南總里見八犬傳第二輯卷之一第十一回・序など
東都 曲亭主人 編次
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【外題】
里見八犬傳 第二輯 巻一
【見返】
文化丁丑孟春刊行
曲亭馬琴著 柳川重信畫
有圖八犬傳第弐輯
山青堂藏刻
【序】書き下し
八犬士傳第二輯自序[玄同]
稗官新奇之談。嘗作者ノ胸臆ニ含畜ス。初種々ノ因果ヲ攷索シテ。一モ獲ルコト無スハ。則茫乎トシテ心之適スル所ヲ知ラズ。譬ハ扁舟ヲ泛テ以蒼海ヲ濟ル如シ。既ニシテ意ヲ得ルトキ。則栩々然トシテ獨自ラ樂ム。人之未視ザル所ヲ見。人之未知ラザル所ヲ識ル。而シテ治亂得失。敢載セザルコト莫ク。世態情致。敢冩サザルコト莫シ。排纂稍久シテ。卒ニ册ヲ成ス。猶彼ノ舶人。漂泊數千里。一海嶋ニ至テ。不死之人ニ邂逅シ。仙ヲ學ヒ貨ヲ得テ。歸リ來テ之ヲ人間ニ告ルカゴトキ也。然トモ乗槎桃源ノ故事ノ如キ。衆人之ヲ信セズ。當時以浪説ト為。唯好事ノ者之ヲ喜フ。敢其虚實ヲ問ハズ。傳テ數百年ニ迨スハ。則文人詩客之ヲ風詠ス。後人亦復吟哦シテ而シテ疑ズ。嗚乎書ハ也者寔ニ信ス可ズ。而シテ信與不信ト之有リ。國史ノ筆ヲ絶シ自リ。小説野乗出ツ。啻五車而己ナラズ。屋下ニ屋ヲ加フ。今ニ當テ最モ盛也ト爲。而シテ其言詼諧。甘キコト飴蜜ノ如シ。是ヲ以讀者終日ニシテ而足ラズ。燭ヲ秉テ猶飽コト無シ。然トモ於其好ム者ニ益アルコト幾ント稀ナリ矣。又夫ノ煙草能人ヲ醉シムレトモ。竟ニ飲食藥餌ニ充ルコト無キ者與以異ナルコト無シ也。嗚呼書ハ也者寔ニ信ス可ズ。而シテ信ト不信與之有リ。信言美ナラズ。以後學ヲ警ム可シ。美言信ナラズ。以婦幼ヲ娯シム可シ。儻シ正史ニ由テ以稗史ヲ評スレハ。乃圓器方底而己。俗子ト雖固ニ其合難ヲ知ル。苟モ史與合ザル者。誰カ能ク之ヲ信セン。既ニ已ニ信セズ。猶且之ヲ讀ム。好ト雖亦何ソ咎ン。予カ毎歳著ス所ノ小説。皆此意ヲ以ス。頃コロ八犬士傳嗣次ス。刻成ルニ及テ。書賈復タ序辭ヲ於其編ニ乞フ。因テ此事ヲ述テ以責ヲ塞クト云フ。
文化十三年丙子仲秋閏月望。毫ヲ於著作堂ノ南牕木樨花蔭
簑笠陳人觧識
[震坎解][乾坤一草亭]
【序】原文
八犬士傳第二輯自序[玄同]
稗官新奇之談。嘗含畜作者胸臆。初攷索種々因果。一無獲焉。則茫乎不知心之所適。譬如泛扁舟以濟蒼海。既而得意。則栩々然獨自樂。視人之所未見。識人之所未知。而治亂得失。莫不敢載焉。世態情致。莫不敢冩焉。排纂稍久。卒成册。猶彼舶人。漂泊數千里。至一海嶋。邂逅不死之人。學仙得貨。歸來告之于人間也。然如乗槎桃源故事。衆人不信之。當時以為浪説。唯好事者喜之。不敢問其虚實。傳迨數百年。則文人詩客風詠之。後人亦復吟哦而不疑。嗚乎書也者寔不可信。而信與不信有之。自國史絶筆。小説野乗出焉。不啻五車而己。屋下加屋。當今最爲盛。而其言詼諧。甘如飴蜜。是以讀者終日而不足。秉燭猶無飽焉。然益於其好者幾稀矣。又與夫煙草能人醉。竟無充飲食藥餌者無以異也。嗚呼書也者寔不可信。而信與不信之有。信言不美。可以警後學。美言不信。可以娯婦幼。儻由正史以評稗史。乃圓器方底而己。雖俗子固知其難合。苟不與史合者。誰能信之。既已不信。猶且讀之。雖好亦何咎焉。予毎歳所著小説。皆以此意。頃八犬士傳嗣次。及刻成。書賈復乞序辭於其編。因述此事以塞責云。
文化十三年丙子仲秋閏月望。抽毫於著作堂南牕木樨花蔭
簑笠陳人觧識
[震坎解][乾坤一草亭]
【目録】
南總里見八犬傳第二輯總目録
巻之壹 第十一回
仙翁夢に冨山に栞す。貞行暗に靈書を獻る。
同巻 第十二回
