南総里見八犬伝(018)

南總里見八犬傳第二輯卷之四第十七回
東都 曲亭主人 編次
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「思ひくまの人はなか〳〵なきものをあはれに犬のぬしをしりぬる」「犬塚しの」「龜笹」「はま路」

妬忌ときたくましうして蟇六螟蛉ひきろくひとのこをやしなふ
孝心こうしんかたうして信乃曝布しのたきはらひ

 卻說犬塚番作かくていぬつかばんさくは、年來としごろの志願稍遂やゝとげて、男子既をのこゞすで出生しゆつせうし、母も子もいとすくよかに、產室撤うぶやおさむるころにぞなりぬ。「さてちごの名をなにとかよばん」、と女房手束にようばうたつかかたらへば、手束はしばら沈吟うちあんじ、「よに子育こそだてのなきものは、男兒をのこゞなればとし、の子には男名をとこなつけて、やしなひたつればつゝがなしとて、如此しかする人もまれにははべり。我夫婦わがふうふさちなくて、男兒三人擧をのこゞみたりまうけしかど、みな殤子みづこにてなくなりたるに、このたびも又男兒をのこゞなれば、一しほ心よはくなりて、想像おもひやりのみせられはべり。この子が十五にならんころまで、女子をなごにしてはぐゝまば、つゝがあらじと思ひ侍り。その心してなつけ給へ」、といへば番作うちほゝみ、「死生めいあり、名のとがならんや。ものいみ多き僻事ひがこと、いとうけがたき筋なれども、おん身が心やりにもならば、に從ふもわろきにあらず。古語に長きをしのといふ。和名妙わめうせう長竿ちやうかんを、しのめとよませし、則是すなはちこれなり。今も穗の長きすゝきを、しのすゝきといふぞかし。しげきすゝきとするは非ならん。わが子の命長かれ、とことほぎのこゝろもて、その名を信乃しのよぶべき。昔われ美濃路みのぢにて、不思議におん身と名吿なのりあひ、信濃路しなのぢにして夫婦となりぬ。しのとしなのとその聲近し。越鳥ゑつちやう南枝なんしすくひ、胡馬こば北風ほくふういばふといへり。たれかそのはじめを忘れん。わが子もし發迹なりいでて、受領じゆれふする事さへあらば、信濃の守護しゆごにもなれかし、と亦祝またことほぎのこゝろにかなへり。この名は甚麼いかに」、とまめたちて、とへ手束たつかきゝあへず、「そはいとめでたき名にはべり。富人とむひと五十日百日いかもゝか、と產室うぶややしなひのよろこびに、さけもり遊ぶ日も多かり。せめてこの子が名ひらきに、かまどの神に神酒獻みきたてまつり、手習子てらこ綿わた弟子をしえこに、ものくはせ給はずや」、といふに番作うち點頭うなづき、「われもかくこそ思ふなれ。とく〳〵」といそがせば、手束はちか媼等うばらやとひて、赤小豆飯あづきいひ芝雜魚しばざこしるなますといそがしく、目つらをつかみ料理して、里の總角等あげまきら召聚會よびつどへもりならべたる飯さへに、あからかしはの二荒膳にくわうぜんはしとりあぐる髻鬟等うなゐらが、顏は隱るゝ親碗おやわんに、子の久後ゆくすゑことぶきの饗應もてなしにみなあきたりて、ひざにこぼれし粒飯つぶいひを、ひらひもあへず、身を起し、よろこびをのべかへるもあり、人より先に草屨わらくつを、穿はか穿はかせじ、とかしましく、𥉉あはて〚目+條〛てかへるも多かりけり。
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南総里見八犬伝(017)

南總里見八犬傳第二輯卷之三第十六回
東都 曲亭主人 編次
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山院さんいん宿しゆくして番作ばんさく手束たつかうたがふ」「菴主蚊牛」「たつか」「大塚番作」

