K君のこと

 先日、K君を偲ぶ会があったので、次のような挨拶をした。(固有名詞は、伏せておく。)

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 ここに列席の方々よりも長く、K君との大学卒業後の半世紀近くのかかわりを5分間で話せと言うのは、どだい無理な話で、予定では、まる1日かかるか、大幅に詰めて、3時間くらいかかることを、まずご容赦くださいね。だめ、早く引っ込めと言われるなら、最低2つのことに絞って話させていただきます。
 第一には、研修医時代が終わりかけたある日、倉沢君から、今度診療所に全面的に赴任するという話がありました。それを聞いた時、驚天動地の思いを抱いたことを今も覚えています。考えてもごらんなさい。医師という職業は、いい意味でも悪い意味でも「エリート」の地位にあります。それは私たちの病院といえども例外ではありません。大学では、助手からはじまって、講師→助教授→教授と登り詰めるのが、目標でした。市中病院でも、診療科長→院長というラインも同様です。診療所は、パート的に出向しても、そこに居続けることは、リタイアされた医師がかろうじてかかわる場でありました。その道を若くして選択されたのは、自分にはとうていできない志を高く持たれた、感心しました。そして、その道は、次に控えられるO先生や、不肖わたくしにも道を切り開いでくれた先駆者でした。
 第二には、それにもまして関心したのは、別に誰彼を非難しているわけではありませんが、リタイア後に診療所で役割を持った医師は、とかく自己流の診療スタイルに陥りがちです。倉沢君はそこと一線を画しました。私の医学部時代の先輩と共同で「P-MAN」という慢性疾患プログラムがPC上での開発に深く関わりました。その中では、医学的に根拠のある真実を、理論的、統計学的にあきらかにされました。K君の雑誌投稿の論文をいくつかを読みましたが、その中で、興味あることにぶつかりました。高齢者のADL(日常運動労作)を低下させる大きな要因はなにか?解りますか?正解者には、今日の昼飯をおごります(笑)。この設問はヒントを兼ねていますが、そうです、食事の貧困さ、極論すればそもそも食事が摂れないことです。その後は、医学的なエビデンスとして、当法人では、配食サービスを充実させる大きなきっかけになりました。
 最後に、コロナ禍のある日、発生が疑われるので。緊急でコロナウィルスのPCR検査を夜中までかかり、行ったことがあります。おかげで、蔓延は最小限度にくいとめましたが、あとでK君から「第一線の医療機関」らしいと称賛の言葉をいただきました。他には、だれも他には褒めてくれなかったに関わらずに、です。(笑)正直、嬉しかったです。この時ほど、K君と同じ方向を向いていたことに安堵しました。
 月並みにいえば、故人の残したものを受け継ぎ、がんばろうというところですが、私には、もうそんな気力も時間もないかもしれません。ここにおられる皆さんへの、K君を代弁しての気持ちをくんでいただくことをお願いしてメッセージを終わります。最後に、K君の主治医であったI先生のご著書(武川甲州 ”インビジブルライン 見えない線を超えて心は開かれる” Amazon を紹介します。どうぞ読んでください。ご清聴ありがとうございました。

 写真は、コロナウィルス(CA19-9)PCR 法の結果を示すディスプレイ。