冨山の洞に畜生菩提心を發す。流水に沂て神童未來果を説く。
巻之貮 第十三回
尺素を遺て因果自ら訟ふ。雲霧を拂て妖孽肇めて休む。
同巻 第十四回
轎を飛して使妾渓澗を渉す。錫を鳴してヽ大記總を索ぬ。
巻之参 第十五回
金蓮寺に番作讐を撃つ。拈華庵に手束客を留む。
同巻 第十六回
白刃の下に鸞鳳良縁を結ぶ。天女の廟に夫妻一子を祈る。
巻之肆 第十七回
妬忌を逞して蟇六螟蛉を求む。孝心を固して信乃曝布に禊す。
同巻 第十八回
簸川原に紀二郎命を隕す。荘官舎に與四郎疵を被る。
巻之伍 第十九回
亀篠姦計糠助を賺す。番作遠謀孤兒を托す。
同巻 第二十回
一雙の玉兒義を結ぶ。三尺の童子志を述ぶ。
統計二十回其第一回より第十回に迄て既に于肇輯第一巻に録しつ
【口絵】
醉ぬとはいはれぬ春の花さかり/さくらも肩にかゝりてそゆく
亀篠
丁丑百八拾八番
軍木五倍二
犬塚番作
春風のやしなひたてしさくら花/またはるかせのなそちらすらむ
手束
遠泉不救中途渇/獨木難搘大厦傾
奴隷額藏
犬塚信乃
いせのあまか/かつきあけつゝ/かたおもひ/あはむの玉の/輿になのりそ
一万度太麻
土田土太郎
丑五千六百三番/山崎
網乾左文二郎
三保ノ谷か/しころに/似たる破傘/風にとられしと/前へ引く也
巻舒在手雖無定/用舎由人却有功
交野加太郎
板野井太郎
雨たれの/おとしつゝして/又さらに/もるこそよけれ/軒の月影
濱路
この編第二の卷に至りて、伏姬の事盡せり。かゝれば肇輯第十回なる題目は、[禁を犯して考德一婦人をうしなふ。腹を裂て伏姬八犬子を走す。則これ也。]第十三回たるべきもの也。しかるを前に出せしは、發端いまだ盡さずして、はやく刊行せしゆゑに、その大かたをしらせんとて、物語はいと後なるも、その繍像さへ前にしつ。およそは七卷十四回を、前帙とせまほしかりしに、書肆の好み已ことを得ず、かくて每編五卷を、年々嗣出す事になん。
右の簡端なる出像中にも、第三輯の卷々にて、はじめて說出すものあり。そは軍木五倍二、網乾左文二郞、土田土太郞、交野加太郞、板野井太郞、則これ也。豫ては發端のみにして、八士のうへは定かならぬに、書肆が責を塞んとて、稿本はまだ其處へ至らず、すぢすらいまだ考起さで、無心にしてまづ畫をあつらへ、後にその畫にあはしつゝ、作りなしたるところもあれど、縡大かたはたがへるものなし。こは豫が心ひとつもて、ともかくもすることながら、只彼傭書剞劂の手に悞るゝもの多かるを、よくも正すに遑なし。これらも例の事なれば、看官察し給へかし。
馬琴再識
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仙翁夢に富山に栞す
貞行暗に靈書を獻る
「馬を飛して貞行瀧田に赴く」「この画の觧第十六張の背に見みえたり」「堀うち貞ゆき」
里見治部少輔義實朝臣は、山下、麻呂、安西等の大敵を滅して、麻のごとく紊れたる、安房の四郡をうち治め、威風上總の盡處さへに、靡ぬ武士もなかりしかば、鐮倉の兩管領、山內顯定、扇谷定正も、[康正元年、成氏許我へ退出後、顯定定正、兩管領たり。]侮りかたく思ひけん、再て京師へ執奏して、義實の官職をすゝめ、治部大輔になしてけり。かやうにめでたき事のみぞ、歲々にうち續けども、義實はいぬる年、安西景連に攻擊れて、籠城困窮難義の折、士卒の飢渴を救んとて、思ひおもはず一言の、失によりて最愛なる、おん息女伏姬を、八房の犬に伴せ、渠はや富山へ入りしより、絕てその安否をしらず。世の聞え人の譏、忘るゝ隙もなきまでに、いと悔しくぞ思召す。