白刃はくじんもと鸞鳳良緣らんほうりやうえんむす
天女てんによやしろ夫妻一子ふさいいつしいの

 卻說大塚番作かくておほつかばんさくは、淺痍あさでなれども一晝夜いちちうやあまたみちを來にければ、疲勞つかれとともにそのきず痛みて、通宵よもすがらいもねられず、まくらにかよふ松の聲、溪澗たにかはの音さわがしく、ぬるとはなしに目睡まどろみけん、紙門隔ふすまこしにうちかたらふ、聲するに驚覺おどろきさめ、枕をそばたて熟聽つら〳〵きけば、およつけたる男の聲也。「されば菴主あんしゆはかへりけん。渠何事かれなにことをいふにかあらん」、と耳をすまして聞く程に、忽地女子たちまちをなこ泣聲なきこゑして、「そはきゝわきなし、むじんなり。衆生濟度しゆぜうさいどは佛のをしえ、よしそれまでにおよばずとも、心をけが破戒はかいの罪、法ころもはぢやいばもて、ころさんとはなさけなし」、といふはまさしく宿貸やどかして、われをとゞめし女をなこなり。「原來菴主さてはあんしゆは破戒の惡僧あくそうかはよ少女をとめを妻にして、彼奴かやつゑば旅人りよじんをとゞめ、ひそかに殺して物をとる、山賊さんぞくきわまれり。たま〳〵君父くんふうらみかへし、恥をきよめ、危難をのがれて、こゝまで來つるに阿容々々おめ〳〵と、われ山賊の手にしなんや。さきにすれば人をせいす。こなたよりうついでみなころしにすべけれ」、と思ひさだめてちつとさわがず、ひそかおきて帶引締ひきしめ、刀を腰に、かゝぐりかゝぐり、紙門ふすまのほとりへしのびよりて、開闔たてつけ間準ひずみより、ことやう闕窺かいまみるに、その年四十あまりの惡僧、手に一挺いつてう菜刀なかたなをふりあげて、女子をなこむかひておどしつすかしつ、いふことさだかに聞えね共、われをうたんず面魂つらたましひ女子をなこはこれをとゞめあへず、かみふりみだしてよゝとなく。害心既に顯然げんぜんたる、爲體ていたらくに番作は、いさゝかも疑はず、紙門ふすまちやうひらきて、庖湢くりやのかたへ跳出おどりいで、「山賊われを殺さん。われまづなんぢを殺すべし」、とのゝしりあへずとびかゝれば、惡僧おはきにうち驚き、もつたるやいばひらめかして、きらんとするこぶしの下を、くゞぬけつゝ足をとばして、腰眼ゐのめのあたりをはたる。蹴られて前へひよろ〳〵と、五六步いつあしむあし走りいだして、やうやくに踏駐ふみとゞまり、ふりかへつてつきかくるを、右へ流し、左へ、すべらし、數回あまたゝびかけ、なやまして、疲勞つかるゝ處をつけ入りて、つひやいはをうち落せば、惡僧いよ〳〵こゝろあはてて、にげんとすれば、番作は、莱刀なかたな手ばやくとりあげて、「賊僧天罰思ひしれ」、とのゝしる聲ともろともに、あびせかけたる刃の電光いなつま脊條せすぢをふかくつんざいたり。灸所きうしよ痛痍いたでに、霎時しばし得堪えたへず、惡僧は「あつ」と叫びて、たふるゝ胸膈むなさき、とゞめの刀尖きつさきさしつらぬきて引拔ひきぬく莱刀、血をふりたらして、刃をぬぐひ、𥉉惑あはてまどひにげも得ず、伏沈ふししづみたる女子をなこむかひて、まなこいからし聲をふりたて、「なんぢ甲夜よひいひめぐみて、一碗いちわんの恩あるに似たり。又賊僧がかへり來て、われを殺さんとするをとゞめし、こは側隱そくいんの心なれども、この賊僧が妻となりて、これまでいくその人を殺せし、これまたしるべからず。さればのがれぬ天のせめすみやか首伏はくでうして、やいばうけよ。いかにぞや」、ととはれてはつかかうべあげ、「その疑ひは情由わけしらぬ、おん身が心のまよひにこそ。わらははもとよりるものならず」、といはせもあへず冷笑あざわらひ、「淺くもことを左右によせて、時を移して小賊等こぬすびとらが、かへるをまちてをとこのために、うらみかへさんと思ふなんぢ胸中きやうちう、われかばかりの倆伎たくみのらんや。つげずはこれもていはせん」、と打晃うちひらめか菜刀なかたなの光と共にとび退しりぞき、「やよまち給へ、いふことあり」、といへ共ゆるさいかり刀尖きつさき何處いづこまでもと夤緣つけまはす、刃頭はさきたてもなよ竹の、雪にをれなん風情ふぜいにて、右手めてのばし、左手ゆんでつき片膝立かたひざたてて身をらし、うしろざまに迯遶にげめぐるを、番作はなほのがさじ、とうてばひらき、拂へば沈み、たゝんとすればいだゞきの上にひらめく氷のやいばのがれかた手をふところへ、さし入るゝひまもなく、きら*んと進む目前まなさきへ、とりいだす一通つきつけて、「これ見て疑ひはらし給へ。きゝわきなや」、と兩の手に、引延ひきのばしたる命毛いのちげの、ふでに示せしその身の素姓すせう、番作とくすかし見て、思はず刃をとり直し、「こゝろ得かたき書狀しよでう名印ないん梵妻賊婦ぼんさいぞくふ艷書欤ゑんじよか、と思ふには似ず勇士の遺書かきおき。やうこそあらめ、その情由わけ語れ」、と身をひらかし、刃を席薦たゝみ突立つきたてて、膝折敷ひざをりしき目守まもりてをり。
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南総里見八犬伝(016)

南總里見八犬傳第二輯卷之三第十五回
東都 曲亭主人 編次
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うらみむくひて番作ばんさく君父くんふ首級くびをかくす」「大塚番作」「にしごり頓二」「牡蛎崎小二郎」

