◎ 幸徳秋水「社會主義神髄」(03)
第三章 產業制度の進化
〇近世社會主義の祖師カルル・マルクスは、吾人の爲めに能く人類社會の組織せらる、所以の眞相を道破せり。日く『有史以來何の時、何の處とを問はずして、一切社會の組織せらるゝ所以の者は、必ずや經濟的生産及び交換の方法、之が根底たらざるは無し。而して共時代《エポツク》の政治的及び靈能的《インテレクチユアル》歷史の如きは、唯だ此根底の上に建てる者にして、亦實に此根底よりして始めて解釋することを得べき也』と。
〇然り、人の生れて地に落つ、先づ食はざるを得ず、衣《き》ざるを得ず、雨露風雪を防がざるを得ず。夫の美術や、宗敎や、學術や、唯此最初の耍求の滿足せらるゝ有りて、而して後ち始めて發展することを得べきのみ、故に其人民がーたび生產交換の方法を異にするに至るや、共社會の組織、歷史の發展、亦從って其狀態を異にせざるを得ず。
〇見よ、太初の人類たる、縱鼻横目、吾人の人類たるに於て、果して幾何の差異ありしとするぞ。而も彼等の血族相集り部落相結びて、共產の社會を成すや、其衣食や唯其社會全带の爲めに生産し、社會全體の需用に充つるのみ。又個人あるを知らざりし也、階級あるを知らざりし也、況んや地主なるものをや、賓本家なるものをや。レウイス・モルガンは算して日く、人類社會有って以來、殆ど十萬年、而して其九萬五千年は實に共產制度の時代なりきと。吾人人類は娥に此九萬五千年間地球上に點々散布せる血族的部落的の小共產制度の時代に於て更に蠢爾《しゆんじ》たる野獸の域を脫却し、弓矢を製し、舟楫《しうしふ》を製し、牧畜を解し、股業を習ふの進化變遷を經ることを得たりしなりき。
〇夫れ文明の進步は、石の地上に落るが如し、落る益々低くして、速度益々加はる。古代人口の漸く增殖し、團聚漸く繁榮し、衣食の需用亦漸く多大に、交換の方法從って複雜なるに從って、是等共產の制度は亦漸く傾覆の運に向へり。而して彼等が其曾て生擒し屠殺せる敵人を宥して、之を生產的に使役するや、卽ち奴隸の一階級を生じて、更に人類社會の歴史に於て、全く一大段落を劃し來れる也。
〇嗚呼奴隸の制度、今や吾人の口にするだも愧づる所なりと雖も、而も當時に在てや、 特《ひと》り全社會產業の基礎たるのみならず、彼の埃及、アツシリアの智識や、希臘の藝術や、 維馬の法理や、其千載の歷史を照耀するを得たる者、實に是等愛々たる億萬奴隸が林漓《りんり》の膏血《かうけつ》なりしと知らずや。然り常時の文明を致せる者は、是等產業の制なりき。而して當時の文明を覆へせるも、亦實に是等產業の制なりき。花を催すの雨は是れ花を散ずるの雨たらざるを得ぎりき。
〇見よ、是等奴隸の膏血と其天然の富源も、亦一日涸渴に至らざることを得ず。而して縦馬末年の莫大なる淫逸驕奢の資、遂に之に依て辨ずるに足らざるに及んで、四方の攻伐は次げり、領土の擴張は次げり、貢租の誅求は次げり、而して外正に叛くの時は、內旣に潰ゆるの日なりしに非ずや。
〇於是乎羅馬に通ずるの大道は、荆棘《けいきよく》の叢となれり、天下|瓜分《くわぶん》して產業全く萎靡す。次で起る者は卽ち農奴《サーフ》の耕織ならざるを得ざりき、之を保護する者は卽ち封建の制度ならさるを得ざりき。然れども代謝は少時も休せず。経濟的生活の遷移すること一日なれば、社會の組織亦進化する一日ならざるを得ず。而して自由農工は生ず、城市の繁榮は次ぐ、農奴《サーフ》の解決は來る、交通の發達し、市場の擴大し、殖產の增加する、愈々急速を加ふ。而して地方的封建の藩籬は、遂に國民的及び世界的貿易カ大潮流を抗制するに堪へずして、自ら七花入裂し去れる也。
