日本人と漢詩(026)

◎新井白石


政治権力の中枢にいた詩人といえば、まず菅公が挙げられようが、その後は長らく輩出していなかった。新井白石は、その政治家と漢詩人を兼ねていた稀有な例と言えるだろう。加藤周一は、その文学的質の高さを評価していた。白石自身は、「白石」を「王安石」に擬していたのは、吉川幸次郎氏の言うように、「新法」に批判的であったらしく、穿ち過ぎだろうが。藤沢周平の「市塵」では、主に後期の白石について描き、幾首かの漢詩を引くが、ここでは、不遇ともいえた青年期から壮年期の「陶情詩集」という、陶淵明にちなんだ叙情的なネーミングの集から3首。
新井白石
病中書懐 病中懐《おも》いを書す 七言律詩
春來患肺獨憑床 春來 肺を患《わずら》いて 獨《ひと》り床に憑《よ》る
靜裡飽暗書味長 靜裡《せいり》 飽暗《ほうあん》 書味の長きを
竹影揺金檐日轉 竹影 金を揺《ゆる》がして 檐日《えんじつ》轉じ
松花飜粉午風香 松花 粉を飜《ひるがえ》して 午風香る
輕陰林外聽鳩婦 輕陰 林外 鳩婦《きゅうふ》を聽き
困思枕頭夢蟻王 困思 枕頭 蟻王《ぎおう》を夢む
賴有茶功醒病骨 賴《さいわ》いに 茶功の病骨を醒《さ》ます有り
車聲煎作遶羊腸 車聲 煎《い》作《な》して 羊腸を遶《めぐ》る
大意)
春になっても肺のわずらいで臥床していたとき静かな周りに書見を堪能した
竹の影がきらめき日差しも移りゆき風に吹き上げられた松の花粉が香ばしい
暗い森から聞こえる鳩の鳴き声、夢の中では蟻国の王。
煎茶で体はシャキとして、また茶葉を煎る。
郊行 郊行 五言律詩
野濶殘山斷 野濶《ひろ》くして 殘山斷《た》え
天長積水浮 天長くして積水浮ぶ
麥黃難得犢 麥 黃にして 犢《こうし》得難く
江碧只知鷗 江 碧《みどり》にして 只だ鷗《かもめ》を知るのみ
林罅出幽寺 林《はやし》罅《すき》ありて 幽寺出《い》で
川廻蔵小舟 川廻《めぐり》て 小舟を蔵《ぞう》す
晚來何處笛 晚來 何《いずれ》の處《ところ》の笛なるぞ
數曲起前州 數曲 前州に起《おこ》る
(大意)
広い野に山並みと水平線。
麦秋なので同色の子牛を見極め難く、緑の川面で目につくのは白いかもめ。
林のすきまのむこうのひっそりしたお寺、川は湾曲し小舟もみえず。
日暮れときの笛の音はいずこから、中洲で何曲かが響いてくる。
小齋卽時 小齋卽時 七言律詩
小齋新破一封苔 小齋新たに破《やぶ》る 一封《いっぷう》の苔《こけ》
不厭野翁攜酒來 厭《いと》わず 野翁の酒を攜え來《きた》るを
挟冊兎園聊自得 冊を挟《さしばさ》む 兎園 聊《いささ》か自得し
畫圖麟閣本非材 圖を畫《えが》く 麟閣 本《もと》より非材
定巢梁燕啣泥過 巢を定《さだ》む 梁燕 泥を啣《ふく》んで過《よぎ》り
醸蜜山蜂抱蕊囘 蜜を醸《かも》す 山蜂 蕊《しべ》を抱いて囘《めぐ》る
却有散人功業在 却って散人の功業の在る有り
繞欄終日數花開 欄を繞《めぐ》りて 終日 花の開《さ》ける數《かぞ》う
(大意)
ささやかな書斎に酒の差し入れ、才なき身には月並みの読書、軒下にはツバメの巢、かたわらにミツバチも蜜つくりにいそしむ、欄干を行きつ戻りつ花の咲いているのを数えるのも意外な「ひまつぶし」。
語句のいちいちの典拠は省略するが、周囲の儒学者での傾向であった「盛唐偏重」というドグマからは、白石は比較的自由であり、多くは、唐も中唐以降、その後の宋詩を基にしている。また、藤沢周平には「市塵」という題名には、「詩人」という連想が働いたのかもしれない。
(補足)
不遇時代に、白石は俳諧にも親しんでいたようだ。その中から
「白炭やあさ霜きえて馬の骨」
灰となった炭を例えて「馬の骨」(その当時から、「どこの…」という言い回しがあったようだ。
「貧学やきらずの光窓の雪」
きらずは貧相なおかず、おからのこと
当時の心情が垣間見えて興味深い。
白石の第3首にちなんで、写真は、近くの駅の防犯カメラの上で巣食う燕、先日、親燕が巣を作ったと思いきや、もうひな燕が4羽、雁首を並べていた。
参照)一海知義・池澤一郎 「新井白石」 日本漢詩人選集5 研文出版

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です