金蓮寺きんれんじ番作讐ばんさくあた
拈華庵ねんげあん手束客たつかたびゝととゞ

前卷既に說訖ときをはる、伏姬富山ふせひめとやまりにしころは、十六さいのときにして、長祿元年ちやうろくぐわんねんの秋なるべし。又金碗入道かなまりにうどうヽ大坊ちゆだいぼうは、嘉吉元年かきつぐわんねんの秋、父孝吉ちゝたかよしが自殺せしとき、既に五歲になりければ、長祿二年富山にて、伏姬自殺のうれひかゝり、にはか出家入道しゆつけにうどうして、雲水うんすいまかしつゝ、斗藪行脚とそうあんぎや首途かどいでせし、このとき廿二歲になりぬ。伏姬は年はつかに、十七にて身まかりたまへば、ヽ大坊はかの姬より、その年才とし五ッの兄なりけり。かくて長祿は三年にして、寬正くわんせうにあらたまり、又六年にして、文正ぶんせうと改元せらる。さはれ元年のみにして、又應仁おふにんと改めらる。これもはづかに二年にして、文明ぶんめいと改元ありけり。應仁の內亂治りて、戎馬じうばひつめあとはらひ、名のみなりけるはなみやこは、もと春邊はるべたちかへり、稍長閑やゝのどやかになりぬるも、このころの事なれば、(文明五年春三月、宗全病そうぜんやみみまかり。五月に至りて勝元も亦病またやみみまかりにき。こゝにおいてそのの合戰、征せずしてやみにけり。これを應仁の兵亂ひやうらんといふ)この年號のみ長久とこしなへに、十八年まで續きけり。こゝに年序ねんじよかゞなふれば、伏姬の事ありて、ヽ大が行脚あんぎや啓行かしまたちせし、前卷長祿二年より、今文明の季年すゑいたりて、無慮すべて二十餘年に及べり。このあはひ犬塚信乃いめづかしのが、未生みせう已前いぜんの事をのぶ。この卷亦復またまた嘉吉におこりて、文明のころに至れり。

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日本人と漢詩(127)

◎ 李白と私

まずは、七言絶句から…

Huáng hè lóu sòng mèng hào rán zhī guǎng líng Táng Lǐ bái
黄 鶴 樓 送 孟 浩 然 之 廣 陵   唐 ・ 李 白
Gù rén xī cí huáng hè lóu
故 人 西 辭 黄 鶴 樓
Yān huā sān yuè xià yáng zhōu
煙 花 三 月 下 揚 州
Gū fān yuǎn yǐng bì kōng jìn
孤 帆 遠 影 碧 空 盡
Wéi jiàn cháng jiāng tiān jì liú
惟 見 長 江 天 際 流

読み下しと語釈は、 Wikibooks 参照のこと

Zǎo fā bái dì chéng Xià jiāng líng Táng Lǐ bái
早 發 白 帝 城 ( 下 江 陵 ) 唐 ・ 李 白
Zhāo cí bái dì cǎi yún jiān
朝 辭 白 帝 彩 雲 間
Qiān lǐ jiāng líng yī rì huán
千 里 江 陵 一 日 還
Liǎng àn yuán shēng tí bú zhù
兩 岸 猿 聲 啼 不 住
Qīng zhōu yǐ guò wàn chóng shān
輕 舟 已 過 萬 重 山

読み下しと語釈は、 Wikipedia 参照のこと

続いて、五言古詩…

Xià zhōng nán shān guò hú sī shān rén sù zhì jiǔ Táng Lǐ bái
下 終 南 山 過 斛 斯 山 人 宿 置 酒   唐 ・ 李 白
Mù cóng bì shān xià        Shān yuè suí rén guī
暮 從 碧 山 下            山 月 隨 人 歸
Què gù suǒ lái jìng        Cāng cāng héng cuì wēi
卻 顧 所 來 徑            蒼 蒼 橫 翠 微
Xiāng xié jí tián jiā         Tóng zhì kāi jīng fēi
相 攜 及 田 家          童 稚 開 荊 扉
Lǜ zhú rù yōu jìng         Qīng luó fú xíng yī
綠 竹 入 幽 徑          青 蘿 拂 行 衣
Huān yán dé suǒ qì        Měi jiǔ liáo gòng huī
歡 言 得 所 憩          美 酒 聊 共 揮
Cháng gē yín sōng fēng  Qǔ jjìn hé xīng xī
長 歌 吟 松 風          曲 盡 河 星 稀
Wǒ zuì jūn fù lè   Táo rán gòng wàng jī
我 醉 君 復 樂          陶 然 共 忘 機

読み下しと語釈は、 Uni 参照のこと

Yuè xià dú zhuó sì shǒu qí yī Táng Lǐ bái
月 下 獨 酌   四 首   其 一   唐 ・ 李 白
Huā jiān yī kǔn jiǔ      Dú zhuó wú xiāng qīn
花 閒 一 壼 酒            獨 酌 無 相 親
Jǔ bēi yāo míng yuè       Duì yǐng chéng sān rén
擧 杯 邀 明 月            對 影 成 三 人
Yuè jì bù jiě yìn                   Yǐng tú suí wǒ shēn
月 既 不 解 飮            影 徒 隨 我 身
Zàn bàn yuè jiāng yǐng   Xíng lè xū jí chūn
暫 伴 月 將 影            行 樂 須 及 春
Wǒ gē yuè pái huái         Wǒ wǔ yǐng líng luàn
我 歌 月 徘 徊            我 舞 影 零 亂
Xǐng shí tóng jiao huān  Zuì hòu gè fēn sàn
醒 時 同 交 歡             醉 後 各 分 散
Yǒng jié wú qíng yóu      Xiāng qī miǎo yún
永 結 無 情 遊            相 期 邈 雲 漢