然とて色にも出し給はず、「彼溪澗に路絕て、わが方ざまのものにはさら也、親にも一切あはせずとも、もし樵夫獦人に、見らるゝことのありもせば、親胞兄弟に遭んより、八しほにまして恥しき事なるべし」、と思ひ給へば、曩には國中に詢しらして、凡良賤士庶をいはず、山稼するものなりとも、件の山に登ることを許されず、「もしこの旨に背くものは、必首を刎ん」とぞ、掟させ給ふにも、亦生憎に、あさなゆふな、みこゝろに懸るものは、金碗大輔孝德なり。「渠は安西景連に、兵粮を借んとて、苟に出でゆきしより、今にその存亡しれず。謀られて擒となりなば、果敢なく命を隕しけん。さらずは陣沒しつるなるべし。功ありながら賞を辭し、腹切て亡たりける、親孝吉を禁めあへず、末期に誓ひしことあれば、いかでその子を一城の主にもせん、女壻にもせん、と思ひしもよに化なりき。まかせぬものは人のうへ、盈れば虧る月を見ても、去歲に今年もかはらねど、かはり果しは渠等のみ。いかになりけん」、とばかりに、人に問べき事ならぬ、子に迷ふ親の常闇は、われから照らすよしもなく、ひとり物をぞ思ひ給ふ。
現百萬騎の敵を見ても、屑とせざりける、智仁勇の三德を、兼も備へし大將すら、又今さらに術なくて、かくまで思ひ屈し給へば、況義實の夫人五十子は、その月その日伏姬に、別れしときの面影のみ、只目にそひて泣くらし、泣明し給ひつゝ、「渠恙なくあらせ給へ、歸り來る日にあはせ給へ」、と神に佛にいく遍か、うち合する掌も、指も細りて朝夕の、箸とるまでも懶げに、御膳もすゝませ給はねば、臂ちかに使るゝ、專女房もろ共に、「おん理」とまうすのみ、そを慰んよしもなく、「おの〳〵心を鬼にして、富山の奧にわけ登らば、姬うへのおん所在を、遂にしるよしなからずやは」、としのび〳〵に相譚ひつ、「行者の石窟へ代參」といひこしらへ、さて彼山に赴きて、おぼつかなくも伏姬を、索まゐらすることしば〳〵なり。そが中に、志はありながら、山道の凄じさに得も登らで、かの麓より還るもあり、年來武家に給事て、心ざま雄々しきものは、鄕導者に先をうたして、辛してわけ入る物から、蜑崎十郞輝武が、推流されたりといふ山川のあなたへは、鄕導者もおそれて涉さず、固より川の向ひには、狹霧時なく立こめて、水音おどろ〳〵しく、其處とも見えず、こなたなる、岸の茨に花は開ども、針の席に坐るこゝちして、毛骨いよたつのみなれば、軈て是首より引かへして、これらも本意を遂る事なく、只如此々々と吿申せば、五十子は又さらに、「聞けばきくとてなつかしき、姬の患苦はとやあらん、かくやあらん」と村肝の、こゝろひとつにおし量る、歎きの霧の籬には、忍れぬ身ぞ形なき。「この世からなる人畜の、生を隔ていつまでも、あふせのなくは誰をかも、ともし火による夏蟲の、焦れて物を思はんより、われはや死ん」、と口說あへず、咳きしげく泣給ふ。かゝる故にぞ後竟に、ながき病著に臥給へり。
醫官は斛火壺氷の術に、死をかへさんと欲れども、その功杏林に滿るによしなく、驗者は兩部習合の符に、邪を禳んと欲れども、その法枯木に花さくの妙なし。月にまし日にそひて、いとも危く見えさせ給へば、義實はその夜さり、枕上に立よりて、みづから病苦を訪給ふ。傅きの老女等が、「殿のわたらせ給ひき」、とまうすによりて五十子は、女の童等に扶られて、やうやくに身を起し、言葉はなくて義實の、おん顏、つく〴〵と向上給ふ。瞼おちいり、頬骨の高きあたりへはふりかゝる、淚の露の玉の緖も、賴すくなき形容に、義實もつく〴〵と、見つゝ頻に嘆息し、「けふは心地のいかにぞや。