読書ざんまいよせい(015)

◎チェーホフの手帖 神西清訳(新潮社版)(004)

 年収は二万五千から五万。でもやっぱり金に困ってピストル自殺を図る。

 おそろしいほどの貧乏。二途《にっち》も三途《さっち》も行かない。母親は後家さん。娘はひどく不器量である。遂に母親は心を鬼にして、娘に街へ出るように勧める。彼女はいつぞや若い頃、衣裳代を稼ぐため夫にだまって街へ出たことがある。彼女には若干の経験があるわけである。彼女は娘に教えてやる。娘は街へ出て、夜が明けるまで歩き廻ったが、買おうという男は一人もない。醜女だから。二日ほどして、三人組のどこかの無頼漢が通りかかって彼女を買った。彼女の持って帰ったお札《さつ》をよく見たら、すでに無効になった富籤《とみくじ》の札だった。

 二人の妻妾《おんな》。一人はペテルブルグに、一人はケルチ*に置いてある。年じゅう絶えない痴話喧嘩、威し文句、電報沙汰。男はいっそ自殺しちまおうかとまで考える。やっと仕舞いに或る策を思いついた。二人を一緒に住まわせたのである。彼女たちは当惑して、化石したみたいになった。黙り込んで、おとなしくなった。
*遥か南方、クリミヤ半島の港。

 或る登場人物。とても大学に居たとは思えないほど幼稚極まる男。

 そこで私は、現実だと思っていたことがじつは夢で、夢の方が現実なのだといったような、そんな夢を見たのです。

 人間は女房を貰うと好奇心がなくなるということに私は気がつきましたよ。

 幸福を知覚するには、まず大抵は時計を巻くぐらいの時間が要る。

 駅の傍の汚ならしい小料理屋。そうした店には、きまって白鱘魚の塩漬に山葵を添えたのがある。一体ロシヤではどれほどの白鱘魚《しろちょうざめ》を塩漬にするのやら!

 Zは日曜になると、スーハレフ広場*へ古本を漁りに行く。「可愛いナーヂャへ。作者より」という献詞のついた父の著書をみつける。
*モスクヴァの広場。日曜市が立つ。

 ある役人が知事夫人の肖像を胸にぶら下げている。七面鳥を胡桃で飼い肥らせて、彼女へ進物にする。

 頭脳は明晰で、心性は純潔で、肉体は清楚でなければなりません。

 ある奥さんが養猫場を営んでいるという評判が立った。そこで彼女の恋人は、尾を踏んづけて猫たちを酷い目にあわせた。

 その士官は妻君と一緒に風呂屋へ行く慣わしだった。そして二人とも従卒に洗させるのだった。明かに彼を人間扱いにはしていなかったので。

 ――そこへあの男が勲章に威儀を正して現われたのさ。
 ――はてな、あの男の持ってる勲章っていうと?
 ――九七年の国勢調査の有功銅章だよ。

 ある官吏が、全課目に五点を貰って来たと云って息子を打擲する。成績不良だと思ったのだ。あとで人から、それは君の方が悪い、五点は満点だと聞かされたが、それでもまた息子を殴りつけた。今度は自分に腹が立ったので。

 頗《すこぶる》る善良な男が、岡っ引に間違えられそうな御面相をしている。ワイシャツの飾ボタンを盗んだのは彼だと、皆がそう思っている。

 真面目一方の、袋みたいにずんぐりした医者が、とてもダンスの上手な娘に恋をする。そして彼女の気に入ろうと、マズルカの稽古を始める。

 雌雀には、雄雀《おっと》の鳴声がチュッチュッ囀るのではなしに、とても上手な歌に聞える。

 家に引籠って静かな生活をしていると、人生は別に異状もないように見える。ところが一あし街へ出て、観察の眼を働かせて見ると、例えば女に色々と物を問いかけたりして見ると、人生はじつに凄惨だ。パトリアルシエ・プルドィ*のあたり一帯、見かけは平穏無事だけれど、その実あすこの生活は地獄なのだ。
*モスクヴァの公園と街の名。「僧正ケ池」の意。