読み下しと語釈は、 厂碧山 参照のこと

Chūn sī Táng Lǐ bái
春 思   唐 ・ 李 白
Yàn cǎo rú bì sī         Qín sāng dī lǜ zhī
燕 草 如 碧 絲            秦 桑 低 綠 枝
Dāng jūn huái guī rì        Shì qiè duàn cháng shí
當 君 懷 歸 日            是 妾 斷 腸 時
Chūn fēng bù xiāng shí  Hé shì rù luo wéi
春 風 不 相 識            何 事 入 羅 幃

読み下しと語釈は、 詩詞世界 参照のこと

 李白は「詩仙」とも言われ、ともすれば「浮き世離れ」した詩趣が持ち味のようだが、彼の現実世界の捉え方は、三層構造になっていたようだ。「俗世間」「女性や友人関係」「自己の内面世界」の三つであるが、それに安住することなく、互いに行き来することに特徴がある。その意味で、その意味で、トータルとして「世界内存在」といえば大げさになるが、「生存する」そのままの形でのとしての彼の本質があるように思われ、彼が意外と身近に感じられる。こんな話を、ピンインを習いながら講師と話しをした。深いなあ(笑)。

南総里見八犬伝(015)

南總里見八犬傳第二輯卷之二第十四回
東都 曲亭主人 編次
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使女つかひめ急訟はやうちよるみづわたす」「堀内貞行」

のりものとばして使女溪澗つかひめたにかはわたす
しやくならしてヽ大記總ちゆだいずゞたまたづぬ

 かたはらに侍りたる、貞行等さだゆきら伏姬ふせひめの自殺をとゞめあへなくも、插頭かざしの花をちらせしごとく、遺感いかんやるかたなかりけり。そがなか孝德たかのりは、男子をのこにもます姬君ひめきみ末期まつごの一句にはげまされて、身をおくところなかりけん、亡骸なきからのほとりにおちたる、血刀ちかたなを手はやく取て、ふたゝび腹を切らんとす。そのとき義實よしさね聲をふりたて、「やをれ大輔狼狽だいすけうろたへたる。その身に大罪だいざいありながら、君命くんめいまたずして、自害せんとは奇怪きくわいなり。伏姬一旦甦生そせいしたれば、つみ一等いつとうなだむるとも、この山に入るものは、かうベはねんとおきてしものを、法度はつとまげておのがまに〳〵、腹切ることをゆるさんや。觀念せよ」、と進みよりて、やいば引提ひきさげ立給へば、「願ふところ」、と孝德は、なほりて合掌がつせうし、うなぢのばす程もなく、上にきらめく刃の稻妻いなつまちやううつたる大刀風たちかぜに、思ひかけなく孝德が髻弗もとゞりふつ載捨きりすて給へば、「これは」、と見かへる罪人つみひとも、いさめかねたる貞行も、驚き思ふ仁君じんくんの、恩義にいとゞかしこまる。義實は氷なす、やいばをやをら𩋡さやおさめて、たゝえる淚をふり拂ひ、「見よや藏人くらんど、わが手つから、罪人つみひとを刑罰せり。法度はつとは君の制する所、君又これを破るといふ、古人こじん金言宜きんげんむべなるかな。われもし民ともろともに、けふこの山に登りなば、大輔だいすけとがなかるべし。かうべかえたるもとゞりは、かれ亡父ぼうふへ寸志なり。かれをさなき時よりして、名を大輔と喚做よびなせしは、大國輔佐たいこくほさの臣たれ、とその久後ゆくすゑしゆくせしに、わが官職つかさもやうやく進みて、治部大輔ぢぶのたいふ大輔だいすけと、その國訓よみこゑことなれ共、文字もんじはかはらぬ主從同名しゆう〴〵どうめい、かゝるゆゑにやしゆうのうへに、あるべきたゝりを身にうけけん、可惜あたらしき壯佼わかうどが、よに埋木うもれきとならん事、かへす〳〵も不便ふびん也。親八郞は大功あり。大輔も忠なきにあらず。その親といひ、その子といひ、勳功くんこうあれども賞をず、その死に臨み、その罪に、陷るに及びては、主尙しゆうすら救ふによしなき事、わが子にまして哀傷あいしやうの淚はこゝにとゞめかたし。やよ大輔よ、孝德よ。わがこのこゝろをよくも知らば、亡親なきおやの爲、ひめが爲に、いのちをたもち、身を愛し、ほとけにつかへ苦行くぎやうして、高僧知識の名をあげよ。こゝろ得たりや」、と叮嚀ねんころに、さとし給へば孝德たかのりは、かたじけなさにはふりおつる、淚にむせび地にふして、いらへかねつゝ聲をむ。ことわりなれば貞行は、はなうちかみて進みいで、「今にはじめぬ君の仁心じんしん、姬うへの御最期ごさいごには、かごとがましき事もなく、家臣のうへをかくまでに、聞えさせ給ふ事、大輔和殿わとのが身にとりては、一郡いちぐんの守護、萬貫まんぐわんの、祿ろくにもまして滿足ならん」、といはれてやうやくかうべもたげ、「某寔それがしまこと不肖ふせうなれども、如是畜生によぜちくせうだも菩ぼだいれり。今より日本廻國につほんくわいこくして、灵山灵社れいさんれいしやを巡禮し、伏姬君ふせひめきみ後世ごせとふらひ、わが君御父子ごふしの武運を祈らん。姬うへの落命も、又それがし祝髮しゆくはつも、みな八房の犬ゆゑなれば、犬といふ字を二ッにき、犬にも及ばぬ大輔が、大の一字をそがまゝに、ヽ大ちゆだい法名仕ほうめうつかまつらん」、と申上れば義實朝臣よしさねあそん、「あはれいしくも申シたり。くだんの犬は全身みのうちに、黑白八こくびやくやつ斑毛ぶちあれば、八房と名つけしが、今さら思へば八房の、二字は則一戶八方すなはちひとりのしかばねはつはうに至るの義なり。加旃しかのみならず伏姬が自殺の今果いまは痍口きずくちより、一道の白氣はくきたなびき仁義八行じんぎはつこう文字顯もんじあらはれたる、百八の珠閃たまひらめのぼり、文もじなき珠は地におちて、その餘のやつ光明ひかりをはなち、八方へ散亂さんらんして、つひに跡なくなりし事、其所以そのゆゑなくはあるベからず。後々のちのちに至りなば、思ひあはする事もやあらん。菩提ぼだい首途かどで餞別はなむけには、たゞこの珠數ずゞにますものあらじ。努祕藏ゆめひさうせよ入道にうどう」、とさとしてやがたびければ、孝德は手にうけて、再三ふたゝびみたびうちいたゞき、「こはありかたき君のたまもの、今より諸國を編歷へんれきして、飛去とびさりたるやつたまおちたる所をたづねもとめ、はじめのごとくつなぎとめんに、一百八いつひやくはちかず滿みたずは、又當國たうごくたちかへりて、見參げんざんり候はじ。年をるとも音耗おとづれなくは、たびよりたびに野ざらしの、からうへたる犬の腹を、こやしにけりと思召おぼしめされよ。これまこと今生こんぜうのおんわかれに候べし」、と思ひきつてぞ申ける。
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読書ざんまいよせい(075)

