戸口に出たが、見れば五十二三歳の僧侶姿の人が、馬を入口の横手に繋ぎ此家へ入る所である、毛太郎次は力一ぱいの世辭を述べて迎へ入れ、最も風通しの好い床几を寄せて据らせるに、法師は毛太郎次の顏を熟々眺めて「一餘年前 馬港のアリー街に住んで居た仕立職人の毛太郎次と云ふはお前かへ」毛太郎次は少し怪しみ「ハイ私ですが、何の御用で」法師はホツと安心の息を吐き「アヽ漸と尋ね當てた、私はお前に渡して呉れとて人から贈り物を頼まれて來たので」異な話では有るけれど贈り物とは何しろ耳寄である「ヘ、私へ贈り物を」
法師「イヤお前一人で無い、外の人へも分るのだが、何しろ金目の品物だから間違ひが有つては成らぬ、先づ、能く聞糺した上で無ければ」金目の品とは愈々以て有難い「イヽエ幾等お問合せ成さつても私より外に毛太郎次と云ふ者は有りません、仕立職人で有つた粕場毛太郎次は」法師「爾々粕場毛太郎次、其の粕場毛太郎次はお前に違ひ無いけれど篤と事情を聞糺さねば」毛「何うか何でもお聞き下さい、外にお客も有りませず、唯だ長患ひの妻が二階に居る許りで、洩れ聞く者も有りませんから、ですが貴方は空腹では有りませんか」法師「イヤ何も慾しうは無い、唯だ長い話だから咽喉を潤す物が有れば」毛「其れなら丁度、上等の葡萄酒が有りますから持つて參りませう」
福の神でも舞込んだ樣に思ひ、イソ〳〵と退いたが頓て穴倉の底から昔し繁昌した頃仕入れて賣殘つて居る一瓶を持つて來て「お寺さんでも是は一口召上つて好いでせう」とて注ぎ出した、法師は纔に唇の端を潤し、再び毛太郎次の顏を凝視して「今から十幾年前だと云ふから、最うお忘れかも知らぬが、アリー街でお前と同じ家の五階に住んで居た友太郎といふ水夫を知つて居るかへ」毛太郎次は喫驚して「エヽ、友太郎、團友太郎、知つて居ますとも、彼は私の親友でした」親友と云ふ程でも無かつた樣に思はれるけれど、斯うさへ云へば間違ひは無いと察して居る、「彼れは先ア不幸な男でしたが、其後何うなりましたか、猶だ生て無事で居ますか」法師「イヤ死んだよ」毛「オヽ死にましたか可哀相に」法「死んだに就いて、お前の贈り物と云ふのが其の遺物だ、片身分けの樣な物だ」毛「エ、片身分け、餘ほどの身代でも殘して」法「イヤ遺さうにも彼はツーロンの獄で牢死したのだから、身代を作る筈は無いが」
牢死と聞いて顏を青くした、彼の入牢には其身も幾分か關係が無いとは云はれぬ、縱し關係と云ふ程では無くとも、無實の密告を受けた事を知つて居り、隨分其の無實な事を其筋へ言立る事の出來たのを言立ずに居て、其の當座は痛く氣に掛つた事も有つた、之を親友とすれば聊か實意の足らぬ親友である、其後とても友太郎は何うなつたゞらう、何處の牢へ入れられたゞらうなど怪しんだ事も有る、怪しむ度に、何と無く濟まぬ樣な氣がして餘り心持は好く無かつたのである、「ヘエ、ツーロンの獄で牢死しましたか」法「ハイ牢死しましたよ、私は法師である爲、其の死際に典獄から招かれて當人の臨終の望みを聞取つたが、誠に可哀相で有つた」。
眞に其時の事を思ひ出したのか、法師は首を埀れて暫し涙に暮る體で有つたが、頓て面を平にして「此友太郎と同じ牢室に英國の大金持が居られた、友太郎が甚く其人へ親切を盡したと云ふ事で其人は牢を出る時、自分の篏めて居た指環を拔いて友太郎へ與へて行つたと云ふ事だ、友太郎が私へ云ふには此指環に在る夜光珠が五萬 法の値打は在ると云ふ事だから私の死んだ後で何うか此 夜光珠を賣り、其金を私の友逹へ分けて下さいとの事であつた、私は法師の身で夜光珠の値打などは分らぬけれど、兎に角其言葉に從ふ爲め今度 馬港に來て其道の商人に鑑定させたが餘ほど性質が優れて居るので五萬 法にならば何處の玉屋でも引取ると云ふ事だ、豆粒ほどの珠が五萬 法とは、何と驚いた譯では無いか、先ア見てお呉れ、コレ此 夜光珠だよ」とて法衣の中から小さい箱を取出し、其蓋を開けて中を示した。

