日本人と漢詩(122)

◎ 私と蘇軾

 親戚の結婚式の場で、蘇軾の詩を引いて、スピーチをしたことがあった。式での厚化粧もよいが、普段の生活での何気ない身繕いもそれに変わらぬ趣きがあるといった趣旨だった。その時は、ピンインでの読みはできなかったのが、残念であったが…

Yǐn hú shàng chū qíng hòu yǔ   Sòng   Sū shì
飲 湖 上 初 晴 後 雨   宋 ・ 蘇 軾
Shuǐ guāng liàn yàn qíng fāng hǎo
水 光 瀲 灔 晴 方 好
Shān sè kōng méng yǔ yì qí
山 色 空 濛 雨 亦 奇
Yù bǎ xī hú bǐ xī zǐ
欲 把 西 湖 比 西 子
Dàn zhuāng nóng mò zǒng xiāng yí
淡 粧 濃 抹 總 相 宜

 訓読、訳文などは、詩詞世界を参照のこと。Youtube では、本場中国人の朗読がある。

 ここでは、この七言絶句を例に「漢詩作詩法」のいくつかの規則について説明する。
 まずは、声調について。唐の時代と現在のピンインとでは、時を経るにしたがい、変化してきた。古くは、「平声」「上声」「去声」「入声」とあり、漢和辞典などでは、漢字に四角の枠があり、四辺の一部が強調されている図が掲載されている。その位置によって、上記の四声が区別される。歴史的な変遷として、だいたいは、現在の四声に対応はしてきたが、かなりの変化もあるので、現代のピンインでは、「平仄にあてはまらい」ことも多々あるが、蘇軾の詩では、ほぼ 100% 踏襲されている。(それでも、中国語は、言葉の変化では、他の言語に比べて、思いの外「保守的な」言語である。)「平声」は「平音」、あとの三つは「仄音」と言い、漢詩では、二つを組み合わせて、リズムを作る。蘇軾の詩では、

上平去去平平上
平入平平上入平
入上平平上平上
上平平入上平平

 という並びになる。この近体詩での第二文字目が、平声なので「平起式」という。「平起式」の場合、
◉○◉●●○◎
◉●◉○◉●◎
◉●◉○○●●
◉○◉●●○◎
 ○は、平音、●は仄音、◉は、平仄どちらの字でも可、◎は韻を踏む字。

 一方、「仄起式」では、
◉●◉○◉●◎
◉○◉●●○◎
◉○◉●◉○●
◉●◉○◉●◎
 となる。(記号は同様)
 全ては述べないが、伝統的な規範として、「二四不同」(二字目と四字目の声調を変える)「二六対(二字目と六字目の声調は同一)」などがあり、これが漢詩を作るうえでの「パズル遊び」に似ていなくもないところである。将来的には、AI で漢詩が作れるかな(笑)
 ところが、蘇軾の詩には、大きな例外が一つある。平起式の第三句では、下三字が、「平仄仄 ○●●」であらねがならないが、「仄平仄 ●○●」と「二六対」の約束事が守られないことがしばしばあるが、許容範囲であるらしい。

 ピンインの朗読を西湖の光景と西施の艶姿を思い浮かべながらお聞き願えれば幸いである。

日本人と漢詩(010)

◎私と蘇東坡


「連載」にあたり、連想ゲーム的に繋いできたが、近年の「脳力」の衰えからか、そううまく続く訳がない。また、浅学非才の故、手持ちの材料も少なくなったし、漢詩一首をひねる技量もあるべくもない。ここらで気分一新、以前あるブログに載せた以下の一文で、今回の投稿に換え、次回以降は趣を新たにする。
身内の結婚式で、乾杯の音頭とりをしました。晴れがましい席での挨拶は苦手で、いつも適当にして、後で不評を買うのですが、そうしたドジは許されないと脅されて、今回は、予め原稿をしたためました。
本日は、乾杯の音頭を仰せつかりましたが、その前に一言二言述べさていただくのをお許しください。実は、私こうした席の挨拶では、アドリブでは何を言い出すかわからないと家人から堅く戒められておりますので、今日は原稿を読ませて頂きます。
さて、新婦の思い出と申しますと…(略)…その子ども達も、一人、二人と一人前になり、家庭も持ち、…(略)…、感慨を新たにしているところです。
閑話休題《はなしはさておき》、実は、私、とある下町で町医者を生業《なりわい》としています。長年、子どもからお年寄りまで診るこうした稼業をしておりますと、姪や子ども達の成長に合わせて、診ている患者さんも大きくなり、診察に来ていた子どもも最近結婚、その生まれた子どもを診る時など、その若い夫婦に、つい身内を連想し、お説教じみた診療になりがちです。
また、更に年齢を経て、二人そろって仲良くデイケアに来られる高齢のご夫婦を見ているとこれはこれで燻し銀の光沢が感じられ、先日の結婚式に新婦のお父さんが、白楽天の「比翼の鳥、連理の枝」との詩句をいただきましたが、その思いをいっそう深くしている次第です。
その白楽天に対抗するわけではありませんが、時代は少し下がりまして、宋の時代の詩人、蘇東坡が、中国の有名な湖、西湖を詠った詩を紹介したいと思います。
水光瀲灔《れんえん》として晴れ方《ひとえ》に好く
山色空濛《くうもう》として雨も亦奇なり
若し西湖を把つて西子に比せば
淡粧濃抹総て相い宜《よろ》し
水の色はキラキラ光って、晴れればよい風景である
山の色は薄霞だが、雨の景色も格別である
薄化粧であれ、厚化粧であれ、越の美女、西施に比べてみても、西湖というのはどちらもすばらしい。
夫婦でも同じ事だと存じます。本日の華燭の典、濃抹《のうまつ》な、お二人も本当に素敵だし、いつまでも今日の日のことを忘れないとは思いますが、むしろ明日からは、淡粧《たんしょう》な普段着の生活が始まります。どうか、晴れの日はもちろんのこと、雨の日にも、お互い自由で闊達なご夫婦であり続け、明るいご家庭を築かれることを願って、わたくしの挨拶とさせて頂きます。乾杯!
詩の題名は、超有名な蘇東坡「湖上に飲す、初は晴れ後は雨ふる」。写真は、Wikipedia の西湖の項目(http://is.gd/0aR9ey)より。