◎滝沢馬琴・内田魯庵抄訳南総里見八犬伝(003)

南總里見八犬傳 第三 古那屋の卷
瀧澤(曲亭)馬琴・內田魯庵抄譯
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 古那屋文五兵衞

 こゝに行德ぎやうとく入江橋いりえばし橋詰はしづめに古那屋といふ旅籠屋はたごやがあつた。主人の文五兵衞といふは先年つま先立さきだたれた今年ことし五十五六の男鰥をとこやもめであつた。信乃しのの鄕里の幼馴染をさななじみの糠助(第二輯參照)が國を追はれて母親の無い孩兒みどりごを脊負ひて旅につかれつゝ、詮方せんかた盡きて入水の覺悟をしたのはこの入江橋の上、(第三輯卷二參照)で、通りがかりの犬飼見兵衞いぬかひけんぺゑに助けられ、方金はうきん二顆を惠まれて足手纏あしでまとひの子を引取つて貰つたのを見兵衞と知合しりあひの緣で預かつたのは古那屋こなやであった。女房が產をしたばかりて、乳があまってゐたので同じ乳房を含ませたが、このアワヤ父と共に餓ゑるか水に溺れようとした孩兒みどりごのちの芳流閣の勇士犬飼見八であつた。
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南総里見八犬伝(014)

南總里見八犬傳第二輯卷之二第十三回
東都 曲亭主人 編次
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【外題】
里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯だいにしゆう巻之二

