日本人と漢詩(106)

◎江馬細香と大西巨人

 日本の戦後、しばらくしての文学は、ロシア革命後のアバンギャルドを始めとして、様々な潮流があり、今日《こんにち》から見ても、興味深い。その「戦後」が落ち着いた頃「新日本文学」系の潮流の集大成というべき作品の一つが「神聖喜劇」なのではないか?
 旧軍隊の中にあって、作戦要務令などを「逆手」にとって「抵抗」を試みる一兵卒の話で、小気味良いものさえ感じる。それは、なによりも、一旦、文章化されると、それは「固定」され、それなりの首尾一貫性を持つ。こうした、規則、法律、憲法に至るまで「文に成る」。その「論理」を無視して、無謀な戦役を続けたのが、「日本帝国陸海軍」であったと言えるだろう。
 田能村竹田はじめとする多くの漢詩を引いているように、「漢文」という表現法は、性格上、この小説に似合っていると言わなければなるまい。ここでは、小説に載った江馬細香の七絶から…
別後贈人
ー點愁燈夢屢驚
耳邊所觸總關情
尋常蕉雨曾聞慣
不似今宵滴滴聲
〔 別後、人贈ル
一点ノ愁燈、夢|屢《シバラク》驚ク、
耳辺《ジヘン》触ルル所八総《スベ》テ情二関《カカワ》ル
尋常ノ蕉雨《セウウ》ハ曾《カツ》テ聞キ慣レシモ
今宵|滴滴《テキテキ》ノ声ニハ似ズ〕
語釈】関情:心をかき乱す 蕉雨:芭蕉に注ぐ雨
 頼山陽の評に「鉄石心腸(堅固な心の細香)もまた時に此等の詩を作る、寧《いづくんぞ》本事《ほんじ》(詩情に託した隠された事情)有らんや」
訳文】眠れぬ夜の耳元に聞こえてくるのは悩ましいものばかり、芭蕉に降る雨の音は今宵ばかりは心に滲みる

次韻平戸藩鏑軒先生見寄作
ー誤無家奉舅姑
徒耽文墨混江湖
却慚千里來章上
見儀文場女丈夫

平戸藩鏑軒先生 寄せらる作に次韻す
〔ー《ヒト》タビ誤ツテ家二舅姑《オウト》ヲ奉ゼズ徒《イタズラ》二文墨《ブンボク》二耽《フケ》ツテ江湖二混《マジ》ル却《カヘ》ツテ慚《ハ》ヅ千里来章ノ上見ルナラク文場ノ女丈夫ナリト〕

 ここでは、長い引用になるが、大西巨人の「解説」に頼る。
『江馬細香にたいする私の持続的・中心的関心は、とても実に次ぎのごとき細香晚年(嘉永五年〔ー八五二年〕)作七絶一首の存在(そのことに関する私の言わば「独断的」解釈)に由来していた。』

『一首の意は、さしずめ「私は、若い日、結婚のことで、かりそめの失敗をして、とうとう未婚のまま、むなしく詩文書画の道に熱中して俗世を渡ってきたが、今日、遠方より到来せる詩篇の中『(細香は実に)文壇の女丈夫(である。)」などということが(褒詞として)書かれているのを見ると、いっそほんとに恥ずかしい。」というような物であろう。
 ただし、あるいは「江湖二混ル」は、私の理解とは逆に、「隠遁」ないし「隠棲」を意味するのかもしれぬけれども、それがそうであっても、私の論旨は、別に痛痒を感ぜない。)』

