◎ シェイクスピア・坪内逍遥訳「リア王」(05) 第三幕
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リヤ王:第三幕 第一場
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第三幕
第一場 荒野。
雷電、風雨。闇夜。ケントと一紳士とが左右より出る。
ケント
誰れだ、此ひどいあらしに?
紳士
此天氣同樣、心が亂脈になってゐる者です。
ケント
あんたですか?王はどこにおいでゝです?
紳士
荒れ狂ふ雨や風と鬪っておいでゝす。風に對って、地球を海ン中へ吹き込んでしまへだの、 でなきゃ、天地を一變させるか、滅亡させるために、卷き返る海を大陸まで吹き上げッちまへだのとおっしゃって、 あの白い頭髮をば掻き毟ったり何かなさると、怒りたける烈風が暗雲のそれを攫って、 玩弄にします。つまり、王は人體の小天地で、 激しく相鬪ってゐる大天地の雨風をばないがしろにしようとしていらせられるのです。 乳の盡きた熊さへも潛み、獅子や飢ゑた狼さへも出歩き得ない如是晩に、帽子もめさんで、 走りまはって、まるで棄鉢になっておいでなさるのです。
ケント
だれかお傍にゐますか?
紳士
阿呆がゐるばかりです。やつは例の通り洒落のめして、それで以て斷腸のお苦しみを打消さうと力めてゐます。
ケント
私は貴下を善く知ってをますから、見込んで、一大事を御委託申したい。 上手に隱してゐなさるから、表面にはまだ見えないが、 オルバニーどのとコーンヲールどのとは怖ろしく仲がわるい。又、二人とも、 其忠義めかす家臣の中にゃァ、内々フランス王の間者となって、 見たことや聞いたことを細大となく彼方へ通信してゐる者があります、…… 運星のお庇で高い位に在る人たちにゃァ、兎角さういふ臣下が附いて廻るものです。…… そこで、兩公爵の口論の事から、陰謀の事から、老王に對する虐待乃至それらの根本と見做すべきあらゆる祕密までが、 とうに通信されてゐるさうです。いや、とにかく、フランス王が此内訌に乘じて攻め寄せるといふことは、事實です。 吾々の油斷を機として、既に主立った港々に上陸し、今にも軍旗を飜さうとしてゐるのです。 そこで、あんたへのお頼みはです。もし私を信じて、急いでドーヴァーまで行って、 王が何樣な不倫な取扱ひにお逢ひなされ、お氣が狂ふほどのお悲しみといふことを正しく報道して下されたなら、 必ず厚く其勞力を感謝されるお人にお逢ひなさるでありませう。私は氏も育ちも紳士です、 傳聞り及んだことがあって、あんたに此役目をお頼みします。
紳士
尚ほ篤とうけたまはりました上で。
ケント
いや、それは無用です。自分は表面に見えるよりも以上の者だといふ證據に、此財布を、 これを披いて、中の金子をお使ひなさい。 もしコーディーリャさまにお逢ひなされたら……必ずお逢ひなさるでせうから……此指輪を御覽に入れて下さい、 すれば、私が何者かといふことは其際、お話なさるでありませう。……
あらし烈しくなる。
えィ、此あらしは!王をお搜し申して來よう。
紳士
お手を。(手を振合ふ)何か外に申し殘されたい事は?
ケント
ほんの一言、併し今まで申したよりも大切な事。といふのは、王をお見附け申したなら…… あんたは其方へ、わたしは此方へ往かう……眞先に見附けた者が大きな聲で呼ぶことにしませう。
二人とも入る。
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