日本人と漢詩(127)

◎ 李白と私

まずは、七言絶句から…

Huáng hè lóu sòng mèng hào rán zhī guǎng líng Táng Lǐ bái
黄 鶴 樓 送 孟 浩 然 之 廣 陵   唐 ・ 李 白
Gù rén xī cí huáng hè lóu
故 人 西 辭 黄 鶴 樓
Yān huā sān yuè xià yáng zhōu
煙 花 三 月 下 揚 州
Gū fān yuǎn yǐng bì kōng jìn
孤 帆 遠 影 碧 空 盡
Wéi jiàn cháng jiāng tiān jì liú
惟 見 長 江 天 際 流

読み下しと語釈は、 Wikibooks 参照のこと

Zǎo fā bái dì chéng Xià jiāng líng Táng Lǐ bái
早 發 白 帝 城 ( 下 江 陵 ) 唐 ・ 李 白
Zhāo cí bái dì cǎi yún jiān
朝 辭 白 帝 彩 雲 間
Qiān lǐ jiāng líng yī rì huán
千 里 江 陵 一 日 還
Liǎng àn yuán shēng tí bú zhù
兩 岸 猿 聲 啼 不 住
Qīng zhōu yǐ guò wàn chóng shān
輕 舟 已 過 萬 重 山

読み下しと語釈は、 Wikipedia 参照のこと

続いて、五言古詩…

Xià zhōng nán shān guò hú sī shān rén sù zhì jiǔ Táng Lǐ bái
下 終 南 山 過 斛 斯 山 人 宿 置 酒   唐 ・ 李 白
Mù cóng bì shān xià        Shān yuè suí rén guī
暮 從 碧 山 下            山 月 隨 人 歸
Què gù suǒ lái jìng        Cāng cāng héng cuì wēi
卻 顧 所 來 徑            蒼 蒼 橫 翠 微
Xiāng xié jí tián jiā         Tóng zhì kāi jīng fēi
相 攜 及 田 家          童 稚 開 荊 扉
Lǜ zhú rù yōu jìng         Qīng luó fú xíng yī
綠 竹 入 幽 徑          青 蘿 拂 行 衣
Huān yán dé suǒ qì        Měi jiǔ liáo gòng huī
歡 言 得 所 憩          美 酒 聊 共 揮
Cháng gē yín sōng fēng  Qǔ jjìn hé xīng xī
長 歌 吟 松 風          曲 盡 河 星 稀
Wǒ zuì jūn fù lè   Táo rán gòng wàng jī
我 醉 君 復 樂          陶 然 共 忘 機

読み下しと語釈は、 Uni 参照のこと

Yuè xià dú zhuó sì shǒu qí yī Táng Lǐ bái
月 下 獨 酌   四 首   其 一   唐 ・ 李 白
Huā jiān yī kǔn jiǔ      Dú zhuó wú xiāng qīn
花 閒 一 壼 酒            獨 酌 無 相 親
Jǔ bēi yāo míng yuè       Duì yǐng chéng sān rén
擧 杯 邀 明 月            對 影 成 三 人
Yuè jì bù jiě yìn                   Yǐng tú suí wǒ shēn
月 既 不 解 飮            影 徒 隨 我 身
Zàn bàn yuè jiāng yǐng   Xíng lè xū jí chūn
暫 伴 月 將 影            行 樂 須 及 春
Wǒ gē yuè pái huái         Wǒ wǔ yǐng líng luàn
我 歌 月 徘 徊            我 舞 影 零 亂
Xǐng shí tóng jiao huān  Zuì hòu gè fēn sàn
醒 時 同 交 歡             醉 後 各 分 散
Yǒng jié wú qíng yóu      Xiāng qī miǎo yún
永 結 無 情 遊            相 期 邈 雲 漢

読み下しと語釈は、 厂碧山 参照のこと

Chūn sī Táng Lǐ bái
春 思   唐 ・ 李 白
Yàn cǎo rú bì sī         Qín sāng dī lǜ zhī
燕 草 如 碧 絲            秦 桑 低 綠 枝
Dāng jūn huái guī rì        Shì qiè duàn cháng shí
當 君 懷 歸 日            是 妾 斷 腸 時
Chūn fēng bù xiāng shí  Hé shì rù luo wéi
春 風 不 相 識            何 事 入 羅 幃