〇故にフリードリヒ・エンゲルも亦日く『一切社會的變化、政治的革命を以て、其究竟の原因が、人間の頭脳に出ると為すこと勿れ、一定不變の正義眞理の講究に出ると為すこと勿れ、夫れ唯だ生產交換の方法の變化如何と見よ。然り之を哲學に求むる勿れ、唯だ各時代の經濟に見よ、若し夫れ現在の社會組織が非理たり、不正たり、昨日の正義が今日の非理となり、去年の正義が今年の罪惡となれるを見ぱ、卽ち其生產交換の方法漸く喑遷默移し去って、當初に適應せる社會粗織が旣に其用に堪へざるに至れんこと知らん也』と。
〇然り世界の歷史は產業方法の歷史のみ、社會の進化と革命は一に產業方法の變易のみ。誰か道ふ、今の產業制度は常住也と、誰か道ふ、今の地主資本家は永劫也と。
〇然らば則ち現時社會の產業方法、マルクス以來所謂資本家制度として知られたる特種の產業方法は、果して何の處より來リ、 何の處に去らんとする乎。
〇蓋し中世紀に在てや、今の所謂資本家なく、今の所謂大地主なし。而して其社會を支持する所以の産業は、常に一般勞働者の手に在りき。地方に在ては卽ち自由民若くば農奴《サーフ》の耕作なりき。城市に在ては卽ち獨立工人の手工なりき。而して彼等が勞働の機關たる土地や、農具や、仕事場や、器具や、皆な各個人單価の使用に適する者なりしが故に、彼等は各個に之を所用して、自由に各自の生產を為したりき。
〇而して此等散漫にして小規模なる產業機關を集中し、擴大して、以て現代產業の有力なる槓杆と變ずるは、是れ產業歷史に於ける自然の大潮流なりき、所謂商工資本家の天職なりき。彼れ夫れ米國の發見や、喜望峰の廻航や、東印度の貿易や、支那の市場や、世運の進步は、產業の方法
を鞭撻して、 地方的より國民的に、 国民的より世界的に促進せずんば止まざりし也。而して第十五世紀以來如何に是等の產業方法が、慚次に諸種の歷史的段階を通過して、以て所謂『近世工業』に達するに至れるかは、マルクスが其大著『資本』に細說せし所也。
〇然れども一般の生產機關が猶ほ個人的方法の域中に彷徨して、未だ多數勞働者の協力を要すべき社會的方法を採用すること能はざるの間は、彼等資本家が直ちに是等生產機關を變じて、以て偉大なる產業的勢力を顯現するは到底不可能の事なりき。而も時節は到來せり、 蒸氣器械のーたび發明せらるゝや、歷史は急轉直下の勢を以て、其『產業的革命』を成功せり。
〇絲車は卽ち紡績器械となれり、手織機は織物器械となれり、個人の仕事場は數百人乃至數千人を包容するの工場とたり、個人的勞働は變じて社會的勞働となり、個人的生産物は變じて社會的生産物となる。見よ昔は個人各自に能く之を生產せる者、今やー綫の絲、一尺の布と雖も、總て是れ多數の勞働者が協力の結果に非ざるは無く、又一人の『是れ予の作る所、予一個の生產物也』と一言ひ得る莫し。
〇但だ吾人は知らざる可らず、產業的革命の功果や、彼が如く其れ顯著なりしと雖も、而も其初めに當つてや、彼等商工資本家は必しも其革命たる所以を承認する者に非ざりき。彼等の之を利導し助成する、單に其商品の增加發達を希ふに過ぎざりき、其商品の増加發達の爲めに、資本の集中、生產機關の膨大を希ふに過ぎざりき。唯だ此目的を達するに急なる、卽ち個人的生產打壞の事に任じ、更に個人的生産を保護する所以の封建制度顛覆の事に任じて、不知不識の間に其歷史的使命を了せるのみ。
〇夫れ唯だ生產の增加を希ふのみ、之が交換の如何を問はざる也、夫れ唯だ資本の輩を希ふのみ、之が領有の如何を問はざる也。是を以て其生産は卽ち協同的となれるも、其交換は依然として個人的なるを免れざりき、製造工場の組織は旣に新天地を現ぜるも、其領有は繪ほ舊世界の樣式を脫する能はざりき。於是乎矛盾は生ぜざることを得ず。
〇生產の酒ほ個人的なるの時に於ては、共生產物の所有に關する問題は、決して起來すること無りき。各個の生產や、皆な自家の技倆を以てせり、自家の原料を以てせり、自家の器具を以てせり、而して彼れ及び彼の家族の勞働を以てせり。而して生產する所の結果が何人に质す可き乎、言を俟たずして明かなるに非ずや。