今四五日經たらんには、やうやくおこたり給はめ、と醫官等はまうすなる。何事も心つよく、氣長く保養し給へ」、と慰め給へば、手を膝に、措かえて頭を掉、「醫官は何とまうすとも、かくまでに瘦髐ひて、返らぬ旅に逝水の、ながらふべくは侍らぬかし。病わづらふは誰ゆゑならん。そはまうさずも猜し給はめ。よしや蓬莱不死の術、不老の業も何にせん。とてもかくても現身の、生のうちなる思ひでに、あふことかたき伏姬に、今一トたびのあふよしあらば、わらはがための仙丹奇方、これにましたる藥は侍らず。如此まうさば淺はかなる、婦女の愚癡ぞ、僻事ぞ、と諭し給はん。しかはあれど、國の爲、親のために、身を贄にして家犬に、伴れつゝ足曳の、山路を指て入にし姬が、儔稀なる心操を、類罕なる因果ぞ、とおもひ捐させ給ひなば、民には仁義の君なりとも、子には不慈なる親とまうさん。いと憚あることながら、國に信を喪はじとて、その子を棄させ給ふとも、富山も君が知しめす、四の郡の內ならずや。さらば年々月每に、安否を問せ、みづからも、いゆきて見もし見られもせば、迭に憂苦を慰る、よすがともなり侍らんに、樵夫炭燒牧童等まで、件の山に入ることを、禁め給ふはいかにぞや。よしや齋忌しき魔所なりとも、誠を推せば、親なり子なり。國の守たる威德もて、今なほ姬は恙なく、彼山おくにありやなしや、しらまく思召ならば、難くもあらぬ所行なるべし。思ひたゝせ給はずや。是のみ今般の願ひに侍り。心つよし」、と恨みつ、勸解つ、せはしき息を吻あへず、かき口說れて義實は、默然たる頭を擡、「いはるゝ所道理なり。緣故を推ときは、わが一言の失より、子を棄、恥を遺す事、おん身にましていかばかり、朽をしく思はざらん。人木石にあらざれば、恩愛の絆、斷ことかたく、執着の霸、釋易からず。意の駒の狂ふまに〳〵、こゝに煩惱の犬を逐はゞ、公道たえ果て、侮り侵すものあらば、本州再び亂るべし、と懼思ひて情を剖、欲を禁めて見かへらず、山兒等まで彼山に、登ることを聽ざりしは、姬が爲に恥を掩ひ、愛に溺れて法を枉、則を踰ざるわがこゝろを、民にしらせん爲なれども、おん身が歎き不便なり。退きて思慮をめぐらし、姬が安否をしらすべし。心やすく思ひ給へ」、と諾ひ給へば、五十子は、「さては御こゝろ解給ふ欤。煩はずはいかにして、よに有がたき仰をきかん。まつ程は憂きものなるに、そはいつ頃に侍るべき」、と問れて霎時沈吟じ、「輙くもあらぬ所行ながら、おん身が爲にいそがさば、遐からずして吉左右あらん。心あてに身を愛し、俟給ひね」、と叮嚀に、應て軈て義實は、外面へ出給へば、女の童等がこゝろ得て、後に跟き、又先に立て、迥に送り奉りぬ。
このとき義實の嫡男、安房二郞義成は、去歲より眞野に在城して、安西景連が殘黨を討成げ、彼處を治め給ふものから、「母うへのおん病著、いと危し」、と聞えし日より、老臣杉倉木曾介氏元に城を守らし、瀧田に來まして母うへを、眞成に看とり給ふ、孝心等閑ならざれば、義實は更闌て、竊に義成を招せて、件の縡の趣を、おちもなく吿しらし、「われ苟に五十子が、心をやすくさせん爲に、忽卒に諾ひしが、輝武を本にして、おそれぬ人もなき山へ、誰をか遣りて姬を訪せん。よしや不敵のものありて、彼處へ使せんといふとも、事得遂ずはわが威を貶して、その身も其處に亡びなん。とてもかくても難義也。和殿は何と思ひ給ふ」、と問せ給へば小膝をすゝめ、「某もこの事は、侍女們がまうすにて、はや傳聞候ひし。絕てひさしき姉うへの、安否をしらばこよなき幸ひ、最歡しく候へども、賢慮寔にその所以あり。