 この赤い頬ぺたをした奥さんや老婦人たちは、湯気が立つほど健康だ。

 領地は間もなく競売に出る。何から何まで貧乏くさい。従僕だけは相変らず道化役みたいなお仕着せをきている。

 神経病や神経病患者の数が殖えたのじゃない。神経病に眼の肥えた医者が殖えたのだ。

 教養があるほど不仕合せだ。

 人生は哲学と背馳する。怠惰のないところに幸福はなく、無用の物だけが満足を齎《もた》らす。

 お祖父さんに魚を食べさせる。もしもお祖父さんが中毒しないで、命に別条がなかったら、家じゅうの者が魚を食べる。

 文通。青年が文学に身を捧げることを夢みて、年中その希望を父親に書いてよこす。とうとう役所をやめて、ペテルブルグへ出て文学に専心する。――検閲官になったのだ。

 一等寝台。六、七、八、九号の旅客。話題は嫁のことである。世間一般では姑《しゅうと》のことで苦労するが、われわれインテリは嫁のことで苦労する。「私の長男の嫁はなかなか教育があって、日曜学校や図書館の世話を焼いています。けれど手前勝手な、気性の烈しいお天気屋で、肉体的にも嫌悪を催させます。食事の時など、何かの新聞記事のことがもとで、いきなりヒステリを起したりするんです。実に思いあがった女ですよ。」

 もう一人の嫁。――「人なかに出るとちゃんとしていますが、家の中じゃ恥もへったくれも無い女で、煙草は喫むし、けちん坊です。お砂糖を齧りながらお茶を飲むときなど、お砂糖を唇や歯の間に挟んだままで物を言うんです。」
*ここまではロシヤ人普通の習慣。

 Meshchankina*
*「町人女」という意味の女の苗字。

 ロマーンは、本性は不身持の悪い土百姓のくせに、召使部屋では他《ほか》の者の身持を取締るのを義務と心得ている。

 でぶでぶと肥った小料理屋の女将。――豚と白|鱘魚《ちょうざめ》の混血児。

 マーラヤ・ブロンナヤ*で。――一ぺんも田舎へ行ったことのない少女が、田舎の感じにひたって、夢中になってその話をしている。遊歩道や梢の鳥を念頭に置きながら、人真似鴉や大鴉や仔馬の話をしている。
*モスクヴァの街の名。

 コルセットをした二人の若い士官。

 ある大尉が、自分の娘に築城術を教えた。

 文学上の新形態のあとを追って、必ず生活上の新形態が生じて来る(予言する者)。だからよく保守的な人間精神にひどく毛嫌いされるのである。

 神経衰弱にかかっている法律家が、片田舎の家に帰って来て、フランス芝居の独白を朗読する。――朗読はとんちんかんな馬鹿げたものになる。

 人間は好んで自分の病気を話題にする。彼の生活の中で一番面白くない事なのに。

 例の知事夫人の肖像を胸にぶらさげている役人は、金貸しをして、ひそかに一財産こしらえている。彼が十四年間も肖像をぶらさげていた前の知事夫人は、今では後家になって、病身で、その町の郊外に住んでいる。その息子が何か手違いをして、四千の金が要る。彼女はこの役人を訪れる。彼は夫人の話を退屈そうに聴き終ってから、こう言う。――
「折角ですが何のお力添えも致し兼ねますな、奥さま。」

 男と交際のない女はだんだん色褪せる。女と交際のない男はだんだん馬鹿になる。

 病身な宿屋の亭主が医者に頼む――「私が病気になったとお聞きになったら、お招きしないでもどうぞ来て下さい。家の妹は吝嗇ですから、どんなことになったって貴方を呼びに行きはしますまい。往診料には三ルーブルお払いします。」一二カ月してから医者は、亭主が重態だという噂を聞く。そこで出掛けようとしていると、その妹から、「兄は亡くなりました」という手紙がとどく。五日たって偶然その村へ行った医者は、宿屋の亭主がついその朝死んだことを知る。憤慨して宿屋へ行く。喪服を着た妹が、部屋の隅に立って詩篇を誦んでいる。医者は彼女を吝嗇だ薄情だと非難しはじめる。妹は詩篇を誦みながら、二三句ごとに罵り返す。(「お前さんみたいなのは掃くほどいるよ……。何だってのこのこやって来たんだよ。」)彼女はこちこちの旧教徒で憎悪に燃え、凄い剣幕でがなり立てる。

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