◎ 幸徳秋水「社會主義神髄」(07)
第六章 社會黨の運動
〇日く 一切生產機關の公有、日く富財の公平なる分配、日く階級制度の廢絕、日く協同的社會の組織、之が實行や洵に一大社會的革命也。然らば則ち社會黨は革命黨なる乎、其運動は革命的運動なる乎。曰く然り。
〇然れども怯懦の貴族よ、小心の富豪よ、輕躁の有司よ、乞ふ恐るゝ勿れ。今の社會黨は漫に爆彈を公等の馬車に投ぜんとするの者に非ざる也、敢て鮮血を公等邸第に蹀《ふ》まんとする者に非ざる也、但だ公等と俱に與に大革命の德澤に沐浴せんと欲するのみ、恩惠に光被せんと欲するのみ。
〇思へ古今何の時か革命なからん、世界何の邦か革命なからん、社會の歷史は革命の記錄也、人類の進步は革命の功果也。試みに思へ、當年の英國、クロムエルの起つに會はず、當年の米國獨立を宣するを得ず、佛國の民、共和の制を建つる能はず、日耳曼《ゼルマン》諸州聯合の業成らず、伊太利統ーせらるゝを見ず、日本維新の中興なかりしとせば、世界人類は今や果して何の狀を為すべぎ乎、現時の文明は果して何の處にか見るべき乎。革命を恐怖する者よ、現時公等が謳歌せる文明と進步とは、實に過去幾多の大革命が公等に賚賜《らいし》せる所に非ずや。
〇社會の狀態が常に代謝して已まざるは、猶ほ生物の組織の進化して已まざるが如し。而して其進化や代謝や若しーたび休せるの時は、其生物や社會や卽ち絕滅あるのみ。永久の生命は必ず暗喑裡に進化す、決して常住を許さヾる也、社會の狀態は必ず冥々の間に代謝す、決して不變を許さゞる也。而して這の喑冥なる進化代謝の過程《プロセッス》に於て、每に明白に其大段落を割し、新紀元を宣言する者、則ち革命に非ずや。之を譬ふるに歷史は一連の珠敷に似たり、平時の進化代謝は其小珠也、革命は其數取りの大珠也、進化代謝の連續なると同時に革命の連續たる也。
〇ラツサルは日く『革命は新時代の產婆也』と。此語未だし也、予は將に日はんとす、革命は產婆に非ずして、分娩其物也と、何となれば是れ偶然の出來事に非ずして、實に進化的過程の必然の結果なれば也。而して舊時代老いて新時代を生み、新時代の長ずるや、更に他の新時代を生む、皆な革命に依らざるは無し。何ぞ彼の子々孫々の迭《かたみ》に分娩して百世窮極する所なきと異ならんや。
〇但だ分娩に難易あるが如く、革命にも亦難易なきを得ず。分娩が時に母體を切開するの要あるが如く、革命も時に暴動を現ずるの已むなきに至るあり。而も是れ決して希ふ可きのことに非ざるや論なし。
〇故に母體の組織發達の如何を診し、之が健康を保ちて以て其分娩を容易ならしめんと期するは、產科醫及び產婆の職務也、社會の組織狀態の如何を察し、進化の大勢を利導して以て平和の革命を成さんと希ふは、革命家の識慮也。而して今の社會黨や實に這個社會的產婆產科醫を以て、 自ら任とする者に非ずや。
〇夫れ然り、革命は天也、人力に非ざる也。利導す可ぎ也、製造す可きに非ざる也。其來るや人之を如何ともするなく、其去るや人之を如何ともするなし。而して吾人人類が其進步發達を休止せざるを希ふの間は、之を恐怖し嫌忌すと雖も決して之を避く可らず、唯だ之を利導し助成し、以て其成功の容易に且つ平和ならんことを期すべきのみ。社會黨の事業や、唯だ如此きを要す、曷んぞ漫に殺人叛亂を以て、平地に波を揚げて快する者ならんや。
〇蓋し前世紀の初め、社會燃の陳吳《ちんご》[編者注:中国・秦に対する反乱を最初に起こした陳勝・呉広の事。物事の先駆け]として起てる者、英に在てはオーエン、佛に在てはカペー、サン・シモン、フーリエー、ルイ・ブラン、獨に在てはワイトリングの徒、其現時制度の害毒を指摘するや頗る痛切に、其理想の實行に着手するや極めて熱心なる者ありき。然れども當時社會主義の發達、日猶ほ淺く、硏究未だ精なることを得ざりしが故に、破等の企畫や遂に一種の空想、卽ち所謂『ユトピア』たるを免れざりき。彼等が或は共同生產の工場を起し、或は共同生活の殖民地を拓くや、一に自己の模型に從って直に社會を改鑄せんとする者なりき、一日一夜にして直ちに理想の世界を現出せんとする者なりき。彼等は人道の上に立てり、而も未だ科學の基礎を得ること能はざりき、彼等は建設を試みたり、而も未だ自然の進化に從ふ能はざりき。其前後相踵で失敗に歸せしは固より其所也。
〇是を以て當時の歷史を瞥見する者、動もすれば日く、社會黨の運動は一時の狂熱のみ、其企畫はユトピアのみ、到底不可能の事に屬す、共自ら消滅するは日を期して待つ可き也と。是れーを知って二を知らざる者のみ。夫れ狂熱は冷却すべし、空想は消散すべし、而も眞理は豈に永劫に死せんや。近世社會主義は實に是等ユトピアの死灰中より再燃し來れるに非ずや。
