後退りの記(002)

◎シラー「悲劇 マリア・ストゥアルト」 岩波文庫
◎ツヴァイク「メリー・スチュアート」 みすず書房

前回、ハインリッヒ・マン「アンリ四世の青春」がらみで言えば、王母カトリーヌ・ド・メディシスの長男にして、夭折したフランソワ2世(François II de France, 1544年1月19日 – 1560年12月5日)と結婚したのが、後のスコットランド女王・メアリー・シュチュアート。彼女のその後の人生は、様々な小説、伝記、脚本、映画などでの題材を提供した。最期の数日間を緊迫するセリフで描いたのが、シラーの戯曲。そのクライマックスとも言える、政敵エリザベス女王との直接対決のシーン。

マリア:…---姉上!この全島国に代えても、いや、大洋に囲まれたすべての国を呉れるといわれても、私は今のこのあなたのような、そんな態度であなたの前に立ちたくはありません!
エリーザベット:とうとうあなたもご自分の敗北を承認なさったのね。策略もこれで尽きたのですか。もはや刺客も、来ようとしてはいませんか。この上、冒険者があなたのために悲しい騎士の努めを敢えてつくすことはないのですか。ーーーそうとも、もうお終いですよ、マリア様。

女王の寵臣で、メアリーとまんざらの中でもなかったレスター卿の思慕の思いが復活し、助命活動に傾きかけたところの、直前の裏切りなど必ずしも史実には忠実ではないだろう。ただ、レスター卿のマリアの最期を見届ける段での、彼の嘆きは、充分にドラマティックである。

レスター:(ただ一人居残って)俺はまだ生きている!この上にも生きておらねばならぬのだ!…俺は何たる損失をしたのだ。何という立派な真珠を投げ棄てたのだ。何という天福を取逃がしたことだ。ーーーあの方は死んでゆく、浄められた精霊として。ところが俺には呪われた者の絶望が残っているのみだ。…

あまり知られていないが、ロベルト・シューマンに、晩年に「女王メアリー・スチュアートの詩」として歌曲集が残っている。その中から、Youtube 収録の「祈り」。また、「あそびの音楽館」には、メアリー・スチュアート女王の詩 作品135 (Gedichte der Königin Maria Stuart, Op.135)全曲のMidi版と訳詞が載っている。彼女自身の詩に曲をつけたものだが、短調主体で物悲しく、それが彼女の人生だったのだろう。

岩波文庫のカバーにある、メリー・スチュアートは、16歳のころ、フランス王妃時代の肖像画である。(ツヴァイク「メリー・スチュアート」による、ツヴァイク曰く「それらを見るひとは、失望もしないが、あの讃歌的感激のとりこになりきることもない。そこに見られるのは、光り輝く美しさではなく、むしろ、きりっとした美しさである。」