読み下しと語釈は、 詩詞世界 参照のこと

 李白は「詩仙」とも言われ、ともすれば「浮き世離れ」した詩趣が持ち味のようだが、彼の現実世界の捉え方は、三層構造になっていたようだ。「俗世間」「女性や友人関係」「自己の内面世界」の三つであるが、それに安住することなく、互いに行き来することに特徴がある。その意味で、その意味で、トータルとして「世界内存在」といえば大げさになるが、「生存する」そのままの形でのとしての彼の本質があるように思われ、彼が意外と身近に感じられる。こんな話を、ピンインを習いながら講師と話しをした。深いなあ(笑)。

日本人と漢詩(051)

◎深田久弥と海量、李白


 今年も山に行けそうもない。せめて、未登の山を詠った詩から慰めをもらうことにする。でも案外、山の遠景の詩はあるが、登ることをテーマの詩は少ない。近代アルピニズムの開花は明治以降だったからだろう。
望駒嶽 駒嶽を望む 海量
甲峡連綿丘壑重 甲峡連綿として丘壑《きゅうがく》重なる
雲間獨秀鐵驪峯 雲間独り秀《ひい》づ鉄驪《てつり》の峰
五月雪消窺絕頂 五月雪消えて絶頂を窺《うかが》へば
靑天削出碧芙蓉 青天削り出す碧芙蓉《へきふよう》
 深田久弥「百名山」に掲載された甲斐駒ヶ岳を詩の題材とする。承句の鉄驪は青黒色の馬の意。形容が面白い。結句は、李白の以下の詩の換骨奪胎。芙蓉は一般には富士山を指すが、ここでは秀麗な山容の表現。
望廬山五老峯 廬山五老峯を望む 李白
廬山東南五老峯 廬山の東南 五老峯
青天削出金芙蓉 青天 削り出だす 金芙蓉
九江秀色可攬結 九江の秀色を攬結《らんけつ》す可《べ》き
吾將此地巣雲松 吾《われ》此《こ》の地を将《も》って 雲松に巣《すく》はん
語釈、訳文は、http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/shi3_07/rs253.htm
を参照のこと。
 海量(1733-1817)は江戸期の浄土真宗の僧侶。「望む」とあるので山麓からの風景ではあるが、宗教的な山岳修行に関係しているかもしれない。
写真は、Wikipedia(甲斐駒ヶ岳)より
参考)木下元明「江戸漢詩」

日本人と漢詩(046)

◎原采蘋、諸田玲子と李白


 NHK-FM 青春アドベンチャー「女だてら」は、昨日最終回となり、采蘋の宿願も大団円となった。原作では、その後日談もあり、李白と彼女の詩も紹介されている。だが、彼女の恋は、必ずしも成就成らず、ほろ苦い結末となっている。
別内赴徴三首 其三 内に別れて徴に赴く 三首  其の三 李白
翡翠為樓金作梯 翡翠《ひすい》楼と為《な》し 金梯《てい》と作すとも
誰人獨宿倚門啼 誰人《だれひと》か独宿して 門に倚《よ》りて啼《な》く
夜泣寒燈連曉月 夜泣きて寒燈《かんとう》 暁月《ぎょうげつ》に連なり
行行淚盡楚關西 行行《こうこう》涙は尽く 楚関《そかん》の西
 楚の西とあるので、嘆きの対象は蜀の国に居る人物との別れを詠ったものだろうか?采蘋は、郷里秋月藩を思っての仮託であろうか?
語釈と訳は
http://blog.livedoor.jp/kanbuniink…/archives/66702055.html
を参照のこと
別後聴雨 別後雨を聴く 原采蘋
雨蕭々兮四簷鳴 雨は蕭々として 四簷鳴く
燈耿々兮夢不成 燈は耿々として 夢成らず
身在天涯別知己 身は天涯にありて 知己と別る
千廻百転難為情 千廻百転 情と為しがたし
袖辺香残人更遠 袖辺香残り 人は更に遠く
不知何処聴斯声  知らず 何処に この声を聴かん
「愛しい人は 何処でこの雨の音を聴いているのか。天涯孤独の身 に雨音はもの寂しくしみいり、 未練はいつまでたっても消えそう にない……。」
 私事にわたるが、この間、漱石の胃潰瘍の話題も挿み、検診での胃のレントゲンから始まり、胃カメラの結果から内視鏡的切除まで、結構疾風怒濤の日々だった。結果は、ドラマのようなわけにはいたらかもしれないが、小団円くらいかもしれない。でも、入院中の傍らに采蘋が居たことは多とすべきだろう。
 図は、王運煕・李宝均「李白」(日中出版)から