〇ー八四七年マルクスが其友エンゲルと共に、有名なる『共產黨宣言書《マニフェスト・オブ・ゼ・コンミユニストパーチ—》』を發表して所謂階級戰爭の由來歸趣を詳論し、以て萬國勞働者の同盟を呼號してより以來、社會主義は嚴乎として一個科學的|敎義《ドクトライン》となれり、又舊時の空想狂熱に非ざる也。社會黨は旣に社會が一稲の有機軆なることを解せり、又自己腦裡の模型に從つて之が改造を企つる者ある無き也。彼等は歷史の進化を信ぜり、決して一日にして其革命の成功すべきた夢みる者に非ざる也。
〇彼等は單にー小組合の共同生活が、必ず社會全軆の競爭の爲めに蹂躙さるべきを見たり、彼等は世界の形勢と隔絶して完全なる理想鄕を單に一地方に建設するの、到底不可能なることを驗せり。是を以て彼等は決して社會全體の調和を破壊することなくして、着々其主義勢力を擴張し、史的進化の自然に從つて徐々に其抱負政策を實行し、寸を得れば卽ち寸を守り、尺を得れば卽ち尺を保ち、遂に理想の完成に達せんと欲するに至れり。而して彼等が之を為すの術如何。
〇他なし、彼等は無政府黨に非ず、個人の兇行は何物をも得べきに非ざるを知る、其運動や必ず團體的ならざる可らず。彼等は虚無黨に非ず、一時の叛亂が何事をも成すべきに非ざるを知る、其方法や必ず平和的ならざる可らず。然り彼等の武器や、唯だ言論の自由あるのみ、團結の勢力あるのみ、參政の權利あるのみ。於是乎萬國の社會黨は皆な政治的方面に向つて其運動を開始せり。
〇思へ社會主義にして、果して世界の輿論となるを得たりとせよ、社會人民の多數は則ち社會黨員となれりとせよ、而して彼等は普通選擧の制に依って盡く参政の權利を得たりとせよ、而して社會黨代議士は各國議會の多數を占め得たりとせよ、其他市府行政の機關、 町村自治の齒體、皆社會黨に依て運轉し指導せらるゝに至るとせよ、彼等は自在に社會組織の改善に着手することを得べきに非ずや。
〇但だ各國人文の程度、歷史の結果、社會の狀態を異にする.に從つて、之が改造の順序方法亦自ら異ならざるを得ず。事の緩急、 物の輕重、其時と人との宜しきに從ふ可きが故に、共細目は预め之を決定す可きに非ずと雖も、凡そ參政の權利を多數人民に分配し、婦幼を保護し、敎育を無料にし、勞働時間を制限し、勞働組合を公許し、工場の設備を完全ならしむるが如きは、第一着の事業ならずんばあらず。而して或は一部より、或は一地方より、或は資本に於て、或は土地に關し、漸次に少數階級の特占の權利壟斷の利益を減殺して、之を社會人民全體の用に移すの政策を實行し、步は一步より、層はー層より、進んで而して已むことなくんば、一日一切の生產機關を擧げて、盡く社會の公有に歸する者、豈に難からんや。
〇然リ社會窯が運動の方針や如此し、而して其實際の功果成績に至りては、眞に刮目を値ひする者ある也。ラサールが『嗚呼此闇愚の勞働者は、何の時か共昏睡より醒む可き』と嘆息せしは、僅に四十年の前なりき。而して四十年後の今日に於て、獨逸の社會主義者は、旣に二百五十萬人を以て算せられ、七十餘人の代議士を有する也。佛團の社會主義者亦實に百五十萬の多きに達し、百三十人の代議士を有する也。英國の議會や、特に社會然と自稱するの議員尙ほ少しと雖も、而も同国の二大政黨は近時競ふて社會主義的政策を採用するに至れり、ハーコート曾て議會に演說して『今や吾人は皆社會黨也』と公言せる者、決して虛ならざるを見る。若し夫れ各都市の行政は、大抵社會主義者に依て指導せられざるはなき也。其他歐洲列團、北米諸邦、苟くも近世文明の在る處、曾て社會黨の生ぜざるはなく、社會黨の生ずる處、其の勢力の發逹は飛瀑の天より下るが如く、主義の擴張は猛火の原を燎《や》くが如きを見ずや。
〇夫れ文明の邦、立憲の治下に於て、社會の輿論ーたび我に歸し、政治の機關、亦我手中に歸するに至らば、兵馬の力も之を如何せんや、警察の權も之を如何せんや、而して富豪の階級亦竟に之を如何ともすることなけん。社會主義的大革命が、正々堂々として、平和的に秩序的に、資本家制度を葬り去って、マルクスの所謂『新時代の生誕』を宣言することを得るは、酒ほ水到って渠成るが如けん也。
〇嗚呼革命よ、如此にして來り如此にして去る。而して吾人に賽賜するに、平和と進步と幸福とを以てす。予は社會百年の爲めに共助成し歡迎すべきを見る。未だ嫌忌し恐怖すべきを見ざる也。
蒲柳之姿。望秋而零。
松柏之質。經霜彌茂。
[編者注]
典拠は、 『世説新語』簡文帝と同年の顧悦《こえつ》が髪の毛が早く白くなったのを帝が「どうしてそんなに白いのか」と問うた。その返事に「蒲柳の姿は秋を望んで落ち、松柏の質(たち)は霜を経ていよいよ茂る」(蒲柳の姿は秋を前にいち早く落葉しますが、松柏の質は霜にあっていよいよ緑です〈帝のこと〉)と答えた。資本主義を「蒲柳」に社会主義を「松柏」に例えたのであろう。