【本文】
南總里見八犬傳なんさうさとみはつけんでん第二輯(だいにしゆう巻之二
東都 曲亭主人編次


妙經めうきやう功徳くどく煩惱ぼんなう雲霧うんむひらく」「金まり大すけ」「玉つさ」「神変大菩薩」

尺素ふみのこし因果いんぐわみづからうつたふ
雲霧うんむはらつ妖孽あやしみはじめてやむ

 伏姬ふせひめは思ひかけなく、奇しきわらべ說諭ときさとされて、無明むめう眠覺ねむりさめながら、夢かとぞおもふあととめぬ、人の言葉のあやしきに、なほ疑ひははれなき、淚の雨に敷妙しきたへの、そでは物かははらわたを、しぼるばかりにむせかへり、なげしづませ給ひけり。しかはあれども心操こゝろばえ、人なみ〳〵にたちまさる、日來雄ひころをしき姬うへなれば、うちさわぐ胸をおししづめ、顏にかゝれる黑髮くろかみを、かきあげて目をぬぐひ、「うたてやな前世さきつよに、造りし罪は秤成はかりなす、おもさかろさはしらねども、つひにこの身にむくて、かくまで物を思はする、人のうらみのしうねさよ。遮莫さもあらばあれ親のうへに、かゝるたゝりおひにき、ときゝてはのちのそののちの世まで、捺落ならくの底に沈むとも、くやしと思ふべうもあらず。たゞはづかしく悲しきは、親の爲、又人の爲に、きたなき心もたなくに、なにたねなる畜生ちくせうの、その氣をうけやつの子を、身に宿やどしなばいかにせん。そもこの山に入りにし日より、つるの林のしげきをわき、わしたかねの高きをあふぐ、一念不退讀經いちねんふたいどきやうほかは、よに他事あだしごとなきものから、佛もこゝに救ひ給はず、神さへ助け給はずて、有身みこもれる事じつならば、よしや臥房ふしどを共にせずとも、それいひとか證据あかしはなし。わがうへのみかは親のはぢこゝのつの世をかゆるとも、つひきよむる時しあらで、只畜生たゞちくせうの妻といはれん。いきての恥辱、死してのうらみ、たとふるに物あるべしや。かうとは兎の毛の末におく、つゆばかりだもしらずして、さきに瀧田にをりしとき、犬を殺してもろともに、得死えしなざるこそくやしけれ。しすべきをりはありながら、しにおくれしも業因欤ごういんか。されば善巧方便ぜんこうほうべんとて、ときおかせ給ふなる、佛のふみにもありがたき、因果いんぐわといふもあまりあり。よしやこの子のうまるゝゆゑに、親同胞おやはらからさちありて、家のさかえをませばとて、こよなき恥にやはかえん。悲しきかな」、と聲たてて、かたへの人にものいふごとく、思ひこつてはなか〳〵に、さかしき心も亂れつゝ、忍ぶにたへ繁薄しのすゝき尾花をばなが下にふし給ふ。

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人生は台詞、全てこの世は舞台(004)

◎モリエール・辰野隆訳「孤客(ミザントロープ)」

 モリエールの「笑い」は一筋縄ではいかない。ことに、後年の作品ではそうだ。「ミザントロープ(人間嫌い)」の青年アルセストが、やや世間ずれした女性セリメエヌに恋してしまう。それも、数ある恋敵と競ってである。こんな人物設定で、劇は進行する。
 辰野隆は、それなりの理由があったのだろう、タイトルを「孤客」としたが、一般的な名称「人間ぎらい」のほうが、しっくり来るのも否めない。ただし辰野隆訳文は、名訳と思われる。Amazon の、Kindle 本にいくつかあるうち、セリフを大阪弁にモディファイしたものがあったが、どうも中途半端だったので、前半のセリフは、「大阪弁変換」の助けも借りながら、辰野隆訳を変えてみた。後半は、辰野隆訳の部分引用である。

アルセスト:いいや、隅から隅までや。ワイはあらゆる人間を憎むんや。ある者は不善にして有害せやさかい憎んだる。ある者は不善の徒にえゝ顔しくさって、いやしくも君子たる者が彼らに対して抱かねばならぬ強い憎悪を持たへんから憎むねん。現にワイのお白州の相手やけど、はっきりしとるあの悪党に対する世間の度すぎた弱腰は、なんぼのものじゃい。なんぼ猫を被っても、彼奴はしたたかやし、そんげなことはわかりきってま。どこへ行かはっても、彼奴のこんじょは知れ渡っとるで。あの眼つきや猫撫で声は素人はんしかききめがないんや。いてもうたろかなと思うがな、あの下司下郎がどんなきたない手使こうて世間にのさばり出しよったか、そいでもってブイブイいわすはぶりはそこらじゅうで怒らしやがって、徳の持ったはる君子はんを辱しめとるかは世間はんが承知や。あっちいってもこっちいってもや、悪口言うても、誰一人かて、あいつの悪徳をえろう褒めはるもんはおまへんで!。そやけど、ぺてん師と呼ぼうが、ばけもんと呼ぼうが、恥知らずの悪もんと呼ぼうが、誰も彼も賛成で、異議を唱える者もありゃしまへんで。それにもかかわらずや、あいつのやることはじぇんぶ、どないなときでも歓迎されて、世間の奴らは彼奴に手をさしのべたり、ええ顔を観せたりして、彼奴はいたるところで人に取り入っとるんや。ほんで、どんな官位でもあいつと競争したら無二の君子さえしてやられるわ。いまいましいがな!悪徳に対してこれほど世間がわるう言えへんのに、ワイはごっつう傷つけられたか知れへんで。ちょいちょいワイはむらむらとなって、そやからどっかえろう離れた沙漠の中にでも逃げたろ、そいで持って人間交際を断ち切ろうと思うねん。

アルセスト:
 ところがねえ!そんなことができるでしょうか? この愛情を制えきれるものだろうか? いかに憎もうとあせっても、この心が即座に言うことをきくでしょうか?
 (エリアントとフィラントに)意気地のない恋愛というものはごらんのとおりです。あなた方二人には僕の弱味はお目にかけたが、正直なところ、まだまだこれどころではないのです。この弱味がどん底までゆくのをお目にかけるでしょうし、我々を賢人呼ばわりするのがそもそも誤りで、誰の心のうちにも常にいくぶんかの人間がいるということも、お目にかけるでしょう。
 (セリメエヌに)実は、僕は貴女のよこしまの行ないを忘れたいと思う。心の中では、その悪事のいろいろな現われ方を釈明して、時代の弱点にんだ若気の過ちという名目でそれを庇うことにしましょう。その代りに、あらゆる人間を捨てる僕の企図くわだてに賛成して頂いて、僕が暮したいと思う沙漠の中に、時を移さず、一緒に行く決心をして下さい。それでこそ、僅かに罪の手紙があらゆる人に犯したところをうぐない得るし、君子が眉をひそめるような噂が立った後でも、なお貴女を愛し得ると思うのです。