所詮此彼と人を擇て、家臣に仰付らるゝまでも候はず。某には二人なき、姉君の義にをはしませば、義成これを承りて、富山の奧へわけ登らんに、索ねあはで、やは已べき。縱彼犬に灵ありて、雲を起し、風を喚び、人の心を惑すとも、妖は德に勝ずといへり。母の慈善を盾としつ、父の武德を鎧として、家傳の弓箭を手挾ゆかんに、絕て障礙はあるべからず。命させ給へ」と請ふ、言葉せわしく拳を捺りて、はや打立べき氣色なるを、義實は手を抗て、推禁めつゝ頭をうち掉、「和殿がごときは血氣の勇のみ。智ある人は事に臨で、おそれて謀を好むといはずや。父母在すときは、遠く遊ばず。況危きに近くをや。わが子とて多くもあらぬ、和殿は家の柱石なるに、漫に早りて過失あらば、甚しき不孝なるべし。さればとて吾も亦、崇をおそれてゆかざるにはあらず。生涯あはじ、見られじとて、別れし姬は玉匣、まだふたとせのけふに得堪ず、こなたより訪せんこと、影護き所行なれば、胸くるほしく思ふかし。さりとて今宵に限ることかは。再ておもはゞすべもありなん。この事侍女們にもこゝろ得さして、外へな洩させ給ひそ」、と諭して許し給はねば、義成は又さらに、まうすべき言葉もなく、畏りて退出給ふ。
義實はそがまゝに、臥房に入らせたまへども、寢れぬまゝに、「とやせまし、かくやせまし」、と思ひかねて、はや曉かたになりし比、ゆくともしらず身は只ひとり、富山の奧の溪澗の、こなたの岸に立在給ふ。當下齡は八十あまり、百とせちかき一個の老翁、おん背後より參りつゝ、義實に申すやう、「この山ふかく入らせ給はゞ、おん鄕導仕らん。さはれこの川はわたしがたし。右手のかたに樵夫がかよふ、一條の細道あり。去歲よりしてこの山の掙を禁斷せられしかば、荊棘いやがうへに繁茂りて、何處を路徑ともわかたねば、僕既に枝を折かけ、或は草を紈などして、栞して候へば、其處よりおん供仕らずとも、迷せ給ふべうもあらず。究て本意を遂給はん。彼方より進せ給へ」、と指し誨まゐらする。義實不思議の事におもひて、その名を問んとし給ふに、忽地に覺てけり。「是華胥國の一夢也。おもひ寐の夢憑むに足らず」、とふかくは意にとめ給はず、この朝も此彼と、民の訴訟を聽定め、やうやく裡面に入り給へば、土圭も未に近かり。
浩處に一個の近臣、廊のかたよりまゐりて、恭しく額を著、「堀內藏人、召に應じて、東條より參上せり」、と申上れば、義實は眉うちよせて、頭を傾け、「われ貞行をよびたることなし。五十子が病著を、傳聞てみづから來にけん。そはとまれかくもあれ、われも問んと思ふことあり。よき折なるに、こなたへ召せ。とく〳〵」、といそがして、且く左右を遠ざけつ、欣然として俟給ふ。されば藏人貞行は、ひさしく東條に在城して、民を撫育の心|篤く、一郡既に治りにたれど、日に三省の敎を守りて、且くも安坐せず、よろづ務に暇なければ、去歲より瀧田へ參らざりしに、ゆくりなくも今こゝに、見參に入りしかば、義實はほとり近く、招きよして坐を賜ひ、「藏人恙なかりし欤。汝東條に令たる日より、われ亦三虎の誣言を聞かず。その忠心の致す所、歡びこれにますことなし。此度の參府は五十子が、疾病危しと傳聞て、安否を問ん爲なる欤」、と問せ給へば、貞行は、やうやくに頭を擡、「御諚では候へども、曩に君命を受し日より、彼一城を戍ること、某が職分なるに、よしや意中に見參を、庶幾候とも、免許を蒙らで、參るべうも候はず。火急の召に物とりあへず、只今參著仕りぬ。