〇故に昔時生產機關を所有する者は、皆な其生產物を領有せり、而して是れ實に彼等自身が勞働の結果なるが爲めなりき。而して今の生產機關所有者も、亦其生産物を領有す。然れども見よ、其生産物や決して彼耆身の勞働の結果に非ずして、實に他人の生産する所に非ずや。然り今の勞働や協同的也、今の生産や社會的也、又一個の是れ予の生產物也と言ひ得るなし。而も是等の生產や、其生産者に依て社會的に共有せらるゝこと無くして、舊に依て唯だ個人の爲めに領有せらる、唯だ所謂地主資本家てふ個人の爲めに領有せらる。是れ豈に一大矛盾に非ずや。
〇然り大矛盾也。而して予は信ず、現時社會の一切の害惡は實に這個の矛盾に胚胎し來れることを。
〇其第一は卽ち階級の爭鬪也。『近世工業』の二たび隆興するや、瞬息の間世間萬邦を席捲して、到る處個人的小產業の壓倒し去らるゝ者、 紛々落葉の如くなりしは、 元より怪しむに足らず。而して從來個人的生產者や、全く其利を失はざる可らず、其業を失はざる可らず。彼等は卽ち其個人的小器械を棄てて、社會的生產に從はんが爲めに、大工場に向って趨らざる可らず、然れども其生產物や卽ち資本家てふ個人の領有に歸せるが故に、彼等の得る所は、僅に一日の生命を支ふるの賃銀のみ。加ふるに封建の制破壊せられて土地の兼併盛んなるに至るや、地方小農競うて都會に出で、賃銀に衣食せんことを求むるは、是れ自然の勢にして、而して工業の發達熾んなる丈け、夫れ丈け自由獨立の勞働者は慚く迹を絕ちて、所謂賃銀勞働者なる者、日に多きを致せり。於是乎社會は、一面に於て生產機關を専有して、盡く其生產を領有するの資本家てふ一階級を生ずると同時に、他面に於て、彼の勞働力の外何物をも有することなき勞働者の一階級を生じて、兩者の間判然鴻溝《こうこう》を劃するに至る。社會的生産と資本家的領有との間に生ぜる一大矛盾は、如此にして先づ共一端を、地主資本家と賃銀勞働者との衝突に現ぜる也。
〇啻に之のみに非ざる也、個人的領有の結果は卽ち所謂自由競爭ならざるを得ず、自由競爭の結果は、卽ち經濟界の無政府《アナーキー》ならざるを得ず。昔時個人的生産の時に於てや、其生產は主として自家の消費に供し、餘あれば則ち地方の小市場に輸するのみ。故に其商品の需用の豫知す可らずして、一般競爭の法則に支配せらるる、固より之れ無きに非ずと雖も、而も其範囲極めて狹隘にして、未だ其太甚なるに至らざりき。今や然らず、其作る所は決して生産者彼等自身の消費に充るが爲めに非らずして、盡く是れ個人の商品として交換の利を競ふに在り。夫れ唯だ個人の競爭に一任す、生產カの增加し發達し、市場の擴大するに從って、競爭益々激烈に、世界の經濟社會は全く無政府の狀態に陷り、優勝劣敗、弱肉强食、具さに其慘を極めり。如此にして社會的生產と資本家的領有の間に生ぜる一大矛盾は、更に組織的なる工場生產と無政府なる一般市場との衝突となって顯現せる者に非ずや。
〇然り矛盾の極は衝突也、衝突の極は卽ち破裂に非ずや。今の責本家的產業の方法や、其根源に於て旣に一大矛盾を以て其運行を始めたり、而して矛盾の發展する所、一は卽ち階級の衝突となり、他は卽ち市場の衝突となる。而して是等兩個の方面に於ける衝突や、互に巴字の如く相|趁《お》ひ、旋風の如く相追ふの間、其勢力漸次に激烈を致して、遂に現時の產業制度全體の大衝突大破裂に至らずんぱ已まざらんとするを見る也。何を以てか之を言ふ。
〇經濟的自由競爭及び階級戰爭の久しきに彌るや、其結果は必ず多數劣敗者の其產を失ふ也、賃銀勞働者の增加也、資本集中の强大也、生產器械の改良を加ふる也。彼の器械の改良が年々勞働の需用を省減して已まざると同時に、勞働の供給が日々共增加を來すや、卽ち多數勞働者の過剰は生ぜざることを得ず。エンゲルの所謂『工業的豫備兵《インダストリアル・レザーヴ・アーミ―》』なる者是れ也。
