日本人と漢詩(007)

◎石川丈山(続)と謝霊運


池の上《ほとり》の樓に登る 謝霊運
(身を守るため)潛《ひそ》める虯《みずち》は幽なる姿を媚《いろめか》し
飛ぶ鴻《おおとり》は遠き音を響かす
(私は)霄《そら》に薄《とど》まりて雲の浮かべる(高きに)愧《は》じ
川に棲みて淵に沈める(深さ)を怍《は》ず
德を進《みが》かんとするも智の拙なる所《ため》(進まず)
耕に退かんとするに力は任《た》えず
祿に徇《した》がいて窮海《いなかのうみ》に反《かえ》る
痾《あ》に臥《ふ》し空林に對す
衾《ねや》枕にて節候《じせつ》に昧《くら》く
褰《かか》げ開き暫《しばら》く窺《うかが》い臨み
耳を傾けて波瀾を聆《き》き
目を舉げて嶇嶔《たかきやま》を眺むるのみ
初景《はつはる》は緒《なご》りの風を革《あらた》め
新陽は故《こぞ》の陰《ふゆ》を改む
池の塘《つつみ》に春の草生じ
園の柳に鳴く禽《とり》も變わりぬ
(草つむ人の)祁祁《おお》きに豳《ひん》の歌の(人を慕う)を傷《いた》む(を知り)
萋萋《せいせい》たる楚吟に感ず
索居《ひとりい》は永く久しくなり易《やす》く
群を離れて心を處し難《がた》し
操を持するは豈《あ》に獨り古《いにし》えのみならんや
悶《うれ》い無く徵《しるし》は今(ここに)在りと
「池塘、春草生じ、園柳に鳴禽變ず」の詩句が有名なので、前項、謝霊運の画額の詩の全編を筑摩世界文学全集「文選」などを引っ張りだして読み下してみた。「人生挫折」の感情は、本来なら万物生成の候である春の景がバックグラウンドだけに切々と訴える。写真は、当方が撮った詩仙堂の園庭、「池塘、春草生じ」の雰囲気があるかな?その他の詩仙堂の写真は、Facebook にて。
「詩仙堂」ホームページ

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