さるを召ず、と宣ふは、おん戲れにやあらんずらん」、といはせもあへず、「やをれ藏人、われに心の憂ひ多かり。何たのしくて戲れに、汝をはる〳〵と召よすべき。且何ものかわが命を、汝に傳へて誘引たる。人ありや。覺つかなし」、と敦證圉給へば、貞行も意得がたくおもへども、騷ぎたる氣色なく、「御諚をかへすは恐き所行也。さりながら一條、縡の趣を申上ん。きのふ老たる雜色がおん使なるよしを吿て、東條へ來にければ、出て見るに、認らぬもの也。訝りながら謹て、君命を承るに、彼おん使、某に吿ていふやう、『此度夫人のおん願ひにより、屋方みづから富山に赴き、伏姬君を訪給はんとて、をさ〳〵その用意あり。さはれ晴なることにはあらず、しのび〳〵の狩倉にて、音に聞えし高峯なるに、非常の備なくンばあらず。さればとて從者を、夥將てゆかんは不便也。よりて此度のおん供には、和殿をこそ、と思召て、俄頃に召させ給ふになん。某はこの年來、洲崎の崫のほとりに處る、名もなき下司で候ヘども、件の山の案內を、よく知たりと聞召れ、鄕導にとて召よせられ、このおん使さへうけ給はりて、老足ながら走り來つ。則殿の御敎書』とて、襟に掛たるを恭しく、解おろして遞與せしかば、某拜見仕るに、翁が口狀も符合すなれば、露ばかりも疑ふことなく、件の翁をかへすとやがて、馬に鞍おきうち乘て、從者のつゞくを俟ず、夜をこめ、途をいそがして、御館に參りてうけ給はれば、縡みな實に相違せり。原來彼翁こそ、癖者に極れり。と思へどもまざ〳〵しき、御敎書はこゝにあり。これ臠せ」、と懷中より、とう出て返し奉れば、義實さや〳〵とうち披き、「これはいかに」、と貞行が、方に引向て見せ給へば、貞行再びうち驚き、「現某がきのふ見し、文字はこゝにひとつもなく、如是畜生發菩提心、と二行八字に變ぜしは、奇也、奇なり」、とばかりに、呆るゝこと半晌あまり、又いふよしもなかりけり。
義實はこの一句に、忽地曉りて卷おさめ、「藏人汝がまうす所、僞なくは不思議の事也。抑きのふ使者と稱して、この書を遞與せし翁が年齡、その面影はいかなりし。詳に吿よ」、と宣へば、貞行羞たる氣色にて、「件の翁は八十あまり、百とせにも及ぶべし。眉は長うして、綿花を重たるごとく、齒は皓して、瓠核を連たるに異ならず。躬は瘦たれども、健也。老たりと見れば、いと弱かり。眼光人を射て、威あれども猛からず。よにいふ道顏仙骨とは、渠なるべし」、とまうすにぞ、義實は思はずも、掌を丁と拍、「こゝにも似たる奇談あり。そは疑ふべうもあらず、洲崎の崫に迹垂給ふ、役行者の示現也。且はじめより吿ん」とて、夫人に諾ひ給ひし、伏姬の安否を訊ふべき事、又義成の孝心勇氣、思ひつかれて見し夢に、富山の奧のこなたなる、岸に遊びて思はずに、翁に遭し縡の趣、首尾を說しらし、「夢は五臟の疲勞に成る、賴むに足らずと思ひしが、只今汝がまうしつる、翁の面影わが夢に、見えつるものと彷彿たり。加旃如是畜生云云の八字をもて、過去未來を示せしは、伏姬穉かりしとき、多病にして嗄音たえず、しかるに洲崎の窟なる、役行者の利益によりて、後健に生育にき。この折に感得せし、水晶の念珠には、仁義禮智忠信孝悌、この八の文字あり。この後籠城難義の折、わが一言の失にて、姬を八房に許せし日、件の八字は消滅て、いつの程にか如是畜生發菩提心、と讀れたり。