 さて、二人の恋の結末は、いかがなものになろうか?通常の喜劇ならハッピーエンドで終わるのが常識だが…
 ジャン・ジャック・ルソーに「演劇について――ダランベールへの手紙――」という論説がある。この中で、「人間ぎらい」について、まとまった批評があるが、次々回にでも紹介したい。

人生は台詞、全てこの世は舞台(003)

◎ シェイクスピア・坪内逍遥訳「マクベス」(01) 第一幕


* 登場人物
* 第一幕 第一場
* 第一幕 第二場
* 第一幕 第三場
* 第一幕 第四場
* 第一幕 第五場
* 第一幕 第六場
* 第一幕 第七場
* 第ニ幕 第一場
* 第ニ幕 第二場
* 第ニ幕 第三場
* 第ニ幕 第四場
* 第三幕 第一場
* 第三幕 第二場
* 第三幕 第三場
* 第三幕 第四場
* 第三幕 第五場
* 第三幕 第六場
* 第四幕 第一場
* 第四幕 第二場
* 第四幕 第三場
* 第五幕 第一場
* 第五幕 第二場
* 第五幕 第三場
* 第五幕 第四場
* 第五幕 第五場
* 第五幕 第六場
* 第五幕 第七場
* 第五幕 第八場

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登場人物

* ダンカン、スコットランドの王。
* マルコム、其王子。
* ドナルベイン、其王子。
* マクベス(王の從兄弟)、王軍の將。
* バンクヲー、王軍の將。
* マクダッフ、スコットランドの貴族。
* レノックス、スコットランドの貴族。
* ロッス、スコットランドの貴族。
* メンチース、スコットランドの貴族。
* アンガス、スコットランドの貴族。
* ケイスネス、スコットランドの貴族。
* フリーアンス、バンクヲーの一子。
* シーワード、ノーサムバランド伯、英軍の將。
* 少シーワード、其息。
* シートン、マクベスに仕ふる一士官。
* 少年、マクダッフの子。
* イギリス王の侍醫。
* スコットランド王の侍醫。
* 一武官。
* 一門衞。
* 一老人。
* マクベス夫人。
* マクダッフ夫人。
* 一侍女、マクベス夫人に仕ふる女。

* ヘカチー(或ひはヘケート)、女魔神。
* 三妖巫。
* 幻像。

貴族、紳士、士官、兵士、刺客、侍者役及び使者役。

場所

スコットランド及びイングランド。

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マクベス:第一幕 第一場
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第一幕

第一場 荒れ地。

雷鳴電光。三人の妖巫ヰッチ

妖の一
 いつ又三人が一しょにならう、鳴る時か、光る時か、降る時かに?
妖の二
 騷動ごたくさんだ時分に、勝敗かちまけの決った時分に。
妖の三
 そいつァ日沒ひのいり前だらうよ。
妖の一
 場處は何處で?
妖の二
 いつもの荒れ地で。
妖の三
 彼處あそこでマクベスを待ちうけやう。

此時、あちこちで此妖巫ヰッチらの使役する魔物の鳴く聲が聞える。

妖の一
 今往くよ、灰毛猫グレーモルキン
妖の二
 ひきが呼んでるよ。
妖の三
 あいよ、今直ぐ。

三人が手を取合って、踊りながら歌ふ。

三人

清美きれい醜穢きたない
醜穢きたない清美きれい
狹霧やきたない空氣ン中を翔ばう。

三人ともに入る。
(惡魔の使徒である妖巫ヰッチらは、常に人間の災禍わざはひの下るのを希望してゐるから、 其自然觀は人間のそれとは逆である。人間の善、美、清淨、愉快、便利とするものは、彼等の惡、 醜、汚穢、不愉快、不便利とするものであり、而して其反對が彼等の善、美、清淨、愉快、便利なのである。 天候とても同斷。晴朗は彼等の忌む所、陰鬱な瘴烟や、毒霧が彼等の得意の舞臺なのである。 風雨、雷電を喜ぶのも同じ理由。以上は當時の民間信仰にもとづいた説。)

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読書ざんまいよせい、改め、人生は台詞、全てこの世は舞台(002)

◎ シェイクスピア・坪内逍遥訳「リア王」(07) 第五幕

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リヤ王:第五幕 第一場
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第五幕

第一場 ドーワ゛ーに近きブリテン軍の陣營。

鼓手、旗手をひきゐてエドマンド、リーガン、士官ら、兵士ら出る。

エドマ
 (士官に)公爵のところへ往って、承知うけたまはってまゐれ、先般の御案通りであるか、 又は其後何等かの理由で方針を變へられたかどうかを。自分自身でしたことを非難して、 始終變へてばかりをられる。確定したところを承知うけたまはって參れ。