〇工業的豫備兵の現出や、近世工業の下に在て極めて哀しむべきの特徴なりとす。彼等は經濟市場の好況なるの時に於ては、辛うじて其職に就くを得ると雖も、ー朝貿易の萎靡するに遇へば、數萬乃至十數萬の多數勞働者は、恰も塵芥を捨るが如く、工場外に放擲せられて、道途に凍餒《とうだい》せざるを得ず、是れ實に現時歐米諸國の常態也。而して我國の如き共慘狀未だ如此きに至らずと云ふと雖も、而も社會の經濟が資本家的自由競爭に一任する以上は、到底兔る可らざるの趨勢にして、餘す所は唯だ時日の問題のみ。
〇而して多數勞働者彼等自身の競爭は之に伴ふて激す。次で一般賃銀低落の勢ひは成る。一般賃銀の低落は、卽ち勞働者をして其生命を支へんが爲めに、長時間過度の勞働に從はざるを得ざらしむ、而して資本家の掠奪は實に此際に於て逞しくせらる。
〇マルクスは蓋し謂らく、『交換は決して價格を生ずる者に非ず、價格は決して市場に於て創造せらるゝ者に非ず。而も資本家が其の資本を運轉するの間に於て、自ら其額を增加することを得るは何ぞや。他なし、彼等は實に價格を創造し得る所の臍く可き力を有する商品を購買するを得れば也。此の商品とは何ぞや、人間の勞働力是れ也。夫れ此力の所有者は共生活の必要の爲めに、之を低廉に資却せざることを得ず、而して此の力が一日に創贱するの價格や、必ず共所有者がー日の生活を支持するの費用として受くる貨銀の價格よりも、遙に多し。例せば一日六|志《シリング》の富を創造し得るの勞働力は、一日三志を以て購買せらる。其差額を名けて剩餘價格《サープラス・ヴアリユー》と云ふ。彼等資本家が共資本を增加することを得るは、唯だ此剩餘價格を勞働者より掠奪して、其手中に椎紡するが爲めのみ』と。
〇然り『剩餘價格』の掠奪は、査本を地加せしめて已まず、資本の增加は更に器械の改良を促して已まず、改良の器械は、再び轉じて剰餘價格掠奪の武器となる。而して轉々するの間に於て、社會の生產カは層々膨脹して底止する所を知らず。而も內國市場の膏血は旣に彼等資本家の絞取し盡す所となって、社會多數の購買カは到底之に應ずるに足らず。於是乎彼等資本家は百方生産力疏通の途を求むるや急也、日く、新市場を拓開せよ、日く、領土を擴張せよ、外國の貨物を掃蕩せよ、大帝國を建設せよと。然れども世界の市場も亦限りなきことを得ず、現時生產的洪水が無限の氾濫は、 竟に壅蔽《ようへい》し得る所に非ざるの勢を示せリ。
〇而して來る者は卽ち資本の過多也、資本家は之を投ずるの事業なきに苦しむ、生產の過多也、商品は之を輸するの市場なきに苦しむ、勞働供給の過多也、工業的豫備兵は之を雇使するの工場なきに苦しむ。今の文明諸國、荀くも近世工業を採用するの地、皆な此ヂレンマに陷り、若くば陷りつゝあらざる者なきに非ずや。於是乎『生產過多』の叫聲は到處に反響す。
〇思へ資本家は銳意して、資本の集中、生產の増加を努めたり、而して今や彼等は却って生産の過多なるに苦しむ。器械の改艮は人力の需用を省減せしめたり、而も多數の勞働者は却って衣食の匱乏に苦しめり。社會多數の人類は、多額の衣服を作れるが爲めに、却て赤裸々ならざるを得ず。是れ何等の奇現象ぞや。現時產業制度の矛盾衝突は、於是て更に大踏潤步し來れる者に非ずや。
〇嗚呼『生產過多』の叫聲、是れ實に破裂の將に至らんとするを粋むるの信號に非ずや。果然破裂は其端を恐慌の紐出に發せり。