『先の細香晚年(六十六歳)作七絶〔『次韻、平戸藩鎧軒先生ノ寄セラレシ作二』〕における「千里来章」は、この肥前平戸在住葉山佐内が遥かに美濃大垣在住江馬細香に寄せた詩篇を指示し、肝心の詩句は、「淋漓タル逸墨、詩画ヲ饒ニス/知ル是レ文場ノ女丈夫ナルヲ」である。
 後藤松陰(篠崎小竹女婿・頼山陽門人)撰の「墓誌銘」が『湘夢遺稿』巻末に収録せられていて、そこに「女史、人卜為リ篤実温雅二シテ卓識アリ、父-一事ヘテ孝、拋有リテ常セズ、筆硯自ラ娯ム。而シテ又、慨然トシテ憂国ノ気アリ、衆眉ノ丈夫ヲシテ慵衝有ラシ厶。」の文言が見られる。細香を論致せる『女詩人』において、徳富蘇峰は、如上「墓誌銘」中の「慨然トシテ憂国ノ気アリ、衆眉ノ丈夫ヲシテ愧色有ラシム。」という語句ならびに小原鉄心〔大垣藩家老〕の「喜ンデ古今ヲ談ジ、言、国家興廃ノ事二及ブヤ、涙ヲ揮ツテ之ヲ論ズ。」という言辞〔『湘夢遺稿』の「序」〕を引きつつ、それらによって細香晩節の「一斑を察す可し」、と書いた。また『湘夢遺稿』は、前掲次韻七絶の頭註として、頼三樹三郎の「真情真詩。女史ヲ知ラザル者ハ、或八尋常ノ風流女子卜以サン。過謙ノ語ナリ。」という評語を載せた。それにしても、「文場ノ女丈夫」という讃辞は、やはり主として細香の文芸的才能および業績にかかわっていたはずである。
 一般に人(識者)は、「ータビ誤ツテ家二舅姑ヲ奉ゼズ」の起句から、ただちに前述「墓誌銘」が言う「故有リテ笄セズ。」の事実に思い及ぶにちがいなく、したがってまたただちに細香二十代における頼山陽との縁談上蹉跌に思い至るにちがいない。そうすることに現実的根拠が大いにあるであろうことを、私は、一面において肯定する。しかも他面において、私(の独断的解釈)は、「ータビ誤ツテ家二舅姑ヲ奉ゼズ/徒一一文墨二耽ツテ江湖二混ル」の起承から、おのずとトオマス・マン作『トニオ・クレーゲル』におけるたとえばリザヴェタ・イワノヴナの’Sie sind ein Bürger auf Irrwegen,Tonio Kröger,—-ein verirrter Bürger’〔「あなたは、邪道におちいれる市民なのよ、トニオ・クレーゲル、——迷える市民なのよ。」〕という言葉を思い起こし、ひいてまたおのずと明石海人の諸制作におけるたとえば「病む歌のいくつはありとも世の常の父親にこそ終るべかりしか」という一首を思い合わせる。』

 まるで、森鴎外の史伝小説を継承し、それに+α したような書きぶりであることにも興味深い。

「神聖喜劇」というタイトルは、成文法の「頂点」と言うべき旧憲法第三条にあるような、「日本においては悲劇は喜劇である」という、愚の骨頂というべきか、為政者に都合のよい「フィクション」に基づいたものに思えてならない。

参考文献】
・大西巨人「神聖喜劇」第三巻(光文社文庫)
・江馬細香「湘夢遺稿」上(汲古書院)

日本人と漢詩(048)

◎江馬細香、佐藤春夫と薛涛(旧字では濤)