因て思ふにわが女は、嘉吉二年夏の季、伏日の比生れしかば、名を伏姬と喚做せしが、後竟に人にして犬に從ふ、名詮自性、それ將脫れぬ因果ならんに、渠身を棄たる緣故は、親の爲、國の爲、仁義八行を世の人に、喪せじとの爲なれども、苦節義信の善果によりて、如是畜生に誘引れ、遂に成等正覺に、入れるものにぞあらんずらん、とわれもはじめて曉りにければ、敢復姬を禁めず、渠が望に任せしより、はや二年になりぬれども、安否を訪ず、訊せもせず、樵夫獦人等まで彼山に、入ることを禁めしに、今五十子が疾病危く、そが情愿の默止がたさに、姬の安否をしるよしもがな、と思へどもなほ思ひ難つる、豫が夢に見し翁の面影、この書を汝にとらせしといふ、そのものと一點たがふことなし。祫といひ恰といひ、神變不測の應驗にて、義實が疑惑を解し、富山の奧へ導き給ふ、行者の示現疑ふべからず。かゝれば是法度を復し、我意を枉て伏姬に、再會の時到れり。則權者の示現に任し、汝を將てわれゆかん。この事は沙汰すべからず。人は唯奇を好むもの也。示現靈應愆たで、われもし姬にあふことあらば、民喋々と奇を談じて、これより鬼神の德を淫さん。又彼山に遊ぶといふとも、終に伏姬にあふことなくは、夢を信じて影を逐ひ、假を認て風を捕る、義實が愚を民に知らして、世の胡慮になりぬべし。大約此度の從者は、汝が外に、列卒十四五人ンたるべき欤。これらも言葉寡きもの、よろづ老實なるを擇ぶべし。翌はつとめてわれ出なん。准備をせよかし」、と且示し、且命じ給へば、貞行ふかく感佩して、敢復一議に及ばず、既にして稟やう、「姬うへ幼穉をはしませし時、役行者の靈驗利益、彼水晶の珠數の事は、某も粗これをしれり。此度の奇特に符合す、と思召合されしは、亦但君が睿智の德。倂姬うへの、至善節義にあらざりせば、斯まで奇特候はんや。今打鎚は外るゝとも、御判斷は錯ふべからず。御遊山の事しかるべし。いそがせ給へ」、と應まうして、軈て遠侍に退出けり。
義實は意に祕して、件の縡の趣を、夫人にも吿給はず、只嫡男義成に、如此々々と密語給へば、義成も亦感嘆して、已給はず。父に代りて彼山へ、赴ばやと思召ども、權者の導き給ふもの、われならざるにすべもなし。特にこの日はおん母五十子、いよゝます〳〵病つかれて、いとも危く見え給へば、ちから及ばず留り給ふ。義實は五十子が、生前にと心いそしく、その夜の曉るをまちわびつゝ、「長狹富山の麓なる、大山寺へ詣給ふ」、と徇させて、未明より出給ふ。微行の事なれば、おん供は堀內藏人貞行等、以下廿人には過ざりき。
「靈書を感して主從疑ひを觧」「如是畜生發菩提心」「よしさね」「貞ゆき」「よしなり」
さる程に義實は、貞行と二騎馬を竝て、只管に鞭を揚、足掻を早め給ひしかば、その日のうちに乘著て、はや富山へぞ登り給ふ。とかくして山川のほとりまで來給ふに、巖石の形狀、樹木の光景、すべて見し夜の夢にたがはず。試みに荊棘をわきつゝ、途を索て一町あまり、右手のかたへ入り給ふに、果して枝を曲、草を紈て、往々に栞ありけり。主從今この栞を見て、思はず目と目を注するまでに、信を增し心勇みて、迥に後方を見かへれば、貞行が外、步立なれば、從者等は遠離て、續くもの絕てなし。且して馬奴只ひとり、喘々登り來にければ、義實これを御覽じて、「既にこの應驗あれば、他人は從ふも要なし。彼ものには馬を牽し、麓へかへして供まちさせよ。とくとく」、といそがし給へば、貞行はこゝろ得果て、件の男を呼近づけ、山
〚国字 木+屠〛に繋留たる、馬を指し、如此々々、と仰を傳て麓へかへし、これより主從亦二人ン、栞に途をもとめつゝ、山蛭に笠を傾け、葛藤に足を取られじとて、迭に高く聲をかけて、羊腸なる山みちを、其首ともわかず躋りつ躓つ、辛して進む程に、彼川上を巡り來にけん、樹の下闇をゆき脫て、川のあなたへ出にけり。





