木下杢太郎「百花譜百選」より(006)

 ここ一ヶ月ほど、サーバーのお守りに拘らざるを得なかったので、久しぶりの更新である。その間に、開花が例年になく遅かった染井吉野の桜もほとんどが散り、辛うじて八重桜の花が残っている。

5 染井吉野(そめいよしの)
わかかった時分桜の花は美しいと思ひ、そのうちでも染井吉野が尤《もっと》もあはれ深いと感じた。中春の夕方の気分といふものは名状しがたいものであった。今年は春が寒くて花がわるいが、今日伝研でつくづくと之を眺めて見ても殆《ほとん》ど感興らしいものが涌かない。心にも亦《また》四季が有る。
昭和十八年四月十二日

 最近、当方は精神的にデプレッション気味なのも杢太郎の言う通りかもしれない。

参考】
右写真は、自宅近辺の八重桜
Wikipedia(ソメイヨシノ)より
・木下杢太郎画/前川誠郎編「新編 百花譜百選」(岩波文庫)

木下杢太郎「百花譜百選」より(005)

3 〔かいどう〕海棠


是《こ》れは庭の花ではない。瓶に購《あがな》はれた仲春である。歳寒くして草はまだ青くならない。今日は朝から甲鳥書林から送って来た「十九世紀仏国絵画史」の校合で暮らした。
昭和十八年三月廿一日、日曜にして春季皇霊祭の日

参考】
(花海棠)Wikipediaより
・木下杢太郎画/前川誠郎編「新編 百花譜百選」(岩波文庫)

木下杢太郎「百花譜百選」より(004)

54 ぼけ 木瓜


昭和十九年二月十三日 日曜日

栗山重信の齎《もたら》せる枇杷《びわ》、丹子の画に箱がきす。日中周易象義を読み且つ抄す。石川富士雄氏所恵の木母《木瓜》開花す。

参考】
・ぼけ(Wikipedia
・木下杢太郎画/前川誠郎編「新編 百花譜百選」(岩波文庫)

木下杢太郎「百花譜百選」より(001)

木下杢太郎という文芸家がいた。本名は、太田正雄、東大医学部皮膚科の教授、太田母斑の命名者として知られる。( Wikipedia 木下杢太郎)その彼が、生を終える直前に描いた、植物のスケッチ帳が遺されている。岩波文庫では「新編 百花譜百選」として刊行されている。ここでは、なるべく描かれた月日を合わせながら、順次紹介し、その植物の項を、Wikipedia などを使ってリンクしておく。また、当方のコメントも含む場合もある。ちなみに、彼の死後七十年以上、経過しているので、版権は消失している。
52 志茂つけ(しもつけ) 下野
昭和十八年十二月五日 此枝採之于植物園

自らの病魔にあがらいながら、戦争の敗色が濃くなってきた 1943年、これらの植物を見た時、彼の心境は如何ばかりだったであろうか?今は知る由もない。

参考】
Wikipedia シモツケ
・木下杢太郎画/前川誠郎編「新編 百花譜百選」(岩波文庫)