命を受けて一士官入る。

リガン
 姉上の家來は、何か(途中で)間違ひが生じたのに相違ない。
エドマ
 さうかも知れません。
リガン
 (うちとけて)エドマンドさん、 貴下あなたはわたしが貴下あなたに對して好意を有ってることはごぞんじでせう。 おっしゃいよ……眞實ほんたうの事を……事實そのまゝでなくては不可いけませんよ。…… 貴下あなたはわたしの姉を愛していらっしゃるの?
エドマ
 さ、姉上として、愛してゐます。
リガン
 兄上でなくっては入られない處へお入りなすったことはなくって?
エドマ
 とんでもない事をおっしゃる。
リガン
 わたしは心配でなりません、貴下あなたほとん夫婦めをとと呼んでよいほどに、 姉と同心一體ぢゃァないかと思って。
エドマ
 決してそんなことはありません。
リガン
 わたしは決してそんな眞似を姉にさせてはおきません。貴下あなた、姉とは親しんで下さいますな。
エドマ
 大丈夫です。……(奧を見て)お姉上とおつれあひの公爵!

鼓手、旗手をひきゐてオルバニー、ゴナリル、及び兵士ら出る。

ゴナリ
 (二人の樣子を目早く見て、傍白)妹めに、あの人との仲を邪魔されるくらゐなら、 今度のいくさに負けたはうがよい。
オルバ
 リーガンどの、めでたうお目にかゝりまする。……(エドマンドに)うけたまはれば、 王は我が苛政に憤激せる不平黨に擁せられて、其女むすめコーディーリャ方へおもむかれたとの事だ。 正義と信ずるに至らんうちは、勇斷を致しかねるのが吾等の性質もちまへですが、此度このたびの事は、 フランス王が、王を助くるのを本意とはせずして、敢て我が國を侵掠しようと企てるのであるから、 棄て置かれません。王及び其黨與に至っては、正當な且つ重大な理由があって干戈を動かされたのであるから、 これに刄向かふことは……
エドマ
 (冷笑して)いや、實に公明正大なお考へです。
リガン
 そんな事ァ如何どうでもいゝぢゃありませんか?
ゴナリ
 只協力して敵を防げばいゝのですよ。内部うちはの、個人に關することは當面の問題ぢゃありません。
オルバ
 では、老功の者を輯めて、會戰の手續きを定めませう。
エドマ
 すぐさま御陣所へ參りませう。
リガン
 姉上、いらっしゃいませんか?
ゴナリ
 いゝえ。
リガン
 いらっしゃったはうが都合がようございますから、どうぞ一しょにいらっしゃって。
ゴナリ
 (傍白)おほう、其謎は解ってますよ。……參りますよ。

一同が入らうとする時、假裝したエドガーが出る。最もおくれて入らうとするオルバニーに對って

エドガ
 かやうな賤しい者にもお目を賜はりまするならば、一言申し上げたいことがございます。

オルバニーは、立止まって、先きに立ってゐる人々に

オルバ
 ぢき追ひ附きますよ。……

皆々入る。オルバニーとエドガーだけが殘る。

申せ。
エドガ
 御開戰以前に、此書面を御覽下さい。若し御勝利でございましたら、 喇叭を以て此書を持參しましたてまへをお呼び出し下されたい。 見るかげもないてまへでございますが、書中にちかひおきましたる事程は、 見事に劍を以て證明して御覽に入れまする。萬一にも御敗軍となりますれば、此世に關する御能事は終り、 隨って陰謀たくみごとも止みまする。御幸運に渡らせられまするやう!
オルバ
 此書を讀み了るまで待ってをれ。
エドガ
 それは相叶ひません。其時刻となりましたら、傳令使に命じてお呼び立て下されませ、 すれば再びお目にかゝりまする。
オルバ
 では、きげんやう。書面は讀みおくであらう。

エドガー入る。
エドマンドが出る。

エドマ
 敵は迫りましたぞ。備へをお立てなされ。勤勉な斥候の此報告で、敵軍の兵力其他確實な事が分ります。 (書面を渡す。)お急ぎを願ひます。
オルバ
 勇んで出陣しませう。

とオルバニー入る。

エドマ
 (皮肉な笑ひを浮べて)姉にも妹にも夫婦約束をしておいたので、互ひに危み疑ってゐる、 一度さゝれた者がまむしをあやぶむやうに。どッちを取ったものか?兩方ながらか? かた~か?どちらも止すか?兩方を生しておきゃ、どちらも此方こツちものにゃならん。 未亡ごけのはうを取りゃァ姉のゴナリルが憤激して狂人のやうになる。かと言って、 所天ていしゆが生きてゐて見れば、此方こツちの手もまづしと。まづ、ともかくも、 戰爭中はあの男の助けを利用することにして、戰ひが濟んだら、夫を邪魔物にしてゐるあの女に工夫させて、 手早く押方附けることにしよう。あの男は、リヤやコーディーリャに慈悲を施さうとしてゐるが、…… 戰爭が濟んで、あいつらが捕虜となった曉にゃァ……赦免なんぞさせるこッちゃない。 おれの今の境遇は礪行れいかうが肝腎だ、ぐづ~考へてゐべきぢゃァない。

エドマンド入る。

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