江馬細香は薛濤の詩を読んでいたようだ。その詩集より
・燈下読名媛詩歸 灯下に名媛詩帰を読む
靜夜沈沈著枕遲 静夜沈沈として枕に著くこと遅し
挑燈閑讀列媛詞 灯を挑《かかげ》て閑《しず》かに読む列媛の詞
才人薄命何如此 才人の薄命何ぞ此の如き
多半空閨恨外詩 多半《たはん》は空閨外《がい》を恨むの詩
[語釈]
名媛詩歸:中国古代から明までの女流詩人詩集。名媛は才色兼備。恨外:夫をうらむ。
・夏日偶作《かじつぐうさく》
永日如年晝漏遲 永日《えいじつ》年《とし》の如く 昼漏《ちゅうろう》遅し
霏微細雨熟梅時 霏微《ひび》たる細雨 熟梅の時
午窗眠足深閨靜 午窓《ごそう》眠り足りて 深閨《しんけい》静かなり
臨得香奩四艷詩 臨《のぞ》み得たり 香奩《こうえん》四艶《しえん》の詩
[語釈]
昼漏:昼間の時間、漏は水時計、細香の実家は裕福だったようなので、ひょっとするとゼンマイ仕掛けの時計だったかもしれない。霏微:細やかに降りしきるさま。閨:婦人部屋。香奩:化粧箱、転じて女流の意。四艶:唐の魚玄機、薛濤、宋の李淸照あたりだろうか?もうひとりは誰なのか?興味の湧くところである。
薛濤の夏の詩から
蝉 蝉《せみ》
露滌淸音遠 露滌《ろじょう》清音《せいおん》遠《とお》ざかり
風吹故葉齊 風吹いて故葉《こよう》斉《ひと》し
聲聲似相接 声声《せいせい》相接《あいせつ》するが似《ごと》きも
各在一枝棲 各《おのおの》一枝《いっし》に在りて棲《す》む
佐藤春夫の訳
せぜのせせらぎかそけくて
枯葉《かれは》とよしも風わたり
音《ね》はもろ声にひびきども
みなおちこちに各自《おのがじじ》
参考)日本における薛濤詩の受容 https://www.nishogakusha-u.ac.jp/…/07kanbun-01yokota.pdf
江馬細香詩集「湘夢遺稿」上(図・「細香筆 白描竹」も同書より)
魚玄機 薛濤(漢詩大系15)

日本人と漢詩(020)

◎頼山陽と江馬細香


文化十年(1813年)暮に山陽は細香の住む美濃を跡にして、翌年新春に梨影という女性を娶ります。大垣を去るにあたって
「重ねて細香女史に留別す」
宿雪《しゅくせつ》漫々《まんまん》として謝家《しゃけ》を隔《へだ》す
離情《りじょう》述《の》べんと欲《ほっ》して 路程《ろてい》賒《はる》かなり
重ねて道藴《どううん》に逢ふ 何処《いづこ》に期《き》せん
洛水《らくすい》春風《しゅんぷう》 柳花《りゅうか》を起《おこ》す
とまた京都で逢うことを期待している一方で
蘇水《そすい》遙々《ようよう》 海に入りて流る
櫓声《ろせい》雁語《がんご》 郷愁を帯ぶ
独り天涯《てんがい》に在りて 年暮れんと欲す
一篷《いっぽう》の風雪 濃州《のうしゅう》を下る
と傷心の胸裡も述べます。
翌年春2月半ばに細香と再会、嵐山に花見遊山し、
山色稍《やゝ》暝《くろう》して 花《はな》尚《》お明《あき》らかなり
綺羅《きら》人散じて 各々城に帰る
渓亭《けいてい》に独り 吟詩の伴《とも》有り
共に春燈《しゅんとう》を剪《き》 水声《すいせい》を聞く
暮《く》れて帰《かえ》る 旧《むかし》を話し 歩み遅々たり
鬢《びん》に挿す 桜花 白一枝
濃国《のうこく》に 相逢《あいあ》ふ 昨日の如し
記す 君が雪を衝《つ》きて 吾を訪《おとず》れし時
江馬家蔵「山陽先生真蹟詩巻」よりとあるので、細香に直接贈ったのでしょう。
でも、『山陽詩鈔』では、次のように七絶に改作
「武景文細香と同じく嵐山に遊び旗亭に宿す」
山色稍《やゝ》暝《くろう》して 花《はな》尚《》お明《あき》らかなり
綺羅《きら》路を分ちて 各々城に帰る
詩人故《ことさら》に人後に落ちんと擬《ほっ》す
燭を呼んで 渓亭《けいてい》に 水声《すいせい》を聴く
といろいろ経緯を巡って憶測を呼ぶようになったのです。
写真は、京都・嵐山(Wikicommon より)
参考】
・門玲子「江馬細香」