〇恐慌の禍も亦慘なる哉、貿易は篓糜を極むる也、物價は俄然として暴落する也、貨物は停滞して動かざる也、信用は全く地を掃ふ也、工場は頻々として閉鎖せらるゝ也、多數の商工の破產は破産に次ぎ、多數勞働者の失業は失業に次ぎ、穀肉庫中に充ちて、而して餓孚《がふ》却って途に横ふ。如此き者數旬、數月、 甚しきは瘡痍數年に彌って癒えざるに至る、フーリエーの所謂『充溢の危機』なる者卽ち是れ也。而して此等恐慌や、其起るや決して偶然に非ず、 其去るや亦偶然に非ず。彼ー千八百二十五年の大恐慌以來、殆ど每十年、期を定めて以て共禍を被らざるなき見ば、如何に現時經濟組織の根底が、深く馴致する所ありしかを知るに足らん。
〇而して恐慌の至る每に、少數なる大資本家の能く此危機に堪ふるを得る者、常に多數の小資本家の破產零落に乘じて、併呑の慾を逞しくするは、自然の勢ひ也。加ふるに大資本家彼等自身も亦相互の競爭の危險と、恐慌の襲來を憂慮して措かざるの極、漸次に領有交換に於ける個人的方法の範圍を讓步して、社會的方法を採用し、以て矛盾衝突を緩和せんと試みたりき。株式會社の組織は之が爲めなりき、同業者大同盟《コンピネーシオン》の起るは之が爲めなりき。而して是等手段も亦彼等の運命を永くするに足らざるを見るや、彼等は卽ち現時のツラストなる牙城を築きて、以て最後の惡戰を開始せり。如此にして自由競爭の根底に立てるの資本家制度は、其進化發達の極、却って自ら自由競爭を一掃し去りて、世界各國の產業は殆どツラストの獨占統一に歸せずんば已まざらんとす。
〇然れどもツラストが猶ほ資本家階級の爲めに領有せらるゝの間は、現時の矛盾衝突をして、決して最後の解決を得せしめざるのみならず、却って一段を激進せしむるの具たらずんばあらず。何となれば今や彼等の事業は、唯だ生產の額を制限するに在れば也。價格を騰昂せしむるに在れば也、而して其獨占の暴威を利して、法外の剰條價格を掠奪するに在れば也、社會全體の窮困|匱乏《きぼう》を増大するに在れば也。於是乎社會人類の多數は唯だツラストを所有する少數階級の爲めに、其貪慾の犧牲に供せらるゝに至れり。資本家對勞働者の階級戰爭は、其進化發達の極、遂に變じてツラスト對社會全體の衝突となり了れる也。
〇而して社會全體は何時迄か這個《しゃこ》の狀態に堪ふるを得る乎、何時迄か資本家てふ階級の存在を是認せんとする乎。彼の宠大なるツラストは、獨り無責任なる不規律なる個人的資本家の手に支配されざる可らざる乎、社會は之を公有して統一あり組織あり調和あり責任あるの產業と為すことを得可らざる乎。從來唯だ資本の集中と生產の増加とを以て天職使命となせるの資本家てふ一階級は、此に至つて旣に其天職使命を了せるに非ずや、共存在の理由を失へるに非ずや。今や彼等は單に財富分配の妨礙物として存するのみに非ずや、獨り勞働者のみならず、實に社會全體と生產機關との間に於ける障壁として存するのみに非ずや。
〇然り今や工場に於ける協同的、社會的生建組織の發達は遂に一般社會の無政府的自由競爭と兩立せざるの點に迄達せる也、小數資本家階級の存在を歸可せざるの點に迄達せる也、換言すれば矛盾衝突は其極度に達せる也。一面に於ては資本家的個人領有の制度が、最早是等の生產カを支配するの能力なきを示すと同時に、他面に於て是等生產力夫れ自身も亦其無限膨大の力の威壓を以て、現時制度の矛盾を排除し盡さんとせる也、私有資本の域を逸脫し去らんとせる也、其社會的性質を實際に承認されんことを要求命令しつ、ある也、是れ豈に一大轉變の運に向へる者に非ずや、一大破裂の時に濒せる者に非ずや。是れ實に世界產業歷史の進化發逹する所以の大勢にして、資本家階級億萬の黄金も又之を如何ともする莫き也。
〇新時代は於是て來る。
聖賢不白之衷。托之日月。
天地不平之氣。托之風宙。
[編者注]典拠は、「小窗幽記」からか?「賢者たちが示さなかった心は、太陽と月に託された。 不正から生じる天地の怒りは、風と雷に表現されている。」(Deepl からの訳文)